カランカラン、と小気味のいい音を立てながら入り口を開けた。これはいわば呼び鈴のようなものである。来客に気づいてこちらを向いている奴と目が合うかと思って店内を見てみると、そこに目的の人物はいなかった。
「なんでえ、誰もいねえのかよ」
当てが外れちまったなあ。店の中へ慣れた様子で入った男はそう呟いた。しばし入り口で立ち止まり何事かを考えていると、まあいいやとお勝手に歩いて行った。
○
今日もいろいろと拾ったな。いやいや、僕はあそこには墓参りに行っているんだ。決して何かを拾う目的で行っているわけじゃない。
そんなことを考えながら、人里と魔法の森の間に位置している古道具屋、香霖堂へ向かっている人影があった。彼の名前は森近霖之助。香霖堂の主である。手にはいくつもの古ぼけた何かがあった。
辺りはすでに日が暮れ始めている。
カランカランカラ、と音を立てて開かれる香霖堂の入り口。霖之助は誰もいないだろうと思って入った店内に、酒のにおいが充満していることに気が付いた。そして瞬時に事情を理解し、呆れからため息を吐いた。
持っていた荷物を適当に置いてから、お勝手に歩いていく。
そこには予想通り、見知った顔がいた。
「占さん、あなたまた僕の店で勝手に飲んでるんですか?」
「……ん、おう、霖之助か。いやな、俺がお前に会いに来たらいねえからよお、仕方ないから一人寂しく飲んでるわけよ」
占と呼ばれた大柄の男は、お猪口に入っていた酒を飲みほすとげらげらと笑いながら霖之助を見た。周りにはもう長いこと飲んでいるのだろうと予測できるほどに、多くの開けられた酒瓶が転がっていた。
「酔っている……わけじゃないか。あなはどれだけ飲んでもいつも通りと言うか、常に酔っ払っている状態とでも言うべきか」
「妖怪の生は長いからなあ。飲まねえとやってられねえって。それにあれだ、酒は燃料よ。飲まんと動けん」
「だからって僕の店で一杯やる必要はないと思いますが」
占はその言葉を笑ってごまかし、またお猪口に酒を注いだ。そして視線を霖之助に向けた。
「お前も飲むか?」
「当たり前ですよ」
○
霖之助が適当に酒の肴を作ってから戻ってみれば、転がる酒瓶はもう四、五本増えていた。その中央に位置する占に声をかける。
「いくらなんでも飲みすぎだよ……」
「俺にとっちゃあ、酒何てのは水みたいなもんよ」
「さっきは燃料って言ってなかった?」
「そんな昔のことは忘れちまったなあ」
「まったく……」
テーブルに料理を置いて、霖之助も座った。ちょうど占と向き合うような位置だった。
霖之助はなぜか持っていたお猪口を占に渡され、それに酒を注いでもらった。占の顔を見ると、どこか懐かしむような穏やかな顔をしている。その表情が気恥ずかしくて、それを隠すように呷った。
少し沈黙が訪れた後、占が思い出すように口を開いた。
「……そういやあ、お前がこの店始めてどれくらい経ったんだっけ」
言いながら、占は飲み干された霖之助のお猪口に酒を注いだ。
「詳しくは覚えていないけど、十年以上は経っているね」
「そうか。まだ、そんなもんなんだなあ」
「僕たちの生に比べれば、本当にまだまだ最初の一歩と言ったところだよ」
「景気はどうよ? 何か売れたか? 見る限りがらくたしかねえけど」
「霊夢と魔理沙からのツケは溜まっているよ。それが返ってくればいい方じゃないかな。返って来ることがあればだけど」
「あの嬢ちゃんたちから返って来るなんてのは、万が一、億が一ほどもねえだろうな」
霖之助は同意する代わりに、持ってきたお新香を食べてから酒を口に含んだ。
芳醇な香りが口に広がり、ひと時の愉しみを味わうことが出来る。
霖之助は満足そうに、ふう、と息を漏らした。
「何か、少し疲れてんのか?」
「今日は無縁仏まで行ってきたからね。普段よりは動いたけど、まあ疲れたと言うほどではないさ」
「まあた何か碌でもねえもの拾ってきたのかよ」
店内に置かれているものを思い浮かべて、占は苦笑した。あれでまだ店に入りきらない分もあるのだから、ここは傍から見たらゴミ屋敷にでも見えるだろう。
「僕にとっては興味深いものだよ。それと、今日はコーラがあったんだ。飲む?」
「いんや、酒飲んだから遠慮しとくぜ」
「ふむ、じゃあ後で霊夢たちに飲ませてあげようかな」
「そりゃあいい。確か美味いつってただろ……っと」
話しながら飲み食いしている間に空いた酒瓶を後ろにどけて、占は周囲を見渡した。
「……からっぽだ」
近くにあった酒瓶から拾って見てみたが、見るものすべて空であった。
「結構持ってきたんだがなあ」
「あれだけ飲んでいればそうなるよ」
霖之助はそう言って笑った。
「んじゃあ、今日はここまでかねえ」
占は名残惜しそうにお猪口を見つめていた。明らかに物足りないようである。しかしそれを振り切るように立ち上がった。
「ふう。じゃあ、今日はもう帰るわ、霖之助」
「……そうだね。外まで送るよ」
○
二人が店を出ると、すっかり陽が落ち大きな月が星空の中に浮かんでいた。月の光が地上をぼんやりと照らしている。二人は店から人里まで少し歩くと、その真ん中ほどの位置で止まった。
「ここらへんで大丈夫だ。ま、大丈夫って話もないけどよ。また飲もうや」
「その時は僕も酒を用意しておくよ。そのためにも、僕がいない時には勝手に入らないでくれ」
「そりゃあ約束できねえなあ。気には留めておく」
なんだからしいと思って、霖之助は大仰に肩をすくめた。
それを見て占は微笑み、じゃあな、と言って人里へと向けて歩いて行った。
霖之助はその後ろ姿に声をかけた。
「じゃあね、父さん」