『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』   作:幸田市

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ごめーん
予約設定ミスってた


第十九話「隣人の日常」

 休日の朝は、いつもより少しだけ遅く始まる。

 

 決まった時間に鳴る目覚ましもなければ、フェザーから急かすような通信もない。窓の外では、既に活動を始めた街の音が遠くに聞こえていたが、それも閉じた窓を一枚隔てれば、どこか他人事のように穏やかだった。

 

 GVがリビングへ顔を出した時には、シアンはもう起きていた。

 

 テーブルには簡単な朝食が並び、エリーゼ1がパンを小さく千切りながら食べている。モルフォはシアンの肩口より少し高いところに浮かび、テレビから流れる朝の情報番組を、見ているのかいないのか分からない顔で眺めていた。

 

「おはよう」

 

「おはよう、GV」

 

「おはようございます、GVさん」

 

『遅い』

 

「休日くらいいいでしょ」

 

 モルフォから早速飛んできた言葉へ返しながら、GVは椅子を引いた。

 

 席につく。

 

 シアンが横目でGVを見る。

 

 ほんの一瞬。

 

 けれどGVは気付いていた。

 

「何?」

 

「……別に」

 

「今見てたでしょ」

 

「見てない」

 

「見てたよ」

 

「自意識過剰」

 

「ひどいな」

 

 GVは笑いながらパンへ手を伸ばす。

 

 シアンは何でもない顔をしていたが、本当は確認していた。

 

 顔色。

 

 目の下。

 

 眠そうかどうか。

 

 夜中に起きたような様子がないか。

 

 少し前までなら、それを隠すことなく「昨日は?」と聞いていた。

 

 けれど、毎朝聞くのも違う気がしていた。

 

 GV自身が話したくなった時に話せるようにしておく。

 

 心配しないわけではない。

 

 心配するかどうかは自分が決める。

 

 ただ、その心配をどう伝えるかまで毎回同じである必要はなかった。

 

「昨日はまあまあ寝られたよ」

 

 GVが言った。

 

 シアンが止まる。

 

「……何で分かったの」

 

「見てたから」

 

「見てないって言ったじゃん」

 

「じゃあ気のせいかな」

 

「その言い方ずるい」

 

『どっちも面倒くさいわね』

 

「モルフォは黙ってて」

 

『はいはい』

 

 シアンはGVを見る。

 

「夢は?」

 

「少し」

 

「そっか」

 

「でも起きなかったと思う」

 

「覚えてない?」

 

「途中から」

 

 GVはジャムを塗りながら言う。

 

「前よりはマシ」

 

「なら、よかった」

 

「うん」

 

 それ以上は聞かなかった。

 

 GVもそれ以上は話さなかった。

 

 短い。

 

 でも、以前より少し自然なやり取りになっている。

 

 シアンはそれでいいと思った。

 

 食事が進む。

 

 しばらくして、GVが何気なく尋ねた。

 

「今日どうする?」

 

「今日?」

 

「何か予定あった?」

 

「ないけど」

 

「じゃあ買い物でも行く?」

 

 シアンはそこで一度、口を閉じた。

 

 これまでなら。

 

「GVはどこ行きたい?」

 

 と聞いていた気がする。

 

 GVが行くなら行く。

 

 GVが選んだものを見る。

 

 GVに合わせる。

 

 嫌だったわけではない。

 

 むしろ一緒にいられるなら、それで十分だった。

 

 でも。

 

 もっと自分のことを知ってもらいたい。

 

 そう決めた。

 

「わたし、商店街の方行きたい」

 

 シアンが言った。

 

 GVが一瞬だけ目を瞬く。

 

「商店街?」

 

「うん」

 

「何か買うの?」

 

「見たい店がある」

 

「へえ」

 

「何、その顔」

 

「いや」

 

 GVは少しだけ笑う。

 

「シアンから行きたい場所言うの、珍しいなって」

 

「悪い?」

 

「全然」

 

 すぐに返ってきた。

 

「じゃあ行こうか」

 

「……うん」

 

 シアンも頷いた。

 

 胸の奥に、ほんの少しだけ嬉しさが広がる。

 

 たったそれだけのことだ。

 

 自分から行きたいと言った。

 

 GVがいいよと答えた。

 

 それだけ。

 

『早速やってるわね』

 

 モルフォの声が頭上から落ちてくる。

 

「何が」

 

『別に』

 

「絶対分かって言ってるでしょ」

 

『何のことかしら』

 

「その顔むかつく」

 

 GVは首を傾げる。

 

「何の話?」

 

「GVには関係ない」

 

「最近それ多くない?」

 

「気のせい」

 

『気のせいじゃないわよ』

 

「モルフォ!」

 

 GVは苦笑する。

 

「まあいいけど」

 

 シアンは朝食へ戻ろうとして、思い出した。

 

「あ、帰ってきたら映画の続き見るからね」

 

「映画?」

 

「この前途中だったやつ」

 

 GVの手が止まる。

 

「……スパイディ?」

 

「うん」

 

「アメイジング?」

 

「そう」

 

「今日?」

 

「今日」

 

 GVの表情が目に見えて変わった。

 

「絶対?」

 

「そこは絶対って言うんだ」

 

「いや、スパイディだから」

 

「意味分かんない」

 

「これは言える」

 

「何、その信頼」

 

「だってアメイジングだよ?」

 

「タイトル言えば全部説明できると思ってる?」

 

「少なくとも僕には」

 

「GV基準じゃん」

 

 シアンは呆れる。

 

 でも。

 

 ちょっと面白い。

 

 好きなものの話になると、本当に分かりやすい。

 

 任務の時とも、人を助けている時とも違う。

 

 ただ好きな映画の話をしている少年の顔になる。

 

「じゃあ帰ったら見るよ」

 

「最初から?」

 

「途中からでいいでしょ」

 

「最初から見よう」

 

「何で」

 

「前半からのピーターの変化が――」

 

「まだ朝だから」

 

「まだ全然説明してないけど」

 

「夜聞く」

 

 GVが少し驚く。

 

「聞いてくれるの?」

 

「……うん」

 

「本当に?」

 

「何でそんな嬉しそうなの」

 

「いっぱい話すよ」

 

「ちょっと後悔してきた」

 

『遅いわよ』

 

「モルフォは何で分かるの」

 

『アタシも聞かされたことあるもの』

 

「シアンだから実質初めてでしょ」

 

『そういう問題じゃない』

 

     ◇

 

 朝食が一段落した頃だった。

 

「あの……」

 

 控えめな声。

 

 エリーゼ1だった。

 

「どうしたの?」

 

 シアンが振り向く。

 

 エリーゼ1は少しだけ迷った様子で、手元のカップを見ている。

 

「今日、わたしも……買い物へ行ってみたいんです」

 

「いいんじゃない?」

 

 GVはほとんど間を置かずに答えた。

 

 エリーゼ1が顔を上げる。

 

「本当ですか?」

 

「何か欲しいものあるの?」

 

「少しだけ」

 

「じゃあ僕らも商店街行くから、一緒に――」

 

「あ」

 

「何?」

 

「いえ……」

 

 エリーゼ1がまた言葉を探す。

 

「できれば、一人で行ってみたいなって」

 

 GVの表情が変わった。

 

 拒絶ではない。

 

 驚いただけだった。

 

「一人で?」

 

「はい」

 

「そっか」

 

 GVは一度頷く。

 

 エリーゼ1は、そのまま少し不安そうにGVを見る。

 

「駄目ですか?」

 

「いや?」

 

「え?」

 

「一人で行ってみたいんでしょ?」

 

「はい」

 

「なら、いいと思う」

 

 エリーゼ1の肩から少し力が抜ける。

 

 シアンもその様子を見ていた。

 

 GVは何かを思い出したようにパンを置く。

 

「……ただ」

 

「はい」

 

「一個だけ確認していい?」

 

「何ですか?」

 

 GVの声は変わらない。

 

「皇神に狙われる可能性が、まだ完全になくなったわけじゃない」

 

 エリーゼ1の表情が少し固まった。

 

 シアンも真面目な顔になる。

 

 それは避けて通れない。

 

 ここへ来たからといって、皇神との問題が全て終わったわけではない。

 

 エリーゼという能力者が皇神にとってどういう価値を持つか。

 

 生命輪廻という第七波動がどれほど特殊なのか。

 

 それを考えれば、所在が知られた時に何も起きないとは断言できない。

 

「……そう、ですよね」

 

 エリーゼ1が呟く。

 

「怖い?」

 

 GVが聞く。

 

 エリーゼ1は少し考えた。

 

「少し」

 

「うん」

 

「でも」

 

 手を握る。

 

「行ってみたいです」

 

 GVは頷いた。

 

「分かった」

 

「いいんですか?」

 

「エリーゼがそうしたいなら」

 

 それから少し考える。

 

「じゃあ、どうやったら安全に行けるか聞いてみようか」

 

「誰に?」

 

「フェザー」

 

 シアンも納得する。

 

「そっか。皇神が今どう動いてるか、こっちじゃ分かんないもんね」

 

「うん」

 

 GVは端末を取り出した。

 

「エリーゼは、それでいい?」

 

「はい」

 

「何かすごい監視とか付けられるの嫌なら、それも先に言っていいからね」

 

「……はい」

 

「僕らが勝手に決める話じゃないし」

 

 端末を操作する。

 

 数回の呼び出し音。

 

『はい、モニカ』

 

「おはよう」

 

『おはよう。どうしたの?』

 

「ちょっと相談」

 

『GVが相談って言うと身構えちゃうわね』

 

「何で?」

 

『普段、相談する時ってだいたいもう何か起きてるから』

 

「今日は何も起きてないよ」

 

『本当に?』

 

「本当」

 

 モニカは少し笑った。

 

『じゃあ珍しい日ね』

 

「どういう扱いなの僕」

 

「だいたい合ってるよ」

 

 シアンが横から言う。

 

「シアンまで」

 

『で、どうしたの?』

 

「エリーゼのこと」

 

 モニカの声色が少し変わった。

 

『何かあった?』

 

「いや。今日一人で買い物に行ってみたいって」

 

『ああ』

 

「僕もそれ自体はいいと思うんだけど、皇神がエリーゼをまだ探してる可能性あるでしょ」

 

『そうね』

 

「エリーゼ本人にも話した。それでも行ってみたいって」

 

『なるほど』

 

「何かいい方法ないかな」

 

『ちょっと待って』

 

 モニカが端末を操作する音が聞こえる。

 

『今、周辺の記録見るから』

 

「お願い」

 

 しばらく待つ。

 

 GVはエリーゼ1を見る。

 

 緊張している。

 

 でも、先ほどの「行ってみたい」は取り消していない。

 

 やがてモニカの声が戻る。

 

『現時点では、そっちの周辺で皇神の不自然な動きは確認されてない』

 

「今は?」

 

『少なくともフェザーが掴んでる範囲ではね。エリーゼを探してるって直接分かる通信もない』

 

「じゃあ大丈夫かな」

 

『そこまでは言えない』

 

「だよね」

 

『可能性がゼロになったわけじゃないし』

 

 その時。

 

 通信の向こうから別の声が入る。

 

『話は聞こえた』

 

「アシモフ?」

 

『私だ』

 

 どうやら近くにいたらしい。

 

『エリーゼはそこにいるのか?』

 

「いるよ」

 

 GVは端末をテーブルの中央へ置く。

 

『エリーゼ』

 

「……はい」

 

『外出先は?』

 

「商店街です」

 

『時間は?』

 

「まだ決めてません」

 

『長時間ではない?』

 

「はい。買い物だけなので」

 

『OK』

 

 アシモフは短く答えた。

 

「何かできそう?」

 

 GVが尋ねる。

 

『商店街なら、こちらの監視範囲からも遠くない』

 

「監視って皇神の方?」

 

『皇神の動向だ。そちらの買い物を覗く趣味はない』

 

「あ、そう」

 

『少し警戒経路を寄せることはできる。モニカ』

 

『うん。近くを通るチームに一応共有しておく』

 

「護衛付ける?」

 

『不要だ』

 

 アシモフは即答した。

 

『目立つ』

 

「確かに」

 

『皇神側の動きが確認されていない段階で、こちらから大人数を付ければ逆効果だ』

 

「じゃあ連絡手段?」

 

『それでいい。緊急回線を設定しろ』

 

 モニカが答える。

 

『エリーゼの端末から一操作でこっちへ繋がるようにしておくよ。位置情報も、その時だけ送る形にしようか』

 

 GVがエリーゼを見る。

 

「どう?」

 

「それなら……大丈夫だと思います」

 

『決まりね』

 

「ありがとう」

 

『礼は帰ってきてからでいい』

 

 モニカは軽く言う。

 

 アシモフは続けた。

 

『もし皇神関係者を見掛けても、自分から確かめに行く必要はない』

 

「はい」

 

『離れろ。必要ならこちらを呼べ』

 

「分かりました」

 

 短い。

 

 危険がある。

 

 だから備える。

 

 それだけだった。

 

 アシモフはエリーゼが外へ出る意味について何も語らない。

 

 GVも求めていない。

 

 必要なのは、現実にある危険を少しでも減らす方法だった。

 

「じゃあ、これなら行けそうだね」

 

 GVがエリーゼ1へ言う。

 

「はい」

 

「本当に行く?」

 

 確認する。

 

 エリーゼ1は今度こそ迷わなかった。

 

「行きたいです」

 

「了解」

 

『モニカ、設定を』

 

『今送った』

 

 エリーゼの端末が小さく鳴った。

 

『使い方は簡単だから、あとで確認してね』

 

「はい。ありがとうございます」

 

『グッドラック』

 

 アシモフ。

 

 それだけ残して通信から離れたらしい。

 

 GVは少し笑う。

 

「相変わらず急だな」

 

『アシモフだからね』

 

「じゃあまた何かあったら」

 

『了解。今日は何も起こさないでよ』

 

「僕が起こしてるわけじゃないよ」

 

 通信を切る。

 

 シアンがGVを見る。

 

「結局、普通に行けそうじゃん」

 

「うん。よかった」

 

 エリーゼ1も少し嬉しそうだった。

 

「ありがとうございます、GVさん」

 

「僕は聞いただけだよ」

 

「でも」

 

「じゃあモニカたちにも帰ったら言おう」

 

「はい」

 

 そこで。

 

 エリーゼの表情が急に変わる。

 

「ちょっと待ちなさいよ」

 

 エリーゼ3。

 

「何?」

 

 シアンが振り返る。

 

「アタシなら別にそんな心配いらないわよ」

 

「今1が話してたんだけど」

 

「1は1。アタシはアタシよ」

 

「身体同じじゃん」

 

「関係ない!」

 

 GVが苦笑する。

 

「じゃあ3なら何かあっても大丈夫?」

 

「当然でしょう!」

 

「なら安心だね」

 

「……は?」

 

「何?」

 

「何で急に任せるのよ!」

 

「今大丈夫って」

 

「言ったけど!」

 

「じゃあいいじゃん」

 

「そういう問題じゃないわよ!」

 

 シアンがため息を吐く。

 

「面倒くさいなあ」

 

「アンタに言われたくない!」

 

「何で!」

 

『朝からうるさいわね』

 

 モルフォまで加わる。

 

 GVは笑いながら残っていたコーヒーを飲んだ。

 

 危険が完全になくなったわけではない。

 

 何かが起きる可能性はある。

 

 それでも。

 

 できることを考えた。

 

 今日一人で買い物に行きたい。

 

 そんな小さな願いを、小さなまま叶えられる。

 

 それで十分だった。

 

     ◇

 

 家を出たのは、朝より随分日が高くなってからだった。

 

 エリーゼ1も一緒に歩く。

 

 商店街までは同じ方向だから、入口までは三人で行くことにした。

 

「端末持った?」

 

 GV。

 

「はい」

 

「設定確認した?」

 

「はい」

 

「緊急回線は?」

 

「ここですよね」

 

「そう」

 

「GV」

 

 シアンが横から割り込む。

 

「何?」

 

「何回確認するの」

 

「まだ三回くらい」

 

「十分だよ」

 

「でも初めてだし」

 

「フェザーにも相談したじゃん」

 

「そうだけど」

 

 エリーゼ1が小さく笑う。

 

「大丈夫ですよ、GVさん」

 

「……ならいいけど」

 

「心配性」

 

 シアンが言う。

 

「シアンに言われると複雑だな」

 

「何で」

 

「僕が夜中起きる度に来てた人が」

 

「それとこれは違う!」

 

「そう?」

 

「違う!」

 

 エリーゼ1がまた笑う。

 

 そんなやり取りをしているうちに商店街の入口へ着いた。

 

 休日らしく、人通りは多い。

 

 エリーゼ1が少しだけ緊張した顔になる。

 

 GVが気付いた。

 

「途中まで一緒に行く?」

 

「……」

 

 エリーゼ1は道の先を見る。

 

 それから首を振った。

 

「ここから、一人で行ってみます」

 

「分かった」

 

 GVはそれだけ答える。

 

 シアンが少し意外そうに横を見る。

 

 もっと何か言うと思っていたのかもしれない。

 

「何かあったら連絡して」

 

「はい」

 

「帰ったらどうだったか教えて」

 

「はい」

 

 エリーゼ1が一歩進む。

 

 そして振り返った。

 

「行ってきます」

 

 GVは手を上げる。

 

「行ってらっしゃい」

 

 シアンも笑う。

 

「行ってらっしゃい」

 

 エリーゼ1は人の流れの中へ入っていった。

 

 少し歩いて。

 

 こちらを振り返る。

 

 GVはまだ見ていた。

 

 エリーゼ1が小さく手を振る。

 

 GVも振り返す。

 

 さらに歩いて。

 

 角を曲がる。

 

 見えなくなる。

 

「……」

 

「ついていかないよ」

 

 シアンが言った。

 

「分かってるよ」

 

「一瞬足動きそうだった」

 

「動いてない」

 

「顔が動いてた」

 

「顔が動くって何」

 

「心配してたってこと」

 

「そりゃするよ」

 

 GVは肩を竦める。

 

「でも、一人で行きたいって言ってたからね」

 

「うん」

 

 シアンもエリーゼが消えた角を見る。

 

「じゃあ、わたしたちも行こ」

 

「シアンの行きたいところ?」

 

「その前にちょっと見て回る」

 

「了解」

 

 二人で歩き出す。

 

     ◇

 

 商店街は休日らしい賑わいだった。

 

 大きなショッピングモールのような洗練された統一感はない。

 

 野菜が店先へ山積みにされている店。

 

 昔ながらの看板を残した喫茶店。

 

 新しくできたらしい小さな洋菓子店。

 

 玩具屋。

 

 古本屋。

 

 色々な店が、少しずつ違う時間を生きているように並んでいる。

 

「こういうところ久しぶり」

 

 シアンが辺りを見回す。

 

「そう?」

 

「GVとはあんまり来ないじゃん」

 

「普段スーパーで済ませるからね」

 

「だから今日はこっち」

 

「シアンが行きたい店ってどこ?」

 

「もう少し奥」

 

「先に行く?」

 

「まだいい」

 

 シアンは小さな店を覗く。

 

「適当に見ながら行きたい」

 

「じゃあそうしよっか」

 

 数十メートル歩く。

 

「あら、GVくん」

 

 声を掛けられた。

 

 GVが振り返る。

 

「あ、こんにちは」

 

 八百屋の女性だった。

 

「あらまあ」

 

 女性の視線がシアンへ移る。

 

「今日は彼女とお出掛け?」

 

「え?」

 

「違います!」

 

 シアンの返事がGVより早かった。

 

 女性が楽しそうに笑う。

 

「あら、ごめんなさい」

 

「今日は一緒に出掛けてるだけで」

 

 シアンが慌てて続ける。

 

 GVは少し遅れて理解した。

 

「ああ、そういう」

 

「GVは黙ってて」

 

「何で?」

 

「余計なこと言いそうだから」

 

「何も言ってないよ」

 

「ならそのまま」

 

 女性がまた笑う。

 

「仲いいのねえ」

 

「まあ、一緒に住んでるので」

 

「GV!」

 

「事実でしょ?」

 

「言わなくていい!」

 

「何で?」

 

「何でも!」

 

 シアンの顔が少し赤い。

 

 女性は面白そうに二人を見る。

 

「それよりGVくん、この前ありがとね」

 

「何かしました?」

 

「ほら、店の裏まで荷物運んでくれたじゃない」

 

「ああ」

 

 GVは思い出した。

 

「でもあれくらい誰でもやりますよ」

 

「誰でもっていうけど、あの量一人で持っていったのはあんただけよ」

 

「たまたま通っただけです」

 

「そういうことにしとくわ」

 

 女性が店へ戻る。

 

 二人も歩き出す。

 

 シアンがGVを見る。

 

「何?」

 

「何でもない」

 

「何か言いたそう」

 

「別に」

 

「それ今日何回目?」

 

「数えないで」

 

 少し先へ進む。

 

「お、GV」

 

 魚屋の男性が手を上げる。

 

「こんにちは」

 

「この前の婆ちゃん、無事だったぞ」

 

「自転車の?」

 

「そうそう。お前が途中まで送ったやつ」

 

「ああ、よかった」

 

「ありがとな」

 

「別に僕は何も」

 

「付き添ったろ」

 

「家の近くまでです」

 

「十分だ」

 

 また先。

 

「あ、お兄ちゃん!」

 

 今度は小学生くらいの男の子。

 

「こんにちは」

 

 GVも手を上げる。

 

「この前ありがと!」

 

「何だっけ?」

 

「ボール!」

 

「ああ、木の上の」

 

「また取って!」

 

「また引っ掛けたの?」

 

「まだ!」

 

「なら引っ掛けないでね」

 

「はーい!」

 

 走り去る。

 

 シアンはずっと横で見ていた。

 

 数分後。

 

「GV」

 

「何?」

 

「どんだけ知り合いいるの」

 

「知り合いってほどじゃないよ」

 

「みんなGVのこと知ってるじゃん」

 

「近所だから」

 

「近所だからって、普通あんなにお礼言われる?」

 

「たまたまじゃない?」

 

 GVは本気で言っている。

 

 シアンは呆れた。

 

 でも。

 

 少し嬉しかった。

 

「……なんか、いいね」

 

「何が?」

 

「こういうの」

 

「こういうの?」

 

「みんな、GVのこと普通にGVって呼ぶんだね」

 

「そりゃそうでしょ」

 

「そうだけど」

 

 シアンは周囲を見る。

 

「蒼き雷霆とか、フェザーの能力者とかじゃなくてさ」

 

「そんなの近所で言われたら困るよ」

 

「そうじゃなくて」

 

 少し考える。

 

「ただ、近所のGVなんだなって」

 

「僕はずっと僕だけど」

 

「分かってる」

 

 それでも。

 

 シアンには少し特別に思えた。

 

 誰かの救出対象だった自分。

 

 組織の能力者だったGV。

 

 そんな二人が、休日の商店街を歩いている。

 

 GVは店の人に呼び止められて。

 

 この前はありがとう、と言われて。

 

「……いいな」

 

「だから何が?」

 

「何でもない」

 

 モルフォが現れる。

 

『顔がもうファンなのよ』

 

「うるさい」

 

「何?」

 

 GVが聞く。

 

「GVには関係ない!」

 

「僕の話してなかった?」

 

『してたわよ』

 

「モルフォ!」

 

     ◇

 

 少し歩いたところで。

 

 GVの足が止まった。

 

 シアンも止まる。

 

 視線の先。

 

 年配の女性が、両手いっぱいの買い物袋を持っていた。

 

 何度か持ち直している。

 

 重そうだ。

 

 シアンはGVを見る。

 

 GVもシアンを見る。

 

「……行くんでしょ」

 

「まだ何も言ってないよ」

 

「顔で分かる」

 

「じゃあちょっと待ってて」

 

「わたしも行く」

 

「いいの?」

 

「いいから」

 

 二人で近づく。

 

「すみません」

 

 GVが声を掛ける。

 

「あら?」

 

「荷物、重くないですか?」

 

「大丈夫よ。すぐそこだから」

 

「よかったら持ちますよ」

 

「悪いわよ」

 

「僕らも歩いてるだけなんで」

 

 シアンが横を見る。

 

 女性が指した方向は、シアンが行きたい店とは少し逆だった。

 

 GVは気付いている。

 

 でも、普通に言っている。

 

「じゃあ……一つだけお願いしようかしら」

 

「はい」

 

 GVが受け取る。

 

 まだ女性の手にはいくつも残っている。

 

「それも持ちます」

 

「これは大丈夫よ」

 

「でも」

 

「GV」

 

「何?」

 

「一個寄越して」

 

「大丈夫だよ」

 

「また大丈夫って言った」

 

「荷物くらいはいいでしょ」

 

「そういう問題じゃない」

 

「シアンも荷物あるじゃん」

 

「軽いから」

 

 GVが持っていた袋を一つ奪う。

 

「二人で持った方が早いでしょ」

 

「まあ、それはそうだね」

 

 女性が二人を見る。

 

「仲いいのねえ」

 

「そう見えます?」

 

 GV。

 

「見えるわよ」

 

「へえ」

 

 シアンは無言で前を向く。

 

『耳赤いけど』

 

「黙って」

 

『今アンタにしか聞こえないように言ったじゃない』

 

「余計悪い!」

 

 女性の家まで歩く。

 

 大した距離ではない。

 

 着くと、何度も礼を言われた。

 

「本当にありがとうね」

 

「いえ」

 

「お嬢ちゃんも」

 

「……はい」

 

「二人とも気を付けて」

 

 別れる。

 

 商店街へ戻る道。

 

「予定遅れちゃったね」

 

 GVが言う。

 

「うん」

 

「ごめん」

 

「何で謝るの」

 

「僕が声かけたから」

 

「そこはちょっと怒ってる」

 

「やっぱり」

 

「でも」

 

 シアンが止まる。

 

 GVが見る。

 

「でも?」

 

「……何でもない」

 

「また?」

 

『どうせ「でもそういうところが好き」って言いたいのよ』

 

「モルフォ!」

 

「何?」

 

「何でもない!」

 

「何で僕毎回怒られてるの?」

 

     ◇

 

 商店街の中心へ戻った時。

 

 小さな泣き声が聞こえた。

 

 GVが先に気付く。

 

 シアンもすぐそちらを見る。

 

 店と店の間。

 

 幼い子供が一人で立っている。

 

 周囲を見回しているが、誰かを探している様子だった。

 

「迷子かな」

 

 シアンが呟く。

 

「多分」

 

 GVは近づく。

 

 でも、いきなり触れたりはしない。

 

 少し離れた位置でしゃがむ。

 

「どうしたの?」

 

 子供がGVを見る。

 

 目元は赤い。

 

 でも答えない。

 

 警戒している。

 

 GVは急かさない。

 

「知らない人に名前言っちゃダメって言われてる?」

 

 子供が小さく頷いた。

 

「じゃあ言わなくていいよ」

 

 子供が少し驚いた顔をする。

 

「お父さんかお母さん探してる?」

 

 頷く。

 

「はぐれた?」

 

 もう一度。

 

「そっか」

 

 GVは周りを見る。

 

「じゃあ、近くのお店の人に一緒に聞いてみる?」

 

 子供は迷っている。

 

「嫌なら、ここで待っててもいいよ」

 

「……」

 

「どうする?」

 

 しばらくして。

 

 小さく頷く。

 

「分かった」

 

 GVが立つ。

 

 その瞬間だった。

 

 子供の周りの空気が揺れた。

 

 店先の紙袋がふわりと浮き上がる。

 

 吊り下げられていた小さな飾りも揺れる。

 

 周囲の何人かが驚いてこちらを見る。

 

「あ……」

 

 子供自身も顔色を変えた。

 

「ごめんなさい」

 

 咄嗟に謝る。

 

 近くの人が、一歩だけ距離を取った。

 

 第七波動。

 

 それほど大きなものではない。

 

 おそらく不安定になった感情に反応した。

 

 GVは変わらなかった。

 

「何で謝るの?」

 

 子供が顔を上げる。

 

「だって……」

 

「びっくりしただけでしょ」

 

「……」

 

「お母さん探そっか」

 

 それだけ。

 

 能力のことを聞かない。

 

 制御できるのかとも言わない。

 

 怖くないとも言わない。

 

 ただ。

 

 さっきまで迷子だった子供を、そのまま迷子の子供として見ている。

 

 シアンは、少し離れたところからそれを見ていた。

 

「……」

 

 知っている。

 

 こういう人だ。

 

 知っているのに。

 

 何度見ても、胸に来る。

 

『シアン』

 

「何」

 

『顔』

 

「今話しかけないで」

 

『はいはい』

 

「ほんっとに……」

 

『もういい』

 

「まだ何も言ってない!」

 

『もう分かるのよ!』

 

 子供を連れて近くの店へ行く。

 

 店員へ事情を話し、迷子の放送を頼む。

 

 GVは子供が不安そうにしている間も、無理に元気づけようとはしなかった。

 

「もうすぐ来ると思うよ」

 

「……うん」

 

「ここで待つ?」

 

「うん」

 

 シアンも隣へ来た。

 

「大丈夫」

 

 子供がシアンを見る。

 

「わたしたちも一緒に待ってるから」

 

 少しして。

 

 慌てた様子の女性が走ってきた。

 

 子供が顔を上げる。

 

 その後は早かった。

 

 母親は子供を抱きしめ、何度もGVとシアンへ頭を下げた。

 

「本当にありがとうございます」

 

「いえ。見つかってよかったです」

 

 GVはそれだけだった。

 

 子供もGVを見る。

 

「お兄ちゃん」

 

「何?」

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 少し迷う。

 

「……怖くなかった?」

 

「何が?」

 

「さっき」

 

 GVは一瞬考える。

 

「びっくりはしたよ」

 

 子供の顔が少し曇る。

 

「でも、それだけ」

 

「……」

 

「今度また困ったら、近くの人にちゃんと言えばいいからね」

 

「うん」

 

「じゃあね」

 

 手を振る。

 

 親子を見送る。

 

 そして何もなかったように歩き出す。

 

 シアンが隣へ並ぶ。

 

「……それだけ?」

 

「何が?」

 

「いや」

 

「お母さん見つかってよかったね」

 

「……うん」

 

 また。

 

 GV本人にとっては、それだけなのだ。

 

 迷子がいた。

 

 困っていた。

 

 手伝った。

 

 能力者だったかどうかは、それより後。

 

 シアンが知っているGVそのものだった。

 

『言えばいいのに』

 

 モルフォ。

 

「何を」

 

『そういうところが好きって』

 

「言わない!」

 

『何で』

 

「まだ言わないって決めてるから!」

 

「何の話?」

 

 GVが振り向いた。

 

「聞かないで!」

 

「僕の話?」

 

「聞かないでって!」

 

「分かった」

 

 素直に前へ戻る。

 

 シアンはさらに恥ずかしくなった。

 

     ◇

 

「今度こそ行こ」

 

 シアンが言った。

 

「どこ?」

 

「わたしの店!」

 

「まだ言ってなかったね」

 

「言ったらまた何か起きそう」

 

「僕のせい?」

 

「半分くらい」

 

「理不尽だなあ」

 

 その時。

 

「見つけたぞ、ガンヴォルト」

 

 シアンが止まった。

 

 GVも止まる。

 

「……」

 

 シアンはゆっくり振り返った。

 

「言ったそばから」

 

「僕何もしてないよ」

 

 そこにいたのはアキュラだった。

 

 鋭い目。

 

 いつもの態度。

 

 そして。

 

 手に持っているものだけが、どう考えても場違いだった。

 

「……何でミニ四駆持ってるの?」

 

 GVが真顔で聞く。

 

「貴様には関係ない」

 

「いや僕に声かけたよね」

 

 アキュラの手には、以前とは明らかに違うマシン。

 

 外観からして手が加えられている。

 

「先日の勝負」

 

 アキュラが言う。

 

「あれで終わったと思うな」

 

 シアンが顔をしかめた。

 

「……は?」

 

「何だ」

 

「今日、GVと出掛けてるんだけど」

 

「知ったことか」

 

「こっちは知ったことなんだけど」

 

 アキュラはシアンをほとんど気にせずGVへ視線を戻す。

 

「勝負しろ、ガンヴォルト」

 

「今?」

 

「今だ」

 

「僕、シアンと予定あるんだけど」

 

 シアンの胸が一瞬だけ跳ねる。

 

 ちゃんと言った。

 

 自分との予定がある、と。

 

 それだけで少し嬉しい。

 

 しかし。

 

「知ったことか」

 

 アキュラの一言で、全部吹き飛んだ。

 

「それさっきも聞いた!」

 

 シアンが怒る。

 

 GVはアキュラのマシンを見る。

 

「でもそれ、前と全然違うね」

 

「当然だ」

 

「ローラー変えた?」

 

「当然だ」

 

「モーターも?」

 

「見れば分かるだろう」

 

「ギア比も調整した?」

 

「貴様に言われるまでもない」

 

 GVが少し笑う。

 

「めちゃくちゃハマってるじゃん」

 

「研究しただけだ!」

 

「それをハマってるって言うんじゃない?」

 

「違う!」

 

「いや、結構」

 

「黙れ!」

 

 シアンは二人を見る。

 

 アキュラは明らかに本気だ。

 

 以前の遊びを、遊びのまま終わらせなかったらしい。

 

「アキュラ」

 

「何だ」

 

「どれくらいやってたの?」

 

「答える必要はない」

 

「三日?」

 

 GVが聞く。

 

「……」

 

「一週間?」

 

「黙れ!」

 

「一週間っぽいね」

 

「ガンヴォルト!」

 

「怒るってことは当たり?」

 

「貴様は黙れと言っている!」

 

 シアンはため息を吐く。

 

 行きたい店。

 

 映画。

 

 今日の予定。

 

 全部まだ残っている。

 

 でも。

 

 GVの顔を見る。

 

 楽しそうだ。

 

 アキュラのマシンを見て、完全に興味を引かれている。

 

「……一回だけ」

 

 シアンが言った。

 

 GVが振り向く。

 

「いいの?」

 

「一回だけなら」

 

「シアン」

 

「ただし」

 

 アキュラを見る。

 

「勝っても負けても終わり」

 

「何故貴様が決める」

 

「今日GVと予定あるから」

 

「だからそれが何だ」

 

「ほんっとムカつく!」

 

「シアン落ち着いて」

 

「GVが言わないで!」

 

「僕?」

 

 アキュラは鼻で笑う。

 

「一度で十分だ」

 

「今言ったからね」

 

「私が負ける前提で話すな」

 

「前回負けたから来たんじゃないの?」

 

 アキュラが黙る。

 

 GVが少し笑う。

 

「シアン強いなあ」

 

「GVも笑わない!」

 

     ◇

 

 近くの模型店には、以前からミニ四駆のコースが置かれていた。

 

 三人で入る。

 

 アキュラは迷わずコースへ向かった。

 

 店員もマシンを見て少し驚いた顔をする。

 

「かなり調整してますね」

 

「必要な改良を施しただけだ」

 

「これ、結構速そう」

 

 GVが横から覗き込む。

 

「触るな」

 

「触ってないよ」

 

「近い」

 

「見てるだけ」

 

「邪魔だ」

 

「じゃあこっちから」

 

「そちらも同じだ!」

 

 シアンは腕を組んで見ている。

 

「もう仲いいじゃん」

 

 二人が同時に振り返る。

 

「どこが?」

 

「どこがだ!」

 

「息合ってるし」

 

「合ってない」

 

「断じて違う」

 

「また合った」

 

「シアン!」

 

「貴様!」

 

「何でわたしまで!」

 

 アキュラは気を取り直してマシンを置く。

 

 GVも自分のものを準備する。

 

「先に試走する?」

 

「不要だ」

 

「本当に?」

 

「計算に狂いはない」

 

「その台詞、ちょっと危ないよ」

 

「黙って見ていろ」

 

 アキュラのマシンだけで走らせる。

 

 スタート。

 

 一気に飛び出した。

 

「速っ」

 

 GVが声を上げる。

 

 シアンも目を見開く。

 

「何これ」

 

「当然だ」

 

 アキュラは腕を組んだ。

 

 直線。

 

 明らかに速い。

 

 最初のコーナーも抜ける。

 

 次も。

 

「本当に速いね」

 

「前回のような無様は晒さん」

 

「結構気にしてたんだ」

 

「黙れ」

 

「でもアキュラ」

 

「何だ」

 

「次のコーナー結構きつ――」

 

 飛んだ。

 

 マシンが。

 

 綺麗に。

 

 コースの外へ。

 

「……」

 

 沈黙。

 

「……飛んだ」

 

 シアンが言った。

 

「飛んだね」

 

 GVが続けた。

 

「……」

 

 アキュラは何も言わない。

 

 ゆっくりマシンを回収する。

 

「大丈夫?」

 

「黙れ」

 

「速度上げすぎじゃない?」

 

「黙れ!」

 

「でもさ」

 

「黙れと言っている!」

 

 シアンが口を押さえる。

 

 肩が震える。

 

「笑うな!」

 

「だって……!」

 

「笑うな!」

 

「自信満々だったのに……ふふっ」

 

「今のは試走だ!」

 

「試走いらないって言ってたじゃん」

 

「状況が変わった」

 

「便利だね、その言葉」

 

 アキュラは工具を取り出す。

 

 GVがまた目を輝かせる。

 

「工具まで持ってきたんだ」

 

「当然だ」

 

「本当にハマってるよね」

 

「違う!」

 

「もう認めればいいのに」

 

「これは技術検証だ!」

 

「一週間やって?」

 

「一週間とは言っていない!」

 

「じゃあ何日?」

 

「答えん!」

 

 アキュラはマシンを分解し始める。

 

 GVもしゃがむ。

 

「ここ重くない?」

 

「分かっている」

 

「ローラーの位置、少し下げた方がよくない?」

 

「貴様に言われるまでもない」

 

「でも干渉してる」

 

「……」

 

「ほら」

 

「得意げな顔をするな」

 

「してないよ」

 

「している」

 

「気のせいじゃない?」

 

「その言い方を使うな!」

 

 GVまで本格的に見始めた。

 

 二人でマシンを挟み、ああでもないこうでもないと言い合っている。

 

 シアンは数歩離れて立つ。

 

「……」

 

『あーあ』

 

 モルフォが横へ出る。

 

「何」

 

『取られたわね』

 

「取られてない!」

 

『今日、GVと出掛けてたはずよね』

 

「そうだよ!」

 

『今完全にアキュラと楽しそうだけど』

 

「……」

 

 否定できない。

 

 GVは明らかに楽しんでいる。

 

 アキュラも口では文句ばかりだが、本当に嫌ならとっくにGVを追い払っているはずだ。

 

『帰る?』

 

「帰らない」

 

『待つの?』

 

「……それも嫌」

 

 シアンは自分のマシンを見る。

 

 以前使ったもの。

 

「もういい」

 

『何が』

 

「わたしもやる」

 

『え?』

 

 シアンはコースへ向かった。

 

「GV」

 

「何?」

 

「わたしも出る」

 

 GVが少し驚く。

 

「シアンも?」

 

「何その顔」

 

「いや、やらないと思ってた」

 

「待ってるだけも暇だし」

 

 アキュラが一瞥する。

 

「貴様が?」

 

「何」

 

「好きにしろ」

 

「その言い方むかつく」

 

 シアンは自分でマシンを調整し始める。

 

 以前の経験があるから、何も分からないわけではない。

 

 ただ。

 

「……これ」

 

 少し悩む。

 

 GVを見る。

 

「GV」

 

「何?」

 

「ここだけ教えて」

 

「どこ?」

 

 GVが近づこうとする。

 

「その角度では抵抗が増える」

 

 アキュラが先に言った。

 

 シアンが顔を上げる。

 

「聞いてない」

 

「見れば分かる」

 

「じゃあどうすればいいの」

 

「そこを下げろ」

 

「これ?」

 

「下げすぎだ」

 

「細かい」

 

「勝ちたいなら当然だ」

 

 シアンは言われた通りに少し戻す。

 

「こう?」

 

「……まあいい」

 

「何その上から」

 

「聞いたのは貴様だ」

 

「GVに聞いたんだけど」

 

「間違った調整を見過ごす方が気になる」

 

 GVが笑う。

 

「なんだかんだ優しいね」

 

「黙れ!」

 

「今日それ何回目?」

 

「数えるな!」

 

 シアンは思わず笑った。

 

 少し前まで、アキュラとこんな時間を過ごすことになるとは思わなかった。

 

 本人に言えば全力で否定するだろう。

 

 それでも。

 

 戦うためではない。

 

 憎しみをぶつけるためでもない。

 

 ミニ四駆。

 

 ただそれだけで、三人が同じ場所にいる。

 

 変な感じだった。

 

     ◇

 

 準備が整う。

 

 三台。

 

 アキュラ。

 

 GV。

 

 シアン。

 

「本当にこれで最後だからね」

 

 シアンが念を押す。

 

「勝者が決まればな」

 

「今度は試走じゃないよ」

 

「分かっている!」

 

「じゃあ行こうか」

 

 GVがマシンを置く。

 

 三人がスタート位置につく。

 

 店員が合図する。

 

 三。

 

 二。

 

 一。

 

 一斉に飛び出した。

 

「速っ!」

 

 シアン。

 

 やはりアキュラが速い。

 

 直線では圧倒的だった。

 

 GVが追う。

 

 シアンは少し後ろ。

 

「ちょっと二人とも!」

 

「シアン、次内側!」

 

「見てる!」

 

「ライン広いよ!」

 

「分かってる!」

 

 アキュラは一言も喋らない。

 

 真剣そのもの。

 

 コーナー。

 

 今度は飛ばない。

 

 先ほどの調整が効いている。

 

「いける」

 

 GVが呟く。

 

「当然だ!」

 

「喋った」

 

「貴様!」

 

 その隙にGVが少し追いつく。

 

「余所見してるから」

 

「ガンヴォルト!」

 

「ミニ四駆で名前叫ばないでよ」

 

 シアンは後ろから追う。

 

 速度では勝てない。

 

 それは分かっている。

 

 だから無理に速くしなかった。

 

 コースから飛ばない。

 

 安定して走る。

 

 最後まで残る。

 

「……まだ」

 

 終盤。

 

 アキュラが先頭。

 

 GVがすぐ後ろ。

 

 シアン。

 

 最後の難しいコーナー。

 

 アキュラのマシンが僅かに浮く。

 

「っ」

 

 以前ほどではない。

 

 でも姿勢を崩した。

 

 後ろのGVも回避しようとして速度を落とす。

 

「今!」

 

 シアンのマシンが内側を抜けた。

 

「あ」

 

 GV。

 

「何!?」

 

 アキュラ。

 

 そのまま。

 

 ゴール。

 

 一番最初に線を越えたのは。

 

「……わたし?」

 

 シアンが固まる。

 

 店員が笑う。

 

「一着ですね」

 

「……勝った?」

 

「勝ったね」

 

 GVが言う。

 

 シアンの顔が一気に明るくなった。

 

「やった!」

 

「おめでとう」

 

「見た? 今の!」

 

「見てたよ」

 

「最後抜いた!」

 

「安定させたの正解だったね」

 

「うん!」

 

 シアンは嬉しそうにマシンを回収する。

 

 そしてアキュラを見る。

 

「……」

 

 アキュラは無言。

 

「アキュラ?」

 

「もう一度だ」

 

「一回だけって言った」

 

「これは別だ」

 

「何が」

 

「今の勝敗は不完全だ」

 

「負けた人みんなそれ言う」

 

「黙れ!」

 

「帰るよ」

 

「待て!」

 

「今日はもう終わり!」

 

「再戦だ!」

 

「次!」

 

「何?」

 

「次会った時!」

 

 アキュラが止まる。

 

 シアンはマシンを持ち上げる。

 

「その時またやればいいじゃん」

 

「……」

 

「今度も勝つけど」

 

 アキュラの眉が動く。

 

「言ったな」

 

「言った」

 

「次はないと思え」

 

「ミニ四駆で物騒な言い方しないで」

 

 GVが横から突っ込む。

 

「次は叩き潰す、貴様もだ『電子の謡精』」

 

「ミニ四駆だよね?」

 

「当然だ!」

 

「ならいいけど」

 

 少し笑う。

 

 店を出る。

 

     ◇

 

 外へ出てもしばらく、アキュラと帰る方向が同じだった。

 

 シアンは自分のマシンを眺めている。

 

「さっきの最後、結構よかったよ」

 

 GVが言った。

 

「ほんと?」

 

「うん。速さで無理しなかったのが」

 

「アキュラより向いてる?」

 

「そうかも」

 

「聞こえているぞ!」

 

 後ろから声。

 

 シアンが振り返る。

 

「まだいたの!?」

 

「それはコッチのセリフだ」

 

「ついてきてるのかと思った」

 

「誰が貴様らなど」

 

 数十メートル先。

 

 道が分かれる。

 

 アキュラが別方向へ行こうとする。

 

「アキュラ」

 

「何だ」

 

「次来る時、先に連絡して」

 

「...何故貴様に」

 

「今日みたいに急に来られると困るから」

 

「オレは貴様に用はない」

 

「GVに用あるならわたしにも関係あるの」

 

 アキュラがシアンを見る。

 

 GVが横から口を挟む。

 

「何か保護者みたいになってない?」

 

「GVは黙ってて」

 

「はい」

 

「……理解不能だ」

 

 アキュラは吐き捨てるように言った。

 

 そして少しだけ間を置く。

 

「次は貴様ら二人とも負かす」

 

「はいはい」

 

「待て、軽く流すな!」

 

「次ね!」

 

 シアンが手を振る。

 

 アキュラは不満そうな顔のまま去っていった。

 

『随分仲良くなったじゃない』

 

 モルフォ。

 

「誰が?」

 

『三人』

 

「別に」

 

「僕は楽しかったよ」

 

「GV!」

 

『ほら』

 

「GVはすぐそういうこと言う!」

 

「楽しかったのは本当だよ」

 

 シアンは言葉に詰まる。

 

「……わたしも勝ったから楽しかったけど」

 

『はいはい』

 

「何!」

 

     ◇

 

「今度こそ店」

 

 シアンが宣言した。

 

「はい」

 

「もう誰かいても無視する」

 

「困ってる人でも?」

 

「……それは」

 

「どうする?」

 

「意地悪」

 

「ごめん」

 

「GVが行くならわたしも行くけど」

 

「いいの?」

 

「いい」

 

『早速予定守れてないじゃない』

 

「うるさい!」

 

 その時。

 

 遠くから。

 

 妙に派手なエンジン音。

 

 シアンの足が止まった。

 

「……何」

 

 GVも音の方を見る。

 

「なんか派手だね」

 

「嫌な予感する」

 

 そして。

 

「シアァァァァン!」

 

「帰ろう」

 

「店は?」

 

「反対側から行く」

 

 GVが苦笑する。

 

 派手な車両が近くへ止まる。

 

 降りてきたのは。

 

 デイトナ。

 

「待て待て待てぇ! 今日は喧嘩じゃねえ!」

 

「じゃあ何」

 

「見りゃ分かんだろ!」

 

 シアンは見る。

 

 分からない。

 

 デイトナの手には大きな花束。

 

 背後では、どこから仕込んだのか小さな演出まで上がっている。

 

 周囲の人が振り返っている。

 

「……何これ」

 

「すごいね」

 

 GVが素直に言う。

 

「感心しないで!」

 

「だってすごくない?」

 

「すごいけど!」

 

「だろォ!?」

 

「デイトナも乗らない!」

 

 デイトナは胸を張る。

 

「シアン!」

 

「何」

 

「オレとデートしようぜ!」

 

「行かない」

 

「即答!?」

 

「うん」

 

「せめて三秒くらい考えろ!」

 

「考えても同じだから」

 

「いいレストランを取ったんだ!景色もいい! 今日は全部オレ持ちだ!」

 

「行かない」

 

「じゃあ遊園地!」

 

「行かない」

 

「映画!」

 

「今日GVとスパイディ見る」

 

「何ィ!?」

 

 デイトナがGVを見る。

 

「何でお前がそこにいるんだガンヴォルトォ!」

 

「最初からいたよ」

 

「そういう意味じゃねえ!」

 

「むしろデイトナが後から来たんだけど」

 

「シアンは黙っててくれ!」

 

「何でわたしが!」

 

 デイトナがGVを指す。

 

「おいガンヴォルト!」

 

「何?」

 

「お前、シアンとデートしてんのか!?」

 

「デート?」

 

 GVは普通に首を傾げた。

 

 シアンは反射的に否定しようとする。

 

「違――」

 

 そこで。

 

 止まった。

 

 違う。

 

 今日のこれは。

 

 まだ。

 

「……今日はまだ違う」

 

 GVがシアンを見る。

 

「まだ?」

 

 デイトナも止まる。

 

「まだ!?」

 

 モルフォまで姿を現す。

 

『まだって言ったわね』

 

「うるさい!」

 

「シアン?」

 

「何でもない!」

 

「今日何回目?」

 

「数えないで!」

 

 デイトナは何かに気付いたように顔を上げる。

 

「じゃあオレなら今からデートにできるじゃねえか!」

 

「だから行かないって!」

 

「何でだよ!」

 

 シアンは一瞬だけ黙った。

 

 デイトナが嫌いだから。

 

 それでも説明にはなる。

 

 でも。

 

 もっと簡単だった。

 

 今日は。

 

「GVと一緒にいたいから」

 

 言った。

 

 自分で。

 

 その瞬間。

 

 GVが黙った。

 

 デイトナも黙る。

 

 シアン自身も、自分が口にした言葉を遅れて理解した。

 

『言うじゃない』

 

 モルフォだけが楽しそうだ。

 

「変な意味じゃない!」

 

『まだ何も言ってないわよ』

 

「……!」

 

「シアン」

 

「何!」

 

 GVが少し笑う。

 

「いや、何でもない」

 

「何その顔」

 

「別に」

 

「絶対何か思った!」

 

「シアンが僕と一緒にいたいって言ったから」

 

「……悪い?」

 

「全然」

 

 そして。

 

「嬉しいよ」

 

「……」

 

 シアンの顔が赤くなる。

 

 モルフォが何か言おうとする。

 

「モルフォ黙って」

 

『まだ何も』

 

「黙って!」

 

 一方。

 

 デイトナは頭を抱えていた。

 

「マジかよ……」

 

「ごめん」

 

 シアンが言う。

 

「いや」

 

 デイトナは花束を見る。

 

 明らかに悔しそうだ。

 

 けれど。

 

「嫌がってる女引っ張ってっても楽しくねえしな」

 

 シアンが少し驚く。

 

 GVも見る。

 

「諦めるんだ」

 

「何だその顔!」

 

「いや。もう少し粘るかと思った」

 

「オレを何だと思ってんだ!」

 

「派手な人」

 

「そこじゃねえ!」

 

「間違ってはないでしょ」

 

「シアンまで!?」

 

 デイトナは一度息を吐く。

 

「ただし!」

 

「まだあるの?」

 

「次はもっとすげえ誘い方してやる!」

 

「改善するとこそこじゃない!」

 

「演出の問題だと思ってるんだ」

 

「当然だろ!」

 

「違うから!」

 

「次は今日の三倍は持ってくる!」

 

「何を!?」

 

「全部だ!」

 

「分かんないよ!」

 

 最後まで派手だった。

 

 来た時と同じくらいの勢いで去っていく。

 

 音が遠くなる。

 

 しばらく二人とも黙っていた。

 

 GVが口を開く。

 

「嵐みたいだね」

 

「毎回来る度に疲れる……」

 

「でも」

 

「何」

 

「ちゃんと断れるようになったね」

 

 シアンが少し驚いた。

 

「何それ」

 

「前より、自分がどうしたいか言うようになったなって」

 

「……そう?」

 

「うん」

 

 GVは普通に言う。

 

 シアンはその顔を見る。

 

「今日は僕といたい、っていうのも」

 

「……うん」

 

「そっか」

 

「何」

 

「嬉しいって言ったでしょ」

 

「何回も言わなくていい!」

 

「一回しか言ってないよ」

 

『顔真っ赤』

 

「モルフォ!」

 

     ◇

 

 今度こそ。

 

 本当に。

 

 シアンの目的地へ向かう。

 

「もう誰も来ないで」

 

「祈ってるの?」

 

「祈ってる」

 

「僕も祈ろうか」

 

「GVが祈ると逆に誰か来そう」

 

「どういう扱いなの」

 

 前方から人影。

 

 シアンが警戒する。

 

「……」

 

「そんな目で見なくても」

 

「誰?」

 

 大柄な男。

 

 GVが気付く。

 

「カレラ」

 

「……今度はカレラ」

 

「今日はよく会うね」

 

「嬉しくない!」

 

 カレラも二人に気付いた。

 

「む」

 

 足を止める。

 

「奇遇であるな、ガンヴォルト」

 

「久しぶり」

 

「息災であったか」

 

「まあね」

 

 カレラの視線がシアンへ移る。

 

 そして。

 

 二人。

 

 買い物袋。

 

 商店街。

 

 少し考える。

 

「以前の一戦について――」

 

 そこまで言う。

 

 止まる。

 

「……なるほど」

 

 GVが首を傾げた。

 

「何が?」

 

「いや」

 

 カレラは腕を組む。

 

「今日はやめておこう」

 

「何を?」

 

 シアンが思わず聞く。

 

「貴殿を見掛けたゆえ、少々手合わせを所望しようと思ったのだがな」

 

「やらないの?」

 

「うむ」

 

「……何で?」

 

「無粋であろう」

 

 シアンが止まった。

 

 GVも少し驚く。

 

「カレラがそういうの気にするの、ちょっと意外だな」

 

「小生を何だと思っている」

 

「強い人見つけたらすぐ戦いたがる人」

 

「否定はせぬ」

 

「否定しないんだ」

 

 シアンが呟く。

 

「されど、戦いにも時がある。連れとの時間へ割り込んでまで所望するものでもあるまい」

 

「……」

 

 シアンがカレラを見る。

 

「カレラさん、いい人じゃん」

 

「何を今更」

 

「今日会った中で一番空気読んでる」

 

 GVが笑う。

 

「比較対象がアキュラとデイトナだからね」

 

「……なるほど」

 

 カレラまで納得した。

 

「いや、納得するんだ」

 

「あきゅら?殿ならまだしもデイトナ殿であれば、やむなし」

 

「ちょっと面白い」

 

「何がだ」

 

 カレラはGVを見る。

 

「ではな、ガンヴォルト」

 

「うん」

 

「次に相見える時は、改めて一手所望する」

 

「平和な方法ならね」

 

「ふっ」

 

 カレラが笑う。

 

「相変わらずであるな、貴殿は」

 

「カレラもね」

 

「では」

 

 そのまま去っていく。

 

 シアンは背中を見送る。

 

「……評価上がった」

 

「そこまで?」

 

「今日初めて誰にも邪魔されなかった」

 

「会話はしたよ?」

 

「空気読んで帰ってくれたからノーカン」

 

「厳しいな」

 

「今までが酷すぎたの!」

 

     ◇

 

「ここ」

 

 やっと。

 

 本当にやっと。

 

 シアンが足を止めた。

 

 小さな雑貨店。

 

 大きくはない。

 

 店頭には、色の違う小物や文房具、生活雑貨が並んでいた。

 

「ここだったんだ」

 

 GVが店を見る。

 

「うん」

 

「シアン、こういう店好きなんだ」

 

「……うん」

 

 シアンはそこで。

 

 少しだけ意識して言い直す。

 

「好き」

 

 GVが見る。

 

「そっか」

 

「何」

 

「いや」

 

「変?」

 

「全然」

 

 店へ入る。

 

 外の賑やかさから少し離れる。

 

 シアンは棚を見る。

 

 小さな置物。

 

 アクセサリー。

 

 雑貨。

 

 文房具。

 

 色々。

 

「これ可愛い」

 

 シアンが一つ手に取る。

 

「シアンこういう色好きなんだ」

 

「うん」

 

「知らなかった」

 

「言ってなかったし」

 

「じゃあ今日知った」

 

「……うん」

 

 嬉しい。

 

 ほんの少し。

 

 でも。

 

 これがしたかった。

 

 自分のことを知ってもらう。

 

「GVは?」

 

「僕?」

 

「何が好き?」

 

「この店で?」

 

「うん」

 

 GVも棚を見る。

 

「うーん」

 

「ない?」

 

「そんなことないよ」

 

 少し歩く。

 

「これとか」

 

 小さな金属製のチャーム。

 

 派手ではない。

 

 シアンは意外そうに見る。

 

「こういうの?」

 

「何」

 

「もっと機械っぽいやつ選ぶと思ってた」

 

「僕を何だと思ってるの」

 

「ジーノと似た感じ」

 

「それはジーノに失礼じゃない?」

 

「GVには?」

 

「僕にも失礼だよ」

 

「どっちも?」

 

「どっちも」

 

 二人で笑う。

 

 シアンはまた棚を見る。

 

 GVも横で。

 

 それぞれのものを見ながら。

 

「シアン、これは?」

 

「それはあんまり」

 

「何が違うの?」

 

「なんか違う」

 

「難しいな」

 

「GVだってスパイディのスーツで色々言うでしょ」

 

「それとは全然違うよ」

 

「同じだよ」

 

「違う」

 

「何が」

 

「まず――」

 

「夜聞く!」

 

「まだ一個しか言ってないよ」

 

「今始めたら店閉まる」

 

「そんなに喋らないよ」

 

「信用ない」

 

 シアンは笑う。

 

 そして。

 

 一つのキーホルダーを見つける。

 

 派手すぎない。

 

 GVが持っていても不自然ではなさそう。

 

 手に取る。

 

 見る。

 

 GVを見る。

 

「これ」

 

「何?」

 

「あげる」

 

 GVが止まる。

 

「僕に?」

 

「うん」

 

「何で?」

 

 一瞬。

 

 シアンは考える。

 

 ありがとう。

 

 いつもお世話になっているから。

 

 助けてもらったから。

 

 理由はいくらでも作れる。

 

 でも。

 

「……あげたいから」

 

 それだけ言った。

 

 GVが少し驚いた顔をする。

 

「理由それだけ?」

 

「ダメ?」

 

「いや」

 

 GVは首を振る。

 

「嬉しい」

 

 シアンが顔を逸らす。

 

「ならいい」

 

「ありがとう」

 

「うん」

 

 それで終わり。

 

 でも。

 

 それがいい。

 

 恩返しではない。

 

 何かをしてもらったからでもない。

 

 自分が。

 

 GVにあげたい。

 

 それだけ。

 

 会計を終える。

 

 店を出る頃には、空が少しずつ夕方へ近づいていた。

 

     ◇

 

「思ったより遅くなったね」

 

 GVが空を見る。

 

「誰のせいだと思ってるの」

 

「アキュラ?」

 

「半分」

 

「デイトナ?」

 

「二割」

 

「カレラ?」

 

「ゼロ」

 

「じゃあ残り三割僕?」

 

「最初の人助け」

 

「そこかあ」

 

「あと迷子」

 

「それも僕?」

 

「GVが最初に行ったから」

 

「でもシアンも一緒にいたじゃん」

 

「じゃあ二割」

 

「減った」

 

 シアンが笑う。

 

「でも」

 

「何?」

 

「今日は楽しかったからいい」

 

 GVも少し笑う。

 

「僕も」

 

 少し歩く。

 

「スパイディ、間に合うかな」

 

 GVが言った。

 

 シアンが振り向く。

 

「覚えてたの?」

 

 GVが本気で驚いた顔をした。

 

「忘れるわけないでしょ」

 

「そこまで?」

 

「アメイジングだよ?」

 

「だからその説明で何が分かるの」

 

「全部」

 

「GVにしか通じないって」

 

「でもシアンも見たことあるでしょ」

 

「一回ね」

 

「じゃあ分かるよ。あのウェブスイングの動きとか、ピーターの未完成な感じとか、機械式のウェブシューターも――」

 

「待って」

 

「何?」

 

「もう始まってる」

 

「何が?」

 

「オタトーク」

 

 GVが一瞬黙る。

 

「……今のは前置きだけど」

 

「怖いなあ」

 

「まだ全然だよ」

 

「それが怖い」

 

「夜聞いてくれるんでしょ?」

 

「言ったけど」

 

「じゃあいっぱい話す」

 

「量は約束してない」

 

「そこは交渉しよう」

 

「何の交渉」

 

     ◇

 

 家へ戻る。

 

「ただいま」

 

「ただいまー」

 

 玄関を開ける。

 

 少しして、エリーゼ1が顔を出した。

 

「おかえりなさい、GVさん、シアンさん」

 

「ただいま」

 

「エリーゼ!」

 

 GVがすぐ反応する。

 

「買い物どうだった?」

 

「大丈夫でした」

 

「何かあった?」

 

「ありません」

 

「変な人は?」

 

「いませんでした」

 

「道迷わなかった?」

 

「GV」

 

 シアンが横から止める。

 

「質問多い」

 

「でも初めてだよ」

 

「一個ずつ」

 

「はい」

 

 エリーゼ1は少し笑った。

 

「ちゃんと、一人で買えました」

 

 小さな袋を見せる。

 

 GVがそれを見る。

 

「おお」

 

「少し緊張しましたけど」

 

「うん」

 

「でも、楽しかったです」

 

 GVの顔が緩む。

 

「そっか」

 

「はい」

 

「ならよかった」

 

 シアンも笑う。

 

「フェザーには?」

 

「帰ってきたって連絡しました」

 

「早い」

 

「モニカさんが、帰ったら一応知らせてって」

 

「完璧だね」

 

「はい」

 

 エリーゼ1は少しだけ誇らしそうだった。

 

 それを見てGVも嬉しそうだった。

 

 その時。

 

 表情が変わる。

 

「で」

 

 エリーゼ3。

 

「アンタたちは遅い!」

 

 GVとシアンが同時に止まる。

 

「やっぱり怒られた」

 

「予想通り」

 

「何笑ってんのよ!」

 

「色々あって」

 

「何よ」

 

「アキュラがミニ四駆持ってきて」

 

「は?」

 

「シアンが勝って」

 

「は?」

 

「デイトナがシアンをデートに誘って」

 

「は?」

 

「カレラにも会った」

 

「……何その一日」

 

「私も途中からよく分かんなくなった」

 

 シアンが言う。

 

「普通に商店街行ったんじゃないの?」

 

「そのはずだった」

 

「アンタら外出る度に何か起きてない?」

 

「僕に言われても」

 

「大体アンタ中心でしょうが!」

 

「今回はアキュラ以外僕関係ないよ」

 

「デイトナはわたしだし」

 

「それも大概ね」

 

 エリーゼ3が呆れる。

 

 やがて。

 

 また表情が変わる。

 

「……帰った」

 

 エリーゼ2。

 

 GVを見る。

 

「うん」

 

 GVは少し笑う。

 

「ただいま」

 

 エリーゼ2はじっと見る。

 

「……いる」

 

「いるよ」

 

 それだけ。

 

 短い。

 

 けれど。

 

 シアンには、その一言が以前よりずっと穏やかに聞こえた。

 

     ◇

 

 夕食を先に済ませた。

 

 映画を見ながらでもいいとシアンは言ったが、エリーゼ3に「行儀悪いでしょうが」と一蹴されたからだった。

 

「意外とそういうところちゃんとしてるね」

 

 GVが言った。

 

「何が意外よ!」

 

 怒られた。

 

 そして。

 

 ようやく。

 

 映画の時間。

 

 シアンがソファへ座る。

 

「GV」

 

「はい」

 

「準備できた」

 

「今行く」

 

 返事が速い。

 

 少ししてGVが飲み物や菓子をまとめて持ってくる。

 

「何その装備」

 

「映画見るなら必要でしょ」

 

「戦いに行くみたい」

 

『GVにとっては似たようなものなんじゃない?』

 

「モルフォまで」

 

「始めるよ」

 

「待って」

 

 GVが座る。

 

「どこから?」

 

「途中からでいいでしょ」

 

「最初から」

 

「やっぱり?」

 

「最初から」

 

「何で」

 

「最初のピーターから見ないと」

 

「前見たじゃん」

 

「もう一回」

 

「GVは何回見てるの?」

 

「覚えてない」

 

「そんなに?」

 

「数えるものじゃないでしょ」

 

「普通は数える前にそんな見ないよ」

 

 結局。

 

 最初から。

 

 『アメイジング・スパイダーマン』が始まる。

 

 シアンは横を見る。

 

 GVは静かだった。

 

 意外だった。

 

 もっと最初から喋ると思っていた。

 

 画面に集中している。

 

「……」

 

 数分。

 

「あ、ここ好き」

 

「早い」

 

 始まった。

 

「何が?」

 

「この頃のピーター」

 

「まだスパイダーマンになってないじゃん」

 

「だからいいんだよ」

 

 GVは画面を見たまま話す。

 

「最初から完成したヒーローじゃないでしょ」

 

「うん」

 

「普通に怒るし、失敗するし、自分の感情で動くし」

 

「うん」

 

「格好悪いところもある」

 

「好きなのに結構言うね」

 

「そこが好きなんだよ」

 

「……へえ」

 

「力を手に入れた瞬間、急に何でも正しくできる人になるわけじゃない」

 

 シアンは画面とGVを交互に見る。

 

「失敗して、間違えて、それでも少しずつ変わってく」

 

「GV」

 

「何?」

 

「もうオタトーク始まってる」

 

「聞くって言ったじゃん」

 

「言ったけど、思ったより早い」

 

「まだ全然だよ」

 

「全然なの?」

 

 不安になる。

 

 でも少し笑っている。

 

 映画が進む。

 

 ピーターがスパイダーマンとして動き始める。

 

 GVの反応もさらに分かりやすくなる。

 

「ほら、ここ」

 

「何?」

 

「動き」

 

「動き?」

 

「ウェブで移動する時」

 

「うん」

 

「ただ前に飛んでるんじゃなくて、全身使って向き変えるんだよ」

 

「……そこ見るの?」

 

「見るよ」

 

「普通もっと話とかじゃない?」

 

「話も見るよ」

 

「全部見るんだ」

 

「好きだから」

 

 GVは真顔。

 

「あとアメイジングは動きが結構蜘蛛っぽいんだよね。姿勢低くしたり、壁にいる時の身体の形とか」

 

「細かい」

 

「そこがいいんだよ」

 

「スーツは?」

 

「好き」

 

「即答」

 

「最初の方のスーツも好きだけど、目の形とか質感とか――」

 

「待って待って」

 

「何?」

 

「今それ説明し始めたら映画進まない」

 

「止めてないよ」

 

「GVが横で喋ってると集中できない」

 

「じゃあ一回止める?」

 

「もっと進まないじゃん!」

 

『面倒なオタクね』

 

「モルフォは黙ってて」

 

『シアンもさっき言いそうだったわよ』

 

「言ってない」

 

「顔が言ってた」

 

「GVまで!」

 

 それでも。

 

 シアンは嫌ではない。

 

 むしろ少し楽しい。

 

「ウェブシューターが機械なのも好き?」

 

「好き」

 

「やっぱり」

 

「何、そのやっぱり」

 

「GV、機械とか好きそうだもん」

 

「雑だなあ」

 

「違う?」

 

「違わないけど」

 

「ほら」

 

「でもそこだけじゃないよ」

 

「じゃあ何?」

 

 シアンが聞く。

 

 GVが少しだけ考えた。

 

 画面を見る。

 

「……助ける相手を選ばないところ」

 

 シアンの表情が少し変わる。

 

「それ?」

 

「うん」

 

 GVは続ける。

 

「スパイダーマンって、大きな事件の時だけヒーローなわけじゃないんだよ」

 

「うん」

 

「街で困ってる人がいたら助ける」

 

「知らない人でも?」

 

「知らない人でも」

 

「重要な人じゃなくても?」

 

「むしろ、そういうのが好き」

 

 GVは少し笑う。

 

「世界の命運とかじゃなくて。目の前で誰か困ってたら、ちょっと手を貸す」

 

「……」

 

「力がすごいから好きっていうより、その力をそういうことにも使うのが好きなのかも」

 

 シアンはGVを見る。

 

 今日。

 

 店の荷物を運んだ。

 

 迷子の子供を助けた。

 

 以前にも。

 

 自転車で困っていた人。

 

 ボールを木に引っ掛けた子供。

 

 知らない人たち。

 

「それ、GVじゃん」

 

 口から出た。

 

 GVが見る。

 

「僕?」

 

「うん」

 

「いやいや」

 

「何」

 

「僕はスパイダーマンみたいに格好よくないよ」

 

「そこじゃないよ!」

 

「じゃあどこ?」

 

「人助け」

 

「僕?」

 

「今日だけでも何人助けたと思ってるの」

 

「そんな助けた?」

 

「荷物のおばあちゃん」

 

「あれは荷物持っただけ」

 

「迷子」

 

「一緒にお母さん探しただけ」

 

「前に商店街の人たちにも色々やってたじゃん」

 

「あれも大したことじゃないよ」

 

「それ!」

 

 シアンが指を差す。

 

「何?」

 

「そういうところ」

 

「どういうところ?」

 

「GVにとっては全部大したことじゃないんでしょ」

 

「だって大したことじゃないし」

 

「でも助かった方は覚えてる」

 

「……」

 

「今日もそう」

 

 シアンは少しだけ熱くなっていた。

 

「迷子の子が能力者って分かっても何も変わんなかった」

 

「それは」

 

「普通のこと?」

 

「僕には」

 

「ほら」

 

 シアンは笑う。

 

「だからGVがスパイディ好きなの、分かる気がする」

 

 GVが少し黙る。

 

「別に、スパイダーマンに影響受けたから人助けしてるってわけじゃないよ」

 

「知ってるよ」

 

「なら」

 

「でも」

 

 シアンは画面を見る。

 

「そういう人が好きなんでしょ」

 

「……うん」

 

「そういう生き方が好きなんでしょ」

 

 GVも画面へ目を戻す。

 

「そうかもね」

 

「なら、やっぱGVじゃん」

 

「何か恥ずかしいな」

 

「何で」

 

「自分をスパイダーマンに重ねられるの」

 

「わたしが勝手に言ってるだけ」

 

「そうなんだけど」

 

 GVは少し困ったように笑った。

 

「でも僕、あんなに上手くないよ」

 

「何が?」

 

「全部」

 

「またそういうこと言う」

 

「本当だよ」

 

「じゃあ」

 

 シアンが少し考える。

 

「完璧じゃないところも一緒なんじゃない?」

 

「それ褒めてる?」

 

「GVがさっき好きって言ったところ」

 

「ああ」

 

「失敗したり、間違えたりするけど、それでも助けるんでしょ」

 

「……」

 

「なら一緒」

 

 GVは何も言わなかった。

 

 少しして。

 

「シアン」

 

「何?」

 

「映画見よ」

 

「逃げた」

 

「逃げてないよ」

 

「顔ちょっと恥ずかしそう」

 

「気のせい」

 

『出た』

 

「モルフォ!」

 

     ◇

 

 しばらく映画が進む。

 

 GVはまた細かいところで反応する。

 

「今の好き」

 

「また?」

 

「ウェブの使い方」

 

「さっきと違うの?」

 

「全然違う」

 

「何が」

 

「さっきは移動。今のは――」

 

「待って、分かった。違うんだね」

 

「聞かないの?」

 

「聞くけど短く」

 

「難しい」

 

「何で」

 

「話したいところ多いから」

 

「面倒なオタク」

 

「とうとう言った」

 

「でも」

 

 シアンは笑う。

 

「嫌いじゃないよ」

 

 GVが一瞬止まる。

 

「……オタトークが?」

 

「うん」

 

「本当に?」

 

「GV、楽しそうだし」

 

「そう?」

 

「分かりやすい」

 

「自分じゃ分かんないな」

 

「めちゃくちゃ分かるよ」

 

 シアンは画面を見る。

 

「もっと話していいよ」

 

「本当に?」

 

「ただし」

 

「何?」

 

「映画は止めない」

 

「……」

 

「今止めようと思ったでしょ」

 

「ちょっと」

 

「禁止」

 

「じゃあ喋りながら見る」

 

「それはそれでうるさそう」

 

「どうすればいいの」

 

「ほどほど」

 

「一番難しい」

 

 それでも。

 

 GVは話す。

 

 ピーターの不器用さ。

 

 ヒーローとしての未熟さ。

 

 人との距離。

 

 街を移動する時の軽やかさ。

 

 蜘蛛らしい姿勢。

 

 機械式のウェブシューター。

 

 画面の見せ方。

 

 全部。

 

 シアンは途中から内容そのものよりも。

 

 GVが話しているところを見る方が楽しくなっていた。

 

 普段は人の話を聞くことが多いGV。

 

 シアンが話せば聞いてくれる。

 

 エリーゼが困っていれば聞く。

 

 誰かに悩みがあれば聞く。

 

 でも。

 

 自分の好きなもののことになると。

 

 こんなに喋る。

 

「……ふふ」

 

「何?」

 

「何でもない」

 

「また?」

 

「続けて」

 

「何で笑ったの」

 

「楽しそうだなって」

 

「好きだからね」

 

「知ってる」

 

「スパイダーマンは――」

 

「そこじゃなくて」

 

「何?」

 

「何でもない」

 

「気になるな」

 

「映画!」

 

「はい」

 

     ◇

 

 途中。

 

 エリーゼ1もリビングへ来た。

 

「何を見てるんですか?」

 

「スパイダーマン」

 

 GVが答える。

 

「すぱいだーまん……」

 

「知らない?」

 

「名前は聞いたことあります」

 

「面白いよ」

 

「そうなんですか?」

 

「まずこのピーターが――」

 

「GV」

 

 シアンが止める。

 

「何?」

 

「初めての人にいきなり全部説明しない」

 

「全部じゃないよ」

 

「今から全部行く顔だった」

 

「どういう顔」

 

「さっきわたしが見た顔」

 

『目が光ってたわね』

 

「そんなに?」

 

 エリーゼ1が少し笑う。

 

「GVさん、好きなんですね」

 

「うん」

 

「すごく好き」

 

 シアンが代わりに答える。

 

「何でシアンが」

 

「今日ずっと聞いたから」

 

「まだ半分くらいだよ」

 

「何が?」

 

「話してないところ」

 

「まだあるの!?」

 

「いっぱい」

 

 シアンが頭を抱える。

 

 エリーゼ1がさらに笑った。

 

     ◇

 

 映画は予定より時間が掛かった。

 

 主な原因はGVだった。

 

「ちょっと待って」

 

「止めないって言ったじゃん!」

 

「今のもう一回だけ」

 

「何回目?」

 

「二回?」

 

「もっと」

 

「そう?」

 

「五回くらい」

 

「そんな止めた?」

 

「止めた!」

 

「でも今のスイング――」

 

「さっきも聞いた!」

 

「違う。今のはカメラの動きが」

 

「別の話なの!?」

 

『だから面倒なオタクなのよ』

 

「モルフォは何でずっといるの」

 

『シアンが見てるからよ』

 

「じゃあシアンが見終わったら?」

 

『帰る』

 

「どこに?」

 

『細かいこと気にしない』

 

 GVは映画を戻す。

 

「ここ」

 

「はい」

 

「この高さから下に落ちる感じ」

 

「うん」

 

「そこからウェブで振り子みたいに」

 

「うん」

 

「速度乗せて――」

 

「GV」

 

「何?」

 

「楽しそう」

 

「だから好きなんだって」

 

「うん」

 

 シアンは笑う。

 

「知ってる」

 

 映画再開。

 

 数分。

 

「ここも――」

 

「止めない!」

 

「まだ手動かしてない!」

 

「顔で分かる!」

 

「それ便利だね」

 

「GVに覚えた!」

 

     ◇

 

 ようやく映画が終わった。

 

 シアンはソファへ背中を預ける。

 

「……疲れた」

 

「映画見ただけなのに?」

 

「半分GVのせい」

 

「何で」

 

「ずっと喋ってたから」

 

「でも聞いてくれたでしょ」

 

「聞いた」

 

「どうだった?」

 

「映画?」

 

「うん」

 

 シアンは少し考える。

 

「前より面白かった」

 

 GVの顔が明らかに明るくなる。

 

「本当?」

 

「うん」

 

「やっぱり解説が――」

 

「それは違う」

 

「違うの?」

 

「GVがどこ好きなのか分かったから」

 

 GVが少し止まる。

 

「僕?」

 

「うん」

 

「映画の感想じゃなくない?」

 

「いいじゃん」

 

「まあ」

 

「スパイディのことも前より分かったし」

 

「でしょ?」

 

「でも」

 

「何?」

 

「GVのことも前より分かった」

 

 GVが目を瞬く。

 

「何で?」

 

「好きなものの話、あんまりここまで聞いたことなかったから」

 

「ああ」

 

「すっごい喋るね」

 

「……ごめん」

 

「何で謝るの」

 

「うるさかった?」

 

「うるさかった」

 

「ごめん」

 

「でも楽しかった」

 

 GVが止まる。

 

「だからいい」

 

「……そっか」

 

「うん」

 

 シアンは少しだけ照れながら続ける。

 

「また見ようよ」

 

 今度はGVが少し驚いた。

 

「いいの?」

 

「うん」

 

「次どれにする?」

 

「早い!」

 

「スパイディ他にもあるから」

 

「次はわたしが選ぶ」

 

「スパイディの中から?」

 

「違う映画でもいいでしょ」

 

「ああ、もちろん」

 

「交代」

 

「じゃあシアンが好きな映画?」

 

「それもいいかも」

 

「教えてよ」

 

 シアンの胸が少し暖かくなる。

 

「うん」

 

「今度見よう」

 

「約束ね」

 

「それは約束できる」

 

「そこは自信あるんだ」

 

「映画だから」

 

「何その基準」

 

 二人で笑う。

 

 また。

 

 次の予定ができた。

 

 帰った後にやること。

 

 一緒に見るもの。

 

 次に話すこと。

 

 シアンが望んでいたものが、少しずつ増えている。

 

     ◇

 

 GVが飲み物を片付けるために席を立った。

 

 その瞬間。

 

「ねえモルフォ」

 

『嫌』

 

「まだ何も言ってない!」

 

『聞かなくても分かる!』

 

「何が!」

 

『今日のGVがどうだったとかでしょ』

 

「……」

 

『ほら!』

 

「でも聞いてよ」

 

『一緒にいたのよアタシも!』

 

「迷子の子の時さ」

 

『見てた!』

 

「能力者って分かっても全然態度変わらなくて」

 

『見てた!』

 

「おばあちゃんの荷物も」

 

『見てた!』

 

「ミニ四駆でわたし勝った時も」

 

『見てた!』

 

「すごい嬉しそうにおめでとうって――」

 

『見てた!』

 

「デイトナ断った時も嬉しいって」

 

『聞いてた!』

 

「雑貨屋でプレゼントあげたら」

 

『それも見た!』

 

「で、スパイディの話してる時めっちゃ楽しそうで」

 

『それ今まで二時間くらい見せられた!』

 

「二時間も喋ってない!」

 

『体感よ!』

 

「でもさ」

 

『まだあるの!?』

 

「好きなものの話してるGV、ちょっと可愛くなかった?」

 

『ほら来た!』

 

「何!」

 

『結局それ!』

 

「何が!」

 

『GVはすごい、GVは優しい、GVはカッコいい、今日はそこにGVは可愛いまで追加された!』

 

「全部同じ日に言ってない!」

 

『日が違えばいいの!?』

 

「違う!」

 

『何が!』

 

「今日のは今日のGV!」

 

『昨日は昨日のGVって言ってたじゃない!』

 

「違うもん!」

 

『どこが!』

 

「全部!」

 

『雑!』

 

 シアンが頬を膨らませる。

 

「でも今日、本当にGVのこと一個知れた」

 

『一個? あれだけ聞いて?』

 

「細かいスパイディの話じゃなくて」

 

『うん』

 

「GVが、何であんなにスパイディ好きなのか」

 

 モルフォは少し表情を変える。

 

「誰でも助けるところが好きなんだって」

 

『……まあ、GVらしいわね』

 

「でしょ?」

 

『顔』

 

「何」

 

『嬉しそう』

 

「だって」

 

 シアンは少し声を落とす。

 

「やっぱり、GVがそういう人なのって、誰かに言われたからじゃないんだなって思った」

 

『うん』

 

「スパイダーマンが好きだから真似してるとか、そういうんじゃなくて」

 

『うん』

 

「GV自身が、そういう人をいいと思ってる」

 

 今日のGVを思い出す。

 

 エリーゼが一人で買い物に行きたいと言った時。

 

 危険があることを伝えて。

 

 それでも行きたいか聞いた。

 

 行きたいと言われたから。

 

 どうやればできるかを考えた。

 

 商店街。

 

 知らない老人。

 

 迷子の子。

 

 誰かを勝手に決めつけない。

 

「……そういうところなんだよなあ」

 

『はいはい』

 

「またそれ!」

 

『何回同じ着地するのよ!』

 

「違う!」

 

『何が違うの』

 

「今日はちゃんと理由増えた!」

 

『好きになる理由が毎日増えてるって話?』

 

「……」

 

『黙るな』

 

「それは」

 

『何』

 

「……そうかも」

 

 モルフォが呆れた。

 

『重症ね』

 

「何で!」

 

『最初は可愛いと思ってたのよ』

 

「何が」

 

『アンタが「ほんっとにGVは……もう」ってやってるの』

 

「今は?」

 

『めんどくさい』

 

「ひどい!」

 

『だって毎回最後には惚気になるじゃない!』

 

「惚気じゃない!」

 

『じゃあ何』

 

「……感想?」

 

『もっと悪いわよ!』

 

 シアンは笑う。

 

 でも。

 

 本当に。

 

 今日また一つ知った。

 

 GVの好きなもの。

 

 GVが好きなものを好きな理由。

 

 そういうものを。

 

『でもまあ』

 

「何」

 

『アンタがGVのこと知りたいって思って聞いてたのは、いいんじゃない』

 

「……うん」

 

『今度はアンタの好きなもの見せるんでしょ』

 

「うん」

 

『ならいいじゃない』

 

 モルフォが少し笑う。

 

『毎回アタシに報告しなければ』

 

「それは別」

 

『何でよ!』

 

「聞いてほしいから!」

 

『嫌よ!』

 

「モルフォはわたしなんでしょ!」

 

『だから余計に知ってるのよ!』

 

 リビングへGVが戻ってくる。

 

「また喧嘩してる?」

 

「してない!」

 

『してる!』

 

「どっち?」

 

「モルフォが悪い」

 

『シアンが悪い』

 

「僕、戻ってこない方がよかった?」

 

「来て!」

 

『来ないで!』

 

「難しいなあ」

 

     ◇

 

 夜が深くなった。

 

 それぞれが自分の部屋へ戻る。

 

 GVも自室へ入った。

 

 机の上へ、今日買ったものを置く。

 

 そして。

 

 シアンにもらったキーホルダー。

 

「……」

 

 手に取る。

 

 高価なものではない。

 

 特別な理由を聞いたわけでもない。

 

 ただ。

 

 あげたいから。

 

 そう言っていた。

 

「……あげたいから、か」

 

 何となく。

 

 その言い方が嬉しかった。

 

 何かのお礼ではない。

 

 助けたからでもない。

 

 借りを返すためでもない。

 

 シアンがそうしたかったから。

 

 今日のシアンは、そういうことをよく言っていた。

 

 商店街へ行きたい。

 

 この店へ行きたい。

 

 今日はGVと一緒にいたい。

 

 また映画を見たい。

 

 次は自分が選ぶ。

 

「……」

 

 少し変わった。

 

 GVにも分かる。

 

 以前より。

 

 シアンが自分のしたいことを言うようになった。

 

 それは。

 

 嬉しかった。

 

「今日は楽しかったな」

 

 自然に出る。

 

 エリーゼが一人で買い物へ行った。

 

 商店街を歩いた。

 

 近所の人に声を掛けられた。

 

 荷物を持った。

 

 迷子を手伝った。

 

 アキュラとミニ四駆をやった。

 

 シアンが勝った。

 

 デイトナが派手に現れた。

 

 カレラが妙に空気を読んだ。

 

 雑貨屋へ行った。

 

 シアンからキーホルダーをもらった。

 

 家へ帰った。

 

 スパイダーマンを見た。

 

 シアンが話を聞いてくれた。

 

「……喋りすぎたかな」

 

 今更思う。

 

 結構喋った。

 

 途中で何度も止められた。

 

 映画も何度か止めた。

 

「次は気を付けよう」

 

 本当にできるかは分からない。

 

 それでも。

 

 シアンは楽しかったと言ってくれた。

 

 また見ようとも。

 

「また一緒に見たいな」

 

 口にする。

 

 すぐに出た。

 

 恋愛的にどうなのか。

 

 そんなことはまだ分からない。

 

 シアンが自分をどう思っているのか。

 

 たぶん。

 

 何となく分かっている部分はある。

 

 でも。

 

 それを自分が勝手に決めるものでもない。

 

 自分の気持ちも。

 

 大切だから。

 

 一緒に暮らしているから。

 

 助けたから。

 

 それだけで名前を付けるものではないと思う。

 

 だから今は。

 

 楽しかった。

 

 また一緒に行きたい。

 

 また映画を見たい。

 

 もっとシアンの好きなものも知りたい。

 

 それでいい。

 

 GVはキーホルダーを見る。

 

「どこ付けようかな」

 

 少し迷う。

 

 結局。

 

 普段から持ち歩くものへ付けることにした。

 

 しまい込むより。

 

 その方がいい気がした。

 

     ◇

 

 シアンも自室へ戻っていた。

 

 ベッドへ座る。

 

「……疲れた」

 

 色々あった。

 

 本当に。

 

 朝の時点では、ただ商店街へ行くだけだった。

 

 それが。

 

 エリーゼの外出。

 

 アキュラ。

 

 ミニ四駆。

 

 デイトナ。

 

 カレラ。

 

 そして映画。

 

「……でも楽しかったな」

 

 シアンは小さく笑う。

 

 今日。

 

 自分の好きなものを一つ知ってもらった。

 

 行きたい店。

 

 好きな色。

 

 気になるもの。

 

 それから。

 

 GVに何かをあげたいと思う自分。

 

 自分から言えた。

 

 そして。

 

 自分もGVの好きなものを知った。

 

 スパイダーマン。

 

 それ自体は前から知っていた。

 

 GVが好きなのも。

 

 でも。

 

 何が好きなのか。

 

 どうして好きなのか。

 

 今日初めて、あそこまで聞いた。

 

「……ほんと、喋るんだから」

 

 思い出して笑う。

 

 普段はあんなに人の話を聞くのに。

 

 自分の好きな話になったら止まらない。

 

 次は何を話すのだろう。

 

 今度は自分の映画を見せる。

 

 どんな反応をするのだろう。

 

 それも楽しみだった。

 

 そして。

 

 今日のエリーゼ。

 

 一人で買い物へ行きたい。

 

 GVはすぐに止めなかった。

 

 危険がある。

 

 それを隠しもしなかった。

 

 その上で聞いた。

 

 それでも行きたいか。

 

 エリーゼが行きたいと言ったから。

 

 じゃあ、どうすれば行けるかを考えた。

 

 フェザーへ相談した。

 

 モニカも。

 

 アシモフも。

 

 危険がないとは言わなかった。

 

 ただ。

 

 できる範囲で備えた。

 

 そして送り出した。

 

「……やっぱり」

 

 シアンは思う。

 

 GVは誰かの気持ちを勝手に決めない。

 

 自分の時も。

 

 そうだった。

 

 だから。

 

 自分も。

 

 GVの気持ちを勝手に決めたくない。

 

 でも。

 

「好きになってほしいな」

 

 小さく言う。

 

 それは言える。

 

 自分の願いだから。

 

 そのために。

 

 自分のことを知ってもらう。

 

 GVのことも知る。

 

 一緒にしたいことを増やす。

 

 帰ってきたら。

 

 話したい。

 

 見たい。

 

 やりたい。

 

 そんなものを。

 

 少しずつ増やしていく。

 

 今日も一つ増えた。

 

 映画。

 

「次、何見せようかな」

 

 考える。

 

 GVが帰ってきた時。

 

 ただ。

 

 シアンが待っているから帰らないと。

 

 ではなく。

 

 シアンと話したいから。

 

 シアンと続きを見たいから。

 

 シアンのところへ帰りたい。

 

 そう思ってもらえたら。

 

 きっと嬉しい。

 

「……よし」

 

 シアンは一人で頷く。

 

『何がよ』

 

 突然モルフォ。

 

「うわっ!」

 

『何よ』

 

「今日はもうGVの話禁止って言って消えたじゃん!」

 

『消えたとは言ってない』

 

「びっくりした!」

 

『で、何を一人で頷いてたの』

 

「言わない」

 

『どうせGVでしょ』

 

「……」

 

『ほら』

 

「違う!」

 

『間があった!』

 

「違うって!」

 

『はいはい』

 

「その言い方やめて!」

 

     ◇

 

 その日は。

 

 世界を揺るがすようなことは、何も起きなかった。

 

 大きな施設を壊したわけでもない。

 

 誰かと命を懸けて戦ったわけでもない。

 

 守るべき世界について答えを出したわけでもない。

 

 一人で買い物へ行きたいと言った。

 

 どうすれば行けるかを考えた。

 

 商店街を歩いた。

 

 荷物を持った。

 

 迷子の子供と母親を探した。

 

 ミニ四駆を走らせた。

 

 派手な誘いを断った。

 

 道で知人と会った。

 

 雑貨を見た。

 

 プレゼントを渡した。

 

 家へ帰った。

 

 映画を見た。

 

 好きなものについて、少し喋りすぎた。

 

 ただ。

 

 それだけの一日。

 

 けれど。

 

 きっと。

 

 GVにとっては、そういう一日こそが日常だった。

 

 誰かの英雄になる前に。

 

 誰かの王になる前に。

 

 フェザーの戦士になる前に。

 

 能力者である前に。

 

 困っている誰かがいれば、少しだけ立ち止まる。

 

 誰かが自分で歩きたいと言えば、危険ごと奪ってしまうのではなく、一緒に歩ける方法を探す。

 

 名前も知らない誰かの荷物を持つ。

 

 泣いている子供の隣にしゃがむ。

 

 強敵だった相手と玩具で競い合う。

 

 くだらないことで笑う。

 

 好きな映画の話をする。

 

 そして。

 

 日が暮れたら。

 

 帰る。

 

 次にしたいことがある場所へ。

 

 話したい相手がいる場所へ。

 

 また明日も帰りたいと思える場所へ。

 

 誰かの上ではなく。

 

 誰かの前でもなく。

 

 ただ。

 

 誰かの隣へ。

 

 それが。

 

 蒼き雷霆ガンヴォルトの――

 

 隣人の日常だった。




――色鮮やかな花が咲く、皇神の研究施設。

「これが、ViVid……」

能力者を制御するために使われる特殊植物。
GVは、その培養設備を破壊する。

だが――

「S.E.E.Dが……ない?」

その花は、誰かを縛るためだけのものではなかった。

「……僕が壊したから?」

現れた能力者、ストラトス。

「ずっと痛ェんだよ!」

助けるとは、何なのか。

殺さないことは、本当にそれだけで正しいのか。

第二十話
「彩花」

「……何て言えばいいのか、分からない」

次回も、グッドラック。
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