『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』 作:幸田市
朝から、GVは暇だった。
正確には、暇にされた。
フェザーからの任務通知はない。モニカからは昨夜のうちに「明日も任務は入れないから」と念を押されている。ストラトスに関する医療資料についても、研究班と解析班へ引き継がれ、GVが個人で抱え込む必要はなくなった。
それでも朝食を終えて三十分もしないうちに、GVは三度目になる端末の起動を試みていた。
「GV」
ソファの向こうから声が飛んでくる。
指が止まった。
「……何?」
「今、何しようとした?」
シアンがこちらを見ている。
「何も」
「端末開こうとした」
「時間確認しようかなって」
「壁に時計あるよ」
言われて、GVは壁を見た。
確かにある。
「……ほんとだ」
「前からあるよ」
「知ってるけど」
「じゃあ何で端末?」
GVは答えず、そっと端末をテーブルへ戻した。
シアンが目を細める。
「怪しい」
「怪しくないよ」
「怪しい人はみんなそう言う」
「それ誰に教わったの?」
「モルフォ」
『アタシを変な知識の出所にするのやめてくれる?』
シアンの周囲に、小さな光が揺れた。
モルフォが呆れたような声を出す。
GVは少しだけ笑い、それからソファへ深く座り直した。
「でも、本当に何すればいいんだろ」
シアンが瞬きをする。
「……今、何て言った?」
「何すればいいんだろって」
「違う、その前」
「でも?」
「もっと後」
「本当に?」
「そこじゃない!」
シアンが身を乗り出す。
「GVが暇そうにしてる!」
「そんな珍しい?」
「珍しいよ!」
隣のテーブルで雑誌を読んでいたエリーゼ1まで顔を上げた。
「確かに……最近のGVさんは、いつも何か調べていましたね」
「そんなに?」
「はい」
「……そっか」
本人に自覚が薄いのが、一番困る。
シアンは小さく息を吐いた。
「今日は何もしなくていい日なんだから、何もしなくてもいいんじゃない?」
「それが難しいんだよ」
「難しい?」
「何もしないって、何すればいいの?」
「何もしないの!」
「だから、それをどうやるの?」
シアンは額を押さえた。
『重症ね』
モルフォが言う。
「モルフォまで」
『今の質問はかなり重症よ。“何もしない方法”を聞き始めたら末期』
「大げさだなあ」
そう言いながら、GVはまた端末の方を見た。
シアンが先に取った。
「はい、没収」
「え」
「今日は必要になったら返す」
「僕のなんだけど」
「知ってる」
「じゃあ返して」
「嫌」
「横暴じゃない?」
「最近のGVに言われたくない」
GVは一瞬、反論しようとした。
だが、何も出てこなかった。
「……分かった」
あまりに素直な返事だったので、逆にシアンが少し心配そうな顔をした。
そこへ。
「GVさん」
エリーゼ1が声を掛ける。
「ん?」
「これ、どうでしょう」
彼女がテーブルの下から取り出したものを見て、GVの目が少し見開かれた。
小さなマシン。
以前、皆で遊んだミニ四駆だった。
「まだ持ってたんだ」
「もちろんです」
エリーゼ1が嬉しそうに笑う。
「また走らせたら、楽しいかなって」
GVはマシンを受け取った。
掌の上で転がす。
タイヤを指で軽く回すと、以前調整した時より少し抵抗がある。
「あ」
「どうしました?」
「ちょっと軸ズレてるかも」
シアンがじっと見る。
GVの目が、ほんの少しだけ変わった。
さっきまで端末を見ていた時の、何かに追われるような目ではない。
単純に、目の前のマシンへ興味が向いている。
「……行く?」
シアンが聞いた。
「どこに?」
「コース」
GVはマシンを見る。
少し考える。
「……行こうかな」
「決まり」
シアンはすぐに立ち上がった。
GVが苦笑する。
「最初からそのつもりだったでしょ」
「さあ?」
「絶対そうだ」
『アンタが素直に乗ったんだからいいじゃない』
「モルフォも共犯?」
『何の罪よ』
その日の昼過ぎ。
以前にも訪れたホビーショップの常設コースで、GVは自分のマシンを手にしていた。
平日ということもあり、人はそれほど多くない。
子どもたちが数人。
常連らしい大人が何人か。
端のスペースでマシンを調整する親子もいる。
GVはコースを眺めた。
以前来た時からレイアウトが少し変わっている。
ストレートが伸び、その先に大きなバンク。
二連ジャンプの後に、きついコーナー。
「前より難しそう」
シアンが言った。
「うん」
GVは少しだけ楽しそうに答える。
「ジャンプの後、すぐ曲がるんだね」
「飛びそう?」
「セッティング次第かな」
「ほら」
「何?」
「もう楽しそう」
GVは少し黙った。
「……そう?」
「そう」
エリーゼ1も頷いた。
「顔が違います」
「顔?」
「はい」
GVが自分の頬を触る。
「そんな分かりやすい?」
「分かりやすいよ」
シアンは笑った。
「わたしには」
その言葉に、GVがほんの少しだけ視線を逸らした。
「……そっか」
『はいはい』
モルフォが呆れた声を出す。
『始める前からそれ?』
「何よ」
『別にぃ』
「絶対何か言いたいでしょ」
『いつものこと』
そんなやり取りをしていた時だった。
「……蒼き雷霆」
聞き覚えのある声。
GVの肩が僅かに動いた。
振り向く。
そこにいたのはアキュラだった。
数秒。
互いに見つめる。
「……アキュラ?」
「何故貴様がここにいる」
「それ、こっちの台詞なんだけど」
「質問に質問で返すな」
「いや、だって」
GVはアキュラの手元を見る。
そして。
黙った。
アキュラの右手には、明らかに前回とは違うミニ四駆が握られていた。
ボディ形状。
ローラー。
タイヤ。
何より。
その隣に置かれている工具箱。
セッティングゲージ。
計測器。
交換用パーツ。
「……アキュラ」
「何だ」
「それ」
「何だ」
「すごいね」
「何がだ」
「いや」
GVがしゃがみ込み、工具箱を見る。
「普通に大会出られそう」
アキュラの眉が僅かに動く。
「必要な装備を揃えただけだ」
シアンが横から覗き込む。
「ハマってるじゃん」
「ハマってなどいない」
「この前より明らかに増えてるけど」
「前回の走行データを解析した結果、複数の改善点が判明した。それに対応しただけだ」
GVが聞く。
「何時間くらい調べたの?」
「時間に意味はない」
「何時間?」
「……」
「アキュラ?」
「黙れ」
GVが少し笑った。
「やっぱりハマってる」
「次に言ったら撃つぞ」
「ミニ四駆のコースで物騒なこと言わないでよ」
アキュラは舌打ちし、GVの方を見た。
そこで。
少しだけ、目つきが変わった。
「……貴様」
「何?」
「何だ、その顔は」
GVが瞬きをする。
「顔?」
「しけた面をするな、目障りだ」
シアンの表情が固まった。
「ちょっと」
GVはそれより先に、困ったように笑った。
「会って最初に言うこと、それ?」
「事実だ」
「僕、普通だけど」
「普通?」
アキュラが鼻で笑う。
「それを普通と言っている時点で重症だな」
GVの眉が僅かに寄る。
「……結構失礼だね」
「普段の貴様なら、そこで一言返して終わりだ」
「今返してるけど」
「違う」
アキュラはGVを見た。
「今の貴様は、いちいち言葉を受けてから考えている」
GVの目が少し細くなる。
「何が言いたいの」
「鈍いな」
「だから」
「何があったかなど興味はない」
ばっさりだった。
シアンがムッとする。
しかしアキュラは続けた。
「だが、そんな腑抜けた状態でオレと走るつもりなら帰れ」
GVの表情が少し変わった。
「……言ってくれるね」
「ようやくいつもの顔に近づいたな」
「それ、わざと?」
「自惚れるな、貴様の機嫌を取る趣味はない」
「なら放っておいてよ」
「その面で勝負されるのが不愉快だと言っている」
GVは数秒黙った。
それから。
「じゃあ勝ったら撤回してよ」
アキュラは即答した。
「勝ってから言え」
「……分かった」
目が変わった。
シアンがその横顔を見る。
少しだけ。
本当に少しだけ、嬉しそうに笑った。
そして。
「おっ、何だ何だ?」
今度は別方向から、さらに大きな声が飛んできた。
「ずいぶん面白そうなことやってんじゃねえか!」
GVが顔を向ける。
シアンが「あ」と声を漏らす。
アキュラだけが露骨に嫌そうな顔をした。
「……騒音まで来たか」
「誰が騒音だコラァ!」
デイトナだった。
派手な足取りでこちらへ来る。
まずシアンを見つける。
「シアンじゃねえか!」
「こんにちは、デイトナ」
「こんなとこで何して――」
そこでGV。
アキュラ。
ミニ四駆。
工具箱。
順番に見る。
「……何してんだテメェら」
GVが答える。
「ミニ四駆」
「見りゃ分かる!」
「じゃあ何で聞いたの?」
「そういう意味じゃねえ!」
デイトナがアキュラを見る。
「つーか何だその装備! 遊びだろ!?」
アキュラが冷たい目を向けた。
「遊びだから考えなくていいという発想が、いかにも貴様らしいな」
「……あ?」
「安心しろ。思考回路が単純なのは戦闘時だけではなかったらしい」
「テメェ今なんつった?」
「聞き取れなかったのか? 耳まで悪いとは知らなかった」
「この野郎!」
GVが間へ入る。
「ちょっと待って。ここ店だから」
「蒼き雷霆、退け!」
「お前もだGV!」
「何で僕まで怒られてるの?」
シアンは額を押さえた。
「始まった……」
エリーゼ1は少しおろおろしている。
モルフォだけは楽しそうだった。
『いいじゃない。GV、さっきより元気そうよ』
シアンが小声で返す。
「それはそうだけど」
デイトナはまだアキュラを睨んでいる。
「で、何だ? これで勝負してんのか?」
GVが頷く。
「今から」
「ふーん」
デイトナはコースを見る。
そして、アキュラを見る。
「こんなの、速けりゃ勝ちだろ」
アキュラの目が冷たくなった。
「……なるほど」
「何だよ」
「予想以上だ」
「あ?」
「貴様にはコースという概念から説明する必要があるらしい」
「どういう意味だ!」
「直線しか見えていないと言っている」
「曲がりゃいいだろ!」
「どうやって」
「気合で!」
数秒。
沈黙。
GVが口を押さえる。
アキュラは無表情だった。
「蒼き雷霆」
「何?」
「今笑ったな」
「いや」
「笑っただろ」
「ちょっとだけ」
「笑わせた覚えはない」
デイトナがキレる。
「オレをネタにすんな!」
「別にネタには」
「じゃあオレもやる!」
デイトナが指を突きつける。
シアンが目を丸くした。
「持ってるの?」
「今買えばいいだろ!」
アキュラが鼻で笑う。
「今から?」
「悪ィか!」
「初心者が」
「誰が初心者だ!」
「今買うと言ったのは貴様だろう」
「テメェ……!」
デイトナはそのまま売り場へ突っ込んでいった。
数十分後。
戻ってきたデイトナのマシンは、見事なまでに本人の性格が出ていた。
高回転型モーター。
大径タイヤ。
軽量化。
とにかく速度。
GVは完成したそれを持ち上げる。
「……速そう」
デイトナが胸を張る。
「だろ!」
アキュラが横から覗く。
「飛ぶな」
「あ?」
「そのまま走らせれば飛ぶ」
「走らせてもねえのに分かるわけねえだろ!」
「分かる」
「何でだ!」
「見れば」
デイトナがGVを見る。
「コイツマジでムカつくな!?」
「僕に同意求められても」
「お前もムカつく!」
「何で!?」
「何か余裕あるからだ!」
アキュラが小さく言う。
「そこは同意する」
GVが振り向く。
「何でそこで仲良くなるの?」
「「誰が仲良くだ!」」
二人同時だった。
GVが吹き出す。
今度ははっきり笑った。
シアンがその様子を見ている。
数日前。
ストラトスの病室から戻ってきたGVは、笑おうとしてもどこか途中で止まっていた。
今は。
目の前で敵二人が喧嘩しているという、どう考えても奇妙な状況なのに。
普通に笑っている。
「シアンさん」
エリーゼ1が小声で呼ぶ。
「うん」
「よかったですね」
シアンはしばらくGVを見てから。
「……うん」
とだけ返した。
第一走。
三台がスタートラインへ並ぶ。
GVのマシン。
アキュラのマシン。
デイトナのマシン。
「よし」
デイトナが拳を握る。
「行くぞ!」
GVがスイッチを入れる。
アキュラも無言で準備する。
エリーゼ1がスターター役になった。
「では……三、二、一」
三台が走り出す。
直後。
「速っ!」
GVが思わず声を上げた。
デイトナ車だけが、明らかに一段速い。
「見たかァ!」
デイトナが吠える。
「速さこそ正義だろうが!」
一周目。
トップ。
アキュラの眉が僅かに動く。
GVもコースを目で追う。
「本当に速いな」
「だろ!」
「でも」
「でも何だ!」
GVがジャンプ台を見る。
「次、危ないかも」
「心配いらねえ!」
デイトナ車がジャンプ。
綺麗に飛ぶ。
一瞬。
デイトナの顔が輝く。
「ッシャ――」
着地。
弾む。
そのままコースの外へ。
「アァァァァァ!?」
床を滑るマシン。
数メートル先で止まる。
沈黙。
GVが口元を押さえる。
アキュラは腕を組む。
「予想通りだ」
デイトナが振り向く。
「うるせえ!」
「二周も保たなかったな」
「一回だろ!」
「一回で十分だ」
「次は行ける!」
「何を根拠に」
「気合!」
「貴様のマシンに同情する」
「ミニ四駆に同情すんな!」
GVがとうとう声を上げて笑った。
「ご、ごめん……」
「何笑ってんだテメェ!」
「いや、だって……」
GVはまだ笑っている。
「本当に飛んだ」
「笑うな!」
「アキュラの予想そのままだったから」
「アイツの肩持つんじゃねえ!」
アキュラが静かに言う。
「肩を持つ必要もない。結果が証明している」
「テメェは一言多いんだよ!」
その間にも、GVとアキュラのマシンは走り続けている。
最終周。
アキュラが僅かに先行。
GVが追う。
コーナー。
ジャンプ。
着地。
最後のストレート。
ほぼ同時。
「……どっち?」
シアンが身を乗り出す。
判定表示。
一位。
アキュラ。
二位。
GV。
僅差だった。
「……負けた」
GVが素直に言う。
アキュラはマシンを回収する。
「当然だ」
「嬉しそう」
「錯覚だ」
「口元ちょっと上がってない?」
「黙れ」
デイトナが自分のマシンを拾って戻ってくる。
「もう一回だ!」
アキュラが見る。
「そのまま?」
「今度は飛ばさねえ!」
「どうやって」
「根性で押さえる!」
「走行中に手を出せば失格だ」
「そういう意味じゃねえ!」
GVがデイトナのマシンを見る。
「ちょっと変えた方がいいと思うよ」
「どこだ!」
「まずジャンプの着地」
アキュラも覗き込む。
「フロントが軽すぎる」
デイトナが眉を寄せる。
「ここか?」
「そうだ」
「じゃあ重くすりゃいいんだな」
「極端に増やすな」
「分かってる!」
デイトナがウェイトを大量に手に取る。
アキュラが即座に奪った。
「分かっていない!」
「何すんだ!」
「貴様に加減という概念が存在しないことは今理解した」
「一回で決めつけんな!」
「十分なサンプルだ」
「サンプル扱いすんな!」
GVが横で笑う。
「アキュラ、意外と面倒見いいね」
アキュラの動きが止まる。
「……何?」
「教えてるじゃん」
「目の前で同じ失敗を繰り返される方が不愉快なだけだ」
デイトナが鼻を鳴らす。
「素直じゃねえ野郎だな」
アキュラが振り向く。
「貴様にだけは言われたくない」
「何でだ!」
「自覚がないのか。救いようがないな」
「テメェ本当に最後まで喧嘩売る気だな!?」
「買う知能があるなら売ってやる」
「アァ!?」
GVが腹を抱える。
「今のはひどい」
「貴様も笑うな」
「無理だって」
二走目。
デイトナ車は今度こそ完走した。
ただし。
三位。
「何でだァ!」
デイトナが頭を抱える。
アキュラが当然のように答える。
「安定性を優先した。速度が落ちたからだ」
「テメェのせいじゃねえか!」
「完走できる状態にしたのは誰だと思っている」
「勝てなきゃ意味ねえだろ!」
「飛んで終わるよりマシだ」
「だから一位になる方法教えろ!」
「自分で考えろ」
「ここまで教えといて急に突き放すな!」
GVが言う。
「もうちょっと速度戻せば?」
デイトナが振り向く。
「分かってんじゃねえか!」
「でも戻しすぎたらまた飛ぶよ」
「じゃあどこまでだ!」
「そこは走らせながら」
「面倒くせえ!」
アキュラが鼻で笑う。
「だから貴様は単純なんだ」
デイトナのこめかみに青筋が浮かぶ。
「お前さっきから単純単純うるせえんだよ!」
「では訂正しよう」
「お?」
「短絡的だ」
「悪化してんじゃねえか!」
コース周辺の子どもたちまで笑い始めていた。
GVも笑っている。
デイトナは途中からGVの方を見た。
そして。
「おい」
「何?」
「さっきから何だそのツラ」
GVが瞬きをする。
「今度は何?」
「最初と違うじゃねえか」
「え?」
「来た時、もっとしけた顔してただろ」
GVの笑みが少し止まった。
シアンもデイトナを見る。
アキュラは何も言わない。
デイトナは腕を組んだ。
「何かあったのか?」
「……まあ」
「言いたくねえなら言わなくていい」
GVが少し意外そうな顔をする。
デイトナは続けた。
「別にテメェの身の上相談聞きに来たわけじゃねえしな」
「そっか」
「ただよ」
デイトナはGVを指さした。
「悩みがあんなら勝手に悩め!」
「言い方」
「うるせえ!」
さらに指を突き出す。
「でも遊んでる最中まで葬式みてぇなツラしてんじゃねえ!」
GVが僅かに目を見開いた。
「……そこまで?」
「そこまでだ!」
「アキュラにも言われた」
「なら二人に言われるくらいヒデェってことだろ!」
アキュラが冷たく言う。
「人数を根拠にするとは珍しく合理的だな」
「テメェは黙ってろ!」
「褒めてやったんだが」
「どこがだ!」
GVがまた小さく笑う。
デイトナはその顔を見て、鼻を鳴らした。
「前にオレとやり合った時は、もっとムカつく面してただろうが」
「ムカつく面って何」
「余裕ぶってこっちの話まで聞こうとしてくる、あのツラだよ!」
「そんな顔してた?」
「してた!」
アキュラが言う。
「それには同意する」
GVが振り向く。
「アキュラまで?」
「貴様は戦闘中ですら余計なことを考える」
「余計って」
「敵の事情など知る必要はない」
「僕はそう思わないけど」
「そういうところだ」
デイトナが大きく頷く。
「そう! そこがムカつく!」
「何で僕、褒められてるのか怒られてるのか分からなくなってきた」
「褒めてねえ!」
「怒ってはいるんだ」
「だから!」
デイトナが苛立たしげに頭を掻く。
「テメェは誰彼構わず首突っ込んで、敵だろうが何だろうが勝手に助けようとすんだろ!」
GVは黙る。
「それでこっちが本気で殴りに行っても、何か勝手にこっちの事情まで考えやがる!」
「……うん」
「だから!」
少しだけ声が強くなる。
「そんなテメェが、今さら一人で全部抱え込んでしけた顔してんのが、らしくねえっつってんだ!」
GVの表情が止まった。
シアンも黙る。
アキュラは腕を組んだまま、GVを見ている。
デイトナは気まずそうに顔を逸らした。
「……以上!」
「以上って」
「もう終わりだ!」
「いや」
GVは少し考えた。
「ありがとう」
「礼言うな!」
「でも」
「気持ち悪ィ!」
「ひどくない?」
「テメェに感謝される筋合いねえんだよ!」
アキュラが小さく息を吐いた。
「貴様も律儀だな」
GVが見る。
「何が?」
「敵に礼など言う必要はない」
「別に敵でも、言いたい時は言うよ」
「……そうだったな」
アキュラはほんの一瞬だけ視線を逸らした。
「だが」
「何?」
「今の貴様は見苦しい」
GVの眉が寄る。
「また?」
「最後まで聞け」
「はい」
「戦場で迷うのは勝手だ。苦しむのも好きにしろ」
「うん」
「だが、その結果として腑抜けるな」
目が合う。
「オレが倒す相手が、そんな状態では話にならん」
GVは少しだけ笑った。
「結局そこなんだ」
「当然だ」
「慰めてくれてるのかと思った」
「撃つぞ」
「冗談だよ」
「貴様は時々本気に聞こえる」
デイトナが横から割り込む。
「つーかテメェら何か会話慣れてねえ?」
二人が同時に見る。
「何?」
「何だ」
「いや何でもねえ!」
「変なの」
「貴様に言われたくない」
「お前にも言われたくねえ!」
そして。
三走目。
今度は三人とも、さっきまで以上に本気だった。
デイトナは速度を少し戻した。
ただし、最初のような無茶な設定にはしない。
アキュラから教わったウェイト配置を自分なりに調整し、ジャンプ後の姿勢を崩さない範囲で最高速を上げる。
アキュラはそれを横目で見た。
「……ほう」
デイトナが振り向く。
「何だ」
「少しは学習能力があったらしい」
「素直に褒めろ!」
「十分褒めている」
「どこが!」
GVも自分のマシンを調整していた。
さっきの走りを思い出す。
二連ジャンプ後の左コーナーで少し外へ膨らんだ。
ローラー位置。
ブレーキ。
タイヤ。
数値ではなく、実際に走った時の挙動を思い出して微調整する。
アキュラが覗く。
「そこを変えるのか」
「うん」
「理論値では今の方が速い」
「でも一回目、ここで少し跳ねてた」
「誤差の範囲だ」
「その誤差で最後負けたのかも」
アキュラが黙る。
GVが笑う。
「だから変える」
「非効率的だな」
「そう?」
「データを取れ」
「走れば分かるよ」
「原始的だ」
「でも好きなんだよ、こういうの」
その言葉。
シアンが聞いた。
GV自身は気づいていなかったかもしれない。
好き。
久しぶりに。
任務でも誰かを助けるためでもないものへ、自然にそう言った。
シアンは何も言わず、ただ笑った。
三台が再び並ぶ。
「今度こそ一位だ!」
デイトナが言う。
アキュラが鼻で笑う。
「夢を見るのは自由だ」
「テメェ!」
GVが横から言う。
「スタート前に喧嘩しないでよ」
「元はコイツだ!」
「貴様が騒ぐからだ」
「どっちでもいいよ」
「よくねえ!」
エリーゼ1が困った笑顔でスターターを構える。
「では、いきますね」
三人がマシンを見る。
「三」
デイトナが身を乗り出す。
「二」
アキュラの目が細くなる。
「一」
GVが息を吸う。
「スタート!」
三台が飛び出した。
最初に前へ出たのはデイトナ。
「ッシャア!」
アキュラ。
GV。
僅差で続く。
一周目。
デイトナが先頭。
コーナー。
今度は飛ばない。
「見たか!」
「まだ一周だ」
アキュラが冷静に返す。
二周目。
ジャンプ。
三台がほぼ同時に飛ぶ。
着地。
GVのマシンが最も安定している。
そのままアキュラへ並ぶ。
「抜くよ!」
「させるか」
「ミニ四駆なのに本人同士で会話しても意味ないでしょ!」
シアンが思わず突っ込む。
「気分だよ!」
GVが返した。
声が大きい。
楽しそうだった。
最終周。
デイトナ。
GV。
アキュラ。
ほとんど差がない。
「行けェェェ!」
デイトナが叫ぶ。
「抜け!」
アキュラも声を上げる。
GVも。
「あと少し!」
三台が最後のストレートへ入る。
一瞬。
デイトナのマシンが前へ出た。
アキュラが追う。
GVも並ぶ。
ゴール。
全員が表示を見る。
一秒。
二秒。
判定。
一位。
デイトナ。
二位。
GV。
三位。
アキュラ。
沈黙。
デイトナ自身が固まっていた。
「……」
GVが表示を見る。
「デイトナ」
「……」
「勝ったよ」
「……」
「聞こえてる?」
次の瞬間。
「ッシャアアアアアアアアアア!!」
店中に響く声。
「見たかコラァァァ!! オレの勝ちだァ!!」
「声大きいって!」
GVが笑う。
デイトナは完全に聞いていない。
「どうした天才サマァ!」
アキュラへ指を突きつける。
「データはどうしたァ! 理論値はどうしたァ!」
アキュラの顔は無表情。
ただし。
明らかに機嫌が悪い。
「……黙れ」
デイトナの笑みがさらに大きくなる。
「効いてんじゃねえか!」
「黙れと言った」
「ハッハァ!」
「次は確実に潰す」
GVが横から突っ込む。
「遊びで潰すって言わないでよ」
アキュラがGVを見る。
「貴様も次だ」
「僕まで?」
「二位で満足するな」
「してないけど」
「なら黙って調整しろ」
GVは少しだけ目を細める。
「……次は勝つよ」
アキュラも僅かに口元を上げた。
「やってみろ」
デイトナが割り込む。
「次もオレが勝つ!」
「それはない」
アキュラが即答する。
「何でだ!」
「今回は偶然だ」
「負け惜しみだろ!」
「貴様の頭では統計を理解できないか」
「またそれかテメェ!」
GVは笑っていた。
止まらない。
シアンが少し離れたところから見ている。
エリーゼ1も。
モルフォが小さく言った。
『良かったじゃない』
シアンは頷く。
「うん」
『結局、敵にまで面倒見られてるけど』
「そこはちょっと面白い」
『本人に言ったら拗ねるわよ』
「言わない」
『言いたそう』
「……ちょっとだけ」
やがて。
何度か追加で走った後、外は夕方になっていた。
アキュラが工具を片づける。
デイトナも自分のマシンをケースへ入れている。
GVは最後にタイヤを回してから、ケースを閉じた。
「楽しかった」
ぽつり。
デイトナが顔を上げる。
「急に何だ」
「別に」
GVはケースを持ち上げる。
「今日はありがとう」
「だから礼言うな!」
「まだそれ?」
「まだだ!」
アキュラが工具箱を閉じる。
「勘違いするな、蒼き雷霆」
「何を?」
「オレは貴様を休ませるために来たわけではない」
「分かってるよ」
「前回の走行結果に納得していなかっただけだ」
「うん」
「それだけだ」
「はいはい」
アキュラの眉が動く。
「その返事は何だ」
「別に」
「貴様」
GVが笑う。
それを見て。
アキュラは一瞬だけ黙った。
「……まあいい」
デイトナも鼻を鳴らす。
「オレだって同じだからな!」
GVが見る。
「デイトナは途中参加じゃん」
「うるせえ!」
「最初シアンに声掛けに来ただけでしょ」
「それは!」
シアンが横から言う。
「そうだったね」
デイトナが詰まる。
「……そうだけどよ!」
GVが笑う。
「正直だ」
「テメェは黙れ!」
店を出る。
夕暮れ。
三人は少しだけ同じ道を歩いた。
敵同士。
本来なら並んで歩くこと自体が妙な組み合わせだった。
けれど今日だけは。
誰も武器を構えない。
デイトナは途中で立ち止まった。
「じゃあオレはこっちだ」
GVも止まる。
「うん」
「……あと」
「何?」
デイトナが少し言いにくそうに鼻を掻く。
そして。
急に声を張った。
「勘違いすんなよ!」
「何を?」
「今日はミニ四駆やっただけだ!」
「分かってる」
「次に戦場で会ったら敵だからな!」
「うん」
「その時は遠慮なくぶっ飛ばす!」
「はいはい」
「はいはいじゃねえ!」
デイトナがさらに指を突きつける。
「恨みっこなしだからな!?」
GVが止まる。
シアンも。
アキュラも。
数秒。
GVが首を傾げる。
「……何で最後だけ確認するの?」
「確認じゃねえ!」
「恨みっこなしって、確認じゃない?」
「宣言だ!」
「どっちでも同じじゃない?」
「違ぇ!」
アキュラが深く息を吐いた。
「騒ぐな」
デイトナが振り向く。
「何だテメェ!」
「次に会えば敵、それだけの話だろう。わざわざ大声で宣言しなければ理解できないと思っているのか」
「念押しだよ!」
「つまり不安なのか」
「何でそうなる!」
「敵対関係まで相手に確認しなければ安心できんとは、随分繊細だな」
「テメェェェ!」
GVが吹き出した。
アキュラは冷淡な顔のまま続ける。
「安心しろ。貴様が敵であることくらい覚えている」
「その言い方ムカつく!」
「では忘れてほしいのか?」
「そういう話じゃねえ!」
「面倒な男だ」
「お前にだけは言われたくねえよ!」
「貴様にどう思われようと興味はない」
「ならいちいち毒吐くな!」
「事実を述べると毒になるのは、貴様側に問題があるのでは?」
「GV! コイツ何とかしろ!」
急に振られた。
「何で僕?」
「さっきから一番付き合い長そうだろ!」
アキュラが即座に否定する。
「誰がだ」
GVも苦笑する。
「僕にアキュラ止める権限ないよ」
「使えねえ!」
「ひどいな」
シアンが笑っている。
エリーゼ1も口元を押さえている。
しばらくして。
アキュラが踵を返した。
「もういい。帰るぞ」
デイトナが眉を吊り上げる。
「何でテメェが仕切ってんだ!」
「これ以上付き合えば頭痛がする」
「誰のせいだ!」
「貴様だ」
「即答すんな!」
二人は最後まで言い合いながら離れていった。
GVはその背中を見送る。
「……何だったんだろ、今日」
シアンが横を見る。
「楽しそうだったけど?」
「……」
GVは少し考えた。
「うん」
その返事は、すぐに出た。
「楽しかった」
シアンが笑う。
「そっか」
「久しぶりかも」
「何が?」
「何も考えないで遊んだの」
GVは空を見る。
夕焼け。
少し前まで、何もしていない時間が怖かった。
立ち止まれば。
ストラトスの声を思い出す。
自分がしたことを考える。
次は失敗しないようにと、まだ起きていないことまで調べる。
でも今日は。
マシンが飛んだ。
デイトナが叫んだ。
アキュラが毒を吐いた。
自分も負けた。
笑った。
ただ、それだけだった。
「ストラトスさんのこと」
シアンが静かに言う。
GVの表情が少しだけ変わる。
「……うん」
「忘れた?」
「忘れてない」
「だよね」
「たぶん、忘れないと思う」
「うん」
「でも」
GVは自分のマシンケースを見る。
「今日、楽しかったって思ってる」
シアンは頷いた。
「いいんじゃない?」
「……いいのかな」
「わたしに聞く?」
GVは少し笑う。
「聞いてみた」
「じゃあ、いい」
「簡単だね」
「難しくする必要ある?」
GVは答えなかった。
少しして。
「ないかも」
と言った。
帰宅。
玄関を開ける。
「ただいま」
GVが言う。
「ただいまー」
シアンも続ける。
エリーゼ1が先に中へ入りながら、
「ただいま戻りました」
と丁寧に言った。
リビングへ入る。
GVはミニ四駆のケースを机へ置いた。
端末は朝置いた場所にある。
一瞬。
見る。
シアンも見る。
GVは端末には手を伸ばさなかった。
代わりにケースを開ける。
「次、どこ変えようかな」
シアンが笑う。
「もう次のこと考えてる」
「だって負けたし」
「アキュラみたい」
「それはちょっと嫌だな」
「聞かれたら怒るよ」
「今いないから大丈夫」
『言う?』
モルフォが楽しそうに聞く。
「やめて」
夜。
夕食を終えた後も、GVは少しだけミニ四駆を触っていた。
シアンが隣から覗く。
「ねえ」
「ん?」
「次、わたしも走る」
GVが顔を上げる。
「いいよ」
「今度は三人とも倒す」
「三人?」
「GV、アキュラ、デイトナ」
「強気だなあ」
「前も勝ったでしょ」
「そうだった」
シアンが胸を張る。
「だから次も勝つ」
「じゃあ僕もちゃんと調整しないと」
「本気で来ていいよ」
「言ったね」
二人で少し笑う。
そのあと。
寝る前。
廊下で別れる時。
シアンが言った。
「今日は楽しかったね」
「うん」
GVは迷わず答えた。
「また行こう」
シアンが言う。
「うん」
今度も。
迷わなかった。
「おやすみ、GV」
「おやすみ、シアン」
扉が閉じる。
GVは自分の部屋へ戻った。
ベッドへ腰を下ろす。
端末を見る。
任務通知はない。
ストラトスに関する新しい報告もない。
GVは少しだけ画面を眺め。
電源を落とした。
今日はもういい。
そう思えた。
それだけの一日だった。
誰かを救ったわけでもない。
世界が変わったわけでもない。
皇神との戦いが終わったわけでもない。
次にアキュラやデイトナと会えば、本当に敵同士として武器を向けるかもしれない。
それでも今日。
三人は同じコースを走る小さなマシンを追いかけて、本気で勝とうとして、負けて、笑った。
GVはベッドへ横になる。
目を閉じる。
最後に浮かんだのは。
白い病室でも。
光の刃でもなく。
コースから派手に飛び出したデイトナのマシンだった。
「……ふふ」
小さく笑う。
そしてその夜。
GVは久しぶりに、何かに追われることなく眠った。
ようやく戻り始めた、穏やかな日常。
だが、GVが家を空けたその隙に、皇神の能力者メラクが現れる。
「キミがシアンちゃん?」
《亜空孔》によって逃げ道を奪われ、再び皇神へと連れ去られるシアン。
『GVは来る。でも、それまでわたしも何もしないつもりはない』
知らせを受けたGVは、焦りを抱えたままシアンを追う。それでも、目の前で助けを求める誰かを見捨てることだけは出来ない。
「……こんな時に」
そして対峙する、蒼き雷霆と亜空孔。
「シアンはどこ」
「ボク、連れてっただけだし」
囚われたシアンもまた、自分の力で帰る道を探していた。
次回――第二十三話「囚姫」。
待つだけの姫では、もういられない。
次回も、グッドラック