『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』   作:幸田市

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第二十ニ話「ぶっちぎりランナウェイ」

朝から、GVは暇だった。

 

正確には、暇にされた。

 

フェザーからの任務通知はない。モニカからは昨夜のうちに「明日も任務は入れないから」と念を押されている。ストラトスに関する医療資料についても、研究班と解析班へ引き継がれ、GVが個人で抱え込む必要はなくなった。

 

それでも朝食を終えて三十分もしないうちに、GVは三度目になる端末の起動を試みていた。

 

「GV」

 

ソファの向こうから声が飛んでくる。

 

指が止まった。

 

「……何?」

 

「今、何しようとした?」

 

シアンがこちらを見ている。

 

「何も」

 

「端末開こうとした」

 

「時間確認しようかなって」

 

「壁に時計あるよ」

 

言われて、GVは壁を見た。

 

確かにある。

 

「……ほんとだ」

 

「前からあるよ」

 

「知ってるけど」

 

「じゃあ何で端末?」

 

GVは答えず、そっと端末をテーブルへ戻した。

 

シアンが目を細める。

 

「怪しい」

 

「怪しくないよ」

 

「怪しい人はみんなそう言う」

 

「それ誰に教わったの?」

 

「モルフォ」

 

『アタシを変な知識の出所にするのやめてくれる?』

 

シアンの周囲に、小さな光が揺れた。

 

モルフォが呆れたような声を出す。

 

GVは少しだけ笑い、それからソファへ深く座り直した。

 

「でも、本当に何すればいいんだろ」

 

シアンが瞬きをする。

 

「……今、何て言った?」

 

「何すればいいんだろって」

 

「違う、その前」

 

「でも?」

 

「もっと後」

 

「本当に?」

 

「そこじゃない!」

 

シアンが身を乗り出す。

 

「GVが暇そうにしてる!」

 

「そんな珍しい?」

 

「珍しいよ!」

 

隣のテーブルで雑誌を読んでいたエリーゼ1まで顔を上げた。

 

「確かに……最近のGVさんは、いつも何か調べていましたね」

 

「そんなに?」

 

「はい」

 

「……そっか」

 

本人に自覚が薄いのが、一番困る。

 

シアンは小さく息を吐いた。

 

「今日は何もしなくていい日なんだから、何もしなくてもいいんじゃない?」

 

「それが難しいんだよ」

 

「難しい?」

 

「何もしないって、何すればいいの?」

 

「何もしないの!」

 

「だから、それをどうやるの?」

 

シアンは額を押さえた。

 

『重症ね』

 

モルフォが言う。

 

「モルフォまで」

 

『今の質問はかなり重症よ。“何もしない方法”を聞き始めたら末期』

 

「大げさだなあ」

 

そう言いながら、GVはまた端末の方を見た。

 

シアンが先に取った。

 

「はい、没収」

 

「え」

 

「今日は必要になったら返す」

 

「僕のなんだけど」

 

「知ってる」

 

「じゃあ返して」

 

「嫌」

 

「横暴じゃない?」

 

「最近のGVに言われたくない」

 

GVは一瞬、反論しようとした。

 

だが、何も出てこなかった。

 

「……分かった」

 

あまりに素直な返事だったので、逆にシアンが少し心配そうな顔をした。

 

そこへ。

 

「GVさん」

 

エリーゼ1が声を掛ける。

 

「ん?」

 

「これ、どうでしょう」

 

彼女がテーブルの下から取り出したものを見て、GVの目が少し見開かれた。

 

小さなマシン。

 

以前、皆で遊んだミニ四駆だった。

 

「まだ持ってたんだ」

 

「もちろんです」

 

エリーゼ1が嬉しそうに笑う。

 

「また走らせたら、楽しいかなって」

 

GVはマシンを受け取った。

 

掌の上で転がす。

 

タイヤを指で軽く回すと、以前調整した時より少し抵抗がある。

 

「あ」

 

「どうしました?」

 

「ちょっと軸ズレてるかも」

 

シアンがじっと見る。

 

GVの目が、ほんの少しだけ変わった。

 

さっきまで端末を見ていた時の、何かに追われるような目ではない。

 

単純に、目の前のマシンへ興味が向いている。

 

「……行く?」

 

シアンが聞いた。

 

「どこに?」

 

「コース」

 

GVはマシンを見る。

 

少し考える。

 

「……行こうかな」

 

「決まり」

 

シアンはすぐに立ち上がった。

 

GVが苦笑する。

 

「最初からそのつもりだったでしょ」

 

「さあ?」

 

「絶対そうだ」

 

『アンタが素直に乗ったんだからいいじゃない』

 

「モルフォも共犯?」

 

『何の罪よ』

 

その日の昼過ぎ。

 

以前にも訪れたホビーショップの常設コースで、GVは自分のマシンを手にしていた。

 

平日ということもあり、人はそれほど多くない。

 

子どもたちが数人。

 

常連らしい大人が何人か。

 

端のスペースでマシンを調整する親子もいる。

 

GVはコースを眺めた。

 

以前来た時からレイアウトが少し変わっている。

 

ストレートが伸び、その先に大きなバンク。

 

二連ジャンプの後に、きついコーナー。

 

「前より難しそう」

 

シアンが言った。

 

「うん」

 

GVは少しだけ楽しそうに答える。

 

「ジャンプの後、すぐ曲がるんだね」

 

「飛びそう?」

 

「セッティング次第かな」

 

「ほら」

 

「何?」

 

「もう楽しそう」

 

GVは少し黙った。

 

「……そう?」

 

「そう」

 

エリーゼ1も頷いた。

 

「顔が違います」

 

「顔?」

 

「はい」

 

GVが自分の頬を触る。

 

「そんな分かりやすい?」

 

「分かりやすいよ」

 

シアンは笑った。

 

「わたしには」

 

その言葉に、GVがほんの少しだけ視線を逸らした。

 

「……そっか」

 

『はいはい』

 

モルフォが呆れた声を出す。

 

『始める前からそれ?』

 

「何よ」

 

『別にぃ』

 

「絶対何か言いたいでしょ」

 

『いつものこと』

 

そんなやり取りをしていた時だった。

 

「……蒼き雷霆」

 

聞き覚えのある声。

 

GVの肩が僅かに動いた。

 

振り向く。

 

そこにいたのはアキュラだった。

 

数秒。

 

互いに見つめる。

 

「……アキュラ?」

 

「何故貴様がここにいる」

 

「それ、こっちの台詞なんだけど」

 

「質問に質問で返すな」

 

「いや、だって」

 

GVはアキュラの手元を見る。

 

そして。

 

黙った。

 

アキュラの右手には、明らかに前回とは違うミニ四駆が握られていた。

 

ボディ形状。

 

ローラー。

 

タイヤ。

 

何より。

 

その隣に置かれている工具箱。

 

セッティングゲージ。

 

計測器。

 

交換用パーツ。

 

「……アキュラ」

 

「何だ」

 

「それ」

 

「何だ」

 

「すごいね」

 

「何がだ」

 

「いや」

 

GVがしゃがみ込み、工具箱を見る。

 

「普通に大会出られそう」

 

アキュラの眉が僅かに動く。

 

「必要な装備を揃えただけだ」

 

シアンが横から覗き込む。

 

「ハマってるじゃん」

 

「ハマってなどいない」

 

「この前より明らかに増えてるけど」

 

「前回の走行データを解析した結果、複数の改善点が判明した。それに対応しただけだ」

 

GVが聞く。

 

「何時間くらい調べたの?」

 

「時間に意味はない」

 

「何時間?」

 

「……」

 

「アキュラ?」

 

「黙れ」

 

GVが少し笑った。

 

「やっぱりハマってる」

 

「次に言ったら撃つぞ」

 

「ミニ四駆のコースで物騒なこと言わないでよ」

 

アキュラは舌打ちし、GVの方を見た。

 

そこで。

 

少しだけ、目つきが変わった。

 

「……貴様」

 

「何?」

 

「何だ、その顔は」

 

GVが瞬きをする。

 

「顔?」

 

「しけた面をするな、目障りだ」

 

シアンの表情が固まった。

 

「ちょっと」

 

GVはそれより先に、困ったように笑った。

 

「会って最初に言うこと、それ?」

 

「事実だ」

 

「僕、普通だけど」

 

「普通?」

 

アキュラが鼻で笑う。

 

「それを普通と言っている時点で重症だな」

 

GVの眉が僅かに寄る。

 

「……結構失礼だね」

 

「普段の貴様なら、そこで一言返して終わりだ」

 

「今返してるけど」

 

「違う」

 

アキュラはGVを見た。

 

「今の貴様は、いちいち言葉を受けてから考えている」

 

GVの目が少し細くなる。

 

「何が言いたいの」

 

「鈍いな」

 

「だから」

 

「何があったかなど興味はない」

 

ばっさりだった。

 

シアンがムッとする。

 

しかしアキュラは続けた。

 

「だが、そんな腑抜けた状態でオレと走るつもりなら帰れ」

 

GVの表情が少し変わった。

 

「……言ってくれるね」

 

「ようやくいつもの顔に近づいたな」

 

「それ、わざと?」

 

「自惚れるな、貴様の機嫌を取る趣味はない」

 

「なら放っておいてよ」

 

「その面で勝負されるのが不愉快だと言っている」

 

GVは数秒黙った。

 

それから。

 

「じゃあ勝ったら撤回してよ」

 

アキュラは即答した。

 

「勝ってから言え」

 

「……分かった」

 

目が変わった。

 

シアンがその横顔を見る。

 

少しだけ。

 

本当に少しだけ、嬉しそうに笑った。

 

そして。

 

「おっ、何だ何だ?」

 

今度は別方向から、さらに大きな声が飛んできた。

 

「ずいぶん面白そうなことやってんじゃねえか!」

 

GVが顔を向ける。

 

シアンが「あ」と声を漏らす。

 

アキュラだけが露骨に嫌そうな顔をした。

 

「……騒音まで来たか」

 

「誰が騒音だコラァ!」

 

デイトナだった。

 

派手な足取りでこちらへ来る。

 

まずシアンを見つける。

 

「シアンじゃねえか!」

 

「こんにちは、デイトナ」

 

「こんなとこで何して――」

 

そこでGV。

 

アキュラ。

 

ミニ四駆。

 

工具箱。

 

順番に見る。

 

「……何してんだテメェら」

 

GVが答える。

 

「ミニ四駆」

 

「見りゃ分かる!」

 

「じゃあ何で聞いたの?」

 

「そういう意味じゃねえ!」

 

デイトナがアキュラを見る。

 

「つーか何だその装備! 遊びだろ!?」

 

アキュラが冷たい目を向けた。

 

「遊びだから考えなくていいという発想が、いかにも貴様らしいな」

 

「……あ?」

 

「安心しろ。思考回路が単純なのは戦闘時だけではなかったらしい」

 

「テメェ今なんつった?」

 

「聞き取れなかったのか? 耳まで悪いとは知らなかった」

 

「この野郎!」

 

GVが間へ入る。

 

「ちょっと待って。ここ店だから」

 

「蒼き雷霆、退け!」

 

「お前もだGV!」

 

「何で僕まで怒られてるの?」

 

シアンは額を押さえた。

 

「始まった……」

 

エリーゼ1は少しおろおろしている。

 

モルフォだけは楽しそうだった。

 

『いいじゃない。GV、さっきより元気そうよ』

 

シアンが小声で返す。

 

「それはそうだけど」

 

デイトナはまだアキュラを睨んでいる。

 

「で、何だ? これで勝負してんのか?」

 

GVが頷く。

 

「今から」

 

「ふーん」

 

デイトナはコースを見る。

 

そして、アキュラを見る。

 

「こんなの、速けりゃ勝ちだろ」

 

アキュラの目が冷たくなった。

 

「……なるほど」

 

「何だよ」

 

「予想以上だ」

 

「あ?」

 

「貴様にはコースという概念から説明する必要があるらしい」

 

「どういう意味だ!」

 

「直線しか見えていないと言っている」

 

「曲がりゃいいだろ!」

 

「どうやって」

 

「気合で!」

 

数秒。

 

沈黙。

 

GVが口を押さえる。

 

アキュラは無表情だった。

 

「蒼き雷霆」

 

「何?」

 

「今笑ったな」

 

「いや」

 

「笑っただろ」

 

「ちょっとだけ」

 

「笑わせた覚えはない」

 

デイトナがキレる。

 

「オレをネタにすんな!」

 

「別にネタには」

 

「じゃあオレもやる!」

 

デイトナが指を突きつける。

 

シアンが目を丸くした。

 

「持ってるの?」

 

「今買えばいいだろ!」

 

アキュラが鼻で笑う。

 

「今から?」

 

「悪ィか!」

 

「初心者が」

 

「誰が初心者だ!」

 

「今買うと言ったのは貴様だろう」

 

「テメェ……!」

 

デイトナはそのまま売り場へ突っ込んでいった。

 

数十分後。

 

戻ってきたデイトナのマシンは、見事なまでに本人の性格が出ていた。

 

高回転型モーター。

 

大径タイヤ。

 

軽量化。

 

とにかく速度。

 

GVは完成したそれを持ち上げる。

 

「……速そう」

 

デイトナが胸を張る。

 

「だろ!」

 

アキュラが横から覗く。

 

「飛ぶな」

 

「あ?」

 

「そのまま走らせれば飛ぶ」

 

「走らせてもねえのに分かるわけねえだろ!」

 

「分かる」

 

「何でだ!」

 

「見れば」

 

デイトナがGVを見る。

 

「コイツマジでムカつくな!?」

 

「僕に同意求められても」

 

「お前もムカつく!」

 

「何で!?」

 

「何か余裕あるからだ!」

 

アキュラが小さく言う。

 

「そこは同意する」

 

GVが振り向く。

 

「何でそこで仲良くなるの?」

 

「「誰が仲良くだ!」」

 

二人同時だった。

 

GVが吹き出す。

 

今度ははっきり笑った。

 

シアンがその様子を見ている。

 

数日前。

 

ストラトスの病室から戻ってきたGVは、笑おうとしてもどこか途中で止まっていた。

 

今は。

 

目の前で敵二人が喧嘩しているという、どう考えても奇妙な状況なのに。

 

普通に笑っている。

 

「シアンさん」

 

エリーゼ1が小声で呼ぶ。

 

「うん」

 

「よかったですね」

 

シアンはしばらくGVを見てから。

 

「……うん」

 

とだけ返した。

 

第一走。

 

三台がスタートラインへ並ぶ。

 

GVのマシン。

 

アキュラのマシン。

 

デイトナのマシン。

 

「よし」

 

デイトナが拳を握る。

 

「行くぞ!」

 

GVがスイッチを入れる。

 

アキュラも無言で準備する。

 

エリーゼ1がスターター役になった。

 

「では……三、二、一」

 

三台が走り出す。

 

直後。

 

「速っ!」

 

GVが思わず声を上げた。

 

デイトナ車だけが、明らかに一段速い。

 

「見たかァ!」

 

デイトナが吠える。

 

「速さこそ正義だろうが!」

 

一周目。

 

トップ。

 

アキュラの眉が僅かに動く。

 

GVもコースを目で追う。

 

「本当に速いな」

 

「だろ!」

 

「でも」

 

「でも何だ!」

 

GVがジャンプ台を見る。

 

「次、危ないかも」

 

「心配いらねえ!」

 

デイトナ車がジャンプ。

 

綺麗に飛ぶ。

 

一瞬。

 

デイトナの顔が輝く。

 

「ッシャ――」

 

着地。

 

弾む。

 

そのままコースの外へ。

 

「アァァァァァ!?」

 

床を滑るマシン。

 

数メートル先で止まる。

 

沈黙。

 

GVが口元を押さえる。

 

アキュラは腕を組む。

 

「予想通りだ」

 

デイトナが振り向く。

 

「うるせえ!」

 

「二周も保たなかったな」

 

「一回だろ!」

 

「一回で十分だ」

 

「次は行ける!」

 

「何を根拠に」

 

「気合!」

 

「貴様のマシンに同情する」

 

「ミニ四駆に同情すんな!」

 

GVがとうとう声を上げて笑った。

 

「ご、ごめん……」

 

「何笑ってんだテメェ!」

 

「いや、だって……」

 

GVはまだ笑っている。

 

「本当に飛んだ」

 

「笑うな!」

 

「アキュラの予想そのままだったから」

 

「アイツの肩持つんじゃねえ!」

 

アキュラが静かに言う。

 

「肩を持つ必要もない。結果が証明している」

 

「テメェは一言多いんだよ!」

 

その間にも、GVとアキュラのマシンは走り続けている。

 

最終周。

 

アキュラが僅かに先行。

 

GVが追う。

 

コーナー。

 

ジャンプ。

 

着地。

 

最後のストレート。

 

ほぼ同時。

 

「……どっち?」

 

シアンが身を乗り出す。

 

判定表示。

 

一位。

 

アキュラ。

 

二位。

 

GV。

 

僅差だった。

 

「……負けた」

 

GVが素直に言う。

 

アキュラはマシンを回収する。

 

「当然だ」

 

「嬉しそう」

 

「錯覚だ」

 

「口元ちょっと上がってない?」

 

「黙れ」

 

デイトナが自分のマシンを拾って戻ってくる。

 

「もう一回だ!」

 

アキュラが見る。

 

「そのまま?」

 

「今度は飛ばさねえ!」

 

「どうやって」

 

「根性で押さえる!」

 

「走行中に手を出せば失格だ」

 

「そういう意味じゃねえ!」

 

GVがデイトナのマシンを見る。

 

「ちょっと変えた方がいいと思うよ」

 

「どこだ!」

 

「まずジャンプの着地」

 

アキュラも覗き込む。

 

「フロントが軽すぎる」

 

デイトナが眉を寄せる。

 

「ここか?」

 

「そうだ」

 

「じゃあ重くすりゃいいんだな」

 

「極端に増やすな」

 

「分かってる!」

 

デイトナがウェイトを大量に手に取る。

 

アキュラが即座に奪った。

 

「分かっていない!」

 

「何すんだ!」

 

「貴様に加減という概念が存在しないことは今理解した」

 

「一回で決めつけんな!」

 

「十分なサンプルだ」

 

「サンプル扱いすんな!」

 

GVが横で笑う。

 

「アキュラ、意外と面倒見いいね」

 

アキュラの動きが止まる。

 

「……何?」

 

「教えてるじゃん」

 

「目の前で同じ失敗を繰り返される方が不愉快なだけだ」

 

デイトナが鼻を鳴らす。

 

「素直じゃねえ野郎だな」

 

アキュラが振り向く。

 

「貴様にだけは言われたくない」

 

「何でだ!」

 

「自覚がないのか。救いようがないな」

 

「テメェ本当に最後まで喧嘩売る気だな!?」

 

「買う知能があるなら売ってやる」

 

「アァ!?」

 

GVが腹を抱える。

 

「今のはひどい」

 

「貴様も笑うな」

 

「無理だって」

 

二走目。

 

デイトナ車は今度こそ完走した。

 

ただし。

 

三位。

 

「何でだァ!」

 

デイトナが頭を抱える。

 

アキュラが当然のように答える。

 

「安定性を優先した。速度が落ちたからだ」

 

「テメェのせいじゃねえか!」

 

「完走できる状態にしたのは誰だと思っている」

 

「勝てなきゃ意味ねえだろ!」

 

「飛んで終わるよりマシだ」

 

「だから一位になる方法教えろ!」

 

「自分で考えろ」

 

「ここまで教えといて急に突き放すな!」

 

GVが言う。

 

「もうちょっと速度戻せば?」

 

デイトナが振り向く。

 

「分かってんじゃねえか!」

 

「でも戻しすぎたらまた飛ぶよ」

 

「じゃあどこまでだ!」

 

「そこは走らせながら」

 

「面倒くせえ!」

 

アキュラが鼻で笑う。

 

「だから貴様は単純なんだ」

 

デイトナのこめかみに青筋が浮かぶ。

 

「お前さっきから単純単純うるせえんだよ!」

 

「では訂正しよう」

 

「お?」

 

「短絡的だ」

 

「悪化してんじゃねえか!」

 

コース周辺の子どもたちまで笑い始めていた。

 

GVも笑っている。

 

デイトナは途中からGVの方を見た。

 

そして。

 

「おい」

 

「何?」

 

「さっきから何だそのツラ」

 

GVが瞬きをする。

 

「今度は何?」

 

「最初と違うじゃねえか」

 

「え?」

 

「来た時、もっとしけた顔してただろ」

 

GVの笑みが少し止まった。

 

シアンもデイトナを見る。

 

アキュラは何も言わない。

 

デイトナは腕を組んだ。

 

「何かあったのか?」

 

「……まあ」

 

「言いたくねえなら言わなくていい」

 

GVが少し意外そうな顔をする。

 

デイトナは続けた。

 

「別にテメェの身の上相談聞きに来たわけじゃねえしな」

 

「そっか」

 

「ただよ」

 

デイトナはGVを指さした。

 

「悩みがあんなら勝手に悩め!」

 

「言い方」

 

「うるせえ!」

 

さらに指を突き出す。

 

「でも遊んでる最中まで葬式みてぇなツラしてんじゃねえ!」

 

GVが僅かに目を見開いた。

 

「……そこまで?」

 

「そこまでだ!」

 

「アキュラにも言われた」

 

「なら二人に言われるくらいヒデェってことだろ!」

 

アキュラが冷たく言う。

 

「人数を根拠にするとは珍しく合理的だな」

 

「テメェは黙ってろ!」

 

「褒めてやったんだが」

 

「どこがだ!」

 

GVがまた小さく笑う。

 

デイトナはその顔を見て、鼻を鳴らした。

 

「前にオレとやり合った時は、もっとムカつく面してただろうが」

 

「ムカつく面って何」

 

「余裕ぶってこっちの話まで聞こうとしてくる、あのツラだよ!」

 

「そんな顔してた?」

 

「してた!」

 

アキュラが言う。

 

「それには同意する」

 

GVが振り向く。

 

「アキュラまで?」

 

「貴様は戦闘中ですら余計なことを考える」

 

「余計って」

 

「敵の事情など知る必要はない」

 

「僕はそう思わないけど」

 

「そういうところだ」

 

デイトナが大きく頷く。

 

「そう! そこがムカつく!」

 

「何で僕、褒められてるのか怒られてるのか分からなくなってきた」

 

「褒めてねえ!」

 

「怒ってはいるんだ」

 

「だから!」

 

デイトナが苛立たしげに頭を掻く。

 

「テメェは誰彼構わず首突っ込んで、敵だろうが何だろうが勝手に助けようとすんだろ!」

 

GVは黙る。

 

「それでこっちが本気で殴りに行っても、何か勝手にこっちの事情まで考えやがる!」

 

「……うん」

 

「だから!」

 

少しだけ声が強くなる。

 

「そんなテメェが、今さら一人で全部抱え込んでしけた顔してんのが、らしくねえっつってんだ!」

 

GVの表情が止まった。

 

シアンも黙る。

 

アキュラは腕を組んだまま、GVを見ている。

 

デイトナは気まずそうに顔を逸らした。

 

「……以上!」

 

「以上って」

 

「もう終わりだ!」

 

「いや」

 

GVは少し考えた。

 

「ありがとう」

 

「礼言うな!」

 

「でも」

 

「気持ち悪ィ!」

 

「ひどくない?」

 

「テメェに感謝される筋合いねえんだよ!」

 

アキュラが小さく息を吐いた。

 

「貴様も律儀だな」

 

GVが見る。

 

「何が?」

 

「敵に礼など言う必要はない」

 

「別に敵でも、言いたい時は言うよ」

 

「……そうだったな」

 

アキュラはほんの一瞬だけ視線を逸らした。

 

「だが」

 

「何?」

 

「今の貴様は見苦しい」

 

GVの眉が寄る。

 

「また?」

 

「最後まで聞け」

 

「はい」

 

「戦場で迷うのは勝手だ。苦しむのも好きにしろ」

 

「うん」

 

「だが、その結果として腑抜けるな」

 

目が合う。

 

「オレが倒す相手が、そんな状態では話にならん」

 

GVは少しだけ笑った。

 

「結局そこなんだ」

 

「当然だ」

 

「慰めてくれてるのかと思った」

 

「撃つぞ」

 

「冗談だよ」

 

「貴様は時々本気に聞こえる」

 

デイトナが横から割り込む。

 

「つーかテメェら何か会話慣れてねえ?」

 

二人が同時に見る。

 

「何?」

 

「何だ」

 

「いや何でもねえ!」

 

「変なの」

 

「貴様に言われたくない」

 

「お前にも言われたくねえ!」

 

そして。

 

三走目。

 

今度は三人とも、さっきまで以上に本気だった。

 

デイトナは速度を少し戻した。

 

ただし、最初のような無茶な設定にはしない。

 

アキュラから教わったウェイト配置を自分なりに調整し、ジャンプ後の姿勢を崩さない範囲で最高速を上げる。

 

アキュラはそれを横目で見た。

 

「……ほう」

 

デイトナが振り向く。

 

「何だ」

 

「少しは学習能力があったらしい」

 

「素直に褒めろ!」

 

「十分褒めている」

 

「どこが!」

 

GVも自分のマシンを調整していた。

 

さっきの走りを思い出す。

 

二連ジャンプ後の左コーナーで少し外へ膨らんだ。

 

ローラー位置。

 

ブレーキ。

 

タイヤ。

 

数値ではなく、実際に走った時の挙動を思い出して微調整する。

 

アキュラが覗く。

 

「そこを変えるのか」

 

「うん」

 

「理論値では今の方が速い」

 

「でも一回目、ここで少し跳ねてた」

 

「誤差の範囲だ」

 

「その誤差で最後負けたのかも」

 

アキュラが黙る。

 

GVが笑う。

 

「だから変える」

 

「非効率的だな」

 

「そう?」

 

「データを取れ」

 

「走れば分かるよ」

 

「原始的だ」

 

「でも好きなんだよ、こういうの」

 

その言葉。

 

シアンが聞いた。

 

GV自身は気づいていなかったかもしれない。

 

好き。

 

久しぶりに。

 

任務でも誰かを助けるためでもないものへ、自然にそう言った。

 

シアンは何も言わず、ただ笑った。

 

三台が再び並ぶ。

 

「今度こそ一位だ!」

 

デイトナが言う。

 

アキュラが鼻で笑う。

 

「夢を見るのは自由だ」

 

「テメェ!」

 

GVが横から言う。

 

「スタート前に喧嘩しないでよ」

 

「元はコイツだ!」

 

「貴様が騒ぐからだ」

 

「どっちでもいいよ」

 

「よくねえ!」

 

エリーゼ1が困った笑顔でスターターを構える。

 

「では、いきますね」

 

三人がマシンを見る。

 

「三」

 

デイトナが身を乗り出す。

 

「二」

 

アキュラの目が細くなる。

 

「一」

 

GVが息を吸う。

 

「スタート!」

 

三台が飛び出した。

 

最初に前へ出たのはデイトナ。

 

「ッシャア!」

 

アキュラ。

 

GV。

 

僅差で続く。

 

一周目。

 

デイトナが先頭。

 

コーナー。

 

今度は飛ばない。

 

「見たか!」

 

「まだ一周だ」

 

アキュラが冷静に返す。

 

二周目。

 

ジャンプ。

 

三台がほぼ同時に飛ぶ。

 

着地。

 

GVのマシンが最も安定している。

 

そのままアキュラへ並ぶ。

 

「抜くよ!」

 

「させるか」

 

「ミニ四駆なのに本人同士で会話しても意味ないでしょ!」

 

シアンが思わず突っ込む。

 

「気分だよ!」

 

GVが返した。

 

声が大きい。

 

楽しそうだった。

 

最終周。

 

デイトナ。

 

GV。

 

アキュラ。

 

ほとんど差がない。

 

「行けェェェ!」

 

デイトナが叫ぶ。

 

「抜け!」

 

アキュラも声を上げる。

 

GVも。

 

「あと少し!」

 

三台が最後のストレートへ入る。

 

一瞬。

 

デイトナのマシンが前へ出た。

 

アキュラが追う。

 

GVも並ぶ。

 

ゴール。

 

全員が表示を見る。

 

一秒。

 

二秒。

 

判定。

 

一位。

 

デイトナ。

 

二位。

 

GV。

 

三位。

 

アキュラ。

 

沈黙。

 

デイトナ自身が固まっていた。

 

「……」

 

GVが表示を見る。

 

「デイトナ」

 

「……」

 

「勝ったよ」

 

「……」

 

「聞こえてる?」

 

次の瞬間。

 

「ッシャアアアアアアアアアア!!」

 

店中に響く声。

 

「見たかコラァァァ!! オレの勝ちだァ!!」

 

「声大きいって!」

 

GVが笑う。

 

デイトナは完全に聞いていない。

 

「どうした天才サマァ!」

 

アキュラへ指を突きつける。

 

「データはどうしたァ! 理論値はどうしたァ!」

 

アキュラの顔は無表情。

 

ただし。

 

明らかに機嫌が悪い。

 

「……黙れ」

 

デイトナの笑みがさらに大きくなる。

 

「効いてんじゃねえか!」

 

「黙れと言った」

 

「ハッハァ!」

 

「次は確実に潰す」

 

GVが横から突っ込む。

 

「遊びで潰すって言わないでよ」

 

アキュラがGVを見る。

 

「貴様も次だ」

 

「僕まで?」

 

「二位で満足するな」

 

「してないけど」

 

「なら黙って調整しろ」

 

GVは少しだけ目を細める。

 

「……次は勝つよ」

 

アキュラも僅かに口元を上げた。

 

「やってみろ」

 

デイトナが割り込む。

 

「次もオレが勝つ!」

 

「それはない」

 

アキュラが即答する。

 

「何でだ!」

 

「今回は偶然だ」

 

「負け惜しみだろ!」

 

「貴様の頭では統計を理解できないか」

 

「またそれかテメェ!」

 

GVは笑っていた。

 

止まらない。

 

シアンが少し離れたところから見ている。

 

エリーゼ1も。

 

モルフォが小さく言った。

 

『良かったじゃない』

 

シアンは頷く。

 

「うん」

 

『結局、敵にまで面倒見られてるけど』

 

「そこはちょっと面白い」

 

『本人に言ったら拗ねるわよ』

 

「言わない」

 

『言いたそう』

 

「……ちょっとだけ」

 

やがて。

 

何度か追加で走った後、外は夕方になっていた。

 

アキュラが工具を片づける。

 

デイトナも自分のマシンをケースへ入れている。

 

GVは最後にタイヤを回してから、ケースを閉じた。

 

「楽しかった」

 

ぽつり。

 

デイトナが顔を上げる。

 

「急に何だ」

 

「別に」

 

GVはケースを持ち上げる。

 

「今日はありがとう」

 

「だから礼言うな!」

 

「まだそれ?」

 

「まだだ!」

 

アキュラが工具箱を閉じる。

 

「勘違いするな、蒼き雷霆」

 

「何を?」

 

「オレは貴様を休ませるために来たわけではない」

 

「分かってるよ」

 

「前回の走行結果に納得していなかっただけだ」

 

「うん」

 

「それだけだ」

 

「はいはい」

 

アキュラの眉が動く。

 

「その返事は何だ」

 

「別に」

 

「貴様」

 

GVが笑う。

 

それを見て。

 

アキュラは一瞬だけ黙った。

 

「……まあいい」

 

デイトナも鼻を鳴らす。

 

「オレだって同じだからな!」

 

GVが見る。

 

「デイトナは途中参加じゃん」

 

「うるせえ!」

 

「最初シアンに声掛けに来ただけでしょ」

 

「それは!」

 

シアンが横から言う。

 

「そうだったね」

 

デイトナが詰まる。

 

「……そうだけどよ!」

 

GVが笑う。

 

「正直だ」

 

「テメェは黙れ!」

 

店を出る。

 

夕暮れ。

 

三人は少しだけ同じ道を歩いた。

 

敵同士。

 

本来なら並んで歩くこと自体が妙な組み合わせだった。

 

けれど今日だけは。

 

誰も武器を構えない。

 

デイトナは途中で立ち止まった。

 

「じゃあオレはこっちだ」

 

GVも止まる。

 

「うん」

 

「……あと」

 

「何?」

 

デイトナが少し言いにくそうに鼻を掻く。

 

そして。

 

急に声を張った。

 

「勘違いすんなよ!」

 

「何を?」

 

「今日はミニ四駆やっただけだ!」

 

「分かってる」

 

「次に戦場で会ったら敵だからな!」

 

「うん」

 

「その時は遠慮なくぶっ飛ばす!」

 

「はいはい」

 

「はいはいじゃねえ!」

 

デイトナがさらに指を突きつける。

 

「恨みっこなしだからな!?」

 

GVが止まる。

 

シアンも。

 

アキュラも。

 

数秒。

 

GVが首を傾げる。

 

「……何で最後だけ確認するの?」

 

「確認じゃねえ!」

 

「恨みっこなしって、確認じゃない?」

 

「宣言だ!」

 

「どっちでも同じじゃない?」

 

「違ぇ!」

 

アキュラが深く息を吐いた。

 

「騒ぐな」

 

デイトナが振り向く。

 

「何だテメェ!」

 

「次に会えば敵、それだけの話だろう。わざわざ大声で宣言しなければ理解できないと思っているのか」

 

「念押しだよ!」

 

「つまり不安なのか」

 

「何でそうなる!」

 

「敵対関係まで相手に確認しなければ安心できんとは、随分繊細だな」

 

「テメェェェ!」

 

GVが吹き出した。

 

アキュラは冷淡な顔のまま続ける。

 

「安心しろ。貴様が敵であることくらい覚えている」

 

「その言い方ムカつく!」

 

「では忘れてほしいのか?」

 

「そういう話じゃねえ!」

 

「面倒な男だ」

 

「お前にだけは言われたくねえよ!」

 

「貴様にどう思われようと興味はない」

 

「ならいちいち毒吐くな!」

 

「事実を述べると毒になるのは、貴様側に問題があるのでは?」

 

「GV! コイツ何とかしろ!」

 

急に振られた。

 

「何で僕?」

 

「さっきから一番付き合い長そうだろ!」

 

アキュラが即座に否定する。

 

「誰がだ」

 

GVも苦笑する。

 

「僕にアキュラ止める権限ないよ」

 

「使えねえ!」

 

「ひどいな」

 

シアンが笑っている。

 

エリーゼ1も口元を押さえている。

 

しばらくして。

 

アキュラが踵を返した。

 

「もういい。帰るぞ」

 

デイトナが眉を吊り上げる。

 

「何でテメェが仕切ってんだ!」

 

「これ以上付き合えば頭痛がする」

 

「誰のせいだ!」

 

「貴様だ」

 

「即答すんな!」

 

二人は最後まで言い合いながら離れていった。

 

GVはその背中を見送る。

 

「……何だったんだろ、今日」

 

シアンが横を見る。

 

「楽しそうだったけど?」

 

「……」

 

GVは少し考えた。

 

「うん」

 

その返事は、すぐに出た。

 

「楽しかった」

 

シアンが笑う。

 

「そっか」

 

「久しぶりかも」

 

「何が?」

 

「何も考えないで遊んだの」

 

GVは空を見る。

 

夕焼け。

 

少し前まで、何もしていない時間が怖かった。

 

立ち止まれば。

 

ストラトスの声を思い出す。

 

自分がしたことを考える。

 

次は失敗しないようにと、まだ起きていないことまで調べる。

 

でも今日は。

 

マシンが飛んだ。

 

デイトナが叫んだ。

 

アキュラが毒を吐いた。

 

自分も負けた。

 

笑った。

 

ただ、それだけだった。

 

「ストラトスさんのこと」

 

シアンが静かに言う。

 

GVの表情が少しだけ変わる。

 

「……うん」

 

「忘れた?」

 

「忘れてない」

 

「だよね」

 

「たぶん、忘れないと思う」

 

「うん」

 

「でも」

 

GVは自分のマシンケースを見る。

 

「今日、楽しかったって思ってる」

 

シアンは頷いた。

 

「いいんじゃない?」

 

「……いいのかな」

 

「わたしに聞く?」

 

GVは少し笑う。

 

「聞いてみた」

 

「じゃあ、いい」

 

「簡単だね」

 

「難しくする必要ある?」

 

GVは答えなかった。

 

少しして。

 

「ないかも」

 

と言った。

 

帰宅。

 

玄関を開ける。

 

「ただいま」

 

GVが言う。

 

「ただいまー」

 

シアンも続ける。

 

エリーゼ1が先に中へ入りながら、

 

「ただいま戻りました」

 

と丁寧に言った。

 

リビングへ入る。

 

GVはミニ四駆のケースを机へ置いた。

 

端末は朝置いた場所にある。

 

一瞬。

 

見る。

 

シアンも見る。

 

GVは端末には手を伸ばさなかった。

 

代わりにケースを開ける。

 

「次、どこ変えようかな」

 

シアンが笑う。

 

「もう次のこと考えてる」

 

「だって負けたし」

 

「アキュラみたい」

 

「それはちょっと嫌だな」

 

「聞かれたら怒るよ」

 

「今いないから大丈夫」

 

『言う?』

 

モルフォが楽しそうに聞く。

 

「やめて」

 

夜。

 

夕食を終えた後も、GVは少しだけミニ四駆を触っていた。

 

シアンが隣から覗く。

 

「ねえ」

 

「ん?」

 

「次、わたしも走る」

 

GVが顔を上げる。

 

「いいよ」

 

「今度は三人とも倒す」

 

「三人?」

 

「GV、アキュラ、デイトナ」

 

「強気だなあ」

 

「前も勝ったでしょ」

 

「そうだった」

 

シアンが胸を張る。

 

「だから次も勝つ」

 

「じゃあ僕もちゃんと調整しないと」

 

「本気で来ていいよ」

 

「言ったね」

 

二人で少し笑う。

 

そのあと。

 

寝る前。

 

廊下で別れる時。

 

シアンが言った。

 

「今日は楽しかったね」

 

「うん」

 

GVは迷わず答えた。

 

「また行こう」

 

シアンが言う。

 

「うん」

 

今度も。

 

迷わなかった。

 

「おやすみ、GV」

 

「おやすみ、シアン」

 

扉が閉じる。

 

GVは自分の部屋へ戻った。

 

ベッドへ腰を下ろす。

 

端末を見る。

 

任務通知はない。

 

ストラトスに関する新しい報告もない。

 

GVは少しだけ画面を眺め。

 

電源を落とした。

 

今日はもういい。

 

そう思えた。

 

それだけの一日だった。

 

誰かを救ったわけでもない。

 

世界が変わったわけでもない。

 

皇神との戦いが終わったわけでもない。

 

次にアキュラやデイトナと会えば、本当に敵同士として武器を向けるかもしれない。

 

それでも今日。

 

三人は同じコースを走る小さなマシンを追いかけて、本気で勝とうとして、負けて、笑った。

 

GVはベッドへ横になる。

 

目を閉じる。

 

最後に浮かんだのは。

 

白い病室でも。

 

光の刃でもなく。

 

コースから派手に飛び出したデイトナのマシンだった。

 

「……ふふ」

 

小さく笑う。

 

そしてその夜。

 

GVは久しぶりに、何かに追われることなく眠った。




ようやく戻り始めた、穏やかな日常。

だが、GVが家を空けたその隙に、皇神の能力者メラクが現れる。

「キミがシアンちゃん?」

《亜空孔》によって逃げ道を奪われ、再び皇神へと連れ去られるシアン。

『GVは来る。でも、それまでわたしも何もしないつもりはない』

知らせを受けたGVは、焦りを抱えたままシアンを追う。それでも、目の前で助けを求める誰かを見捨てることだけは出来ない。

「……こんな時に」

そして対峙する、蒼き雷霆と亜空孔。

「シアンはどこ」

「ボク、連れてっただけだし」

囚われたシアンもまた、自分の力で帰る道を探していた。

次回――第二十三話「囚姫」。

待つだけの姫では、もういられない。

次回も、グッドラック
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