……やぁ。TS転生した美少女、ギメイラである。はぁ。
やけにテンション低いって? そりゃあ、当たり前だ。だって明らかに俺夜の間なんかしてるもん。
暴れてるのか、大声でも出してるのか、彷徨いてるのか。
家が荒れていること、祈月の夜から、イルーガの様子がおかしいこと。夜の間、俺は碌なことはしていないだろう。
最近は仕事終わった後にイルーガと出かけたり、ヤフォダと遊んだりする余裕もなく、必死に眠気覚ましを探している。
俺が夜に何をしているのか、これは俺が夜の間起きていればわかることだ。
イルーガは間違いなく、知っているだろう。だが、イルーガは断固として教えたがらなかった。となれば自分で探す他ないのか?
今日も今日とて探し回っていたところで——。
「おや」
低い声が、頭上から聞こえた。
見上げれば、金色の瞳と目が合う。俺の命の恩人、フリンズさんだ。
そこで、俺はようやく思い出した。そうだ、俺の首を絞めた女性がヒルチャールに殺された事件があった、あの日。フリンズさんは、何かあれば頼れと言っていた。
こうなることを見通していたんだろうか?
「フリンズさん、聞きたいことがあるんですけど」
「実は僕も、話したいことがありまして」
にっこりと感じよくフリンズさんは笑った。
「フラッグシップにでも行きます?」
「お酒は飲める年齢なんですか?」
「こう見えて、成人済みなんで」
日本で生きていた年数を考えれば、飲める。ここでは十六歳から酒が解禁らしいからな。
ちなみに酒は飲んだことがない。間違いなく弱いだろうから、これからもあまり飲むつもりはない。しかしフリンズさんはよくフラッグシップに行くらしいし、せっかくだからと一つ提案を持ち出してみたのだ。
「分かりました。飲みながらゆっくり話しましょうか」
フラッグシップは、秘聞の館の近くにある。
今まで入っていくひとは見ていたものの、実際に入るのは初めてだ。
中には酒に酔った人がたくさんいた。アルコールの匂いに包まれている。
「……ラズベリージュース、一つください」
結局、酒が頼めずにラズベリージュースを頼んでしまった。フリンズさんがアルコールが強そうな酒を頼むのを横目で眺める。しばらくして注文したものが運ばれてきたところで、フリンズさんは俺に話を持ちかけてきた。
「話とは、なんでしょう」
「俺のは後でいいですよ。フリンズさんも、話ってなんです?」
「僕は、少し昔話がしたかっただけですよ」
フリンズさんは、まるで紅茶でも飲むかのように、優雅に酒を飲んだ。
「これは知人から聞いた話ですが、昔、五百年ほど前、かつてあなたの家は一つの墓でした」
「えっ、俺不謹慎じゃん」
「その墓に入った人間は、生きていました。それなのに自ら墓に閉じ込めたのです」
「じゃ、じゃあ俺死体の上に住んでるってこと?」
な、なんて怖いこと言うんだよ。俺幽霊とかそういうの、苦手なのに。
俺は怖さを紛らわすため、ラズベリージュースをちびちびと飲んだ。ラズベリーの色が血に見えて、逆効果だった。
「そうではないと、僕は思っています」
フリンズさんは、目を細めた。少し暗がりにいるせいで、目が光って見えた。
「その人物は不死の呪いにかかったカーンルイア人でした」
「不死? カーンルイア? なんだそれ」
「カーンルイアは、天理に逆らい、五百年前に滅亡した国です。天理は生き残ったカーンルイア人に、ある呪いをかけました。
それが不死の呪いと荒野の呪い。不死の呪いは純血のカーンルイア人にかけられた、いかなることがあろうとも、死が許されなくなる、そんな呪いです。そして、荒野の呪いですが」
フリンズさんは、言いづらそうにジャッキを揺らした。一つ酒を飲む。なんだか剣妙な雰囲気に、俺はストローから口を離して姿勢を正してしまった。
「荒野の呪いは、混血のカーンルイア人が魔物に変じてしまう呪いです」
「魔物、に変身する?」
「はい。例えば、アビスの魔術師や……」
ヒルチャールなど、に。
フリンズさんがそう言った途端、俺は思わずその場から勢いよく立ち上がっていた。
周りの客からじろりと見られる。俺は、自分の暴れる心臓を押さえつけながらゆっくりと座り直した。
「ヒルチャールに、変身する呪い?」
じゃあ、俺が追っているヒルチャールは、カーンルイア人の可能性が高い。あの知性を感じる立ち回り、人間じみた行動。まるで人間だと思っていたが、まさか本当に人間だとは。
そういえばフリンズさんの話が本当なら、俺の家は純血のカーンルイア人が埋まっていた墓だった。そのカーンルイア人は、どこへ行った?
いや……現実逃避は、よそう。
そもそも俺は自分が転生したのだと思っていた。だが、本当に「転生」なのか?
別人に憑依した可能性は、ないのか?
性別まで変わってるんだ。俺の魂がそのカーンルイア人に入り込んで、成り代わっていたとしたら。
俺は今、カーンルイア人ということに、ならないか?
「カーンルイア人って、特徴とか、あったりします?」
「……瞳です。星やダイアモンドのような菱形の瞳孔を持っています」
「瞳」
鏡なんてものは持っていない。
俺は目隠しを取って、ナイフを取り出した。金属に目を映させる。
「ああ」
いつも通りの青い目だ。その青い瞳のど真ん中に、はっきりと、瞳孔があった。
それは、珍しい菱形をしていた。
これまで目隠しをしていたこと、鏡を持っていなかったこと、色々なことが重なり、自分の目に違和感を持つことがなかった。
そうか、俺カーンルイア人なのか。
確かに、心臓を刺されても、首を絞められても、俺が死ぬことはなかった。あれは運が良かったんじゃなく、ただそういう体だっただけなのか。それなら、夜の間意識が消えるのは、なぜだ? フリンズさんはそんな説明してなかったぞ?
純血のカーンルイア人は、不死の呪いを。
そして、混血のカーンルイア人は、荒野の呪いを。
俺の体は、純血なんだろう。
だが一つ、疑問というか、思い当たることがある。俺がこの体に憑依したとする。その場合、確かに体は純血だが、中身がカーンルイア人ではない、ということになる。
それだけで済んだなら、良かったんだが。
それだけの話なら、フリンズさんが俺を探してまでこの話を振ってくるか?
俺は本当に、不死の呪いにしか、かかってないのか?
俺の魂という不純物が入り込んだことで、呪いが変化した可能性は?
俺が、ヒルチャールって可能性は、ない?
「フリンズ、さん。あの、ヒルチャールの被害って、最近無いんでしたっけ」
「はい、ここ一ヶ月半ほど前から」
どうして、気づかなかったんだ。一ヶ月半前……。イルーガの様子がおかしくなり、俺を夜の間閉じ込めようとしたのがちょうどそのくらいからだ。
もしイルーガが夜の俺の姿を見て、俺を隠そうとしているのなら、全ての辻褄が合う。合ってしまう。
だとすれば、まさか、俺が追っているヒルチャールは。ヤフォダの腕を斬り落とし、様々な人を殺めた、あのヒルチャールは。
「あ……あぁ……あぁぁぁぁ」
目の前が真っ暗になる。その場で頭を抱えてしまった。
まだ、証拠はない。俺がヒルチャールだなんて、確実性はない。
でももし、呪いが半端に効いて、夜の間だけ魔物に変化しているのだとしたら。
死んだ方が、マシ、だ。
い、いや、待て早まるな。まだ、そうと決まったわけじゃない。そうだろ?
「はぁ……はぁ……」
息が気付けば長距離を走った後のように、荒んでいた。フリンズさんが、気を遣って背をゆすってくれた。
「も、もしヒルチャールだとしたら、俺のこと、殺す?」
「……あなたはその可能性が高いと考えておられるのですね」
硬く唇を結び、黙り込んだ。すなわちそれは肯定だった。
フリンズさんは憂鬱げにため息を吐いた。俺は口からそんなものすら漏れてこないほどに、色々なものに頭がかき回されているようだった。
「はっきり言えば、僕はあなたが不死の呪いにかかっていることまで確信を持ててはいたものの、荒野の呪いにまでかかっているとは思っていませんでした。しかしイルーガの最近の様子からして、どうやらその可能性も視野に入れるべきだと、考えました」
「気づいてたんだ」
「僕は、あなたを殺すつもりはありません。この話をしたのは、あなたに提案をしたかったからです」
「提案?」
提案ってなんだ? 仮にも、事件の黒幕疑惑のある俺に?
俺はラズベリージュースを飲もうとストローに口をつけたが、うまく吸えなかったので結局元へと戻した。
「夜明かしの墓に泊まるつもりは、ありませんか? あの場所であれば滅多に人は来ませんし、僕が見張ることができます。あなたがヒルチャールであるのか、真偽も見破ることができますよ」
「な、なるほど。でも、それってフリンズさんに利点がないような」
「僕はライトキーパーですから。魔物から人間を守るのが役目です。それなら、魔物のあなたから人間を守り、人間のあなたを魔物から守らなくてはなりません」
「俺もライトキーパーなんですけど……」
微笑まれる。聞いてないふりをされた。なんか胡散臭いし、嘘だろう。
夜明かしの墓は、亡くなったライトキーパーの眠る地だ。確かフリンズさんはそこに住んでるんだとか。墓地なので当然住む人なんて他にいない、はずだ。
今はイルーガが、岩で脳筋に俺の家の扉を押さえている状態だ。そんなこと、長くは持たないだろうしいつかイルーガが体調を崩してしまう。
「申し訳ないですけど、お願いしてもいいですか?」
「ええ。いつからにしますか?」
「明後日からとかでいいですか? ちょっと荷物整理したくて」
荷物なんてほとんどないが、とりあえず布団を持っていけばなんとかなる。が、その布団も最近洗濯をサボっていて汚い。フリンズさんには見せられないので、洗ってから向かうとしよう。
そうして俺はラズベリージュースを飲み終えられないまま、自分の家へと戻った。ボロボロのドアを閉めて、ベッドに横になる。
「う……」
そろそろ夜になるのだと思えば、口の中に酸っぱいものが込み上げてくる。
俺、ヒルチャールなのか? 人を、この手で殺してたのか? 俺は、人を殺すのだけは嫌だと思ってた、のに。
や、やだ。人殺しなんてしたくない。迷惑なんてかけたくない。もう、俺は間接的に人を殺している。だがそれは、あくまで間接的だからこそ、自分の中で許せたんだ。
もし、俺が殺人鬼、だったら俺、どうするんだ。どうなるんだ?
まだ日も落ちていないのに、ものすごく眠かった。眠いってより、ショックで気絶しそうなのか? とにかく眠くて、眠くて……。
頭を抱えた格好のまま、俺は目を閉じた。
ドアが酷くボロボロになっていることに、もう少しで壊れそうなことには、気づかずに。