ネオン父に転生したのでふんわりした未来知識で成り上がる 作:パラレル・ゲーマー
1978年、初頭。
ヨークシン近郊の街にはまだ雪が残り、外へ出れば吐く息が白くなる季節だった。
ノストラード本部の地下訓練室。剥き出しのコンクリートに囲まれたこの場所は、一年を通してひんやりとしている。
ライト=ノストラードは床に胡座をかき、額にうっすらと汗を浮かべながら、目の前に置かれたいくつかの品物を見つめていた。
粗悪な鉄で作られた安物のナイフ。
表面が黒ずんだ古い木彫りの人形。
マーロウが普段の手入れに使っているガンオイルの缶。
そして、精巧な装飾が施された年代物の小さな真鍮細工。
「今日は、人じゃなくて物を見るのか?」
ライトが尋ねると、壁際に立っていたマーロウ=ケストナーが答えた。
「人間ばかり見ていても《凝》の精度は上がらん。物に向ける練習もしておけ」
念能力者が意図的に《周》を使ってオーラを纏わせている武器や道具とは別に、ごく稀に、持ち主や作り手のオーラが微かに残っている品物が存在するらしい。
長年、異常なほどの執着を持って使い込まれた愛用品。
あるいは、作り手が尋常ではない情熱を注ぎ込んだ作品。
そうした品には、本人が意識していなくても、微弱なオーラが残ることがある。
「ただし、古い物なら何でも出るわけじゃないぞ。高価な美術品だから出るものでもないし、念能力者が少し触った程度でいちいち残るものでもない」
ライトは頷き、両目へ意識的にオーラを集めた。
《凝》。
安物のナイフ。
ガンオイルの缶。
真鍮細工。
特に何も見えない。
だが、古びた木彫りへ視線を移した瞬間、ライトの目が止まった。
(…………あ)
表面に、陽炎のような薄いオーラがまとわりついている。
マーロウの《練》とは比較にもならない。注意して見なければ、そのまま見逃してしまいそうなほど弱い。
けれど、確かにある。
(これ……あれじゃん)
前世で読んだ漫画の記憶が繋がった。
ヨークシンでゴンとキルアが露店市場を回り、《凝》を使って普通ではない品物を探していた。
ベンズナイフ。
隠し収納になった木造蔵。
そして古美術商のゼパイル。
(骨董品漁りで使ってたやつだ)
「こういう物って、市場じゃ珍しいのか?」
ライトは木彫りを眺めながら尋ねた。
「珍しいと言えば珍しい。ただし、オーラが残っているから高いとは限らん」
「例えば?」
「俺が二十年間、血と泥にまみれながら履き潰したコンバットブーツにオーラが残っていたとして、お前なら高値で買うか?」
「いらないな」
しかも臭そうだ。
「そういうことだ」
《凝》で分かるのは、普通ではない何かが残っているということだけ。
誰が作ったのか。
いつの物なのか。
本物なのか贋作なのか。
市場でいくらになるのか。
そこまでは教えてくれない。
訓練を終えてシャワーを浴びながら、ライトは考えた。
市場には、数え切れないほどの古物がある。
鑑定士はその中から、自分の知識と経験を使って価値のある品を探す。
自分の《凝》は、その前段階で使える。
(全部を鑑定するんじゃなくて、詳しく調べる候補を絞るために使えばいいのか)
一瞬、自分で露店を回って探してみようかとも考えた。
だが、毎日のように市場を歩き回る時間まではない。
なら、必要なのは自分にない知識を持つ人間だった。
◇
翌日。
執務室へ呼ばれたヴィクター=ロッシは、ライトから用件を聞くなり眉を上げた。
「古美術や骨董品の鑑定に詳しい人間を、一人探してほしい」
「新しい事業ですか?」
昨年末、今ある事業をまず育てる方針でライトとヴィクターは合意したばかりだった。
新しいことを思いつくたびに金を投入していけば、いくら資産があっても足りない。
「まだ事業じゃない。まず俺個人で試す」
「骨董品を?」
「ああ。採算が取れるかも分からないのに、最初から組の予算を付けるつもりはない」
ヴィクターは少し考えてから頷いた。
「でしたら、数人調べます。腕だけでなく、口の堅さも含めて」
「頼む」
数日後。
ヴィクターが候補の中から連れてきたのは、エドガー=ヴェイルという四十八歳の男だった。
ヨークシン近郊で二十年近く古物を扱っている独立した古物商兼鑑定人。
若い頃は大手競売会社で下働きをしており、現在は富裕層の収集品探しから、遺品整理で出てきた品の査定まで幅広く請け負っているという。
痩せた身体に丸眼鏡。
擦り切れた革鞄を膝に乗せ、応接室へ通されても必要以上に萎縮する様子はない。
ライトは話を始める前に、一度だけ《凝》を使った。
当然、生きている以上オーラそのものはある。
ただ、少なくとも今この場で意図的に念を操作している様子は見えなかった。
それだけで念能力者ではないと断定することはできないが、今のところ、それ以上調べる理由もない。
「専門は?」
「美術史、アンティーク家具、陶器、武具、宝飾品。広く見ています」
「骨董品を見れば、何でも価値が分かるか?」
「いいえ。分野と品物によります」
「何でも分かるとは言わないんだな」
「この世の骨董なら何でも鑑定できる、と言い出す鑑定士は信用しない方がいいですよ。私も専門外なら別の人間へ回します」
ライトは、それを聞いてこの男を使うことに決めた。
自分にできないことを、できないと言える。
マーロウもそうだったが、その程度の自己認識すら持っていない専門家は意外と多い。
「少し変わった品探しに付き合ってほしい。俺が市場で興味を持った物を、買う価値があるか横から判断してくれ」
「ボス自身が選ぶんですか?」
「最初はな。俺は骨董について素人だから、あんたの判断を聞きたい」
報酬は日当と必要経費。
購入代金はライトが負担し、利益が出た場合には小さな歩合も付ける。
エドガーにとっても悪い話ではなかった。
◇
車で数十分。
ライトは初めて、本格的にヨークシン中心部の古物市場へ足を踏み入れた。
巨大なビルと古い市場が同居し、大通りから一本路地へ入るだけで街の表情が変わる。
高級美術商。
質屋。
古書店。
古い家具を積み上げた倉庫。
露天商。
(ヨークシン、か)
1999年。
地下競売。
幻影旅団。
クラピカ。
九月の頭に起きる、前世の漫画で読んだ惨劇。
だが、それはまだ二十年以上も先だ。
今、目の前で起きているのは、店主と客が値段を巡って口喧嘩をし、買い物袋を抱えた市民が通りを歩く、何の変哲もない日常だった。
「掘り出し物を探すなら、高級店を回る必要はありませんよ」
エドガーが歩きながら説明する。
「ああいう店は、すでに鑑定も来歴調査も終わっています。買う側としては安心ですが、こちらが安く仕入れて利益を出す余地も少ない」
狙うなら、遺品整理の業者市。
倒産した倉庫から放出された在庫。
質流れ品。
地方から出てきて、まだ誰も詳しく調べていない古物。
そういう場所だという。
ライトは露店を歩きながら《凝》を使った。
最初の十個。
何もなし。
二十個。
何もなし。
三十個を過ぎた辺りで、目の奥が重くなってきた。
(……疲れるな)
《凝》そのものは使える。
ただし、一時間近く細かな物へ集中し続ければ、頭痛も出る。
まだ長時間の維持に身体が慣れていない。
漫画ではもっと簡単そうに見えたが、実際は違うらしい。
一時間ほど歩いたところで、ようやく一つ見つけた。
古びた陶器だった。
「エドガー。これは?」
ライトが指を向けると、エドガーは手袋をしたまま壺を持ち上げ、底と側面を確認した。
「安物ですね」
「本当に?」
「無名の手仕事ではありますが、窯も作家も特定できません。この出来なら、美術品としてはほとんど値段は付きませんよ」
数千ジェニー。
ライトは試しに買った。
後日、別の専門家にも確認させたが、結果は変わらなかった。
無名の陶工が作った、何の変哲もない陶器。
ただし、オーラは確かに残っている。
どうやら作り手が異常なほど仕事へ打ち込んでいたらしい。
(本当に値段と関係ないんだな)
二つ目は古い包丁だった。
こちらにも薄いオーラが残っていたが、調べると長年料理人が使い込んだ実用品にすぎなかった。
道具としては悪くない。
多少の値段は付く。
だが、大金にはならない。
エドガーの方は、別のことが気になっていた。
「ボスは、何を基準に選んでいるんです?」
「勘だ」
「妙な勘ですね」
ライトが手に取る物には、美術的な共通点がない。
陶器の次は包丁。
年代も作家もバラバラ。
だが、エドガーはそれ以上聞かなかった。
長年ヨークシンで商売をしてきた男は、客が話したがらないことへ無理に鼻を突っ込まない。
そして三つ目。
エドガーの案内で訪れた、小規模な古物競売だった。
地方業者や質屋が持ち込んだ品が並び、綺麗な展示ケースすらない。
古い屋敷の整理品が木箱のまま積まれているような、完全な業者向け市場だ。
その中に、一つの古い木箱があった。
筆箱より少し大きい程度。
表面は傷だらけで、見栄えもしない。
しかし《凝》を使ったライトには、先ほどまでとは明らかに違って見えた。
(……濃いな)
壺や包丁に残っていた微かなオーラとは違う。
箱全体に、長年何かを染み込ませたような残滓がある。
ライトはエドガーへ視線を向けた。
「あれを見てくれ」
エドガーは箱を手に取り、外側を確認する。
底。
側面。
角の接合。
木目。
「箱自体には大した値段は付きません。材も特別ではない。ただ……少し変ですね」
「どこが?」
「底板が厚すぎます。外寸と内部の深さが合っていない」
エドガーは箱を傾けた。
「隠し底があるかもしれません」
(木造蔵みたいなやつか)
前世で読んだ漫画でも、ただの古い収納具に見えて、内部に別の空間を仕込んだ品が出てきた。
もちろん、目の前にあるのはまったく別の品だ。
競売が始まった。
最初は五万ジェニー。
十万。
十八万。
もう一人の古物商が二十五万まで入れた。
ライトは三十万。
相手が三十二万。
ライトが三十五万。
そこで競りは止まった。
「三十五万。落札」
箱を受け取ったライトは、その場では開けなかった。
本部へ持ち帰り、エドガーと一緒に状態を確認する。
木を傷めないよう慎重に底板を調べると、側面の小さな留め具が動いた。
カチリ。
底板が数ミリ浮いた。
「やっぱりだ」
内部から出てきたのは、古い図面が数枚。
そして油紙に包まれた、小さな細工用ナイフだった。
宝石でもない。
金貨でもない。
だが、ライトが《凝》を使った瞬間、そちらに目を奪われた。
箱よりはるかに濃い。
「エドガー」
「待ってください」
エドガーは柄に刻まれた印を確認すると、持参していた資料を開いた。
何冊か調べた後、別の専門家にも連絡を取る。
調査には数日かかった。
結果、そのナイフは数十年前にヨークシンで活動していた著名な彫刻家兼工芸職人が、長年愛用していた私物である可能性が極めて高いことが判明した。
作品数が少ないことで知られる職人。
しかも、完成品ではなく制作に使った道具。
収集家にとっては十分に魅力のある品だった。
「来歴の裏付けが最後まで取れれば、普通の競売でも数百万ジェニーは狙えるでしょう。欲しがる人間が重なれば、もっと上がるかもしれません」
エドガーは鑑定資料をライトへ渡した。
「ただ、競売に出す前に、一人紹介したい人がいます」
「買い手か?」
「ええ。この職人の作品を集めている人です」
ライトは少し考えた。
「競売に出すより、その人へ直接売った方がいい?」
「値段次第です。それに古物は、誰に売るかで意味が変わります」
エドガーは机の上のナイフを見た。
「同じ品でも、欲しくない人にはただの古い工具です。ですが、十年以上探していた人間にとっては違う。一番欲しがっている人間のところへ持っていって、初めて値段が決まる品もあります」
ライトはその言葉を覚えておくことにした。
◇
数日後。
ライトはエドガーの紹介で、ハロルド=グレンという実業家の邸宅を訪れた。
複数の企業へ出資し、不動産も大量に所有する富豪。
表社会の人間ではあるが、ヨークシンで長く大きな商売をしている以上、裏社会とも無縁ではない。
最大の趣味が工芸品の収集だった。
応接室へ持ち込まれたナイフを見た途端、ハロルドの態度が変わった。
「……これを、どこで?」
「地方の古物競売で箱を一つ買いました。その中に入っていたものです」
ハロルドは手袋を着け、ナイフを何度も角度を変えて確認した。
エドガーが用意した鑑定資料にも目を通す。
「素晴らしい。彼が使っていた物で間違いなさそうだ」
しばらく品を眺めた後、ハロルドが金額を提示した。
八百万ジェニー。
ライトはエドガーを見る。
鑑定士は口を挟まず、わずかに頷いた。
事前に想定していた価格帯の中でも十分に良い。
「その金額でお願いします」
取引は成立した。
三十五万ジェニーで落札した箱。
鑑定費やエドガーの日当、各種調査費を足しても総額五十万ジェニー前後。
それが八百万になった。
だが、帰り際にハロルドが取り出したのは、小切手だけではなかった。
「ライト君。また似たような品を見つけたら、売りに出す前に一度連絡してくれないか」
「ええ。もちろんです」
「それと、これは私からの紹介ということにしておこう」
差し出されたのは、黒い厚紙で作られた招待状だった。
来月。
ヨークシン中心部。
会員制古物競売。
収集家と、一部の業者だけが参加できるという。
「初めてなら勉強になるだろう。買う買わないは別として、見ておいて損はない」
「ありがとうございます」
ライトは招待状を受け取った。
(来た)
◇
本部へ戻ったライトは、エドガーとヴィクターを呼んだ。
「エドガー。今後もうちの案件を見てほしい」
「常勤で、という意味ですか?」
「いや。自分の店はそのまま続けてくれ。ノストラードから持ち込む品の鑑定と、必要なら買い手の紹介を頼みたい。外部顧問という形でどうだ?」
「条件次第では」
「ヴィクターと詰めてくれ」
エドガーが頷く。
「それと、品物を探す方法を変える」
ライトは続けた。
「うちと取引がある古物商や質屋、遺品整理業者に声をかける。由来が分からない物、妙な作りの物、専門外で判断に困った物があれば、写真と簡単な情報をこっちへ回してもらう」
「買い上げるんですか?」とヴィクター。
「全部は買わない。情報料は払う。エドガーが見て、調べる価値がありそうなら現物を持ってこさせる。それから俺も見る」
市場の方から候補を集める。
その方が、自分一人で何百件もの露店を見るより効率がいい。
ヴィクターが確認する。
「古物部門を作るわけではないんですね?」
「作らない。今のところは仕入れの実験と、ハンター向け窓口の付帯業務だ」
ハンター支援窓口には、すでに遺跡や僻地から品物を持ち帰る利用者がいる。
彼らから「これを買ってくれる業者を知らないか」と尋ねられることも出始めていた。
これまでは外部業者を紹介するだけだった。
今後はエドガーへ回し、鑑定や売却先の紹介まで請け負える。
「ただし、窓口の客なら誰でも古物を持ち込んでいい、という形にはしない」
ライトは言った。
「今の利用者か、そこから紹介された相手までだ。人手が足りないうちに客だけ増やしても仕方ない」
「その方がいいでしょうね。盗品の持ち込みも増えますから」
エドガーが補足した。
「そこは既存の規程を適用する。来歴の確認が取れない品は、内容によっては断る」
新しい会社を立ち上げるほどの話ではない。
既存の窓口へ、また一つできることが増えただけだった。
◇
数日後。
地下訓練室。
「《凝》で古物を探したら、少し儲かった」
ライトが訓練の合間に話すと、マーロウがこちらを見た。
「俺の授業料より儲かったなら追加で請求するか」
「それは勘弁してくれ」
ライトは例の木箱とナイフについて簡単に説明した。
「こういう使い方をする奴って多いのか?」
「知っている奴はいる。ただ、念を使えることと、古物の価値が分かることは別だ」
「市場が全部掘り尽くされてるわけじゃない?」
「念能力者が全員、骨董商をやってるわけじゃないからな」
言われてみれば当然だった。
念が見える。
品物を鑑定できる。
市場価格を知っている。
買い手を知っている。
仕入れる金がある。
全部を一人で持っている必要はない。
足りないところを専門家で埋めればいい。
「ただ、一つだけ覚えておけ」
マーロウの口調が変わった。
「物に残っている念が、全部あんなものだと思うな」
「危険なものもある?」
「ある。強烈な執着、恨み、死後の念、特殊な能力の媒体。何が条件になっているか分からない物もある。見つけたからといって、面白半分に触るな」
ライトは黙って聞いた。
以前、ハンター向け特殊貨物について決めた規程がある。
念能力に由来すると疑われる品は、専門家の確認を通す。
なら、今回必要なのは追加ではなく、自分自身もその規程の例外にしないことだった。
その日のうちに、取り扱い上の注意事項へ一文だけ加えた。
『異常に強いオーラを確認した物品については、安全確認が済むまで組長本人も直接触れないこと』
自分で作ったルールなら、自分も守る。
◇
夜。
本部の執務室。
デスクの上には、今回の一件で残った物が並んでいた。
最初に買った安物の陶器。
著名な彫刻家の工具についてまとめた鑑定書。
ハロルド=グレンの名刺。
そして、黒い招待状。
ライトはその中から、招待状を手に取った。
来月。
ヨークシン中心部。
会員制古物競売。
八百万ジェニーの取引は十分に美味しかった。
だが、次に何があるかは、まだ分からない。
ライトは内線電話を取った。
「ヴィクター。さっきの招待状だけど」
『はい』
「参加者について、分かる範囲で調べてくれ。名前だけじゃなく、普段どういう品を集めてるのかも知りたい」
『承知しました』
受話器を置き、ライトはもう一度招待状を見る。
誰が、何を欲しがっているのか。
今度は、それを見に行く番だった。
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