ナルトがクシナに会う前に、ミナトがナルトへ渡したのは、忍具でも玩具でもなかった。
一枚の紙だった。
「なにこれ」
「地図」
「ちずならある」
ナルトは得意げに自来也からもらった地図帳を出す。
「知ってる。でも、それは広い地図でしょ」
「うん」
「これは木ノ葉だけ」
二人は猿飛家の縁側に座っていた。
自来也はヒルゼンと奥の部屋で話している。
ビワコには翌日正式に説明することになっており、今日は外出中だ。
クシナは封印班へ資料を届けに行っている。
たまたま二人になった。
以前なら、ミナトは理由を作ってその状況を避けたかもしれない。
今日は紙と筆を持って自分から来た。
「ここが門」
丸を書く。
「ここが火影塔」
「ミナトいる?」
「昼はだいたい」
「よるは?」
「家」
「とおい?」
「歩いて十五分くらい」
「オレなら?」
「二十分かな」
「遅くない」
「競争じゃないよ」
「じらやよりはやい」
「それは先生がゆっくり歩いてくれてるだけ」
「そうなの?」
「たぶん」
奥から自来也の声が飛ぶ。
「聞こえとるぞ!」
ナルトが笑う。
ミナトは次の丸を書く。
「ここが三代目様の家」
「いまここ」
「そう」
「カカシ」
「ここ」
「クシナ」
筆が止まる。
「俺と同じ家」
「ふたり?」
「うん」
「まるふたつ?」
「家は一つだから丸は一つ」
「でもふたり」
ナルトは勝手に丸の中へ点を二つ書いた。
ミナトは笑った。
「じゃあ、それで」
「ビワコばーちゃんは?」
「まだ会ってないのに、もうばーちゃん?」
「じっちゃんのおくさんなら、ばーちゃん」
「本人に言ったら怒られるかもね」
「こわい?」
「俺はちょっと怖い」
「ミナト、ほかげなのに?」
「火影でも怖い人はいるよ」
「よわい」
「君、最近俺に厳しくない?」
また笑う。
地図には少しずつ丸が増えた。
医療部。
甘味処。
小さな公園。
門。
火影岩がよく見える橋。
「ぜんぶ、おぼえるの?」
ミナトが聞く。
「帰るから」
「どこへ?」
「いろいろ」
答えが面白かった。
一つではない。
自来也のいる宿。
カカシの部屋。
猿飛家。
その時いる場所へ戻る道を覚える。
旅で身についた習慣だ。
ミナトは、自分の家へ伸びる道を太く描くことはしなかった。
「ねえ、ナルト」
「ん?」
「迷ったらどうする?」
「ちずみる」
「地図がなかったら」
「ひとにきく」
「聞ける?」
「じらやが、きけって」
「そう」
「わかんないほうが、もっとまよう」
自来也が教えたらしい。
ミナトは筆を置いた。
「いいこと言うね、先生」
「たまにな」
奥からまた声。
「お前ら、ワシを何だと思っとる!」
◆
地図を描き終えた後も、ナルトは帰らなかった。
雨が降り始めたからだ。
縁側から庭を見る。
細い雨。
土の色が変わる。
「旅の時、雨どうした?」
ミナトが聞く。
「あるく」
「大雨でも?」
「やどあるならとまる」
「ない時は」
「じらやが、へんなはっぱだす
「傘?」
「もっとでかい」
「蓑かな」
「たぶん」
しばらく雨音だけになる。
ナルトが先に口を開いた。
「ミナト」
「何?」
「なんで、オレみるとへんなかおする?」
来た。
いつか聞かれると思っていた。
「どんな顔?」
「こう」
ナルトが眉間へ皺を寄せ、口をぎゅっと結ぶ。
似ていない。
でも何となく分かる。
「難しいことを考えてるから」
「おとな、それいう」
「誰が?」
「じらや。じっちゃん。カカシ」
「みんなか」
「かんがえてるっていって、いわない」
ミナトは少し笑った。
逃げられない。
「じゃあ、言えるところだけ言う」
「うん」
「俺とクシナには、四年前に子供が生まれた」
ナルトは雨を見る。
「でも、その子は生まれてすぐ亡くなった」
「しんだ?」
「うん」
「びょうき?」
「まだ分からないこともある。身体の中の強い力と、封印が関係した可能性はある」
「なまえ?」
その質問が一番早かった。
ミナトの喉が詰まる。
「ナルト」
ナルトがこちらを見る。
「オレ?」
「同じ名前」
「なんで」
「俺とクシナが、その名前をつけた」
「オレにも?」
「君の名前を誰がつけたかは、まだ確認できてない」
「でもおなじ」
「そう」
「かおも?」
「生まれた時の顔しか知らない。でも、髪の色と頬の線は同じだった」
ナルトは自分の頬を触った。
「だから、へんなかお?」
「うん」
「オレ、その子?」
「それを今、調べてる」
「ミナトは、どうおもう?」
四歳児の問いは容赦がない。
ミナトは嘘をつかなかった。
「そうだったらいいと思う自分がいる」
「いい?」
「君が俺たちの息子だったら、嬉しいと思う」
「じゃあそうでいい」
ナルトが簡単に言った。
ミナトは首を振る。
「よくない」
「なんで」
「俺が嬉しいからって、君を誰かに決めちゃいけないから」
「オレはオレだぞ」
「そう」
「名前もナルト」
「そう」
「じゃあいいじゃん」
「それでも、君がどこで生まれて、誰と繋がってるかは、ちゃんと調べたい」
ナルトは少し不満そうにする。
「おとな、めんどくさい」
「ごめん」
「でも」
「何?」
「オレ、ちがってもきていい?」
ミナトの胸が強く鳴った。
「どこへ」
「ミナトんち」
「もちろん」
即答した。
「ほんと?」
「君が誰でも、遊びに来ていい」
「クシナも?」
「喜ぶよ」
「ごはんある?」
「それは絶対ある」
「クシナつくる?」
「たぶん俺に触らせない」
「ミナトりょうりへた?」
「普通」
「じらやもふつうっていう」
「先生よりは上手い」
「聞こえとるぞ!」
三回目。
ナルトが笑った。
ミナトも笑う。
息子だと確定しなくても、雨の日に一緒に地図を描いて笑うことはできる。
その当たり前を、自分は難しく考えすぎていたのかもしれない。
◆
雨が止んだ。
帰る前に、ナルトは新しい地図を畳んだ。
「これ、オレの?」
「君にあげる」
「かえさなくていい?」
「いい」
「なくしたら?」
「また描く」
「なんかいでも?」
「何回でも」
ナルトは地図帳の最後へ挟んだ。
玄関で靴を履く。
「ミナト」
「何?」
「こんど、いえいく」
「うん」
「みちおぼえる」
「待ってる」
ナルトは走りかけて、振り返った。
「走るなよ」
「わかってる!」
「今走ろうとしたでしょ」
「してない!」
庭の向こうで自来也が待っている。
ナルトは結局、走らず早歩きでそちらへ向かった。
ミナトは見送った。
飛雷神なら、どこへでも一瞬で行ける。
けれど。
ナルトが欲しがったのは、術式の印ではなく地図だった。
自分の足で帰れる道。
ならば父親になれるかどうかを考える前に。
帰れる道を守れる大人でいようと思った。