月光が照らす夜の街。周囲は破壊痕に埋め尽くされ、廃墟と形容した方がふさわしい景観になり果てている。生物の気配は少なく、動いているモノはたったの二つだけ。
――グォォォオオオオッ!!
そのうちの一つ、巨大な異形の存在が咆哮を響かせる。破壊を振りまき、暴虐の限りを尽くすソレは、異世界から迷い込んだ怪物――『エネミー』。静かな夜を蹂躙したその巨体には、しかし大きな傷跡が刻まれていた。
「くっ……! まだ、こんな力が……!」
その場にいたもう一つの気配――一人の少年によって刻まれたその傷は、異形の力を幾分か削いだものの、依然としてその脅威は健在だった。少年の身体にも多数の傷が刻まれており、もはや立ち上がることすらもできずに、愛剣を地面に突き立て膝をついている。
――ガアァァァッッッ!!
怒り狂う異形は、世界に響く咆哮と共に自身に傷をつけた存在に向けて、その巨大な爪を振りかざす。
(ここまで、なのか……!?)
少年が思わずその目を閉じる。数瞬後に訪れる衝撃に身を縮ませ――
(………………?)
いつまで経っても訪れない
「――は?」
そこにあったのは、巨大な『壁』だった。
透き通るような美しさと、あのエネミーの一撃を完璧に受け止める堅牢さ。そして、それを構築したであろう存在がそこにいて――『それ』を認識した瞬間。
――世界から音が消えた。
何も聞こえない。『それ』以外、何も見えない。あれほど脅威だったエネミーすら、意識の外だった。
『それ』は、少女の姿をしていた。年は少年と変わらない。ただ、その身に纏っている衣装は、一般的には奇怪に映るもの――様々な装飾がなされたドレスのようなものだった。
少女は少年を振り返ることなく、その手に持った杖を振るう。そこから放出された光の奔流は一瞬のうちに夜を明るく彩り――
――ガァ、ァ……
微かな断末魔。それを少年の脳が認識する前に、世界から一体のエネミーが消滅した。
少女が振り返る。周囲には先程の一撃の残照が、月光を反射して煌めいている。まるで少女を飾り立てているかのような、幻想的な光景。
少年は自身に歩み寄るその動作の一つ一つを、目に焼き付けていく。
夜風に揺れる繊細なシルエット。フリルやレースで飾り付けられたドレスは、少女の美しさと可憐さの両方を最大限に引き出している。その身から溢れ出る圧倒的な魔力は、夜の闇すら塗りつぶすかのように銀色に揺らめいている。その姿はあまりにも神々しく、息を呑むほどに美しかった。
「……大丈夫?」
「――っ、あ……!」
少女の口から紡がれた言葉は、その鈴を転がすような声色と共に少年の脳を揺さぶり、あらゆる返答を躊躇わせる。
突如として現れたこの少女に、少年は圧倒されていた。傷の痛みも忘れ、ただ胸を激しく打つ鼓動に支配されていた。
「……大丈夫そうだ」
いつまでも口を開かない少年の返答を待つことなく、少女は踵を返す。そのままふわりと宙に浮いた姿はより一層神秘的で、少年の視線を惹きつける。
「――あっ、待っ……!」
咄嗟に伸ばした手が届くよりも早く、まるで幻だったかのように銀色の粒子となって夜風に消えていく少女。残された少年はただ茫然と少女が消え去った夜空を見上げ続けていた。
かくして、少年は少女に出会った。その胸に宿った熱は、少年の未来をどのように変えていくのか――
---
「……ふぁあ。今日も世界は平和だなあ」
学園の屋上。澄み渡る青空を見上げながら、俺――
ここ、私立神楽坂学園は、表向きは普通の全寮制高校だが、裏の顔は『異界からの侵略者と戦う少女たちを育成するための防衛拠点』だ。思春期の少女たちが精霊と契約し、特殊な力を持って戦う――『魔法少女』のための学園。
当然、生徒として学園に通うのは女子生徒のみ。世界を守るため、その人生の貴重な思春期を戦いに捧げる宿命を背負った少女たちの学び舎――
「透ーっ! 待ちなさーいっ!!」
「誰が待つかぁーっ!?」
「おうおう、今日も『主人公』様は元気なこった」
乙女だけの花園に入り込んだ二つの
その内の一人が
この世界、『色彩の魔法少女』における『主人公』だ。
『色彩の魔法少女』。成人向けPCゲームソフトであり、そのキャッチコピーは『それぞれの色彩を放つ魔法少女達と世界を救うハーレムラブコメディ』だ。
イラストレーターによる美麗なキャラデザインと、有名声優たちによる甘い声。それらに引き寄せられた消費者たちは、こぞってこのゲームを購入し、プレイした。そして――絶叫した。
曰く、『バッドエンド分岐が多すぎる』。曰く、『ハバネロを大福で包んだ劇物』。曰く、『ライターには人の心がない』。曰く――
あまりに高い集客性と、その裏に隠されたシナリオライターの性癖をぶち込んだ展開の数々のギャップで、発売直後のSNSは阿鼻叫喚に包まれた。
俺も発売日当日に購入し、発売前から目を付けていた好みのヒロインを攻略していき――途中でそのヒロインのバラバラ死体が出てきたところで数分程気を失った。
しかし、その魅力的な外見からか、あるいは怖いもの見たさからか、被害者は後を絶たず、一つの伝説となったゲーム。
そして、そんな世界になぜか転生したのが学園に紛れ込んだもう一つの
「ヒロインも出揃ったし、いよいよルート分岐の時期かなぁ」
「先輩っ! なんで逃げるんですか!!」
「お前らが追ってくるからですけど!?」
俺がこの世界に生まれて15年と少し。前世の記憶を思い出し、この世界が『色彩の魔法少女』の世界であることに気付いて絶望したのも遥か前の事だ。
精霊と魔法少女の禁断の関係によって生まれたハーフである白崎透は、原作において「男でありながら魔法を扱える」という唯一無二のバグ。
故に、女子だらけの学園に特例で編入し、可憐なヒロインたちと出会い、戦いを通じて絆を深め、最終的にはハーレムを築き上げ、世界を救う。そんな筋書きを辿る存在だ。
そして、俺がこの学園にいるのも、似たような理由だ。力のルーツこそ異なるが、俺も魔力を扱える男としてこの世界に存在している。転生特典かなにかなのかもしれないが、真相はわからない。ただ、結果として俺も夜な夜なエネミーとの戦闘を繰り広げる生活を送っている。
「白崎? どこへ行くつもりだ?」
「すいません先輩! 今はそれどころじゃ……!」
「グランドルートがベスト、誰かの個別ルートならベター……バッドエンドだけは勘弁してくれよ?」
俺がこの世界を正しく認識した時に決心したことは一つ。『世界をあるべき結末に導く』ことだ。この世界はゲームではなく現実だ。セーブ&ロードも無ければ、ニューゲームだって存在しない。ほんの少しのボタンの掛け違いで世界が滅びるようなゲームバランスで構成されたこの世界において、『原作』という指針から外れることはそのまま世界の危機に直結する。
だからこそ、俺は原作の展開を邪魔するつもりは毛頭ない。白崎透が主人公としてヒロインたちとキャッキャウフフし、世界を救ってくれればそれでいい。俺は背景のモブとして、平和な日常を享受できればそれで満足なのだ。まぁ、危なそうなら手助けぐらいはするが。
「トオル! こっちデス!」
「助かる! ――待て、なんで手錠を持ってる!?」
「……まぁ、それを抜きにしても彼らの未来は幸福であるべきだしな」
創作物の登場人物らしく、主人公である白崎透も、彼を取り巻く5人のヒロインたちも、揃いも揃って悲しい過去やら宿命やらを抱えてるやつばかり。
画面の向こう側にいた彼らですら、その幸福を願わずにはいられなかったのに、今は俺自身が
「とはいっても、白崎透とは接点ないし、ヒロイン達には避けられてるし……俺にできることなんてあるのかねぇ?」
『原作』通りに進行しているならそろそろ本格的に物語が動き出す頃合いだが……はてさて、主人公は誰を選んだのか。もしくは
共通ルートの間に発生する死亡フラグは裏で全部叩き折ったし、個別ルートに派生した後に悪さをする要素も極力潰した。俺たちプレイヤーが経験したものよりもかなりイージーモードにはなっているはず。原作崩壊と安全確保の塩梅は悩んだが――このくらいはしておかないと不安で仕方なかったし、やむなしといったところ。
「もう逃げられないね? 観念してよ」
「くっ……!」
「……それにしても騒がしいな。全員が白崎透を追い回してる――それ自体は良い傾向なんだが」
順調に各ヒロインとイベントを発生させ、見事にフラグを建築したようだ。このままグランドルートに進行すれば、この世界は文句なしのハッピーエンドにたどり着けるだろう。
俺は胸を撫で下ろし、階下の喧騒から距離を取るのだった。
---
「――そう、思ってたのにさぁ!」
――グギャァァッ!!
閃光が奔り、不気味な形態をした中型エネミーが悲鳴を上げて爆ぜた。放たれた膨大な魔力の余波が、夜の公園の木々を激しく揺らす。
「もう一体行ったわよ!」
「了解!」
警告の声に振り返り、再び抜き打ちで魔法を放つ。それが最後のエネミーだったのか、周囲に静寂が戻ってくる。
「ふぅ。お疲れ様」
「ん、お疲れ様」
そうやって声を返して来るのは
「相変わらず強いわね、あんた」
「まぁ、イレギュラー、ってんならこのくらいできないと、な」
俺の魔力は他の魔法少女と比べてもかなり強大で、文字通りの『チート転生』をしている気分になる。
その副次効果として、俺に振り分けられる任務は高難度の物ばかり。そして、それにともに挑むような人材は、『原作』でも上位の実力者――つまり、ヒロイン達になる。白崎透は素質こそあるものの実力が追い付いていないため、こうして共闘することはまずない。
「それにしても、何度見てもすごいわね、
「あぁ……まぁ、これは仕方ないんだ」
俺が魔法を使う上で唯一と言っていい代償。今となっては慣れてしまったが、初対面の人には必ずと言っていい程驚かれる。なんなら今も目の前の少女は若干目が泳いでいる。
だが、今の俺はそれどころではなかった。
「そんなことより、一つ聞いていいか?」
「……? なによ」
息を吸い込む。この返答次第で、この世界の未来がどうなるかがわかるのだから、嫌でも緊張してしまう――それが好ましくない返答になる予測がついているから、なおさらに。
「白崎とはどうなった……?」
――瞬間、空気が凍った。
「――それは、どういう意味かしら?」
凍った空気ごと溶かすかのような熱が発生する。目の前の少女の感情が具現化するかのように魔力が揺らめく。
(おいやっぱ駄目じゃねぇか! どうなってんだ!)
「――あんたお得意の謎の情報網でなにかつかんだのかしら? いい加減誰か漏らしているのか確かめないとダメかしらね」
(ヒロイン全員から追いかけられてたあのイベントはグランドルートの入り口だったはずだろ!? なんで赤井がこうなってる!?)
予感はあったのだ。『原作』においてそれぞれのヒロインルートに入った際、ヒロインと主人公の戦闘衣装には変化が現れる。そして、目の前の少女が纏うそれは、ルート突入前の物。
「……良いわ。今日という今日は本気で追い詰める」
そう言うと、どこぞへと連絡を取る赤井。
「やぁやぁ、とうとう年貢の納め時ですかぁ? 先輩」
「清水……!?」
ほんの数秒。その間に現れたのは小柄な少女。悪戯っぽく笑う蒼髪の少女は、後輩ヒロインの
「いい加減はっきりさせておかないといけないとは思っていた。今日がその時のようだな」
「逃がしませんよ~? ジャパニーズGOYOUデス!」
「御影先輩に、ヴァイオレットまで……!」
「ということは、風見か……?」
「――ねぇ、白金君。君は一体何を知ってるの?」
「――っ!?」
音もなく背後に忍び寄っていたのは
「どうなってる!? なんで誰も――」
「『誰も』、何?」
5人の少女から発される「圧」が跳ね上がる。この中の誰かのルートに突入したものとばかり思っていた。だからこそ危険を承知で赤井に揺さぶりをかけたのに――
(
まさかの誰一人選ばれていないという事実に驚きを隠せない。
「私、先輩の『それ』についても詳しく聞いてみたいんですよね。中がどうなってるか、とか」
「それはいいな。その手の尋問には心得がある」
「本場のZINMONデスね!」
「白金君が悪いんだよ? だから、全部吐いてもらうね……」
状況だけ見れば『原作』ヒロイン勢揃いというオタク垂涎のシチュエーション。しかし、実際には針の筵に座らされている気分である。とにかく、現在の『原作』進行度の把握が急務だ。
「待て! とりあえずこれだけ聞かせてくれ――白崎はなんて言ってたんだ!」
「――るって」
「……なんて?」
「心に決めた女性がいるって……!」
「――はい?」
何を言っている?
「名前も知らない魔法少女に心を奪われたそうですよ?」
「白崎め、私達というものがありながら……」
「おこデス! プンプン、デス!」
「私達から誰かが選ばれる覚悟はしてた。でも、こんなのってないよ……!」
そんなことがありえるのか? いや、この世界はゲームじゃない。ここにいる5人以外のルートを見つけ出す可能性は、無いわけじゃない……!
「あんた、今まで色々と知った風なことばかり言ってたわよね?」
「これまではその助言が効果的だったから見逃しておいたが――」
「こうなったらもう、ね?」
「キリキリ吐くデスよ!」
「さぁ、先輩? 覚悟は良いですか?」
状況は読めないが、包囲は刻一刻と狭まってきている。ここは――
「――逃げあるのみ! さらばだっ!」
潤沢な魔力に任せてその場を離脱する。俺が全力で逃げに回れば、この世界でチート転生者を捕まえることができるものなどいない。とりあえず、しばらくは身を隠しておくか。
闇に紛れ、人工の光で彩られた夜の街へと宙を駆けるのだった。
(って、あれ? なんか、街が騒がしいような――?)
そんな疑問を抱いた直後、進行方向にあった街から大きな火の手が上がった。
---
――同時刻、街はかつてない危機に見舞われていた。
「ハァ……ハァ……くそっ、なんだこの数は……!」
少年――白崎透は、血反吐を吐きながら剣を支えに立っていた。
周囲を取り囲むのは、数百体におよぶエネミーの群れ。前触れもなく突如街へと雪崩れ込んできた悪夢の軍勢だ。学園に残っていた魔法少女たちも奮戦しているが、あまりにも数が違いすぎる。
(――対処しきれない! このままじゃ……!)
普段なら
魔力を限界まで絞り出し、戦い続けたが、もはや限界だった。
(こんなところで……!)
少年の脳裏をよぎるのは、あの月夜の記憶。
自分を救い、一瞬で心を奪っていった、あの銀色の光を纏う魔法少女の姿。
あの夜から、少年は必死で彼女を探し続けた。しかし、彼女はどこにもいなかった。
(もう一度……もう一度だけでいい、あなたに会いたい……!)
その思いが少年の身体にわずかながらの活力を蘇らせる。
――グラァァッ!!
「くっ!?」
そんな小さな抵抗を踏みつぶさんと、あの日に見たエネミーよりもさらに巨大な影が少年に迫る。
(たとえ敵わないとしても! 最後の一瞬まで――!)
少年は逃げなかった。目を見開いて、自身に迫る巨大な拳を睨みつける。それは、あの夜とは明確に違う点で。
「――よく頑張ったな」
「っ、あ……!」
だからこそ、目の前に飛び込んできた背中を、一瞬たりとも見逃すなくその目に捉えた。
目に焼き付いた背中だった。あの日から追い求めた、追いつきたかった背中だった。強大なエネミーの一撃をこともなげに弾き返し、こちらに振り返る。
繊細で可憐なシルエット、揺れるフリルの魔法少女衣裳、そして溢れ出るあまりにも神々しく綺麗な魔力。全てが、あの日記憶に刻まれたそのままだった。
「他の魔法少女がここに足止めを買って出た奴がいるって言うから来てみたら――とんだ無茶したもんだ」
「あ、いや、俺は――!」
「今は良い。後は、全部任せろ」
少年の言葉を待たず、銀色の光を纏った少女が街の上空に浮かぶ。
そこから先は、蹂躙だった。
天から伸びる光の柱が、次々にエネミーを串刺しにしていく。取りこぼした小さなエネミーたちに、周囲にばらまかれた銀色の魔力が殺到し、消滅させていく。
街を埋め尽くす勢いだったエネミーの大群が、まるで消しゴムでも使ったかのように端から殲滅されていく。
少女が街に現れてから、僅か30秒。
それで、歴史的な事件となるはずだったエネミーの大群は全滅した。
ふわり、と。少女が上空から降りてくる。少年は傷ついた身体を引きずりながらも、その場所へと駆ける。
全ては、その胸に宿した「熱」の赴くままに。
地面に降り立った少女は、駆け寄ってくる少年の姿を認めると小さくため息をついた。
「ふぅ。さすがにちょっと疲れた」
あれほどの大規模な魔法を行使して「ちょっと」などと宣う少女を少しだけ恐ろしく思いつつ――
「あ、あの!」
「うん?」
「俺、白崎透と言います! あの夜、あなたに救われてから――あなたのことがずっと頭から離れませんでした!」
「……? ――っ!?」
驚いたように目を丸くする少女に構わず、衝動のままに言葉を紡ぐ。
「俺はあなたの名前も知らない……! 今日もあなたに助けられた情けない男です! それでも! 俺はあなたに――一目惚れしましたッ!!」
「!?!?!?!?」
「だから――お友達から、お願いしますッ!!!」
月光の下、少年は少女と再会し、想いを告げた。
そして、少女からの答えは――
「――――タイムッ!!!」
神秘的な雰囲気にそぐわない、全力の叫びであった。
---
(――状況を整理しよう)
気を抜けばフリーズしそうな思考を必死に走らせる。
事実1:目の前で手を差し出している少年
全身に傷を負いながら、しかしその瞳に宿した光は収まることなくこちらを射抜いている。
(……は?)
事実2:先程言われた言葉
え?
ちょっと待て。
こいつ、今なんて言った?
『あの夜、あなたに救われてから――あなたのことがずっと頭から離れませんでした!』
『俺はあなたに――一目惚れしましたッ!!』
(あ……あの夜……?)
脳裏に、数週間前の記憶が高速で蘇る。
(あ、あの負けイベ踏み抜いてた時か!?)
共通ルート時点での複数ある詰みポイントの一つ。巨大エネミーと接敵し、戦闘に突入するイベント。
先日、白崎がそこに突っ込んでいたのを発見して慌てて介入したことを思い出す。
(……待て)
まさか。
(あの時の会話、そして俺の
身体を見下ろす。
事実3:
チート転生者としての力を振るうために、俺が唯一抱えた制約――もとい、世界の整合性を取るための
一応は純粋な人間の男である俺が魔力を全開で使うには、この世界におけるフォーマットに従う必要がある。
――『魔法少女』になる必要がある。
つまり。
現在の俺の姿は、月光に照らされたサラサラの銀髪ロング、無駄に抜群のスタイル、可憐なフリル衣装を纏った――「絶世の美少女※中身は男子」だった。
(……え? まさか……え??)
俺の脳内で、これまで築き上げてきた「前提」が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。
結論:
「……っ!??!?!??!?!」
全てを理解した瞬間、俺の脳内で核爆発が起きた。
待て待て待て待て!! 嘘だろ!?
主人公を惚れさせるTSオリキャラとか、俺だったら即クレーム入れるぞ!? 何考えてんだこのバカ!?
(いや、俺も迂闊だった……! 普段一緒に任務にあたるような連中にはとっくに知られてたから、そういう意識がさっぱり抜けてた……!)
不味い。大前提として俺は
それに、こんなことになったらこの世界の行く末がまるで読めない。もしもバッドエンドに入ろうものなら即世界滅亡だ。
(考えろ……! 今こそ、原作知識を総動員するんだ!)
思考が加速する。過去一番と言っていい程の集中力を発揮し、導き出した答えは。
「……あ、あの……お気持ちは嬉しいのですが……お、私は、その……」
「正体を隠しつつ、穏便に振る」、これしかない。
(なんとかこいつを本来のルートに送り返す……! そのためなら「理想の女の子」くらい演じてやる!)
流石に正体を明かすのは精神的な負荷がかかりすぎる。ここは一人の少女として接するるべきだ。
「諦めません! 俺は、絶対にあなたに追いついてみせます!」
「聞いて? 私、
「だから、お友達からで構いませんっ!」
「ヒェッ」
(圧がすごい! これが、エロゲ主人公……!)
「さ、さよならっ!」
半ばパニックになった俺は、全魔力を足に集中させると、夜空へと超高速で離脱した。願わくば、寝て起きたら世界が正常に戻っていますように。
「あぁ!? 待ってくれーーーっ!!」
背後から追いかけてくる白崎の情熱的な叫び声を意識的に無視し、俺は必死の思いで学園の寮へと逃げ帰ったのだった。
◇
翌日。学園の食堂。
「……はぁ……死にたい……」
俺――男の姿に戻った白金朔は、深々と机に突っ伏していた。
まさか、白崎が俺に――変身後の俺に惚れているとは。ここからどうやって軌道修正すれば――
そうやって思い悩んでいた時だった。
ズシン、と僕のテーブルに強い衝撃が走った。
「うん? だ、れ……ヒッ」
顔を上げると、そこには恐ろしい形相をした5人の般若――もとい、恋する乙女が俺を取り囲んでいた。
彼女たちの瞳には、メラメラと燃えさかる激しい「敵意」と「殺気」が宿っている。
「……白金」
赤井が、低く地獄の底から響くような声で僕を呼ぶ。
「な、なにかな……?」
「……こんな話を聞いたの。昨日の夜、透が『心に決めた女性』に告白した、って」
「へ、へぇ。そうなのか……じゃ、俺急用を思い出したから――」
「まぁまぁ、話は最後まで聞こうよ、白金君」
あまりにも不穏な気配に逃げ出そうとした俺の肩を背後から押さえつける風見。
「それで、先輩に聞いたんですよね~。どんな人なのかって」
「そ、それで……?」
怖い。いつもならにやにやとした笑みを浮かべている清水があまりにも真顔だ。
「なんでも、その女性は比類ない強さらしくてな? 街を埋め尽くしていたエネミーを、あっという間に殲滅したそうだ」
「すごい人もいるもんですね……」
「――これ、サクのことデスよね?」
そう、彼女たちは知っている。俺が戦うときは魔法少女の姿に変身することを。
そして、昨日のような大立ち回りができる人間など、そうはいない。それこそ、白崎が最終決戦モードになったらできるかどうか、程度のものだ。
つまり、『白崎の想い人=俺』という図式は彼女たちの中で疑いようのないものになってしまっているのだ。
「ご、誤解!? 誤解なんだ! 俺だって好きであいつに惚れられたわけじゃなくて――」
「黙りなさい!! こんな女装趣味の変態に、私たちが負けているなんて……!」
「おい待て! あれは別に俺の趣味じゃない!」
赤井を皮切りに、次々と黒いオーラを放ちながら恨み言を述べていく少女達。
(どうすりゃいいんだ! 俺はただ、この世界で平和に生きたいだけなのに――!)
そんな俺の目に飛び込んできたのは、この学園で俺意外にただ一人しかいない男子用の制服を着用した人影。
「白さ――ムグッ!?」
「白崎君を巻き込んじゃ駄目だよ?」
「当事者だろうが!?」
この状況を招いた張本人に助けを求めようとしたが、風見によって阻止される。
「うーん、せめて名前だけでも聞いておくべきだったな……」
白崎はこちらの窮状に気付くことなく、自身の
「「「「「………………」」」」」
「待って!? 話し合おう! 我々には言葉というコミュニケーションツールが――!」
その後、五人からの圧力が増したことは言うまでもない。そのまま、これ以上の地獄などないのではないかという時間を過ごすのだった。
――だが、この時点の俺はまだ知る由もなかった。
運命の少女を探して学園内を奔走する原作主人公から、必死で正体を隠し、逃げ回るハメになることも。
嫉妬に狂ったヒロインたちから、「あの変態に好きな人を奪われてたまるか!」と、連日詰問され、引きずり回されるようになることも。
たとえチート能力を持って転生しようが、原作知識があろうが、覆せない現実があるということを。
転生主人公:これ以来、原作主人公と出会うたびに変身前後問わずビクつくようになった。ラスボス含めて自分が吹き飛ばせばいいという思考に至り、堂々と原作主人公と共闘することに。
原作主人公:一途に一人の女性を追いかけ、最終的には原作以上の力を手に入れることになる。しかし、最後までその正体には気づかなかった。
ヒロイン達:転生主人公に対抗して修行し、それぞれが自身の能力を限界まで伸ばすことに成功。