『魔法使いの嫁 × ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 ――魔法使いと魔術師、その隣人たち――』 作:丹波りん
智世は、立方体から取り出した菓子を一つ口に入れた。
甘い味を確かめるように、ゆっくりと噛む。
その隣では、ルツも自分の分を食べていた。
Ⅱ世たちはまだ先ほどの魔法について話している。
その様子をぼんやりとを眺めていた智世の左手で、不意に指輪が震えた。
「……?」
智世が手を止める。
左手の薬指に嵌められた水晶の指輪が、淡く光っていた。
ルツが顔を上げる。
「チセ」
「うん」
指輪の光が、もう一度揺れる。
そして、その奥から声が聞こえた。
『……チセ?』
「エリアス」
聞き慣れた声だった。
智世の表情が、少しだけ緩む。
『繋がったね』
エリアスの声には、わずかな安堵があった。
『ちゃんと無事なんだね?』
「うん。私もルツも大丈夫」
『そう。よかった』
短い言葉だった。
けれど、それだけでエリアスがどれだけ心配していたのかは分かった。
『ごめんね、チセ。もう少し早く繋げられればよかったんだけど』
「ううん。連絡してくれてありがとう」
智世は小さく笑った。
「でも、エリアスが探してくれてるって分かって安心したよ」
『うん。君たちが急にいなくなったままなのは、やっぱり心配だからね』
その会話を聞いていたⅡ世が、指輪へ視線を向ける。
やがて、静かに口を開いた。
「……君がエリアスか」
指輪の向こうで、少しだけ間があった。
『……君は?』
「私はウェイバー・ベルベット」
一度言葉を切る。
「ロード・エルメロイⅡ世と呼ばれている」
『ウェイバー……』
エリアスが、その名前を繰り返した。
『ロード・エルメロイⅡ世。そういう名前なんだね』
「ああ」
『チセのそばにいる魔術師なんだね』
エリアスの声は穏やかだった。
けれど、知らない相手を前にしていることもあってか、少しだけ慎重だった。
『チセとルツのことを見ていてくれて、ありがとう』
「礼を言われるほどのことではない。こちらも、彼女たちを元へ戻す方法を探しているだけだ」
『それでも、助かるよ』
エリアスは素直に言った。
『チセが困っているときに、そばにいてくれるなら、それはありがたいことだから』
Ⅱ世は一瞬だけ黙った。
「……そうか」
その一方で、フラットは指輪をじっと見ていた。
声がどこから届いているのか。
どうやってこちら側と向こう側を繋いでいるのか。
いくつもの疑問が浮かんでいるらしい。
「フラット」
ライネスが声を掛けた。
「……はい?」
「今は自重したまえ」
「まだ何もしてませんよ」
「君の顔を見れば分かるさ」
「……分かりました」
フラットは素直に答えた。
それでも、指輪から視線は離れない。
エリアスも、そんな気配に気づいたようだった。
『そっちにも、気になる人がいるみたいだね』
「申し訳ない」
Ⅱ世が答える。
『いいよ。ボクも、知らないものを見ると気になるから』
その言葉に、フラットが少しだけ目を見開いた。
しばらくして、エリアスが話を続ける。
『それで、チセ』
「うん」
『学院から、彼らと話をしたいって言われてるんだ』
「学院から?」
『うん』
智世が顔を上げる。
『今回のことがあったでしょう』
『ボクが猟犬たちと交渉する対価の準備に、学院にも手を借りたんだ』
エリアスは少しだけ言葉を探すように間を置いた。
「学院からも……?」
『そう。今回、君たちを探すために必要だったんだ』
Ⅱ世の目が細くなる。
裏道の猟犬。
対価。
学院。
それぞれの関係が、少しずつ繋がっていく。
『君たちに学院から要望がある』
エリアスの声が、指輪の向こうから静かに響いた。
『今回の件で学院側も君たちに興味を抱いたらしく、話を聞かせて欲しいそうだ』
『滞在の間は学院が宿泊施設や費用を用意する。強制ではないが、是非話を伺いたいという事だ』
Ⅱ世は黙って聞いている。
『ボクとしても今回は世話になったから断りづらくてね、君たちさえ良ければだが……』
Ⅱ世は一度、目を伏せた。
「……なるほど」
Ⅱ世は一度、目を伏せた。
学院からの申し出は明快だった。
今回の件をきっかけに、こちらへ興味を持ったため、
直接話を聞きたいということらしい。
そして、エリアス自身も今回の件で学院に世話になっている。
以前からの契約もある以上、簡単に断るわけにはいかないのだろう。
Ⅱ世は指輪へ視線を戻した。
「道中の安全は?裏道とやらは現在どうなっている」
『裏道の異変については現在も調査中だが、今のところ安定はしている。
規則を破りさえしない限り、番犬どもも敵対することはないだろう。対価も既に渡してある』
智世の表情が、わずかに緩んだ。
異変の原因はまだ分かっていない。だが、現在の裏道は安定しており、
規則を守れば通行できる。猟犬へ渡す対価も、すでに用意されている。
『移動の際はボクも同行する。君たちが帰還する際も安全は保障すると誓うよ』
Ⅱ世は短く頷いた。
『日程についても、そちらに合わせるとの事だ。
判断がついたら、智世に伝えてくれればボクの元へ連絡が届くはずだ』
「分かった。こちらで予定を確認したうえで、改めて返答しよう」
『うん。それでいいよ』
指輪の向こうから返ってきた声は、落ち着いていた。
『それじゃあ、また連絡するよ』
「ああ」
『チセも、無理しないでね』
「うん。エリアスも」
指輪の光が、ゆっくりと弱くなっていく。
やがて水晶は元の透明な色へ戻り、部屋に静けさが戻った。
智世は左手を胸元へ寄せた。
Ⅱ世は、しばらくその指輪を見つめていた。
「……学院、か」
思わず漏れた言葉に、ライネスが反応する。
「兄上」
「なんだ」
「興味があるんだろう?」
「……否定はしない」
Ⅱ世は素直に答えた。
フラットも、指輪の消えた場所を見ながら口を開く。
「僕も興味があります」
その声音には、先ほどまでの軽さよりも、純粋な知的好奇心が滲んでいた。
「今まで智世さんから聞いた話だけでも、かなり気になります」
グレイも静かに頷く。
「拙も、ご一緒します」
「私も構わないとも」
ライネスが続けた。
Ⅱ世は三人を見る。
学院へ行くことに反対する者はいないらしい。
あとは予定を確認し、それぞれの都合を合わせればいい。
実際に訪れれば、学院がどのような場所なのかも自分の目で確かめられるだろう。
Ⅱ世は、もう一度だけ指輪へ目を向けた。
学院への訪問。
裏道の異変。
そして、今回の出来事を通じて繋がった、エリアスの声。
Ⅱ世は、これから先のことを静かに考えていた。