新入生歓迎ミニライブが終わってから、わたしは生徒会の仕事と、それから学園外での仕事や営業に明け暮れる日々。レッスンをする時間が無いような1週間を過ごしてなお、体の調子に変化は見られない。鈍ったりしないあたり、わたしも星南の妹なのだと思わされる。
強いて言うのなら。
「十王陽さん、あなたにお話があります」
「……そうですか」
「俺はプロデューサー科の……という者で……」
「わたしは何も無いので」
「あなたが十王陽さんですね、俺は……」
「聞いてないです」
「十王陽さん、私にプロデュースをさせてください」
「興味ありません」
といった具合に、プロデューサー科の人間に声を掛けられる機会が格段に増えた。中等部の頃は、そもそも中等部の不安定な原石を扱うこと自体が避けられていたために回数が少なかったのだが、こうなってしまえば比較のしようがない。
別に、興味があるか無いかで言ったら、お姉ちゃんじゃなきゃどうでもいい。だけど、星南によるプロデュースを受けたところで、わたしがそれ以上のアイドルになれるかの保証なんてどこにも無い。
だったら、とことんまで未知数と共に歩くのも悪くないのではないか、そう思ってしまって。
星南のようなアイドルになりたい。お姉ちゃんがずっと眩しく思ってくれるような、そんなアイドルに。プロデュースしてなんて頼んでない。お姉ちゃんがずっと傍にいてくれればわたしは何も要らないのに、星南はそうやって、勝手に走って行ってしまう。
「十王陽さん」
その時、わたしの目の前に1人の女性が立ちはだかる。わたしの進路を塞ぐように、それでも逃げ道は潰さないように。
真っ直ぐな瞳が"わたし"を見ている。
「私はプロデューサー科の
「……どうぞ」
「お姉さん、越えたくありませんか?」
カチリ。何かがハマったような音がした。
今までわたしに声を掛けて来た人たちは、みんな口々に「お姉さんのようなアイドルに」と言っていた。でも、それはわたしの望むことじゃない。しかしこの人は。
「……どうして、そう思うんですか」
「先日のミニライブ、素晴らしいパフォーマンスでした。ですが……私にはちょっと、窮屈そうに見えたといいますか」
「……」
「家族が素晴らしい功績を持っていると、自信がなくなってしまいますよね。じゃあ、それを跳ね除けてしまえばいい」
「わたしに……わたしが、星南を越えられると、本当に思っているんですか、あなたは」
「はい。あなたは十王星南さんに負けないくらい、いいえ、越えていくアイドルです」
ああ。探していたのはこれだ。
わたしの劣等感を、それだけで終わらせようとしない人。甘やかすだけの星南には出来ないこと。わたしと、同じ景色から走り出そうとしてくれる人を、ずっと待っていた。
「如月さん」
「はい?」
「わたしのこと、どのくらい知ってますか」
「えっと……中等部の実績と、それからお姉さんとの関係性を。ご家族に関してはこの学園で知らないことは難しいですし……ちゃんと全部合法ですよ、あさり先生に確認していただいても……」
「あぁいえ、そこまでは。酔狂な人もいたものだと、思ってしまったので」
「そうですか?」
「だって、十王星南の妹ですよ、わたし」
「はい、そうですね」
「……"星南のようなアイドルになれる"、そう思ったから、声を掛けてくれたんでしょ」
「違います。"十王星南さんを凌ぐアイドル"だから、声を掛けたんです」
「……うん、それが聞けて確信した。あなたはわたしと一緒に走ってくれる人」
わたしは如月さんの手を取った。
「よろしくお願いします、プロデューサー」
「……では、早速ですがミーティングを始めましょう。何から出して行きますか?」
「あなたのこと、名前で呼んでもいい?わたしのことも名前で呼んで」
「分かりました、陽さん」
「……堅いね」
「えぇ……まぁ、話しているうちに慣らします。他に先に擦り合わせておきたいことは?」
「学園として受けている仕事や営業、これらが落ち着くまではのんちゃんには他を受けて欲しくないかな。あと数件だから、1週間程度待ってもらえると」
「待ってください、その"のんちゃん"ってわたしのことですか?」
「うん、望だから、のんちゃん。だめ?」
「陽さん、……陽ちゃんって、猫みたいですね」
「良く言われる」
その理由は聞かないであげる。
「じゃあ……まずは、陽ちゃんはどんなアイドルに成りたいですか?」
「星南のようなアイドルになりたい。お姉ちゃんがずっと見ていてくれるような、そんなアイドル」
「……つまり、お姉さんと同じ場所に辿り着くのが1歩目と?」
「うん。お姉ちゃん、アイドル好きだから。目移りしないように輝き続けたい」
わたしを置いて、ステージから降りようとしたくらいの人だから。隣に並んだだけではきっと同じことの繰り返しだ。
「……もうしばらく黙っていようと思ったんですけど。陽ちゃん、私から見ても才能は確かなんです」
「才能"は"?」
「なんというか……実力も相まって、才能で殴っている感じがします。もちろんとっても素敵ですよ、なんですけど……」
「要領を得ない、もっと分かりやすく」
「う"あ"ぁ"……怒らないでくださいね。陽ちゃん、心のどこかで、お姉さんを越えてしまう日が来ること、恐れていませんか?」
なに、それ。
何を言われたのか一瞬分からなくて、わたしは固まってしまった。才能で殴ると言われても、恐れていると言われても。わたしにそれがあるなんて思ったこと、ないよ。ただわたしは、星南以外に負けていられないだけで。
「陽ちゃんのステージ、独善的というか、まるで王様みたいな威圧感がありました。それくらい圧倒されるような強いパフォーマンスだったんですけど……まだ底が見えて来ないんです」
「……底?」
「普通、発展途上にあるものって改善点が見えてくるものでしょう?陽ちゃんにはそれが無いんです。私があのライブで見た限り、陽ちゃんが真っ先に取り掛かるべきと言えるような明確な弱点が、少なくとも今は無い」
「……」
「あの十王星南さんにも見えている、いわゆる限界点。陽ちゃんのそれは、きっとすごく遠いところにあるんです。それこそ、星南さんを軽々しく越えてしまえるような場所に」
「……待ってよ、そんなわけないじゃん」
わたしは昔から、星南には何も勝てなかった。2歳差がそこまで響くのかと、心を折ってしまいそうになるくらいに。
一番星のお姉ちゃんには届かない。わたしはその後ろで、"妹"と呼ばれるだけ。
「陽ちゃん、あなたは自分を過小評価し過ぎなんです。自分の強さを認めてしまえば、本気を出してしまえば、星南さんを傷つけてしまうのではないかと、そう思っているから」
「……わたしは」
「はい。それじゃあ、陽ちゃんの才能で星南さんの目を潰していきましょう。他を見ている隙が生まれないように」
「……え。この流れで?自信持たせようとかじゃないんだ」
「だって、陽ちゃんは星南さんを超えるアイドルになりたいのであって、お姉さんを超えたいわけではないのでしょう?」
そう、なのかな。
わたしは、どんなアイドルになりたいのだろう。星南と同じ場所に立った後のわたしは、一体どこまで行けるのか。本当は、もうとっくに届いていたら。
「では、こう考えるのはどうですか。あなたはこれから、この学園のトップアイドルになる。"一番星"の名を手に入れる。これなら?」
「ひどく簡潔な答えだけど……言葉で言うほど簡単じゃないよ」
「簡単ですよ。あなたはただ、今まで通りに星南さんだけを追いかけて行けばいい。ただ無遠慮に追い越してしまうまで」
「……のんちゃんって、大人しいくせに大胆」
「陽ちゃんに言われたくないですねぇ」
なるほどね、彼女がわたしに声を掛けた理由が分かった。こう在りたいというアイドル像が無いわたしはその代わりに、他の誰よりも明確な目標がある。それを成すにはわたしの意識を変えるだけで済むほどの、確かな才能と一緒に。
「プロデュースの方向性は追々決めていきましょうね。とりあえず、そのうちレッスンを見せてもらいます」
「うん、それは全然大丈夫だよ。それでこの後なんだけど、時間ある?」
「はい、もちろん」
「生徒会室に行こう。お姉ちゃんに、のんちゃんのこと紹介する」
「……私、刺されたりしませんよね?」
「さぁね。返答次第でしょ」
「ちょ、止めてくださいよ!?あなたのお姉さん、シスコンだって有名なんですから!」
「大丈夫だよ、わたしに甘いから」
「……というわけで、この人のプロデュースを受けることになったから」
「初めまして、プロデューサー科1年の如月望です。今回、十王陽さんのプロデュースをさせていただくことになりました」
「……」
生徒会室にのんちゃんを連れて、たまたまそこにいた姫崎さんと燕にも紹介をする。他の1年生は相変わらず自由半分といったところのようで、今日も全員が揃うことはなさそう。それに関してわたしは人のことを言えないので、出来ればそのまま自由であって欲しい。
突然の発言に、お姉ちゃんはこちらを見たまま固まっている。それもそうか、私以外を頼るなとか言っていたくらいだし。
「……うちの子を頼んだからな」
「はい……?」
「燕の方がよっぽどお姉ちゃんみたい」
「陽っ!?」
「うるさ」
「会長、陽ちゃんの判断ですから……」
「私のことを置いていくのね、陽……!」
「いや知らないし」
大袈裟なまでに崩れ落ちるお姉ちゃん。これが一番星とは聞いて呆れるね。
「えっと……十王さん、大丈夫ですか……?」
「大丈夫、気にしないで。お姉ちゃんは少し、いやかなり凹んでるだけだから」
「大丈夫じゃないですよねぇ!?」
「大丈夫。のんちゃん、この後は?」
「生徒会のお仕事とか、何か急ぎはありますか?」
「……無いね」
「その間は一体」
「いや。レッスン行きたくないなと」
「駄目ですよ、見せてもらわなくてはいけませんから」
「のんちゃんも居てくれる?」
「ええ、追い出されない限りは。許可取って来ますね」
「うん、ありがと。着替えてくるから、レッスン室の廊下で待ってる」
「はい」
ついぞお姉ちゃんは一言も発しなかった。もういっそのことそのまま膝でも着いてて欲しい、うるさいから。
「待って陽、」
「なに?」
「……1つだけ。私のことは、もういいの?」
「……うん。だってわたし、星南の先に行くもん。そこにはお姉ちゃんと一緒じゃ行けない」
「そう……分かった」
それ以上お姉ちゃんは何も言わなかった。代わりに同じ色の瞳が強くこちらを見ている。妹に向ける目じゃない。あれは、わたしというアイドルに向ける、明確な敵意。
「……は。そんな顔、出来たんだ」
初めてだ。
15年間お姉ちゃんの妹として生きてきて、初めてその顔を見た。
わたしは星南のライバルであるつもりだった。でも、本当にそう名乗れるのはここかららしい。
「負けないよ、誰にも。お姉ちゃんに褒めて貰うんだから」
「……ええ、もちろん。私に勝てたらのことだけれどね」
のんちゃんを連れ立って生徒会室を出た。ほんの少し感じた、燕と姫崎さんの闘志。わたしの眼中に無かった2人が、十王星南へと食ってかかろうとするわたしの前に出てくることだろう。それは2人に限らず、他のアイドルたちもそう。
「のんちゃんはさ」
「はい?」
「わたしのライブを観て、どうしてプロデュースしたいと思ったの?」
「あー……えっと、笑いません?」
「笑わないけど……」
「一目惚れです。さっきも言いましたけど、良くも悪くも陽ちゃんのパフォーマンスは王様みたいなんです。まるで、この人に着いて行かなきゃ、そう思わされました」
「……」
「次の一番星があなたなんだと理解したら、それを最前で見たくなったんです。プロデューサー以前に、ファンになったとも言えるかもしれません」
「……そっか。のんちゃんは、わたしのことを見てくれていたんだね」
何となく分かってはいたけれど。プロデュースの話を持ち掛けられた時にも彼女は言っていた。他のプロデューサー科の人たちはわたしに星南を重ねているけれど、のんちゃんだけはわたしを見てくれている。それがとても嬉しくて、同時に、わたしが星南に見ていて欲しい理由でもあるのだと知らされた。