「陽ちゃん、お願いがあるんだけどいいかな?」
「いいよ、姫崎さんの方が忙しそうだし」
「ありがとう。それでね、……」
と、いうのが30分前。
姫崎さんがわざわざ前置いてまでわたしにしたお願いというのは、サボり魔を探してきて欲しいとのことだった。曰く、今日までに片付けたい仕事があるから、今日だけは生徒会に顔を出して欲しいと。
それを花海さん(妹の方)や倉本さんに頼まなかった理由は至って単純。ミイラ取りがミイラになるからである。しかし姫崎さんも詰めが甘い。わたしを甘く見すぎである。
「いいんですか?ミイラ取りさん」
「君がやる予定だった仕事、半分はわたしがさっき終わらせてるからね」
「あら……ふふ、それはどうしてでしょう」
「さぁ。今日はそういう気分だったってだけ」
現在わたしは、ミイラ取りのターゲットである秦谷さんと共に外のベンチで日向ぼっこ中である。すごく眠い。
「聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「どうして会長のプロデュースを断ったのでしょう。デメリットなんて、無いと思われましたが」
「わたしと一緒に走れるのは星南じゃなかった。それだけだよ」
「……では、わたしとなら」
「走れるの?」
「ふふ。陽ちゃんの進む先なら、見てみたいと思うんです」
秦谷さんの隣は過ごしやすい。過度な干渉もなければ、かと言って無言でもない。どことなくわたしと性格の似ている人だから、わたしも変に肩肘張らずに済む。良くも悪くも、彼女は以前からわたしのことを"十王"陽とは呼ばないから。
「あ!見つけました!」
「……のんちゃん?」
「探しましたよ、陽ちゃん。秦谷さんも」
「まぁ。わたしもですか?」
「雨夜さんから、2人がいるならここだろうって。早く戻ってこいとのことです」
「……バレてた」
「副会長はいじわるですね」
「わたしも副会長だよ、秦谷さん」
「陽ちゃんは共犯でしょう?」
「……うん、そうだね。行こう」
わたしたちの元に走って来たのはのんちゃん。
姫崎さんなら戻った後に困ったような顔で笑うだけなのに、燕にはバレてしまう。当然だろう、妹可愛さに盲目なお姉ちゃんとは違うのだ。というか、どうしてそれをのんちゃんが。
「ところで、どうしてのんちゃんが?」
「あなたに用事があって生徒会室に行ったらいなかったので、ついでに。いいですか?」
「レッスンなら行かないよ、面倒」
「それはそれで問題ですけどね……」
「で?」
「お仕事の件です。生徒会として受けたものがひと段落したと聞いたので持ってきました」
逃げれば良かったな、面倒なことは嫌いである。
「陽ちゃん、自分が思ってるより顔に出やすいんですからね」
「……」
「それで、お仕事の内容なんですが。雑誌に掲載される、事務所に所属して間もない新人アイドルとの顔合わせインタビューになります」
「……嫌だ、行きたくない」
「そうは言われましてもね……お相手からは陽ちゃんご指名なんです。断ればあなただけでなく、学園や100プロのイメージダウンに繋がり兼ねないんですよ」
「その話が来た時、のんちゃんはどう思ったの。それ次第」
「……正直、インタビューで起きることは想定出来てしまいましたね。本当は行かせたくありませんし、もちろん私も着いていきますけど、……無理はしないでください」
「分かった、それが言える君に免じて受けるよ」
外部の新人アイドルとのインタビュー。向こう側の思惑的には、わたしを下げて自社のアイドルに自信を持たせるといったところだろうか。生憎だが出版社はわたしの顔見知りだし、そもそも文字通り場数が違うのだ。こっちはアイドル養成の盛んな学園のトップ候補だぞ。
「舐められたものだね、わたしも」
「高等部に進学してから、まだあまり実績がありませんから。初星学園の教育は素晴らしいものですが、芸能事務所からすれば遊びと同義に取られてしまうのも仕方ないですよ」
「あの、陽ちゃん。それ、わたしも受けたいです」
「インタビュー?」
「はい。何も、陽ちゃんだけを呼んでいるわけじゃないのでしょう?それなら、"初星学園の一番星候補"が2人、インタビューに答えるのも悪くないのでは」
「……のんちゃん、新人アイドルの情報は?」
「9人組ユニットですね。ポップで可愛らしい、今どきらしいテーマに売り出されているようです」
「……土俵違うのにわたしを指名したの?」
「さすがにそこまでは。もしかすれば、初星のアイドルに強い人でもいるのかもしれませんよ。陽ちゃんのファンだという方とか」
「ファンと仕事なんて出来ないんだけど」
「それで、陽ちゃんのプロデューサーさんはどう思われますか?」
「先方に確認してみますね!ところで、秦谷さんはどうしてその気に?」
「わたしの知らない陽ちゃんがいるのが嫌なだけですよ」
「……」
「ふふ。陽ちゃん、戻りましょう」
「え?うん、分かった」
途端に黙り込んでしまったのんちゃんを連れて、あるいは連れられて、わたしたちは生徒会室に戻る。待っていたのは姫崎さんだけで燕はいない。
「姫崎さん、燕は?」
「燕ちゃんは校内の見回りに。おかえりなさい、2人とも」
やはり姫崎さんはサボり魔2人に何も言うことなく、すぐさま書類に向き直った。今日までに片付けたいと言うものの、期日は来週だし、そもそもお姉ちゃんと燕が片付けなくてはならない範囲のもの。2人が初星学園のアイドルとしての仕事や、学園主催のイベントなどの対応に追われていることは事実だが、そういうのこそわたしにやらせればいいのになとも思う。
「陽ちゃんのプロデューサーさんも、すみません。ありがとうございました」
「いえいえ、私は私で陽ちゃんに用事がありましたから。それより、その書類って私が見て大丈夫なやつですか?終わるまで外で……」
「いいよ、ここに居て。勝手にどっか行ったら次のレッスン行かないから」
「なんですか、その脅し」
「……のんちゃんが星南に余計なことを吹き込まれないように、出来れば一緒にいて欲しい。それじゃだめ?」
「……あなた、顔が良いこと自覚してます?」
「わざと」
「はぁ……」
わたしのパフォーマンスに一目惚れをしたというような人がわたしの顔が嫌いなわけもなく。
「……陽ちゃんは、ずいぶんとプロデューサーさんがお好きなんですね」
「そう?でも、彼女は優秀だよ。このまま100プロに就職させたいくらい」
「えっ」
「嫌なの?」
「いやぁ……何度でも言いますけど、私はあなたのお姉さんに刺されたくないんですよ」
「……のんちゃんは、そう思う?」
「自覚があるんでしょう?」
お姉ちゃんに関して。少し前から、不思議だなと思っていることがあった。ただの妹に向けるにしては重い愛情、それをシスコンだと捉えていたけれど、あれは違う。
「お姉ちゃんはきっと、わたしを愛しているんだろうね」
妹じゃなく、1人の恋愛対象として。
その結論に辿り着いた時、わたしはなんて残酷なことをしてきたのだろうと思った。
わたしは十王星南というアイドルに憧れて、彼女のように成りたくて、彼女を超えるようなアイドルを目指している。
わたしは十王星南というお姉ちゃんの妹として生まれ、綺麗でかっこいい彼女を誇りに思っていた。それだけだ。お姉ちゃんは大好きだけど、わたしのことをライバルとして見ようとしなかった星南は大嫌いだった。
「……さて、どうしようか。好意を寄せられること自体は慣れているけれど……実の姉のそれを受け流す方法は、生憎知らないんだよね」
「まぁ。残酷なことを選ぶのですね」
「そりゃあね。今は恋愛とかしている暇ないし、そもそもお姉ちゃんがそうじゃない時は基本的に嫌い」
わたしがお姉ちゃんをそう呼び慕うのは、わたしが生まれたその瞬間から、彼女が姉と呼ばれる存在だからであり。
「……わたしのお姉ちゃんという枠を出るのなら、それはただの星南でしょ。そうなったらもう、わたしはお姉ちゃんと呼べない。それだけ」
「達観しているというか……陽ちゃんのそういう、やけにリアリストなところ、素敵なんですけれど…」
「可愛げはありませんよね」
「……秦谷さん、わたしでも傷つくことくらいあるよ?」
どうしてそう直球ストレートを投げに来るのか。
「陽ちゃん、モテるもんね。この間も声を掛けられてたよね?」
「見てたんだ」
「すごく声の通りがいい子がいるなぁって思って」
「陽ちゃん、本当ですか?」
「本当だけど……どうしてそんな目で見るの、秦谷さん」
本当かも何も。
「あれ、わたしに声掛けてたとは限らないじゃん。姫崎さんも見てたなら分かるでしょ」
「……どうだったんですか?」
「会長のことを聞けば、陽ちゃんが足を止めてくれるからだよ。ついでに陽ちゃんのことを聞き出せるかもしれないから」
「……?」
そんな回りくどいことをしないで、単刀直入に聞いてくれればいいのに。
「陽ちゃん、美鈴ちゃん、手伝ってくれてありがとうね」
「姫崎さんは優し過ぎ。本来なら秦谷さんの仕事でしょ」
「まぁ。陽ちゃんだって、事前に進めてから探しに来てくれたのでしょう?」
「それ残ったらわたしの仕事になるからだよ」
でもなければ手伝ったりしない、頼まれてもいないし。
「あぁそうだ。のんちゃん、今晩の予定は埋まってる?」
「へ。いや、何も無いです。強いて言うならあなたのトレーニングプランでも考えていようかと思っていたところで」
「それじゃあちょうどいいね。レストラン予約してあるんだけど」
「……それ、私が行っても大丈夫なところです?」
「お父様が来れなくなったから、1人分空いてるの。だめ?」
「味占めるのやめてください!!」
バレちゃった。
「でも事実だよ。お姉ちゃんはいるけど」
「もうそれ三者面談では……」
「来ないの?」
「……陽ちゃんが、私を誘って何をしたいかだけ」
「いや別に、一緒にご飯食べたいだけ」
「行きます!!」
特に理由なんてないよ、当然でしょ。
「……陽ちゃんは本当に、呆れてしまうくらいの人たらしですね」
「そうだねぇ……」
「……?何の話?」
「何でもありませんよ。陽ちゃんのプロデューサーさん、例の件をよろしくお願いしますね」
「はい、お任せを。詳細は追ってご連絡します、陽ちゃんに貰っても構いませんか?」
「あぁ……はい、ではそれで。失礼します」
勝手に話を進めまくって、秦谷さんは生徒会を出て行ってしまった。分からない話をするのならせめてわたしに言わないでよ。
「……陽ちゃん、お姉さんからの好意には気づけるんですね」
「だって、お姉ちゃんのことは見てるもん。あんだけ見て見られて、気づきませんはさすがに」
「いや陽ちゃんは結構あるよ」
「え、」
「さっきの、声を掛けられてたって話とか」
「あぁ……」
興味無いことに関心を向けろだなんて、酷なことを言うね。
「その人たちがわたしの視界に入るなら、見てあげるよ」
入るなら、だけれど。
閉まりきった引き戸が、カタンと音を鳴らした。