ハリー・ポッターとマホウトコロ   作:ひらつー

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本編でロンがオレオレ詐欺にあいかけた、と書いたのがなんだか膨らんでしまったので、番外編として書きました。なので、最後は本編を読んでいないと意味が分からないと思います。


番外編・ロナルド・ウィーズリーとオレオレ詐欺

 

◇◇◇

 

 魔法使いの家に、電化製品はほとんど存在しない。魔法の力が強い場所だと、すぐに狂ってしまうからだ。その為、もしも家電の類を――アーサー・ウィーズリーのように魔法を掛けて使う以外の方法で――使用したいなら、それを置く家は、マグル世界の中になければならない。

 

 結婚したウィーズリー夫妻、ロンとハーマイオニーの家は、ロンドンはイズリントンにあるテラスハウスの一棟だ。赤レンガで装飾された、ヴィクトリア様式建築。大邸宅とは呼べないが、大勢の兄弟でもみくちゃにされるようにして育ったロンにしてみれば城も同然だった。(ホグワーツは本当に城だったが、別にアレは自分のものではなかったし)

 

 マグルの街の只中に住むというのは、別にロンにとってはどうでもいいことだった。マグルに対する差別意識はないし、暖炉を煙突飛行ネットワークに登録したので、出勤の利便性も損なわれていない。ただ暖炉から出入りするせいで、周囲に住むマグルの奥様方から「あそこの亭主はずっと家に引きこもっている」と噂された為、ハーマイオニーは機密保持法を盾に、魔法省から許可を取り付けて様々な魔法をこの家に掛けた。結果として、黒塗りのハイヤーが毎朝ロンを迎えに来るという幻覚が、たまたま遊びに来ていたハリーに「やりすぎ」と指摘されるまで目撃され続けたりしたが、まあご愛嬌という奴だ。夫を馬鹿にされたことが、ハーマイオニーから常の冷静な判断力を奪っていたらしい。

 

 そんなわけで、ロンの人生は順風満帆だった。ジョージの店も売り上げは右肩上がりで、その従業員であるロンも新しい悪戯グッズのテストや試作で充実した毎日を送っていた。

 

 ひとつだけ、この家に対する不満があるとすれば、それはこの電話機という奴だ。1階のリビングに置かれている、ボタンがやたらめったら付いたマグルの機械を、ロンは憎らし気に見つめた。

 

 そもそもどうしてマグルの住むような家を新居に選んだのかと言えば、ハーマイオニーの両親がふたりともマグルだからだ。彼らがフクロウ便や煙突飛行を使うには、七面倒な許可を取り付けた上、半年に一度の更新手続きが必要になる。新学期の準備に、一年に一度だけダイアゴン横丁に行くのとはわけが違うのだ。

 

 そういうわけで、家の中にある家電はほとんど見せかけだけだったが、電話だけはグレンジャー家からの着信を受ける為に本物が必要だった。ロンが気にくわないのは、この電話を設置する時のやりとりだ。「ロン、あなたはこれに一切触れる必要はないわ」 と、ハーマイオニーがピシャリと断じたのである。

 

「どうしてさ? 別に僕が触ったからって噛みつきゃしないだろう?」

 

 当時、ロンが不思議に思って言い返すと、ハーマイオニーは頭を振りながら応じた。

 

「もっと面倒なことになるかもしれないから言ってるの」

 

「面倒って? 君の御両親に、僕がなにか告げ口するとか?」

 

「別にパパやママと話すくらいなら構わないんだけど、私が心配してるのは他の人と話す時、あなたがとんちんかんな事を言うんじゃないかってことよ」

 

「他の人? なんで他の人からかかってくるのさ? これ、君の御両親と話すために置いたんだろう?」

 

 ロンの疑問に、ハーマイオニーはこれ見よがしに「これだから……」とため息をついて見せた。この時点で、ロンはカチンときた。

 

「へいへい、いつものようにご説明願えませんかね、ハーマイオニー主席殿?」

 

「そういう物言いは止めて。あのね、この家はマグルの世界に属するものだから、そっち側の手続きの関係上、他のいろんなところにこの番号を登録してあるの。市役所とか、公的な機関が主だけど」

 

「ふむふむ、なるほど?」

 

 分かったふりをして、ロンは先を促した。

 

「だから私の両親以外からも電話がかかってくることがあるかもしれないの。あなたがうっかり事情を知らないマグルに、魔法についてのあれこれを喋っちゃったら大変でしょ?」

 

「僕のことを間抜けか何かだと思ってるだろ。そんなことしないぞ。だいたい、僕は昔、電話を使ったことがあるんだ」

 

 もっとも、それは過去に一回だけ――ダーズリー家に住むハリーに対してかけたもので、しかも成功とは呼び難いものだったが。

 

 自信満々に胸を張るロンを、ハーマイオニーはしばらくじっと見つめた後、ひとつ頷いて見せた。

 

「……オーケー、いいわ。じゃあテストしてみましょうか」

 

「テスト? 嫌な響きだな」

 

 ロンの返事を無視して、ハーマイオニーはくるりと踵を返し、2階に上がっていく。それからほどなくして、リビングの電話がジリリン、とベルの音を鳴らし始めた。

 

 ははん、つまり僕がちゃんと受け答えできるか試すってことか――ロンは妻の企みを鼻で笑った。何度かハーマイオニーが電話を取るのを見ているのだから、楽勝だと思ったのだ。

 

 軽やかに受話器を持ち上げて、ロンは受話口をぎゅっと耳に押し当てた。音が逃げないようにするためだ。さらにこちらが送る声も逃げないように、送話口に唇を押し付ける。

 

「ハロー、ハーマイオニー? どうだい、完璧だろ――」

 

『ウィーズリーさんの御宅ですか!?』

 

 聞こえてきたのはかなり焦っているような男の声だった。ロンはびっくりして受話器を落としかける。折り悪く、本当にマグルから電話がかかってきてしまったのだ!

 

「あ、あの、はい、そうです」

 

『こちらはホロウェイ警察署です! 緊急の電話なのですが、ご主人でよろしかったですね!?』

 

 警察! それについては、以前、ハーマイオニーから説明されていた。マグル世界の治安維持を担っている組織だ。関わると厄介だから、なるべく近寄らないようにとも言われていた。

 

「ハーマイオニー! 電話! ハーマイオニー! ああ、すみません。いま妻に代わって――」

 

『ことは一刻を争うのです! そのまま、どうか正直に答えてください! お宅に冷蔵庫がありますね!?』

 

「へ? 冷蔵庫? そんなもの――」

 

 あるわけないだろ、と答えかけて、ロンは思いとどまった。マグルの家に冷蔵庫がないのはおかしいことらしく、ハーマイオニーが見せかけだけの冷蔵庫(冷蔵庫に見えるが、本当は腐敗除けの呪文をかけた棚)をわざわざ用意したことを思い出したのだ。

 

「あります。もちろん」

 

『どちらで購入されたものですか!?』

 

「え、えーと……知らない」

 

『知らない? ご主人が知らないというのは変ですよね? 何か、普通ではない事情があるのでは!?』

 

「ない! ないです! 普通の家です!」

 

『では、どこで購入されたか答えられますよね?』

 

 冷蔵庫がどこに売っているかなど、もちろんロンは知らなかった。

 

 だが必死に脳みそを酷使して、起死回生のアイディアを思いつく。冷蔵庫がマグルの家に必ずあるものなら、マグルから貰ったものだと言えばいいのだ!

 

「いやあ、実はこれ、妻の実家から譲り受けたものでして」

 

 表情を余裕のそれに切り替えて、ロンは受話器のコードをくるくると指に巻き付けて見せさえした。

 

『なるほど、グレンジャーさんの実家から』

 

「ええ、そうなんです……ところで、なんでそんなことを聞くんです?」

 

『実はそちらの冷蔵庫は、盗品だということが分かりまして』

 

「え?」

 

 予想外の展開に、ロンはコードを弄ぶ手をぴたりと止めた。

 

『なるほど、どうやら貴方の義実家は犯罪に関わっているようですな。すぐに逮捕に向かわなくては』

 

「いや、ちょっ、待って! 待ってください! ハーマイオニー! 助けてくれ!」

 

 どうやら自分が付いた嘘のせいで、とんでもないことになりかけている。ロンはもはやパニック状態だった。

 

 ポケットから杖を取り出すも、どこに居るかも分からない相手に呪いをかけることはできない。どうしようもなくなった彼は、怖くなってガチャン! と受話器を叩きつけると、駆け足で2階に向かった。寝室のドアを蹴破らんばかりの勢いで押し開く。

 

「ハーマイオニー! ゴメン、僕のせいで君の御両親がピンチだ! すぐに助けに――」

 

「どうかされましたかな、ウィーズリーさん?」

 

 ハーマイオニーはベッドに腰かけて、手に持った電話の子機をこれ見よがしに揺らしていた。そして、その声は男性のものに――先ほどまで話していた警察官のものにそっくりだった。

 

 唖然としているロンに勝ち誇った笑みを返すと、ハーマイオニーはベッドの上に置いてあった杖を取り上げ、その先端で自身の喉を軽く押す。あー、と確かめるように声を出すと、彼女本来の声音に戻っていた。

 

「――で、まだこれでも自信がお有り?」

 

◇◇◇

 

「だいたい、やり口が汚すぎるんだよな」

 

 そんな事件も数年前のことだが、たまにふと思い出しては、ロンをやるせない気持ちにさせた。

 

 ロンは現在、自宅のリビングで新作の悪戯グッズのテストを行っていた。変声シロップという商品で、飲むとしばらくの間、声を変えることが出来る。声の高低、男声女声、若い老いてる等、複数種類のシロップを組み合わせることで、どんな声でも作り出せるというのが売り文句だった。知り合いの声を作って楽しむもよし、相手に飲ませて変な声にするもよしだ。

 

 しばらくは楽しくテストしていたのだが、声を変える、というのが、例の苦い記憶を呼び覚ます要因になった。そして時系列は冒頭に戻る――ロンはシロップの小瓶から数滴をコップに移し替えながら、憎々し気に電話機を見つめた。

 

 完全にやりこめられた形で、あれ以降、ロンは電話に触ろうとも思わなかった。だが喉元過ぎればなんとやらで、いまならもっとましな対応が出来る筈だ、と根拠のない自信が芽生えつつあったのだ。

 

「要はさ、知らない相手からの電話は全部切っちまえばいいんだ。家のことは全部妻に任せてる、とかなんとかいってさ」

 

 声を変える悪戯グッズなので、そのテストには当然、声を出す必要がある。ロンは半ば独り言ちるように、ぶつぶつと文句を言いながらテストを進めていった。

 

 声を低く、声を高く、男声を1滴、女声を1滴、喜怒哀楽……シロップを調合しては、変化の度合いを羊皮紙に書き留めていく。面白い声の調合になれば、それは単品で売る予定だった。"悪戯を探求したい奴もいれば、インスタントに楽しみたい奴もいるだろ?"とは店長であるジョージの言だ。

 

「昔からハーマイオニーは陰険なところがあるよなぁ。なんとかやり返して――ん? ああ、これはダメだな」

 

 ロンは机の上に並んだ小瓶から、いままさに試したばかりのものを取り上げた。

 

 それは他人に飲ませて使う時に混ぜる、オプション・シロップだった。直接的に声を変えるわけではない。ただ、服用した本人は、声が変化しているとは認識できなくなるという効果があった。つまり、当人はいつも通りの声で喋っているつもりでも、実際は甲高いキンキン声で喋っている、というようなシチュエーションをつくるためのものだ。

 

 確かにロンは、出鱈目に変化していた自身の声が、いつも通りのものに戻ったように認識していたが、シロップが正しく働いているかは、誰かに聞いてもらう必要がある。単純に効果を打ち消してしまっている可能性があるからだ。

 

 ハーマイオニーが帰ってきたら協力して貰おう、とロンは壁掛け時計を見やる。今日は日曜日だったが、ハーマイオニーは魔法省に出勤して仕事を片付けていた。夕方には帰れるらしいが。

 

 その時だった。あの忌まわしい電話が、ジリリンと鳴り響いたのは。

 

 かつてのトラウマから、ロンはびくりと身体を震わせたが――一瞬後には、むしろその事実に怒りを燃やしながら立ち上がった。肩を怒らせながら、電話機に向かって歩みを進める。

 

(やれるさ。大丈夫。知らない相手だったら切る。知らない相手だったら切る……)

 

 受話器を取り上げて、ロンは努めて落ち着いた声を出した。

 

「ハロー?」

 

『ああ、ハロー。僕だけど』

 

 聞こえてきたのは、親し気な男の声だった。聞き覚えは無い。ロンは思わず誰何を発した。

 

「え、誰?」

 

『いや、だから、僕だよ僕。酷いな、分からない?』

 

 頑なに名前を名乗らない相手に、ロンは首を捻った。だが、どうやら相手は自分の知り合いらしい。義両親ではない。他に、電話をかけてくるような知り合いは――

 

「ああ、ハリー?」

 

『そうそう、ハリーだよ! イェィ!』

 

「なんか声が変じゃないか?」

 

『そう? 電話機の調子が悪いんじゃない?』

 

 あからさまに誤魔化すような言葉だったが、ロンは"まあ、マグルの機械だしな"と納得した。

 

 ――さて、電話を使った特殊詐欺は、2000年頃から盛んになり始めたと言われている。記録では、1995年には既にそういった形の詐欺がイギリスにも存在していたようだ。

 

 賢明な読者諸兄は既にお分かりだろうが、電話の相手はハリーではなく、マグルの詐欺師だった。毎朝黒塗りハイヤーで送り迎えをさせていたという家の存在を聞いて、情報を引き出すための電話をかけてきたのである。

 

 本来、若い男性相手にここまで露骨にはやらないものだが、今はタイミングが悪かった。ロンの声が、シロップの影響で老婆のものになっていたからだ。

 

 一連のやり取りで、相手が騙しやすい年寄りだと踏んだ詐欺師は、さらに通話を続けた。

 

『そういえば、聞いたよ。ハイヤーでの送迎、やめたんだって?』

 

「ハイヤー? ……ああ、あれか。君がやめろっていったんだろ」

 

『そうだよ、聞き入れてくれたんだね』

 

 なるほど、と詐欺師は内心でほくそ笑んだ。相手の経済状況を探るための質問だったのだが、思わぬ収穫だったのだ。この『ハリー』という人物は、電話口に出ている『老婆』に対してかなりの影響力を持つ人物らしい。

 

 詐欺師は声色を使って、本当に困っているんだ、というような哀れっぽい声をだした。

 

「実は今、ちょっと困ったことが起きててさ……助けて欲しいんだ」

 

「助ける? 君を? 僕が?」

 

 瞬きしながら、ロンは繰り返す。

 

 客観的に見ても、ロナルド・ウィーズリーは優秀な魔法使いである。もう辞めてしまったが、闇祓いという職業は、コネや偶然でなれるものではない。

 

 だが現実として、ロンの自己評価は高くない。これは学生時代に両隣を固めていたのが『生き残った男の子』と『末は魔法大臣かと思われる歴代最高の優等生』だったので、コンプレックス形成に繋がってしまったという一面があった。

 

 その相手から助けて欲しいと頼まれたのだ。ロンは嬉しそうに快諾した。

 

「もちのロンさ! お安い御用だよ! で、何をすればいいんだい?」

 

『えーと、実は少しお金を貸して欲しいんだ……』

 

「お金ぇ?」

 

 ロンは少しだけ不審に思った。ハリーは高給取りの闇祓いだ。ジニーももう辞めてしまったが、クィディッチのプロ選手だった。そもそもハリーは、亡くなった両親から唸るほどのガリオン金貨を相続したはずだ。金に困るとは到底思えなかった。

 

 ロンが疑うような声を出すと、詐欺師はさらに畳みかけてくる。

 

『いや、僕だってこんなことは頼みたくないんだ。でも、実は仕事で大きなミスをして……』

 

「嘘つけよ」

 

 ロンがそう言うと、電話先はぴたりと黙った。ロンは続ける。

 

「君が仕事でミスをしたら、生きてるはずないだろ?」

 

『……そうなの?』

 

「そうだろ?」

 

 闇祓いというのは危険な仕事である。扱うのは全てヤバい闇の魔法絡みの事件だ。書類にインクを零した程度ならまだしも、"大きなミス"などしたら死に直結するのである。

 

 一方、事情を知らない詐欺師は、ハリーという人物は爆弾処理でもやっているのか? と疑問に思っていたが、まだ騙せる余地はあると辛抱強く会話を続けた。

 

『ああ、うん。そうかもね……そう、仕事っていうのは嘘だよ。本当は、交通事故を起こしちゃって……』

 

「箒で誰か轢いたの?」

 

『箒? いや、そうじゃなくて――』

 

「君は車持ってないもんなぁ。パパのフォード・アングリアは未だに森から帰ってこないし」

 

『なんで?』

 

「さあ? 居心地いいんじゃないか?」

 

 このババア、ボケてるんじゃないか、と詐欺師は胸中で罵ったが、逆にボケているなら騙しやすいということでもある。

 

 だがロンは別にボケていなかったので、流石にハリーの言動がおかしいことに気付き始めていた。

 

「なあ、ハリー。今日の君は、ちょっとおかしいぜ?」

 

『えーと、そうかな……いつも通りだと思うけど』

 

「いや、絶対におかしい。そもそも君ん家の方が僕より何倍も金持ちだし」

 

『マジで? ちょっとハリー――僕の家の電話番号教えてくれる?』

 

「いや、君の家に電話はないだろ? ……うん? そうだよ。君、どこから電話かけてるんだい?」

 

『え、いや、公衆電話からだよ』

 

「ふーん?」

 

 ロンはそれ以上、追及をしなかった。公衆電話の存在自体は知っている(何しろ魔法省への入り口のひとつがそれに擬態しているので)が、普段使いするようなものではないということまでは知らなかったのだ。

 

「まあいいや。で、君がお金を必要としてる理由だけど、僕にはお見通しだぞ」

 

「……」

 

「こっそり買いたいものがあるんだろ? 小遣いじゃ買えないようなさ」

 

『そう! そうなんだよ! ごめん、どうしても言いにくくて』

 

 願ったり叶ったりの展開に、詐欺師の声音に心からの喜色が混じる。

 

 だが、すぐにそれもしぼむことになった。

 

「当てて見せようか、君が欲しいのはずばり……新発売の箒だろ?」

 

『そ――え、箒?』

 

「ファイアボルトのバージョンアップが出たもんなぁ。とはいえ、確かに趣味で買うにはちょっとだよな。まあ、良いぜ。半額だすから、僕と君との共有財産ってことにしよう」

 

『ま、待て! ちょっと待って!』

 

 勝手に話をまとめられそうになって、詐欺師は焦った。箒? 箒なんかどんなに高くても10ポンド(2000円弱)もしない。半額の5ポンドを貰ったところで、エールを2パイントも飲めばすっからかんだ。

 

 しょうがない、強引に行こう、と詐欺師は腹をくくった。相手は老婆とはいえ、女性である。女性相手なら、かなりの確率で金を出してくれる魔法の言葉があるのだ。

 

『分かった、白状するよ――実は、妊娠させちゃいけない相手を妊娠させちゃったんだ』

 

 女性を妊娠させてしまった、というのは非常にデリケートな問題だ。当時、詐欺にこの手のパターンが多かったのは、親しい相手の生々しい部分に踏み込むのを躊躇し、あまり突っ込んだ事情を聞いてくる相手は少ないということもあった。

 

 だが、これが詐欺師の最大の過ちだった。

 

「……は? 君、なんて言った?」

 

 ロンの声が、1オクターブ低くなる。

 

 電話先の雰囲気が変わったことは詐欺師も察していたが、むしろ事の重大さを認識してくれたと勘違いした。そのまま話を進める。

 

『他人を妊娠させちゃったんだよ。取引先の娘さんでね。本気じゃなかったんだよ。で、慰謝料が――』

 

「ふざけるなよ!」

 

 ロンはぶちぎれた。もしもハーマイオニーが家の壁に防音呪文を掛けておいてくれなかったら、3軒隣にまでその怒声は響き渡っていただろう。

 

「君、ジニーを一生大切にするって言ったよな!? どういうことだよ、おい!」

 

『お、落ち着いてよ、お義母さん』

 

「誰がお義母さんだよ!」

 

 てっきりジニーとやらの母親だと思ったのだが、違ったらしい。選択肢を間違ったと理解して、詐欺師は電話を切ろうとした。

 

 だが、ロンは冷静ではなかった。相手が電話を切ろうとしている気配を察すると、ポケットから引き抜いた杖を送話口に突き付けて、叫ぶ。

 

「逃がすかっ! ナメクジ喰らえ!」

 

◇◇◇

 

「――で、君はこんな気色悪い呪いを僕に掛けようとしたわけ?」

 

 床に倒れ伏した詐欺師を見下ろしながら、ハリーが憮然とした表情で呟く。

 

 あれから数時間後。例の詐欺師の拠点に、ハリーとジニー、ハーマイオニーとロン、そしてアーサー・ウィーズリーが踏み込んでいた。

 

 現場は壮絶な有様だ。ロンに電話を掛けていた詐欺師の他、どうやらその仲間らしい男達数名が倒れていた。全員気絶している――耳から大量のナメクジを垂れ流しながら。

 

 どうやら怒り狂ったロンの呪いが、電話線を伝って詐欺師の元にまで届き、受話口から飛び出して部屋中を跳ね回ったらしい。そんなことが出来るとはロンも知らなかったが、出来てしまったのだから仕方ない。そもそも、マグルの道具に魔法を掛けて使うと、かつての『透明ブースター』のように、どんな不具合が出るか分かったものではないのだ。

 

 ハリーの責めるような視線から目をそらして、ロンはバツが悪そうにつぶやいた。

 

「浮気した君に、だよ」

 

 電話越しに呪いを放った直後、ロンは「辛いけど、ジニーに伝えてやらなきゃ」と暖炉に火を入れ、ポッター夫妻の家へ煙突飛行を行った。ところが今日は珍しく、ハリーが家にいたのだ。

 

 そこでもひと悶着あったが、最終的には「ハリーは今日、ずっと一緒にいたけど」というジニーの一声で解決した。そうしてロンから詳しく話を聞くことで、詐欺師の存在が浮上したのである。

 

 詐欺師とはいえ、みだりにマグルに魔法で危害を加えることは『マグル保護法』に違反する可能性がある。ロンは「電話越しだし、大丈夫だろ」という態度だったが、大丈夫でなかった場合が問題なのだ。そこでハリーは、身内であるハーマイオニーとアーサーに連絡を取り付け、各自のコネや権限を最大限私的利用し、ことが発覚する前に詐欺師のアジトを突き止めたのである。

 

 全員総がかりで魔法の痕跡を消しながら、ハリーはなおもロンを恨めし気に見つめて声をあげた。今日は珍しく休みで、一日中ジニーと一緒にいられる筈だったのに、こうしてナメクジを掃除するはめになっている。多少、文句を言ってもバチは当たらない筈だ。

 

「つまり君の中で、僕は浮気して、しかもその後始末を君に頼るような人間なんだね」

 

「いや、変だとは思ったんだよ?」

 

 仕事を放りだす羽目になったハーマイオニーも、ぷんぷんと怒りながらロンを睨んだ。

 

「そもそも、電話には触らないって約束だったわよね?」

 

「違うんだよ。知らない奴が相手だったら、ちゃんと切ろうと思ってたんだ」

 

「でもさ、ロン。君は暖炉から出てきて、僕に――」

 

「だけどねロン。あなたっていう人は学生の時から――」

 

 そうしてハリーとハーマイオニーに挟まれるようにして詰められるロンは、かなり旗色が悪かった。

 

「まあまあ、そのくらいで許してあげてよ、二人とも」

 

 たじたじになったロンの窮地を救ってくれたのは、苦笑を浮かべたジニーだった。空回りだったとはいえ、自分の為に怒りを燃やしてくれた兄に感じるものがあったらしい。

 

「ロンだって悪気があったわけじゃないんだし。ねえ、パパ?」

 

「はあ……まあ、大事になる前に何とかできたのは不幸中の幸いだったが」

 

 アーサーが最近、さらに薄くなった頭を掻きながら嘆息する。マグル保護法の成立に尽力したアーサーの息子がその法律を破ってしまったら、かなりの醜聞になっただろう。ヴォルデモート亡き後、大人しくなっていたマグルに対する過激派が息を吹き返しかねなかった。

 

「相手が詐欺師だとは言え、これはやり過ぎだ。ロン、今後は気をつけておくれよ」

 

「分かった。分かったよ。僕が悪うございました。もう電話越しに呪いを掛けたりしないし、電話も取らないよ」

 

 本当にごめんな、と、ロンは友人と妻に向かって頭を下げる。この素直さは、彼が学生の頃から成長した明確な証だった。

 

 しょんぼりしているロンを見て、ハリーは笑った。忘却術でマグルの詐欺師連中の記憶を修正しながら、許容の言葉を掛ける。

 

「まったく、仕方ないな。それじゃあ今日は、せっかくだしみんなで食事でもどうかな? もちロン、ロンの奢りで」

 

「いいわね。パパ、ママも呼んだら?」

 

「ああ、モリー母さんも喜ぶだろう――だから、その……君も、ロンを許してやってくれるかい?」

 

 アーサーがおそるおそる、腕組みをしたままロンを睨んでいるハーマイオニーに声をかける。だがハーマイオニーは短く呟いた。

 

「許せないわね」

 

「ハーマイオニー……」

 

 学生時代からたびたび見せていた、彼女の頑なな面をよく知っているハリーが、どうにか宥めようとしたが、彼女は頭を振った。

 

「違うわ。許せないのはロンじゃなくて私自身のことよ。この人が触るなと言った物に触らないでいられるなんてこと、ちょっと考えれば有り得ないって分かった筈だもの」

 

「ハーマイオニー……じゃあ、許してくれるかい?」

 

 窺うようなロンの言葉に、ハーマイオニーは破顔して頷いた。

 

「ええ、もちロン。これくらいで怒ってちゃあ、あなたの妻は勤まらないもの」

 

「さっきは滅茶苦茶怒ってたくせに……」

 

「何か言った?」

 

「いいや、なんでも! さあ、さっさと片付けちまおう!」

 

 元気よく杖を振るいながらナメクジを消滅させ始めたロンの背中に、しかしハーマイオニーは続く言葉を投げた。

 

「言っておくけど、帰ったら電話の使い方を猛特訓するからね?」

 

「え? ……いや、もう僕、二度と触らないよ?」

 

「前もそう言ってこのザマじゃない。それよりも、きちんと使い方を覚えた方がいいわ。ロンドン市役所の手続きの仕方なんかも全部覚えて貰いますからね。返事は?」

 

「……はい」

 

 盛大にやらかした後で、断れるはずもない。これからまた、学生の頃のような勉強漬けか、と嘆きながらもロンは殊勝に頷いて見せた。

 

 こうして、この事件は終わった。詐欺師グループはこの後、"何故か"自首し、芋づる式に他のグループもいくつか検挙された。久しぶりに大勢で食卓を囲むことになったアーサーとモリーは終始楽しそうだった。例え、そのきっかけが息子のミスだったとしても。

 

 終わってみれば、いい思い出だ。記憶のアルバムに刻まれて、何かの折にたまに思い返す程度。その程度の事件。

 

 その筈だったのだが――

 

◇◇◇

 

「――それじゃあ問題です。ハグリッドが飼ってたバカでかい蜘蛛の化け物の名前は?」

 

『アラゴグだったっけ? ……ねえ、ロン。いい加減にこのクイズ方式やめにしない?』

 

 電話の向こうから響く親友の声は、明らかにうんざりしていたが。

 

 ロンは電話の前で、頑なに首を振った。このホグワーツ思い出クイズは、詐欺に対する最高の防御法であると確信していたからだ。

 

「やめない。あの後、僕がハーマイオニーにどんだけしごかれたと思ってるんだ。君が本物だって確認する為には、これが一番確実だろ?」

 

『合言葉とかでもいいんじゃない?』

 

「盗聴されるおそれがあるんだろ? ハーマイオニーが言ってた」

 

『彼女も面倒なことを……』

 

 ハリーの声が、ロンの家のリビングに響き渡る。スピーカーホンの使い方もばっちりだ。ロンはにやりと笑って、背後を振り返った。そこにはハーマイオニーと、遊びに来ていたジニーがいる。

 

 こんなこと言ってるぜ、とハーマイオニーにジェスチャーすると、そのまま続けて、と二人から返された。

 

 ハリーが海外出張に出て、もう半月ほどが経つ。視察の合間合間に連絡をくれるのだが、日本の学校の視察が終わる今日あたり、また電話が来るのではないかと思い、ジニーを呼んでいたのだ。

 

『ところで君、いまどこにいるんだい? マホウトコロの視察はもう終わったんだろ? 次はアメリカだっけ?』

 

「いや、それがまだマホウトコロでさ。ジニーに伝言を頼みたくて――」

 

『え? それじゃあ君、まだ日本にいるわけ?』

 

 言いながら、ロンは背後の2人へ目配せした。2人から『計画実行』のサムズアップが返ってきたのを確認して、再び通話に集中する。

 

 ――さて、自分をスケープゴートにした親友に、借りを返す時だ。

 

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