え、何この能力 作:闇次元の解放
翌日、俺とルーシィはシャドウギアがガジルに襲われたことをギルドに報告した。
案の定、ナツやマカロフ、エルザたちは怒り狂い、襲われた証拠も何もなく、ただ怒気と「仲間」という大義名分を盾にファントムの本拠地へ殴り込みに行ってしまった。
戦力も、状況把握も、後先も何も考えない、いつもの猪突猛進。
残されたのは、病院へ担ぎ込まれたシャドウギア、狙われている当事者であるルーシィ、ギルドの留守を預かるミラジェーン。そして——前夜勝手に抜け出してガジルを返り討ちにしたものの、建前上は「謹慎中」の俺だけだ。
昨夜のダメージはベエルゼの再生力で外傷こそ綺麗に消え去っていたが、無茶な魔力循環と自傷の代償で体内の「器」は焼き切れるような熱を帯び、荒れ狂っていた。
静まり返ったギルドの隅で、俺が深呼吸を殺しながら痛みに耐えていると、温かい湯気の立つ木コップを持ったミラが歩み寄ってきた。
「……謹慎を破ったのね、ハルト君」
少し呆れたような溜息。だが、その瞳には怒りなどなく、どこか全てを見透かしたような聖母の如き温かい微笑みが浮かんでいる。
「ダメじゃない、勝手に出ていったりしたら……。でも、ふふっ。ありがとう。無口で何考えてるか分からないけど、結局シャドウギアの3人を助けに行ってくれたのね。本当は、すごく優しい子なんだから」
こちらの都合や事情を丸ごと「照れ隠しの善意」へとすり替えていく、その無邪気な毒。俺は差し出されたコップを冷ややかな目で見つめ、手も伸ばさずに短く問いかけた。
「……そのスープ、睡眠薬は入れてねえだろうな?」
真顔で放った俺の警戒に対して、ミラは悪びれもせず、首をちょこんと傾げて可憐に微笑んだ。
「うふふ♪」
(……答えになってねえ……)
底知れない笑顔に頭痛を覚えていると、ふと気配が消えていることに気づく。周囲を見渡すが、つい先ほどまで青ざめた顔で座っていたルーシィの姿がどこにもない。聞き耳を立てれば、買い物に出かけたらしい。
この緊急事態に、単独で外へ出ただと……!?
「ハルト君!?」
背後でミラが制止する声を上げたが、気にする余裕もなかった。俺はギルドを飛び出し、マグノリアの街並みを遮二無二駆け抜ける。
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——間に合った。
街の一角で俺の目に飛び込んできたのは、無数の水滴で構成された密閉空間——ジュビアの水球の中に閉じ込められ、必死に苦しむルーシィの姿だった。その傍らには、独特のキザなポーズを決めた男、エレメント4の大地のソルも立っている。
「ベエルゼ……!」
思考より先に、体内の暗黒魔力が跳ね上がった。俺は直進し、水球へ躊躇なく飛び込む。
足元から展開した魔法陣から溢れ出る魔力を水球の内側で一気に膨張させ、暴圧で水幕を破裂させた。バシャアンと弾け飛ぶ濁流の中、急速に酸素を奪われて意識を失いかけていたルーシィの細い身体を抱きとめる。
「ナツ……?」
腕の中で、喘ぎながら瞳を開けたルーシィが呟いた名前。
「違う、俺なんだ……」
「ハルト……?」
俺の腕に抱きかかえられていることを認識したルーシィの瞳に、ほんの少しの落胆と困惑が混ざったのを俺は見逃さなかった。
「すまんな……けど我慢してくれ……」
口をついて出たのは、自虐的な謝罪だった。
助けに来たのが自分を救ってくれる希望のヒーロー(ナツ)ではなく、薄気味悪い自分(ハルト)で申し訳ないという、歪んだ感情。
たったそれだけのやり取りで痛感させられる。助けを求めた瞬間に脳裏に浮かぶのがナツだという事実に。もう二人には、俺の入れない固く温かい絆が結ばれているのだと。
胸の奥が冷たく冷え込み、寂しさと、どうしようもない悲しみが苦く広がっていく。結局俺は、どこまでいっても「部外者」でしかないのだ。
「おやおや、お邪魔が入りましたか。誰だか分かりませんが、引いたほうが身のためですよ」
鼻につくイントネーションでソルが眼鏡の奥の目を細める。
「ジュビアの水球を破るなんて……少なくとも弱い魔導士ではなさそうですね」
ジュビアが無表情な瞳でこちらを捉え、周りの空気に湿り気が増していく。
だが——こんな連相手に、カードを切るほどの価値すらない。
俺は寂しさを奥歯で噛み殺してルーシィをそっと背後に庇うと、漆黒の魔法陣を足元に薄っすらと浮かべ、ただ冷徹に二人を睨みつけた。
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20分後。俺の前には、膝をついて荒い息を吐くエレメント4の二人と、汗一つかかず息すら乱れていない俺が立っていた。
——勝負にすらならなかった。
ソルの岩石魔法も、ジュビアの水流攻撃も、俺の肌を削ることすらできない。べエルゼの魔力を纏うまでもなく、鍛え上げられた俺の肉体の圧倒的な硬度と身体能力だけで、二人の攻勢をすべて正面から叩き潰して圧倒した。
俺は無造作に踏み込み、無防備なソルの顔面に容赦のない拳を叩き込んだ。ドスンと重い音が響き、ソルが白目を剥いて地面に崩れ落ちる。
「くっ……!」
それを見たジュビアが、明確な怯えを瞳に宿して後退った。
俺は気絶したソルを一瞥し、冷ややかな視線をジュビアに向ける。
「大人しく帰った方が身のためだぜ」
「……くっ……!」
ジュビアは悔しげに唇を噛み締める。だが、命乞いをしながらもルーシィを連れ去る任務を諦める気はないらしい。
その時、俺の背後で膝をついていたルーシィが、痛む体に鞭打って立ち上がった。
「くっ……ウォーターサイクロン!」
ジュビアの手から放たれた激しい水の竜巻が、直線状に俺たちへ迫ってくる。
(こんなものが効くわけねえだろ……)
俺が前に出て一蹴しようとした、その瞬間。
俺の背後から飛び出したルーシィが、腰の鍵を素早く抜き取り、迫り来る濁流の中へ躊躇なく突き刺した。
「開け! 宝瓶宮の扉! アクエリアス!」
溢れ出す青い光と共に、激しい水流の中から人魚の姿をした星霊——アクエリアスが現れる。
現れた途端、アクエリアスは巨大な水瓶を抱えたまま、じろりとルーシィを睨みつけた。
「てめえ……とんでもねえ所から呼び出しやがって……殺すぞ」
凄まじい威圧感と殺気。主であるはずのルーシィはもちろん、敵であるジュビアすらもその迫力に青ざめて身を縮こまらせた。
「ア、アクエリアス、やっちゃって!」
「言われなくてもやってやらあ!!」
激昂したアクエリアスが水瓶を掲げた瞬間、津波のような爆発的な洪水が路地裏全体を呑み込んだ。
狙いは敵……ではなく、呼び出したルーシィごと全て。
俺はもちろん、ジュビアや気絶したソルまで容赦なく激流に巻き込まれる。
「ったく、無茶苦茶だな……」
俺は即座に腕を伸ばし、濁流の中で流されかけたルーシィの身体をしっかりと抱き寄せる。放置していても星霊界のルールで死にはしないだろうが、ここで見殺しにする理由もない。
ついでに、流されて溺れ死なれては後味が悪い気絶したソルの襟首を掴み上げ、ひょいと肩に担ぐ。そのまま激流を逆らって歩き、流されまいと必死に耐えていたジュビアの元へ一気に肉薄すると、ルーシィを抱えていない方の空いた手でジュビアの腕を強固に捕まえた。
やがて、辺りを飲み尽くした水がすーっと引き、静寂が戻ってくる。
ジュビアは完全に戦意を喪失していた。俺だけでなく、まさか後ろにいたルーシィまでこれほどの暴虐な力を秘めているとは思わなかったのだろう。
(まあ、ルーシィが強いっていうより、あの星霊が理不尽に強いだけなんだが……)
「二度とこんな場所から私を呼ぶんじゃないよ!」
ルーシィに強烈な釘を刺すと、アクエリアスは不機嫌な顔のまま光となって星霊界へと戻っていった。
俺は肩に担いでいたソルを、腰を抜かしているジュビアの前に無造作に投げ落とした。
「帰りな。俺達の勝ちだ」
足元で見上げるジュビアの瞳に、何かが大きく揺れ動く光が宿った。驚愕、敗北感、そして……どこか熱を帯びた怪しい視線。
(なんだ……? まぁ、俺には関係ないか)
理由の分からない視線を一蹴し、俺は腕の中でまだ目を白黒させているルーシィをそっと地面に降ろした。
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俺の手から地面へ下ろされたルーシィは、しばらく何も言わなかった。
重い静寂の中、ジュビアが気絶したソルを支え、逃げるように撤退していく後ろ姿を二人で見送る。
「……」
無言のまま俯くルーシィ。その横顔を見て、胸の奥がチクチクと痛んだ。
嫌な思いをさせて申し訳ない、という暗い自虐が頭をよぎる。俺だって、好きで彼女に嫌われたくて助けたわけじゃない。ただ……こんな歪んだ自分でも、どうしても誰かの役に立ちたかった。誰かにとっての「希望」でありたかったのだ。
だが、そんな俺の自傷的な内面を破るように、ルーシィがゆっくりと視線をこちらへ向けた。
「ねえ……ハルト」
「……なんだ」
掠れた声で突き放すように返すと、ルーシィは俺の瞳をそっと見つめ返してきた。
波の音が引いたあとのような、静まり返った無言の空間が流れる。
やがて、彼女の薄い唇がゆっくりと開いた。
「あたし、ハルトのこと……嫌いじゃないよ」
「……!?」
思いもよらない言葉に、全身の血が止まったかのように俺は硬直した。
そんな俺の戸惑いを包み込むように、ルーシィは細く温かい手で、俺の固く強張った手をそっと握りしめてきた。
「確かに昨日は怖かった……あんな禍々しい魔法を見たのは始めてだし……正直、抵抗があった」
至極当然の言葉だった。血を吐き、自らを傷つけながら怪物を呼ぶような魔法を前にして、引きつらない人間などいない。それが当たり前の反応なのだ。
「けど……今こうして、命がけであたしを護ってくれてる……あたしには、もうそれだけで十分なの。だから……あたしから離れなくていいんだよ?」
見透かされていた。
「自分は不気味な異物だから」「ナツたちの絆には入れないから」と、勝手に壁を作って傷つかないように距離を置こうとしていた俺のズルさも、孤独への怯えも、全部。
喉の奥が熱くなり、溢れ出そうになる言葉を探して唇を戦慄かせるが、何も出てこない。
「あたしね……」
ルーシィが引きつづき、何かを伝えようと口を開かけた——その瞬間。
「キャアアアアッ!?」
路地裏の奥から、先ほど撤退したはずのジュビアの絶叫が響き渡った。
空気が一変する。
背筋が凍りつくような、どす黒く邪悪な魔力が、津波となってマグノリアの街並みを呑み込んでいく。あまりの圧迫感に、ルーシィは悲鳴を上げて俺の手を強く握り返し、しがみつくように身体を寄せてきた。
路地の陰からゆっくりと歩み出てきたのは——幽鬼の支配者(ファントムロード)のマスター。
無数の死霊(ゴースト)の魔力を撒き散らし、腹の底からの怒りを隠そうともしない歪んだ笑みを浮かべた、ジョゼ・ポーラだった。
「いやはや実に見事でしたよ、フェアリーテイルの誰かさん。まさかエレメント4のふたりを叩きのめすとは……。使えない屑どもを始末してくれたお礼を言いましょう。まさか、ここまで楽しませてくれるとはねぇ……!」
聖十の一角たる怪物の降臨。
俺は震えるルーシィを力強く引き寄せ、自身の背後へ庇うと、体内の暗黒魔力を一気に跳ね上げさせた。