10秒で泣ける天才子役は2周目の人生では泣かない 作:M1tarash1
アイドルとしての、最後のステージの幕が下りた。
鳴り止まないアンコールの地鳴りのような歓声、眩い照明の残像、そして会場を埋め尽くした、
私のイメージカラーである、一面の圧倒的な『白いサイリウム』。
そのすべてを、私は網膜に、そして二度の人生の記憶に完璧に焼き付けた。
「みんな、今まで本当にありがとう……!」
楽屋に戻り、ルビーとMEMちょと涙まみれで最後の抱擁を交わしたあと、私は一人、姿見の前に立った。
髪飾りのリボンを外し、きらびやかなアイドルのステージ衣装を、一着ずつ静かに脱いでいく。
代わりに身に纏ったのは、お気に入りの、けれどなんてことのない普通の私服のワンピースだ。
「……よし」
鏡に映る自分を見る。
そこにいるのは、もう何万人のファンを魅了する『B小町のセンター・有馬かな』じゃない。
一度は挫折し、けれどもう一度自分の足で、演技だけで世界と戦うと決めた、一人の『役者』。
そして――ずっと待たせていた、あのバカな男の元へ行くための、ただの『一人の女の子』だった。
コンコン、と楽屋の裏口の重い鉄扉がノックされる。
私が扉を開けると、そこには、私のラストステージを見届けるために白いサイリウムを持って客席にいた『あいつ』が、いつも通りの不遜で、けれどひどく穏やかな顔をして立っていた。
星野アクア。
「お疲れ、有馬。最高のステージだったよ」
「……なによ。アンタ、客席で私の白、ちゃんと振ってくれてたじゃない」
私は少し照れくささを隠すように腕を組み、ツンとそっぽを向いた。
アクアはフッと笑い、一歩、私との距離を詰めてきた。
その瞳は、もうステージの上を見上げる『ファン』の目じゃない。
一人の男としての、真っ直ぐな熱を帯びた視線だった。
「これで、全部の筋は通したんだろ。お前はアイドルとしての義務を完璧にやりきった。……だったら、ここからは俺の番だ」
アクアは私の前に立ち、逃げられないように私の両肩をそっと、けれど力強く掴んだ。
「有馬。お前が二度目の人生を賭けて、俺をあの復讐の闇から救い出してくれた。今度は俺が、一生をかけてお前を支える。役者として上を目指すお前の一番の理解者として、そして――」
あいつの顔が、私のすぐ近くまで迫る。私の心臓が、ドームの歓声よりも激しく胸の奥で暴れていた。
「一人の男として、お前を誰よりも愛してる。……俺と、付き合ってくれ」
1周目の世界では、絶対に交わるはずのなかった二人の世界。
あいつが孤独に死んでいくのをただ見届けるしかなくて、後悔の涙で世界を染めていたあの日から、私が10年間足掻き続けたその答えが、今、目の前にある。
「……遅いのよ、バカアクア」
私は溢れそうになる涙を必死に堪えながら、アクアの胸ぐらをぎゅっと掴み、その胸に思い切り顔を埋めた。
「10年も待たせたんだから……一生絶対に途中で投げ出したら許さないんだからね……っ!」
「ああっ。お前が嫌だって言っても、一生離すつもりはないよ」
アクアの大きな腕が、私の身体を優しく、愛おしそうに包み込む。
繋がれた手の温かさと、あいつの愛が、私の胸を優しく、完璧に満たしていった。一度目の人生で流した涙は、すべてこの日のためにあったのだ。
一人の役者として、そして一人の女の子として、私の本当の、新しい人生の幕が今、静かに上がった。