自我持つ兵器の英雄譚“Prequel” 1945 to 2000 作:Nyappy-
『強襲揚陸艦は日本で生まれました。アメリカの発明品じゃありません。我が国のオリジナルです。しばし後れを取りましたが、今や巻き返しの時です!』
1965年
日本近海 とある演習海域
夜明け前の海上を、一隻の大型艦が進んでいた。
周囲には護衛艦艇が展開し、艦内では数多くの将兵が出撃の準備を進めている。
しかし、その艦は通常の軍艦とは少し違っていた。
大口径の主砲を並べているわけでもなければ、敵艦との砲撃戦を主任務としているわけでもない。
この艦が運んでいるのは、陸上で戦うための部隊だった。
兵員と装備。
上陸用舟艇や水陸両用車両を運用するための設備。
そして、航空機を発着させるための飛行甲板。
それらを一つの作戦として動かすことが、この艦に与えられた仕事だったのである。
「……上陸部隊の準備状況は?」
艦内の指揮所で、国防海軍の将校が尋ねた。
「第一陣、準備完了。後続部隊も予定どおりです」
「航空隊は?」
「機体点検中。発進準備は順調です」
「海面状態は?」
「予定した揚陸作業を実施できる見込みです。ただし、沿岸部の風は引き続き確認します」
報告が次々と集まってくる。
指揮所には海図が広げられ、上陸予定地点と各部隊の進路が記されていた。
それだけではない。
海岸の地形、内陸部の道路、航空機の進入経路、火力支援を行う艦艇の位置。
上陸作戦に必要な情報が、同じ場所へ集められていた。
「……随分と変わったな」
一人の年配の陸戦隊将校が呟いた。
隣にいた若い将校が顔を上げる。
「何がでしょう?」
「上陸作戦だよ」
年配の将校は、海図へ目を向けた。
「昔は、どうやって兵隊を海岸へ届けるかを考えていた。今は、届けた後のことまで、ここでまとめて指揮できる」
もちろん、以前から上陸後の計画がなかったわけではない。
だが、上陸部隊の輸送、航空機の運用、そして地上での戦闘。
それぞれを一体化させることは、簡単ではなかった。
船があっても、舟艇が足りない。
舟艇があっても、上陸後の火力が足りない。
航空機があっても、必要な時に支援を受けられるとは限らない。
そして何より、それぞれの部隊が別々に動いていては、せっかくの戦力を十分に使うことができなかった。
「……十年前の演習を覚えているか?」
年配の将校が尋ねた。
「1955年の?」
「ああ」
「あの時も、上陸自体は成功しましたよね」
「そうだな。だが、あの時には、まだなかったものがある」
彼は、指揮所の周囲を見渡した。
「……こいつだよ」
陸戦隊の地上指揮官と、海軍の艦艇担当者。
そして、航空隊の連絡要員。
それぞれが同じ作戦を見ながら、必要な調整を行っている。
十年前には、いくつもの部隊と設備を組み合わせなければならなかった仕事だった。
今は、その中心となる艦がある。
「……随分と欲張りな船を作ったものですね」
若い将校が言った。
年配の将校は笑った。
「ああ。しかも、その先祖を辿ると、もっと面白いことになる」
そして、少し懐かしそうに続けた。
「……もともとは、陸軍が作っていた船の話だからな」
1955年
日本国防海軍陸戦隊は、大規模な上陸演習を実施していた。
海上から接近してきたLVTが、砂浜へ上がっていく。
履帯が海底を捉え、車体が水際を越える。
後続の車両も上陸し、乗っていた陸戦隊員たちが展開を始めた。
その後方では、50式内火艇『スイ』が海岸へ向かっていた。
四式中戦車改を基礎として開発された、国産の水陸両用戦車である。
旧日本海軍の特二式、特三式内火艇に連なる発想を、戦後の技術で発展させた車両だった。
スイは浅瀬へ入ると、そのまま砂浜へ乗り上げ、上陸部隊の後を追った。
「……上陸、成功ですね」
観測所にいた若い陸軍将校が言った。
隣の海軍将校は頷いた。
「ええ。ただ、まだ終わりではありません」
海岸へ辿り着くことは、上陸作戦の一段階にすぎない。
上陸した部隊が敵の抵抗を排除し、必要な拠点を確保し、後続部隊や補給物資を受け入れられるようにしなければならなかった。
この日の演習でも、陸戦隊は上陸後の展開を続けていた。
歩兵が前進し、LVTは兵員や物資の輸送を担う。
スイは装甲火力を必要とする場面に備え、部隊の行動を支援していた。
上空からは偵察情報が届き、海上の艦艇も必要に応じて支援できるよう待機している。
演習そのものは、概ね予定どおりに進んだ。
しかし、終了後の検討会では、いくつもの課題が挙げられた。
「……航空支援の要請から、実際に部隊が動くまでに時間が掛かっています」
航空関係の担当者が言った。
「通信設備の問題ですか?」
「それもあります。ただ、航空部隊が上陸部隊とは別の場所から活動していることも大きいでしょう」
航空機が必要な時に、必ず現場へ到着できるとは限らない。
また、空軍と海軍の通信手順を揃えていても、状況が正確に伝わるかどうかは、日頃の訓練に左右される。
「海軍側も、改善が必要です」
別の担当者が続けた。
「後続部隊を送り込む段階で、輸送手段の調整に手間取っています」
兵員、車両、補給物資。
それぞれに適した輸送手段を用意し、上陸の順序に合わせて送り込む必要がある。
だが、使用できる艦艇や舟艇は限られていた。
「……結局、何が足りないんでしょう?」
若い陸戦隊将校が尋ねた。
陸戦隊には、地上で戦うための兵員がいる。
水陸両用車両もある。
海軍には艦艇があり、空軍には航空機がある。
必要なものは、以前より随分と揃っていた。
それでも、何かが足りない。
やがて、年配の将校が口を開いた。
「……一つにまとまっていないんだろうな」
「一つに?」
「ああ。陸戦隊が戦い、海軍が運び、空軍が支援する。それぞれはできるようになってきた」
彼は、机の上の演習記録へ目を向けた。
「だが、それを最初から一つの作戦として動かせるようには、まだなっていない」
若い将校は黙った。
「陸戦隊は、陸上で戦えるようになった。海から上がる技術もある。だが、本当の意味で海兵隊になるには、まだ足りないものがある」
「……何でしょう?」
年配の将校は答えた。
「海の上から、自分たちの作戦を始められる能力だよ」
国防海軍陸戦隊が創設されたのは、1948年7月1日のことだった。
日本国防軍の成立と同時に、常設の部隊として発足したのである。
ただし、当初から本格的な水陸両用戦力だったわけではない。
創設直後の国防海軍には、大規模な艦隊がなかった。
掃海艇や警備艦、海防艦級の小型艦艇。
輸送艦や補助艦。
そして、アメリカから供与された駆逐艦。
そうした艦艇を組み合わせながら、ようやく一つの海軍を形にしていた時代だった。
その一方で、陸戦隊は旧日本海軍陸戦隊の経験者などを中心に、比較的早い段階から地上戦闘部隊としての能力を整えていた。
皮肉なことに、艦隊が十分に揃っていない国防海軍にとって、陸戦隊は主要な実働戦力の一つになっていたのである。
しかし、陸上で戦える部隊を持っていることと、海上から部隊を送り込み、継続して戦わせることは別の問題だった。
1950年には、50式内火艇スイが制式化された。
アメリカから供与されたLVTと組み合わせることで、水陸両用車両を用いた上陸能力も充実してきた。
さらに、陸戦隊の航空支援を担う部隊も整備されていった。
それが、戦後の国防海軍航空隊の成立へ繋がっている。
国防海軍航空隊は、制度上は海軍に属しながら、海軍と空軍の共同管轄に置かれた組織だった。
そのうち、陸戦隊のために活動する航空部隊については、作戦上の指揮を陸戦隊が行う。
ただし、1950年代の陸戦隊航空部隊は、主として陸上基地や既存艦艇、他軍種との協同によって活動していた。
航空機を持っていても、上陸部隊と一緒に移動できるわけではない。
水陸両用車両を持っていても、それを十分な数だけ海上輸送できるわけではない。
1955年の演習で明らかになったのは、まさにその問題だった。
「……だったら」
若い将校が、ある日の会議で言った。
「その全部をまとめて運べる船を作ればいいのでは?」
年配の将校は、少し笑った。
「言うのは簡単だな」
「……無理でしょうか?」
「いや。むしろ、昔にも似たようなことを考えた連中がいた」
そう言って、古い資料を一冊取り出した。
表紙には、こう記されていた。
『陸軍特種船』
旧日本陸軍が保有していた、上陸作戦用の特殊な船舶に関する資料だった。
旧日本陸軍は、上陸作戦を行うための船舶を独自に開発していた。
その中でも、特に重要な存在が二隻あった。
『神州丸』
『あきつ丸』
「……陸軍の船ですか?」
若い将校が尋ねた。
「ああ。陸軍も、上陸作戦のために随分と変わった船を作っていたんだ」
年配の将校は、神州丸の図面を広げた。
神州丸は、単に兵員と物資を積むだけの輸送船ではなかった。
船内に上陸用舟艇を収容し、それを海上へ送り出すための設備を持っていたのである。
「……船の中から、舟艇を送り出すんですか」
「ああ。そこが普通の輸送船とは違うところだな」
大型船が海岸へ直接乗り上げられない以上、上陸部隊を運ぶには舟艇が必要になる。
その舟艇を安全かつ迅速に運用するため、旧陸軍は専用の船舶まで開発していたのだった。
「……随分と進んだことを考えていたんですね」
「そうだな。当時としては、かなり意欲的な船だった」
続いて広げられたのは、あきつ丸の資料だった。
「……こちらは、空母に似ていますね」
「航空機を運用するための設備を持っていたからな」
あきつ丸は、兵員や物資の輸送能力に加え、航空機による上陸支援も考慮した特殊船だった。
もちろん、海軍の正規空母のように、艦隊の制空権を確保することを目的とした船ではない。
上陸作戦を支援するための、航空機を運用する構想だったのである。
「……神州丸と、あきつ丸」
若い将校は、二つの図面を見比べた。
「舟艇の運用と、航空機の運用ですか」
「大雑把に言えば、そういうことだな」
年配の将校は頷いた。
「ただ、二隻とも単純にその役割だけを持っていたわけじゃない。神州丸にも航空機の運用構想はあったし、あきつ丸も航空機だけのための船ではなかった」
いずれも、上陸作戦を効率化するため、様々な機能を一つの船へ組み込もうとした存在だった。
「……だったら、この二隻を参考にすれば」
「参考にはなる。だが、そのまま作り直すわけにはいかん」
年配の将校は、別の資料を机へ置いた。
そこには、アメリカ海軍の上陸作戦用艦艇が写っていた。
「向こうは、もっと先へ進んでいる」
アメリカ海軍。
そして、その艦艇に乗り込んで上陸作戦を行うアメリカ海兵隊。
日本が再び水陸両用戦力を整えようとしていた頃、彼らもまた、上陸作戦の新しい形を研究していたのである。
1956年。
アメリカ海軍では、ある艦艇が新しい任務へ就いていた。
『セティス・ベイ』
第二次世界大戦中に建造された護衛空母を改造した、強襲ヘリコプター母艦である。
それまでの上陸作戦では、海岸へ舟艇を送り込む方法が中心だった。
しかし、ヘリコプターを利用すれば、別の方法が考えられる。
海上の艦艇から兵員を乗せたヘリコプターを発進させ、海岸の障害物や敵陣地を越えて、内陸側へ送り込む。
アメリカ海兵隊が重視していた、垂直包囲という考え方だった。
「……なるほど。海岸からだけではなく、空からも上陸するわけですか」
資料を読んでいた日本の陸戦隊将校が言った。
隣の海軍将校は頷いた。
「ええ。ただし、ヘリコプターだけで全部の部隊を運べるわけではありません」
「……戦車や補給物資ですか」
「そうです。だからこそ、舟艇による上陸と組み合わせる必要があります」
ヘリコプターは、部隊を素早く移動させ、海岸以外の場所へ送り込める。
一方で、搭載量や航続距離、天候に制約があり、大量の物資や重い車両の輸送には向かない。
さらに、敵の対空火力への対処も欠かせない。
「……つまり、舟艇とヘリコプターを使い分けるわけですね」
「それもありますが、重要なのは同じ作戦として動かすことです」
日本側が学ぼうとしていたのは、単にヘリコプターを船へ搭載する方法だけではなかった。
航空機と舟艇。
海上の艦艇と、陸上へ向かう部隊。
それらを連携させるための作戦計画、通信、指揮、補給。
上陸作戦を、一つの体系として成立させるための知識だったのである。
そして、1961年。
アメリカ海軍では、最初から強襲揚陸艦として設計された『イオー・ジマ』が就役した。
ヘリコプターによる海兵隊員の輸送を主任務とする、新しい艦だった。
一方、舟艇を運用するためのドック型揚陸艦も、別の方向で発展していた。
アメリカ海軍では、それぞれ異なる能力を持つ艦艇を組み合わせ、一つの上陸作戦を成立させていたのである。
「……これを全部、日本でも揃えるんですか?」
若い国防海軍将校が尋ねた。
年配の将校は首を振った。
「そんな金が、今の我々にあると思うか?」
「……ありませんね」
「だろうな」
二人は苦笑した。
国防海軍では大型巡洋艦の建造が進み、駆逐艦や潜水艦の整備も続いていた。
沿岸警備や海上交通路を守るための艦艇も必要であり、アメリカ海軍と同じ規模の揚陸艦隊を一度に整備することは現実的ではなかった。
「……だったら、どうします?」
若い将校が尋ねた。
年配の将校は、神州丸とあきつ丸の図面へ目を向けた。
「昔、陸軍が何を考えたのかを思い出してみろ」
「……必要なものを、一つの船へまとめる?」
「ああ。ただし、全部を押し込む必要はない」
年配の将校は、資料を指した。
「神州丸の舟艇運用。あきつ丸の航空支援。そして、アメリカ海軍と海兵隊が積み重ねてきた、現代的な上陸作戦の技術」
それらを組み合わせ、日本国防海軍陸戦隊が必要としている能力へまとめ直す。
「……つまり」
若い将校が、ゆっくりと言った。
「我々のための、強襲揚陸艦を作るんですね」
年配の将校は頷いた。
「ああ。そういうことだ」
1960年代初頭
国防海軍では、新しい大型揚陸艦の計画が本格化していた。
ただし、計画は決して順調なことばかりではなかった。
「……要求が多すぎます」
造船技術者が、少し疲れた声で言った。
机の上には、いくつもの設計案が並べられていた。
兵員を収容する設備。
上陸用舟艇や水陸両用車両を運用するための設備。
ヘリコプターの運用能力。
上陸作戦を指揮するための通信設備。
そして、長期間の航海に必要な生活設備。
どれも重要なものだったが、一つの船へ搭載する以上、何かを調整しなければならなかった。
「航空機を増やせば、別の設備に使える場所が減ります。上陸部隊を増やせば、食料や水、医療設備も増やす必要があります」
「艦としての速力も必要だ」
海軍将校が言った。
「もちろん、それも分かっています。しかし、速力を求めれば機関や燃料に場所を取られます」
会議室に、少し重たい空気が流れた。
そこで陸戦隊側の将校が口を開いた。
「……一つ、確認したいのですが」
「何でしょう?」
「この艦だけで、上陸作戦のすべてを完結させる必要がありますか?」
技術者が顔を上げた。
「……どういう意味です?」
「我々は、海軍の艦艇と協力して作戦を行います。護衛艦も、補給艦も、必要な時には他の揚陸艦も使うでしょう」
将校は、図面へ目を向けた。
「ならば、この艦には、この艦でしかできない仕事を優先してもらいたい」
強襲揚陸艦は、万能の軍艦ではない。
敵の艦隊を撃破するための巡洋艦でもなければ、すべての補給物資を運ぶ輸送船でもない。
その役割は、上陸作戦の中心となることだった。
「……つまり、上陸作戦の中核となる機能を優先するわけですね」
技術者が尋ねた。
「ええ」
陸戦隊の将校は頷いた。
「欲しいのは、立派な船そのものではありません。上陸部隊が、海から陸へ戦場を移せる能力です」
その言葉によって、計画の優先順位が整理されていった。
何を積むのか。
何を別の艦へ任せるのか。
どこまでを一隻で行い、どこからを艦隊全体の仕事とするのか。
そうした検討を重ね、新しい艦の設計は現実的な形へ近づいていった。
もちろん、アメリカの強襲揚陸艦を、そのまま縮小したものではない。
日本周辺の海象や島嶼部の地形、国防海軍の既存艦艇との連携。
そして、50式内火艇スイやLVTをはじめとする、陸戦隊の既存装備。
それらに合わせた設計が必要だった。
「……思ったより、陸軍の仕事が多いですね」
ある会議で、海軍側の技術者が苦笑した。
陸軍側の担当者も笑った。
「地上へ上がった後のことは、こちらにも分かる部分がありますからね」
「航空機の方は、空軍にも頼らなければなりません」
「ええ。海軍航空隊だけで解決できる問題でもありませんから」
三軍が、それぞれの得意な技術を持ち寄る。
当然、予算や装備の要求を巡って意見が食い違うこともあった。
しかし、かつてのように、別々の軍隊が同じ目的のために異なる船を作る必要はなかった。
「……昔の陸軍なら、自分たちで作っていたんでしょうね」
若い技術者が言った。
年配の将校は、少し考えた。
「そうだろうな」
そして、笑った。
「だが、今度は海軍に作ってもらえばいい。せっかく同じ国防軍なんだからな」
旧陸軍と旧海軍が別々に発展させてきた技術。
そこへ、戦後の航空技術と、アメリカから学んだ上陸作戦の知識が加わる。
新しい強襲揚陸艦は、その積み重ねによって、少しずつ姿を整えていったのである。
1963年
強襲揚陸艦の建造計画が具体化する中で、別の問題が持ち上がっていた。
───艦名である。
「……名前を、どうするか」
国防海軍の艦艇担当者が、机の上の書類を見つめていた。
国防海軍では、艦種ごとに一定の命名規則を設けていた。
しかし、強襲揚陸艦については、まだ前例がない。
「……そもそも、空母に分類するんですか?」
若い将校が尋ねた。
「航空機を運用するという意味では似ています。しかし、任務は違いますね」
強襲揚陸艦の航空戦力は、基本的には上陸作戦のために使われる。
兵員の輸送、偵察、連絡、火力支援、そして負傷者の後送。
艦隊の制空権を確保するための正規空母とは、目的が異なっていた。
「……だったら、空母とも輸送艦とも違う名前を付けるべきでしょうね」
「そうだな。今後も同じ種類の艦を整備するなら、命名規則が必要になる」
やがて、いくつかの案が提出された。
山岳の名前。
旧日本海軍で大型艦に使われていた名前。
そして、日本の旧国名に関わる名前。
様々な案が検討された末に、有力となったのは、旧国名の別称を利用する方法だった。
「……『○州』ですか」
若い将校が、資料を読み上げた。
「ああ。旧国名を、別称によって表す」
日本には、古くから数多くの国名があり、その中には漢字一字と『州』を組み合わせた別称も存在する。
「日本の地名を使うという意味でも、海軍の命名規則として不自然ではありませんね」
「それに、他の艦種との区別もしやすい」
もっとも、別称には紛らわしいものもあるため、具体的な艦名を決める際には個別の確認が必要だった。
それでも、基本方針は定まった。
強襲揚陸艦の艦名は、原則として日本の旧国名の別称である『○州』を用いる。
それが、新しい艦種の命名規則となったのである。
「……では、最初の艦も、その規則に従うわけですね」
若い将校が言った。
しかし、担当者は少し困ったように笑った。
「それがな……」
「……はい?」
「最初の一隻だけは、例外にしたいという話がある」
「……例外?」
担当者は、別の書類を取り出した。
そこには、一つの艦名が記されていた。
『神州』
若い将校は、しばらくその文字を見つめていた。
「……旧国名の別称ではありませんね」
「そうだ。だから例外なんだよ」
───神州。
古くから、日本そのものを指す言葉として用いられてきた名前である。
特定の旧国名を示す別称ではない。
「……なぜ、この名前を?」
若い将校が尋ねた。
「神州丸だよ」
担当者のその言葉を聞いて、若い将校は納得したように頷いた。
「……旧陸軍の」
「ああ」
旧日本陸軍が建造した、上陸作戦用の特種船。
その名前を、新しい強襲揚陸艦へ受け継がせようという提案だった。
「……ですが、神州丸は海軍の艦ではありませんでしたよね」
「そうだな」
「それに、今回の艦は神州丸を直接改造したものでもありません」
「もちろんだ」
担当者は頷いた。
「だからこそ、名前を継がせる意味があるという考え方だ」
旧陸軍は、上陸作戦のために独自の船舶を開発していた。
その成果を、新しい国防海軍が受け継ぐ。
かつて異なる組織で使われていた技術を、今度は一つの国防軍として利用する。
「……つまり、海軍の艦に、陸軍の船の名前を付ける」
若い将校が言った。
「ああ」
「随分と変わった話ですね」
「そうかもしれん」
担当者は少し笑った。
「だが、今の陸戦隊そのものが、そういう組織だろう?」
若い将校も笑った。
『国防海軍陸戦隊』
名前には海軍と付いている。
しかし、その運用には陸軍の地上戦技術が欠かせず、航空機の運用では空軍との協力も必要になる。
制度上は海軍に属しながら、陸軍との共同管轄に置かれている。
まさしく、三軍の技術と経験を集めた組織だった。
「……なるほど。陸軍の船の名前を、今度は海軍が引き継ぐわけですか」
「ああ。昔のように、別々に船を作るのではなくな」
ただし、艦名には慎重な意見もあった。
神州という言葉には、戦前の国家観と結び付けられた歴史もある。
戦争の記憶がまだ新しい時代であり、そうした意味まで無批判に復活させるわけにはいかなかった。
しかし、今回の命名は、戦前の思想を復活させるためではない。
上陸作戦用の船舶を発展させた、旧陸軍の技術的な先駆者。
その存在を、新しい海軍の艦へ継承するためのものだった。
「……神州丸の仕事を引き継ぐ、ということですね」
「ああ」
担当者は頷いた。
「そして、神州丸だけではできなかったことも、今度はできるようにする」
舟艇だけではない。
航空機だけでもない。
その両方を使い、上陸部隊を送り込み、戦わせる。
「……分かりました」
若い将校は、書類へ目を落とした。
「では、最初の一隻は特例として神州。以後は原則どおり『○州』を使う」
「そういうことだ」
こうして、強襲揚陸艦の命名規則が定められた。
ただし、その第一号艦だけは、規則の成立と同時に例外となったのである。
1965年
日本国防海軍の、最初の強襲揚陸艦が就役した。
『神州』
旧日本陸軍の神州丸から、その名前を意図的に受け継いだ艦である。
しかし、その姿はかつての神州丸とは大きく異なっていた。
戦後に発達したヘリコプターを運用し、水陸両用車両や上陸用舟艇と協同する。
上陸部隊を輸送するだけでなく、海上から作戦指揮を行うための機能も備えていた。
就役に際しては、多くの関係者が集まっていた。
「……どうですか?」
若い陸戦隊将校が、旧陸軍出身の年配の男へ尋ねた。
男は、神州を見上げていた。
「……大きくなったもんだな」
「神州丸を、ご存じなんですよね」
「ああ。乗っていたわけじゃないが、ああいう船が何をするために作られたのかは知っている」
男は、しばらく神州を眺めた。
「昔は、陸軍が上陸作戦をやろうとすれば、船のことまで考えなければならなかった」
「……はい」
「海軍の船を使えばいい、と簡単には言えなかったからな」
もちろん、旧陸海軍がまったく協力しなかったわけではない。
実際の上陸作戦では、両軍が協力することもあった。
しかし、必要な船舶をどちらが整備するのか。
航空機は誰が用意するのか。
上陸部隊の指揮はどうするのか。
そうした問題を巡って、旧陸海軍の間には多くの対立があった。
だからこそ、陸軍は独自の船舶を必要としたのである。
「……今は違いますね」
若い将校が言った。
「ああ」
年配の男は頷いた。
「今は海軍が船を作って、陸軍が地上戦の技術を教えて、空軍が航空機のことを考える」
そして、少し笑った。
「昔なら、随分と羨ましがっただろうな」
若い将校も笑った。
「もっとも、今でも意見はよくぶつかりますけどね」
「そりゃそうだ。人間がやってることなんだからな」
男は、神州へ目を戻した。
「だが、最後には同じ船を作れた。それなら、十分じゃないか」
その言葉に、若い将校は静かに頷いた。
神州は、旧陸軍の船をそのまま復活させたものではない。
かつての神州丸と、今の神州。
同じ名前を持っていても、その構造も、使われる技術も、属する組織も違っていた。
しかし、海上から陸上へ部隊を送り込むという仕事は、確かに受け継がれていたのである。
そして、再び演習海域。
神州が就役してから間もない頃に行われた、国防海軍陸戦隊の上陸演習だった。
海上では、各部隊の準備が進んでいた。
神州の指揮所には、地上部隊と航空部隊、そして海上の艦艇から報告が集まっている。
「……航空部隊、発進準備完了」
「舟艇部隊、準備完了」
「上陸部隊、待機中」
指揮官は、海図へ目を落とした。
今回の演習では、航空機と舟艇による上陸を組み合わせることになっていた。
ヘリコプターによって先遣部隊を送り込み、それと並行して、海上から舟艇と水陸両用車両を進出させる。
そして、海岸へ到達した部隊が拠点を確保し、後続部隊を受け入れる。
それぞれの部隊が別々に成功することではなく、作戦全体が予定どおりに進むことを確かめるための訓練だった。
「……航空部隊、発進を許可する」
号令が伝えられた。
神州の飛行甲板で、ヘリコプターが動き始める。
回転翼が風を切り、機体がゆっくりと浮き上がった。
一機、また一機と、海上へ進出していく。
陸戦隊員たちを乗せた航空機は、指定された地点へ向かっていった。
「……航空部隊、予定経路を飛行中」
報告が入る。
指揮官は頷いた。
「舟艇部隊、発進準備」
海上では、上陸用舟艇の展開が始まっていた。
水陸両用車両も、上陸へ向けて準備を進めている。
LVT。
そして、50式内火艇スイ。
かつて1955年の演習でも使用された車両たちだった。
神州と協同する艦艇は、部隊と装備の海上輸送や舟艇の運用を支援していた。
「……上陸開始」
号令が伝わった。
舟艇が海岸へ向かって進む。
水陸両用車両が、それに続く。
海面に白い航跡が伸びていった。
その頃、先に発進したヘリコプターも、上陸地点の周辺へ接近していた。
「……航空部隊より報告。先遣部隊、降下準備中」
「了解。地上部隊へ伝達」
神州の指揮所では、各部隊の状況が次々と確認されていた。
ただし、すべてが予定どおりに進んでいるわけではなかった。
「……海岸側、風向に変化があります」
担当者が報告した。
「舟艇部隊の進路に影響が出る可能性があります」
指揮官は、海図へ目を向けた。
「海上側の担当へ確認。必要なら進入経路を調整する」
連絡が送られ、ほどなく返答が入る。
「……修正可能です。上陸時刻への影響は軽微と判断」
「了解。変更を各部隊へ伝達」
そのやり取りを聞いていた年配の陸戦隊将校は、静かに頷いた。
十年前の演習でも、似たような問題はあった。
しかし、当時はそれぞれの部隊へ連絡し、状況を確認し、必要な調整を行うまでに、今より時間が掛かっていた。
今は、神州の指揮所を中心に、海上と航空の状況を一つの作戦として扱っている。
「……上陸部隊、海岸へ到達」
報告が入った。
水陸両用車両が砂浜へ上がる。
陸戦隊員たちが展開し、指定された地点へ向かっていった。
同じ頃、航空部隊によって送り込まれた先遣部隊も、予定された行動を開始していた。
海岸側の部隊と、内陸側へ送り込まれた部隊。
それぞれが、同じ作戦計画の下で動いている。
「……航空部隊より報告。先遣部隊、所定の地点へ進出」
「了解。地上部隊との連携を継続」
神州の指揮所では、上陸後の状況確認が続けられていた。
部隊はどこまで進出できたのか。
後続の補給物資は、いつ到着するのか。
航空部隊の残りの運用余力は、どの程度あるのか。
そして、負傷者が出た場合、どのように後送するのか。
必要な情報を集めながら、各部隊の行動を調整していく。
やがて、上陸部隊から新しい報告が入った。
「……第一段階の目標、確保」
指揮所の将校たちが、静かに頷いた。
しかし、誰もそこで演習の終了を宣言しなかった。
上陸部隊は、まだ任務を続けている。
後続部隊も、補給も、これからだった。
「……次の段階へ移行する」
指揮官が命じた。
その声を聞いて、年配の陸戦隊将校が少し笑った。
「……どうされました?」
隣にいた若い将校が尋ねた。
「いや。昔のことを思い出してな」
「……十年前の?」
「ああ。あの時も、上陸が成功したと言った若い将校がいた」
「……いましたね」
「俺は、その時に言ったんだ。まだ終わりではない、と」
若い将校は少し考え、やがて笑った。
「……今も、同じですね」
「そうだな」
年配の将校は、指揮所の様子へ目を向けた。
「ただ、あの頃よりは、ずっと先まで考えられるようになった」
海から部隊を送り込む。
陸上で戦わせる。
必要な補給を続ける。
そして、任務を終えた部隊を回収する。
それらを一つの作戦として考える。
神州が加わったことで、国防海軍陸戦隊は、ようやくそのための中核となる艦を手に入れたのである。
演習終了後。
神州の艦内では、関係者による検討会が行われていた。
もちろん、問題がなかったわけではない。
航空機の発着と舟艇の運用を安全に行うためには、細かな調整が必要だった。
また、上陸部隊と艦内の間でも、通信手順や報告内容について改善すべき点が見つかっていた。
「……ここは、もう少し早く連絡を回せたはずです」
航空関係の担当者が言った。
「こちらも、部隊の展開状況をもう少し正確に伝える必要がありました」
陸戦隊側の将校が答えた。
「舟艇の運用についても、次は順序を見直した方がいいでしょう」
海軍側からも意見が出る。
新しい艦を使い始めたからこそ、これまで見えなかった問題も現れていたのである。
「……随分と、直すところがありますね」
若い将校が呟いた。
年配の将校は笑った。
「当たり前だろう。初めての艦なんだからな」
「……そうですね」
「だが、十年前とは違う」
年配の将校は、演習記録へ目を向けた。
「昔は、足りないものをどうやって揃えるか考えていた。今は、揃ったものをどう使いこなすか考えている」
その言葉に、若い将校も頷いた。
もちろん、これからも新しい装備が必要になる。
陸戦隊の規模が大きくなれば、神州一隻だけでは足りなくなるだろう。
航空機も、車両も、舟艇も、時代の変化に合わせて更新しなければならない。
しかし、少なくとも一つの形は完成した。
海上から陸上へ進出する。
必要なら空からも部隊を送り込む。
そして、その両方を一つの作戦として指揮する。
「……これで、海兵隊になれましたかね」
若い将校が、冗談交じりに尋ねた。
年配の将校は、少し考えた。
「……どうだろうな」
「え?」
「海兵隊という名前を付けたから海兵隊になるわけじゃないし、強襲揚陸艦を一隻持っただけで完成するわけでもない」
若い将校は黙って聞いていた。
「だが、上陸部隊がいて、航空部隊がいて、海上からそれを送り込む手段がある。そして、それらを一つの作戦として動かせる」
年配の将校は、静かに頷いた。
「……少なくとも、海兵隊として必要なものは、一通り揃ったんじゃないか」
その返答に、若い将校は笑った。
「……それなら、十分ですね」
「ああ」
年配の将校も笑った。
「今のところはな」
1965年。
日本国防軍が発足してから、十七年。
旧日本海軍陸戦隊の経験を出発点に、陸軍の地上戦技術と、空軍の航空技術を取り込みながら発展してきた国防海軍陸戦隊。
そこには、旧日本陸軍が研究してきた上陸用船舶の技術も受け継がれていた。
『神州丸』
『あきつ丸』
それぞれ異なる方法で上陸作戦を支えようとした、二隻の特殊船。
さらに戦後、アメリカ海兵隊から学んだ、現代的な水陸両用作戦の知識が加わった。
その成果が、神州だった。
もちろん、この艦の就役をもって、国防海軍陸戦隊が完全に独立した軍種になったわけではない。
制度上は引き続き国防海軍に属し、陸軍との共同管轄も変わっていない。
しかし、実際の戦力という点では、大きな変化が起きていた。
単に海軍が保有する地上戦闘部隊ではない。
単に上陸用舟艇を使う歩兵部隊でもない。
海上を移動し、航空機と水陸両用車両を使い、必要な場所へ戦力を送り込める部隊。
そして、その作戦を自ら計画し、指揮できる部隊。
国防海軍陸戦隊は、神州の就役によって、現代的な海兵隊として一旦の完成を迎えたのである。
もちろん、それは発展の終わりを意味するものではなかった。
新しい艦艇。
新しい装備。
より大規模な上陸作戦。
その先に必要となるものは、まだ数多く残されている。
しかし、少なくとも、今後の発展を支える基礎はできあがった。
そして、神州の甲板からは、今日もヘリコプターが飛び立っていく。
海上では、舟艇と水陸両用車両が上陸へ向けて進んでいた。
空から。
そして、海から。
その両方を使い、陸戦隊は必要な場所へ向かっていく。
かつて神州丸が目指したもの。
あきつ丸が目指したもの。
そして、戦後の陸戦隊が積み重ねてきたもの。
それらが、ようやく一つの作戦として繋がったのである。
強襲揚陸艦『神州』。
旧日本陸軍の特殊船にその源流を持ち、戦後の日米が積み重ねた技術と経験を受け継いだ、新しい時代の海兵隊を支える最初の本格的な母艦だった。
続く
あ と が き
とんでもねぇ、待ってたんだ。
次回 “有る”方がマシンガン