第一の試練をあっさりと突破した虎杖悠仁だったが、続くエミリアの挑戦は、彼の想定を上回る異様な事態に直面することとなった。
「う、あ……あ、あああああッ!!」
墓所の奥から響く、エミリアの引き裂かれるような悲鳴。虎杖は即座に魂の輪郭を捉え、自らの術式『御厨子』を展開した。魂の構造に直接干渉し、空間の境界すら断ち切るまでに進化した見えない刃。ロズワールの目論見通り、本来ならその刃で試練の精神世界を強引にこじ開け、内側から彼女を引っ張り上げるはずだった。しかし。
キィィィン!!!
虎杖の放った『解』の斬撃が、エミリアを包む試練の障壁に触れた瞬間、激しい拒絶反応と共に弾け飛んだ。
(——っ!? 弾かれた……!?)
虎杖の眼が、エミリアの魂の深層を凝視する。そこにあったのは、ただの「過去の絶望」ではない。
『虚飾の魔女』パンドラの権能——事象そのものを書き換え、エミリアの記憶からその存在ごと「無かったこと」にして封印した、世界の理のバグ。
あまりにも強固な因果の書き換え。さしもの特級術師たる虎杖の進化させた術式を以てしても、完全に忘却させられ、歴史の辻褄を合わせられたエミリアの封印にだけは、外側からの干渉を完全に拒絶されたのだ。
「いや、だ……! 私、私は——っ!!」
精神の限界を迎えたエミリアは、吐血せんばかりの絶望の狂気の中で、第一の試練を「失敗」し、強制的に墓所の外へと弾き出されてしまった。青ざめた顔で気絶した彼女を抱き留めながら、虎杖は世界の歪みの根深さに「チッ」と小さく舌を打った。
エミリアをレムたちに預け、再び一人で墓所の通路に佇んだ虎杖は、壁に手を当てながら、かつて自分が体験した
「ある記憶」を呼び起こしていた。
(この、精神を別の場所に引っ張り、記憶を再現される感覚……俺が最後に宿儺と戦った時に使った領域の必中効果に似てる……いや…あれは俺の心象風景をそのまま相手に共有する類の少し変わりダネの必中効果でしかも魂を同居させていた宿儺にだからこそ繋がった)
脳裏に蘇ったのは、かつての終世の強敵「呪いの王」両面宿儺。そして、68年後の東京で出会ったシムリア星人の特使——『マルル』の記憶だった。
当時、マルルが持つ「調和」を司る術式によって、虎杖は『魂の通り道』と呼ばれる精神世界へと足を踏み入れたことがあった。
(あの『魂の通り道』自体は、マルルや真人の術式効果じゃなくて、世界そのものに最初から根付いていた理……)
墓所の試練がやっていることも、本質的には全く同じだった。虎杖がかつて使った宿儺と分かり合う為の記憶と心象風景の共有を可能とした領域展開…そして魂の在り方に直接同期する精神世界
この空間は挑戦者の記憶を正確に読み取り、あるいはその記憶から「それに限りなく近い世界」を物理的な質感すら伴って再現してみせる。
(……この空間を作った術師…エキドナか、あるいは別の誰かかの規格外さは逆に笑えてくる)
元いた世界の頂点にいた、あの不死の術師・天元。あるいは、千年の時を駆けて悍ましい陰謀を巡らせ続けた、あの忌まわしき羂索。
(あの結界術を極めた二人でも、ここまでのシステムを単一の墓所に組み込むなんて芸当、果たしてできただろうか?)
世界の根底にあるシステムそのものをハッキングし、400年もの間、特定の血筋(亜人のハーフ)だけを選別してオドを繋げる揺り籠。この世界の『魔女』たちの底知れなさを、虎杖は肌で実感していた。