天獄の熾翼、墳墓の魔王 作:マジックス
天空城へ戻ってから、俺はしばらく自分の能力を確かめることに時間を使った。
二刀流、飛行、魔法、スキル、ワールドアイテム。必要なものを一通り試し、ゲームだった頃との差を確認していく。
結果は良好だった。
身体を直接動かせるようになった影響は大きく、特に二刀と飛行はゲーム時代より扱いやすい。《エインヘリヤル》も逐一命令を与える必要はなく、こちらの意図をある程度汲み取って動いてくれる。
少なくとも、新世界へ来たことで俺のビルドが弱くなった様子はない。
そんな確認を終えた頃、アレーテイアから報告が入った。
◇
『法国側が動きました』
天空城の一室で、アレーテイアが法国周辺の情報を展開する。地図上には、既に国境を越えて移動している一団の位置と進路が表示されていた。
「漆黒聖典?」
『はい。また、秘匿保管されていた特殊装備も同時に持ち出されています』
表示が切り替わる。
遠距離から確認された一人の女性。その身を覆う特徴的な衣装には見覚えがあった。
《傾城傾国》。
法国が保有するワールドアイテムだ。
「確認は?」
『ノクスによる直接確認も終了しております。装備の意匠、警護配置、歴代の運用記録との一致から、《傾城傾国》であると断定して問題ございません』
「分かった。シャルティアは?」
『ノクスが既に捕捉しております』
地図上に別の位置が重ねられた。
シャルティアは、もうナザリックを出ている。
原作通りなら、アインズから武技を使える人間の捕獲を命じられ、エ・ランテル周辺で対象を探している頃だ。
ノクスの観測も、それと大きくは外れていない。
『人間集団への襲撃を複数回確認しております。行動から、捕獲する価値のある戦闘能力保有者を選別しているものと判断いたします』
「漆黒聖典とは?」
『まだ接触しておりません。ただし、双方の行動域は接近しつつあります』
やはり原作と同じ流れらしい。
漆黒聖典は《傾城傾国》を持って地上に出ており、シャルティアも既に任務へ入っている。
このままなら、いずれ偶然ぶつかる。
「そのまま監視。法国側はアレーテイア、シャルティアへの直接追尾はノクス。接触しても基本的には介入するな」
『御意』
「ただし、《傾城傾国》の装備者が殺されそうになった場合だけは守れ」
『承知いたしました』
原作知識は、やはりかなり使える。
未来が完全に同じだと考える必要はない。それでも、観測した事実が一致している限りは、原作を基準に次の動きを予測した方が早い。
通信を切ると、待っていたアルゴスが一歩前へ出た。
「真なる竜王について、現時点での情報整理が完了しております」
「聞こう」
◇
アルゴスが展開した地図には、思っていたほど多くの印はなかった。
五百年もある。
天空城の情報網が、強大なドラゴンを見つけるたびに真なる竜王の候補へ入れるような段階は、とっくに過ぎている。
今も残されているのは、存在そのものには相当な裏付けがありながら、現在地や生死、近年の活動が掴み切れていない個体だけだった。
「まず、白金の竜王。ツァインドルクス=ヴァイシオン」
アーグランド評議国付近が示される。
「エリシア様が十三英雄時代に直接接触しておりますので、真なる竜王であることはほぼ確定しております。現在も生存している可能性は極めて高く、評議国とは今なお深い関係にあるものと見ております」
白金の竜王。
ツアー。
ここは想定通りだ。
「次に、常闇の竜王」
別の地点が示される。
「巨大な地下洞窟を根城としていた記録が複数残っております。長期間にわたり表立った活動は確認されておりませんが、死亡を裏付ける情報もございません」
「生きている可能性の方が高い?」
「はい」
アルゴスが地図を動かした。
「続いて、七彩の竜王と思われる個体。人間を含む複数種族との間に子孫を残しており、その血統は現在まで複数確認されております」
地図にいくつもの系譜が重なる。
地域も時代もばらばらだ。
「本人の現在地は不明です。しかし血統記録については複数の経路から独立して確認されているため、存在自体を疑う理由はございません」
「なるほど」
さらにもう一つ。
今度は一点ではなく、広い範囲が示された。
「聖天の竜王。地上へ降りることが極端に少なく、高空を移動し続けている個体です」
「島みたいにでかいやつ?」
「記録上は、その表現が最も近いかと。遠隔観測も含め、五百年間に数度確認されております。ただし移動範囲が広大なため、現在地の特定には至っておりません」
白金、常闇、七彩、聖天。
存在について高い確度を持てるのは、まずこの辺りらしい。
「残りは?」
「既知の真なる竜王による活動なのか、それとも未確認の個体によるものなのか断定できない痕跡が二件ございます」
「普通のドラゴンを見間違えた可能性は?」
「低いかと。少なくとも、既知の竜種や単なる強大個体で説明できるものではございません」
「分かった」
それなら今は十分だ。
「生存確認と所在の特定を優先。接触はするな」
「御意」
真なる竜王については、ひとまずこれでいい。
俺自身の調整も終わり、周辺の情報も少しずつ揃ってきた。
そして法国には、五百年前から残していた仕込みがある。
そろそろ動いていい頃だ。
俺は席を立った。
「じゃあ、法国へ行こう」
メルクリウスが静かに頭を下げる。
「御意のままに」
◇
法国を手に入れるために、軍を動かす必要はない。
欲しいのは焼け野原ではなく、今の法国そのものだ。
聖典、神人、軍、宗教、諜報網、国家機構。
五百年以上をかけて積み上げられたものを、壊さずそのまま使えばいい。
《Gate》を抜けた先は、法国中枢の地下だった。
そこから案内されるまま幾つかの扉を越え、奥へ進む。
最後の扉が見えてきたところで、ふと思った。
せっかく神様として迎えられるんだ。
普通に喋るのも少しもったいない。
前世で見ていたアインズの、あのやたら重々しい喋り方。一度くらい自分でもやってみたかった。
少し真似してみるか。
面白そうだし。
扉が開く。
中は小さな礼拝堂だった。
正面には祭壇が置かれ、左右の燭台に灯された火が薄暗い室内を照らしている。奥の壁には、厚い布で覆われた巨大な額縁が掛けられていた。
待っていたのは五人。
法国でもごく一部しか知らない、秘密の継承者たちだ。
俺が足を踏み入れた瞬間、全員が一斉に膝をついた。
誰も口を開かない。
なので、俺もすぐには喋らなかった。
こういうのは、たぶん間が大事だ。
少し待ってから口を開く。
「――面を上げよ」
五人がゆっくりと顔を上げた。
思ったより楽しい。
「長きにわたり、よく務めた。まずはその労を認めよう」
中央の老人が深く頭を下げる。
「勿体なき御言葉にございます」
「よい。続けよ」
「はっ」
……それっぽい。
老人が立ち上がった。
「現在、《御姿》を拝することを許されておりますのは、この場の五名のみでございます」
二人が奥へ進み、額縁を覆っていた布を取り払う。
現れた肖像画を見て、思わず目を細めた。
描かれていたのは俺だ。
六枚の翼を広げ、白と黒の二刀を携えたゲーム時代のアバター。
顔立ち、瞳、髪、体格、翼。
どれも驚くほど正確だった。
それ以上に、絵そのものの完成度がおかしい。
羽毛や金属に落ちる光まで細かく描き込まれているのに、近付いても筆跡らしいものがほとんど見えない。五百年以上を経ているはずなのに、目立った劣化すらなかった。
新世界では、宗教的価値を抜きにしても値段を付けること自体が難しいらしい。
まあ、売るという発想自体がないだろうけど。
そもそも、この絵を見られる人間が法国に五人しかいない。
「……よく残したものだ」
「我らが生命より重きものとして継承されております」
「そうか」
六枚の翼をゆっくり広げる。
巻き起こった風に、燭台の火が揺れた。
五人の視線が、肖像画と俺の間を何度も行き来する。
顔、瞳、翼の形、白い羽に混じる黒羽、体格。
時間をかけて一つずつ確かめている。
やがて中央の老人が息を整えた。
「御姿について、我らの知る限り相違はございません」
五人が再び頭を下げる。
「されど、御姿のみをもって御身を断定することは許されておりませぬ」
「当然だ」
姿を変える魔法はある。
ドッペルゲンガーだっている。
肖像画そのものが、五百年間一度も他人の目に触れなかったという保証もない。
老人が続ける。
「ゆえに、口伝によってのみ受け継がれてきたものがございます」
俺は続きを待った。
「御身が天上において名乗られていたという、真なる御名」
嫌な予感がした。
「御身御自身の口より、お聞かせ願えますでしょうか」
……これか。
そういえば残した。
本人確認に使える情報として、プレイヤーネームも伝えておいた覚えがある。
五百年前の俺に一つ言いたい。
もう少し未来の自分のことを考えてほしかった。
五人の視線が集まる。
仕方ない。
堂々といこう。
「――《Holy†Lucifer》」
静寂が落ちた。
誰も笑わない。
当たり前だ。
むしろ全員の表情は、それまで以上に真剣になった。
中央の老人が僅かに息を呑む。
「……御名の中央に置かれし印は」
そこまで確認するのか。
「十字架だ」
「間違いございません」
やめてほしい。
「聖なるものを示す《Holy》。その後に十字の印。そして《Lucifer》」
一個ずつ説明しないでくれ。
「五百有余年、一字たりとも失うことなく継承されし、真なる神の御名――《Holy†Lucifer》」
二回言うな。
顔には出さない。
ここで顔を引きつらせるわけにはいかない。
だが、内心では昔の自分をかなり殴りたかった。
Holy。
Lucifer。
聖なるルシフェル。
その間に†。
当時は格好いいと思ったのだろう。
いや、間違いなく思っていた。
そして、そこでさらに嫌なことに気付いた。
ルシフェル。
……いたな。
アインズ・ウール・ゴウンに。
《るし★ふぁー》。
いや、向こうは平仮名。
俺は英語。
違う。
違うけど、思いっきり被っている。
しかも向こうは★で、こっちは†。
記号を挟むところまで同系統だ。
何なら俺の方はHolyまで付いている。
どう考えても、こっちの方が痛い。
よくこの名前のまま世界チャンピオンまで行ったな、俺。
「……御身?」
危ない。
「何でもない。続けよ」
声だけは平静に保つ。
「はっ」
老人が深く頭を下げた。
たぶん、今の沈黙にも何か神秘的な意味を感じている。
違う。
昔のハンドルネームで精神的なダメージを受けていただけだ。
「最後に一つ。御名と共に継承されし言葉がございます。天より再び地上へ降り立たれた時、御身が最初に求められるものは何か」
これはまだいい。
「――退屈せぬ世界を」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、五人が揃って額を床へつけた。
「全て、一致いたしました」
老人の声が震えている。
「御姿。そして五百年にわたり口伝によってのみ継承されし御名と御言葉。その全てが一致しております」
顔を上げた老人の目には、涙まで浮かんでいた。
「我らは、御身を《真なる神》と認めます」
五百年。
俺が昔付けた中二病ネームが、国家最高機密として五百年間保存されていた。
人生、何が起こるか分からない。
これはかなりの割合で自業自得な気もするけど。
片手を上げる。
「頭を上げよ」
五人が従った。
ここからは、また演技だ。
「五百年は長い。余が不在であったにもかかわらず、国を存続させ、教えを守り、今日まで繋いだ。その働きを余は軽んじぬ」
一人が再び頭を下げようとした。
「よい」
動きを止めさせる。
「これまでについて咎めるつもりはない。安心せよ」
「はっ……!」
かなり効いている。
さっきまで《Holy†Lucifer》で死にかけていたとは、誰も思うまい。
少し楽しくなってきた。
「しかし」
五人の背筋が伸びる。
「余が帰還した以上、これより先は異なる」
ゆっくりと見渡す。
「法国はこれより、余の意思を受け入れるために動け」
誰も異を唱えなかった。
中央の老人が深く頭を下げる。
「御意にございます。ただ、御許しをいただき、一つ申し上げたきことが」
「許す」
「御身について真実を知る者は、法国においても極僅か。国家そのものを滞りなく御手へお戻しするには、最高執行部を始め、順を追って御存在を伝えていく必要がございます」
「当然であろう」
「はっ。そして、とりわけ一名――」
老人が僅かに間を置いた。
「アンティリーネ・ヘラン・フーシェ」
出た。
「法国最強の神人。現存する法国戦力の中では絶対的な最強として扱われ、これまで一度として敗北を知りませぬ」
「ふむ」
「御身の存在を受け入れさせるにあたり、その力を直接目にさせることが最も確実かと」
つまり、戦えということか。
分かりやすい。
それに俺も、一度アンティリーネとは戦ってみたかった。
「よかろう。場を用意せよ」
「はっ」
少し間を置く。
「疑うことを咎める必要はない。知らぬものを信じよと命じるだけでは、理解には至らぬ」
五人を見る。
「ならば、見せればよい」
我ながら、今のは結構決まった。
名前は《Holy†Lucifer》だけど。
◇
用意されたのは、法国領内でも人里から遠く離れた岩地だった。
背の低い草の間から岩盤が露出し、見渡す限り人家はない。見届ける必要のある五人だけを十分に離れた場所へ残し、俺は開けた場所へ進んだ。
やがてアンティリーネが姿を見せる。
左右で色の異なる髪。
小柄な身体を覆う白い鎧。
手にしているのは巨大な鎌――《カロンの導き》。
俺から少し離れたところで足を止めると、顔から翼へ、それから腰に差した二本の剣へと視線を移した。
「あなたが、真なる神?」
「そう呼ばれている」
「そう」
反応はそれだけだった。
驚いた様子も、畏れている様子もない。
「私と戦うって聞いた」
「そうだ」
「どうして?」
「余が望んだからだ」
そこで初めて、僅かに目が動いた。
「私と?」
「そうだ」
「ふぅん」
興味があるのかないのか、表情からはよく分からない。
これ以上、五人に聞かせるための会話を続ける必要もないだろう。
俺は《Message》を繋いだ。
アンティリーネが一度だけ瞬きをする。
『聞こえる?』
『……聞こえる』
『よかった』
遠くから見れば、俺たちは無言で向かい合っているだけだ。
『お前、多分八十八くらいでしょ?』
アンティリーネの視線が止まった。
『……何が?』
『強さ』
『八十八?』
『うん』
少し笑う。
『雑魚じゃん』
返事はなかった。
ただ、さっきまで曖昧だった視線が、はっきりと俺へ向く。
『その数字、誰から聞いたの?』
『誰からも』
『じゃあ、どうして知ってるの?』
『知ってるから』
『答えになってない』
『答える気ないし』
アンティリーネは黙った。
怒っているようには見えない。
ただ、俺を観察する目だけが少しずつ鋭くなっていく。
『《カロンの導き》』
鎌へ視線を落とす。
『《エインヘリヤル》。それとタレント』
今度こそ、明確に空気が変わった。
さっきまで僅かに残っていた気怠そうな色が消える。
『……法国から聞いた?』
『聞いてない』
『誰から?』
『秘密』
それ以上は教えない。
しばらく俺を見つめたあと、アンティリーネが尋ねてきた。
『あなたは、私より強いの?』
『うん』
『どれくらい?』
『戦えば分かるよ』
『そう』
短い返事だった。
だが、もう俺から視線を逸らそうとはしない。
「ルールは?」
今度は声に出して聞かれた。
「死亡は禁止。降参は認める。それ以外は自由だ」
「装備も?」
「構わぬ」
「魔法も?」
「好きにせよ」
「タレントも?」
「無論だ」
アンティリーネが《カロンの導き》を構える。
俺も二本の剣を抜いた。
白剣《天耀神裁・ルクス=アストラ》。
黒剣《冥獄虚葬・ノクス=アビス》。
二本の剣へアンティリーネの視線が一瞬だけ移る。
もう言葉はいらない。
遠くから見守る五人にも届くよう、声を響かせた。
「――始めよ」
アンティリーネが踏み込んだ。
地面を蹴る音が一つ響いた直後、間にあった距離が消える。
《カロンの導き》が低く走った。
狙いは脚。
死亡を禁じた条件の中でも、機動力を奪える場所を選んだらしい。
白剣を下ろす。
刃と刃がぶつかり、硬い金属音が岩地に響いた。
俺の足は動かない。
アンティリーネの目が僅かに見開かれる。
すぐに鎌を引いた。
そこで、もう一度《Message》を繋ぐ。
『あれ?』
返事はない。
『八十八って見積もり、高すぎた?』
やはり返事はない。
代わりに、次の踏み込みが変わった。
真正面から来ない。
僅かに右へ角度を付け、同時に鎌の軌道を途中で変える。
最初から当てるためではなく、こちらの反応を見るための一撃。
黒剣を僅かに動かし、鎌の先端だけを外へ流した。
その瞬間、アンティリーネが身体を沈める。
返しの刃が逆方向から走った。
白剣で止める。
そこから二撃、三撃。
一度離れ、間を置かずに踏み込んでくる。
単純に速度を上げるのではなく、攻撃の間隔や軌道を変えながら、俺の反応を探っている。
どちらの剣を優先して使うか。
どの距離で足を動かすか。
何を見て攻撃に反応しているか。
怒って力任せに突っ込んでくるような相手ではないらしい。
それなら、もう少し遊べる。
数合を重ねたところで、さらに鎌が速くなった。
何らかの方法で身体能力を引き上げたのだろう。
それでも見失うほどではない。
左から来た刃を白剣で外し、返しを黒剣で受ける。
上。
脇腹。
足元。
全部見える。
『ねえ』
攻撃の最中に送る。
返事はない。
『法国最強って、もう少し凄いと思ってた』
鎌が横薙ぎに走った。
半歩下がるだけで刃先を避ける。
『聞こえてる?』
『聞こえてる』
ようやく返事が来た。
『よかった。無視されてるのかと思った』
『戦ってるから』
『俺も戦ってるよ?』
今度は答えない。
次の一撃を少し強めに弾いた。
《カロンの導き》が外へ逸れ、アンティリーネの身体が僅かに開く。
届く。
首でも、胸でも、脇腹でも。
一歩踏み込めば終わる距離だ。
それでも斬らず、白剣の切っ先だけを胸元へ向けて止めた。
アンティリーネの目が剣先へ落ちる。
一拍遅れて、大きく距離を取った。
『今、一回死んだね』
返事はない。
『死亡禁止だから斬らなかったけど』
それでも黙っている。
『一敗』
アンティリーネは何も言わず、俺を見た。
表情はほとんど変わっていない。
ただ、今までとは見る場所が違う。
俺の剣が届く範囲。
翼。
足。
両腕。
視線。
一つずつ確かめるように見ている。
『……今の、わざと?』
『何が?』
『攻撃しなかったの』
『逆になんでわざとじゃないと思ったの?』
『そう』
《カロンの導き》を握り直す。
さっきまでと同じ攻め方は、もうしてこないだろう。
『雑魚って言った意味、少し分かった?』
答えはない。
『まだ?』
『まだ』
今度は即答だった。
思わず笑う。
『身の程知らずだね』
一歩前へ出る。
それだけでアンティリーネの身体が反応した。
一気に距離を詰め、白剣を振るう。
受けられる程度まで威力を落とした一撃。
《カロンの導き》が間に入った。
金属音と同時に、アンティリーネの身体が後方へ押し流される。
靴底が岩を削り、数メートル滑って止まった。
俺は追わない。
『今の何割?』
アンティリーネの方から《Message》が飛んできた。
初めて向こうから聞いてきた。
『秘密』
『……そう』
『知りたい?』
『少し』
『じゃあ頑張って』
剣を軽く振る。
『一発でもまともに入ったら教えてあげる』
アンティリーネの目が僅かに細くなった。
『それまで教えないの?』
『一発当てたら教えるって聞いてた?』
少し間が空く。
『じゃあ、当てる』
『百パーセント無理。あ、パーセントって分かる?』
アンティリーネは答えず、再び《カロンの導き》を構えた。
今度は先ほどより低い。
力で押し切れないことくらいは、もう分かっているはずだ。
それでも退く気はないらしい。
『ちなみに』
『何?』
『俺に傷一つ付けられなくても褒めてあげる』
返事はない。
『法国最強、よく頑張りましちたねーって』
アンティリーネは構えを崩さないまま、しばらく俺を見ていた。
『……先に当てるから』
お。
少しだけ笑う。
『頑張って』
次の瞬間、アンティリーネが動いた。
今度は真正面から来ない。
間合いの外を回りながら、こちらの動きを待っている。
最初よりずっと慎重だ。
俺は白剣を肩へ乗せ、その動きを眺めた。
さて。
ここから何を見せてくれるのか。
少し面白い。
主人公は中二病を卒業したと思っていますがまだ全然中二病です