雨の降る王都からの帰り道。

十歳の少女勇者カリナ・ウィングスは、路上で震える一匹の子猫を見つける。

生まれて間もないその小さな命は、冷たい雨に打たれ、すでにひどく衰弱していた。

「このままだと死んじゃう」

周囲の制止も聞かず、カリナは子猫を兵営宿舎へ連れ帰る。

医務官から告げられたのは――今夜が峠だという厳しい現実。

乳を飲ませ、体を温め、眠ることも忘れて小さな命を抱き続けるカリナ。

やがて夜が明け、子猫にも回復の兆しが見え始める。

これで助かる。

そう思った、その矢先――。

勇者だから命を救うのではない。

カリナが戦い続ける理由は、もっと単純で、もっと切実だった。

「命が消えるのが嫌だから――」

これは、まだ十歳の少女だった勇者カリナと、
雨の日に出会った一匹の子猫をめぐる、小さな命の物語。

※カリナが六歳の少女から勇者へと成長していく本編
『少女と精霊の聖剣十年戦記』も公開中です。

https://syosetu.org/novel/426015/


1 / 1
雨の日の子猫と小さな勇者

 光あふれるソルスター世界、その中央に位置する光国ルミナリア王国――

 その王都の道のりを一台の馬車が走っていた。

 季節は晩秋、ときは夕暮れ、そらには黒い雲が立ち込め今にも雨が降り出しそうだった。

 馬車の中には鎧姿の戦士が1人と、魔法剣士装束の少女が1人――

 特に少女は10歳程度でありまだ女児と言える範疇だった。

 

「なんだか降ってきそうね、エルリック」

「あぁ、早めに軍首脳との会議を終えられてよかったな、カリナ」

 

 戦士の名はエルリック、少女の名はカリナ、いずれもが戦士として戦いの装いをしている。そしてその10歳の少女の腰には不似合いなほどに立派な、金色に輝くバスタードソードが下げられていた。

 その聖剣の十字鍔には虹色の光を放つクリスタルがある。そのクリスタルが明滅し、成人女性の声を発した。

 

『雨天の雲が近づいてます。あと一刻もしないうちに降り出すでしょう』

「降り出す? 確実か? エリュシオ?」

『えぇ』

 

 聖剣から聞こえるのは精霊の声だった。精霊の名はエリュシオと言う。彼女が指摘するのと同時に、空は泣き出したように雨をもたらした。

 

――ザァァアアアッ――

 

「あっ、雨――」

「絶妙だな――」

 

 あまりの好タイミングにカリナもエルリックも苦笑するしかなかった。だがエリュシオは指摘する。

 

『お気をつけください。小さな命が近くに居ます』

「小さな命?」

 

 不思議そうにするエルリックだが、カリナはすぐに窓の外を真剣に眺めていた。それはエルリックが声をかけるのもためらわれるほどで、冗談を言うスキすら許さないような気配だった。そして、そこから馬車がしばらく走り、川を超える石造りの橋を乗り越えようとした時、カリナが声を発した。

 

「居た」

 

 それは静かな声だったが、馬車の中でしっかりと響いた。間を置かずにカリナは馭者席に通じる小窓を開けた。

 

「止めて!」

 

 馭者は迷わず馬車を止め、カリナはエルリックが止めるよりも早く馬車から駆け下りる。

 おりしも外は大粒の雨の降りしきる曇天空、雨具無しでは全身ずぶ濡れになる。だが――

 

「待ってて、今助けるからね」

 

 そう言いつつ自分が肩からかけていたマントを外し、その小さな命をくるむようにして守る。その姿は自分が雨に濡れることも厭わなかった。

 そして、急ぎ馬車の中に戻ってくる。驚きつつエルリックはたしなめる。

 

「おい! 風邪を引いたらどうする!」

 

 だがカリナは叱責にも動じない。マントを開いて救い出したその小さな命を指し示した。

 

「このままだと死んじゃう」

 

 カリナの真剣な言葉と同時にその小さな命は鳴き声を上げた。

 

「――ミィ〜〜――」

 

 まだ目が開いたばかりの小さな命――

 

「子猫……」

 

 生まれたばかりの子猫である。誰かに頼らねば生き残れない小さな命。カリナが見つけたもの存在の大きさをエルリックは感じずには居られなかった。

 エルリックの答えを聞くよりも前に、カリナはその小さな命を抱いて離さなかった。これから先のことを思うとさすがのエルリックも途方に暮れたのである。

 

§

 

 馬車はまっすぐにアルカナヴァンガードの兵営宿舎に向かう。親や家族の居ないカリナもそこで寝起きしているためである。

 その兵営宿舎には2000人規模の統合部隊、魔法剣士騎士団アルカナヴァンガードが待機している。当然、そこにはアルカナヴァンガードの隊員たちが控えている。

 普段なら隊員たちが列をなしてカリナの帰投を待っているのだが、この豪雨ではそうは行かない。

 馬車は屋根付きの車庫へと向かい、カリナ直属の側近や幹部が出迎えた。

 エルリックも戦士長と言う肩書の幹部の1人だが、その他に魔道士長のソフィア、技能士長のミリアが居る。二人の女性はカリナが馬車を降りてくるのを待つ。普段ならカリナは疲れたとか、休みたいとか、子供らしくぐずりながらも、ひと仕事終えた事を誇らしげにして帰ってくる。

 

「お疲れ様です、カリナ」

 

 ミリアが馬車のドアを開け、

 

「おかえりなさい、カリナ」

 

 ソフィアが馬車から降りるカリナに手を差し伸べようとする。だが――

 

「ソフィア! 医務官の先生まだ居る?」

「え? まだ居るわよ? 怪我でもしたの?」

「私じゃない!」

 

 そう言い切るとまたたく間に駆け抜けていく。その先は当然、医務室である。

 

「ちょっとカリナ!」

 

 その後をソフィアが追う。カリナとは親子ほどの歳の開きがある。孤児のカリナに日々の暮らしを世話し礼儀作法や社会的知識を母親のように教えているのはソフィアである。紫がかった髪をなびかせてソフィアはカリナの後を追う。

 

 二人の有様を驚きつつ見守るミリアだったが、ミリアはカリナに同行していたエルリックに仔細を訪ねた。

 

「何があったんですか?」

「猫だ」

「猫?」

「濡れネズミの子猫を見つけてしまってな」

 

 その一言でミリアはすべてを悟った。そして、これから起きるであろう面倒を思うとすごく困った顔をする。そして一言――

 

「うわぁぁぁぁぁ……」

 

 ため息をつくとがっくり肩を落とした。

 

「それ、どっちに転んでもカリナが泣くやつじゃないですか――」

「すまん、エリュシオが余計な一言を――」

「エリュシオが?」

「悪気はないんだろうがな」

「ですよねー」

 

 戦士長と技能士長、アルカナヴァンガードの武闘派の両翼は派手にため息をついたのだった。

 

 

§

 

 

 そこからはひと騒動だった。

 カリナの世話係の侍女たちにお湯を沸かしてもらい、猫の体を拭いてやる。そして、医務官が来るまでの間、骨の異常や怪我の有無を自ら確かめる。

 

「怪我はしてないわね」

「目が開いてすぐですね」

「歩けるようになって迷い出てしまったんですね」

 

 侍女の言葉にカリナは尋ねる。

 

「母猫のところから?」

「おそらく」

「よくあるんです。子猫って好奇心が強いから、元気に任せて巣から出てきてしまうんですよ」

「でも、カラスとかに見つからなくてよかったですね」

「怪我させられたらひとたまりもないですから」

 

 侍女たちの言葉を聞き入るカリナ――、真剣な顔で一言つぶやく。

 

「母猫のところには帰れないのかな?」

 

 それは思い一言だった。親と死に別れ、孤児だったカリナには猫であっても母との別れは自分ごとだった。

 

「母猫が見つかれば――」

 

 その一言でカリナはすべてを悟った。

 

「誰かが手を差し伸べないといけないのね」

「そうですね」

 

 だがそれは簡単なことではない。中年の医務官がやってきて状況をすぐに察する。ここで猫を見せられて怒り出すような医務官ではない。

 

「ちょっと失礼」

 

 そうつぶやいて、カリナから猫を受け取る。そして、体の各部や目や肛門、お腹の膨らみ具合などを見る。

 

「ふむ――」

 

 猫をカリナに戻しながら医務官は言った。

 

「巫女様、落ち着いてお聞きください」

「はい――」

 

 医務官の真剣さにカリナは息を呑む。

 

「この子が助かるかは五分五分です。悪い虫やお腹の病気はないようですが、なにしろこの雨です。体力がかなり奪われています。それにまだ乳児の子猫、母親の母乳意外受け付けません」

「助からないの?」

「そう決まったわけではありません。ですが、必ず生きるとは明言は出来ないのです」

「そうなんだ――」

 

 それでも――

 

「ミィイイ――!」

 

 子猫の鳴き声が響いた。まるで〝僕は生きている〟と訴えるかのように。

 

「でも、この子は生きたがってる」

「では、助ける以外ありますまい。ただし、いかなる結果になろうと受け入れるお覚悟が必要です」

 

 つまり、子猫に死が訪れたときも受け入れろということなのだ。

 

「どうやって乳を飲ませればいい?」

「牛やヤギの乳を人肌程度に温めたうえで麦わら(ストロー)を使って少しづつ飲ませるのです」

「麦わらで?」

「えぇ、麦わらで乳を口で少し吸って、それを猫に与えます。子猫がそれを飲めば生きる可能性は出てくるでしょう。それと――」

 

 医務官は猫をそっと撫でていった。

 

「今夜が峠でしょう」

 

 それがこの子猫の命のタイムリミットなのだと悟るカリナだったのだ。

 その様子を無言でじっと眺めていた人物が居た。ソフィアとエルリックである。

 

「カリナ、諦めろ」

 

 そう冷淡に言い切るのはエルリックだ。

 

「ここは兵舎だ。病院じゃない。ましてや自分の役目を忘れたわけではあるまい?」

 

 エルリックはカリナに自分自身の役目を突きつけた。

 さらにソフィアが説得するように言う。

 

「あなたの気持ちはわかるわ。でも、親である母猫がするべきことをあなたが全部こなせると思うの? 無理に決まってるでしょ?」

 

 猫は震えていた。寒さではなく、母のぬくもりが無いことに震えているのだ。だが、その小さな手がカリナを探してつかもうとしている。自分の手に絡んでくる今猫をカリナは手放せなかった。

 

「一晩だけ――、明日の朝まで時間をちょうだい」

 

 医務官はカリナに言った――、今夜が峠だと。それに明日の朝になれば、また日々の忙しい任務へと戻らねばならない。それをわかった上での言葉だった。

 エルリックとソフィアは顔を見合わせた、険しい表情だったが、真剣なカリナに二人とも折れた。

 

「明日の朝までだぞ」

「何が起きても受け入れなさい。それが条件よ」

 

 二人の言葉にカリナは頷いた。そして、力強く。

 

「わかりました」

 

 こうしてカリナの徹夜の看病が始まったのである。

 

 

§

 

 

 そこから先は徹夜の戦いになった。

 開いている洗濯物かごを使い、そこに柔らかい布を敷いてベッドを作る。そして、カリナの寝室のベッドの隣に置く。

 猫の体温を下げないように、木炭を使った火鉢も置かれた。

 そして、医務官の指導で山羊乳から猫用の乳が作られ、それを麦わらを使って一定時間おきに飲ませる事を試みた。

 それをすぐそばで見守り手伝うのはミリアだ。流石にカリナ1人で徹夜は無理だと、自ら手助けを買って出たのだ。

  

「カリナ、疲れたらいつでも言って」

「ありがとう、大丈夫」

 

 寝床に猫を横たえて様子を見る。まず乳を与えてみるが、少し舐める程度で積極的に飲む様子ではない。

 

「まだだめか」

「焦らないで、猫も環境に安心しないと食事は取らないから」

「そうなの?」

「えぇ、猫って特別に警戒心が強い生き物なんです。まずは安心させるのが大切です」

「わかった」

 

 それからは根気の勝負だった。寝ているのか衰弱しているのか、わからない子猫を見守り続ける。目を覚ましてもぞもぞ動くと、様子を見ながら麦わらで乳を与えてみる。だが、少し舐めて麦わらを拒否して終わる――、ということが続いた。それでも――、

 

「みぃぃ……」

 

 カリナが手を差し伸べると鳴くようになった。

 

「どうしたの?」

「みぃ、みぃ……」

 

 まるで母を探す赤子のようだ。

 

「大丈夫だよ」

 

 そっと手を差し伸べるとニジニジと這い寄ってきて抱きついてくる。

 

「抱いてあげて」

「うん」

 

 子猫がぬくもりを欲しがっているのだとカリナは察した。

 そこからは、ベッドの上で抱いて自分の体温で温めるようになった。そして、時折、麦わらの乳を飲ませる事を試みる。

 だが、子猫は中々飲まなかった。それだけの生きる命が備わっていないのだ。

 

――だめかもしれない――

 

 そう思うが、口にはしない。今、この子を助けられるのは自分しか居ないのだと、カリナは自らを言い聞かせた。

 そして、夜が更けてさらに時間が過ぎ、窓外の夜空に薄明かりが指した頃だ。

 しばらく寝ていた子猫がまたもぞもぞと動き出す。それに気づいて、麦わらで乳を飲ませることを試みる。

 

「お願い、飲んで――」

 

 ミリアも固唾をのんで見守る。子猫は鼻で匂いを嗅いでいた。その時――

 

「あっ!」

「麦わらを咥えた!」

 

 そして母の乳を吸うように少しづつ力強く子猫はカリナから乳をもらった。それも麦わら一本の乳を飲み干す勢いだ。

 

「まだ飲むかも」

 

 いそいで2つ目を与える。子猫はそれもしっかりと飲み干した。そして、お腹をいっぱいにして今度はうろつき出した。

 

「別な布でお尻をつついてあげて。おしっこやうんちをしたがってるはずだから」

「はい」

 

 母猫がそうするようにカリナは子猫のおしりを拭いた。すると、待ちかねたように子猫はおしっこをした。

 

「良かった、食事をできるくらいには回復したんだわ」

「うん!」

 

 これで助かる――と、カリナは疑わなかったのである。

 

 

§

 

 

 そして、朝日が登った。窓の外が明るくなる。一晩を無事に乗り切ったのだ。

 乳を飲んで子猫はぐっすり寝ていた。

 

「もう、大丈夫ですね」

「うん!」

 

 すやすやと寝息を立てる子猫の顔は健やかそのものである。

 そして、カリナが子猫の頭をそっと撫でようとしたときである。

 子猫は突然ムクリと起き出すとカリナに体を寄せてきた。そして――

 

「みぃぃぃぃ!」

 

 小さくも長い声でしっかりと鳴いた。これまでで一番の鳴き声だった。

 

「どうしたの?」

 

 驚いて急いで抱き上げて懐に抱いてやる。そして、カリナの手の感触に安堵して寝たかに見えた。

 

 だが――

 

「え?」

 

 子猫の全身から力が抜けた。

 

「うそ――」

 

 子猫は息をしてなかった。

 

「嘘だよね? お乳、飲んだんだよ? あんなに元気だったじゃない」

 

 子猫の全身から力が抜けていた。カリナが手を離せばそのまま崩れ落ちる。

 

「やっぱり――」

 

 カリナはそれ以上なにも言えなかった。そして、声を上げて泣いた。

 

「助けられなかった……ごめん……ごめんね……」

 

 命の火は消えた。子猫は朝を迎えられなかったのだ。

 ミリアも泣いた。そして、無言でカリナを抱きしめてやる。

 そして、カリナと子猫の長い夜は、こうして終わりを迎えたのである。

 

 

§

 

 

 夜明けとともにカリナの寝室を訪れたのはエルリックだ。

 そして残念な結果を受け入れるしかなかった。

 声もなくすすり泣くだけのカリナをそっと頭を撫でて慰める。

 その時カリナがぽつりと言葉を漏らす。

 

「命が――、命が消えるのは嫌だったから――、どうしても見捨てたくなかったから――」

 

 命が消えるのが嫌――、それがカリナの行動原理の全てだった。

 それを聞いた上でエルリックは力強くゆっくりと声をかけた。

 

「できる限りのことは全てやったんだ。後は弔って土に返してやろう」

「はい」

 

 カリナは子猫の亡骸を抱いたまま頷いたのである。

 そして、子猫を横たえられるだけの大きさの木箱を見つけると白い清潔な布を置いて、子猫の体をそっと横たえた。木箱にそっと蓋をして運び出す。

 兵営宿舎の敷地の片隅に土に埋める場所を見つける。

 

 ミリアとエルリックがカリナのそばにいた。

 早朝であったため騎士団の兵士たちも数人ほどその場に居合わせた。

 何があったのかと戸惑っている彼らだったが、昨日、カリナが子猫を拾ってきたことを知るとそこから何があったのかみんなが全てを察した。

 そして穴を掘って土に埋めようとしたその時である。

 

――カリカリカリ――

 

 木箱の中から何かがひっかく音がする。

 

「えっ?」

 

 カリナは思わず拍子抜けしたような驚きの声を出した。

 

「箱の中動いてるぞ?」

「まさか――生き返った?」

 

 そのまさかであるかどうかを確かめるため、カリナは木箱を地面に置くと急いで蓋を開けた。するとそこにはキョトンとした顔でカリナを見つめてくる2つの瞳があった。

 

「みぃぃぃぃ〜」

 

 カリナの顔を見るなり鳴き声を上げる姿はお腹が空いたと言わんばかりだ。

 エルリックもミリアも本気で驚かざるを得なかった。

 

「生き返った?」

「そのようですね」

「さっき確かに死んでたよな?」

「はい、呼吸停止と肉体の弛緩、確かにこの目で見ました」

「信じられん」

 

 あっけに取られる2人の脇で兵士たちは逆に盛り上がっていた。

 

「さすが聖剣の巫女様」

「奇跡を起こしたぜ」

「カリナ様の献身あってのことだろ?」

「何でもいいさ、カリナ団長が笑ってくれるなら」

 

 兵士たちの言う通りだ。

 悲しみの底に沈んでいたはずのカリナは元気になった子猫を抱きしめながら溢れるばかりの笑顔で喜びをあらわにしていたのである。

 

「よかった! もう大丈夫だからね!」

 

 そして次に頭を抱えるのはエルリックである。

 

「問題はこの猫をどこで飼うかだな」

「カリナが納得する結論を見つけないとまたひと悶着起きますよ」

「勘弁してくれ」

 

 ぼやくエルリックにミリアも苦笑するのだった。

 

 

 

§

 

 

 その後、カリナは侍女の手を借りながら子猫を育てるための場所作りに奔走していた。

 それを遠くで眺めながら、ミリアはソフィアに声をかけていた。

 

「ソフィア今朝一緒に出てこなかったわね」

「ちょっと徹夜で色々やってたから」

 

 その言葉でピンと来た。

 

「何をやってたの?」

 

 ソフィアは口元に笑みを浮かべながら静かにつぶやく。

 

「すぐ隣の部屋で遠隔で子猫の命のモニタリングよ。死のそのタイミングを掴まないと、仕掛けられない魔法があるのよ」

「え? そんな魔法あるの?」

「あるわよ。肉体からの魂魄の剥離を引き留める特殊な魔法よ。一度死んだら死の世界から呼び戻して肉体を復活させることは原則できない」

「知ってるわ。死者蘇生は不可能とされてるんでしょ?」

「ええ、肉体を持った状態での〝よみがえり〟は絶対ありえない。でもその例外が死んだその瞬間。魂が肉体から離れるのを強引に引き止めて死を遅らせる魔法があるの。〝死亡遅延〟って言うんだけどね」

 

 ミリアはその一言でソフィアが一晩何をしていたか全てを察した。

 

「子猫が死ぬのを想定してずっとその魔法をかけるの狙ってたの?」

「あたり」

 

 ソフィアはにやりと笑った。

 

「でも魂魄の剥離を送らせただけでは不十分。と同時に肉体の損傷の修復と、衰弱した生命の活性化、この2つを同時に行ったの」

「まさか、隣の部屋から遠隔で?!」

「それしかないでしょ? カリナが必死に看病しているその隣で寝ずに魔法の準備するわけいかないじゃない」

「驚いた」

 

 3つの魔法の同時実行、しかも壁を隔てた隣からの遠隔で、しかもなる命の状態を観察しながらである。どう考えても高難易度の魔法の複合発動である。

 

「魔法に素人の私でも、あなたがどれだけすごいことやったかわかるわ」

「褒めても何も出ないわよ? でも――」

 

 ソフィアはカリナを遠くから眺めながらつぶやいた。

 

「あの子が笑顔を取り戻すためならこれくらい何でもないわ」

「ええ、そうですね」

 

 2人の前では、元気を取り戻した子猫を優しくなでるカリナの姿があったのである。

 

「エルリック、この子の名前何しようか?」

「君の好きにするがいいさ」

「ありがとう――それじゃ〝ライズ〟」

「意味は?」

「太陽が登る時に命を吹き返したから」

 

 名前を付けられたことに気づいたかのように猫は再び鳴いたのである。

 

「ミィ!」

 

 

§

 

 

 そしてライズと名を付けられたその子猫は兵営宿舎のカリナが寝泊まりしているところで飼われる事となった。

 首輪をつけて宿舎の中を気ままに歩きながらカリナの帰りを待つ。

 カリナが戻ってくるはずの時間になると、寝室の窓辺に座って外を眺める。

 そして戻ってきたカリナの姿を見つけると、宿舎の玄関へとやってくる。そしてカリナを毎日出迎えるのである。

 

「ただいま、ライズ」

「ミィ!」

 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

この短編では、勇者として戦うカリナではなく、
ひとつの小さな命を前にした、彼女の素顔を描いてみました。

カリナがなぜ人を助けようとするのか。
なぜ命が失われることを、あれほどまでに嫌うのか。

その答えの一端を感じていただけましたら嬉しいです。

そして――
この少女が、どのようにして勇者となり、
仲間たちと出会い、成長していったのか。

その物語は、
『少女と精霊の聖剣十年戦記』で描いています。

もしカリナのことをもう少し知りたいと思っていただけましたら、
ぜひ本編にも遊びに来てください。

感想や評価などもいただけましたら、とても励みになります。


https://syosetu.org/novel/426015/

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。