時系列間違ってないかな
高校入学から、あっという間に一年が過ぎ去った。
春風に舞う桜の花びらを眺めながら、俺は新二年生としての登校路を歩いていた。
耳元でかすかに揺れるシルバーのピアスと、黒髪の隙間から覗く洗練された金髪メッシュ。放課後のトレーニングでさらに鍛え上げられた胸筋と背筋は、少しタイトに仕立て直した制服の上からでも洗練されたシルエットを描いている。
「あ、上杉くん!おはよう!」
「風太郎おはよう!」
校門をくぐるなり、次々と黄色い声が飛んでくる。
前世の歌舞伎町で培った人の視線を自然に集めるオーラと、この一年で完璧に作り上げた文武両道のイケメンというブランド。その効果は絶大だった。
俺は歩みを止めず、声のした方へ視線を送り、ふっと口元を緩めて微笑んだ。
「おはよう。今日も二人とも、髪型が綺麗に決まってるね」
「「きゃああっ!!」」
挨拶された女子生徒たちが顔を真っ赤にして抱き合っている。
相手の小さな変化に気づき、一瞬で心を掴む言葉を投げる。ホスト時代には息をするようにやっていた基礎技術だ。
この一年間、俺の学園生活はまさに無双の一言だった。
テストの成績は学年首位を一度たりとも譲らず、運動会では飛び入り参加したリレーで圧勝。部活には所属していないものの、助っ人として呼ばれたバスケ部や陸上部で無類の強さを発揮した。
そして何より、俺の最大の武器は圧倒的なコミュニケーション能力だ。
暗く沈んでいそうなクソガキの風太郎とは違い、俺のトークは人を惹きつける。男子生徒に対しては頼れる兄貴分として接し、女子生徒に対しては紳士的に振る舞う。
結果として、俺の周りには常に人が群がっていた。
そして、その圧倒的な人気は、我が上杉家の極限状態の貧困問題すらも緩やかに解決しつつあった。
「風太郎!今日の昼学食行こーぜ!」
「上杉、頼むから今日の数学の課題教えてくれ!昼飯は購買の限定焼きそばパン奢るからさ!」
「風太郎くん、私のお弁当よかったら食べてくれないかな…? 多めに作ってきちゃって…」
昼休みになると、俺の机の周りには人山ができる。
前世のホスト風に言えば俺は一円の金も払わずに毎日太客たちから最高級のサービスを受けているようなものだった。
もちろん、タダでいただくような野暮な真似はしない。
ご飯を奢ってくれた男子にはテスト対策ノートを貸し出し、お弁当を分けてくれた女子には彼女たちが一番言ってほしい言葉をプレゼントする。
ギブアンドテイク
これが夜の世界を生き抜いてきた俺の美学であり、高校生活における生存戦略だった。
ーー
そして迎えた、二年生最初の昼休み。
「風太郎今日は学食だろ? 一緒に行こうぜ!」
「上杉くん、よかったら日替わり定食、私に奢らせて!」
廊下に出ると、早くも取り巻きの生徒たちが集まってくる。
だが、今日の俺には明確な目的があった。
「みんな、気持ちは嬉しいんだけど、今日はちょっと食べたいものが決まっててね」
俺は目元を少し細め、申し訳なさそうに、だが拒絶を感じさせない絶妙なニュアンスで手を合わせる。
「えー、何食べるの?」
「学食の『特製焼肉ラーメン』だ。限定10食のやつ。今日はどうしてもあれを食べたい気分なんだよ」
「あ、あのガッツリ系ラーメン!?風太郎くんがラーメン食べるの、なんか新鮮…!」
「俺が食券買ってきてやろうか?この前のテストお前のおかげで乗り切れたからな!」
男子生徒が気を利かせて言ってくるが、俺はポンと彼の肩を叩いて制した。
「気持ちだけ受け取っておくよ。自分の獲物は自分で狩るのが俺のルールだからさ。また明日ゆっくり付き合ってな」
俺は笑顔を浮かべ、彼らの視線を背中に受けながら軽やかな足取りで食堂へと向かった。
実は今日の昼飯代は昨日の放課後、別クラスの男子から期末テストの過去問傾向を教えてほしいと頼まれた際、謝礼としていただいた500円玉だ。
我が家の財布状況を考えれば、500円のラーメンなど超高級ディナーに相当する。
そして食券機で特製焼肉ラーメンのボタンを押す。
厨房のおばちゃんにチケットを渡すと
「あら上杉くんじゃない!お肉サービスしとくね!」
と嬉しいサービスをもらった。前世で鍛えた愛想はどこに行っても得をする。
ズッシリと重いラーメンのどんぶりをトレーに乗せ、俺は混雑する食堂内を見渡した。
新学期初日ということもあり、食堂は満席に近い。
(…お、あそこ空いてるな)
窓際の陽当たりが良い四人掛けのテーブル。その一角、端の席がぽっかりと空いているのを見つけた。
俺は迷わずその席に向かって歩を進めた。
そしてちょうど同じタイミングで、反対側からその席を目指して歩いてくる女子生徒がいた。
オレンジ色のロングヘアに、星型のヘアピンを二つつけた少女。彼女のトレーには、大盛りのかつ丼、冷やし中華、唐揚げ、プリンという、豪勢極まりない料理が並んでいた。
(…すごい量だな。キャバクラの同伴でもあんな頼み方はめったに見ないぞ)
俺はそのボリュームに一瞬目を奪われつつも、空いている椅子へと腰を下ろそうとした。
と、同時に。
ドンッ!!
「きゃっ!?」
同じタイミングで同じ椅子に座ろうとしたため、俺と彼女の身体が軽く接触した。
どんぶりのスープが少し揺れ、彼女の豊かな胸元と俺の鍛え上げられた腕が触れ合う。
「あ……すみません!」
彼女は慌てて体制を崩しかけ、手に持っていたトレーを落としそうになった。
「っと…危ない」
俺は瞬時に左手で彼女のトレーの端を支え、右腕で彼女の華奢な腰をそっと引き寄せて体勢を立て直させた。
ホスト時代、泥酔した客が転びそうになったのを何百回と救ってきた俺の反射神経が活きるとは…マジであれは何度か経験しても不快だったわ。
「大丈夫?」
俺は腰からすっと手を離し、相手の目をまっすぐ見つめて優しく微笑みかけた。
「っ…あ、は、はい…大丈夫です」
彼女は突然のハプニングと目の前の男の圧倒的な距離の近さに息を呑み、カッと顔を耳まで真っ赤にした。
「席同時に座ろうとしちゃったね。ごめんごめん、俺が前を見てなかった」
俺は謝罪しながら、すぐに自分のトレーを持ち直した。
「い、いえ! 私の方こそ周りが見えていなくて…!あ、あの、この席はどうぞ貴方が使ってください!」
彼女は恐縮したように手を振る。
「いや、女の子を立たせて男が座るなんて真似俺の美学が許さないよ」
俺はフッと笑顔を浮かべ、空いている向かい側の席を指差した。
「せっかくの広いテーブルだ。もし嫌じゃなければ、譲り合う代わりに相席ってことにしないかい? 俺も一人で食べるより綺麗な女の子と一緒の方が嬉しいしね」
「っ〜〜〜〜っ!?」
綺麗な女の子という言葉にさらに顔を赤くし、視線を泳がせた。
「き、綺麗な…だなんて、何を言っているんですか…!あ、でも、相席なら…」
おずおずと対面の席に腰掛け、俺もその向かい側に滑らかに腰を下ろした。
「改めまして、俺は上杉風太郎。二年生だ」
「あ…私は中野五月です。今日からこの学校に転入してきた、二年生です」
「転校生か。通りで見慣れない可愛い顔だと思った。よろしくね、五月ちゃん」
「ちっ…ちゃん付け!? あの、まだお会いしたばかりなのにそんな呼び方は…!」
「ダメかな? 五月ちゃんの雰囲気がすごく魅力的だったから、つい親しみを込めすぎちゃった。嫌なら中野さんに戻すけど」
俺は少し困ったように眉を下げ、上目遣いで五月を見つめる。女性の庇護欲をそそるテクニックだ。
「…い、嫌というわけでは…その、恥ずかしいと言いますか…あ、そのままの呼び方で結構です…!」
案の定、押しに弱い五月はコロリと流された。
(素直で可愛い奴)
前世で指名してくれた箱入りのお嬢様客を思い出す。手応えが抜群に面白い。
「よし、それじゃ五月ちゃん。いただきます」
俺は割り箸を割ると、特製焼肉ラーメンの麺を啜った。おばちゃんがサービスしてくれた豚バラ肉の甘辛い脂と、濃厚な豚骨スープが口内に広がる。
「美味い…!生き返るな」
俺が美味しそうに食べていると、対面で大盛りのかつ丼を頬張っていた五月が、チラチラと羨ましそうにこちらを見ていた。
「焼肉ラーメン…とても美味しそうですね」
「食べる?」
俺は自分のどんぶりを少し五月のほうへ差し出した。
「えっ!? け、結構です!初対面の方のご飯をいただくなんて、そんなはしたないこと…!」
「遠慮しなくていいのに。ほら、このお肉一つ食べてみて」
俺はラーメンの上の大きな豚バラ肉を箸でつまみ、五月の器の端へとポンと乗せてあげた。
「あ…」
五月は戸惑いながらも、肉から漂う香ばしい香りに抗えない様子だった。 意を決したように肉を口に運び、一口噛み締める。
次の瞬間、彼女の顔がパッと華やかに輝いた。
「〜〜〜っ! 美味しいです!」
「だろ?五月ちゃんが美味しそうに食べてくれて嬉しいよ」
俺は五月の目をじっと見つめて微笑んだ。
視線をそらさず、相手の瞳の奥を優しく捉える。五月は息を飲み、再び顔を真っ赤にして視線を手元の冷やし中華へと落とした。
その時、五月の鞄から一枚の紙が滑り落ちた。
俺は素早く手を伸ばし、それを拾い上げた。
「あ、これ落ち…」
視界に入ったのは、無残な数字だった。
『数学:15点』
「あっ! 見ないでください〜〜っ! 恥ずかしいです…!」
五月は顔を真っ赤にして、俺の手からテスト用紙を奪い取るように隠した。
「見ないでって言われても、バッチリ見えちゃったよ。15点か…なかなかのチャレンジャーだな」
「うぅ…笑いたければ笑ってください…! 私、勉強が本当に出来なくて…」
消え入るような声で打ち明ける五月。プライドが高そうな彼女がここまで素直に弱みを見せるのは、俺が醸し出している包容力のおかげだ。
俺はスープを飲み干し、どんぶりを置くと、優しく微笑んで五月の顔を覗き込んだ。
「笑うわけないだろ。誰にだって得意なことと苦手なことがある。諦めないで向き合おうとしてるだけで、五月ちゃんは十分偉いよ」
「上杉さん…」
五月の瞳が潤み、俺をまっすぐに見つめ返す。
「もしよかったらだけど…俺が勉強、教えてあげようか?」
「え……? 上杉さんが……私に勉強を?」
五月は信じられないといった様子で目を丸くした。
「ああ。これでも俺、テストの成績だけは学年で一番なんだ。教えるのは得意だよ」
俺は制服のポケットから、自作のノートを取り出し、テーブルの上でパラパラとめくってみせた。
五月はそのノートを覗き込み、息を呑んだ。
「すごい…すごく分かりやすいです…これ、上杉さんが書いたんですか?」
「うん。もし五月ちゃんが本気で点数を上げたいなら、俺が全力でサポートするよ。手取り足取り、分かるまで優しく教えてあげる」
手取り足取りという言葉に俺は少しだけ色気を含ませて囁いた。
「っ〜〜〜っ!?な、何を言っているんですか貴方!?べ、勉強の手ほどきをしていただくのはありがたいですが、変な意味ではありませんよね!?」
「ハハハ! 変な意味ってどんな意味?五月ちゃん、案外オマセさんだなあ」
「オマセ!? 違います! 私はただ…!」
必死に弁明しようとあたふたする五月。
照れ隠しに唐揚げを口に放り込む姿が実に微笑ましい。
(よし、掴みは完璧だ)
五月の性格はおそらく、プライドが高く真面目だが、押しに弱く素直。
こういうタイプには無理に距離を詰めようとせず、圧倒的な頼りがいと少しの優しさで見守ってやるのが一番効く。
「冗談だよ。でも、教えるっていうのは本気だから。放課後、図書室で少しだけやってみる?」
「……本当に、教えていただけるんですか?」
五月は不安そうに、だが期待を込めた目で見つめてきた。
「もちろんだよ。可愛い五月ちゃんのお願いなら、断る理由がない」
俺はウィンクを一つ飛ばした。
「可愛っ…!?だから、急にそういうことを言うのはやめてください!」
五月は怒りながらも、嬉しさを隠しきれない様子で耳まで赤くして下を向いた。
その時、五月のスマートフォンが振動した。
「あ… …失礼します。…はい、一花?え?もうすぐお弁当食べ終わりますが…はい、大丈夫です。……うん、また後で」
電話を切った五月は、少し困ったような表情を浮かべた。
「姉妹がいるの?」
「あ、はい。実は私、五つ子なんです。姉妹と一緒にこの学校に転入してきて…」
「…五つ子?」
俺は一瞬思考を止めた。
五つ子。つまり、この五月と同じ顔をした女の子が、あと四人いるということか。
(マジかよ…キャバクラでも双子のキャストすら珍しいのに、五つ子だと…?)
「…ふっ、面白くなってきたな」
俺のつぶやきに、五月が首をかしげた。
「上杉さん? 何か言いましたか?」
「いや、なんでもないよ。五つ子か、賑やかで楽しそうだね。みんな五月ちゃんみたいに可愛いの?」
「っ…!も、もう! すぐにそういうお世辞を…!」
五月はぷいっと横を向いてしまったが、その口元は緩んでいた。
俺は立ち上がり、自分の空になったラーメンのどんぶりをトレーに乗せた。
「それじゃ、俺は一足先に教室に戻るよ。五月ちゃん、放課後図書室で待ってるから。遅れないでね」
「あ…はい!ごちそうさまでした、上杉さん!」
去り際、俺は五月の肩にポンと軽く手を置いた。
ほんの一瞬のスキンシップ。相手の心に俺の存在を強く刻み込むための印象作りだ。
「じゃあね、五月ちゃん」
「っ〜〜〜〜っっっ!!!」
背後で五月が顔を真っ赤にして固まる気配を感じながら、俺は優雅な足取りで食堂を後にした。
基本こんな感じのキャラです。ずっと