セバスの存在が助かりすぎる。
モモンガは悩んでいた。
外の世界の情報を集めるため、いくつかの方法を考えた。
そのひとつが、ワガママなお嬢様を演じさせたソリュシャンに、消えても問題にならない人間、特に武技の使い手を集めさせること。
だが、お嬢様と来れば執事が必要だろう。滞在先であれこれと手配する使用人が必要で、ワガママお嬢様が自分でやるのは不自然だ。かといってメイドでは、業務の範囲を超えてしまう。
執事といったらセバスしか居ないが、セバスを外へ出すと狂信者だらけのナザリックに取り残されて精神的に疲弊するのは免れない。
「セバスを外に出したくない……」
狂信的なシモベたちを適切な態度に改めさせ――次の時にはまた狂信的なので、ちっとも安心できないのだが――ナザリックでの生活は、かなりストレスが軽減されていた。
逃げ出すために外へ行きたい、とは思わない程度には。
ゆえにモモンガは苦悩した。
どうやってセバスを手元に置くか。その役割を誰に代行させるか。
そして――
◇
セバスは、とある人物のもとを訪れていた。
「おや、セバス様。
モモンガ様のお側に控えていなくてもよろしいので?」
その人物は、周囲に避けられていた。
セバスと特に仲が悪いというわけではないが、セバスが雑談をしに来るような仲良しでもない。
どこかへ行く途中……かと思ったが、どうやら自分に用があるらしい。
「あなたに辞令です――エクレア」
◇
モモンガは満足していた。
「執事助手のエクレアなら、執事の代わりとして動くことに不足はあるまい。
身体的な不足は、男性使用人をつけたから良し……現地人に見られても腹話術が得意な執事がぬいぐるみを動かしているとしか思わないはず。
男性使用人の覆面も、ソリュシャンが『顔も見たくない』とか言えば、ワガママお嬢様のワガママのひとつとして処理されるだろう」
自分自身を納得させるように言うモモンガ。
そこにわずかな不安を抱えていることを感じ取ったセバスは、口を開いた。
「大変お見事なご采配でございます、モモンガ様」
「そうか。そうだと良いな。
さて、そうなると冒険者として活動させる者は誰にするか……」
「ソリュシャンのチームが実際に人間を捉えてまいりましてから、その人間に対して『冒険者のつもりになって』対応させることで、冒険者役の選考会とするのはいかがでしょうか?」
「なるほど。それは悪くないな。
よし、そうしてみるか」
という事になった。
◇
そうするとシャルティアがそのまま洗脳されてしまい、冒険者どころの騒ぎではなくなる。
しかし、完璧執事のセバスがナザリックに残ったことで、そのフラグはへし折れた。
「では出立いたしんす」
「お待ちください、シャルティア様」
「セバス。どうしたでありんすか?」
「吸血鬼の花嫁を連れて行くのは構いませんが、それだけでは探知が得意な者が不足いたします。
シモベとして命令を遂行するだけならそれでも十分でしょうが、モモンガ様は『隣に並び立つ存在』をお望みでいらっしゃいますので、ここは万全を期して探知が得意な者を幾人か追加でお連れください」
「それは……」
シャルティアは少し迷った。
セバスの言うことは正しい。
しかしナザリックの守護者が、それほどまでに警戒しなければならない相手だろうか?
全力を尽くすことに否やはないが、過剰な警戒は自らナザリックを貶める事になるのでは?
そこまでしないと満足に仕事をこなせないシモベです――と告白するようなものではないのか?
その逡巡を読み取ったセバスは、ダメ押しの一言を放った。
「御方にお褒めいただく機会は、最大化するべきだと思われませんか?」
「シャドウデーモンとエイトエッジアサシンなら、どっちが良いでありんしょうかえ?」
にっこり。
手のひら電動ドリルのシャルティアであった。
◇
「何なの、これは!? 美味しくないわ!」
響き渡るソリュシャンの怒号。
その声には、強い実感が込められていた。
ナザリックの料理長シホウツ・トキツの卓越した腕前と、ナザリック産の食材を、現地のものと比べるほうが酷ではあるのだが。
「こんな街には、もう居たくないわ!」
とワガママお嬢様を発動して、夜にも関わらず街道を進む。
その馬車を操る御者は、盗賊団と通じていて――
「前方5mの位置に落とし穴がございます」
「別の出入り口を発見いたしました」
などと報告があって、シャルティアの任務はとてもスムーズに完了した。
ブレインは捕まって吸血鬼になり、ブリタや法国はシャルティアと遭遇せず、洗脳イベントも発生しなかった。
原作のようにメソメソする必要がなくなったシャルティアは、ブレインの教育に注力し、web版のようにモモンガの命令を持ってきたアウラを足止めして怒らせるなんて不手際もせずに済んだのである。
◇
ナザリック地下大墳墓――真実の部屋――
ニューロニストは、生け捕りにされた盗賊たちを拘束具に固定して待機していた。
今回は「仕事」の前に、ちょっとしたイベントを挟むことになっている。
そのために、いつもは装着させているボールギャグを、今回は装着させていない。
ややあって、6人の美女が順番にこの部屋を訪れ、盗賊に名前を尋ねていく。
「さて質問です。
あなたの名前は?」
最初の挑戦者は、ユリ・アルファだった。
「そういうあんたは? ここはどこだ? そっちの化け物は何だ?」
ニューロニストにはビビり散らかしてばかりだった盗賊だが、メイド服の美女が相手となるといくらか安心したのか口がよく動く。
しかしユリはぴしゃりと答えた。
「今回あなたには質問する権利はありません。
こちらが尋ねたことに答えなさい。
それが……あなたのためです」
ちらりと後ろを振り向くように視線をそらすユリ。
そこに並ぶ数々の道具を見た盗賊は、震え上がった。
「じょ、冗談だろう……?」
「私はあまり手加減が得意ではありません」
教師モードで表情を変えないユリ。
マジだ、と理解した盗賊は、自分の名前を告白した。
ミッション成功。
ユリは退室した。
「じゃ、あとは私の仕事ねん」
ぬらり、とニューロニストが前に出る。
そして捕虜が交換された。
「お邪魔するっすよ~」
2人目の挑戦者は、ルプスレギナ・ベータ。
素の気さくな感じでニューロニストに挨拶しながら入ってくる。
「お。これが例の盗賊っすね。
武技を使えないから、私たちの練習台に、て話っすね。
良かったっすね~、ここの『道具の使い方』の練習じゃなくて。
さっさと答えれば痛い目にもあわずに、ここから出られるかもしれないっすよ」
希望をちらつかせるルプスレギナ。
ちなみに「ここから出られる」は、ナザリックからではなく真実の部屋からという意味だが。
それを明かすのは、出た先での使い道を知ったタイミングに取っておく。
「それじゃあ最初の質問っす。
名前は何ていうっすか?」
ニューロニストという怪物の姿と、凶悪極まりない道具の数々に囲まれ、それらを「使われる」と予感していた盗賊は、場違いに明るい様子のルプスレギナに異質なものを感じ取った。
裏の世界で生きる者としての嗅覚。
こいつはヤバい。
機嫌を損ねてはいけない相手だ。
笑顔でいきなり刺してくるタイプだ。
「お、俺の名前は……」
本当にここから出してくれるのか?
なんて言葉が喉元まで出かかって、それも「刺される」原因になりかねない、と気づいて踏みとどまる。
ドラゴンの尻尾の上で踊るような状況に、嫌な汗でびっしょりになりながら盗賊は名前を告白した。
「お仕事終了。
じゃあ後はよろしくっす~」
と手を振って出ていくルプスレギナ。
ニューロニストは、手応えがなくなった盗賊に少し退屈を感じながら仕事を済ませた。
そして捕虜が交換された。
「失礼します。
ニューロニスト様、お仕事ご苦労さまです」
3人目の挑戦者は、ナーベラル・ガンマ。
ニューロニストに挨拶しつつ入室する。
そして固定された盗賊を視界に捉えたとたん、その端正な顔は嫌悪に歪んだ。
「このミジンコから名前を聞き出せとのご命令でしたね。
ではゾウリムシ、名前を答えなさい」
ニューロニストや拷問器具など、気にするべき所は他にいくらでもあるが。
それらに勝るとも劣らないあまりの言い草に、盗賊は面食らってフリーズした。
10秒経過。
「ぎゃあああっ!」
ナーベラルは容赦なく捕虜の指を1本へし折った。
盗賊は痛みに悲鳴を上げる。
そして10秒経過。
ナーベラルはもう1本指をへし折った。
「早く答えないと指がすべて折れますよ。
まあ、アオミドロの指など知ったことではありませんが。
ミカヅキモの名前を聞き出せとのご命令なのです。さっさと答えなさい」
「言う! 言うから、やめ――ぎゃああああ!」
ナーベラルが喋るのに9秒かかったので。
それから1秒後に、盗賊は3本目の指をへし折られた。
「言うって言ってるのにぃ!」
盗賊は泣きながら名前を告白した。
ニューロニストが何やらメモする。
「では私はこれで失礼します。
ニューロニスト様、後はよろしくお願いします」
ナーベラルは綺麗に一礼して出ていった。
ニューロニストはため息をつく。
「……困った子ねぇん。
命令、命令と……『上に誰か居る』って情報を撒き散らすようではお話にならないわぁん。
冒険者として、という状況設定もまったく理解していないようだし……減点ねぇん」
仕方がないので「やりすぎて殺してしまった」というテイで事故死にする事にした。
仲間のミスをカバーする。
あたしってデキる女よねん。
ニューロニストは満足そうに捕虜を交換した。
「失礼いたしますわ」
柔らかな様子で入ってきたのは、4人目の挑戦者、ソリュシャン・イプシロンだ。
その雰囲気は、拷問を覚悟した盗賊に「中止の指示を持ってきたのでは?」と勘違いさせるほどだった。
「少し事情が変わりましたの。
ジョン・スミスという名前の捕虜は殺すことになりまして。
……あら、ここにも捕虜が。
あなたの名前はジョン・スミスでよかったかしら?」
「い、いや、俺は違う! 俺の名前は――」
盗賊は慌てて自分の名前を告白した。
ジョン・スミスなんて名前のやつが居たっけ? と思いながら、その小さな疑問は頭から追い出した。
重要なのは「ジョン・スミスは殺す」という言葉だ。
裏を返せば「それ以外は殺さない」とも受け取れる。
どうやら貴族を怒らせたか何かしたらしいジョン・スミスとやらのとばっちりで捕まったようだ、と盗賊は勝手に誤解した。
「あら、ごめんあそばせ。
では、後はよろしくお願いしますわ」
ソリュシャンはさっさと出ていった。
ニューロニストは何やらメモした。
「さて、それでは仕事ねん」
そして捕虜が交換された。
「……失礼……します」
5人目の挑戦者、シズ・デルタがやってきた。
ニューロニストへの挨拶もそこそこに、捕虜へと向かう。
「……名前。教えて」
ニューロニストの姿や数々の拷問器具に恐怖心を抱いていた盗賊は、しかしシズのあまりに場違いな平和的な雰囲気に戸惑い、「意外と安全な場所なのでは?」とまで勘違いするほどだった。
「な、名前……?」
「……そう。名前。教えて」
戸惑いながらも素直に名前を告げる盗賊。
危険を感じないシズの雰囲気に、ここがどこなのかも忘れて「答えても大丈夫」と警戒を解いた。
「……わかった」
シズはそのまま出ていった。
妙にほっこりした盗賊の背中に氷を突っ込むような声が響く。
「シンプルねぇん……キャラクターで得してるわねん、あの子は」
そして捕虜が交換された。
「お邪魔しますぅ~」
最後の挑戦者、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータがやってきた。
口が動かないまま喋るその顔は、仮面だと理解するに容易い。
だが盗賊にとって不可解なのは、その仮面の下から大量のよだれ? が滴り落ちていることだ。
「わぁい、お肉ぅ」
「食べちゃ駄目よん」
「えぇ~……」
残念そうな声を漏らすエントマ。
母親と幼子のような会話だが、こんな場所で聞けば、それがどういう意味なのか、盗賊にも理解できた。
そして何のための仮面なのかも。
おそらく仮面の下は怪物なのだろう。
人間を見て「食欲」が湧くタイプの。
盗賊は今にも叫びたい衝動に駆られた。あらん限りの力で暴れ、逃げ出したい衝動に駆られた。
だが同時に、それが無駄なことも悟った。
恐怖と絶望――しかし、この状況から逃げ出す、唯一の方法があることに気づく。
盗賊はその希望にすがった。
「んぐぐぐぐううううっ!」
「あっ」
「あらあら……」
盗賊は自分の舌を噛み切って自殺した。
「名前、聞けなくなっちゃったぁ」
「残念だったわねぇん……」
肩を落とすエントマ。
仕事がなくなってニューロニストも意気消沈した。
◇
そうして、すべての結果はモモンガに報告された。
詳細な報告に目を通したモモンガは、ため息交じりに声を漏らす。
「ふーむ……。
ナーベラルは、何だこれは? ……趣旨はちゃんと説明したのだよな?」
「はい、モモンガ様」
「その上でコレか……論外だな」
「教育が行き届かず、申し訳ないことでございます」
「いや……まあ、『そうあれ』と創られているのだから、仕方ない部分もあるだろう」
「恐れ入ります。
正直に申しますと、わたくしもナーベラルがまさかこれほどとは思っておらず……教育にはもうしばらくお時間をいただく事になってしまいます」
「そうか……まあ仕方がない。
さて、ユリは真面目だが、応用力があるのはソリュシャンか。しかしソリュシャンには別口で情報収集を命じているから駄目だな。
シズでは無口がすぎて情報収取に向かないか……? むしろ聞き出しやすい可能性も……いや、外見ありきか。変装させることを考えると、やはり駄目だな。
ルプスレギナは……何やら不穏だな。
エントマも適さぬが……まあ種族的なアレコレもあるし、仕方ない部分か」
モモンガは自らの失策を悟った。
ソリュシャンに命じた「ワガママお嬢様」をナーベラルにやらせれば良かったのだ。ワガママなのが重要ではなく、必要なタイミングで強制的に動く「理由」をでっち上げる事が目的の配役なのだから、ナーベラルであればナチュラルに社会不適合で要件を満たせる。
そうして冒険者役をソリュシャンに任せれば、見事な演技力で最大限の成果を上げるだろう。
……と悩むモモンガの心情を察して、セバスは口を開いた。
「冒険者役は変装したうえで、の予定でございましたか?」
「うむ……ああ、そうか。
ソリュシャンに変装させたナーベラルを送って交代させれば良いのか。
冒険者としてのソリュシャンには覆面でもさせて顔を隠せば……」
顔だけで言うと、美人というのは特徴がない。
美容整形の世界では、すでに100年以上も前から科学的に正しいとされる定説がある。すなわち、顔のパーツのバランスが黄金比あるいは白銀比のモデルを用意して、そこへ近づけることで「誰が見ても美しいと思う顔」を作れる。さらに、モデルと違う部分を10%ほど削ったものが「本人にとって最も美しいと感じる顔」で、それ以上モデルに近づけると無個性な別人の顔に思えるという。
それを踏まえソリュシャンとナーベラルの顔を比べると、タレ目とツリ目くらいの違いしかない。なにしろ非常に整った顔なので、もともと黄金比のモデルに極めて近いのだ。
しかもソリュシャンが「外」にデビューしてから、まだ間もない。その顔をしっかり覚えている現地人など稀も稀、ほぼ居ないレベルだ。
であるならば、ナーベラルに金髪の縦巻きロールのウィッグをかぶせておけば、現地人で見破れる者は居ないだろう。
「ご明察です」
そういう事になった。