何回やり直してもお嬢様が救えない~今度のお嬢様は、なぜか私を離してくれない~ 作:名もなきそば付き
俺が教会から戻ると、お嬢様はまだ学園にいらした。
迎えの馬車は中庭の門で待っている。御者に挨拶すると、まだお茶会の途中だと教えてくれた。
借りた部屋の前まで行き、戸口の係へ声をかける。
中には令嬢たちの話し声があった。
話が途切れるたび、茶碗を置く音だけが聞こえた。
お嬢様が戸口の俺に気づき、手を上げられる。
「戻ったのね。もう少し待てる?」
「はい。こちらでお待ちします」
俺が廊下へ戻ろうとすると、主催した令嬢が席を勧めてくれた。
先日の招待の件で、フィオナと話した方だった。
「先生方にお借りした部屋ですから、人数が少し増えても構いませんわ。よろしければ」
お嬢様が俺へうなずかれる。
俺は礼をし、用意された椅子へ座った。
卓にはフィオナとお嬢様、それに三人の令嬢がいる。クラウディア様も誘われたが、工房の説明があるので来られなかった。
机の端には小さな焼き菓子が並び、紅茶が人数分注がれている。
フィオナは俺を見ると嬉しそうにした。
隣の令嬢が、領地から持ってきた果物の話を続ける。
「乾かして保存するものですから、王都でも召し上がれます。ただ、生のものとは少し味が違いますの」
「そのまま食べるんですか」
フィオナが尋ねた。
「ええ。お菓子にも入れます」
「私の家でも、母が小さく切ってパンへ入れていました。もしかしたら似ているかもしれません」
令嬢は自分の皿から、菓子を一つ示した。
フィオナはその菓子を一口食べてから答えた。
「もっと酸味がありました。こちらは甘いですね」
ごまかさない返事に、令嬢が少し笑った。
そのあと、持ってきた茶葉の話になった。
主催した令嬢は、家で普段使うものと、客へ出すものが違うという。香りの強いものは、菓子へ合わせると分かりにくくなるらしい。
フィオナは茶碗を少し持ち上げ、香りを確かめた。
「こちらは、どんなお菓子に合わせるんですか」
「今日のような、少し甘いものに。もっと軽いお菓子なら、別のものもありますわ」
令嬢は用意した茶葉の包みを見せた。
包みを開き、使われている茶葉を順に説明してくれた。
お嬢様も、屋敷では朝と夕方で違うものが出ることがあると話された。
フィオナは大聖堂では大きな鍋で淹れることもあると言い、その違いに驚いていた。
「少しずつ淹れたほうが、よいのですか」
「人数によると思うわ。教会なら、一度に飲む方が多いでしょう」
お嬢様が答えた。
フィオナはうなずき、今度は店で買う茶葉のことを話した。
主催した令嬢が、自分も店へ行って選んでみたいと言う。
「お家へ届くものが多いんです。どこで売っているか、あまり知らなくて」
その話を聞き、フィオナの顔が明るくなった。
王都の店なら、彼女のほうが知っている。
店の場所を説明し、家の者に道を確認してもらえば案内できると答える。
令嬢はそれでも嬉しそうだった。
卓の端にいた別の令嬢が、庭で育てる花の話をした。
茶葉に使うものではなく、見て楽しむための花だ。
フィオナは色を尋ね、教会の庭にも似たものがあると言った。
俺もその花を知っていたので、咲く場所だけを答える。
フィオナと令嬢が、どのくらい日が当たる場所に植えているか話している。
お嬢様は花の形を知らなかったらしく、令嬢の帳面にある小さな絵をご覧になった。
「この形なら見たことがあるわ。庭師に名前を聞いてみる」
その言葉に、令嬢が笑った。
今度は咲いたものを持ってくるという。
ほかの令嬢も自分の庭にある花を一つ挙げ、話が続いた。
沈黙がなくなったわけではない。
でも、誰かが考えている間を、急いで埋めなくてもよくなっていた。
俺も勧められたものをいただいた。
果実を砂糖で煮てから使っているらしく、焼いても中が柔らかい。
お嬢様が俺の顔をご覧になった。
「お好きなほう?」
「はい。おいしいです」
主催した令嬢へ礼を言うと、彼女はほっとしたようにうなずいた。
卓の上で料理の話が続く。
初めから親しく話せたわけではなかったらしい。それでも、全員が何か答えられる話題なら、言葉が少しずつ増えた。
☆
お茶を注ぎ足す頃、フィオナが教会の仕事について聞かれた。
聖女候補として何を教わっているか。その質問に、彼女は日々の診療と授業のことを答える。
「治療の術を使うのですか」
「はい。先生に診ていただいて、私にできる分を担当しています」
「では、頼めばいつでも治していただけるのかしら」
令嬢の声には、悪気はなかった。
教会へ頼むことと、目の前の聖女候補へ頼むことが同じなのか、知らないのだろう。
フィオナは茶碗を置いた。
「その場で分かるものなら、お手伝いできるかもしれません。でも、詳しく診ていただく必要があるなら、診療室へご案内します」
「お忙しい方を待つより早く済むのではなくて?」
フィオナが困ったように笑った。
俺は返事をする前に、お嬢様の声を聞いた。
「早いかどうかだけでは決められないでしょう。何の怪我かも分からないのだから」
質問した令嬢はお嬢様を見た。
「それはそうですわね」
「フィオナにも授業があるもの。いつでもと言われたら困ると思うわ」
お嬢様が付け加える。
フィオナはうなずいて、もし困ることがあれば先生へ一緒に話すと答えた。
令嬢も茶碗へ手を伸ばした。
俺はお嬢様の横顔を見た。
彼女にも同じことを言っていただけるとは、以前は思わなかった。
「ノエル」
呼ばれて顔を戻した。
「診療室の場所を聞かれているわよ」
主催した令嬢が、学園の診療室の場所を尋ねていた。
俺は謝り、診療室の場所と診療を受けられる時間を答えた。
教会の診療時間も伝えた。
令嬢は自分の帳面へ書いて、お茶を飲み直した。
☆
お嬢様が帰る時刻になると、話を切る場所を確かめて立たれた。
俺も席を立つ。
フィオナは立ちかけたが、主催した令嬢へ目を向けた。
「私はもう少し伺っていてもよいですか。教会へ戻るまで、まだ時間があるので」
「もちろんですわ」
返事を聞いて座り直す。
お嬢様は別れの挨拶をし、戸口へ向かわれた。
俺も令嬢たちへ礼を言う。
廊下へ出たところで、主催した令嬢が追ってきた。
「セレスティア様、先日はありがとうございました」
「もう聞いたわ。今日は誘っていただいたのだから、私がお礼を言うところでしょう」
お嬢様が少し笑われる。
令嬢は手を合わせ、まだ戸の向こうにいるフィオナを見る。
「すぐ仲よくお話しできると思っていました。でも、何を伺えばよいか分からなくて」
「初めてなら、そういうこともあるわ」
「今日のように、少しずつでよいのでしょうか」
「私はよいと思う」
令嬢の肩が緩んだ。
お嬢様は次の授業のことを一つ話し、ではまた明日と告げられた。
俺はその横へ並び、馬車へ向かった。
歩いている間、お嬢様は何か考えていらした。
「お疲れになりましたか」
「少し。でも嫌だったわけではないの」
そうおっしゃって、机の上にあった菓子の話をなさる。
領地ごとに食べるものが違うことを、令嬢の口から聞くのは楽しかったらしい。
俺は焼き菓子の味を思い出し、今度は屋敷でも作っていただけるかもしれないと答えた。
「同じでなくてもいいわ。あの方のお家のお菓子なのだから」
もっともだった。
俺は馬車の戸を開け、お嬢様が乗られるのを待った。
☆
その夜、フィオナから短い紙が届いた。
今日のお茶を終え、無事に教会へ戻ったこと。誘ってくれた令嬢と、次の実習について話したこと。
最後に、授業で聞いた言葉を一つ確かめたいと書いてある。
俺はお嬢様へも紙をお見せした。
読み終わったお嬢様は、その言葉なら先生から聞いたと言われた。
「明日、私から話してもいいわ」
「ありがとうございます」
俺が礼を言うと、なぜあなたがお礼を言うの、と返された。
代わりに頼んだつもりではなかったが、聞かれたことを解決していただいたので、自然に出てしまった。
お嬢様は紙を俺へ返し、椅子へ腰を下ろされた。
「私から話すと言ったでしょう。そんなにかしこまらなくていいわ」
「はい」
俺は明日の予定へ、紙を一枚挟んだ。
フィオナの話を聞く時間と、お嬢様の稽古の時間は重ならない。
仕事で休む授業についても、今日借りた書き取りで補える。
お嬢様が手を伸ばし、俺の帳面の端へ触れられた。
「今はお茶の時間でしょう」
俺は帳面を閉じた。
卓には二人分の皿がある。お嬢様は昼の菓子とは違うものを選んでいらした。
「こちらは、何が入っているのでしょうか」
「食べてから当ててみて」
小さく切って口へ入れる。
果実ではなく、細かく砕いた木の実だった。焼いた香りが強い。
俺が答えると、お嬢様は正解だと笑われた。
もう一つの皿から、ご自分の分を取られる。
お茶はまだ温かかった。