第210話 首飾りと二本の酒
通りを少し進んだところで、サーシェスが足を止めた。
「俺は、一人で店を回ってくる」
鬼太郎が振り返ると、男は脇道の方へ顎を向けた。
「しばらく来てねえからな。使えそうな物がねえか、自分で見てくる。傷薬も補充しときたいし、顔を知ってる奴にも寄ってくるつもりだ」
「分かりました。どちらで待ち合わせましょうか」
「漏れ鍋でいいだろう。先に着いた方が待ってりゃいい」
ダンブルドアが時計を確かめ、落ち合う時刻を伝えた。
サーシェスは頷き、荷を持ち直す。
「坊主。本屋へ戻るなら、先に言っとけよ」
「今日は、もう出てきましたよ」
「さっきも、そう言ってたな」
男は笑って、脇道へ入った。
キーノが籠を持つ手を替える。鬼太郎は、日を避けて歩ける側へ回った。
先にある店の窓で、小さな青い光が揺れていた。
鬼太郎は、その前で足を緩めた。
◆
窓の中には、首飾りが幾つか吊るされていた。
その一つは、通りから差す光を受けると、青から緑へ色が移った。鬼太郎が立つ位置を変えると、今度は内側に紫が見える。
「あれは、石の色でしょうか」
「見せてもらえば、分かるじゃろう」
ダンブルドアの返事を聞き、鬼太郎は店へ入った。
店主が首飾りを外し、台の布へ置いてくれる。
「光を受けて色が変わるよう、細工してあります。こちらへ傾けると、よく見えますよ」
鬼太郎は許可を得て、鎖を持ち上げた。
薄い飾りの中で、緑が広がる。
鎖を揺らすと、色の境が滑るように動いた。
「面白いですね。着けている間、ずっと変わるのですか」
「光の向きが変われば。色を一つに決めておきたい方には、別のものをお勧めしています」
鬼太郎は裏へ返し、留め具も見た。
キーノは横から覗き、鬼太郎の顔へ目を移す。
「お前が着けるのか?」
「それも、できるでしょうが。別の使い道を考えています」
首飾りを布へ戻し、ほかの品を見る。
「お話をする時に、お見せするものです。気に入っていただければ、取引に使えるかもしれません」
ダンブルドアが隣へ寄った。
「まだ会っておらぬ相手へ、か」
「はい。何を欲しがる方が来るか、分かりませんからね」
鬼太郎は声を落として答えた。
校長と考えた設計の中には、相手の求めるものを聞き、自分も返事をする場所がある。
その時、何を出せるだろう。
森の品なら、多少はある。だが、それを欲しいと言う相手に会えるとは限らない。この世界の魔法で作った小物なら、見たことのない者もいるかもしれなかった。
「高価なものを、沢山買うつもりはありません。まずは、少しだけ」
「その石が、好みとは限らんぞ」
「ええ。気に入らなければ、それも分かります」
鬼太郎は台の端を見た。
小さな丸い飾りが、黒い布の下で光っている。
「そちらは、何をするものですか」
店主が布を上げた。
「暗い所で、淡く光ります。こちらを押してからお使いください。消す時も同じです」
指で中央を押すと、光が消えた。
鬼太郎も試させてもらった。小さな窪みを押し、店主が掛けた布の中へ入れると、指の形が見える程度に明るくなる。
「杖は、要らないのですね」
「ええ。夜、物を探す時などに」
キーノが空いている手を布の下へ差し入れた。
「部屋を全部明るくするほどではないな」
「枕元で使うには、それくらいがよいという方もいます」
店主が答えると、彼女は手を引いた。
「誰も欲しがらなかったら、どうする」
「僕たちでも、使えそうですね」
「首飾りは?」
鬼太郎は、先ほどの青い飾りへ目を戻した。
「そちらは、別の方にお見せしてもよいでしょう。見ているだけでも、僕は楽しめますよ」
キーノは首飾りと鬼太郎を見比べた。
「それで、欲しくなったんだな」
「はい」
鬼太郎が笑うと、彼女も少し口元を緩めた。
二つを選び、それぞれの値段を聞く。
もっと複雑な細工を施したものもあったが、今日は手を伸ばさなかった。どんなものか、自分でも説明できる品からでよかった。
包んでもらう前に、色の変わる首飾りをもう一度傾ける。
見知らぬ相手が、これを見て何と言うか。
鬼太郎はその返事を想像し、布の上へ戻した。
◆
次の店では、鬼太郎は瓶の大きさを見ていた。
同じ酒でも、幾つかの大きさで売っている。持ち運びやすい小瓶を示し、味の違いを尋ねた。
甘口のものと、甘みを抑えたもの。
店の者が説明する間、ダンブルドアも棚を見た。
「森へ持ち帰る品かね」
「ええ。こちらも、取引で出せるものとして買っておこうかと」
鬼太郎は二本を並べた。
西の女主人は、甘い酒を気に入った。
レーシーは、葉煙草の質と、続けて手に入るかを気にした。同じように外から持ち込む品でも、見ているところが違う。
誰かに喜ばれたものを、そのまま次の相手にも勧めれば済むとは思わなかった。
「まずは、この二種類にしましょう」
「大きな瓶でなくてよいのか」
キーノが尋ねた。
「お好きかどうか、分かりませんからね。気に入って、もっと欲しいと言われたら、次に考えます」
「見せた分を、全部渡す必要もないぞ」
ダンブルドアの言葉に、鬼太郎は頷いた。
「もちろんです。何と引き換えにするかは、その時にお話しします」
品を買っただけで、誰かが自分と組むわけではない。
要求を聞けば、出したくないものを求められることもあるだろう。渡せる品を幾つか持っておくことと、その要求を受けることは別だった。
鬼太郎は代金を払い、二本を離して包んでもらった。
鞄へ収める時には、接続用の札と紙から離した。瓶の口を確かめ、横へ倒れにくい位置へ入れる。
キーノはその間、籠を足元へ置き、中を覗いていた。
茶色い鳥が、少し首を動かす。
「そろそろ、戻りましょうか」
鬼太郎が言うと、彼女は取っ手を握った。
「ああ。この子も、落ち着ける所へ連れて帰りたい」
ダンブルドアも時刻を確かめた。
「最後に粉を求めてから、漏れ鍋へ戻るとしよう」
◆
サーシェスは路地を抜け、店を一軒ずつ覗いて回った。
見覚えのない道具があれば、使い方と値段を聞く。荷を携えて動く時に使えそうな袋は、口の締まり方と縫い目を確かめた。革紐や金具は先ほど買った分で足りるから、同じものへ手を伸ばす必要はない。
何が必要かは、自分で見て決める。
店主の勧める品を手へ取り、重さを確かめて棚へ戻した。気になるものがあった店は場所を覚え、次の通りへ進む。
その先に、顔馴染みの店があった。
扉を押すと、奥で瓶を拭いていた男が顔を上げた。
目が合っても、すぐには声が出なかった。
やがて、男が布を台へ置く。
「まだ生きてたのか」
「客に言う挨拶じゃねえな」
「来なくなった奴は、そう思うことにしてる」
サーシェスは笑い、帳場へ近づいた。
棚には薬瓶と軟膏の壺が並んでいる。以前と位置が違う物もあるが、店主が値札を直す手つきは変わらない。
「店を畳んだかと思ったぜ」
「畳むほど売れないなら、とうにお前へ付けで渡した分を取り立てに行ってる」
「最後は払っただろうが」
「だから今も追ってない」
男は、椅子を出す代わりに台を空けた。
サーシェスは使いかけの薬を出し、蓋を閉めたまま見せる。
「同じ物はあるか」
「ある。そっちより、小さい容器にも分けられる」
「小さい方を二つ。それと、切り傷に使うやつもだ」
男が棚へ向き直る。
サーシェスは、その背へ尋ねた。
「こっちは、どうだ」
「薬を買いに来る顔なら、少し変わった。昔の連中が来なくなって、見ない顔が増えたな」
「値切る奴も増えたか」
「お前よりましだ」
瓶が台へ置かれる。
「仕事を回してる顔役が変わって、紹介を当てにして来る奴もいる。名前だけ知ってりゃ、安くなると思ってるんだろう」
サーシェスは瓶を手に取り、栓を確かめた。
店主が挙げた名の中には、知らないものもあった。知っている男の商売が縮み、その隣で別の男が客を拾っているらしい。
「あいつも、まだ同じ所にいるのか」
「裏の入口を使え。表で待っても、今は顔を出さない」
「今日は、そこまで回らねえ」
サーシェスは、品を三つ並べた。
小瓶二つと、切り傷に使う軟膏の小壺。手持ちと入れ替える位置を考え、包む前に大きさを確かめる。
店主が用途と扱いを念押しすると、男は一度頷いた。
「こいつがあれば、何でも塞がると思ってる客と一緒にするなよ」
「思ってない奴ほど、使い切る前に買いに来る」
サーシェスは笑い、代金を出した。
「次に来るまで、店を残しとけ」
「お前も、払う金くらいは残しておけよ」
薬を収め、荷を持ち上げる。
店主は、戸口まで来た男へ声を掛けた。
「今も、一人で回ってるのか」
サーシェスは半分だけ振り返った。
「組む相手もいる。今日は、待ち合わせだ」
「なら、相手を怒らせる前に戻れ」
「向こうが遅れるかもしれねえだろうが」
サーシェスは扉を開け、明るい通りへ出た。
◆
鬼太郎たちがフルーパウダーを買う時、店の者は入れ物の蓋を開けて見せた。
鬼太郎は中の粉を覗き込んだが、指は入れなかった。暖炉へ入れる分と、袋の口を閉めておくことを教わり、使い方は帰ってから校長に見てもらうと伝える。
小袋を一つ買い、酒の瓶とは別の所へ入れた。
鞄の中には、札も粉もある。
だが、砦の暖炉はまだ石を組んだだけだった。今ここで漏れ鍋の炎へ入っても、木陰の家へ通じるわけではない。
鬼太郎は留め具を閉じ、キーノと店を出た。
漏れ鍋へ戻ると、サーシェスは既に席へ着いていた。
「本を増やしてきたか?」
「いえ。今日は別のものです」
鬼太郎は鞄を椅子の脇へ下ろした。
キーノは通行を塞がない位置へ籠を置く。自分はその隣へ座り、鳥が落ち着いてから手を離した。
ダンブルドアも席へ着くと、サーシェスが先に口を開いた。
「こっちは、一通り店を見てきた。薬も補充したし、知ってる店にも顔を出せたぜ」
「お話もできましたか」
「ああ。いない間に、変わった顔もいた。知ってた奴の所へ行くなら、少し聞いてからの方がよさそうだ」
男は自分の荷を寄せ、鬼太郎の鞄へ目を向けた。
「で、お前は何を買った」
鬼太郎は店から借りた水の杯を端へ寄せ、小物の包みを一つ出した。
首飾りの一部だけを見せ、将来の取引に出してみるつもりだと話す。酒も二種類、小瓶で用意したことを伝えた。
サーシェスは、光で変わる色を見た。
「それで、釣れる奴なら楽だな」
「気に入っていただけるかは、まだ分かりませんよ」
「気に入っても、組むとは限らねえ。そいつだけ貰って帰りたい奴もいるだろうが」
「その条件を受けるかも、僕が決めますから」
鬼太郎は首飾りを布へ戻した。
「お見せするものを、少し持っておきたかったんです。何か欲しいと言われてからでは、その場にないかもしれませんし」
サーシェスが、鬼太郎の手元を指した。
「逆に、それしか出さねえと思われることもあるぞ」
「でしたら、先に全部広げない方がよさそうですね」
「話してから、出せ」
男はそう言い、水の杯を取った。
キーノが鬼太郎を見た。
「お前が欲しそうな物も、少し分かったな」
「僕のですか」
「色が変わるところを、何度も見てた」
鬼太郎は包みを閉じかけた手を止めた。
「きれいでしたからね」
隣で、ダンブルドアが小さく笑った。
「相手が欲しがらねば、自分で楽しめるということじゃな」
「はい。それも、お話ししました」
鬼太郎は布の端を折り込み、鞄へ戻した。
持って帰るものは、出掛けた時より増えている。
ゴブリンたちへ渡す道具。キーノの本とフクロウ。サーシェスの薬。そして、まだ会っていない相手に見せるかもしれない品。
鬼太郎は鞄の重さを確かめ、肩へ掛ける長さを直した。
ダンブルドアが立ち上がる。
「では、戻るとしようか。荷をまとめておいで」
サーシェスが椅子を引き、キーノも籠を持ち上げた。
鬼太郎は買った粉の袋が閉じていることを確かめ、暖炉の方から外の扉へ目を移した。
今日は、来た時と同じように帰る。
あちらへ出入りするのは、木陰の家へ札を取り付けてからだった。