「……で、なんで俺はこんな山奥のキャンプ場で、女子高生数十人に囲まれて汗を流してるんだ……?」
夕暮れ時の山あいに、巨大な獣のあくび噛み噛みするような唸り声が響き渡る。
「むにゃ……むこうだー、腹減ったぞ。肉はまだかー」
「スイもお腹すいたー! おいしいお肉いっぱい食べたいのー!」
「おいムコーダ! さっさとあの『ねっとすーぱー』ってやつで肉を出しやがれ! あと甘いジュースも追加だ!」
足元ではぷるぷる揺れる桃色のスライム・スイと、腕組みをして宙を舞う小竜ドラちゃん。そして俺の横でデンと鎮座し、道行く人間なら一目で泡を吹いて倒れるレベルの超絶巨大な神獣フェンリルのフェル。
そして俺——ムコーダ(向田剛志)の目の前には、色とりどりの私服やジャージ姿で、口々に悲鳴を上げたり目を輝かせたりしている女子高生たちの集団。
そう、ここは異世界……ではなく、俺が元いた世界の日本のどこか。
どうやら京都の「北宇治高校」吹奏楽部のみなさんが、全国大会(後で聞いたが優勝したらしい!凄すぎる)の打ち上げ&最後の夏休み卒業旅行としてやってきていたキャンプ場だった。
◇
数分前。俺たちはいつものように異世界の森でダンジョン飯の準備をしていたはずだった。
だが、スイが新しく覚えた謎の大魔法と、ドラちゃんの転移魔法、さらにフェルが「早く飯を出せ」と放った過剰な魔力が奇跡的(?)な悪魔の合体事故を起こし——空間がぐにゃりと歪んで、気づけばこの日本のキャンプ場の広場にドカンと投げ出されてしまったのだ。
「ひ、ひええええええっ!? クマ!? ライオン!? なになになに!?」
「キャーッ! 竜がいる!? ぬいぐるみ!? ぬいぐるみじゃない!!」
「黄前ちゃん、危ない!!」
「え、えぇぇぇぇぇっ!? ちょっと待って、みんな落ち着いてーっ!?」
当然、現場は大パニック。
真っ赤な顔をして赤枠のメガネを握りしめた髪の長い女の子(後で知ったが副部長の塚本秀一くん……ではなく、部長の黄前久美子ちゃんというらしい)や、高坂麗奈さんという黒髪の超絶美少女が即座に俺たちの前に立ちふさがり、周囲の部員を守ろうと警戒態勢に入った。
あまりのパニックに、フェルが「鬱陶しいぞ人間ども!」と一発威嚇の咆哮を上げそうになったその瞬間——俺は冷や汗を全身から吹き出しながら、覚醒したようなスピードで《ネットスーパー》の画面を起動した。
(やばいやばいやばい! このままだと警察どころか自衛隊が出てきて大惨事になる!! とりあえず落ち着かせる何か……冷たくて甘くて爽やかで、異世界でも大好評だった『あの』ジュースだ!!)
ポチポチポチッ!
『タマリンドジュース(缶・冷え冷え)』×100本!!
ジャキーン!
空間から突如として現れた段ボール数箱。俺は速攻で缶を投げ配り、混乱する部員たちの手(そしてなぜか真っ先に警戒を解いて興味津々で受け取った吉川優子さんというOB先輩)に持たせた。
「は、はい! みなさん落ち着いて! 害はありません! 危害は加えませんから! とりあえずこれ飲んで落ち着いてください!!」
ジュボッ、と缶を開ける音。
半信半疑で一口飲んだ久美子ちゃんたちの目が、丸くなった。
「……え? なにこれ……酸っぱい……けど甘い……!?」
「うそ、すごくさっぱりしてる……暑さがスッと引いていくみたい……」
「おいしい……! なんだかすごくエキゾチックな味……!」
「ふはーっ! 喉カラカラだったから最高に染みるわね! やるじゃない、お兄さん!」
タマリンドジュースの甘酸っぱい爽快感が、夏休みの夕暮れで熱気とパニックに包まれていた部員たちの興奮を、見事に鎮静化させてくれたのだ。
◇
……と、ここまでは良かった。
なんとか俺が「怪しい手品師(&珍獣ブリーダー)」ということで一旦の誤解は解け、フェルたちも「おとなしくしていれば美味い肉が食える」となんとか宥めることに成功した。
だが、本当の地獄はそこから始まったのである。
「——えっ!? 届かない……!?」
夕飯のバーベキューの準備を進めていた久美子ちゃんたちの悲鳴が、キャンプ場に響き渡った。
話を聞くと、こうだ。
全国優勝の記念&3年生最後の思い出にと、保護者会とOB会が奮発して『最高級和牛と黒豚のバーベキューセット・数十人分』を専門業者に注文していたらしい。
しかし、業者の配送トラックが途中で重大な車両トラブルを起こし、今夜中にこの山奥のキャンプ場まで食材を届けることが完全に不可能になってしまったというのだ。
「そんな……っ! みんな今日のために厳しい練習を乗り越えてきたのに……!」
「今から近所のスーパーに行っても、こんな大人数の肉なんて売ってないよぅ……」
「せっかくの打ち上げなのに……」
落胆する部員たち。涙目になる後輩たち。
部長である久美子ちゃんも、必死で明るく振る舞おうとしているが、その肩は落胆で震えている。
「むー? 肉がないのか? ならばあの森の魔物を狩ってくればよかろう。赤竜(レッドドラゴン)あたりなら一頭で足りるぞ」
「ドラちゃんも一瞬で狩ってきてやるぜ!」
「待て待て待てフェル! ドラちゃん! ここは異世界じゃないんだから変な肉出したら一発アウトだからね!?」
俺は必死でフェルたちの口を塞ぎながら、冷や汗を流した。
……どうする?
俺のネットスーパーを使えば、肉くらい一瞬で買える。だが、数十人分+フェルとスイとドラちゃんが満足するバカみたいな量の肉を、普通のスーパーの小分けパックで買い漁ったら……いったい幾らかかるんだ!? 俺の異世界金貨(※幸い、こちらの現金に換金できる裏技はないので、ネットスーパー上の残高ポイントを使うしかない)の予算が!!
その時だった。
俺の視界の隅で、《ネットスーパー》の画面が『ピコーン!』と光った。
画面の上部に、鮮やかな赤いロゴと見覚えのある大きな文字で【緊急アップデート通知】が表示されている。
『——新店舗オープンのお知らせ——』
『お客様のご要望にお応えし、本日より【食のテーマパーク・ロピア(LOPIA)】コーナーが開設されました! 圧倒的肉のコスパと超特大メガ盛りパックを、いつでもどこでもネットスーパーでお買い求めいただけます!』
「……は!?」
ロピア……!?
あの、肉屋出身で「肉のビッグサイズ・メガ盛り・高品質・超コスパ」で有名な、あのロピアだと……!?
画面をタップすると、そこには信じられないような光景が広がっていた。
・【ロピア名物】みなもと牛・超特大メガ盛りステーキブロック(1kg〜)
・【脅威のコスパ】みなもと豚・みなもと鶏 自社製タレ漬け焼肉ジャンボパック(2kg)
・【名物】極厚手造りハンバーグ&超ド級自家製ウインナー大袋
・【圧倒的ボリューム】ロピア特製モンスターピザ&巨大惣菜各種
「な……なんじゃこの肉のテーマパークはぁぁぁぁぁっ!?」
これだ。これなら……!
これなら、北宇治高校吹奏楽部数十人の腹を満たし、さらにフェルたち大食いモンスターどもの胃袋をも完全に満足させられる!!
しかも、肉屋発祥だから味も品質も超一流! お値段は信じられないほどの爆安コスパ!!
「久美子ちゃん!!」
俺は意を決して、落ち込む部長の少女の肩を掴んだ。
「え、あ……向田さん……?」
「肉なら……最高に美味くて、死ぬほどデカくて、みんなが笑顔になれる『最高の肉』なら、俺がなんとかしてみせます!!」
久美子ちゃんがぽかんと目を見開く。
後ろでは、フェルが「ほう……なかなか良い匂いの予感がするぞ」とニヤリと鼻を鳴らし、スイが「むこうだーのお肉ー! パパのお肉ー!」とぴょんぴょん跳ね回る。
「北宇治高校吹奏楽部、全国大会優勝おめでとうございます! 今夜のバーベキュー……俺の『ネットスーパー・ロピア店』に、すべてお任せください!!」
こうして、異世界のネットスーパー男と、京都の強豪吹奏楽部による、前代未聞の「メガ盛りロピア肉バーベキュー大決戦」の火蓋が落とされたのだった——!!
「——えっ!? ちょっと待って、これ……ロピア!?」
ネットスーパーの画面に躍り出た鮮やかな赤いロゴを指差し、真っ先に叫んだのは副部長の塚本秀一……ではなく、黄前久美子その人だった。
その隣で、高坂麗奈が珍しく目を見開いて画面を食い入るように見つめている。
「ロピアって……あのロピア!? 京都には京都ヨドバシと京都八幡の2店舗しかない、あの激レアで大人気の『食のテーマパーク』!?」
「マジで!? うちの地元にもないから一回行ってみたかったんだよね!」
「ウソでしょ、ネットスーパーでロピアの肉が買えるの!?」
部員たちが一斉に押し寄せ、画面を覗き込んでは歓声を上げる。京都府民にとってロピアは、噂には聞くものの店舗数が少なくなかなか気軽に行けない憧れのテーマパーク的スーパーなのだ。画面に並ぶ「みなもと牛」や「メガ盛りパック」の圧倒的ビジュアルに、部員たちのテンションは一気に最高潮へ達した。
「よしっ、魚介類や基本の野菜、調味料はロピアコーナーでどっさり調達するぞ!」
ムコーダは手早く画面を操作し、新鮮な海の幸やサイドメニューの材料をカートに放り込んでいく。
だが、肉類に関してムコーダにはもう一つ、絶対の自信を持つ『秘密兵器』があった。
(ロピアの肉も最高だが……ここはせっかくだ。俺のアイテムボックスに眠る、異世界の最高級魔物肉もお披露目してやるか!)
アイテムボックスの中を確認すると、解体済みのブラッディホーンブル、オークジェネラル、コカトリス、ロックバードといった極上の魔物肉がうなるほど蓄えられている。
日本の最高峰の食材と、異世界の絶品魔物肉のハイブリッド——これこそが、ムコーダが北宇治高校吹奏楽部に贈る最強のバーベキュー宴であった!
◇
「みんなー! 準備はいいかー!? 今夜限定、ムコーダ特製・異世界×ロピアのスペシャルバーベキュー大会、スタートだ!!」
ムコーダの掛け声とともに、炭火が一気に赤々と燃え上がる!
**【一品目:オークジェネラルのサムギョプサル】**
まず鉄板の上に躍り出たのは、分厚くカットされたオークジェネラルのバラ肉! じゅうじゅうと激しい音を立てて脂が弾け、香ばしい煙が立ち上る。ロピアで購入した新鮮なサンチュに、カリカリに焼けた肉、自家製サムジャン、キムチ、白髪ネギを巻いて一口!
「んん〜〜〜っ!! なにこれ、脂がすごく甘いのに全然しつこくない! お肉がフワフワでジューシー!!」
久美子たちが頬を膨らませて大絶叫する。
**【二品目:オークジェネラルのトッカルビ串】**
続いて、甘辛い特製タレを何度も塗り重ねながら炭火で焼き上げた、オークジェネラル挽き肉のトッカルビ串。外は芳ばしく、中は驚くほどふっくら。
「甘辛タレが炭火で焦げた香りがたまらん! ご飯何杯でもいけるやつやんこれ!」
後輩部員たちが勢いよく串を喰らいつく。
**【三品目:のどぐろの炭火焼き】**
ここでロピアコーナーで仕入れた真打、高級魚「のどぐろ」の登場だ! じっくりと炭火で遠赤外線焼きにされたのどぐろは、皮目がパリッと芳ばしく、身からはじゅわっと上質な脂が溢れ出す。
「ええっ!? のどぐろ!? これめちゃくちゃ高級品じゃないですか!?」
「うそ……身がトロトロ……口の中で溶ける……! こんな贅沢、高校生の打ち上げで食べていいの!?」
麗奈や久美子たちが目を見開き、そのあまりの美味しさに語彙力を失っていく。
**【四品目:海鮮バーベキュー風チーズチュクミ鍋】**
ロピアで仕入れたプリプリのエビやイカ、そしてイイダコ(チュクミ)を旨辛タレで炒め煮にし、仕上げに濃厚なチェダー&モッツァレラチーズをたっぷりと溶かし込む。
「辛い! けどチーズがまろやかで最高! タコがぷりっぷりで止まらない!」
**【五品目:ブラッディホーンブルのタン塩・無限ネギンジャーと一緒に】**
大盛況の中、異世界の最高級牛肉「ブラッディホーンブル」の極上タンが網の上に並ぶ。サッと炙り、特製のみじん切りネギたっぷりの「無限ネギンジャー」を巻いて口へ運ぶ。
「ッ〜〜〜〜! 歯ごたえがすごい! なのに柔らかくて、噛むたびに旨味が溢れ出てくる……!」
**【六品目:ブラッディホーンブルのサーロインステーキ・ほりにしのスパイスと】**
分厚いサーロインの塊肉を豪快に焼き上げ、大人気のアウトドアスパイス「ほりにし」を振りかけて切り分ける。
「お肉の味が濃い……! 万能スパイスの香ばしさと相性抜群すぎる!」
**【七品目:コカトリスのヤンニョムチキン】**
コカトリスのジューシーなモモ肉をサクサクの衣で揚げ焼きにし、トロリとしたヤンニョムタレを絡めた一品。
「チキンが信じられないくらい柔らかい! 甘辛くて手が止まらないよ〜!」
**【八品目:ロックバードの北京ダック風炭火焼き】**
巨大鳥ロックバードの皮目をパリッパリに炭火で焼き上げ、薄皮パンにキュウリや白ネギ、甜面醤とともに包んで食べる本格派。
「皮がパリッパリで香ばしい! まさに高級中華の味!」
**【九品目:夏野菜のキャンプ風マーラータン】**
ロピアの新鮮な夏野菜とスパイスを効かせた痺れる辛さのマーラータン。こってりした肉料理の合間に、辛旨なスープが胃を心地よく刺激する。
「むはー! 美味いぞムコーダ! この『のどぐろ』という魚もなかなかやるではないか!」
「スイ、あまいタレのお肉だーいすきー! ぽんぽんいっぱい〜!」
「おいムコーダ、肉のおかわりだ! ロピアの肉も魔物の肉も全部持ってこい!」
フェル、スイ、ドラちゃんも大満足で、部員たちと一緒に大宴会を楽しんでいる。
**【十品目:ロピアのニューヨークチーズケーキ】**
大満足の宴の締めくくりは、知る人ぞ知るロピアの隠れた超絶絶品スイーツ「ニューヨークチーズケーキ」!
ずっしりと濃厚でクリーミーなチーズのコクと、まろやかな甘みが、火照った口の中を優しく包み込む。
「……幸せ……。全国大会で金賞取った時と同じくらい幸せかも……」
久美子をはじめ、部員全員がとろけるような笑顔を浮かべた。
◇
楽しい宴はあっという間に過ぎ、星空が広がる頃。
フェルたちの魔力が再び安定し、空間の歪みが元に戻り始めた。
「ムコーダさん、フェルさん、スイちゃん、ドラちゃん……本当にありがとうございました! おかげで、一生忘れられない最高の打ち上げになりました!」
久美子ちゃんが深々と頭を下げる。部員たちからも大きな感謝の拍手と歓声が送られた。
「いやいや、みんなの全国優勝のお祝いができて良かったよ。それじゃあ、元気でね!」
「またな、人間ども! 次会う時も美味いものを食わせろよ!」
光の渦とともに、ムコーダ御一行は異世界へと帰っていった。
◇
数日後。京都の自宅にて。
久美子は自分の部屋で日記帳を開き、最後の夏休みの思い出をペンで綴っていた。
『卒業旅行のキャンプは、一生忘れられない不思議で最高の日々になった。
突如現れた異世界からのお客様、ムコーダさんとフェルたち。
あの時食べたバーベキューの味は、きっと一生忘れないと思う。
ロピアの高級なのどぐろや濃厚なチーズケーキも凄く美味しかったけれど……
何より驚いたのは、ムコーダさんが出してくれた「異世界の魔物の肉」だ。
オークジェネラルのサムギョプサルも、ブラッディホーンブルのステーキも、信じられないくらい柔らかくてジューシーで、本当に美味しかった!
あんなに美味しいお肉が異世界にはあるなんて、ちょっと羨ましいかも。
みんなで笑って、お腹いっぱい食べて、最高の夏休みになった。
北宇治高校吹奏楽部、みんなで勝ち取った全国金賞の誇りと、あの夜の美味しい思い出を胸に、私はこれからも自分の道を歩んでいこうと思う。』
久美子は日記帳を静かに閉じ、窓の外の夜空を見上げた。
きっと異世界のどこかで、今夜もあの御一行が美味しいご飯を食べているのだろうと思いながら、ふっと優しく微笑んだのだった。