あの悲劇から10年、平成の雛見沢にアイツらが……!

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幸回し編

昭和六十八年――いや、年号が平成へと改まり、平成五年となった一九九三年の夏。

緑深い鹿骨市雛見沢村の空気は、木々の葉が擦れ合う音と蝉時雨に包まれていた。

昭和五十八年のあの凄惨な「惨劇の連鎖」を乗り越え、十年の時が流れた。

かつての少年少女たちはそれぞれの道を歩みながらも成長し、村もまた緩やかな変化の時を迎えていた。園崎家の老当主・お魎が没し、正式に園崎家の当主の座を継いだ園崎魅音は、二十代の若さで巨大な組織を束ねる重責を担っている。その傍らには、双子の妹であり、時には影武者として、時には優秀な秘書として魅音を全面的に支える園崎詩音の姿があった。

だが、現在の当主と秘書を悩ませているのは、政治的な権力闘争でも、裏社会の小競り合いでもなかった。

「……ねえ、詩音。本当にこれでいいと思う? 魅音お姉ちゃん、もう三日も同じメニュー表とにらめっこしてるんだけど」

「私に言わないでくださいよ、魅音姉。だいたい、圭一さんとレナさんの結婚披露宴の料理を、全部うちの息のかかった料亭に任せるからこうなるんです。あの二人、『かしこまった懐石料理なんて、僕ららしくないよね』って苦笑いしてましたよ?」

園崎家の本家、畳が敷き詰められた重厚な大広間。

書類の山を前に頭を抱えているのは、髪を一つに結い上げた当主・魅音だ。

「だってさぁ! 圭ちゃんとレナの結婚式だよ!? 雛見沢を救った大ヒーローと大ヒロインの晴れ舞台なんだから、豪華絢爛で、なおかつみんなが腹いっぱい美味いって喜ぶものにしなきゃ示しがつかないじゃん! でも料亭の板長は『伝統の婚礼料理を崩すわけにはいかん』って頑固だし……ああーっ! もうどうすればいいのさ!」

頭をかきむしる魅音に、詩音は呆れたような溜息をついた。

今年で二十代半ばを迎えた前原圭一と竜宮レナの結婚式。それは部活メンバーにとっても、雛見沢の村人にとっても長年の悲願であり、最大の祝宴となるはずだった。しかし、当主としてのプライドと、親友としての祝福の気持ちが空回りし、披露宴の「料理」という最大の要素で完全に手詰まりを起こしていたのだ。

その時だった。

――ズズズ……ッ!

空間が歪んだ。

大広間の真ん中、畳の上に、突如として渦を巻く光の亀裂が発生する。

「な、なに!? 刺客!?」

魅音の目が一瞬で鋭くなり、当主としての顔に戻る。

だが、詩音の反応はそれ以上に早かった。袖口から手慣れた動作でスタンガンを取り出し、バチバチと青白い火花を散らしながら立ちふさがる。

「魅音姉の前に立ちふさがる不審者は、私が排除します……ッ!」

光が弾け、空間から「なだれ込んできた」のは――到底、この世の者とは思えない一団だった。

「ひえええええっ!? だからニンリル様の神託なんて嫌な予感がしたんだよぉぉぉっ!!」

「ぬぅ……なんだこの狭い室内は。風が通らんぞ、ムコーダ」

「ぺこぺこー! あるじー、ここどこー?」

「おいムコーダ! 飯か!? 飯の匂いか!?」

悲鳴を上げる、冴えない男(ムコーダ)。

その横には、部屋の天井に背中が届きそうなほど巨大な、銀色に輝く伝説の神獣フェンリル(フェル)。

ぷるぷると跳ねる水色の液体のような謎の生物(スライムのスイ)。

そして、パタパタと可憐な羽を羽ばたかせる小さな龍(ピクシードラゴン・ドラちゃん)。

「~〜〜〜っ!?」

詩音の思考が一瞬フリーズした。だが、長年の修羅場で鍛え上げられた本能が勝る。

巨大な獣? 異形の怪物? 関係ない。魅音の身に危険が及ぶなら、まずは一撃で無力化する!

「怪しい化け物と怪しい男! 魅音姉から離れなさいッ!!」

「ひいっ!? スタンガン!? なんで昭和だか平成だかの日本っぽい場所にスタンガン持った危険な女の人がいるのー!?」

目の前でバチバチと音を立てる青い火花。

迫り来る絶体絶命の危機に、ムコーダの生命維持本能が暴走した。

(戦ったらフェルたちがこの家を吹き飛ばす! それだけは駄目だ! 何か……何かこの人を宥めるものを!!)

ムコーダは叫ぶように魔法のスキルを発動させた。

『ネットスーパー』!

目の前に出現した光の画面から、無我夢中で手当たり次第に商品をカートに入れ、実体化させる。掴んだのは、東南アジアフェアの棚に並んでいた、キンキンに冷えた缶のジュース。

「これ! これあげますから! 落ち着いてください! 毒じゃないです! 美味しいタマリンドジュースです!!」

ドサッと畳の上に転がったのは、南国の果実「タマリンド」のイラストが描かれた輸入缶ジュースだった。

「は……? タマリンド……ジュース……?」

詩音の手が止まる。

怪しい男が差し出してきたのは、見たこともない缶飲料。しかし、缶の表面にはびっしりと冷たい水滴がつき、信じられないほどのキンキンな冷気と、ほんのりと甘酸っぱいフルーティーな香りが漂っていた。

「……魅音姉、下がっていてください。毒見は私が……」

「待ちなよ詩音、そんな怪しいもの……」

詩音が警戒しながら缶のプルタブを引く。プシュッ、という爽快な音が響き、甘酸っぱい独特の芳香が室内いっぱいに広がった。

詩音は用心深く、ほんのひとくち、口に含んだ。

「――っ!?」

次の瞬間、詩音の瞳が大きく見開かれた。

口の中に広がるのは、プルーンやあんずを思わせる濃厚な甘みと、それをキュッと引き締める爽やかな酸味。そして、日本列島を包む猛暑を一瞬で吹き飛ばすような、異次元の冷たさと喉越し。

「な……なんですか、これ……!? こんな甘酸っぱくて濃厚で、なのに後味がスッキリしてる飲み物……私、食べたことも飲んだこともありません……!」

「えっ、嘘でしょ詩音!? あの詩音がそこまで……?」

魅音も耐えかねて、ムコーダが慌てて差し出したもう一本の缶を奪うように開け、ゴクリと飲んだ。

「〜〜〜〜〜〜っ!! うっま!!! なにこれ圭ちゃんとの罰ゲームゲームで負けた時に飲む激辛スープの真逆だよ! 身体の底からエネルギーが湧いてくる感じ……っ!」

「あ! ズルイのです! 魅音と詩音だけそんな美味しそうなものを飲んでいるのです!」

「なのですー! あうあう、甘くて酸っぱい良い匂いがするのですー!」

ドタバタと大広間の障子を叩き割らんばかりの勢いで飛び込んできたのは、十七歳になり、すっかり美少女へと成長した北条沙都子と、古手梨花。そして、普通の人間の目には見えないはずの、幼い姿をした神様・羽入であった。

「ちょ、沙都子!? 梨花ちゃん!?」

「ミー! 魅音、秘め事をしていたのですか! 梨花ちゃま、捕まえるのです!」

「にぱ〜☆ 遠慮はいらないのですよ、沙都子! むー、ムコーダとかいうお兄さん、私にもそれを寄こすのです!」

「あうあう! 羽入も! 羽入にも一口飲ませるのですー! 神様に対する不敬なのですー!」

「ええっ!? なんで神様まで見えてるの!? というか見えないはずの存在が普通にタマリンドジュースを欲しがってる!?」

ムコーダはパニックになりながらも、慌ててネットスーパーから大量のタマリンドジュースと、スイ用の特大ストロー付きボウルを取り出した。

「はーい! 順番! 順番だから暴れないで!」

「うひょー! なにこれ、すっごく甘酸っぱくて美味しいですわ! トラップの疲れが吹っ飛びますわ!」(沙都子)

「ふふー……みー、これは至高の味わいなのです。赤ワインとはまた違った、身体に染み渡るフルーティーさ……素晴らしいのです」(梨花)

「あうあうあう! 美味しいのです! 甘くて冷たくて幸せなのですー! 神様やっててよかったのですー!」(羽入)

「ぬ、ムコーダ。我の分はどうした? 我にもその『たまリんど』とやらを寄こせ」

「あー! スイも! スイも飲むー!」

「俺も俺も! ポーションより美味いのか!?」

巨大なフェンリルとスライムとドラゴンまでがジュースを求めて群がり、園崎家の大広間は、もはやオヤシロさまの祟りも吹き飛ぶほどの、狂乱のタマリンドジュース争奪戦の舞台と化したのである。

### 中編:料理の神様(ネットスーパー)と、披露宴の救世主

「――というわけでして……風の女神ニンリル様への献上品をお供えしようとした際、変な時空の歪みに巻き込まれて、気がついたらここに……」

一通りの騒ぎが収まり、冷たいタマリンドジュースと、ムコーダがさっと作った「ネットスーパーの惣菜コロッケと千切りキャベツ」を食べ終えた部活メンバーとムコーダ御一行。

大広間には、空になったジュースの缶と、コロッケの油のいい匂いが漂っていた。

「なるほどねぇ……異世界から来た、調理が得意な冒険者さん……ねぇ」

魅音は顎に手を当て、じっとムコーダを見つめている。その目は、当主としての鋭い観察眼と、悪戯を思いついた時の部活の部長の目の両方を孕んでいた。

「あの、魅音さん……? そんなにじっと見つめられると困るというか……俺たち、早く元の世界に戻る方法を探さないと……」

「まあまあ、焦りなさんなムコーダさん! 元の世界に戻る手立ては、うちの古手神社の神主(梨花)とオヤシロさま(羽入)が知恵を絞って探してくれるって!」

「あうあう! 責任を持って元の世界に返してあげるのです! だから、後でもう一本ジュースを……」

魅音はニヤリと口角を上げると、ムコーダの肩をガシッと掴んだ。

「それよりもさ、ムコーダさん。あんた、さっき言ってたよね。『ネットスーパー』っていうスキルで、異世界の食材でも何でも手に入れられて、しかも料理の腕はプロ級だって」

「えっ、あ、はい。まあ、料理は趣味というか、フェルたちに飯を食わせるために鍛えられたというか……」

魅音はバンと畳を叩き、身を乗り出した。

「決まりだ!! ムコーダさん、あんたに我が園崎家……いや、前原圭一と竜宮レナの最高にハッピーな結婚披露宴の『総料理長』を命じるよ!!」

「「「ええええええええっ!?」」」

ムコーダと、傍らでコロッケを頬張っていた詩音の悲鳴が重なった。

「ちょっと魅音姉!? いくらなんでも唐突すぎます! この人は異世界人ですよ!?」

「いいんだよ詩音! さっきのコロッケとジュース食べたでしょ!? あのサクサク感、あの冷たさと異国の味わい! 既存の料亭の堅苦しい料理に悩んでた私達にとって、これ以上の『救世主』がいるかい!?」

魅音の熱弁に、沙都子と梨花も同調する。

「魅音の言う通りですわ! 圭一さんとレナさんの披露宴ですもの、誰も食べたことがないような最高に美味しいお料理でお祝いしたいですわ!」

「みー。ムコーダの料理なら、圭一もレナも絶対に喜ぶのです。赤ワインに合う肉料理も期待できるのですよ」

「おいムコーダ」

低く重厚な声で、フェルが横から口を挟んだ。

「この『みおん』という女子(おなご)の言う通りにしてやれ。ここには面白い食材と、見たこともない酒がある。我が満足する肉料理を作るなら、しばらくここに留まってやってもよいぞ」

「あるじー、スイも美味しそうなご飯食べたいー!」

「俺も! ここの『おべんとう』ってやつ美味そうだぞ!」

(フェルまで乗り気になっちゃったよ……! 断れる雰囲気にないよぉぉぉっ!)

ムコーダは胃のあたりを押さえながら、深々と溜息をついた。

「はぁ……わかりましたよ。でも俺、大名行列みたいな大人数の披露宴の料理なんて作れるかどうか……」

「大丈夫! サポートは園崎家の厨房スタッフを全員つける! 詩音も手伝わせるから!」

「えっ、私もですか!?」

詩音が目を丸くする。

「当たり前でしょ、秘書! 圭ちゃんとレナの人生最大の晴れ舞台なんだから、私達も全力投球だよ!」

### 後編への引き:暗雲垂れ込める披露宴前夜と、忍び寄る「異変」

こうして、異世界のネットスーパー男・ムコーダと、平成初頭の雛見沢村による、前代未聞の「結婚披露宴プロデュース作戦」が幕を開けた。

ムコーダはネットスーパーの膨大な商品カタログを開き、魅音や詩音、そして部活メンバーたちと連日連夜のメニュー会議を行った。

日本の伝統的な和食の良さを残しつつ、異世界の魔獣の肉(ムコーダがアイテムボックスに蓄えていたブラックサーペントやオーク肉)とネットスーパーの最高級調味料を融合させた至高のフルコース。

メインディッシュには、オーク肉の特製醤油麹漬けステーキ。

前菜には、異世界の激レアハーブとネットスーパーの新鮮野菜を使った彩りサラダ。

デザートには、スイが特製で作るぷるぷるの特大フルーツゼリーと、タマリンドジュースをベースにした極上カクテル。

試食会が行われるたびに、園崎家の屋敷からは歓声と悲鳴が上がり、魅音も詩音もその美味さに舌を巻いた。

「これなら……これなら絶対に圭ちゃんとレナを喜ばせられる!」

魅音は勝利を確信し、詩音もまた、ムコーダの手際鮮やかな手料理に少しずつ尊敬の眼差しを向けるようになっていた。

しかし――。

結婚披露宴を明日に控えた、夏の終わりの夕刻。

雛見沢に、不穏な風が吹き抜けた。

「……ねえ、梨花ちゃま。なんだか、空気がおかしくありませんこと?」

古手神社の境内で、沙都子は不安そうに夕空を見上げた。茜色に染まる空の一部が、まるで歪んだガラスのように紫色に変色している。

「みー……。時空の歪みが、ムコーダたちが来たことで広がっているのです。羽入、これは……?」

「あうあう……大変なのです! ムコーダさんたちがこの世界に持ち込んだ異世界の魔力と、ネットスーパーの『概念』が、雛見沢の時空の結界と共鳴して……異世界の『モンスター』が、この村の森林地帯に引き寄せられて来ているのですー!」

「な、なんですって!?」

時を同じくして、園崎本家。

披露宴の最終準備を進めていたムコーダの元に、フェルがガタリと立ち上がった。

「ムコーダ。不穏な気配だ。この村の裏山に、我がいた世界と同等……いや、それ以上の禍々しい気配を持つ魔獣どもが集まってきているぞ」

「ええっ!? リアレンジされたアースジャイアントとか、ドラゴンの類ですか!?」

「フン、それだけならよいが……なにやら、この地の『怨念』と混ざり合っているようだ。不快な気配だな」

そこへ、顔色を変えた詩音が大広間に駆け込んできた。

「ムコーダさん! 魅音姉が……魅音姉が、山狩りに出た村人たちを助けるために、一人で裏山に向かっちゃいました!」

「ええええっ!? 魅音さんが!?」

「明日の披露宴の食材を守るためだって……! でも、裏山には見たこともない黒い化け物が溢れていて、警察の手にも負えないって……!」

屋外からは、地響きのような唸り声と、村人たちの悲鳴が遠く聞こえてくる。

明日には、前原圭一と竜宮レナの、人生で一番幸せな結婚披露宴が控えているのだ。

このままでは、披露宴どころか、雛見沢村全体が異世界の魔獣と怪異の渦に呑み込まれてしまう!

「……やれやれ。飯の邪魔をする奴は、許さんと言ったはずだが?」

フェルが低く唸り、その全身から圧倒的な神威の電光が走る。

「あるじのご飯を邪魔するやつは、スイがやっつけるー!」

「俺も暴れ足んねぇと思ってたところだぜ!」

ムコーダは頭を抱えながらも、エプロンを固く結び直した。

「……ったく! 俺はただの商人なのに、なんでいつもこうなるんだよー! 詩音さん、フェルたちについていきます! 明日の披露宴、絶対成功させますよ!」

「ムコーダさん……! はいっ!」

夕闇が迫る雛見沢の森で、異世界の神獣と、現代の少女たちが手を取り合う。

果たしてムコーダたちは、迫り来る魔獣の群れを退け、無事に圭一とレナの最高の結婚披露宴を執り行うことができるのか――!?

 

 

夕闇が完全に村を包み込み、重苦しい静寂が裏山を支配していた。

「魅音姉っ! 魅音姉ーっ!」

詩音の声が、夜の静寂を切り裂く。

ランタンの明かりを頼りに深林へ突き進むムコーダ御一行。その先で目撃したのは、巨大な大樹の根元で、二丁拳銃(モデルガン改造品)とショットガンを構えたまま肩で息をする園崎魅音の姿だった。

そして、その視線の先――。

暗闇の中から蠢き現れたのは、通常の「アース・ドラゴン」を遥かに凌駕する異形だった。

体長は三十メートルを超え、岩盤のような鱗は紫黒色に光り輝いている。雛見沢の地に漂う未練や怨念の磁場と共鳴し、変異を遂げた「アース・ドラゴン変異種」である。

「くっ……なんなのさコイツ! 散弾銃の弾が皮一枚傷つけられないなんて……!」

魅音が歯を食いしばる。当主として村を守るため孤軍奮闘していたが、圧倒的な異世界の存在感を前に絶体絶命の危機に瀕していた。

「魅音さん!」

「魅音姉っ!」

駆けつけたムコーダと詩音に、魅音の目が丸くなる。

「詩音!? それにムコーダさん!? なんでここへ……逃げなよ! こいつはヤバい!」

「おい、ムコーダ」

巨躯のフェルが悠然と前へ進み出た。紫黒色のドラゴンを品定めするように鼻を鳴らす。

「ふむ……この変異種、ただの地竜ではないな。体内に蓄えられた魔力が上質な脂肪となり、肉のサシとなって全身に回っておる。通常種よりも遥かに柔らかく、甘みのある『幻の極上肉』だぞ」

「えっ、マジで!? 変異種ってそんなに美味いの!?」

ムコーダの目が思わず輝く。すっかり異世界で肉の味覚を鍛え上げられた料理人の顔だ。

「あるじー! スイがあのトカゲさん、お肉にしてあげるー!」

「俺も混ぜろ! 一撃で仕留めてやるぜ!」

ドラちゃんが超音速で空を打ち抜き、変異種の頭上へ舞い上がる。

「『アイスブレット』ッ!」

鋭い氷の弾丸がドラゴンの視界を奪うと同時に、スイがポヨンと跳ね上がった。

「『酸の弾丸』~っ!」

強力な溶解液がアース・ドラゴンの硬質化した岩盤の鱗を一瞬で溶かし、柔らかな肉質を露出させる。

「ぬんッ! 『風刃』!!」

仕上げとばかりに、フェルが放った一閃の真空波が、巨大な変異種の首を歪みなく綺麗に切り落とした。

――ドスン……ッ!!

ものの数秒。雛見沢を滅ぼしかねなかった絶望の超巨大モンスターは、物言わぬ「肉の山」へと変貌を遂げたのである。

「「………………は?」」

魅音と詩音の二人は、開いた口が塞がらない。

ポカンと口を開けたまま、言葉を失って巨体を見上げている。

「な……なにが起きたのさ……? 園崎家の私兵どころか、自衛隊が出動するレベルの化け物が……一瞬で……?」

「あ、呆気なさすぎる……これが、異世界の神獣たちの力……?」

「よし! 肉に血が回らないうちに下処理だ!」

ムコーダはすぐさま創世神デミウルゴス様とニンリル様に祈りを捧げ、神々の威光(と、後でお供えするネットスーパーのお菓子)を借りて、巨大なドラゴンの解体と下処理を秒速で済ませてしまった。アイテムボックスへ綺麗に格納された最高級のアース・ドラゴン肉。

呆然とする園崎姉妹の横で、ムコーダは満足げに手をポンと叩いた。

「よし! これで明日のメインディッシュは決まりだ! 最高の披露宴にしましょう!」

### 輝かしい結婚披露宴当日:前原家・竜宮家 ガーデンバーベキュー

翌日。昨夜の重苦しい空気が嘘のように晴れ渡り、雛見沢の空には雲ひとつない青空が広がっていた。

会場は、園崎家の広大な庭園。

新郎・前原圭一はビシッと決めたタキシード姿、新婦・竜宮レナは眩しいほどの純白のウェディングドレスに身を包んでいた。

「すごいやレナ! まさか園崎家の庭で、こんなに賑やかなパーティが開かれるなんて!」

「はぅ~! すごいよ圭一くん! お花がいっぱいで、とっても持ち帰りたくなっちゃう(かち帰りたくなっちゃう)可愛さだよ~!」

参集したのは、部活メンバーの沙都子、梨花、当主の魅音、影で支える詩音、村の重鎮たち、そして――ネットスーパーの異次元食材を自在に操る謎の総料理長・ムコーダ御一行である。

「さあさあ! 本日の披露宴は、堅苦しい挨拶抜き! 異世界×平成ネットスーパーの最高峰『極上バーベキューパーティ』の開幕だよっ!」

魅音の威勢の良い開会宣言とともに、ムコーダが焼き台に火を点けた。そして、この日のために解禁されたのが、ネットスーパーに新設されたばかりの話題のスーパー「ロピア」コーナーと、厳選された異世界食材のコラボレーションである!

庭園いっぱいに、香ばしい煙と芳醇な香りが立ち込め、豪華絢爛な料理が次々とテーブルへ運ばれていく。

#### 【本日の披露宴・極上バーベキューメニュー】

* **北海道男爵いものベイクドポテト**

ホクホクに焼き上げた北海道産男爵いもに、ロピア直送の濃厚な北海道バターと塩辛を贅沢にトッピング。一口食べれば、芋の甘みと塩気の旨味が口いっぱいに広がる。

* **コカトリスと夏野菜のマーラータン**

異世界の巨大鳥・コカトリスの極上ジューシーな肉と、旬の夏野菜を煮込んだピリ辛スープ。花椒の痺れるスパイスが食欲を無限に刺激する。

* **マグロブーメランの炙りカルパッチョ**

ロピア名物の巨大な「マグロブーメラン(赤身・中トロ・大トロが一体となった部位)」を表面だけサッと炙り、特製ガーリックポン酢とオリーブオイルで味わう豪快かつ繊細な一品。

* **半熟ウフマヨと夏野菜のシーザーサラダカリカリベーコン載せ**

トロトロの半熟卵に特製マヨネーズをかけた「ウフマヨ」と、ロピア自慢の極厚カリカリベーコンを散らした新鮮な採れたて野菜サラダ。

* **アース・ドラゴン変異種のステーキ・ほりにしのスパイスに溺れて**

昨夜仕留めた幻の極上肉! 厚切りにしたアース・ドラゴンの肉を強火でジューシーに焼き上げ、大人気キャンパー用万能調味料「ほりにし」をこれでもかと振りかけた至高のメインディッシュ。肉汁が爆発する!

* **オークジェネラルのサムギョプサルとシロコロホルモン・スタミナ源のタレをまぶして**

噛むほどに甘い脂が溢れるオークジェネラルのバラ肉と、ぷるぷるのシロコロホルモン。青森の秘伝「スタミナ源たれ」で味付けし、新鮮なサンチュで巻いて食べる絶品スタミナ肉料理。

* **ロックバードのケバブレッグ・砂漠の虎風ヨーグルトソース添え**

巨大怪鳥ロックバードのモモ肉を丸ごとスパイスに漬け込んで焼き上げ、爽やかな酸味のヨーグルトソースを添えた、異国情緒あふれるジューシーケバブ。

* **塩焼きおにぎりのイラブー汁茶漬け**

香ばしく炙った塩焼きおにぎりに、沖縄の伝統的なエラブウミヘビの出汁「イラブー汁」を注いだ、極上の締めの一品。滋味深い味わいが身体中に染み渡る。

* **ハーフカットメロンクリームソーダ〜器のメロンも頂きます〜**

豪快に半切りにした最高級クラウンメロンの種をくり抜き、冷たいサイダーと濃厚バニラアイス、チェリーを載せた夢の贅沢デザート。器のメロンの果肉をスプーンですくいながら味わう!

「ぐぬぬぬっ! うまい! うまいぞムコーダ! この『あーす・どらごん』の肉、ほりにしとやらのスパイスが合わさって留まることを知らん!」

フェルが凄まじい勢いで肉の山を平らげていく。

「スイ、このめろんくりーむそーだー大好きー! あまーい!」

「おいムコーダ、ケバブレッグおかわりだ!」

フェルたちの大喰らいぶりに圧倒されつつも、参加者全員が口々に歓声を上げていた。

「な、なんですかこのお肉はぁぁぁっ!?」

圭一がアース・ドラゴンのステーキを口に含んだ瞬間、叫び声を上げた。

「噛んだ瞬間に柔らかく解けて、あふれ出す肉汁の旨味が凄まじい! なのに『ほりにし』のスパイスが肉の脂を完璧に引き締めて、いくらでも食えそうだーっ!」

「はぅ~っ! マグロのカルパッチョも、メロンのクリームソーダも、全部全部すっごく美味しくて……レナ、幸せだよ~っ!」

レナは目をうるうるさせながら、ハーフカットメロンを嬉しそうに頬張っている。

沙都子も梨花も、そして当主の魅音も詩音も、みんな笑顔で肉を焼き、ジュースや酒を交わし、笑い合っていた。

昭和の惨劇を乗り越え、長い長い孤独な運命の糸を断ち切った末に辿り着いた、誰も傷つかない、誰も失わない、温かな平和の象徴――それが、いま目の前にあるこの披露宴だった。

やがて宴も終盤に差し掛かり、庭園に柔らかな夕暮れの光が差し込み始める。

お腹いっぱいになったフェルとスイ、ドラちゃんが満足そうに芝生で丸くなって寝息を立てている横で、圭一とレナがムコーダの前に歩み寄ってきた。

圭一が、照れくさそうに頭をかきながら頭を下げた。

「ムコーダさん。……本当に、ありがとう。俺たち、最初はどんな結婚式になるのか想像もつかなかったんだ。でも、あんたが異世界から持ってきてくれた最高の料理と、みんなの笑顔のおかげで……人生で一番楽しくて、一番美味しい日になったよ」

レナもまた、純白のドレスの裾をキュッと握りしめ、まっすぐな瞳でムコーダを見つめた。

「うん……レナね、昔は悲しいことや辛いことがたくさんあって……自分は幸せになっちゃいけないのかなって、思ってた時期もあったの。でもね、圭一くんやみんなが諦めないで手を差し伸べてくれて……そして今日、こんなにたくさんの『美味しいね』と『おめでとう』に包まれて……レナ、生まれてきて本当によかったって、心から思えたよ」

レナの目から、ポロポロと大きな涙の粒がこぼれ落ちる。

それは悲しい涙ではなく、溢れんばかりの感謝と幸せに満ちた涙だった。

圭一が優しくレナの肩を抱き寄せ、ムコーダの手を力強く握りしめた。

「ムコーダさん。あんたの料理はさ、ただ美味いだけじゃないんだ。食べた人みんなを笑顔にして、お互いを素直にさせる……本当の『魔法』なんだと思う。俺、レナを一生幸せにするよ。この味と、今日の最高の笑顔を、絶対に忘れない!」

ふたりからの真っ直ぐで温かな言葉に、ムコーダは胸が熱くなり、少し気恥ずかしそうに頬を掻いた。

「いやいや……俺はただ、ネットスーパーで買ったものと、フェルたちが獲ってきた肉を焼いただけですよ。……でも、二人がそんなに喜んでくれたなら、俺も異世界から流されてきた甲斐がありました」

その時、古手神社の境内の方向から、眩い光の柱が立ち上った。

羽入と梨花が微笑みながら歩み寄ってくる。

「あうあう! 時空の歪みが修正されて、ムコーダさんたちの元の世界への扉が開いたのです!」

「みー。名残惜しいけれど、お別れの時なのです。ムコーダ、最高のフルコースをありがとうなのです」

「あ、もう行っちゃうのか……」

魅音と詩音も駆け寄り、少し寂しそうに寂しさを口にする。

「ムコーダさん、本当にありがとうね! あんたのおかげで、園崎家当主として最高の披露宴をプレゼントできたよ!」

「ふふ、次に会う時も、あのタマリンドジュースとネットスーパーの美味しいもの、期待してますからね?」

「ハハ……善処します」

ムコーダは苦笑いしながら、目を覚ましたフェル、スイ、ドラちゃんを呼び寄せた。

光の扉の中へ足を踏み入れる直前、ムコーダは振り返り、新郎新婦に向かって大きく手を振った。

「圭一さん、レナさん! 末永く、お幸せに――ッ!」

「ありがとう、ムコーダさん――ッ!!」

「はぅ~! バイバイなのですーっ!!」

圭一とレナの溢れんばかりの歓声と、部活メンバーたちの温かな拍手に送られながら、ムコーダ御一行は光の中へと消えていった。

1993年、夏の終わりの雛見沢。

その空には、どこまでも温かく爽やかな、笑顔の余韻と香ばしい食欲の匂いが立ち込め続けていた。

 


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