殺しても駄目。
説得しても駄目。
時間を巻き戻しても駄目。
いい加減うんざりしていた暁美ほむらは、ある日テレビで一人の弁護士を目にした。
「……そういえば、あれも契約よね?」
これは、魔法少女の契約を日本最強クラスに面倒くさい弁護士のところへ持っていってしまった話。
キュゥべえ。
相手が悪かった。
※『魔法少女まどか☆マギカ』×『リーガル・ハイ』のクロスオーバーです。
※法律関係はギャグ時空です。
「キュゥべえの契約を古美門研介に見せたらどうなるんだろう」という発想から書きました。
暁美ほむらは、数えることをやめるほど同じ一か月を繰り返してきた。
だからこそ断言できる。
どの時間軸にも、古美門研介という男はいなかった。
その夜、ほむらはホテルの一室で拳銃を分解していた。
テーブルには弾倉、工具、手榴弾。
テレビでは深夜の討論番組が流れている。
普段なら気にも留めない。
だが、聞き慣れない甲高い声が耳に入った。
『――しかし古美門先生、本人は納得して契約書にサインしているんですよ?』
『納得ぅ?』
ほむらの手が止まった。
画面の中で、派手なスーツを着た男が司会者を睨んでいる。
『何をもって納得したと言うんです? 相手が肝心なことを隠していれば、存在すら知らない情報について検討できるわけがないでしょう!』
司会者が苦笑した。
『ですが、契約は契約ですから――』
『契約というのは魔法ではない! 本人が「はい」と言った瞬間、どんなインチキも正当化される便利な呪文ではないんです!』
ほむらはテレビを見つめた。
魔法。
契約。
その二つの言葉が、頭の中でつながった。
今まで自分はキュゥべえを敵として考えてきた。
殺す。
追い払う。
まどかから遠ざける。
けれど、あの生き物は何度殺しても現れる。
ならば。
――僕と契約して、魔法少女になってよ。
あれを。
「……契約として潰す?」
ほむらはリモコンを手に取った。
画面の下に男の名前が表示されている。
《弁護士 古美門研介》
翌朝。
ほむらは暴力団事務所を一軒襲った。
*
「お帰りください」
相談開始から八秒だった。
古美門研介は、目の前の中学生を一瞥しただけで書類へ視線を戻した。
ほむらは眉一つ動かさない。
「まだ何も話していないわ」
「聞く必要がない。制服、保護者なし、どう見ても中学生。つまり金がない」
「先生」
隣の黛真知子が睨む。
「話くらい聞いてあげてもいいじゃないですか」
「嫌だ」
「即答ですか!」
「私は悩める青少年の無料相談員ではない」
ほむらは無言で黒いバッグを机に載せた。
ファスナーを開く。
札束がぎっしり詰まっていた。
古美門の目が止まった。
「……いくら?」
「五千万」
「円?」
「他に何があるの」
古美門は立ち上がった。
「服部さん! 最高級の紅茶を!」
「かしこまりました」
奥から穏やかな声が返ってくる。
黛がバッグを二度見した。
「ちょっと待って。あなた中学生よね?」
「そうよ」
「どうして五千万円持ってるの?」
「用意した」
「どうやって?」
ほむらは黙った。
黛の視線が、ほむらのバッグへ落ちる。
札束。
その隙間から、拳銃のグリップが覗いている。
黛の顔が引きつった。
「……まさか」
「近所に暴力団の事務所があったから」
「犯罪じゃない!」
古美門は素早くバッグを閉じた。
「依頼人のプライバシーだ」
「今のはプライバシーで封印していい情報じゃありません!」
「私は何も聞いていない」
「全員聞きました!」
古美門は笑顔でほむらの正面へ座った。
「それで暁美様。本日はどのようなご相談でしょう?」
「態度変わりすぎでしょう!」
「黛君。五千万というのは人を成長させる金額だ」
「堕落しただけです!」
*
「友達が、悪質な契約を結びそうなの」
「なるほど」
古美門はメモを取る。
「相手は?」
「人間じゃない」
古美門のペンが止まった。
「五千万返すから帰れ」
「最後まで聞きなさい」
「嫌だ!」
「願いを一つ叶える代わりに、魔法少女になる契約よ」
「服部さん! 塩!」
「先生!」
ほむらは小さく息を吐いた。
左腕の盾に触れる。
時間が止まった。
数秒後。
時間が動き出す。
古美門の机の上に拳銃が十二丁並んでいた。
古美門が黙る。
黛も黙る。
服部がお茶を置いた。
「ダージリンでございます」
「ありがとう服部さん」
古美門は拳銃を一本持ち上げた。
「……本物?」
「試す?」
「結構です」
静かに戻す。
そして椅子に座った。
「詳しく伺おう」
黛が呆れた。
「受け入れるの早すぎません?」
「現実に証拠を提示された以上、前提を更新するのは当然だ!」
「そこだけ聞くと立派なんですけどね」
ほむらは説明した。
魔法少女。
願い。
ソウルジェム。
魔女。
そして、キュゥべえ。
古美門は途中から身を乗り出していた。
「待て。魂を肉体から取り出す?」
「そうよ」
「事前に説明は?」
「しない」
「最終的に魔女になる?」
「ええ」
「説明は?」
「しない」
「死亡する危険性」
「あるわ」
「説明」
「積極的にはしない」
「契約相手は主に?」
「少女」
「未成年?」
「ほとんどは」
古美門が立ち上がった。
「勝った!」
黛が驚く。
「まだ相手に会ってもいませんよ!」
「会う必要すらない! 魂を抜く! 怪物と戦わせる! 最後には本人まで怪物になる! それを黙ったまま未成年者を勧誘!? これで負けるなら私は弁護士を辞めてユーチューバーになる!」
「それはそれで成功しそうなのが嫌です」
ほむらは冷静に言った。
「相手は宇宙人よ」
古美門の笑顔が止まった。
「……何?」
「だから最初に言ったでしょう」
「聞いてない」
「言ったわ」
「聞いてないことにする!」
「都合よすぎません?」
*
十分後。
窓枠に白い生き物が座っていた。
「僕を呼んだかい?」
古美門はキュゥべえを見た。
右から見る。
左から見る。
耳を触る。
「触らないでもらえるかな」
持ち上げる。
「先生!」
「未知の生命体だぞ。観察は重要だ」
裏返す。
「古美門研介」
ほむらの声が低くなった。
古美門はキュゥべえを戻した。
「さて」
向かいに座る。
「君が女子中学生に声をかけて回っている無職住所不定の白い生物か」
「悪意のある要約だね」
「違う?」
「僕たちに職業や住所という概念は必要ないよ」
「では無職住所不定で正しい」
「君たちの分類ではね」
黛が小声で言った。
「なんだか急に事件性が高くなりましたね」
「僕たちの活動をそのように表現されるのは心外だな」
古美門は机を叩いた。
「では契約内容を説明しろ!」
キュゥべえは首を傾げる。
「僕と契約して魔法少女になってもらう。その代わり、願いを一つ叶える」
「以上?」
「以上だよ」
「魂を肉体から取り出すことは?」
「聞かれれば答える」
「魔女になることは?」
「それも聞かれれば」
「死亡する可能性」
「魔女と戦う以上、当然じゃないかな」
古美門が黛を見る。
「殴っていい?」
「駄目です」
「なぜ?」
キュゥべえが首を傾げた。
「僕は嘘をついていないよ」
古美門の眉が動いた。
「ほう」
「願いは確実に叶える。契約後には魔法少女として力を与える。約束したことはすべて履行している」
「都合の悪いことを言っていない」
「聞かれなかったからね」
「相手がその事実を知らないことを知っていて?」
「そうだよ」
「知れば契約しない可能性があることも理解していて?」
「可能性はあるね」
「それでも言わない?」
「説明する必要性を感じないからね」
古美門は数秒、キュゥべえを見つめた。
そして笑った。
黛には分かった。
かなり機嫌が悪いときの笑顔だった。
「いいだろう」
「何がだい?」
「法廷で聞こう」
「法廷?」
「裁判だ!」
キュゥべえは少し考えた。
「どうして僕が日本の裁判を受けるんだい?」
古美門が止まった。
「……何?」
「僕たちは地球外生命体だ。日本国民ではないし、日本法人でもない」
「だから?」
「日本という国家が成立する遥か以前から、僕たちは活動している」
古美門の表情が消えていく。
「君たちが自分たちの都合で作った法律に、僕たちが従う理由はないよ」
沈黙。
ほむらが古美門を見る。
「負けた?」
「まだだ!」
「顔が負けてるわ」
「負けてない!」
「先生」
黛も困った顔をする。
「確かにこれは、普通の案件じゃ……」
「黛! 敵に回るな!」
キュゥべえは尻尾を揺らした。
「理解してもらえたかな?」
古美門は歩き回った。
「宇宙人……管轄……国内での勧誘……執行……そもそも相手の法主体性……」
キュゥべえが続ける。
「それに、僕は少女たちへ契約を強制していない」
古美門の足が止まった。
「何?」
「選ぶのは彼女たちだよ」
「……」
「僕は願いを叶える。彼女たちは魔法少女になる。双方が納得している。実に単純な契約じゃないか」
ほむらがキュゥべえを睨む。
古美門は別のことを考えていた。
「白いの」
「キュゥべえだよ」
「願いは本当に何でも叶える?」
「その子が持つ因果の範囲ならね」
「鹿目まどかは?」
ほむらが振り向いた。
「古美門」
キュゥべえは答えた。
「まどかの素質は桁外れだ。僕にも限界が分からない」
古美門の口元がゆっくり上がった。
「そうか」
ほむらは盾に手を置いた。
「その顔をやめなさい」
「何のことだ」
「ろくでもないことを考えてる顔よ」
「失礼な」
「まどかを利用するなら撃つ」
「依頼人が弁護士を脅迫するな!」
「五千万返して」
「話し合おう!」
*
その日の夕方。
鹿目まどかは、何も知らずに法律事務所へやって来た。
「こんにちは……」
古美門が立ち上がった。
「ようこそ鹿目まどか君!」
「は、はい」
まどかがほむらを見る。
「ほむらちゃん、この人は?」
「弁護士」
「どうして弁護士さんが?」
「私にもよく分からなくなってきたわ」
「依頼人が言うな!」
キュゥべえが机に飛び乗った。
「まどか。願いは決まったかい?」
「うーん……」
まどかは困ったように笑う。
「まだなの」
古美門の目が輝いた。
「素晴らしい!」
「何がですか!」
黛が叫ぶ。
古美門は一枚の紙を差し出した。
「そんな君のために、私が考えておいた!」
まどかが紙を受け取る。
「えっと……」
読む。
そして止まった。
「……どういう意味ですか?」
「意味など理解しなくていい!」
ほむらが古美門の襟を掴んだ。
「待ちなさい」
「苦しい!」
「まどかを何も知らないまま契約させる気?」
「そうだ!」
「撃つわ」
「最後まで聞け!」
古美門は襟を直した。
「この娘が契約の実態を知っていたらどうなる?」
「契約しない」
「そうだ!」
「だからいいでしょう」
「よくない!」
古美門はキュゥべえを指差した。
「それではこいつの最大の弱点を利用できん!」
「弱点?」
「こいつは嘘をつかない」
キュゥべえが首を傾げる。
「嘘をつく必要がないからね」
「そして願いを叶える」
「そうだよ」
「なら叶えてもらおう」
古美門は紙をまどかへ戻した。
「こいつ自身の力で、自分の逃げ道を塞いでもらう」
ほむらが古美門を見る。
「その後は?」
古美門は笑った。
「私の仕事だ」
まどかは紙を持った。
そこには一文だけ書かれている。
《インキュベーターが地球上で人類との間に行う契約その他一切の法律行為について、日本法を適用し、日本の裁判所による司法判断およびその執行に服するものとしてください。》
「これをお願いすればいいんですか?」
「そうだ!」
「でも、私……」
まどかはキュゥべえを見る。
「魔法少女になるんだよね?」
「そうだよ」
「それって、具体的にはどうなるの?」
ほむらの表情が変わった。
古美門もキュゥべえを見る。
キュゥべえは平然と答えた。
「願いを叶える代わりに、魔女と戦う使命を背負うんだ」
古美門の眉がわずかに動いた。
「それだけ?」
まどかが聞く。
「基本的にはね」
古美門は何も言わなかった。
ただ、その言葉を覚えた。
まどかは少し迷った。
それから、ほむらを見る。
「これで、ほむらちゃんの役に立てる?」
ほむらは答えられなかった。
古美門が答えた。
「大いに」
「じゃあ……」
まどかはキュゥべえを見た。
「私、それをお願いする」
キュゥべえの赤い目がまどかを見つめる。
「分かった」
光が満ちた。
まどかの身体が浮かび上がる。
そして胸元に、小さな宝石が現れた。
ソウルジェム。
「これで契約は成立だ」
キュゥべえが言った。
「君の願いは叶えられた」
ほむらがまどかへ駆け寄る。
「まどか!」
「大丈夫だよ、ほむらちゃん」
まどかは自分のソウルジェムを見つめている。
「なんだか、不思議な感じ……」
古美門はキュゥべえを見た。
「願いは叶った?」
「もちろん」
「日本法は適用される?」
「そういう願いだからね」
「日本の裁判所の判断にも従う?」
「そうなるね」
古美門は鞄を持った。
「よし」
キュゥべえが首を傾げる。
「どこへ行くんだい?」
古美門は笑った。
「法廷だ」
「何のために?」
「今お前が結んだ契約を無効にするために決まってるだろうが」
*
裁判は、拍子抜けするほど簡単だった。
古美門が尋ねた。
「契約前に、鹿目まどかの魂を肉体から切り離してソウルジェムへ移すことを説明しましたか?」
「していないよ」
「魔法少女が魔女になる仕組みは?」
「説明していないね」
「ソウルジェムが濁り切った場合の結果は?」
「説明していない」
「死亡する危険性について具体的に説明しましたか?」
「していないよ」
「原告が未成年であることは知っていましたね?」
「もちろん」
「結構」
古美門は席へ戻った。
黛が小声で聞く。
「先生、終わり?」
「終わりだ」
「演説は?」
「必要ない」
「先生なのに?」
「どういう意味だ!」
「だっていつも長いから……」
古美門は鼻で笑った。
「黛君。圧勝している裁判で余計なことを喋って相手に反撃材料を与えるのは三流だ」
「たまにものすごくまともですよね」
「たまにとは何だ!」
結果。
鹿目まどかとインキュベーターとの契約は無効。
契約によって生じた魔法少女としての状態も失われることになった。
願いによって変更された法的ルールは、すでに実現した効果として残った。
まどかのソウルジェムが消える。
「……戻った?」
まどかが自分の胸へ手を当てる。
ほむらが確認する。
「ソウルジェムは?」
「ないよ」
「身体は?」
「普通……だと思う」
「魂は?」
「それは自分じゃ分からないよ」
ほむらはまどかを抱きしめた。
「ほ、ほむらちゃん?」
「よかった」
「苦しいよ」
キュゥべえは二人を見ていた。
「なるほど」
古美門が振り返る。
「何だ」
「これは予想していなかったよ」
古美門の顔に、この日一番の笑顔が浮かんだ。
「そうだろう!」
胸を張る。
「君たちは宇宙の文明だか何だか知らんが、一つ重大な欠陥がある!」
「欠陥?」
「法律顧問がいない!」
黛が頭を抱えた。
「そこなんですか……」
*
その後、キュゥべえは古美門法律事務所へ連れてこられた。
テーブルの上には大量の書類。
キュゥべえがそれを見る。
「これは何だい?」
「重要事項説明書」
「どうしてこんなに厚いんだい?」
「貴様が今まで説明しなかったことを全部書いたからだ!」
「二百八十六ページあるよ」
「読め!」
「僕は読めるけど、契約する少女が読むのは大変じゃないかな」
「大変で結構!」
古美門は書類を叩いた。
「いいか! 願いを一つ叶える? 結構! 魔法少女になって世界を守る? 実に聞こえがいい! だがその裏で何をしている!」
キュゥべえは黙っている。
「魂を抜く! 命を賭けて怪物と戦わせる! 絶望すれば本人まで怪物になる! 挙げ句の果てには、その瞬間のエネルギーを宇宙のために回収する!」
「宇宙全体にとって合理的な仕組みだよ」
「合理的ぃ!?」
古美門の声が跳ね上がった。
「だったらなぜ貴様がやらん!」
「僕たちには感情がほとんどないから――」
「なぜ成人男性を勧誘しない!」
「第二次性徴期の少女が最も――」
「なぜ老人を勧誘しない!」
「だからエネルギー効率が――」
「なぜ総理大臣を魔法少女にしない!」
「適性の問題が――」
「結局、一番効率よく搾り取れる女子中学生ばかり狙っているだけではないか!」
「効率を追求することの何が悪いんだい?」
古美門は机を叩いた。
「悪いなどと言っていない!」
黛が転びそうになった。
「え!?」
古美門はキュゥべえを指差した。
「やりたければやれ!」
ほむらまで振り向く。
「ちょっと」
「ただし!」
古美門がさらに声を張る。
「全部説明してからやれ!」
部屋が静かになった。
「魂は身体から抜きます! 魔女との戦闘で死ぬ可能性があります! 最終的には自分が魔女になります! そのとき我々がエネルギーを回収します! なお契約の撤回については――」
「先生」
黛が言った。
「それ全部説明したら、誰も契約しないんじゃ」
「それで契約する奴がいないなら、その程度の商品だったということだ!」
キュゥべえが首を傾げた。
「宇宙の寿命が縮むよ」
「知らん!」
「いずれ人類にも影響する」
「そのとき改めて人類全員に説明して金を集めろ!」
「金?」
「宇宙を救うなら宇宙規模でクラウドファンディングでもやれ!」
「先生、宇宙人にクラウドファンディング勧めないでください!」
キュゥべえはしばらく古美門を見つめていた。
「やはり人間は理解できないね」
「こちらの台詞だ!」
「宇宙全体の利益より、一人の少女の不利益を重視する」
「当たり前だ!」
「なぜ?」
古美門は一瞬黙った。
ほむらと黛が彼を見る。
まどかも見ている。
古美門は胸を張った。
「そいつが私の依頼人だからだ!」
黛がずっこけた。
「結局それ!?」
「依頼人の利益を最大化する! 弁護士として当然だ!」
「五千万もらってますもんね」
ほむらが言った。
「人聞きの悪い言い方をするな!」
「事実でしょう」
「正当な報酬だ!」
「元は暴力団のお金だけど」
「その話を蒸し返すな!」
キュゥべえがテーブルから飛び降りた。
「分かったよ」
「何が?」
「今後、日本国内で契約する場合には説明する」
「全部だぞ!」
「全部説明するよ」
「書面も渡せ!」
「分かった」
「契約書の文字は十二ポイント以上!」
「そこに意味があるのかい?」
「ある!」
「不思議だね」
キュゥべえは窓へ向かった。
その途中で止まる。
「ところで古美門研介」
「何だ」
「君なら、何を願う?」
古美門の目が輝いた。
「私も契約できるのか!?」
「できないよ」
「なら聞くな!」
「仮定の話だよ」
古美門は少し考えた。
「世界一の大富豪」
黛が即座に言った。
「でしょうね」
「不老不死も捨てがたい」
「先生なら魔女にならなそう」
まどかが小さく笑った。
ほむらも言う。
「確かに」
キュゥべえは古美門を見つめた。
「君からは、絶望したときに非常に大きなエネルギーが得られそうな気がする」
古美門が笑った。
「残念だったな」
「なぜ?」
「私は絶望しない」
「どうして?」
古美門は五千万円の入ったバッグを持ち上げた。
「金があるからだ!」
「最低!」
黛の声が事務所に響いた。
*
夕方。
まどかとほむらは事務所を出た。
まどかが隣を歩くほむらを見る。
「ほむらちゃん」
「何?」
「あの人、本当にすごい弁護士さんなの?」
ほむらは少し考えた。
「勝ったわ」
「うん」
「まどかも戻った」
「うん」
「キュゥべえも困ってた」
「うん」
「だから……たぶん」
ほむらは事務所を振り返った。
窓の向こうから声が聞こえる。
「黛! 五千万を銀行に入れてこい!」
「嫌ですよ! 出所聞かれたらどうするんですか!」
「拾ったと言え!」
「五千万円を!?」
ほむらは前を向いた。
「……腕は確かよ」
まどかが笑った。
「変な人だったね」
「ええ」
二人は歩いていった。
事務所では、キュゥべえがまだ一匹残っていた。
古美門が気づく。
「なぜまだいる」
「少し興味があってね」
「何だ」
「君たちの法律というシステムについて学習してみようと思う」
古美門の顔が曇った。
「やめろ」
「なぜ?」
「君みたいなのが法律を覚えるとろくなことにならん」
「でも君は、その法律を使って僕に勝った」
「だからだ!」
キュゥべえは首を傾げた。
「まず何を読めばいい?」
古美門は黙った。
そして、本棚を見る。
六法。
判例集。
法律書。
キュゥべえを見る。
再び本棚を見る。
「服部さん」
「はい」
「こいつを追い出せ」
「かしこまりました」
「どうしてだい?」
「帰れ!」
「僕はまだ何も――」
「帰れ!」
「わけがわからないよ」
キュゥべえは服部に抱えられて出ていった。
黛が笑う。
「先生、怖いんですか?」
「何が!」
「キュゥべえが法律を覚えるの」
「馬鹿を言うな!」
「じゃあ教えてあげればいいじゃないですか」
古美門は答えなかった。
黛の笑顔が大きくなる。
「怖いんですね?」
「黙れ!」
古美門は五千万円のバッグを抱えた。
「次に来たら相談料を取れ!」
「宇宙人から?」
「一時間十万円!」
「お金持ってませんよ」
古美門が固まった。
「……無一文?」
「貨幣経済を使ってないでしょうし」
数秒の沈黙。
古美門は玄関へ走った。
「二度と来るなあああああ!」
外からキュゥべえの声が返ってきた。
「本当に、わけがわからないよ」
その日。
暁美ほむらは、時間を巻き戻さなかった。
鹿目まどかも、魔法少女ではなくなった。
そしてインキュベーターは、人類史上初めて知った。
宇宙の熱的死より面倒なものが存在する。
金にうるさい日本の弁護士である。
キュウべぇ…