非常に励みになります。
遅筆で申し訳ありませんが、仕事の関係で時間が取れないので、ご勘弁ください。
談話室の暖炉には、夕食のあとからずっと火が入っていた。
ルークはソファに座り、膝の上で手紙を折っていた。半分にして、もう半分。宛名を外にするつもりだったのに、裏返すと何も書いていない面が出てくる。折り直したところで、隣からベンが覗き込んだ。
「そういえば、ルークは家に帰るの?」
「うん、帰るつもり。二人もだろ?」
「僕は帰るよ。母さんが、忘れ物するなってもう二回も手紙を送ってきた」
「まだ帰ってもないのに?」
「前に手袋を片方なくしたから。それで、ネッドは?」
向かいのネッドは、靴下の先を暖炉に向けていた。いつもなら熱くなるまで近づけてから引っ込めるのだが、今日は火を見たまま、足を動かしていない。
「帰るつもりだったんだけどね」
「だった?」
「両親から、学校に残っておけって手紙が来たんだ」
ベンが背もたれから身を起こした。
「どうして? あんなに楽しみにしてたのに」
「最近、家の近くで誰かが襲われたらしくて。詳しくは書いてなかったけど」
「お前の親は大丈夫なのか?」
「うん。二人とも無事だって。心配しなくていいから、僕は学校にいろってさ」
ネッドはローブのポケットを押さえた。手紙が入っているらしく、布越しに四角い縁が浮いた。
ルークも膝の上の紙へ目を落とす。こちらには、帰る日と、駅まで迎えに来なくていいということを書いてあった。トムならともかく、下の子まで一緒に来られては、荷物を運びながら全員に目を配らなければならない。誰かがはぐれるくらいなら、自分が戻る方が早かった。
その日付の上に親指を置いたまま、ベンの声を聞いた。
「……そっか。それなら、残った方がいいのかもね」
「なんで? 家の方が安全なんじゃないのか?」
「何言ってるんだよ、ルーク。ホグワーツは世界で一番安全なんだよ」
「そうなのか?」
「城にはいろんな防御魔法がかかってるし、何よりダンブルドア先生がいるだろ」
「あの先生、一人で?」
「ほかの先生もいるけど。ダンブルドア先生は特別なんだよ」
世界で一番安全だと言われても、ルークには城を守る魔法がどういうものなのかわからなかった。ダンブルドアについても似たようなものだった。駅まで送ってもらってからは、食事の席で遠くに姿を見るばかりで、ろくに話していない。
少なくとも、ルークの知っているあの老人は、強そうに見せようという気がまるでなかった。
「ベン、どれくらいすごいか知ってるのか?」
「……ものすごく」
「何もわかってないだろ」
「君だって知らなかったくせに」
「父さんも、先生がいる限り学校は大丈夫だって書いてたよ」
ネッドの言葉に、ルークは折りかけの手紙を脇へ置いた。
「そうか。じゃあ、ネッドはここにいれば安心だな」
「うん。……帰りたかったけどね」
わかっていることと、そうしたいことは別らしかった。
休暇に帰ったら何をするかという話を、ネッドは何日も前からしていた。ルークがトムへの手紙に日付を書いた時も、横から覗き込んで、あと何日だと指で数えていたのだ。
何か言おうと思ったが、帰れないことには変わりがない。ルークは机に残っていた教科書を見た。
「休みの間も宿題はあるしな」
「ルーク、それは何の慰めにもなってないよ」
「先に終わらせれば、あとは好きなことができるだろ」
「家なら、終わらせなくても好きなことができるのに」
「今の、お母さんに書いて送ろうか?」
「やめろよ、ベン」
ネッドが伸ばした足を引っ込めた。ベンはその足のあった場所に自分の靴を置き、少しだけ暖炉へ近づいた。
「じゃあ、帰るまでに何かしようよ。宿題以外で」
「教室を探すのか?」
「それは一旦休み。結局、入口は見つからなかったし」
「ヒューが、まだ調べたい本があるって言ってたぞ」
「じゃあ、その本を読んでから。もう寒い廊下で壁を叩くのは嫌だよ」
ベンは指を広げて火にかざした。手袋が片方しかないのは本当で、廊下ではいつも片手だけをポケットへ突っ込んでいた。その手で杖を持つ番になると、急に帰りたがる。
「僕が残ってる間に見つけたら、どうする?」
ネッドが言った。
「ネッド、それはずるいよ」
「さっき休むって言っただろ」
「僕達が帰ってくるまで開けないでよ」
「見つけたらな」
「……本当に見つけそうな言い方しないで」
ネッドの口元が少し緩んだ。ルークはそれを見て、机の上の教科書を重ねた。宿題の話を続ける必要は、もうなさそうだった。
「それで、教室を探さないなら何するんだ?」
「お菓子パーティー。帰るまで毎日」
「そんなに残ってるのか?」
「僕のは、もう少し」
「俺は持ってないぞ」
「僕のもあるよ。母さんが、この前の手紙と一緒に送ってくれたんだ」
「じゃあ、今日はネッドの分だね」
「お前も出せよ、ベン」
「出すって。少しずつね」
ベンが指先で示した量は、毎日食べるにしても少なすぎた。ネッドもそう思ったのか、笑いながらソファの肘掛けを押して立ち上がる。
「どうせなら、エミリー達も呼ぼうよ。大広間ならみんなで集まれるし」
「いいね。ヒューも呼んでくる」
「本は置いてこいって言っておけよ」
「ルークがそう言ってたって伝えるね」
「お前も読む気ないだろ」
「でも、菓子だけ食べたらすぐ帰るかもしれないよ」
「別にいいだろ。また明日も呼べば」
ルークは手紙を取り上げた。今度は宛名を確かめてから折ったので、きちんと外側に出た。
「そうだね。じゃあ、夕食のあとにしよう。ネッド、どのくらいあるの?」
「箱に半分くらい」
「……何人呼ぶんだっけ?」
「お前の分を減らせば足りるよ」
*
翌日の夕食後、大広間の卓には菓子の箱が二つ並んだ。
ネッドの箱は本当に半分ほど残っていたが、ベンの袋から出てきたのは、底で砕けたビスケットと飴が三つだった。
「少しって言っただろ」
「ここまで少しだとは思わなかった」
ルークが袋の中を覗くと、ベンは逆さにして最後の欠片まで振り落とした。これで全部、という顔だった。
エミリーはメイと一緒に来た。ヒューも本を持たずに現れたが、ベンの伝言を確かめるため、最初にルークの手元を見た。
「本当に何も調べないの?」
「今日は食べるだけだって」
「それなら先に言ってくれればよかったのに。栞を挟むところを探してた」
「言ったよ」
「冗談だと思ったんだ」
ベンが不満そうな声を出すと、エミリーが笑った。メイは紙を広げてビスケットの欠片を寄せ、一人でもつまめるように卓の真ん中へ置いている。
最初は休暇の話をしていた。誰がいつ戻るのか、宿題はどこまで終わったか。そこから魔法薬の課題の話になり、ルークの鍋から灰色の塊が落ちなかった時のことを、ベンがまた持ち出した。
「匙を持つと鍋までついてくるんだよ」
「鍋はついてきてない」
「でも、中身は全部ついてきただろ」
そこは否定できなかった。
ヒューが材料を入れた順番を尋ね始めたので、ルークは残っていた飴をその前へ滑らせた。
「今日は調べないんじゃなかったのか」
「そうだった」
ヒューは包みを開いた。それで魔法薬の話は終わり、次はネッドがベンの飛び方を説明する番になった。
誰かが話している間にも手は伸び、箱の中は少しずつ空いていく。ルークも勧められるまま一つ取ったが、二つ目には手を出さなかった。甘い匂いで、ロンドンの子供たちの顔を思い出したのだった。
持って帰れば喜ぶだろう。けれど、自分が出したものでもない菓子を、勝手に鞄へ入れるわけにはいかない。
「ルークはもう食べないの?」
ネッドに聞かれ、ルークは箱から目を離した。
「いや。これ、いくつか持って帰ってもいいか」
「いいよ。潰れないようにしないとね」
誰に渡すのかも、いくつ欲しいのかも聞かず、ネッドは箱の片側へ残りを集めてくれた。
ルークは礼を言い、割れていないものを四つ選んだ。エミリーが空いた包み紙を渡してくれたので、それに重ねて包む。ベンが最後の一枚を取ろうとしていた手を止めた。
「待って。君の分は?」
「今食べた」
「帰ってからの分」
「別にいい」
ベンは一度ビスケットを見て、それから包みの上へ置いた。
「じゃあ、これも入れといて」
「食べるんじゃなかったのか?」
「欠片がまだあるから」
言うなり、真ん中の紙を自分の方へ寄せた。メイの分まで引っ張ったので、すぐに押し戻されていた。
ルークは五枚目を包み直した。ネッドの菓子なのに、ベンはずいぶん得意そうだった。
*
帰省の日の朝、トランクの蓋は一度では閉まらなかった。
持って帰る教科書を減らしたのに、何かが縁に挟まっている。上から押さえようとすると、ネッドが横から手を入れてローブの袖を引き抜いた。
「それ。押したら破れるよ」
「助かった」
留め金を掛け、ルークはベッドの下を覗いた。残していく靴と、埃だけだった。
隣ではベンが手袋を探していた。なくした方ではなく、残っていた方を探しているので、ネッドは自分の机からそれを取り上げ、ベンの頭へ載せた。
「手紙、三回目が来るぞ」
「なくしてないから大丈夫」
ベンは素早く手袋を被り直すように手にはめ、荷物を持った。
談話室まで下りると、いつもの席が空いていた。今朝は暖炉の前に座っている暇もなく、二人はそのまま肖像画の穴へ向かった。見送りに来たネッドだけが、鞄を持っていなかった。
「菓子、持った?」
「ああ。上に入れた」
「教科書の下じゃないだろうね」
「そんなところには入れない」
ネッドは頷き、ベンにも手を振った。
ルークは穴を跨いでから振り返る。
「手紙、送るよ」
「うん。僕も書く」
「教室を見つけても、勝手に入らないでよ」
ベンが念を押すと、ネッドは昨日と同じ顔で、見つけたらな、と答えた。
列車の中は、来た時よりずっと賑やかだった。
名前のわからなかった生徒にも見覚えがあり、廊下を通るだけで何度か呼び止められた。ルークはベンと同じ席に座り、途中からエミリーとヒューも加わった。窓の外が暗くなる頃には、持ち帰る課題のことも、見つからない教室のことも、ひと通り話し終えていた。
それでも、駅に着くと急に時間が足りなくなった。
荷物を下ろし、忘れ物を確かめているうちに、迎えを見つけた友人たちが一人ずつ離れていく。ルークもまた来年、と手を上げた。
ベンの姿が人の間に隠れてから、トランクの取っ手を握り直す。
ここから先の道は知っていた。
*
見慣れた通りへ入った時、最初に気づいたのは匂いだった。
湿った煉瓦と、店の裏から流れてくる油の匂い。角に溜まった水を避け、壁際へ寄る。石畳の浮いたところも覚えていたが、トランクを持って通るには道幅が足りず、結局いったん車道へ出なければならなかった。
家並みの隙間へ入ると、表通りの明かりが途切れた。
「ルーク?」
奥から声がした。
返事をするより早く、小さな影が走ってくる。ルークはトランクを下ろし、ぶつかってきた一番下の子を受け止めた。肩からずり落ちた上着を直してやろうとしたが、腰に腕を回され、身動きが取れない。
「ただいま」
「遅い」
「今日だって書いただろ」
「朝から待ってた」
それは列車に乗る前だ。
そう言いかけたところへ、残りの三人も出てきた。エマがルークの袖を掴み、もう一人がトランクを見下ろす。トムだけは走ってこなかったが、近づくなり、ルークが持っていた取っ手に手を掛けた。
「貸して」
「重いぞ」
「見ればわかる」
二人で端を持ち、入口の段差を越えた。
ルークは全員の顔を順に見た。手紙には元気だと書いてあった。それでも、本当に目の前に揃っているのを見るまでは、どこか落ち着かなかったのだと、ようやくわかった。
一番下の子が袖を引いたので、ルークは屈んで頭を撫でた。
「大きくなったか?」
「なった」
「どのくらい?」
指で示された幅があまりに大きく、エマが横から手を下げた。二人が言い合っている間に、トムはトランクを置く場所を空けてくれた。
寝床の位置が変わっていた。
前は奥の壁に寄せていた毛布が、今は少し手前に敷かれている。その分だけ狭くなった通り道を、子供たちは身体を横にして抜けていた。
「こっちに動かしたのか」
「奥、濡れるから」
トムが答えた。
ルークは壁に触れた。指先に冷たい湿り気がついた。学校では窓の近くを避ければ済んだ寒さが、ここでは壁にも床にもあった。
毛布は四枚。重ねて使っているものもあって、誰がどれを掛けるのかは見ただけではわからない。
「夜もこのまま?」
「寝る時はくっつけるよ。ほら、そこに荷物を置かないで」
エマがトムに言った。トムはルークのトランクをもう少し手前へ引いた。
ルークは何か言おうとして、やめた。まだ上着も脱いでいないうちから、四人がこちらを見ていた。帰ってきた自分がいつまでも壁を触っていては、話もできない。
「土産がある」
そう言うと、一番下の子がすぐにトランクの前へ座った。
*
ビスケットは、一枚だけ端が欠けていた。
ルークはその一枚を自分の前へ置き、残りを配った。四人ともまず匂いを嗅ぎ、それから少しずつ齧った。すぐに食べ終えるつもりだったのは一番下の子だけで、隣の様子を見ると慌てて手を止めた。
「学校でも食べるの?」
「これは友達にもらった」
「魔法の?」
「普通の菓子だと思うけど」
ルークが答えると、エマは裏側を確かめた。
「動かない?」
「動いたら食べづらいだろ」
「でも、そういうのあるんでしょ」
「ある」
そこから先は、魔法の菓子の話になった。
質問に答えるたびに次の質問が出た。動く蛙を食べることより、絵の中の人がいなくなることの方が気になるらしい。戻ってこなかったらどうするのかと聞かれても、ルークには答えようがなかった。
仕方なく学校の話へ戻すと、今度は箒を見せてほしいと言われた。
「持ってない。学校のを使ってるんだ」
「飛べる?」
「少しは」
「少しって?」
「浮いて、前に進むくらい」
「帰ってくるのは?」
「帰ってくるよ」
トムが笑った。疑われた気がしたので、ルークは旋回もできると言い足した。ただ、ネッドほど上手く曲がれるわけではないことも、結局は話すことになった。
学校ではネッドに教わるのかと聞かれ、そうだと答える。
話していると、友人の名前が思ったよりたくさん出てきた。ベンの手袋。ヒューが読む本。エミリーが歌の続きを覚えていたこと。名前が増えるたびに、子供たちは誰が誰なのかを確かめたがった。
「鍋を壊したのは?」
「誰も壊してない。薬を失敗しただけだ」
「それはルーク?」
「そう」
「じゃあ、壺は?」
「……それも俺」
エマは手紙で読んだことをよく覚えていた。トムまで笑い始めたので、ルークは壺はちゃんと直したのだと説明した。直せるのなら、なぜ鍋の中身も直さなかったのかと聞かれ、また困った。
そんな調子で話しているうちに、ビスケットは全部なくなった。
ルークの膝にもたれた小さな身体が、少しずつ重くなっていく。下を見ると、一番下の子はもう目を閉じていた。
「寝かせるよ」
エマが毛布の端を持ち上げた。ルークは子供を抱き上げ、足が冷たい床へ触れないように運ぶ。
軽かった。
夏にも抱き上げたはずなのに、どうしてこんなに軽かったのか、思い出せなかった。
*
翌朝、ルークは背中の痛みで目を覚ました。
毛布の下に床の継ぎ目があった。寝返りを打つと隣の子に当たるので、肘をついて少しずつ身体をずらす。まだ薄暗く、起きているのはトムだけだった。
入口の隙間へ、丸めた布を押し込んでいる。
「そこ、塞がるのか?」
「下だけなら」
ルークも起き上がり、屈んで隣へ並んだ。布の端を引くと冷たい風が指に触れたので、さらに奥へ押そうとした。
「待って。そこまで入れると取れなくなる」
「こっちが浮いてるだろ」
「扉を開ける時に引っ張るんだよ。そのために出してるの」
ルークは手を止めた。
トムは布を戻し、端だけを内側へ折った。確かに、これなら指を掛けられる。
「ああ、そうか」
「昨日も言おうと思ったんだけどさ。箱も、あそこに戻さないで」
昨夜、ルークは入口のそばにあった木箱を、奥の壁へ戻していた。通る時に邪魔だったからだ。
「なんで?」
「朝は明るい方で食べるから。持ってくるの、面倒なんだ」
それくらい運べばいい、と言いかけた。自分なら片手で持てる箱だった。しかし、昨夜その箱を避けて歩いていた一番下の子を思い出すと、元に戻せばいいだけの話にも思えた。
ルークは箱を入口へ運んだ。トムが足で場所を示したので、そこに置く。
「ここ?」
「うん」
朝食のパンは、その箱の上で分けた。
ルークが小さい子へ多めに渡そうとすると、エマが残りを数え直した。昼に取っておく分があるというので、今度は数を聞いてから切った。
食べ物が足りているか、夜は寒くないか、外へ出る時は誰と行くのか。聞きたいことは、食べている間にも増えた。
トムは最初のうちは一つずつ答えていたが、ルークが昨日と同じことを聞くと、パンを持つ手を止めた。
「それ、昨日も言ったよ」
「でも、暗くなる前には──」
「帰る。わかってるって」
隣でエマが、落ちたパン屑を掌に集めた。
「ルーク、昨日からずっと確かめてる」
責めるような言い方ではなかった。そのままパンを齧ったので、ルークも何と返していいかわからなかった。
確かめたかったのは本当だった。手紙に大丈夫だと書かれていても、寒さも壁の湿り気も、ここへ来なければわからなかった。自分が学校の暖炉の前にいた間、この子たちはここで眠っていたのだ。
だから、何かしなければいけない気がした。
ルークは口を開きかけ、トムが先にこちらを見たので閉じた。
「帰ってきたばっかりなんだから、わからなかったら聞けばいいだろ」
「聞いてるだろ」
「どうしてるのか、って。こうしろって言う前に」
トムは箱の端を指で叩いた。それから、自分のパンをもう一口齧る。
ルークは入口の布へ目を向けた。自分はあれを直してやるつもりだった。昨日の箱もそうだ。どちらも、なぜそうなっているのかは聞かなかった。
「……わかった」
「そこのパン、取って」
言われた通りに渡すと、トムはそれを昼の分と一緒に包んだ。話はもう終わったらしかった。
その日の昼過ぎ、ルークは毛布を持ち上げかけた手を止めた。
壁が湿っているなら、もっと入口の方へ寄せればいい。そう思ったのだが、今朝の布のことがあった。
「トム。これ、ここに敷いてるのは?」
「そこなら、みんな寝られるから。こっちまで来ると扉に足が当たる」
トムが横になって見せた。確かに、頭をずらせば今度は足が出る。ルークの方が身体が大きいので、自分ならなおさらだった。
「なら、下にもう少し敷くか。何か使えるものはある?」
「奥にある。乾いてるやつ、選んで」
二人で寝床の下を整えた。
寒さがなくなったわけではないし、食べ物の心配も残っていた。それでも、トムがどこに何をしまっているかを教えてくれるので、ルークは何度も探し直さずに済んだ。
*
クリスマスの朝、翼の音で目が覚めた。
窓の外でフクロウが足を踏み替え、こちらを覗いている。ルークが起きると、すでに気づいていたエマが場所を空けた。
窓を開けた途端、鳥は中へ飛び込み、トランクの上へ止まった。
「ルークの?」
「たぶん」
足に結ばれた手紙には、ネッドの名前があった。
ほどくのを待つ間、フクロウは首を回して部屋の中を見た。一番下の子が近づくと、翼を広げたので、ルークは先に手を出して止めた。
「触るのはあと。嫌がってる」
「噛む?」
「嘴はあるな」
子供は手を引っ込めたが、遠くへ行くつもりはないらしい。ルークの背中へ回り、肩越しに鳥を見ていた。
ネッドの手紙は、学校の食事の話から始まった。
まだ朝なのに、もう食べすぎたらしい。大広間の飾りは休暇に入ってからも増え、自分たちが菓子を食べた席の近くには、大きなクリスマスツリーが立っているという。
両親からはまた手紙が来た。二人とも変わりなく過ごしていて、荷物も届いた。そう書かれているところを、ルークはもう一度読んだ。
教室は見つかっていない、ともあった。ただし、探していないのだから見つからなくても仕方がない、と続いていた。
「笑ってる」
エマに言われ、ルークは紙を少し下げた。
「学校の友達。帰らないって言ってたやつ」
「お菓子くれた子?」
「そう」
読み終えたら返事を書こうと思い、最後まで目を通した。帰ってきたら箒の練習に付き合え、という一文の下に、何か書き足されていた。
家の子たちは菓子を気に入ったか。
ルークは紙を裏返した。続きはなかった。
「美味しかったって書いて」
エマが言った。ルークがその一文を声に出して読んでいたことに、そこで気づいた。
「わかった」
「蛙も食べたい」
「それは書かない」
背中から不満そうな声が上がった。
ルークはトランクから紙と羽根ペンを出した。いつもは子供たちへ手紙を書くために使っていたものを、今は子供たちの間に座って広げている。インク瓶を置く場所がなかったので、トムが箱を寄せてくれた。
フクロウはまだ待っていた。返事を持っていってくれるらしい。
クリスマスおめでとう、と書いてから、ルークは少し考えた。
こちらは全員元気で、菓子も喜んでいた。まずそれを書いた。壺を割った話をしたら笑われたこと、箒で帰ってこられるか心配されたことも付け加える。
ネッドなら、きっとその話をベンにするだろう。
書くのをやめようかとも思ったが、もうインクは乾き始めていた。
「ルーク。水、取りに行くけど」
トムが言った。
ルークは反射的に立ち上がりかけた。自分が持った方が早いし、帰ってきたのだから、それくらいはしてやりたかった。
けれど、トムはすでにもう一人と容器を分けて持っていた。
「二人で行くのか?」
「うん。いつもそうしてる」
「……頼む。こっちは片付けとく」
トムは頷き、入口の布を引き抜いた。扉を閉める前に、戻し方わかるか、と聞いてくる。
「端を残すんだろ」
「そう」
二人が出ていくと、ルークは布を元に戻した。指一本が掛かるだけの端を内側へ折り、風が入らないことを確かめる。
席へ戻ると、一番下の子が羽根ペンを握っていた。
「何してる?」
「書く」
紙の隅には、丸が一つできていた。そこから細い線が伸び、途中でインクが切れている。
「それ、何だ?」
「ふくろう」
トランクの上から、本物が首を傾げた。
ルークはペン先にインクをつけ直してやった。エマも横から覗き込み、足がないと指摘したので、丸からさらに二本の線が生えた。
返事を待たせているのにと思いながらも、ルークは紙を取り上げなかった。絵が出来上がるのを待ち、その下に、菓子を食べた一人が描いた、と書き添える。
最後は、また学校で、と結んだ。
折る前にインクを乾かしていると、入口の向こうからトムの声がした。両手が塞がっているから開けてくれと言っている。
ルークは手紙をエマに預け、布の端へ指を掛けた。