個性:病原体 作:HERO
小学校二年生のある日。大きな体育館にて、全校集会が行われていた。
舞台の上に立つ猫耳も禿げたおっさん校長が、神妙な面持ちで話している。
「えー、皆さん。近頃不審者が現れているようなので、怪しい人物には付いていかないようにしてください。もしも怪しい人物に出会って逃げられない状況だった場合は、大声を出して周囲の人やヒーローに助けを求めるように」
舞台の端にいる先生の何人かと、3人程度のヒーローが神妙な面持ちをしている。
子供たちは真面目に聞く者もいれば、面白おかしく周囲と話す者もいた。
「そういえばあの子、最近休みばっかだよな」
「あー、隣の? 風邪じゃない?」
「いや、仲いいやつらも理由知らないんだってさ」
「マジかよ」
先生たちの表情。子供たちの噂話。それらを纏めて考えると、恐らくは既に被害児童が出てしまったのだろう。
校長先生の話が終わると、代わって3人のヒーローのうちの一人が舞台の上へと上がっていった。
ヒーローコスチュームはかなり簡素。筋肉が浮かぶほどピッチピチの赤スーツに、はためく赤いマント。目元にはサングラスのように濃いゴーグルが掛けられており、顔は口元以外が隠れている。
彼は校長と先生に軽くお辞儀をしてからマイクスタンドの前へと立ち、明るい声で話し始めた。
「えー、みなさん、私はヒーローの"レッドホット"。そちらにいるのは私のサイドキックである"イエローホット"と"ブルーホット"です」
イエローとブルーはその名の通り、レッドホットと同じような衣装に色だけ対応するように変わっている。
彼らは意外と人気なのか、生徒たちの中で「かっけー!」などの声が聞こえてきた。
レッドホットと名乗ったヒーローは生徒たちの声に口元を綻ばせてから、気を引き締めるように笑みを消した。
「先ほど校長先生がおっしゃった通り、最近はこの辺りに不審者が現れています。そのため我々は皆さんを守るため、しばらくの間みなさんの登下校に付いていき、学校周辺をパトロールすることにしました。なので不安がることなく、不審者に関しては我々に任せて皆さんは普段通りにしてくださいね」
優しそうな外見。落ち着く声。色で分けられたヒーローということもあり、どことなく戦隊ものを彷彿とさせる。
彼は最後に生徒へ向かって頭を下げ、教師、校長へもお辞儀をしてからイエローとブルーの元へと戻っていった。
全校集会の要件はそれだけだったのか、続いて上がった校長によって終了が宣言され、皆と共に教室へと戻っていく。
道中に耳郎が手を握ってきたが、その手は少しだけ震えていた。
想像してしまったのだろう。安心させるように手をギュッと握り、耳元に口を寄せて囁く。
ボディソープの匂いが香り、首元の汗が目に入った。
「大丈夫、俺が守るから」
「っ……うん」
耳郎は小さくコクリと頷き、嬉しそうに微笑んだ。同時に手の震えが治まり、いつもの彼女へと戻る。
教室へと戻り、手を離しても彼女はもう安心した様子だった。
その姿に病も安心し、椅子に座って個性を発動させる。
(感染力レベル3、その他の成長系はレベル5、美容系がレベル4か。意外と成長してきたな)
感染者数も住んでいる県から他県へと広がっており、世界地図の日本には赤い点が多数灯っている。多少は海外にも灯っており、途轍もなく順調だ。
成長系がレベル5になってくると、さすがに効果を実感することができた。
身長は既に140cmで他の子よりも頭一つ高く、明らかに記憶力も、反射神経も、運動神経も上がっている。
筋肉に関しては目視不可能だが、既に乗用車程度ならば片手でひっくり返せるくらいには成長していた。
(顔も、まあいいはず。女子によくキャーキャー言われてるし。息子も成長してるし、やっぱ"成長系"は取って正解だったな)
始まった授業は聞き流しつつ、今後は"感染力"よりも"成長系"をメインに取っていくことを決める。
"成長"がいつ止まるか不明なため、それまでに取れるだけ取っていた方がいいという判断だ。
目標は10歳までにレベル10。そのためにはやはり、病気を発症させる必要がある。そうでなければポイントが足らない。
(三年生になったら外出できるように頼んでみるか。ワンちゃんいけるだろ)
帰ったら親に交渉することを予定表に入れつつ、耳郎の後姿を眺める。
真面目に前を向いて授業を聞いている彼女は年々美しく育っていた。それに伴って内面も大人びてきており、大人ぶることも増えてきている。
そこがまた可愛いのだが。
(あー、早くヤりてェ)
耳郎は病の邪な気持ちを感じ取ったのか、身体をブルリと震えさせてこちらへ振り向いてきた。ジト目の彼女に手を振り返せば、むすっとしつつも耳のプラグで振り返してくれる。
(守るって言っちゃったし、不審者に出会った時の事を考えておくか)
今は幼馴染で友達の関係だが、不審者に襲われている耳郎を格好よく救えば、きっと彼女の心にも芽生えるだろう。
恋心が。
****
授業が終わり、学校からの帰り道。
不審者が出たとのことで集団下校になったが、いつものように耳郎と手を繋いで歩いていると、レッドホットというヒーローが隣へとやってきた。
彼は周囲を確認しながら、楽しそうに話しかけてくる。
「やあ、君たちは仲が良いね。付き合っているのかい?」
耳郎の頬が赤く染まっていく。
「つきっ! ……違います。幼馴染です」
「そうか、幼馴染か。僕にも幼馴染がいたんだけれど、ある日から急に手を繋いでくれなくなってね。君たちが羨ましいよ」
レッドホットは空を見上げながら過去の話をしてきた。
特に興味はないが、他の生徒たちは違ったようだ。病と耳郎の周囲にいた生徒たちがレッドホットへと殺到し、話をせがみ始める。
(ヒーローって、やっぱ人気なんだな)
少年少女、なんなら教師まで、レッドホットの思い出話に耳を傾けている。
それは幼馴染との甘い思い出。手を繋いでくれなくなったがそれを乗り越えて付き合い、今は妻だよ、という惚気話。
遠くの方ではイエローとブルーも話をしているのか、笑い声が聞こえてきていた。
ユーモアがあり、人望があり、恐らくは実力もあるヒーロー。
(ただなんか、耳郎を見る目に覚えがあるんだよな)
耳郎だけでなく他の生徒たちを見る目が、どこか見覚えがある気がしていた。
ただ思い出せないため、今は考えないようにして耳郎の手のひらを堪能することにする。
まだ子供らしくぷにぷにだが、指の腹は前よりも硬い。きっと家でギターや他の楽器の練習をしているのだろう。
病と耳郎の家は少し離れているため、集団下校の生徒たちから外れて共に歩いていく。
何故かレッドホットが付いてきたが、「俺らは大丈夫だから」と説得して離れて貰った。
しばらく歩いていると耳郎が顔を近づけてきて囁いてきた。
「ねえ、どうして遠ざけたの?」
意図して遠ざけたことがバレていたようだ。ヒソヒソと小さく話す耳郎に、念のため警戒するように促しておく。
「あの人、何か怪しいから念のためだよ」
耳郎は眉を顰め、疑いの眼差しを向けてきた。
「えぇ。ヒーローだよ?」
「ヒーローっていう職業だよ。サラリーマンや警察と同じ公務員。彼らも同じ人間だ」
どうもこの世界では、物語の"英雄"と職業の"ヒーロー"を混同している節がある。
物語の英雄なら、怪しいと言うのは変かもしれない。だが職業のヒーローはただの公務員でしかない。
道を歩く怪しい人物がいれば、怪しいと思うことだってある。
「こうむいん? なにそれ」
「働いて国からお金を貰う人のこと。まあ耳郎は気にしなくていいよ。俺が気になっただけだから」
病と耳郎は顔を離し、前を向いて歩き始める。
遠くを眺める耳郎の横顔が、夕日に照らされていた。
「……病が言うなら、うちも念のため注意しておく」
耳郎は真面目な声色でそう言うと、話は終わりと言わんばかりに話題を音楽へと変えた。
次は何を演奏しよう、今度はドラムを教えてあげる、などなど。不穏な雰囲気はどこかへと消え、病と耳郎の間にはいつもの日常が戻ってきた。
そうして病は耳郎にドラムを教えてもらうことを約束し、彼女を家まで送ってから一人帰路へ着くのだった。