新エリー都にて、世紀末逃避行 作:縁、ですかねぇ
場違いな自分に吹く風は、いつも夜風のようにひどく冷たい。
同時に、何か面白くもあって、決して嫌ではない熱がこみあげてくるような気もしていた。
屋台の外では会うこともできないような人たちだ。
そんな人たちが、俺の屋台で笑いあっているのは、あまりにも不思議だった。
戦いの場に、身を置くもの。
そんな人たちの抱える気持ちは果たしてどんなものなのだろうか。その庇護下で、甘い汁をすすり続けることを嬉々として受け入れている自分に、その気持ちはわかるわけもない。
俺はただの屋台の店長だ。
それより先に、一つの特徴もない。
ただ、彼らの浮かべる笑顔は余りにもきれいだった。
愚痴を吐いて、笑いあって、バカやってる課長さんと遠くから皆を眺めている悠真(っち)と、保護者と娘みたいに楽しそうな、
そんな彼らの吐き出す空気は、こんな狂った世界でもどこか綺麗で、爽やかに見えていた。
戦いに身を置くもの。
彼らが果たしてどんな感情を抱えて、前に立っているのかわからない。何に駆られて、その身を戦いの場に運んでいるのかわからない。
ただ、そんな彼らが、そんな彼らでも、一人の人間だと、そう感じた。
彼らの背の後ろで、甘い汁をすすり続けるだけの軟弱者。
けれど、もし彼らがそんな俺を許すというのなら、俺には何が返せるだろうか。
明確な答えではなかった。
自分の意見に反抗する奴はいくらでもいるもので、どこまで行っても自問自答は終わらない。
けれど、確かに出来ることはわかったと思う。
俺は一介の店長だ。
なら、そんな幸せに、そんな戦いに、一輪だけでもいい、くだらない位でいいから、このカウンターから何か、明るいものを添えたい。
カウンターのこちら側でさえなければ、太陽に眼が焼かれてしまいそうだから。
カウンターから一歩踏み出してしまえば、俺は分不相応にも、混ざりたいと思ってしまうだろうから。
都会には、人が集まるものだ。
人が増えれば需要が増え、需要が増えれば供給が増える。
人の欲望は留まるところを知らない。
都会は外面こそよく見えるが、その分の欲望は淀みとなって、細道だとか、人の視線を離れた暗い場所にたまっていく。
暮らしていれば慣れるのかもしれないが、少なくとも俺のような当てのない風来坊にとっては、どうしても目について仕方がなかった。
欲望は、坩堝となってたまっていく。
俺は欲望そのものが嫌いなわけではないけれど、でもその欲望過剰に形を成した場所は、少し苦手だ。欲望が表出しきっている場所では、自分の欲望すらも外に引っ張り出されている気がして、落ち着かない。
だから。いや、それだけに限らないけれど、俺は都会の喧騒よりは、静かで落ち着いた場所の方が好きだった。
そういう点では、ここ、十四分街は丁度良かった。
夜も、朝も変な喧しさはなくて、柔らかく穏やかな雰囲気で満ちている。吹く風は優しく、秋口なら、麦畑を揺らす風のような温かさがあった。
...まあ、それは春とか秋の話。今はもう冬で、夜ともなれば肌をしっかりと刺してくるような鋭さがある。今は調理場とは隔離した運転席と助手席を改造した生活スペースで、腰にタオルケットをかけながら夜空を見ていた。
星が輝いていた。
都会程無駄な光がなくて、街灯とか家の明かりがぽつぽつと点在する程度だから、まるで海のように、星の光はまばらに散っていた。
7時から始まる居酒屋の準備が既に終えている。少し暇になったから、夜空を見て、ひときわ大きく光る星を見つけては、それと、その周りの星を繋げて星座を作って遊んでいた。
そういえば、なんで星座ってあんな無理やりなんだろうか。
開けた窓から入り込んでくる風は冷たく、火照った体をじんわりと落ち着けていく。それがあまりにも心地よく、この静寂の中で、気を抜けば気持ちよく微睡に身を任せてしまいそうだった。
意識が遠のく。夜空の星が十字に鋭く光っていたのに、その光が、水に溶かした絵の具のように滲んで、夜空の黒とまじりあっていく。
と、膝から、にゃあ、と聞こえた。
意識が連れ戻される。水中から引き上げられたように、周囲の音がくぐもっていた。
目をこすりながら視線を落とす。
いつの間にか、あの黒猫が膝の上で眠っていた。
窓をオープンにしているとは言え、ここは車内だ。生活スペースだから調理にそこまで大きな問題はないが、それにしても、この子はよく膝に乗ってくる。
正直まだ眠気はあったから再び眠ってしまいたかったが、なんとなく嫌な予感がして、取り敢えずスマホを開き、時計を見る。ブルーライトが眠気を裂いていく。
まだ6時20分だ。こんな早く夜になるとは。季節の移り変わりによった変わり方は著しいもので、6時ですらここまで暗い。
太陽は気づけば顔を隠していて、あれほど明るかった朝の日光は、まるで奪い去られてしまったかのように世界を闇に包んでいる。空では、控えめな月と各々が意気揚々と輝く星々があった。太陽ほど明るくはないけれど、朝と交互にやってくるのなら、これくらいの落ち着きが丁度良かった。
それにしても、季節の移り変わりは本当に激しい。昨日まで秋だったような気がするんだけれども。
肌寒い。開けた窓からするりと入り込んでくる、氷で冷やされたような空気が肌を撫でていく。
膝の上の黒猫――名前はまだ付けていない――を撫でると、心臓が懸命に高鳴っているのが分かった。トクトクトクと猫の体を強く揺らしている。
ふさふさの毛並みの奥から伝わる振動はあまりにも大きくて、その体はこたつのように火照っている。
にゃぁ、と鳴いた。
ごろごろと喉を鳴らして気持ちよさそうにしている姿を見ると少し気が引けるが、こいつを調理場に連れていくことはできない。既に夜用の仕込みは終わっているし、6時40分になったら開店準備をしよう。その時に、この子を降ろそう。
そう思いながら、外に広がる十四分街の景色を何ともなしに眺める。
車はまばらに行きかっていて、歩く人々も、帰路を急ぐ足取りだ。疲れのにじみ出るくたびれた背中が、夜の闇へと消えていく。
暗さのせいで錯覚していたけれど、そういえばまだまだ18時だった。
車の空気を切る音、靴が地面をたたく音、風が耳元で鳴らす口笛のような甲高い音、時折聞こえる、黒猫の間延びした声。
目を閉じて、夜風の冷たさに身を任せていると、そういうものが一つ一つ、際立って聞こえてくる。
暗闇の中に一つ一つ、音が落とされていくよう。ん?
......あんま面白くないな。
「課長、何やってるんですか?」
「ああ、かかと歩きで進む修行だ」
「すっごい......歩き方がでっかいペンギン」
「ナギねえ、今度こそマグロブツ? っていうの食べられるかな?」
「大丈夫でしょう。というか、以前は緊急で仕事が入っただけでしたし」
「そっかぁ......というか、これ、早く来すぎてない?」
「...む」
瞼を閉じながら降ってわいたギャグに点数をつけていると、暗闇の向こうから聞き覚えのある声が響いてきた。
十四分街の静けさの中ではなかなかの賑やかさだけど、暴走族のような粗暴さはない。暖かく仲の良い家族のような、愛おしい喧騒。
声が聞こえたそばから、声に対応した顔が頭の中に浮かんできた。
ああ、確かに。うちは19時スタートだぜ? ちょいと気が早いんじゃないのよ。スマホを確認してみれば、丁度18時40分になろうかというくらいだった。
ん、思ったより早いな...そろそろか。
名残り惜しさもほどほどに、黒猫に声をかける。
「おーい...猫さんや、すまんね。そろそろ調理にいかんと」
「...にゃぁ~あ」
「ん、いいの? ありがとございやす、猫パイセン」
声をかけるとすぐさま小さな耳をぴくり、と動かして、膝の上でぐぐっ、と伸びをした。
その柔らかさは、さながら体操選手の準備運動のように。
もしかして起きてたの? 呼びかけから返答までのレスポンスがあまりに早かったもので、ちょっと恥ずかしい気分になる。
もしかして、ずっと見られてたかな。うとうとしてた顔見られてたかな!?
ぐぐっ、と伸びをした後、黒猫は瞳を鋭く細めると、なんてことのないように窓の細い縁に飛び乗って、車の外へ出ていった。
待って? あの子本当にどこから入ってきたん?
取り敢えず、手をしっかりと洗い、エプロンをきゅっと結ぶ。
調理場へ向かうと、さらにさっきの声が近くなっていた。
閉店中は看板を下げた状態で、こちらが見えないように暖簾をしっかりかけているので、俺からも彼らの姿は見えない。
けれど、その声が確実にこっちに向かってきていて、その声の持ち主はやはり彼らだということが頭の中で輪郭を帯びてきていた。
「ム...だが今は20時5分だが」
「いやそれ課長が遅れないように自分で1時間半早めたやつでしょ。今まだ6時45分ですよ」
「えぇ~!? 蒼角もうお腹ぺこぺこだよぉ~」
悲壮感の伝わってくる嘆き。課長さんってそんなに遅刻するような人だったけか。
調理場を眺め、何の問題もないことを確認すると、暖簾をゆっくりと押して開き、顔を見せた。
「俺もお腹ぺこぺこだよぉー」
「...リュウ!? もしかして――」
「特別ですよ、そーちゃん。居酒屋開店でーす」
「やったー!!」
「いいのですか?」
「ああ、特に問題ないっすよ。この1時間は俺が休むためのモノっすからね」
だから俺が問題なければ7時より前に来た人にも開く様にしてるんす。
そういうと、やはり冷静にそうなのですね、助かります、と言うつっきーさん。そーちゃんが駆け寄って一番乗りに椅子に飛び乗ると、ほぼ同時にじゃあマグロブツと、あとお刺身とー、唐揚げと餃子を4人分!! と元気に言ってくる。
それを皮切りに、悠真も課長さんもつっきーも椅子に座ると、各々の注文を始めた。
「じゃあ......僕は醤油ラーメン半チャーで」
「私はモツ煮を...あと、熱燗を貰ってもいいですか? 前々から、少し気になっていて」
「ええ。大丈夫ですよ。じゃあ、もう仕事は終わったんですか?」
「その通り。かかとで歩くいい修行にもなった。私は本日のお造りと言う奴と...焼き鳥を貰おう。砂肝とハツを」
「はいよー。かかと歩きうんぬんかんぬんはバリ気になるっすけど――ちょいとお待ちあれ」
伝票に文字で書きとめる。ペンを走らせると、すべての文字がつながっていて、複雑な一筆書きクイズみたいだ。
それを横目で見ながら、6課の皆に背を向けた。
「にしても、珍しい。皆で来るなんてね」
「久しぶりにまとまった休みが取れたもので」
「そりゃよかった。こっちにとっても嬉しいですよ。コレがもおガッポガッポでウッハウッハです」
手でお金のサインを作って、ウィンクをしながら見せてみると、疲れ交じりのの安堵した顔で、つっきーが笑う。
そーちゃんが待ちきれないといった様子で調理場を覗き込みながら、ルンルンな気分で体を左右に揺らしていた。
場の雰囲気を仕切りなおすように、ポン、と両手を合わせる。
「さてと。まずは揚げ物と刺身かな」
「お魚!? マグロっ、マグロっ、マグローーー!!」
「落ち着きなはれよ。嬢ちゃん。ご飯は?」
「いっぱい!!!!!」
「承知いたしました。お嬢」
「何の言葉遣いだよそれは」
「これ? うちの地元の方言だね。これ話せないと折檻でさ」
「何その怖い文化」
「真に受けちゃってぇ...かわいいなぁ。冗談だよ」
「知ってるって。...うわ、なんか鳥肌立った」
「お前元々鳥だろ」
「え待ってマジでどういうこと?」
取り出した魚をまな板の上に置く。
瑞々しく鮮やかな色は、新鮮さの証だ。宝石のような水滴が、艶やかな肌をするりと滑り落ちていく。
今日のお造りは、旬のブリとタイ、そしてイカの三種類。
ブリは身がきゅっと引き締まっていて、脂が舌の上で融けていく。噛む必要すらない。大トロにも勝る甘みと旨味。口に入れた瞬間、うち特製のポン酢や薬味がその味をまとめ上げ、ご飯で一気に流し込む。
想像しただけでよだれが出てくる。
体温が伝わらぬよう、包丁の刃をすっと入れる。抵抗がなく、あまりにも柔らかい。
同じように、白身魚の上品な旨味、桜色の透けた半透明のタイ、濃厚で、しっとりとした甘みを孕む、イカにも刃を通していく。
切り終わったものから皿に移し、わさびを縁に落ち着けて、提供完了。
薬味とうち特製のポン酢も一緒に机に置くと、皆の視線が一斉に集まった。ふっくらとした新鮮な身が、艶やかな肌を光らせている。
「ほい完成...旬の、タイ、イカ、ブリ。三種盛りだよー。こっちはうち特製のポン酢、薬味もよければ」
「ああありがとう...む、蒼角も食べるか?」
「いいの!?」
「ほいご飯。お代わり自由っすよー」
山ほどに持ったご飯を机に両手で支えて置く。
そーちゃんはお造りの山と雅さんの顔を行ったり来たりしている。
喉をごくりと鳴らしている姿と、菩薩のように優しい目をしているつっきーを横目で見ながら、こちらは次の作業に取り掛かった。
中華鍋に油をさっとなじませ、火をかけて置く。
さらにその隣でことことと音を立てている鍋を見ながら、時間を頭の中ではじいた。仮想の時計の針が回る。
今か。きつね色に香ばしく上がっていた唐揚げを箸で掴み、油を取るためにいったん上げて置く。仕込みに使った黒コショウがツン、と鼻に届いた。スパイシー。
さくさく、カリカリ。衣が丁度良く揚がっている。こいつらはこの後に二度揚げしてやるぜ。
ていうか唐揚げって仕込んでる段階で旨そうだよな。香りがもうパーティなんだけど。
まな板と包丁をさっと洗い、食器ふきんで軽く拭く。
そして今度はマグロを取り出しぶつ切りに。ゴロゴロとしているマグロたちが各々に鮮やかな赤色を光らせていて、見ているだけであのおいしさが口の中に再現されていく。
まずい。腹が鳴りそう。
ぶつ切りにしたマグロを、先ほどより少し小さめの皿へ。そこに細かく切った大葉を混ぜる。
マグロブツ完成。前にそーちゃんが来た時、メニューの上からローラーするように頼んでいた時、丁度緊急で任務が入ってしまったため食べられなかった奴。
カウンターに手を伸ばし机にコトリ、と置く。
結局お造りはそーちゃんのみならずみんなで食べることにしたらしい。
「はいマグロブツ」
「やったー!!!!」
「そんで、こっちも完成...しましたよっと!」
コトリコトリと音を立てていた鍋の火を消し、カウンターの鍋敷きの上に置いて、蓋を開いた。
湯気と共に冷えた空気から体を包み込んだのは、八丁味噌と、だしの優しく柔らかい香りだった。
モツがとろけるほどの柔らかさまで煮込んだモツ煮。白んだ湯気が溶けていく。
同時に、炭火の香りがする焼き鳥をよそい、雅さんの元へ置いた。
つっきーさんは鍋の中身を食い入るように見つめた後、やっと張り詰めた糸がほどけたかのように、安堵の息と共に肩を下した。
雅さんは「ありがとう」と告げると、そのまま焼き鳥へと箸を伸ばした。
「熱燗どうぞ...ゆっくりしてって下さいよ。閉店までまだまだありますから」
「ありがとうございます...あぁ、良い香り」
さて。
両手の骨をぽきぽきと鳴らす。
ここからは時間勝負だ。揚げ、焼き、炒め。時間をミスればごたごたになり、料理の質すらどんとさがる。でも、このくらいの修羅場、俺にはなんてことないね。
俺は、この調理場の守護神だ。見せてやるよ。ゴッドハンドって奴をな...。
――うん、いいね。良い感じにダサい。
揚げを中断していた唐揚げをさっと箸で掴む。油はいい感じに取れたな。ここからが見せ場だ。
中華鍋の油の温度をぐっと引き上げ、上げておいた唐揚げを一気に油の中に流し込む。
ぱちぱちぱちぱちぱち!!!!!!!!
油と水分の反応。豪快で凶暴な音と共に、急激に上げられた温度が、衣に含まれていた水分を弾き飛ばしていく。この光景を見ると、毎度毎度唐揚げ初挑戦の時とかを思い出す。あの時は怖くてほんとに無理だった。
店内に香ばしい
それと同時に、隣のバーナーに重厚な鉄のフライパンをセット。ラードを滑らせ、煙が立ち上った瞬間に、下味を仕込んだ挽肉とキャベツ、ニラの餡を包んだ餃子をズラリと円状に並べる。
ジュウゥゥゥゥ――ッ!!
お湯を注いで即座に蓋。蒸気が蓋の内側を水滴と白色で染め上げ、抑えきれなかった激しい蒸気が隙間から吹き出し、一気に蒸し焼きへ。
「うわああああぁああ......!!!! ナギねえ、匂いが、匂いがやばいよ!!!」
「んくっ...少し落ち着いて。ですがこれは...食欲にダイレクトに畳みかけてきますね...」
「やばい...僕気絶しそう...」
「む...悠真、よだれが出ているぞ」
「課長こそ、さっきから箸持ったまま一言もしゃべってなかったじゃないですか!!!」
中華鍋から唐揚げを引き揚げ、油をシャッ、シャッと切ってお皿に山盛りに。外はガリッと音を立てるほど香ばしく、中ではきっとあふれ出す肉汁が閉じ込められているに違いない。
レモンとマヨを縁に添え、黒コショウを山の上からまぶす。
ぼーっとしている暇はない。すぐにフライパンの蓋を開ける。
水分が飛び、チリチリと油が爆ぜる音に変わった瞬間、仕上げの胡麻油を鍋肌から回しかける。
仕上げの強火。油も合わさり、豪快な音を立て水分が飛びきった瞬間、フライ返しで一列ずつ、ひっくり返しながら、羽が上を向く様に皿によそっていく。合計で4人分。
カシャッ。
完璧だ。底面はカリッと、パリパリの大きな黄金色の羽を纏った、焼き餃子の完成!
「へいお待ちっ! 唐揚げと羽付き餃子の完成でーす!」
「やったー!!!!」
そーちゃんが箸を伸ばしながら言う。
「来た来た―――!!!」
悠真はいただきますの構えを取りながら、ついに来た獲物にかみつくような目線で見つめていた。
「いただきます」
「いただこう」
柳さんは上品に口元に唐揚げを運ぶ。
雅さんはそれこそ落ち着いているっぽく振舞ってはいるが、ぴょこぴょこと動く狐耳といい、星の浮かんだ瞳と言い、目の前のご飯に心を奪われているのははっきりわかった。
そーちゃんは唐揚げを箸で掴み、大きな口を開けてガブリといった。
あ、そうだ。
「熱いので、お気をつけくだ―――遅かったか。はい水」
「あふっ!? あつつっ……! ありがと...! でもっ、サクサクのカリカリで、中から肉汁がじゅわぁあって出てくる!! おいしーーー!!!!」
「蒼角、餃子もよいぞ...この羽のパリパリ感、流石だ。タレをつけずとも、肉の旨味とニンニクの香りだけでご飯が無限に進む!」
雅さんが珍しくテンションを高め、餃子を一口で頬張りながらご飯をかきこむ。普段の凛とした佇まいはどこへやら、口いっぱいに頬張る姿は完全に腹ペコな女の子だ。
よし。休憩終了。
「よし、締めのご飯ものとラーメンいくよー!」
強火の中華鍋にラードを躍らせ、溶き卵を叩きつける! パッと黄金色の花が咲いた直後、硬めに炊いたご飯をその中に叩き込み、コーティングさせるように卵とご飯を混ぜ合わせる。
カンッ! カンッ! カンッ!!
お玉と鍋が打ち鳴らすリズミカルな金属音。お米が一粒一粒、油の膜を纏ってパラパラと宙を舞う。
そこに、噛まずとも舌でとろけるまで煮込んだ刻みチャーシュー、細かく刻んだ瑞々しい青ネギを入れ、仕上げに鍋肌から醤油を滑らせれば、焦がし醤油のたまらない香りが爆発した。
ここからは余熱の仕事。フライパンの火を素早く止めると、お玉で半球型に整えながら皿に盛りつける。
そして次は湯切りに移った。
平ザルで麺をザッ! ザッ! と湯切る。
黄金色、麦の色を称えたちぢれ麵を、濃厚な鶏ガラスープと自家製の香油を合わせた丼へ一気に躍り込ませる。
メンマ、半熟煮卵、そしてトロトロの炙りチャーシューと海苔を乗せて完成。
「はい、半チャーラーメンセットに、つっきーさん用の〆の出汁雑炊!」
「うわぁ...ちぢれ麵にスープが絡んで...やばい。やばいよこれリュウさん!!!! チャーシューが箸で持てないくらいトロトロだぁ.....!!!!」
「マサマサ、キャラ崩壊」
「こっちだって素だよ!! というか、こんなの目の前にして素にならない方がおかしいって!」
「そりゃよかった。つっきーさんも、熱燗、お口に会いました?」
「ええ...温かいお鍋、すっきりとしたお酒、餃子に、唐揚げ、お刺身...もう、今日の疲れが吹き飛びました...毎日来れたらいいのに」
「はっははは、ほんと、今日もみなさん、一日お疲れ様です」
「お疲れー」
「お疲れ様です」
「おつかれー!!!」
「お疲れ様だ」
悠真が感動の声を上げながらラーメンをすすり、チャーハンをかきこむ。
つっきーさんも熱燗をひとくち飲み、出汁の効いた雑炊をはふはふと味わいながら、心底幸せそうな溜め息をついた。
各々が、最初よりはゆったりとした足取りで、料理に箸を進めていく。
...いや、そーちゃんだけは別だ。最初と同じ。気づけば目の前にあったはずの山はほぼほぼ標高0mまで削られていた。
「……ふぅ。身体の芯まで温まりますね。美味しい料理と、良いお酒……今日の疲れが全て吹き飛ぶようです」
髪を耳元にかけながら、唐揚げに息を吹きかけるつっきーさん。眼鏡が蒸気で曇っている。モツ鍋の温かさで汗がじんわりと肌に浮いていた。
疲れからか、口をついて出そうになった言葉を急いで飲み込む。仕事中で、酒を飲むわけにはいかないから、キンキンに冷やしておいたソーダを流し込んだ。
カウンター越しに広がるのは、満面の笑みと、休むことなく動く箸、そして「うまい!」「美味いな」「おかわり!」という歓声の嵐。
一気に作り上げた達成感と、綺麗に平らげられていく料理たちを眺めながら、俺は額の汗を拭う。
「はいよ。おかわり」
「ありがとー!!」
「どういたしまして」
調理場の椅子で、腰を落ち着ける。
片腕を立て、その手のひらに顎を乗っける様にしながら、幸せそうな顔をしてご飯を食べているのを見ていた。
夜の風が訪れる。
ひんやりと冷える様で、でも、屋台に漂う調理の香りと湯気の熱を合わせて冷やしてくれて、心地よかった。ソーダの入ったグラスで、丸い星のような形をした氷がカラン、と音を立てて揺れた。
許せよ。俺は居酒屋になんていったことないんだ。
飯テロ小説なんて書いたことないんだ。
酒飲めないからいけないんだ。
取り敢えずは、お待たせしまして、待ってくれてたらうれしいな。
以下設定です。ほぼほぼ作者のメモ書き。
・星見雅
・言わずとしれたお狐様系虚狩り。インフレの原因、人権、環境、居酒屋で考えているキャラクター。名前がお洒落。
・リュウとの出会いは旧都壊滅直後から。避難所で休む暇なく炊き出しを行い続けていた時が初対面で、事態が収束しインフラ系統が復活するまでは一緒に飯を作っていた。雅が自主的に手伝っていた。
その後リュウが失踪し、屋台を営んでいるらしいということを知ってからは肉まんとあんまんを一度にとてつもない量テイクアウトしていく。
・最近顔色が改善しているようでうれしい限り...ただしいつ悪化するのかわからないのでできる限り来たいと思っている。
・月城柳
・言わずとしれた対ホロウ六課の常識人。スーパーかっこよいお姉さま。勿論リュウのストライクゾーンにシュウウゥウウウゥウト!!!! 超ッ!!! エキサイティンッ!!!!
・リュウとの初対面は任務時。強大なエーテル反応(リュウの体内で爆発と縮小を繰り返しているもの)を追う任務で向かったらなんか人がいて、しかもなんか屋台やっててマジで意味わかんねぇ...って感じの初対面だった。
経過観察の意も込めて時折立ち寄っており、プロキシ兄妹と懇意にしているのもわかっている。
・好きなメニューはモツ煮、お造り、酒盗。あと熱燗。取り敢えず今年の目標はリュウと一緒に酒でも飲み交わすこと。
・蒼角
・言わずと知れた青肌鬼ガール。すべてが可愛いという材料で構成されている天使。でも格好いい。
勘のいい人(餓鬼とは言えなくて言葉を選んだ図)。ノリノリになっていると大体リュウが乗ってきて最後にはチュ〇チュ〇トレインになる。
・初対面は柳と同じく任務時。同じ任務で。
・経過観察で来ているとはあんまり思っておらず、普通に食べたいからリュウの店に来ていると思っている。
・好きなメニューは全て(お酒以外)。
将来の夢は唐揚げの香りを六課の会議室の中でぶちまけること。テイクアウトはしているけれど、やっぱ揚げたてが最高よ。その香りをぶちまける。至高の景色であろう。
・最近リュウの言葉遣いが若干移ってきている。
いつもので はいよ というやり取りを密かにずっと待ち望んでいる。
・悠真
・言わずと知れた闇深ボーイ。けれど本人の精神性で日々心が潤っています。大丈夫、僕(君と一緒なら)、大丈夫だから。
・初対面は定期健診。通っているところが同じ。どちらも特設の部屋で行われるため話したこと自体は全然ないけれど、いっつも見かけるので顔をよく覚えていて、任務でああ、なるほどねぇ...え、マジ? となった。
・経過観察、なんだけどめっちゃ心が穏やかなので、なんやこいつ ってなってる。大丈夫? お兄さんが話聞こか?
・好きなメニューはラーメンとチャーハンと肉まん。醬油ラーメンでギリ行けるくらいの量なので大体醤油ラーメンと半チャーハンで頼んでいる。
半チャーハン2つって、意味あんの? ってずっと思っている。
いつもので はいよ というやり取りを密かにずっと待っている。
ちなみに対ホロウ六課は結構来すぎているのとメディアにも結構出てるなぁ、という観点から、これくらいの反応にしています。