死に至るTS俺っ子を救うために包丁でサクサクされる話 作:かりほのいおり
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未知は恐怖である。
例えば、俺が中学校に上がる直前にスイッチを切り替えるぐらい気軽に性別が変わってしまったのも、全く意味がわからない出来事であったし、恐怖ではあった。
当然だ。
先祖代々ぽいぽい性別が変わる血筋なんですよという言い伝えもなかったし、中国の秘境に踏み入って呪われたとかそういう予兆すらないのだからあまりに理不尽がすぎるだろう。
でも、でもである。
わりかしその状況を自分に納得させることはそこまで難しいことではなかった。なったからには仕方がない、いちいち女々しくメソメソしていたところで性別が戻ってくれるわけでもないのだから、教室の隅っこでずっとどんよりとした空気を漂わせる意味もない。
未知はずっと未知たりえない。
これが俺の一つの教訓である。
環境に適応して、そういうふうに生きていくしかない。
でも、その『わからないもの』を本人が認識していなかったらどうなるのだろうか?
例えば、俺が性別が変わったときにずっと前から性別はこうだったと認識していたらどうなるのだろうか?
今よりずっと生きやすかったに違いない。
伸び伸びとそれらしく振る舞って、適当に女の子らしく彼氏も作って平和に過ごせたのだろう。
けれども、それは本当に良いことと言えるのだろうか?
いつかは向き合わなければいけない問題をただ先送りしているだけでしかないのではないか?
まあ、所詮はこの話も他人のことなのだから、どうこうしようがそいつの勝手でしかないのだけれども。
そいつがそれで良いと納得しているのなら、態々それは正しくないと指摘するのもどうかとは思うのだけれども。
でも、そのわからないものに振り回されたこっち側からすればそれで良いのかと突っ込まざるを得ない。
お前の為に俺がラブレターを破いたのだから、それに相応しい行動をとってほしいと願うのは身勝手な気持ちではないだろう。
要するにこれはそういう話、都合のいいことに1日だけ1、2のポカンと記憶を消し飛ばしたあいつに関する話である。
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放課後、がらんとした教室に二人きり。
約束をこぎつけるのに手紙を使わずに口頭で伝えるあたり、自分はちゃんと成長しているのかもしれない。
まあ、そんな甘酸っぱい思い出を生み出す為に呼びつけた訳でもないし、片手間で呼び出せるような相手だったりするところが大きいのかもしれないけれども、そんなところはさておいて。
「俺がどうして怒ってるのか、お前にはわかるか?」
まるで何を言ってるかわからないと言わんばかりと佐久間はキョトンとした表情を浮かべていた。ちょっとだけ怒りが湧いてくるけれども、それを抑え込むのに大した努力もいらなかった。
「俺、もしかして……なんかやっちゃいました?」
「やっちゃいましたじゃねえよ、本当になんもやってねえから突っ込まれてるんだよ馬鹿」
本当に何もしないのだ。
自分がラブレターの入れ先を間違ったことに端を発する一連のあれこれが起きてから、対面のすっとぼけた様子の佐久間は何にもしていない。
本当に、本当になんも変わらないのだからびっくりだった。
ちょっとだけ猶予期間を出してあげるから、自分を印象に残す為に努力するかなと思っていたのに、佐久間は何も変わらない。
何かが変わるような予感を感じて、次の日の登校時間も前日と同じように早めてみたのに、こいつは何事もなかったかのように時間ギリギリにやってきた。
当然不機嫌である、けれどもそれを表に出すことはない。
相手のことを慮ってあげる気持ちぐらい俺にだってあるのだ。もしなしたら少しは躊躇いがあるのかな、ほれなら仕方がないから少し様子でも見てあげよう、それが大人の振る舞いって奴だろう。
そして、今日で既に一週間が経過しようとしている。
一生肩透かしである、俺と佐久間の距離感は今も昔もそこら辺のクラスメイトという括り。
なんも変わらない、なにも始まらない。
「もっとこう、あるだろ? 距離の詰め方とかさ、いちいち指南されるまでもないだろ? 一緒にお昼を食べようと提案するとか、遊びに行こうと提案するとか」
「一緒に昼を食べるって、ここ給食だけど」
「そんなの休みの日の話の例に決まってるだろ、馬鹿」
やっぱりこいつとは微妙に会話が噛み合わない。
わざとずらしているかのように、そもそも視座が合ってないような感覚。こうしてる今も、何処かよそよそしく視点はどこか遠くを彷徨っている。
一瞬、チラリとこちらの様子を確認して、視点が噛み合ったことに気まずくなってまた目を逸らすのだから手に負えない。
「なんで、お前が変わらずに他人のように振る舞うのか教えろって言ってるんだよ。まさか俺が言ってた言葉の意味が全くわからないとでも?」
「……ごめん」
理解不理解を問いているのに、謝られる意味がよくわからない。再度言葉を重ねようとしたところをギリギリで飲み込んだ矢先、困ったような顔で首を揉みながら佐久間は言った。
「俺には全然わからないんだよ、本当に白井がどうしてそこまで怒ってるのか俺にはわからないんだ」
本当に申し訳なさそうにそういうのだから、思わず呆気に取られる。何もわからないことはないだろう、少しは察しがつくだろう。
あまりの唐変木っぷりに、常日頃だったら壊れた機械は叩いて直せと言わんばかりに拳を振り上げていただろうけれども、その気力すらも失せて。
「ってか、ちょっとこの後に予定が入ってるからまた明日でいい?」
「……ああ。いや、もう別に話さなくてもいいんだけど」
「本当ごめんな、また明日」
そのまま勢いよく鞄を引っ掴み外に飛び出していって、そうして俺は夕陽が差し込む教室で一人っきり。
ムカムカと胃の底が辛いが込み上げてきて、そこら辺の机に代わりに拳を振り下ろすけれども、ただ机がいい音を奏でるばかりで手に大した痛みすら残らない。
なんでこうなったんだろう。
どうしてこっちが煩悶としなきゃいけないのか、全く理解できない。
俺が悪いのだろうか、全部始めの行動を失敗した俺が悪いとでもいうのだろうか。
そんなことはないだろう、多分。
それなら、あまりに罰が重すぎる。
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ムカつく、ムカつく、天突く怒り。
相手がわかっていないのなら一から十まで説明すればいいのだ。実際相手に思考を促すよりずっと早く片が付くことぐらい、俺にだってわかってる。
そうするのが一番楽、なのに俺がそうしない理由。
結局、それに気づけないというのは見込みがないということなのだ、期待外れの烙印を押すことに他ならない。だから俺は説明したくないと思っている、そうして諦めを付けて最終宣告するという段階まで踏み込めない。
で、その落第点スレスレにいるそいつと俺はペアを組むことになっているという訳で。全くそういう悪運が強いというのか、なんというべきなのだろうか。
五月末に体育祭を控え、体育の授業はそれに向けた練習である。
個人種目に選んだ二人三脚リレー、後からのっかってきた佐久間とペアになる確率は男女ペアなので4分の1。
高いような低いような、そんな確率。じゃんけんに2連勝する確率と考えれば全然ありうるような気がするから、運命でもなんでもないと納得するのは簡単だった。
「それじゃあ、一緒にがんばろー!」
「はぁ……」
「ため息つく必要なくない?」
そうツッコミを入れながら、佐久間はいそいそとマジックテープで足と足を結んでいた。
「で、まだわかんないのか?」
「わかんないよ、というかこういう風に理不尽に怒られるのもムカついてるけどね。ぱぱっと問題点を教えてくれれば、さっと治してみせるのにさ」
「治せないもんだったらどうするんだよ」
「それはまあ、受け入れてもらうしかないかなぁ」
いや、お前が受け入れる側だろ。
言いかけた言葉を飲み込んで「1、2で歩数を合わせよう」という言葉に曖昧に頷く。
「初めはゆっくり行こう、相性もなんもわからんし」
「いや、よくはないだろ。どう考えても」
「茶々を入れるなって……せーのっ、1!」
多少引っ張られながらもゆっくりと歩き始める。
トラック半周、計50メートル。長いようで短いそんな距離。
「借り物競走とか、そういう個人種目にすればよかったな」
「走り終わるなりそんなこと言わなくても、それに特段問題はなかったでしょ」
「まあ、そこそこかな」
「シビアだなー」
合わないことはない、けれども特段良いというほどでもない。
あくまで普通、どこまで行っても普通だった。
「というか白井って、足早くなかったっけ? 早いならあっちいけばよかったんじゃないのか?」
指で指す方向にはリレーの準備をしている奴らがいた。男子、女子、混合と試しに一回走ろうとしているのかレーンには三人並んでいる。
まだそこには並んでいないけれども、あいつがアンカーとして出てくることはちゃんと覚えていた。
轢かれたくないならトラックを開けろという声に合わせて、みんなが道を開けていく。
「他のクラスと比べてさ、フェアじゃないだろ?」
「……フェア?」
「俺みたいな奴がいたらさ、区分けが中途半端になるんだよ」
沈黙。それでも俺が言わんとする意味はわかっただろう。問い返さないということはそういうことだ。気まずさをかき消すようにリレーが始まって、ぼんやりとそれを眺めていた。
「……ごめん、悪気はなかった」
「気にすんなって、半分冗談なんだから。リレーだと重責が掛かるから嫌なんだよ、でも二人三脚だったら転けても責任をお前に押し付けられるだろ?」
「責任二分の一とかじゃなくて全部俺かぁ」
当たり前だ、それが男の責任って奴なんだから。
言いかけた冗談をウケが悪そうだなと判断して引っ込めることぐらいは俺にもできる。
けれども、代わりのジャブはすぐに思いついた。
「それに、お前からしても好都合だろ?」
「何が?」
「いや俺と組む為に二人三脚に手をあげたんだろ? 一緒になれる競技なんて他になかったしな」
大縄とかはあるけれども、あれは全体競技だから貴重性もクソもない。何かと機会を伺うのならこれぐらいしかなかったはずだ。
通り過ぎていく走者を見送る、そろそろアンカーのアイツの出番だろう。
ふと、さっきから言葉が返ってこないことに気がついて隣に目を向ければ、佐久間はパントマイムのような奇妙な格好をしていた。
「なんで、それを……?」
「なんでって、そりゃお前が俺に告白したからだろ。あっ、こいつ俺と組もうとしてるんだなってことぐらい猿でもわかるだろ」
バトン交換にソツはなく、アンカーがスタートを切っていた。地面を蹴るたびに加速していきあっという間にトップスピードに乗って、ほとんど一周差だった女子を追い抜いて。
片手をあげて見送るのも一瞬、そのまま駆け抜けていく。
「はえーな、やっぱり」
感嘆の言葉しか出ない。
今も性別が変わらなかったとしても、勝てると断言できないぐらいにアイツは早くなっていた。
「……ごめん、もう一度確認したいんだけど誰が誰に告白をしたって」
「はぁ?」
感慨に水をさすようにそんな言葉が飛んでくる。
何を聞きたいんだと振り返るけれども、けれども至って真面目な様子に思わず面喰らう。
何を確認しようとしてるのかわからないけれども、それでも間違いがないように指差しして確実に、俺は言ったのだ。
「お前が、俺に、告白をしたって話だよ。まさか忘れた訳じゃないだろ?」
「いつ、いつの話!?」
「つい先週。っておい、大丈夫か? 調子が悪いのか?」
その言葉を聞くなり佐久間はへたりと地面にしゃがみ込んで、頭痛でもするのか頭を抱え込んでいた。
体調不良、もしや貧血だろうか、もしくは脱水症状だろうか?
症状如何ではすぐに保健室に連れて行かなければ、そう思ったところにボソボソと小さい囁きが聞こえたような気がした。
もしかして、なにかを呟いている?
そっと耳を寄せると。
「もしかして、白井と俺は付き合ってるってこと……?」
「な訳ねーだろ!!」
頭蓋に鉄拳を振り下ろす。
どんな妄言を吐いてるんだ、こいつは。