大海の大嵐   作:近所の戦闘狂

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# 第14話「荒天海賊団――女帝様、船長を持ち帰ろうとする」

 

 黒檻島を離れてから二日目の朝。

 

 九蛇海賊団と、俺らが別れることになった。

 

 九蛇の戦士たちは、救出した仲間を連れて、自分たちの故郷へ帰るらしい。今回の作戦で助け出された少女たちも、すっかり元気になっとった。昨日なんか、甲板で弓の稽古を再開しようとしてグロリオーサに怒られとったからな。さすがにもうちょっと休んだ方がええと思うで。

 

 俺らは俺らで、解放した人々をそれぞれの故郷へ送り届けなあかん。帰る場所がなくなっとる人もおるし、まだまだ仕事は山積みや。

 

「ガルド。九蛇の船、出航準備が終わったで」

 

 ミラが海図を畳みながら声をかけてきた。

 

「せやな。ほな、挨拶してこよか」

 

 俺は荒凪を背中へ戻し、白羊号の甲板へ出た。そこにはダグをはじめとする仲間たちが揃っとる。九蛇の戦士たちも向こうの甲板に並び、解放された少女たちが俺らに向かって手を振ってくれとった。

 

 ええ光景やな。最初に会うたときは互いに武器を向け合っとったのに、今ではこうして笑って別れの挨拶ができるんやから。

 

 ただし、一人だけ様子のおかしい奴がおる。

 

「グロリオーサ! そろそろ出航やろ!?」

 

「う、うむ!」

 

 九蛇の船首に立っとる女帝様が、びくっと肩を揺らした。

 

 何や。俺、そんな大声出したか?

 

 昨日の晩から、グロリオーサはずっとこんな調子や。話しかけようとしたら目を逸らすし、俺が近づいたら顔を赤くするし、かと思えば遠くからこっちを見とる。

 

 もしかして、昨日の竜巻の件をまだ怒っとるんやろか。

 

 あれは俺も反省しとるで。九蛇の船を危うく巻き込みかけたんやから、そら怒られてもしゃあない。せやけど、ダグにも散々怒られたし、そろそろ勘弁してほしいんやけどな。

 

「ほな、達者でな! またどっかの海で会おうや!」

 

 俺が手を振ると、グロリオーサが慌てて身を乗り出した。

 

「ま、待て!」

「ん?」

「その前に、妾から話がある!」

 

 女帝様は、ものすごい勢いで深呼吸を始めた。

 

 吸って、吐いて、また吸って。

 

 ……長ない?

 

「グロリオーサ? 大丈夫か?」

「だ、大丈夫じゃ!」

「ほんまに? 今からネネ呼ぼか?」

「医者は要らぬ!!」

 

 そこまで元気に怒鳴れるんやったら、大丈夫そうやな。

 

 ただ、本人は真剣そのものらしい。俺らの間を行き来しとった九蛇の戦士たちまで、何やら期待に満ちた顔でこっちを見とる。

 

 ダグに至っては、さっきから妙にニヤニヤしとった。おい。何か知っとるんやったら教えてくれへん?

 

「ガルド。そなたには、今回の件で大きな借りができた」

 

 グロリオーサが、まっすぐ俺を見つめた。

 

「妾の仲間を救い、奴隷市場を壊滅させ、あの大艦隊すら一人で打ち破った。そなたほどの男、妾はこれまで見たことがない」

 

 突然の大絶賛やった。

 

 いや、照れるやん。女帝様にそこまで褒められたん、今回が初めてちゃうか?

 

「いやいや、グロリオーサも強かったで! 昨日の共闘、ほんまに楽しかったわ!」

「そ、そうか! そなたも、そう思うておったのか!」

「当たり前やろ! あんだけ強い女と一緒に戦える機会なんか、そうそうないで!」

 

 グロリオーサの顔が、一瞬で真っ赤になった。

 

 どうやら褒め返したんが、だいぶ嬉しかったらしい。

 そのまま九蛇の戦士たちを振り返ると、彼女は一度だけ大きく頷いた。向こうの甲板では、何人かの戦士が両手を握り締めて見守っとる。

 

 何や、これ。

 今から船の進水式でも始まるんか?

 

 俺が首を傾げとると、グロリオーサは意を決したように胸を張った。

 

「ガルド。妾は決めたぞ。そなたを妾の夫にしてやろう!」

 

 ……。

 

「……誰を?」

「そなたじゃ!」

「……イッツミー?」

「他に誰がおる!」

 

 ……。

 ……。

 ……。

 

 

 ちょっと待てぇぇぇぇえええええええ!!

 

 何でやねん!! 何でいきなり結婚の話になっとんねん!! さっきまで普通に別れの挨拶しとったやろ!! 俺、今から故郷へ人を送り届ける仕事があるんやぞ!? 結婚式の日取りなんか考えとる場合ちゃうねん!!

 

「いや、待って!? 今、何の話しとった!?」

「妾の夫になる話じゃ!」

「その前や!!」

「そなたの強さについてじゃな」

「何で強さの話から結婚に飛ぶねん!!」

「妾より強い男など、そうそうおらぬからじゃ!」

「強さで配偶者決めるんか!? 腕相撲大会の優勝商品みたいに言うなや!!」

 

 すると、グロリオーサは少しだけ不満そうに眉をひそめた。

 

「強さだけではないぞ! そなたは仲間を信頼し、弱き者を守る。しかも、妾と剣を交えても臆することがなかった!」

「そら、剣を向けられたら受けるやろ!」

「そして、妾を打ち負かした!」

「それが結婚の決め手なん!?」

「決定打じゃ!!」

 

 決定打て!!

 

 俺、昨日の勝負で何に勝って何に負けたんや!?

 

 助けを求めてダグを振り返ると、あいつはすでに甲板へ崩れ落ちとった。

 

「ぶっはははははは!! あかん!! 腹痛い!!」

「ダグゥゥゥ!! 笑っとらんと助けろや!!」

「お、お前……! 世界中の男が羨むような求婚を受けとるのに……! よりによって腕相撲大会って!!」

「ほな、お前が代わりに返事してくれや!!」

「嫌や!! 俺、女帝様に斬られたない!!」

 

 そこだけ判断力発揮すな!!

 

「ガルド! おめでとう!」

 

 横からミラまで拍手し始めた。

 

「おめでとうちゃうわ!! 俺、まだ何も返事してへんで!!」

「ええやん。あんた、昨日から女帝様のこと褒めまくっとったやろ?」

「強いから褒めたんや!!」

「しかも綺麗や言うてたやん?」

「言うたけど!!」

「ほな、ちょうどええやん」

「何がちょうどええねん!! 結婚って、買い物ついでに決めるもんちゃうやろ!!」

 

 もうええ。ミラも頼りにならへん。

 

 俺はゴルドへ視線を向けた。

 

「ゴルド! お前、人生の先輩として何か言うたれ!」

「そうやな……新婚用の船室、増築せなあかんな」

「話が早いわ!!」

 

 ゴルドはすでに白羊号の船体を眺め、何やら寸法を測り始めとった。

 

 おい。やめろ。

 

 俺の知らんところで、勝手に新居を建てるな。

 

「ガロ! お前はどう思う!?」

「九蛇の女帝が嫁に来るんやったら、船の守りも盤石やな!」

「軍事同盟の話しとんのちゃうぞ!!」

 

 あかん。

 

 戦力として計算し始めよった。

 

「ネネ! せめてお前だけは――」

「いやあ、船長もついに春が来たんやねえ」

「診察せえや!! 女帝様の体調不良、診察するって話はどこ行ったん!!」

「診断なら、もうついたで」

「何や!?」

「恋煩い」

「治療法は!?」

「責任取ることやな」

「俺が患者になっとるやないかァァァ!!」

 

 船医にまで見捨てられた。

 

 もう嫌や。

 今から一人で海へ逃げてもええかな。アカン能力者やった。

 普通に溺れるわ。

 

「バオ!!」

 

 俺は食料担当へ振り返った。

 こいつなら、こんな騒ぎより晩飯の方が大事なはずや。

 

「お前からも何か言うたれ!」

「せやな。披露宴やるんやったら、最低でも何人分の飯が必要やろ」

「バオォォォ!!」

「九蛇の戦士が全員来るとしたら、相当な量になるな」

「献立考えるな!!」

「いや、今から準備せんと間に合わへんで?」

「開催決定しとらんわァァァ!!」

 

 その横では、トーマとトーラが勝手に乾杯を始めとった。

 

「船長! 結婚式には呼んでくれよ!」

「新婚旅行は凪岩島か!?」

「父ちゃんへの挨拶、いつ行くんや!?」

「お前ら二人、何でそんなに楽しそうなん!?」

「そら、船長が結婚するんやから!」

「まだせえへんっちゅうねん!!」

 

 しかも、双子の片方が、どこから持ってきたんか分からん花束まで差し出してきよった。

 

 早い。

 何もかも早い。

 

 俺がまだ状況を理解できてへんのに、周りだけ勝手に披露宴へ向かっとる。

 キットに助けを求めようとしたら、あいつはすでにマストの上からこっちを観察しとった。

 

「キット! お前まで何しとんねん!!」

「いや、船長の求婚現場、見晴らしのええところから見ようと思って」

「偵察対象を間違えとるぞォォォ!!」

 

 さらにボンゴが、電伝虫を持って近づいてきた。

 

「ガルド! 凪岩島に速報入れとこか!?」

「やめろォォォ!! 父ちゃんに報告するなァァァ!!」

「いや、めでたい話やし」

「その前に本人の了承取れや!!」

 

 俺の頭の中に、父ちゃんの姿が浮かんだ。

 もし「九蛇の女帝に求婚されました」なんて報告したら、あの人、どんな顔するやろな。

 

 ……いや。

 たぶん、最初に言うのは「そいつ、強いんか?」やな。

 その次に「ほな、一回連れてこい」。

 

 最後に、俺も含めて剣の稽古。

 新婚旅行が地獄の稽古合宿になってまう。

 それだけは阻止せなあかん!!

 

「ゼン!!」

 

 俺は最後の希望を託して、会計担当へ振り返った。

 

「お前だけは、まともなこと言うてくれるよな!?」

 

 ゼンは、しばらく真剣に考え込んだ。

 そして。

 

「九蛇の女帝との婚姻となれば、交易面で非常に大きな利益が見込めるな」

「……。」

 

 政略結婚の話すなァァァァァ!!

 

 何でやねん!! 俺の結婚を交易協定みたいに扱うな!! そもそも、まだ付き合うとも言うてへんやろ!!

 

「それに、結婚祝いとして九蛇から物資の提供があれば――」

「計算すな!! 人の人生を帳簿に載せるな!!」

 

 ゼンは俺の抗議を聞き流し、すでに新しい帳簿を開いとった。表紙には、何やら『九蛇との交易計画』と書かれとる。

 

 仕事が早すぎる。

 こんなところで有能さを発揮せんといてくれ。

 最後にイヴォを振り返ると、あいつは上品な笑顔で一礼した。

 

「団長。外交上の正式な回答は、慎重になさることをお勧めいたします」

 

 ありがとう!!

 ようやく、まともな奴がおった!!

 

「ほな、どうしたらええ!?」

「まずは先方の意向を確認し、婚姻に伴う各種条件を整理したうえで――」

「結局結婚前提やないかァァァ!!」

 

 あかん。

 

 うちの乗員、全滅や。

 今まであんなに頼りやった仲間たちが俺の人生相談になった途端、全員敵に回りよった。

 しかも、九蛇の船では戦士たちがこっちを見ながら大騒ぎしとる。

 

「女帝様! おめでとうございます!」

「さすが女帝様! 求婚も堂々としておられる!」

「お相手は、あの嵐の男ですぞ!」

「きっと強い子が生まれますね!」

 

 

「まだ何も決まっとらんわァァァ!!」

 

 俺は、両方の船へ向かって叫んだ。

 海の上を、俺の声が虚しく響いていく。

 

 四十二隻の大艦隊を一人で壊滅させた男が、たった一人の女帝に求婚されて、味方全員から集中砲火を浴びとる。

 

 

 これ、冷静に考えたら、昨日の海戦より絶望的な状況ちゃうか?

 

 

―――

 

 

 しばらくして、俺はようやくグロリオーサと向き合うことができた。

 

 ダグたちは、まだ後ろで笑っとる。ほんま、あいつら、あとで覚えとけよ。

 

「なあ、グロリオーサ」

「な、何じゃ!?」

「俺ら、まだ出会って二日くらいやで?」

「日数など関係あるまい!」

「いや、あるやろ!!」

 

 グロリオーサは、真っ赤な顔のまま胸を張った。

 

「妾は、そなたほどの強者を見たことがない。妾の剣を受け止め、妾を上回る力を持ち、それでいて仲間を信頼し、弱き者を守る。そのような男を、妾が放っておくと思うか!?」

 

 真正面から言われると、さすがに照れる。

 

 こっちはさっきから、仲間に散々からかわれとるんやぞ。そんなところへ本人から追撃が来たら、俺の精神がもたへんわ。

 

「いや、グロリオーサもええ女やと思うで。強いし、綺麗やし、仲間思いやし」

「……っ!」

「昨日、背中合わせで戦ったときなんか、めっちゃ頼もしかったしな」

「そ、そうか……!」

 

 グロリオーサの顔が、さらに赤くなった。

 

 その背後では、九蛇の戦士たちが小さく拳を握っとる。

 

 何を応援しとんねん。

 

 そんな目で見られたら、こっちまで緊張してまうやろ。

 

「せやけど、俺ら、お互いのことをまだ全然知らんやん。せやから、結婚の話は、もうちょい仲良うなってから考えようや」

 

 これなら、問題ないはずや。

 

 少なくとも、今ここで結婚を決めるよりは、よっぽどまともな判断やと思う。

 

 ところが、グロリオーサは急に口元を緩めた。

 

「なるほど。つまり、妾との婚姻を拒絶しておるわけではないのじゃな?」

「まあ、今すぐ決められへんってだけで……」

「ならば、問題ない!」

 

 嫌な予感がした。

 

「妾は、そなたに相応しい女であることを証明してみせよう! 次に会うときまでに、さらに腕を磨いておくぞ!」

「ちょっと待て!! 何で求婚の返事が修行の話になるん!?」

「妾がさらに強くなれば、そなたも文句はあるまい!」

「そういう問題ちゃうねん!!」

「では、何が問題じゃ!」

「まずは普通に仲良うなるところから始めようって話や!!」

「それならば、次に会うたときは十本勝負じゃな!」

「何でデートが決闘になるん!?」

 

 あかん。

 

 この人、ほんまに戦闘民族や。

 

 何を言うても、最終的に剣の勝負へ戻ってくる。

 

 いや、まあ、俺も強い奴と戦うんは好きやで?

 

 でも、そういう話をしとるんちゃうねん。

 

「ほな、次に会うたら、とりあえず飯でも食おうや」

「……め、飯じゃと!?」

「せや。ゆっくり話でもしながらな」

「そ、それは……二人きりでか?」

「そら、二人で話した方がお互いのこと分かるやろ」

 

 グロリオーサが、口を開けたまま固まった。

 

 おい。大丈夫か?

 

「ガルド!!」

 

 背後から、ダグの怒号が響いた。

 

「お前! 今、自分からデートに誘ったで!!」

「は!? 飯食うだけやろ!?」

「二人きりで飯食って、お互いのことを知るんやろ!? それをデートって言うんや!!」

「そうなん!?」

 

 知らんかった。

 

 俺、今、デートの約束してもうたんか。

 

 グロリオーサは、さっきまでよりもさらに顔を真っ赤にしとった。

 

 あかん。

 

 これは、さすがにネネへ診てもらった方がええかもしれへん。

 

「グロリオーサ? ほんまに大丈夫か?」

「だ、大丈夫じゃ! 妾は、何も問題ない!」

「いや、さっきから顔真っ赤やで?」

「そなたが原因じゃ!!」

「俺!? 何でやねん!!」

 

 また俺のせいにされた。

 

 もう嫌や。

 

 俺、何も悪いことしてへんやろ。

 

「とにかく! 次に会うたときは、妾と二人で食事をするのじゃな!」

「お、おう!」

「そして、剣の勝負もする!」

「結局それもやるんかい!!」

 

 グロリオーサは、ようやく満足そうに笑った。

 

 何やら、本人の中では全部決着したらしい。

 

 俺だけが、置いてけぼりである。

 

 まあ、ええか。

 

 とりあえず、結婚式が今日やないことだけは確かやしな。

 

 

―――

 

 

「ガルド。これを受け取るがよい」

 

 グロリオーサが懐から取り出したんは、小さな紙切れやった。

 

「何や? 結婚届?」

「何故そうなる!!」

「いや、さっきから結婚の話ばっかりやから……」

「ビブルカードじゃ!!」

 

 あっ。

 

 ビブルカードか。

 

 そういや、そんな便利なもんがあったな。

 

 持っとる本人の居場所を示してくれる特殊な紙や。前世の知識で存在は知っとるけど、実物を見るんは初めてや。

 

「これを持っておれば、妾がどこにおろうと、そなたなら辿り着ける」

 

 俺は紙切れを受け取り、手のひらに乗せた。

 

 すると、小さな紙がゆっくりと九蛇の船の方へ動き始めた。

 

「ほんまや。めっちゃ便利やん!」

「そなたも、いつか妾にビブルカードを渡すがよい」

「ええで! 作り方知らんけど!」

「そこは調べておけ!」

 

 はい。

 

 また怒られた。

 

 せやけど、このビブルカード、これからの旅でも役に立ちそうやな。俺らが別々の海を進んどっても、これがあればまた会えるんやろ?

 

 俺は、紙切れを大事に懐へしまった。

 

「ほな、グロリオーサ。また会おうや!」

「うむ。必ず再会するぞ!」

 

 グロリオーサが力強く頷いた。

 

 そのとき、ふと思いついた。

 

「なあ、そういや、お前の名前ってちょっと長いよな」

「……何じゃ、藪から棒に」

「毎回グロリオーサって呼ぶんも大変やし、何かあだ名つけてもええ?」

「あ、あだ名……!?」

 

 グロリオーサの顔が、また赤くなった。

 

 いや、今度は何やねん。ただ名前を短くするだけやで?

 

「そ、そのように妾を親しげに呼びたいと申すのか?」

「せや。仲良うなるんやったら、呼びやすい方がええやろ」

「……そ、そうか。ならば、特別に許してやらぬこともないぞ」

 

 何や。

 

 めっちゃ嬉しそうやん。

 俺は、腕を組んで考えた。

 

 グロリオーサ。

 

 グロリオーサ。

 

 グロ……。

 

 あっ。

 

 ええの思いついたわ。

 

「ほな、グロちゃんで!」

 

「誰がグロちゃんじゃァァァァ!!」

 

 次の瞬間、覇気をまとった拳が飛んできた。

 

「うおおおおお!? 何でやねん!?」

 

 俺は、慌ててその拳を受け止めた。

 

 おいおいおい!!

 

 さっきまであんなに嬉しそうやったやん!!

 何であだ名つけた瞬間に攻撃してくるん!?

 

「グロちゃんって何じゃ!! 何故、よりによってそこを取る!!」

「いや、最初の二文字やし、覚えやすいやん!」

「もっとほかにあったじゃろうが!!」

「ほな、グロっち?」

「同じじゃァァァ!!」

「グロさん?」

「余計に嫌じゃ!!」

「グロリオちゃん?」

「もはや何を目指しておるのじゃ、そなたは!!」

 

 あかん。

 

 全然お気に召さへんらしい。

 

 何やねん。俺、あだ名考える才能ないんかな。

 

 しかも、後ろのダグたちが大爆笑し始めとる。

 

「ぶっはははは!! グロちゃん!!」

「ちょっと可愛いやん!!」

「ガルド、お前、ほんまに命知らずやな!!」

 

 おい、ダグ。お前までグロちゃん言うたら、女帝様に斬られるで。

 

 俺がそう思った瞬間、グロリオーサがダグへ鋭い視線を向けた。

 

「そこの副船長!!」

「はいっ!!」

 

 ダグが、ものすごい速さで姿勢を正した。

 

「妾をその名で呼ぶことは許さぬぞ!!」

「了解しましたァァァ!!」

 

 何やねん。

 

 普段、俺にはあんなに偉そうなくせに、女帝様にはめっちゃ従順やんけ。

 

「ほな、グロリオーサ。結局、何て呼んだらええん?」

「……ローサじゃ」

「ん?」

「ローサと呼べ、と申しておる!」

 

 グロリオーサは、ぷいっと顔を背けた。

 

 ただし、耳まで真っ赤や。

 

 ……ああ。

 

 なるほど。

 

 ローサ。

 

 確かに、そっちの方が呼びやすいな。

 

「分かった! ほな、これからはローサやな!」

「う、うむ! それでよい!」

 

 俺が笑うと、ローサは満足そうに頷いた。

 

 せやけど、何やろな。

 急に親しみやすくなった気がするわ。

 

「なあ、ローサ」

「な、何じゃ!?」

「次に会うたときは、絶対もっと強うなっとけよ!」

「当然じゃ! そなたこそ、妾を失望させるでないぞ!」

 

 俺は、ニヤリと笑って手を差し出した。

 

「ほな、約束や!」

 

 ローサは、その手をしっかり握り返した。

 昨日、あんなに本気で斬り合った相手と、今日はこうして握手しとる。

 ほんま、何が起こるか分からんもんやな。

 

 ちなみに、その握手の瞬間、九蛇の船から凄まじい歓声が上がった。

 

「女帝様が、ローサと呼ぶことをお許しになられた!!」

「ガルド殿だけの特別な呼び名ですぞ!!」

「これで婚約成立ですか!?」

 

「成立してへんわァァァァ!!」

 

 何で名前を短くしただけで婚約せなあかんねん!?

 世界中のローサさん、全員既婚者になってまうやろ!!

 

 グロリオーサ改めローサは、俺の手を握ったまま、やたらと嬉しそうにしとった。

 

 いや、ちょっと待て。

 

「ローサ。そろそろ手、離してくれへん?」

「……もう少しじゃ」

「いや、九蛇の船、出航するんやろ?」

「もう少しじゃ!」

「どんだけやねん!!」

 

 その横で、ミラが腕を組んだまま笑っとった。

 

「ガルド。あんた、ほんまに罪な男やな」

「何もしてへんやろ!!」

「本人にだけ特別な呼び名を許されて、二人きりの食事まで約束しとるやん」

「せやけど、結婚はまだやで!?」

「『まだ』なんや」

「言葉尻を取るなァァァ!!」

 

 完全に墓穴を掘った。

 

 しかも、ローサがその一言を聞き逃すわけがない。

 

「うむ! 妾も、その『まだ』という言葉、しかと覚えておくぞ!」

「忘れてくれてええで!?」

「断る!!」

 

 あかん。

 

 この人、ほんまに強い。

 

 剣でも強いし、押しも強いし、話の主導権まで全部持っていきよる。

 

 昨日は雷になって背後を取れたのに、今日は一歩も逃げられる気がせえへん。

 

「ローサ。次に会うまで、達者でな」

「うむ。そなたもな。妾との約束、決して忘れるでないぞ」

「分かっとる! 飯と剣の勝負やろ!」

「婚姻の話もじゃ!!」

「まだ決まってへんっちゅうねん!!」

 

 最後まで、一歩も譲らへん女やった。

 

 

―――

 

 

 ようやく握手から解放され、ローサは九蛇の船へ戻っていった。

 

 向こうの甲板では、戦士たちが女帝様を盛大に迎えとる。

 

「ローサ様! おめでとうございます!」

「やかましい! その名で呼んでよいとは言うておらぬ!」

「ええっ!? ガルド殿だけなのですか!?」

「そ、そうじゃ! 何か文句があるか!?」

 

 ……おいおい。

 

 俺だけなん?

 

 何や、それ。

 

 特別扱いされとるみたいで、ちょっと照れるやん。

 

 もっとも、照れとる場合やない。ローサは俺と目が合うなり、満面の笑みを浮かべて大きく手を振ってきた。

 

「ガルド! 必ず迎えに行くぞ!!」

「いや、迎えに来るって何や!? 俺、どこにも嫁がへんで!?」

「そなたが来ぬなら、妾が行くまでじゃ!!」

「そういう問題ちゃうやろ!!」

 

 ダグが隣で、また腹を抱えて笑い始めた。

 

「ぶっはははは!! ガルド!! お前、完全に逃げ道塞がれとるやんけ!!」

「お前、戦場指揮が得意なんやろ!? この包囲網、何とかしてくれや!!」

「無理や!! 相手が悪すぎる!!」

 

 何やねん。

 

 四十二隻の敵艦隊は見事に捌いたくせに、女帝一人には白旗かいな。

 

 せめて、もうちょい頑張ってくれや。

 

 俺がそんなことを考えとる間に、九蛇の船がゆっくりと動き始めた。

 

 ローサは船尾に立ち、最後までこっちへ手を振っとった。

 

「またな、ガルド!!」

「おう! またな、ローサ!!」

 

 その名前を呼んだ途端、彼女がものすごく嬉しそうな顔をした。

 

 九蛇の戦士たちからは、また歓声が上がっとる。

 

 何や。

 

 名前を呼んだだけやのに、えらい盛り上がるな。

 

 まあ、ええか。

 

 きっと、向こうでは女帝様のあだ名が珍しいんやろ。

 

 こうして、九蛇海賊団は満足げな女帝様を乗せ、故郷へ向かって出航していった。

 

 俺は、遠ざかる船を見送りながら、深々とため息をついた。

 

「ダグ。俺、今回の黒檻島で、ほんまに大変な目に遭うたわ」

「海楼石の罠か?」

「いや」

「四十二隻の大艦隊か?」

「いや」

「……ほな、何や?」

「女帝様や」

 

 ダグは、しばらく俺の顔を見つめた。

 

 そして、今日一番の大笑いを始めよった。

 

「ぶっはははははは!! お前、完全に惚れられとるやんけ!!」

「せやから、まだ結婚は決まってへんって!!」

「ほな、何でローサって呼んどるんや!?」

「本人がそう呼べ言うたんやろ!!」

 

 あかん。

 

 こいつ、あとで絶対しばいたろ。

 

 ちなみに、俺はまだ知らんかった。

 

 この日交わした『ローサ』という呼び名と、二人きりの飯の約束が、これから先、俺の人生をどれほど騒がしくすることになるのかを。

 

 知っとったら、あのとき『グロちゃん』で押し通しとったかもしれへん。

 

 ……いや。

 

 それはそれで、確実に斬られるな。

 

 どっちに転んでも地獄やないか!!

 




ひとまず黒檻島編はここまで。蛇足編に続きます。
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総合評価:347/評価:7.11/連載:21話/更新日時:2026年10月01日(木) 12:47 小説情報

BLEACHの世界に転生したけど何故かステータス画面があるんだが(作者:最強主人公2)(原作:BLEACH)

気づいたら『BLEACH』の世界に転生していた神代朔。▼しかも、なぜか自分にしか見えないステータス画面まであるらしい。▼原作知識とステータスを頼りに、斬魄刀も持っていない状態から少しずつ強くなっていく。▼果たして朔は、この世界でどこまで強くなれるのか。▼これは、そんな少年の成長物語。


総合評価:168/評価:-.--/連載:2話/更新日時:2026年09月21日(月) 00:15 小説情報


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