沖縄臨海学校二日目です。
ギラギラと照りつける真夏の太陽。
どこまでも澄み渡るエメラルドグリーンの海。
沖縄林間学校の二日目、吉祥学苑三年四組の面々は、プライベートビーチさながらの白い砂浜へと繰り出していた。
「うおォォォ! 海だぁぁぁ! 水着ギャルだぁぁぁ!」
「神様仏様、鬼塚様ァ! 沖縄に連れてきてくれてマジ感謝ァ!!」
村井、草野、藤吉ら男子連中は、弾ける波飛沫と周囲の女子生徒たちの水着姿に、脳のストッパーが完全に吹き飛んだかのように大はしゃぎしている。
ビーチを彩るのは、眩しいくらいにキラキラとした女子たちの姿だった。
杏子ら女子メンバーは、大胆でファッショナブルな水着をそれぞれ身に纏い、南国の開放的な空気を心から楽しんでいる。
そして、かつてクラスの闇の中心にいたみやびは、その大人びた鋭い美貌とは裏腹に、驚くほど爽やかで可憐な水色の可愛らしいタイプの水着を選んでいた。
前の世界と違い、今の彼女たちにはもう、大人を呪うような陰湿な闇はほぼ残っていない。
ただ純粋に、一人の女子中学生としてこの夏を謳歌する彼女たちの笑顔は、文字通り太陽よりも眩しかった。
「お、おい……みやびのやつ、水色とかマジで似合いすぎだろ……」
「……上原さん、今日の水着、すごく似合ってるな……」
当然、男子陣の視線はそれぞれの「好意を持っている相手」に釘付けとなっていた。
村井や藤吉は、普段のきつい態度が嘘のように笑うみやびのギャップのある水色ビキニの水着姿から露骨に目を逸らせなくなっており、吉川は、杏子の眩しい紺色ビキニの水着姿を前に顔を真っ赤にして完全にフリーズしている。
そんな、あちこちで不器用な恋心が火花を散らす甘酸っぱい青春の天国の中で、ただ一人、地獄の底から這い出してきたようなドス黒いオーラを放つ男がいた。
担任の鬼塚英吉である。
「お前ら……あんまり遠くまで泳ぐんじゃねえぞコラ……。溺れても、今の俺には助けるだけの三半規管が残ってねえからな……」
首からホイッスルをぶら下げた鬼塚は、白のTシャツにハーフパンツという海辺の出で立ちながら、その目の下には漆黒のクマがくっきりと刻まれていた。
昨夜、麗美が仕掛けた八つ当たり…『お色気波状攻撃』のせいで、彼の脳細胞は一晩中オーバーヒート。
一分たりとも眠れぬまま朝を迎えた彼の体は、今や歩くたびに骨がギチギチと悲鳴を上げる、完全なるゾンビ状態に陥っていた。
「……あら、鬼塚先生。ずいぶん顔色が悪いけれど、熱中症かしら? ちゃんと水分は摂らないとダメよ」
不意に、背後から涼しげで、かつ100%エネルギーに満ち溢れた完璧な美声が響いた。
周りにはクラスの生徒たちがたくさんいる。
付き合っている事実を一部にしか公にしていない体裁上、麗美はプライベートの「英吉」ではなく、淀みのない完璧な『鬼塚先生』の呼び方で彼を振り返らせた。
鬼塚が振り返ると、そこには大きめの、太ももまで隠れるだぼっとした白いTシャツを着た麗美が立っていた。
一見するとラフで無防備な少女の装いだが、首元から覗く鎖骨のラインや、裾からスラリと伸びる細い生脚が、妙な生々しさを醸し出している。
「神崎……お前、泳がねえのか?」
「ううん、今から泳ぐわよ。 ちょっと、これ脱ぐから、脱いだら持っててよ。先生」
麗美はいたずらっぽく微笑むと、両手を裾にかけて、大きめのTシャツをするりと頭から脱ぎ捨てた。
陽光の下にその姿が露わになった瞬間、鬼塚の鼻腔の粘膜が臨界点を迎え、鼻血が噴き出す。
「ブフッ……ッ!!」
そこに現れたのは、真夏の光を浴びて眩しく輝く、神崎麗美の完璧にプロポーションを計算し尽くされた……勝負水着姿だった。
その水着は、彼女の大人びた美しい外見と鮮烈なギャップを生む、ピンクの可愛らしい柄のビキニだった。
フリルがあしらわれたガーリーで幼さの残るデザイン。
しかし、その甘い見た目とは裏腹に、カットは驚くほど大胆で、際どいハイレグのラインと細い紐が、中学生にしては豊満な胸の谷間と、キュッと引き締まった驚異的なウエストのくびれを容赦なく強調している。
大人びた抜群のプロポーションと、ピンクの柄が醸し出す少女のような可憐さ――。
そのアンバランスな『際どい大人っぽさと幼さの融合』は、まさに鬼塚のフェティシズムのどストライクを完璧に撃ち抜くものだった。
「う、うおァァァァ! 神崎ぃぃぃ! お前、その、水着は、なんだそのピンクはァァァ! 狙ってやってんだろ!!」
「何処かおかしいかしら? もしかして似合ってない?……」
「いやいやいや! 似合ってる! めちゃくちゃ似合ってる!! 天使が! 俺の前に天使が舞い降りてるって!!」
鬼塚の反応にしょんぼりした表情を見せる麗美に、鬼塚はすぐさま似合っていると両手で鼻を抑えながら絶叫した瞬間、ビーチの空気が一変した。
周囲でみやびや杏子達の水着姿に見とれていた男子生徒どもの視線すら、磁石に引き寄せられる鉄屑のように一斉に麗美へとロックオンされたのだ。
「ぶ、ぶっはぁぁぁ!! 神崎さんのビキニ姿ァァァ!!」
「おい見ろ、あのプロポーション! ピンクとかマジで反則だろ!」
「ガンダムで例えるなら、ザク・デザートタイプピンクパンサー隊機のあの鮮烈なピンク……ッ!」
普段は無害のガンダム三兄弟をはじめ、男子連中のほとんどが目を血走らせてハァハァと息を荒くしながら、ゾンビの群れのように麗美の周りへとジリジリと集まり始める。
「オォォォらお前らぁぁぁ!! 誰の女に……じゃなくて、どこ見てやがるクソガキどもがァァ!!」
その瞬間、一睡もできずに干からびていたはずの鬼塚が、自身の彼女に対する凄まじい独占欲と過保護さを爆発させ、文字通り『ゾンビの咆哮』を上げて男子どもの前に立ちはだかった。
「俺に見られたら目が腐るぞオラァ! 全員回れ右して海に頭から突っ込んで冷やしてこい!! 1ミリでも神崎に近付いてみやがれ……その瞬間、全員沖縄の砂浜に逆さ植えにしてシーサーの餌にするからなァァァ!!」
「ヒ、ヒエッ……! 鬼塚の目がマジでイっちゃってる!」
「逃げろ! 徹夜明けの元不良はヤバすぎる!」
「マジで殺されるぞ!」
「てか、鼻血出しながらこっちくんな! 怖すぎるわ!」
般若のような形相でキレ散らかす鬼塚に怯え、村井、藤吉、吉川、菊地以外の男子連中は草野を筆頭に蜘蛛の子を散らすようにして海へと逃げ出していった。
鬼塚は「ハァ、ハァ……」と荒い息を吐きながら、ハンカチで鼻血を拭い、未だにニヤニヤと笑っている麗美を睨みつけた。
「お前なぁ……神崎、少しは自重しろよ! 俺の心臓はもう昨夜からマイナス100機なんだよ……」
「ふふ、ごめんなさい。でも、先生がそうやって周りを追い払ってくれるの、すごく気分がいいわ……彼氏として頼もしい」
麗美は最後の方を小声で言い、満足そうに微笑むと、パラソルの下でノートパソコンを開いて涼んでいた菊地の元へと、しなやかな足取りで歩み寄った。
現在、この砂浜には自分たち二人と、相変わらずみやびと杏子に目を奪われている村井と藤吉、そして吉川と荒い息を吐いている鬼塚しかいない。
麗美と鬼塚の関係性を知っている菊地達の前だからこそ、麗美の口調は一瞬で切り替わる。
「やっほー菊地」
「神崎か。……相変わらずの破壊力だな。鬼塚が完全に野生のゴリラ化してるよ」
菊地は眼鏡のブリッジを押し上げながら苦笑した。
しかし、彼の鋭い頭脳は、麗美のどこか満ち足りた表情と、鬼塚の異様な疲弊ぶりの違和感を見逃さなかった。
「……ところで、一つ聞いていいか?」
「なに?」
「鬼塚のあのクマ、ただの連休ボケや熱中症じゃないだろ? 昨夜、お前が部屋に泊まったせいで、彼は一睡もできなかった……違うか?」
さすがは自身に迫るクラスの頭脳。
麗美は唇の端を綺麗に釣り上げると、菊地の隣の椅子に軽く腰掛け、長い生脚を組み替えた。
そして、周囲の波の音に紛れるような声で、けれど確実なマウントを突き刺す。
「さすがね、菊地。……そうよ。夕べ、英吉の部屋すごくエアコンが効いてて、本当にぐっすり眠れたわ。英吉にキスした後、あたしはソッコーで熟睡しちゃったから、夜中のことはよく覚えてないけれど……。ねえ、菊地。あの人の部屋に泊まって、一晩中あんたのことで頭をいっぱいにさせて、一睡もできなくさせたこと……ある?」
麗美は昨夜の小悪魔の顔で、くすくすと喉を鳴らした。
「……ある訳ないだろ……というか男の俺にそんなこと聞くなよ……」
菊地は露骨に顔を顰める。
どうやら変な光景を想像してしまったらしい。
「お前のIQ200の計算高さにも、鬼塚への執着の深さにも、俺の頭脳じゃ到底追いつけそうにない。……でも、鬼塚の理性が今日まで持ったのは、ある意味、奇跡に近いんじゃないか?」
「ふふ、どうかしら。あいつの理性、今夜あたり完全にリミットブレイクするかもしれないわよ?」
菊地は、小さく息を吐いた。
「……するかもしれないじゃなくて、お前がさせるつもりなんだろ? 全く末恐ろしい女だよお前は。 神崎、するにしても避妊はしろよ?」
「まあ、でもないでしょうね……あいつ、そういう部分は紳士だし……襲ってくれた方があたしとしては嬉しいんだけど」
苦笑しながら、菊地はノートパソコンの画面を閉じる。
「……まったく、鬼塚も大変だな。とんだ女を彼女にしちまったもんだよ」
彼は、小さく肩をすくめた。
再び海辺の愛するゾンビ(鬼塚)の元へと楽しそうに戻っていく麗美。
周囲に他の生徒たちが近づいてくるのを察した瞬間、彼女は声を張り上げて言った。
「ねえ、鬼塚先生。日焼け止め、塗って?」
「だ、誰が塗るかバカヤロー!! お前が自分で塗れっつーの!!」
「えぇ〜! 届かないわよー!」
「なら、みやびにでも塗ってもらえ!! 俺は絶対にしねえからな!!」
顔を真っ赤にして叫びながらも、手元が完全におろおろしている鬼塚の、実にGTOらしい叫び声が、沖縄の青い空へと響き渡っていた。
ビーチの端の方で、杏子と吉川は少し離れた場所で並んで座っていた。
「……吉川、その水着、似合ってるわよ」
杏子は、少し照れくさそうに視線を逸らした。
「……ありがとう、上原さん。上原さんの水着も、すごく可愛いよ」
吉川は、顔を赤くしながら小さく笑った。
「……べ、別に。ただの水着よ」
杏子は、そっぽを向いた。
でもその耳が少し赤くなっている。
「……この間、クラスで一緒に勉強した時のこと、覚えてる?」
「……うん。吉川、意外と真面目なのね」
「……上原さんも、意外と優しいよ」
その言葉に、杏子の動きが少し止まった。
「……意外で悪かったわね……まあ、春先まであんたに酷いことしてきたから……そう言われても仕方ないか……」
杏子は、視線を落とした。
声も、少し小さくなっていた。
「え、あ、違う! そういう意味じゃなくて……! 上原さんは、その、昔から優しいっていうか……いや、違う、違う! あ、あの……!」
吉川は、慌てて手を振りながら弁明した。
顔は完全に真っ赤になっていて、言葉もまともに出てこない。
その様子を見て、杏子はふっと小さく笑った。
「……ふふ。吉川、焦りすぎ」
「……ご、ごめん」
「……いいわよ。別に怒ってないし」
杏子は、少しだけ体を吉川の方に寄せた。
波の音が、二人の間に静かに響いていた。
「……ねえ、吉川。沖縄、楽しい?」
「……うん。すごく楽しいよ。上原さんと一緒だから」
杏子は、小さく息を吐いた。
「……馬鹿。そういうこと、言わないでよ……」
でも、その声は、少しだけ優しかった。
吉川は、小さく笑った。
「……ごめん」
二人は、また少し黙った。
でも、その沈黙は、前ほど気まずくはなかった。
二人は、また少しだけ笑った。
波が、優しく砂浜を洗っていた。
ひとしきりビーチで騒ぎ、太陽が少しだけ傾き始めた頃。
鬼塚がパラソルの下でようやく一息つこうとした時、ノートパソコンの画面を見つめていた菊地が、ふと顔を上げて鬼塚を呼び止めた。
「鬼塚。この石垣島には、江戸時代に隠れキリシタンによって隠された埋蔵金……いわゆる『黄金の隠し財宝』の噂があるらしいんだ。古文書のデータをいくつかハッキングして暗号を解析してみたんだけど、どうやらこの近くの無人島のジャングルに埋められている可能性があるみたいなんだ」
「な、何だってぇぇぇぇ!?」
その言葉を聞いた瞬間、徹夜明けで死にかけていた鬼塚の目が、一瞬で一万円札のマークへと変わった。
ゾンビから一転してハイエナのような猛烈な活力を取り戻し、菊地の肩をがしがしと揺さぶる。
「ち、ちょっ、鬼塚!?」
「お宝ロードだ! 億万長者だ!! よぉし、今すぐにでもその島に突撃して、俺のバラ色の老後資金を掘り起こしに行くぞオラァ!!」
前の世界と同様、お宝の存在を完全に信じ切って大騒ぎし始める鬼塚。
今にもビーチを飛び出そうとするその巨大な背中へ、不意に冷ややかで、けれどどこか切なさを孕んだ声が投げかけられた。
「そんなのある訳ないじゃない?」
麗美だった。
彼女はピンクのビキニ姿のまま、鬼塚の前に静かに立ちはだかり、そのオッドアイの瞳で真っ直ぐに彼を見つめていた。
その表情には、いつもの小悪魔的な余裕はなく、どこか影を帯びた哀しみが滲んでいる。
「迷信に惑わされて、無駄な時間を過ごすことになるわよ? ……あたしは、そんなお宝探しなんか興味ない。せっかくあんたの部屋で、あんたの隣にいられるのに……。あたしは、この生活を楽しみたいの……」
麗美の声は少しだけ震えていた。
彼女の脳裏には、前の世界でこの「宝探し」の果てに何が起きたか、そのすべての記憶が刻まれている。
あの時、朋子はこの世界同様、仕事の都合で来られず、鬼塚をハメるのに失敗したみやびも、学校に既に辞退を伝えていたこともあり、不参加だった。
埋蔵金のあるといわれる島に着くと、皆はジャングルの中で、自由研究と称した鬼塚に穴掘りを強要される。
そんな時、麗美はガンダム三兄弟の部屋に入れられた恨みから、穴を掘り、「箱が出てきた」と虚言を吐いて鬼塚をおびき寄せた。
まんまとおびき寄せられた鬼塚を彼女は背後から蹴り飛ばし、生徒たちに土を戻させて、頭だけ残して埋め立てたのだ。
その最中、当日まだ吉川をいじめていた杏子たちは彼をジャングルの奥地へと拉致し、置き去りにしようとしたが、自分たちも迷子になってしまった。
吉川に助けを求めるも、目隠しされて連れてこられた彼も道が分からず、四人は完全に迷った。
その後、歩いた先で人の声が聞こえたと杏子が穴を覗き込むと、そこから突如、海水が凄まじい勢いで噴き出し、杏子は海水に呑まれて姿を消した。
すぐさま吉川が杏子を助けに海水に満たされた穴に飛び込み、沈んでいた杏子を救い、泳いで地上に上がると、そこは洞窟で、二人は出口を見つけるために彷徨うことになった。
紆余曲折ありながらも、二人はそこで徐々に親睦を深め、杏子は吉川の男らしい一面に恋心を抱き始めた。
そんな時、鬼塚が麗美を背負い、凄まじい勢いで洞窟を蹴り破り、突入してきた。
その理由は、杏子と吉川が消えた後、何とか鬼塚たちに合流できた泉たちから二人を助けてと告げられた際、お宝で頭がいっぱいになっていた鬼塚が「杏子と吉川がお宝を見つけ、二人だけのものにしようとしている」と完璧に間違った解釈をして暴走したこと。
麗美に誠心誠意謝り、土から掘り返された際に今度は解放してもらった代償として、麗美によって更なる報復で「家畜人ヤプー」とされ、口に猿轡を装着され、麗美の四足歩行の乗り物にされていた鬼塚は猿轡を無理矢理破壊し、立ち上がると、麗美が乗っていることも忘れ、彼女を背中に背負ったまま爆走。
途中で麗美が乗っていることに気付くが、彼女の制止の声にも構わず、そのまま吉川と杏子の元にとんでもない第六感でたどり着いた。
ともあれ、鬼塚によって無事助かった二人はみんなと合流できた。
(……あの時は、あの島で杏子たちが迷子になった……無事に助かったから良かったけど、噴き出した海水に巻き込まれて無事だったことが奇跡……もう二人は友達以上の関係だし、無理にあの島で危険なリスクを犯す必要はないわ)
麗美は、小さく唇を噛んだ。
今のこの世界では、みやびは改心し、この沖縄旅に同行してるし、クラスも穏やかだ。
杏子と吉川はすでに友達で、杏子は吉川に好意を寄せ、吉川も見たところ同じで両思いだ。
この沖縄の旅が、二人を自然と親密にしていくだろう。
あの島でのお宝探しという行為そのものが悪手となる可能性が高い以上、敢えてリスクを犯す必要などない。
それにせっかく鬼塚と一緒に沖縄で過ごせているのに、その貴重な時間をみすみす宝探しなどで潰してしまうのは嫌という個人的な理由もあった。
「……あ、あ、そ、そーだよな! ある訳ねえよ、そんなお宝なんか!!」
悲しげな麗美の姿に我に返った鬼塚はバッと菊地の方へ振り返ると、凄まじい勢いでキレ散らかした。
「おい菊地!! てめぇ、何が埋蔵金だコラァ! ガセ情報教えてんじゃねえよバカヤロー!! 麗美がこんなに悲しそうな顔してんだろーが!! オイ!! 俺にはお宝なんかより、麗美とのイチャイチャ……じゃねえ! 生徒の安全とこのビーチ生活が第一だ!!」
「はぁ……」
理不尽極まりないとばっちりを受けた菊地は、ノートパソコンの画面をパタンと閉じ、深いため息をついた。
「別に、ただ『あるかもしれない』と言っただけで、俺は行きたいとは一言も言ってないんだけどな……。やっぱり、君のコントロール力には勝てそうにないよ、神崎」
眼鏡のブリッジを押し上げながら完全に呆れ果てる菊地。
そんな二人のやり取りを見つめながら、麗美はすっと視線を逸らし、その長い睫毛の奥で、小さく、けれど完璧な勝利を確信したガッツポーズを内心で固めていた。
(よし……っ! これであの島にルートは完全に消滅したわ)
前の世界での「ガンダム三兄弟相部屋の恨み」による深夜の嫌がらせを完全に完遂し、さらに吉川と杏子が行方不明になる最悪な事故ルートまで完璧に未然に防ぎきった。
鬼塚はゾンビのようにフラフラで、菊地は理不尽に鬼塚に怒鳴られ、ため息をついているけれど、麗美にとってはこれ以上ない完璧な計算通りのハッピーエンドだった。
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「ねえ、鬼塚先生。お宝探しが中止になったなら、あたしと一緒にあそこの海の家の売店で沖縄産のアイス、食べに行かない?」
「お、おう……アイスか、いいな! 俺がおごってやるぜ、神崎!」
現金な鬼塚は、徹夜明けの体にムチを打ちながら、先導する麗美の後ろを嬉しそうについていく。
エメラルドグリーンの波が優しく砂浜を洗う中、麗美は今度こそ二人で掴み取る「新しい未来」への確かな足取りを進めるのだった。
売店の前で、麗美と鬼塚は並んでアイスを食べていた。
「……美味しいわね、これ」
麗美は、沖縄産のマンゴーアイスを小さく一口食べて、満足そうに息を吐いた。
「おう。俺もこれが一番うまいぜ」
鬼塚は、チョコミントのアイスを豪快にかじりながら答えた。
目の下のクマは相変わらず濃いが、アイスを食べている間は少しだけ元気そうに見えた。
二人の少し離れた場所で、杏子と吉川も売店の陰に座っていた。
「……上原さん、アイス食べる?」
「……うん。ありがとう」
吉川が買ってきたアイスを、杏子は少し照れながら受け取った。
「……吉川、さっきのことだけど」
「……うん」
「……別に、怒ってないわよ。ただ、ちょっと驚いただけ」
杏子は、視線を落としながら小さく言った。
「……上原さんが怒ってないなら、よかった」
吉川は、ほっとしたように笑った。
二人は、また少し黙った。波の音が、遠くから聞こえてくる。
「……ねえ、吉川。明日も、一緒に泳がない?」
「……うん。いいよ」
杏子は、小さく笑った。
「……じゃあ、約束ね」
「……うん」
二人は、また少しだけ笑った。
売店の前で、麗美はアイスを食べながら、その様子を遠くから見ていた。
(……杏子と吉川くん、いい感じね。やっぱりこの世界なら、あの一件が無くても自然に親しくなっていける)
彼女は、小さく息を吐いた。
鬼塚が、隣でアイスを食べ終わって、両手を伸ばした。
「……よし、腹も満たされたし、時間だ。 そろそろ戻るか」
「……ええ」
麗美は、小さく笑った。
二人は、並んでビーチの方へと歩き出した。
波が、優しく砂浜を洗っていた。