失敗した。
失敗した。
失敗した。
ちゃんとしていたのに。
笑った。普通に喋った。友達と遊んだ。先生には返事をした。
誰かが怪我をしたら見ないようにした。
赤いものが見えたら、できるだけ遠くへ行った。
好きな人ができても、みんなと同じように好きになろうとした。
話せたら嬉しい。
目が合ったら嬉しい。
近くにいられたら嬉しい。
それだけでいい。
そういうふうにする。
できていた。
ずっとできていた。
なのに、斎藤くんを刺した。
血が出た。
きれいだった。
飲みたかった。
飲んだ。
すごくおいしかった。
嬉しかった。
それが一番駄目だった。
刺したことを思い出すと怖い。
斎藤くんが倒れたところを思い出すと、胸がぐちゃぐちゃになる。
死んじゃったと思った。
嫌だった。
なのに、血を飲んだときのことを思い出すと、それとは別のところがまだ嬉しいと言っている。
だから失敗した。
全部。
お母さんは泣いていた。
警察の人と話しているとき、一度だけ聞こえた。
どうして。
ちゃんとさせてきたのに。
そんな意味のことを言っていた。
その通りだと思った。
お父さんもお母さんも、ずっと私を普通にしようとしてくれた。
病院にも連れていってくれた。
先生のところにも行った。
血が好きなのはおかしいこと。
死んだ小鳥をかわいいと思うのは、やめた方がいいこと。
そういう気持ちが浮かんだら、別のことを考えること。
人に見せないこと。
笑うこと。
ちゃんとすること。
教えてもらった。
それでも私は失敗した。
だから今度は、もっとちゃんとしないといけない。
血はいらない。
好きな人の血もいらない。
かわいいものを見ても、かわいいだけで終わる。
普通にする。
普通になれば、帰れる。
普通になれば、お父さんもお母さんも困らない。
普通になれば、斎藤くんも怖がらない。
普通になれば。
普通になれば。
そこまで考えて、安守くんの顔が浮かんだ。
変な人。
自分の腕を切った人。
血が欲しいなら飲めばいいと言った人。
私がいらないと言ったら、ちょっと傷ついた顔をした人。
馬鹿な人。
『君をヴィランにはしない』
あれも変だった。
ヴィランって。
私はそんなつもりじゃなかった。
悪い人になりたかったわけじゃない。
ただ、好きな人が好きだった。
好きだったから、血が欲しかった。
それだけだったのに。
でも、たぶんもう会わない方がいい。
安守くんにも迷惑をかけた。
腕まで切らせた。
お父さんにも怒られたみたいだった。
きっと今頃、なんであんな子を追いかけたんだって言われている。
それが普通だ。
なのに。
もう一度だけ会いたいと思った。
理由は分からなかった。
安守くんの血は欲しくない。
安守くんになりたいとも思わない。
だから好きじゃない。
好きじゃないはずなのに、会いたかった。
変なの。
私、また何か間違えてるのかな。
*
事件から六日目。
夕飯を食べているとき、父さんが唐突に言った。
「渡我さんがお前に会いたいそうだ」
味噌汁を飲んでいたので、普通にむせた。
「先に言って」
「今言った」
「そういう意味じゃなくて」
咳き込みながら父さんを見る。
ばあちゃんが向かいで背中を叩いてくれた。
母さんはまだ帰っていなかった。仕事で遅くなるらしい。
「どこから聞いたの?」
「向こうを担当してる人から連絡があった。お前も事件後に事情を聞かれてるからな。本人が一度話したいと言ってるらしい」
「会っていいの?」
「向こうが許可するならな。もちろん二人きりじゃない」
「いつ?」
「土曜」
今日は木曜。
二日。
意外と長い。
「何話そう」
「知らん」
「渡我さん、今どこにいるの?」
「それもお前に教える話じゃない」
最近の父さんは何でもそれで済ませる。
「病院?」
「穏」
「はい」
怒られる前にやめた。
でも、一つ分かった。
少なくとも家には戻っていないらしい。
いや。
それも推測か。
警察の人にも父さんにもさんざん言われた。
見たことと聞いたことと考えたことを分けろ。
けっこう難しい。
「何を期待してる」
父さんが言った。
「何って?」
「顔がにやけてる」
触ってみた。
普通だった。
「にやけてないよ」
「にやけてる」
ばあちゃんまで言った。
「そんなに?」
「そんなに」
二対一。
納得がいかない。
別に嬉しくないわけではない。
向こうから会いたいと言ってくれた。
それは、まあ、嬉しい。
ただ、何を話せばいいのかは本当に分からなかった。
あの日の僕は勢いで色々言った。
君をヴィランにはしない。
治らないなら困らない方法を作ればいい。
今思い返すと、よくあんな大きなことを十五歳で言えたと思う。
十五歳だから言えたのかもしれない。
その六日後の僕は、ちょっとだけ賢くなっていた。
分からないことが多い、と分かる程度には。
*
土曜日。
父さんと一緒に電車を乗り継いで、街中にある建物へ行った。
病院ではなかった。
役所っぽい。
正確にどういう場所なのか聞いたけれど、「今のお前は面会に来ただけだから、それでいい」と父さんに流された。
最近、本当に情報をくれない。
待合室で十分くらい待った。
若い女の人が来て、父さんと少し話した。
僕にも、
「今日は渡我さんからお話がしたいという希望がありましたので、お二人には少しだけお話ししてもらいます。ただ、事件について無理に聞き出したりはしないでくださいね」
と言った。
「分かりました」
「それと安守くん」
「はい」
「何か困ったことがあったら、すぐ呼んでください」
「はい」
別に渡我さんが飛びかかってくるとは思っていない。
でも、この人はそういう可能性も考えている。
当たり前だ。
事件が起きるまでは、僕だって渡我さんが斎藤くんを刺すなんて思ってなかった。
小さな面談室へ通された。
テーブルと椅子が四脚。
窓。
時計。
それだけ。
父さんと担当の人は少し離れたところに座った。
僕が先に座る。
待つ。
すぐに扉が開いた。
「こんにちは」
渡我さんだった。
制服じゃない。
白いシャツに紺色のスカート。髪もちゃんとしている。
血もついていない。
当たり前だけど。
「こんにちは」
向かいに座った。
渡我さんは笑った。
いつもの笑顔だった。
「安守くん、腕、大丈夫ですか?」
「これ?」
包帯はもう外れていた。
小さな傷が残っている。
「浅かったから。渡我さんが飲んでくれなかったおかげで無駄傷になったけど」
「だから馬鹿だって言ったじゃないですか」
「五回目くらい?」
「数えてるんですか?」
ちょっとだけ笑った。
僕も笑った。
一瞬だけ、学校に戻ったみたいだった。
でも、その次に渡我さんが、
「この前はごめんなさい」
と言った。
空気が戻った。
「何が?」
「色々です」
「色々だと分かんない」
「追いかけさせたこととか、腕を切らせたこととか、お父さんまで呼ばせたこととか」
「腕は僕が勝手に切った」
「でも私のせいです」
「それを言ったら、僕が追いかけたのも勝手だよ」
「迷惑でしたよね」
「別に」
「本当に?」
「うん」
そこで会話が止まった。
渡我さんは笑っている。
何か変だった。
何だろう。
分からない。
「斎藤くんは?」
僕が聞いた。
渡我さんの目が少しだけ動いた。
「知ってます?」
「学校から、命に別状はないって聞いた。その後は知らない」
「私も、それだけ」
「そっか」
「……謝りたいです」
「うん」
「許してくれますかね」
これは僕には答えられない。
「分かんない」
渡我さんが少し驚いた。
たぶん「大丈夫」と言うと思ったんだろう。
僕だって六日前なら言ったかもしれない。
でも、それを決めるのは僕じゃない。
「斎藤くんが決めることだと思う」
「ですよね」
笑った。
また。
「でも私、もう大丈夫なんです」
唐突だった。
「何が?」
「血のこと」
ああ。
たぶん、さっきから引っかかっていたのはこれだ。
「もう欲しくない?」
「はい」
「全然?」
「はい」
「斎藤くんのも?」
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
渡我さんの口元から笑顔が消えた。
「……欲しくないですよ」
戻った。
僕は黙った。
父さんがこっちを見ている気配がした。
担当の人もいる。
何か言うべきか考える。
嘘だ。
そう言うのは簡単だった。
でも僕は渡我さんじゃない。
血が欲しい感覚も知らない。
斎藤くんをどれくらい好きなのかも知らない。
六日前に一度話しただけで、全部分かった気になるのはもうやめた。
「そっか」
だからそれだけ言った。
渡我さんはちょっと安心した顔をした。
「先生ともお話してるんです。これからはちゃんと、自分の気持ちを抑えられるようにして。学校にも戻れるかもしれなくて」
「学校、戻りたい?」
「はい」
即答。
「家は?」
今度は少し遅かった。
「帰りたいです」
「そっか」
「お父さんとお母さんにも迷惑かけたから。今度はちゃんとします」
ちゃんと。
またその言葉。
「普通にできますから」
そこで分かった。
あの日。
雨の路地裏で、
『私、ちゃんと普通にしてたの』
と言っていた。
同じだ。
事件を起こす前と。
渡我さんは何も変わっていない。
いや、違う。
変わっていないんじゃない。
戻ろうとしている。
事件を起こす前のやり方に。
「渡我さん」
「はい」
「普通って何?」
笑顔が止まった。
「……普通は普通ですよ?」
「具体的に」
「安守くんみたいな」
「僕?」
それはだいぶ怪しい。
父さんが後ろで小さく咳をした。
笑ったな。
「僕、昨日ばあちゃんに『十分くらいは考える』って言ったら怒られたよ」
「何の話ですか?」
「いや、こっちの話」
少し間を置く。
「僕みたいなのが普通なら、別に普通にならなくてもいいと思うけど」
「でも」
「うん」
渡我さんがテーブルの上で手を握った。
「普通じゃないと、駄目なんです」
声は小さかった。
「何で?」
「だって」
そこで言葉が途切れた。
「……また、やるかもしれないから」
初めて笑顔が消えたままになった。
「また好きな人ができて、血が欲しくなって。今度はもっとひどいことするかもしれないじゃないですか」
僕は何も言えなかった。
それは本当にそうだ。
血が欲しいことを肯定したら、誰かを刺していいわけじゃない。
僕もあの日、そう言った。
「だから我慢できるようにならないと」
「うん」
「ちゃんと普通に」
「それ、今までやってたんだよね」
渡我さんが黙った。
「……はい」
「上手くいった?」
意地悪な質問だったと思う。
渡我さんは答えなかった。
「ごめん」
「いえ」
「別に『我慢するな』って言いたいわけじゃないんだ。人を刺すくらいなら我慢しないといけないと思う」
「はい」
「でも、我慢するしか方法がないのが駄目なんじゃない?」
渡我さんは僕を見る。
「僕も分かんないけど」
最近こればっかりだ。
「血を欲しいと思わない人になるのと、血を欲しいと思っても誰も傷つけないで済むのって、同じじゃないでしょ」
返事はなかった。
「安守くん」
「うん」
「私、普通になれますよね?」
困った。
これはたぶん、「なれるよ」と言うところなんだと思う。
励ますなら。
安心させるなら。
でも僕はもう、渡我さんの言う普通が何なのか分からなかった。
僕自身がそれになってほしいのかも分からない。
「分かんない」
渡我さんの目が丸くなった。
後ろで父さんが頭を抱えたような気配がした。
仕方ない。
分からないものは分からない。
「でも」
続ける。
「普通になれなかったら終わり、っていうのは嫌だ」
「……終わり?」
「うん。血が好きなままでも、人を刺さずに生きられる方法は探せると思う」
「この前は失敗しましたけど」
「痛いところを」
ちょっと笑った。
渡我さんも少しだけ笑った。
今度の笑い方は、さっきまでとちょっと違う気がした。
「僕の血じゃ駄目だった。でも、それが分かっただけでも一個進んだし」
「変な人」
「よく言われる」
「私しか言ってないです」
「今後増えると思う」
本当に増えそうなのが嫌だ。
担当の人が時計を見た。
そろそろ終わりらしい。
渡我さんも気づいた。
「あの」
「うん」
「私、安守くんに会いたかったの、謝りたかったからなんです」
「うん」
「……たぶん」
たぶん?
聞き返す前に、担当の人が立った。
「今日はこの辺にしましょうか」
面会は終わった。
僕も立つ。
渡我さんも立った。
扉のところまで行って、一度振り返った。
「安守くん」
「何?」
「また会えます?」
今度は僕がすぐ答えた。
「会いたいなら」
「……はい」
それだけ言って、渡我さんは出ていった。
扉が閉まる。
僕はしばらく立っていた。
父さんが横に来た。
「穏」
「何?」
「お前、もう少し言葉選べないのか」
「どこ?」
「『普通になれるか分からない』」
「だって分からないじゃん」
「そういうところだぞ」
よく分からない。
*
帰りの電車で、父さんに聞いた。
「渡我さん、家に帰るの?」
「知らん」
またそれ。
「本人は帰りたいって言ってた」
「そうか」
「でも何か変だった」
「何が」
「事件前と同じだった」
父さんがこっちを見る。
「何が同じなんだ」
「笑い方とか。『ちゃんとする』とか。『普通にする』とか」
「本人がそうしたいって言ってるなら、お前が否定するのも違うだろ」
正論。
「うん」
「それに今日のあの子が事件前と同じだっていうのも、お前の感想だ」
また正論。
「うん」
「珍しいな」
「何が」
「反論しない」
「僕だって学習するよ」
「腕切る前にしてほしかったな」
それは本当にそう。
窓の外を見る。
街が流れていく。
「父さん」
「ん?」
「もしさ」
口にしてから迷った。
「もし、渡我さんが家に帰れないってなったら、どうなるの?」
父さんは少し考えた。
「それを決めるのは俺じゃないし、お前でもない。本人や家族の意向もあるし、今後の手続きもある」
「うん」
「何を考えてる」
「別に」
「離れのことならやめろ」
何で分かるんだ。
「まだ何も言ってない」
「母さんから電話来た」
ばあちゃん。
裏切ったな。
「ばあちゃんが昔、補導委託で人預かってたって」
「知ってる。俺も一緒に住んでたんだから」
そうだった。
考えてみれば当然だ。
「大変だった?」
「大変だったよ」
即答。
「逃げたやつもいた。金盗んだやつもいた。夜中に暴れて警察呼んだこともある」
「そんなの聞いてない」
「聞かせる話じゃないからな」
父さんは少し窓の外を見た。
「でも、何もなかった子もいるし、今でも母さんに年賀状送ってくるやつもいる」
「へえ」
「だからって渡我さんをうちで預かれるって話じゃないぞ」
「分かってる」
「本当に?」
「今日は分かってる」
「今日は、か」
僕自身、前ほど簡単には言えなくなっていた。
渡我さんを家に連れてくれば全部解決する。
そんなわけない。
むしろ問題がいっぱい増える。
でも。
今日の渡我さんを、あのまま「ちゃんと普通にできるようになりました」で帰していいのか。
そこだけは引っかかった。
*
夜。
ばあちゃんは離れの前にいた。
別に僕が頼んだわけじゃない。
物置から何か出したいものがあったらしい。
僕もついていった。
「手伝う」
「珍しい」
「僕だって手伝うよ」
「目的が見え見えなんだよ」
ばれていた。
ばあちゃんが古い鍵を差し込む。
二回くらい引っかかって、扉が開いた。
埃っぽい。
電気をつけると、思っていたより普通の部屋だった。
六畳くらいの居間。
その奥に小さな寝室。
台所。
風呂とトイレ。
家具はほとんど残っていない。
「ここに住んでたんだよね」
「何人かね」
壁に、小さな傷があった。
よく見ると鉛筆の線。
横に日付と数字が書いてある。
身長を測った跡らしい。
「これ誰?」
「教えないよ」
「ですよね」
窓を開ける。
庭の匂いが入ってきた。
少し湿気てる。
掃除は必要。
水道も確認しないといけない。
そんなことを考えていたら、ばあちゃんに見られていた。
「何」
「あんた、本当にその子をここに置きたいのかい」
「……分かんない」
正直に言った。
「前は置けばいいと思ってた」
「うん」
「でも今日会ったら、渡我さん自身も何したいのか分かってない気がした」
「そうかい」
「家に帰りたいって言ってたし」
「なら帰ればいい」
「うん」
「それで?」
「でも『普通にします』って言ってた」
ばあちゃんは黙って聞いている。
「事件の前もそうだったんだよ。ずっと普通にしてた。血が欲しいの隠して。で、結局ああなった」
「だからここへ?」
「……まだ分かんない」
自分でも歯切れが悪い。
「ここに来たら治るわけでもないし」
「そりゃそうだ」
「そもそも渡我さんが来たいかも知らない」
「そうだね」
「じゃあ何したらいいんだろ」
ばあちゃんが笑った。
「ようやくまともなこと言うようになったね」
「ひどくない?」
「最初から答えを持ってる人間よりはずっといいよ」
ばあちゃんは窓を閉めた。
「昔、預かった子の中にね。一回帰って、また悪いことして戻ってきた子がいたよ」
「ここに?」
「そう」
「じゃあ一回目、意味なかったじゃん」
「そう思う?」
「だってまたやったんでしょ」
「人間、一回誰かに面倒見てもらったら二度と間違えないようになるのかい?」
ならないと思う。
僕だって同じ失敗をする。
父さんに何回同じことで怒られたか分からない。
「預かるっていうのは、立派な人間に作り直すことじゃないよ」
ばあちゃんは鍵を僕から取った。
「間違えたときに、次にどうするかを一緒に考えることもある。戻ってこられる場所が一つ増えるだけで違う子もいる」
「戻れる場所」
「ここがそうなるかは知らないけどね」
ばあちゃんは念を押した。
「そもそも、その子が来るなんて誰も決めてないんだから」
「分かってる」
「あんたのお父さんも反対してる」
「知ってる」
「私もまだ賛成してないよ」
「え」
「何で驚くんだい」
てっきり味方だと思っていた。
ばあちゃんは外へ出る。
僕も続いた。
鍵を閉める。
「じゃあ何で見せたの」
「物を取りに来ただけだよ」
「本当に?」
「本当に」
怪しい。
家へ戻ろうとして、もう一度だけ離れを見た。
使える。
たぶん。
でも、使えることと使っていいことは違う。
この前ばあちゃんに言われたことを思い出す。
何より、ここに住むとしたら僕じゃない。
「ばあちゃん」
「何だい」
「もし渡我さんが来たいって言ったら?」
「そのとき考えるよ」
「そっか」
「だから先に聞くことだね」
「何を?」
「本人に」
ばあちゃんは当たり前みたいに言った。
「どこで暮らしたいのか。どうなりたいのか。何が嫌なのか」
それはそうだ。
僕は渡我さんを助けたいと思っている。
でも、その「助ける」の中身を渡我さん本人にほとんど聞いていなかった。
君をヴィランにはしない。
僕が勝手に決めた。
普通になれなくても生きられる方法を探す。
これも僕が言った。
次に会えたら。
今度は、ちゃんと聞こう。
渡我さんはどうしたいのか。
血が欲しくなったとき、本当はどうしてほしかったのか。
何をされるのが一番嫌だったのか。
何なら我慢できて、何ならできないのか。
分からないなら、分からないでもいい。
そこから始めればいい。
「穏」
「何?」
「戻るよ」
「あ、うん」
ばあちゃんの後を追う。
離れの電気が消えた。
真っ暗になった窓を見て、誰かがそこに住んでいるところを想像した。
頭の中に渡我さんが浮かんだ。
すぐにやめた。
まだ早い。
僕は今日、ちょっとだけ学習している。
そういえば主人公、安守 穏(やすもり しずか)くんです。