山内容堂の面前で試合をした後日、以蔵は土佐藩上士の吉田東洋から呼び出しを受けた
そろそろ土佐に帰るので、多分これが江戸で最初で最後の目通りになる
死前の拷問を思い出せば、面会への怖さが半分
やっと謹王党の連中と完全に袂を分かつ事が出来るかと考えれば、ワクワクが半分である
今でも理不尽な行いをする数多の上士に怒りが無くなった訳ではないが、小さな土佐の、更に小さな立場に執着してる視野の狭い輩と思えば、日本を飛び越えて外国に視野を向けてる以蔵には蛙の面に小便だ
話は変わるが、勝海舟からの手紙は無い
手紙の優先順位がどう考えても下なので、無限に沸く雑魚手紙の山に埋もれてると読み、坂本龍馬が自分を紹介してくれた方が速いなと最近は諦めている
佐久間象山からは忠告に感謝する的な返事を貰い、運良く以蔵が上方に居れば護衛を頼むと書いてあったが多分ダメ、人斬り彦斎に軍配が上がるだろう
坂本龍馬は長州藩の桂小五郎と親密になり、互いの道場に招き合う関係だとか
以蔵は江戸を去るが、残った龍馬が勝海舟や佐久間象山に会って開港派に傾いてくれれば、もし吉田東洋が存命で攘夷派を抑えてくれれば、龍馬は脱藩せずに東洋に弟子入りするかもしれない
そうなれば龍馬の護衛も表立って可能だし、勝海舟や佐久間象山とは遠縁だが繋がれる
江戸に来た甲斐があるというもの
だが、以蔵は引き分けたと思ってる千葉サナから執拗に狙われ、面倒だと商団の護衛に専念する形で躱し続けているので千葉道場や坂本龍馬とも少しだけ疎遠になっている
しかしそれで黙るような性分ではなかったらしく、宣振館の寄宿先にもサナは乗り込んで来た
なので仕方なく、あくまで仕方なく以蔵を含めた全員が真っ裸になって朝の準備運動を始めれば、久しぶりに若い女、しかも美人の前で逸物を晒した石松が隆々とさせた事で初心なサナは顔を真っ赤にして御帰宅されたのがつい最近
何やら蹲って恍惚の顔を浮かべた石松に以蔵は内心だけで感謝したが、嫁入り前の生娘に対して何という無体なと喚く女性陣から、ものすごく詰め寄られる羽目になっている
「では行ってくる」
「兄上、どうか御無事で」
今生の別れのような顔をする慶次を笑うと、小政と石松が朝稽古に沈む姿を横目で見、彼等も慣れてきたみたいだから明日から更に稽古の質を上げるかと考えつつ、以蔵は寄宿先から東洋の別宅に向かう
古着屋で購入した綺麗な衣類を纏い、頭髪を整え、徹頭徹尾に礼を尽くして吉田東洋に面会する
無駄のない屋敷の主は貫禄があった
以蔵も目の前の男が、優れた者であれば身分を問わずに取り立てるのは知っている。彼の弟子・岩崎弥太郎は祖父の代に郷士株を売りに出しており、そもそも武士でも無いのにだ
「ふむ、商団を土佐まで護衛し終えたら儂に従うか」
「申し訳ございません」
「構わぬ。任務を途中で投げ出す愚者は論外よ」
「有難き幸せ」
以蔵は土佐藩の開港派上士の護衛役として手元に迎えると、東洋から直々に宣言された
直接の配下や弟子でなく、無期限の護衛預かりとして
それでも土佐藩上士の中では上澄み中の上澄み、吉田東洋に迎えられるのは名誉な事
いずれは解任されても事実は残る。それは次の雇い主への鼻薬にでもなればよい
断れる相手ではないし、断る気も無いので以蔵は素直に受け入れる
しかし今は時期が悪く、商団の護衛の最中なので土佐に戻ってからで良いと了承を得られた
話の分かる上役はこの時代でも大変貴重である
内容としては城内は城務めがいるので問題外、なので城下街にて腕っ節に不安のある上士や偉そうにするしか能が無い子息の護衛が主になる
「ところで護衛対象には東洋様も勿論、含まれますよね?」
「ふっ…がぁはっはっは!」
吉田東洋は激しい性分で剣の腕もあり、五十を超えても尚、暗殺者など返り討ちにしてくれると豪快に笑うが、その頸は郷士の褌に包まれると知る以蔵としては全く信用できない
以蔵の言を冗談と勘違いしてるが郷士の倅から、貴方も守らないと死にますけど?と遠回しに苦言を呈されても笑って流すのは生真面目な武市が到底真似できない姿
(器の大きい男や。こりゃ死なすに惜しい)
「時に、以蔵は日本のこれからの時勢をどう思う?
遠慮無く申せ」
「はっ、恐れながら申し上げます。
近い将来の事しか分かりませんが桜田門外の変が起き、世間では安政の大獄で躍進した者が狙われ、その後に上方では藩規模で開港派や佐幕派への天誅が横行するかと思われます
開港派に影響力がある人物は貴重、これをよく守らねばなりますまい
某は尊王攘夷を掲げて口先の正義を振りかざす連中は、天誅に酔った世直し気取り
そして日本人同士の殺し合いは、異人に付け込む機会を与えるだけかと」
「横槍を突いてかっ攫うは戦の常套手段だがな
そちは藩規模と言うが、具体的には何処と睨む?」
「主なところですと薩摩と長州。肥後も匂います
土佐も開港派が抑えられてしまえば危ういかと」
「江戸から遠ければ謀反が起きやすい。昔から同じよの
だが土佐にはこの吉田東洋が居る。容堂様も隠居なされた身だが今でも影響力はあり、佐幕開港派として気持ちは固まっておいでだ
ふぅ、知らぬものをただ恐れて倒幕と鎖国に逃げる腑抜けは、いずれ抑えてくれようぞ」
開港派筆頭と言うこともあり、以蔵が今をどう捉えているか東洋は尋ねてきたので、これから起こる事を予言
その後は逃げたり捕まったり死んでたの口には出さなかったが、東洋は以蔵の言葉を世迷い言と突き放さずに最後まで聞いてくれた
それだけで以蔵は嬉しい気持ちになる
因みに下級上士の代稽古の件も許されている。但し条件付きであるが
「某に護衛を付けると仰るのですか?」
「護衛というより監視じゃな
いかに儂が命じたと言えど、何も知らん開港派の者達が有事の際に郷士である以蔵に素直に従うとは思えん
以蔵の腕を知らぬ、素性も知らぬ、実は攘夷派と繋がっておるかも知れぬとな
ならば内外に知らしめてやり、以蔵自身がその信用を勝ち取れ
井上佐市郎に監視役を命じておいた。お前はいつも通りの事だけをしておれば良い
ではな、儂が土佐に戻ったら井上経由で報せる故、屋敷に来るが良い」
「ははっ」
以蔵は別邸を後にした
井上佐市郎、その名前には覚えがある
なにせ以蔵が死前で最初に暗殺した相手なのだから
吉田東洋が謹王党に暗殺され、土佐藩開港派が武市が怪しいと睨んで井上に探らせる
しかしそれを早くに察知した武市が先手を打ち、井上に酒を奢らせて泥酔して店から出てきた所を以蔵が絞殺、死体は川に投げ捨てられた
その井上佐市郎が自分の監視か、これも定めかと内心で自分をせせら笑うのだった
「儂が東洋様から仰せつかった井上佐市郎だ。お主が以蔵だな?」
「はい。よろしくお願い申し上げます」
「儂の役割は知っておるな?」
「存じ上げております」
知ってる顔の小男だった
向こうは下級とはいえ上士なので郷士の倅の以蔵と比べるとその立場は雲泥である故、慶次も小政も石松も平服している
相手が土佐藩重鎮が差し向けた存在なので仕方ない
しかし想定してたより佐市郎は多くは語らず、ただ静かに以蔵を見るだけ
朝稽古の初見時には流石に目を剥いたが、本当に特別な事をしない宣振館には直ぐに慣れた様子
「以蔵の腕と胆は土佐藩で一番かもな」
「左様で。しかし郷士の内では、の方が波風が立たぬと思いますので少しだけ抑えますか?」
「いや逆であろう。腕に自信のある者にその剣筋を見せた方が、有事にお主が傍にいれば背中を任せられるというもの」
「はぁ」
以蔵としては下手に動かれて負傷するより、壁を背にして不動のままで居てくれた方が守り易いのにと内心で溜息する
遂に土佐に帰る時が来た
土佐以外を知らない者にこの遠征は刺激的な事だらけだったが、やはり故郷に帰れるとなれば安堵の顔になる
井上佐市郎も同じ、土佐を出てから周りは自分より目上だらけで困窮し息が詰まっていたが、帰りは誰よりも位が高く、自身の仕事だけに集中すれば良いので気楽である
そして翌日、商団は江戸を出立。東海道を西に向かう
宣振館には新顔が増えている
道場や容堂の面前試合で示した以蔵の強さに痺れ、憧れた千葉道場の門下生が六名、武者修行をしたいと同行を願い出た
流石に江戸で三指に入る名門道場の門下生は、出立前の朝稽古にも食らい付いてきており、全員がその場で以蔵から同行を許された
だが以蔵は、依然として傍らから睨み上げてくる美形の剣士に辟易している
「あの…儂を見るより、周囲を見て欲しいがやけんど」
「私は貴方を徹底研究し、倒し方を学ぶ為に商団に同行したのです。宣振館に入った訳ではないのでお気になさらず」
千葉サナである。まさか追い掛けてくるとは
以蔵の心境は正に
「まっこと、たいそい」(本当にめんどくさい)
「たいそ、い?。その意味は何ですか?
まっこと、は坂本さんが良く使う言葉なので何となく解りますが…」
「今の状況ぜよ」
「はぁ…。たいそい、たいそい…」
サナは知りうる言葉から以蔵の訛りを翻訳するが、独りで辿り着くのは不可能であろう
それと自分の体を凝視する石松にも気付かない様子では、目先どころか地に足が着いてないので護衛としては使い物にならないと以蔵は諦め、石松の頭を叩きに行くのだった
門下生の方は真面目に小政や慶次から仕事のやり方や心構えを学びながら護衛をしてくれるので、そこは本当に有難かった
「サナさん、サナさん」
八重や女性陣が気持ちを察してくれたらしく、以蔵に執着する彼女を自分達の囲いへと巧みに誘導してしまった
ありがたい、と以蔵は彼女達に目配せして表情を引き締める
商団は行きと同じ路を通り、同じ宿場町で再び荷を捌いて新しい品を購入し、宿に泊まった次の日に出立をする
その繰り返しだ
宣振館も変わらない
朝稽古をして飯を喰らい、道中の護衛をし、売買を行えばそれを阻害する輩を駆逐し、夜は交代で番をする
護衛の最中は酒、女、賭博、煙草の一切を禁じ、ひたすら護衛に集中するのみ
もし決まり事を破れば、鬼となった以蔵から直々の稽古を受ける事になる
しかし人が増えれば綻びが出来るもの
門下生の一人が迂闊にも隠れて煙草を吹かした処、それを以蔵が嗅ぎ当てて大激怒
門下生の彼は地獄よりも辛い稽古を受け、それ以降は煙草を見ると吐き気と蕁麻疹が出る程に精神に傷を負ったと言う
「け、け、慶次、やっぱり以蔵を怒らせん方が良いな」
「石さん、今更ですか?」
親分である次郎長から禁酒を命じられてた石松が、以蔵の恐ろしさを再確認したらしく慶次に語りかけた
「ところで八重さんとは、う、上手くいってるのか?」
「色々と模索したけんど無駄じゃのぉ。兄上は仕事一辺倒やき、家ぐるみで見合いでもさせん限りは嫁を取ることはないろう
まさか石さん、兄上に気の緩みが出来たら酒が解禁される思いゆ~?」
「ははははは」
笑って誤魔化す石松に、思ってたなとジト目になる慶次
若侍の岡田慶次と、博徒の森の石松。奇妙な組み合わせの二人だが、大阪からの馴染みなので今では気安い会話もするようだ
数日後の深夜、とある街道の宿で以蔵と慶次は夜番をしていた
小政と門下生から交代した岡田兄弟が、人が最も寝が深い時間帯を担当
宿の二階に商団員が寝泊まりし、護衛の宣振館が一階に、夜番が宿の守りを固めている
「む?」
「兄上?」
以蔵は表通りから無数の人の気配を感じ取るや、物音を立てずに入り口に移動し、戸口に聞き耳を立てた
すると男共が小声で囁き合う声や、地面を草履が擦る音も聞こえる。それも一人や二人ではない
(盗賊か?)
以蔵は慶次に宿に居る者すべてを起こさせ、静かに宣振館を武装させると指示を飛ばす
非武装の連中は布団を山にして進入路を塞がせている。彼等に被害が出れば以蔵を含めた宣振館評判は地に落ちるのは自明の理
念の為、監視役の井上佐市郎には階段下で最後の砦を担当してもらった
慶次と小政、門下生達は内部で隠れて待機。連中が入ってきたら以蔵と石松が背後に回って奇襲を掛けるので、それを合図に挟み撃ちにする
「石松、付いてこい」
「へっへっ、腕が鳴るだに」
二人は勝手口から闇夜へ出ると宿をぐるりと周り、角から入り口を覗き見る
やはりそこに居たのは盗賊の一団だった
黒尽くめの盗賊はざっと見ても二十人。得物は匕首
用心棒も連れているらしく、浪人風の男が二人もいた
押し込む先に手下を潜り込ませて信用させ、当日に盗賊仲間を手引きする本格派盗賊の手段ではなく
目に付いた宿に押し込んで金目の物や命を根刮ぎ奪う、兇賊である
ならば手加減は一切不要だ
兇賊は戸口を開け、ゾロゾロと中へと入っていく
「石松…!」
「応!」
以蔵は肥前忠広を、石松は長ドスをそれぞれ抜刀し、角から一気に飛び出すと宿の入り口に突入した
用心棒の一人が最後尾に居たので、以蔵は無言の袈裟切りで用心棒の左肩から刀を食い込ませて一気に引き斬ると、その胴体は斜めに割れた
下がった切っ先を回しての横斬りで、此方を振り向いた盗賊の喉元を裂くと赤い水が床に噴き出る
「土佐の岡田以蔵ぞ!兇賊は皆殺しだ!」
宿内はおろか周辺にも轟く咆哮を上げれば、兇賊全員の視線が以蔵に向く。それが合図となり、隠れていた宣振館が躍り出たので完全に虚を突かれた兇賊は大混乱になる
小政が誰よりも速く飛び出し、残った用心棒の利き腕を居合い切りで落とすと、小柄さを活かして敵の真っ只中で斬りまくる
慶次と門下生六名は多人数で単身に斬りかかり、確実に討ち取っていく
石松は前よりはマシだが、やはり喧嘩殺法が抜けきらないらしく、拳や金的の蹴り上げで隙を造り、長ドスで心臓や喉を深々と刺して抉る
以蔵は決して止まらずに絶えず動き回り、その都度で斬る箇所を変えていく
的確に喉を刺し、手首を落とし、腹を裂き、脛を削って固まった敵の頸を落とした
「終わったな」
気付けば黒尽くめの連中は全て床に転がっていた
むせ返るほどの血の匂いが立ちこめている
「うおぉ!やった、生き残ったぞぉ!」
斬り合いが初めてだった門下生達が揃って喜び、互いに安堵して抱き合っている
以蔵が怪我人の有無を確認すれば、狭い内部で何処かにぶつけたらしく脚を打撲した者が一人。残りは無傷であった
兇賊はかろうじて生きてるのが二人、討ち漏らした者は無く、残りは物言わぬ骸を化している
参考人として奉行所に連行する為、息がある二人を止血をさせてると小政が口を開いた
「やはり以蔵は凄いな。あれほど見事な斬り合いは見たことも聞いたことも無いぜ」
以蔵の木刀や竹刀での動きは小政も見てきたが、刀を振るう姿は初見。しかも乱戦であるのに明らかに慣れすぎている以蔵に、ただただ驚くしか出来なかった
博徒の首を落とすのを見てた石松も、あれは無抵抗だったからと易々と出来たのだと思っていたが、今回のを間近で見ればそんな気持ちは吹き飛んだ
「朝稽古の中には集団同士の斬り合いを想定したヤツも含まれちゅ~きな、考えた儂が出来ん訳が無いろう?」
「兄上、流石や」
以蔵の言葉に慶次は誇らしげだ
「慶次、二階の皆さんに安全の確保が出来るまで無闇に動くなと伝えろ」
階段上から一階を覗き見している宿泊客の中、その最前線に千葉サナも居たような気がするが、たいそい(めんどくさい)ので以蔵は無視をするのであった
奉行所が兇賊の生き残りと骸を回収し、事情聴取を済ませた頃には既に空が白んでいた
「主殿、すまん。店を汚してしもうた」
「いえいえ、そんな滅相もない」
以蔵を含めた宣振館が宿主に頭を下げ、次に近辺で生活をしている人達に謝罪をしていく
宣振館十人で倍以上の兇賊を返り討ちにしたので、文句を言う地元民は誰もいなかった
この宿場町で土佐の岡田以蔵、そして宣振館の名前が知れ渡るのに時間は掛からず、商団が次の街に向かう時には大勢の旅人や商人が追従してくる
「以蔵さん。隣よろしいですか?」
「どうぞ」
道中の茶屋で休憩をしてると、久しぶりに八重が話し掛けてきた
「今朝は有難うございます。お陰様で助かりました」
「御礼はいらん、仕事やき」
つっけんどんな以蔵だが別に照れている訳ではない
賃金が発生してる以上、結果を出すのが当たり前だと思っているからである
そこから二人はとりとめの無い会話をすると、八重が切り出してきた
「ところで、以蔵さんは何故そこまでにお強いのでしょうか?」
(ん?珍しいな…あ、成る程)
普段は強さに興味を示さない八重が妙なことを口走るので何気なく辺りを探ってみれば、彼女の後ろでサナが聞き耳を立てていた
大方の予想はそれで判明した
八重から土佐弁を聞いてたのは知ってる。たいそいの意味を知ったので距離を取り秘密を引きだそうと考えたのだろう
優しい八重に付け込んだのか、それとも八重の方が気を遣ったのか
いずれにせよ。自分の力で打開できない子供に人斬りのイロハを教える義理は無い
義理は無いが、余計な美意識に凝り固まった世間知らずに現実を教えてやろうと以蔵は口を開く
「そうじゃのぉ。常に好みの異性の体を意識し、互いに重なる事を想像する。実戦では接吻の際に深う舌を絡め合い、乳房を丹念かつ大胆に揉みしだき、お互いに気持ち良うなることを前提にするね
いきり立った逸物を膣壁に擦り付け、これでもかと吐精する瞬間を望んじょったら強うなれるぜよ」
「ぶほぉ!」
「おや、どうなされたサナ殿?」
凄まじく白々しい笑顔の以蔵は、茶を吹き出した女剣士に問う
「ふ、不潔な!不純な!不埒千万!
お前なぞ少し腕が立つだけで、剣士の風上にも置けぬ下賤の輩だ!」
「はい。討ち取ったり
儂が人斬りなら、こうやって取り乱したとこを斬るね」
冷静さを失ったサナの首筋へ、以蔵は真顔で手刀を軽く当てる
これが真剣ならば、勝者は誰であろうか
「死んじょりました。首に当たったのが刀やったらサナさんは死んじょりました。
さて、死んだサナさんは何か弁明はあるか?」
「あ、あ…」
「何処の世界に合図で殺す馬鹿がおるか?
虚を突き、意表を突き、油断を誘い、相手の実力を出させる前に此方が斬る。怪我せず勝つに越したことは無い
儂は常々、斬られる立場にならんようにあらゆる展開を想定して日々を生きちゅ~
頭が悪いき上手う言えんが、常に敵が出てくる事を想定して生きちょったら強うなれるぜよ。た・ぶ・ん」
話は終わりだと以蔵は立ち上がり、その場を離れた
八重がサナを気遣うが、唖然とした少女の瞳から次第に涙がこぼれ落ちる
「江戸に帰ります!」
人前で涙を見せた事への恥か、サナは勢い良く立ち上がると荷物を纏めて引き返してしまった
門下生達は少し狼狽えるが、宣振館に武者修行で預かってもらっている身としては勝手にサナを追い掛ける訳にもいかない
彼女は馬にも乗れるが、あの気質なので、どうしたものかと言う感じだ
すると、若くて見目麗しいサナに目を付けていたと思われる商人と、女に飢えた痩せ浪人が踵を返してその後を付けるのを以蔵は見逃さなかった
それは慶次もであった
「兄上。人の上に立つことは並大抵では無う、それでいて兄上の成そうとする事はまっこと大きい。茨の道を望んで往くやったら、背負う責任もまた大きゅうなるものだ思います」
痩せ浪人達を厳しい目で追いながら、慶次が語る
「責任か、儂に足らんモノやね」
武市の下で命じられるがまま暴れてた死前とは違う
小さいながらも組織を構え、下手くそながらも運営をし、誰かを食わせる為に思考を練ってきた
吉田東洋の護衛に成れば、その責任は更に大きくなる
下手を打てば家族全員が打ち首にもなる程に
なので、愛着すら感じつつある宣振館の看板に泥を塗る訳にはいかない
その気持ちが責任なのかは知らない
サナにああは言ったが、以蔵も以蔵で成長が足らなかったなと自覚した
「いきましょう。宣振館は次の段階に進む時が来たのや
後は儂と小政と石さんで上手うやるぜよ」
「うむ。慶次は儂の代わりにこのまま商団を護衛しぃや。いっつもやっちゅ~ことを繰り返したらえい
儂は門下生達とでサナ殿を江戸まで送り届けてから合流する」
以蔵は門下生達を引き連れ、サナの後を追う
慌てた井上佐市郎も続くのであった
沢山の感想いつもありがとうございます
チマチマの亀更新ですが、よろしくお願いします
気を抜くと井上佐市郎の存在を忘れてしまう。汗