「このオスガキめっ⁉︎ こら! ワカらせて(正しい方向へ導いて)やる‼︎」

オリ主が悲劇を回避するために奔走する物語

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01:男の娘皇帝と、黄金の去勢刀

「我が愛しきグラディウス(ちんちん)よ、どうか今宵も無事でいてくれ」

 

人生において、これほど真摯に己の股間へ祈りを捧げた夜はない。

 

前世の記憶というやつは、だいたい肝心な時に何の役にも立たないものだ。

私は日本の片隅でキーボードを叩き潰すだけの少し歴史好きなただの社畜だった。

徹夜続きで心臓が止まり、気づけば地中海の強い日差しの中。

ドナウ軍団出身の筋骨隆々な近衛兵、『オリエンタ』として第二の生を与えられていたのだ。

 

親の代にアントニヌス勅令で市民権を得たばかりの、パンノニア系新興市民。

恵まれた体格。

分厚い胸板。

丸太のような腕。

 

古代ローマの治安を守るエリート軍人。

再出発のカードとしては、親ガチャで言えばSSRの大当たりだろう。

 

——しかし問題は、雇い主の頭のネジが一本残らず吹き飛んでいたことにある。

 

ここは帝都ローマ、パラティヌスの丘に聳え立つ黄金の宮殿。

立ち込める香煙の奥。豪奢なシリア風の薄絹を身に纏い、気怠げに寝そべる影があった。

 

栗色の巻き毛。

陶器のように滑らかな白い肌。

宝石のエメラルドを溶かし込んだかのような、妖しく大きな瞳。

小さく引き締まった紅の唇。

 

絶世の美少女……ではない。

 

正真正銘、十四歳の男の娘。

そして、この広大なるローマ帝国の頂点に君臨する最高権力者。

マルクス・アウレリウス・アントニヌス帝。

後世の歴史家たちがその狂気と奇行を心底から恐れ、神の名で呼んだ少年皇帝。

 

——後に太陽神『ヘリオガバルス』の名で呼ばれる、狂気と美貌の少年皇帝である。

 

前世で培った私の貧相な世界史の記憶が、頭の中で警報を乱打していた。

 

この男の娘皇帝は、女装して男を漁り、神殿で狂乱の宴を開く怪異である。

お気に入りの美少年の生殖器を切り落とすのが趣味の怪物だ。

そして数年後には、ブチギレた近衛隊に暗殺されて下水道に叩き込まれる。

 

暗殺されるのは皇帝の勝手だ。

だが、そのとばっちりを受けて暗殺の巻き添えを食らう近衛兵の身にもなってほしい。

ましてや、私は今、皇帝の私室に一人きりで呼び出されている。

理由は極めて理不尽かつ単純明快。

 

「筋肉が一番すごいから」

 

ただそれだけである。

前世で貧弱なモヤシだった反動で、毎日の筋トレに励みすぎた。

その結果、近衛隊一の筋肉ダルマに仕上がってしまったのだ。

筋肉は裏切らないという言葉を信じていたのに、筋肉が真っ先に私を裏切ったらしい。

 

「ねえ、オリエンタ」

 

鈴を転がすような、あまりにも甘く愛らしい声が静寂を裂いた。

 

寝椅子から身を起こした皇帝が、素足のまま大理石の床を踏みしめる。

薄絹の衣がハラリと滑り落ち、華奢な肩と鎖骨が露わになった。

煽るような視線。小悪魔めいた、生意気な笑み。

 

「ボクのこと、じろじろ見てたでしょ? スケベな筋肉だね」

「滅相もございません、陛下。ただ皇帝の威光に平伏していたのみです」

「ふーん、嘘ばっかり。本当はボクのこの華奢な躰に見惚れてたくせにさぁ?」

 

ヘリオガバルスはすり足で近づいてくると、私の分厚い胸板に冷たい指を這わせた。

甘ったるい香油の匂い。

同性相手に何を言っているのかと問い詰めたいが、相手は絶対君主だ。

生殺与奪のすべてを握られている。

 

「ねえ、オリエンタ。キミ、すっごく頑丈そうで気に入ったよ」

「光栄の極みに存じます」

「だからさ、逞しいキミをボクの『正妻』にしてあげようと思うんだよね」

「は?」

 

思わず素の声が漏れた。

会話文では「私」を死守する鉄の理性を誇る私だが、反射的に変な声が漏れてしまった。

 

「お戯れを、陛下。私は男でございます。それにただの近衛兵です」

「知ってるよ?」

「ではなぜ……」

 

ヘリオガバルスは悪魔のように無邪気な様子で、クスクスと喉を鳴らして笑った。

 

その手元で、チャリンと金属の触れ合う凶悪で冷たい音が静かに響き渡る。

薄絹の袂から取り出されたのは、異国風の装飾が施された黄金の小刀。

刃先は恐ろしいほどに研ぎ澄まされ、怪しい光を放っている。

 

「だって、そのままじゃ後宮(ハレム)の規律に反しちゃうでしょ?」

「……陛下?」

「だからちょっとだけ、痛いことしよっか!」

 

少年皇帝は、天使のように無邪気で、悪魔のように残酷な笑みを浮かべた。

 

研ぎ澄まされた黄金の切っ先が、私の最も大切な股間へピタリと向けられる。

 

「邪魔なモノをちょん切っちゃえば、キミも完璧な『女』になれるんだよ?」

「なっ……」

「安心して? シリアの秘薬を塗れば、三日くらいで血も止まるからさっ。可愛いボクのために、キミの誇り高き男のすべてを捧げてよ。ね?」

 

甘ったるい囁きとともに、切っ先がジリジリと間合いを詰めてくる。

冗談ではない。

血が止まるかどうかの問題ではないのだ。

痛いとか痛くないとか、出血が止まるかどうかなんていう生温い次元の話ではない。

 

私の股間に携えた鋼のグラディウスは、男として生きる私自身の尊厳そのものなのだ。

これを失ったら、私は何のために古代ローマで生きているのか。

 

逃げるか?

いや、相手は皇帝だ。神殿の外には弓兵と他の近衛兵が控えている。

ここで暴力を振るえば即座に大逆罪で市中引き回しの上、猛獣の餌だ。

力づくの抵抗は許されない。

だが、大人しく身を任せれば、数分後にはただの去勢兵の完成である。

 

詰み——ではない。

 

人間という生き物は、極限の死線に追い詰められた瞬間こそ知恵が猛烈に回転するものだ。

前世の理不尽なデスマーチで培った、社畜の生存本能が火を噴いた。

私は即座に膝を突き、深々と頭を垂れながら、腹の底から声を張り上げた。

 

「——お待ちください、アントニヌス陛下! その刃、断じてお受けできません!」

 

ヘリオガバルスがピタリと小刀を止め、心底から不機嫌そうに愛らしい眉をひそめた。

絶対服従するはずの獲物が真っ向から抵抗したことが、少年にはひどく意外だったらしい。

 

「はぁ? なにキミ、ボクの命令に逆らう気? 処刑されたいの?」

「処刑なら甘んじて受けましょう! しかし、去勢だけは断固拒否します!」

「どうしてさ。ボクの妻になれるんだよ? 名誉なことじゃんか」

「名誉どころか、それこそが我が愛する皇帝陛下を破滅へと導くからです!」

「……は?」

 

ヘリオガバルスの動きがピタリと止まった。

エメラルドの瞳の奥に、わずかな戸惑いと底知れぬ好奇心が同時に浮かび上がった。

 

よし、食いついた。

ここからは舌先三寸のデスマーチ。

失敗すれば去勢か処刑、成功すれば延命という、己の股間と命を懸けた一世一代の大博打だ。

 

「陛下、理由をお聞きください。真の美とは何でございましょうか?」

「え? ……そりゃ、ボクのことだけど」

「その通り! 陛下こそが、この地上で最も可憐で美しい至高の太陽神!」

「あ、うん。知ってる」

「ですが! その至高の美を、今このローマで誰が理解しておりますか⁉︎」

 

私は立ち上がり、芝居がかった身振りで広大な宮殿を指し示した。

 

「元老院の古だぬきどもは、陛下の信仰を奇行と罵り、陰口を叩いている! パンを求める貧民どもは、日々の飢えに喘ぎ、陛下の美を拝む余裕もない! さらには近衛隊の無骨者どもは、給与の遅配に不満を募らせている!」

 

「う、うん……? まあ、確かにみんなボクを怖がってるけど……」

 

「当然です! 民の飢えの最中に皇帝が近衛兵を去勢すれば、愚民どもは騒ぎ立てます! 結果として何が起きるか! 近衛隊のクーデターによる、陛下の暗殺です!」

 

直球の未来予知をぶち込んでやった。

 

ヘリオガバルスはビクッと華奢な肩を揺らし、突き出していた黄金の小刀をわずかに引いた。

十四歳の少年にとって、「殺される」という言葉は決して絵空事ではない。

彼自身、前皇帝マクリヌスが軍に惨殺されたことで帝位に就いたのだから。

 

「ぼ、ボクが殺される……? そんなの、ボクが許さないもん!」

「許す許さないの問題ではございません! 国家とは巨大なシステム! 国民の不満という名のバグを放置すれば、それは強制終了するのです‼︎」

 

前世の社畜SE用語が思わず口をついて出たが、私は構わず凄まじい気迫で言葉を押し通す。

 

「世界中の男を跪かせる手段は、去勢などという矮小で下品な快楽では断じてございません! ローマ全土を陛下の熱狂的な信徒へと変貌させる、絶対的な福祉政策です!」

 

「……ふくし?」

「はい! 古代ローマの美徳を受け継ぐ、社会民主主義的配給制度の完全なる確立です!」

 

ヘリオガバルスはぽかんと口を開け、小刀を握ったまま固まっていた。

完全に煙に巻かれている。

今のうちに、具体的な要求と改革案を叩き込んで既成事実化するしかない。

 

「まず第一に! 市民の権利たる『アンノナ(穀物配給)』の対象を全市民へ拡大し、恒久的に無償化します! 第二に! カラカラ浴場をはじめとする公衆浴場の利用税を全廃し、毎日の清潔を保証します! 第三に! 衰退していた『アリメンタ(貧児扶養制度)』を電撃復活させ、近衛隊への定期下賜金(ドナティヴム)と退役一時金(プラエミア)を原資とした共済基金を国家主導で設立するのです!」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! そんなことしたら、お金なくなっちゃうじゃん!」

「財源ならございます! 純絹を買い漁る元老院の富裕層に対する、特別奢侈税の導入です!」

「あいつらからお金を巻き上げるの……?」

「左様でございます! 東方貿易による金銀の流出を食い止め、デナリウス銀貨の信用を取り戻す大義名分が立ちます!」

 

ヘリオガバルスのエメラルドの瞳が、急速に輝きを取り戻した。

元老院の偉そうな爺どもを虐めるのは、この少年の大好物だからだ。

 

「そして何より至高の美を誇る陛下! どうかその類稀なる頭脳で想像してみてください!」

 

私は一歩踏み込み、少年の顔を覗き込んだ。

 

「無料のパンを貪り、温かい風呂に浸かった数百万のローマ市民が一斉に広場で叫ぶ姿を!」

「両手を天に掲げて『アントニヌス陛下万歳!』と狂喜乱舞する熱狂的な光景を!」

 

「……っ!」

 

「その時、陛下はただの皇帝ではございません。

神話を超越した、生ける絶対偶像(トップアイドル)となるのです!」

 

静まり返った広大な宮殿の静寂の中に、少年皇帝の興奮に満ちた荒い息遣いだけが響き渡った。

ヘリオガバルスは頬を真っ赤に紅潮させ、小刀を取り落としそうになりながら喉を鳴らした。

 

「帝都中の全ローマ市民が……このボクの熱狂的な信徒でファンになってくれるの……?」

「間違いございません。世界で一番愛される男の娘皇帝の誕生です」

 

少年はしばらくの間、豪華な天井を恍惚とした眼差しで見上げて陶酔しきっていた。

 

やがて、勝ち誇ったようなメスガキの笑みを口元に浮かべると、腰に手を当てて見下ろしてきた。

 

「ふ、ふーん……! キミ、筋肉バカのくせに、言うじゃん! ふん、ボクを言いくるめて、ちんちん守ろうとしたんでしょ?」

「ギクッ」

「あははっ、図星! キミの考えてることなんて、分かりやすすぎるんだよ筋肉バカ!」

 

ヘリオガバルスは楽しそうに笑いながら、黄金の小刀を鞘へと収めた。

 

冷汗が背中を滝のように流れ落ちる。

完全にバレていた。

十四歳とはいえ、権謀術数の渦巻く宮廷を生き抜いてきた悪童だ。

馬鹿なはずがなかった。

 

「でもまあ、いいよ。キミの思いつき、すっごく面白そうだし」

「……寛大なるご配慮、痛み入ります」

「その代わりさぁ」

 

ヘリオガバルスは私の顎に手を伸ばし、グッと強引に顔を引き寄せた。

間近で息がかかるほどに見つめ合う、宝石のように深く吸い込まれそうなエメラルドの瞳。

その奥に宿る光は、先ほどまでの無邪気な残虐さとは明らかに異なっていた。

 

執着。独占欲。そして、底知れぬ狂気。

 

「キミのそのデカい図体も、賢い頭も、立派な股間もぜーんぶボクのものだからね?」

「もし政策が失敗してボクが恥をかいたら……その時は分かってるよね?」

「……深く肝に銘じておきます」

「よし! じゃあ明日から、ボクの近衛隊長官(プラエフェクトゥス・プラエトリオ)ね、オリエンタ! あいつらからお金をふんだくって、ボクのファンクラブを作っちゃおう!」

 

無邪気に笑いながら、少年皇帝は私の頬をそのしなやかな手でペチペチと叩いた。

 

——こうして。

私の股間の尊厳を守るために口から出まかせで叫んだ一世一代のデタラメ。

 

まさか、それが未来を変えてしまうとは——。

 

 

□■□■□

 

 

【後世の歴史書における記録と考察】

 

カッシウス・ディオ『ローマ史』第79巻より:

 

『かの皇帝バッシアヌス(後にヘリオガバルスと渾名さる)は、シリアより連れ来たりし異国の小刀をもって近衛兵の肉体を損なわんと試みたり。

然るに、ドナウ軍団より抜擢されたる巨漢オリエンティウス、弁舌をもって皇帝の狂気を押し留め、あまつさえ近衛隊長官の顕職を拝受せり。

オリエンタは直ちにアンノナの供給網を改革し、兵士らに共済基金を給付せしむるなど、前代未聞の内政手腕を発揮せり。

元老院の諸議員は彼の筋躯と冷徹なる帳簿に平伏し、市民らは街頭において「美帝と剛勇の守護者」と合唱せりという』

 

ギボン『ローマ帝国衰亡史』第6章より:

 

『狂気に満ちたヘリオガバルスの治世において、唯一の清涼剤はオリエンタの存在であった。

彼は皇帝の倒錯した求愛を退けつつ、暴走するエネルギーを社会福祉へと巧みに誘導した。

歴史家ディオは彼らの関係を「主権者と被造物の奇妙なる共生」と評したが、近代の視点から見れば、それは専制君主制の枠組みの中で奇跡的に発芽した、世界最古の社会保障制度の夜明けであったと言えよう』




◆オリエンタ(オリ主/筋肉巨漢)
ドナウ軍団出身のエリート近衛兵。
中身は過労死した元ブラック企業の社畜。
知識は「男の娘皇帝に股間を狩られる」のみ。
老後の平穏を夢見てデタラメを叫んだ結果。
なぜか古代ローマにて目をつけられた男。

◆ヘリオガバルス(男の娘皇帝)
十四歳にして帝国に君臨する絶世の美少年。
太陽神エラガバルの大神官。
生意気で残虐なメスガキボクっ子だが、お人形扱いされる宮廷で深い孤独を抱えていた。
自分に本気で向き合うオリエンタに激しく執着。
あの手この手で股間と貞操を狙ってくる。

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