頭に血が上る。はらわたが煮えくり返る。
レニーの心情を現すのであれば、そういった言葉であった。駆け出し時代に世話になった冒険者を殺しかけたのが、かつて己を死に追い込んだ魔物と同一の種。それだけであるが、それゆえにレニーの中から感情が湧き上がった。
レッドロードは特段に、レニー自身の怒りを燃やした。
こわいから、憎いから、だから最も攻撃性のある魔法を選択した。最近得たばかりの魔法だろうが関係ない。
茨の鎖を振るう。
反応できないゴブリンをまとめて拘束し、その棘で傷をつける。数匹のゴブリンとレッドロードは飛び上がって逃げようとするが、ヘビの頭のように持ち上がったミラージュがそれすら囲んで茨を巻き付けた。
ゴブリンたちの悲鳴でとぐろを巻く。魔力を強く送り込むと、ロングソードと変わらない長さの棘が何本も生え、ゴブリンたちの体を貫いた。
「グギャアア!」
阿鼻叫喚の針山地獄の山頂に、食らいつくようにミラージュが落ちる。
渦を貫き、そしてトドメとばかりに内側から棘が飛び出た。
ローズマンバは刀身を延長させることもできる上に魔力を流し込めば自由に動かせる。棘の長さを変えることも、形状を変更することも可能だ。
毒に侵されたかのように、トドメにならなくとも獲物を仕留める。それが、ローズマンバという魔法だ。
「す、すっげぇ」
後ろでラウラのそんな呟きが聞こえた。
棘が引っ込み、ゆっくりとミラージュがレニーの手元に戻る。解放されたゴブリンたちはバタバタと倒れていった。
「グ、グギギ……」
死体の中からレッドロードが現れた。味方を盾にしたらしい。生き残ったところを見るに、さすがルビー級の魔物といったところか。
だが、全身傷だらけであった。出血が多く、体を動かすだけでも激しい痛みがあるはずだ。
それでも、レッドロードはレニーを睨みつける。
「ギギャア!」
そして、咆哮と共にマグナムを放とうとしてきた。レニーは
レッドロードのマグナムは時間がかかる。トパーズではあまり隙にはならない程度ではあるが、ルビーになったレニーには十分な隙だ。
マグナムの発射に合わせて、レニーも火属性の魔弾を撃つ。マグナムの発射の瞬間、そこへレニーの魔弾が着弾する。つまり、レッドロードの口内で魔弾が衝突し爆発を起こした。いくら頑丈とはいえ体内が爆発すればただでいられる生物はいないだろう。当然、レッドロードの体は耐えきれず、爆発によって頭が吹き飛ぶ。
これで襲ってきた群れは全て倒した。
敵を全滅させたレニーは、クロウ・マグナを下ろす。
スッキリした。まるで派手な祝砲でも上げたような、そんな爽快感だった。
「さ、帰ろうか」
満面の笑みのまま、レニーはラウラに言う。ラウラは戸惑いながらも頷いた。
○●○●
レニーがラウラを連れ帰ってすぐ、ラウラは入院となった。全身打撲と肋骨が折れていたのと、脚が脱臼していた。ポーションの効果とレニーが戦闘後に軽く処置したので最悪とまではいかなかったが、回復魔法を使っても完治まで半月はかかる。
「いやぁ、迷惑かけちゃったね。入院費までもたなくても良かったのに」
清潔なベッドの上でラウラは言う。レニーはそばで果物の皮を剥いて、カットし、皿に並べていた。
「……払えるの?」
レニーの疑問に目を逸らされる。
「なら必要だったってことだ」
「でも悪いじゃん。命助けてもらってさ。安静にしとけば治りはするし」
「気にしなくて良い。勝手にしたことさ」
レニーがフルーツをラウラに渡す。
「あーんとかしてくれないのぉ?」
「旦那にしてもらいな。できたらの話だけど」
「はは、こやつめ!」
ラウラはフルーツを食べ始める。レニーは立ち上がった。
「行っちゃうのかい?」
「あぁ。とりあえずは大丈夫だろうしね。レッドロードが出た周辺を調査しなきゃいけない」
「あー、大変だね」
「また来るよ。完治したら奢らせてくれ」
ラウラが首をかしげる。
「奢れじゃないの」
「飲みに付き合うのはお返しになるんだろ?」
何のことかわからないようできょとんとしているラウラ。それを尻目に、レニーはその場を後にした。
・冒険者と夢見
それはもう、何年も前の話。
「レニー坊のカットトパーズ昇格を祝って、かんぱーい!」
「カンパーイ」
ジョッキを当て、小気味よい音が響く。レニーはいつも通りのテンションのまま、昇格試験の結果を真っ先に聞いてきて喜んできたラウラと飲む。
「かーっ、たまんないねぇ!」
「酒、飲みたいだけじゃないの」
冷めた目でレニーが言うと、ラウラは指先で頬をつついてきた。
「もぉ、素直に喜びなさいよ。昇格だよ、昇格。かーっ、ついに等級があたしより上かぁ。奢るから好きなもの食べな! あ、高すぎるやつはなしね」
ラウラが明るくいうと酒場の店主が呆れた顔になった。
「ウチにそんなもんはねーよ。飲みすぎて介抱されるんじゃねえぞ」
「はーい」
元気に手を振り上げるラウラ。まるで自分が昇格したかのようなテンションであった。
「やることが変わるわけじゃあるまいし……」
「冒険者たるもの英雄への第一歩は喜ばなきゃ」
「別になりたいわけじゃない」
レニーにとって教わることができた生きる手段というものが冒険者というだけだ。生活できればそれでいい。
「もう冷めた目しちゃってぇ。冒険者なんだから夢見なよ」
「ラウラも夢見てるの」
レニーの問いにラウラは大きく胸を張って、拳で叩いた。
「おうよ! レニー坊がビッグになって、あたしに奢ってくれること!」
「……随分オレ頼りな夢だね」
「あっはは! レニー坊が優秀だから夢見させてもらってるよぉ〜、よろしくねぇ!」
ばんばんと背中を叩かれる。いつも明るいが、飲みのときは一層明るい。
「ついでに売れ残ってるあたしをもらってくれてもいいんだよ?」
「他の男捕まえな」
「年上は好みではない!?」
「……恋人が想像つかない」
パーティーで付き合っている人間などを見てはいるが、自分とはあまりにも違いすぎてまるで別世界の人間のように思える。
つまみを食べながらジュースを飲む。
ラウラは楽しげに酒を呷る。
「めでたいときは騒いだほうがいいのよ! 喜ぶのが苦手な人も周りが楽しんでれば、自然と楽しくなるしね! んじゃ一気イキまーす!」
赤ら顔でだんだん酔いがひどくなっていくラウラ。レニーはその姿を眺めながら、もしかして介抱する羽目になるのではないか、と半ば諦めながら思った。
手元のジュースは、知らぬうちに空になっていた。