秦の山奥で闘蛇やってます   作:欄外

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第五十五話 闘蛇運送、営業再開

 

私は今、運送業者をしている。

 

いや、正確に言えば、以前からしていた。

 

南の湿地を利用して、白淵族の交易品を運ぶ仕事だ。

 

人間が荷物を抱えて歩けば半日かかる道も、闘蛇ならずっと早く進める。

 

特に湿地は、私たちの得意分野である。

 

(……そういえば、最近あんまりやってませんでしたね)

 

南の道で騒ぎがあったり、黒角族との揉め事があったり。

 

何かと落ち着かなかったのだ。

 

おかげで、交易も必要最低限になっていた。

 

けれど、今日は久しぶりの運送日。

 

私の背中には、薬草を詰めた籠が二つ。

 

その後ろには、獣皮を束ねた荷物が括りつけられている。

 

隣には、もう一頭の闘蛇。

 

その背にも、似たような荷物が積まれていた。

 

「よし、行くぞ!」

 

ハクが声を上げる。

 

(……はいはい、出発ですね)

 

私は、ゆっくりと歩き出した。

 

◇◇◇

 

白淵族には、五十頭ほどの闘蛇がいる。

 

ただし、その全てが戦えるわけではない。

 

戦闘に出られるのは、十五頭ほど。

 

私やガンのように、大きく育ち、戦士を背に乗せて戦うことができる闘蛇たちだ。

 

一方で、戦闘には向かない闘蛇もいる。

 

身体が小さかったり、気性が穏やかだったり。

 

人を背に乗せることはできても、戦場の騒音や血の匂いを嫌う個体もいる。

 

そんな闘蛇たちは、主に荷運びを担当していた。

 

ほかにも、まだ若い闘蛇や、年を取って戦いを退いた闘蛇たちがいる。

 

白淵族にとって、闘蛇は戦の道具ではない。

 

それぞれの性質に合わせて、一族の暮らしを支える仲間なのだ。

 

◇◇◇

 

今日、私の隣を歩いているのも、運搬を得意とする闘蛇だった。

 

私より少し小柄で、背中が広い。

 

歩き方はゆっくりしているけれど、荷物を積んだときの安定感が違う。

 

(……お上手ですねえ)

 

私は、ちらりと隣を見た。

 

その闘蛇は、泥の深い場所でも身体をほとんど揺らさずに進んでいる。

 

一方、私はというと。

 

「スイ、ちょっと待て!」

 

ハクが声を上げた。

 

(……え?)

 

振り返ると、背中の籠が傾いていた。

 

「また荷がずれてるぞ!」

 

(……あら)

 

私は、慌てて身体を止めた。

 

ハクが、縄を締め直す。

 

「お前、歩くのが速すぎるんだよ」

 

(……すみません)

 

私は、少しだけ鼻を鳴らした。

 

隣の闘蛇は、何事もなかったように立っている。

 

(……負けました)

 

戦闘なら、私の方が得意だと思う。

 

でも、荷運びなら、どうやら相手の方が一枚上手らしい。

 

◇◇◇

 

「こいつは、昔から荷運びが得意なんだ」

 

ハクが、隣の闘蛇を軽く叩いた。

 

「戦いには向かないけど、重い荷を運ばせたら大したもんだぞ」

 

(……なるほど)

 

私は、改めてその闘蛇を見た。

 

穏やかな目。

 

落ち着いた足取り。

 

確かに、戦場で暴れ回る姿は想像しにくい。

 

でも、こうして一族の荷物を運ぶ姿は、とても頼もしい。

 

(……適材適所ってやつですね)

 

私は、少しだけ感心した。

 

◇◇◇

 

南の湿地に入ると、私たちは速度を落とした。

 

足元はぬかるみ、ところどころ水が溜まっている。

 

人間なら、歩くだけでも苦労する場所だ。

 

けれど、闘蛇にとっては大したことではない。

 

特に、運搬を得意とする闘蛇は、こういう道に慣れている。

 

(……本当に上手)

 

私は、隣の闘蛇の歩き方を真似してみた。

 

身体を揺らさず、ゆっくりと足を運ぶ。

 

すると。

 

「お、今日はいい感じだな」

 

ハクが笑った。

 

(……先生のおかげです)

 

私は、隣の闘蛇に軽く鼻先を向けた。

 

相手は、何事もなかったように歩き続けた。

 

(……渋い)

 

◇◇◇

 

交易場所は、湿地の端にある小さな岩場だった。

 

平地から来る商人は、そこより先へは入れない。

 

白淵族も、必要以上に平地へ出ない。

 

互いに決めた場所で品を交換し、それぞれの土地へ帰る。

 

それが、この交易の約束だった。

 

岩場には、すでに荷車が一台停まっていた。

 

その隣に、見覚えのある男が立っている。

 

「おお、来たか!」

 

商人は、私たちを見ると手を上げた。

 

「相変わらず、大きな獣だなあ」

 

(……どうも)

 

私は、軽く鼻を鳴らした。

 

商人は、少しだけ後ずさった。

 

「……まだ慣れん」

 

(……失礼な)

 

何度も会っているでしょうに。

 

◇◇◇

 

セイランが、商人と品を確かめ始めた。

 

「薬草は、頼まれた分だ」

 

「助かる。こいつは平地じゃなかなか手に入らん」

 

商人は、籠の中身を確認した。

 

「獣皮も、いいものだな」

 

「そちらは?」

 

「塩と鉄の道具だ。頼まれた分は揃えてある」

 

セイランが、品を一つずつ確かめる。

 

私は、その様子を眺めていた。

 

(……こういうの、なんかいいですね)

 

物々交換。

 

前世では、あまり経験したことがなかった。

 

でも、ここでは当たり前のように行われている。

 

白淵族にとって必要なものを手に入れるために、私たちが荷物を運ぶ。

 

(……立派なお仕事じゃないですか)

 

私は、少しだけ誇らしくなった。

 

◇◇◇

 

「そういや、平地は大変なことになってるぞ」

 

品をまとめながら、商人が言った。

 

セイランは、顔を上げなかった。

 

「……そうか」

 

「大きな戦があってな。秦の偉い将が死んだらしい」

 

(……へえ)

 

私は、少しだけ耳を傾けた。

 

偉い将。

 

ということは、結構な大物なのだろう。

 

「それで?」

 

セイランが尋ねた。

 

商人は、少し驚いた顔をした。

 

「それでって……大騒ぎだぞ、平地じゃ」

 

「この道に影響はあるか」

 

「……今のところは、ないな」

 

「ならいい」

 

(……ですよね)

 

私は、静かに鼻を鳴らした。

 

セイランにとって大切なのは、誰が死んだかではない。

 

交易の道が使えるか。

 

山へ危険が及ばないか。

 

それだけなのだ。

 

◇◇◇

 

「しかし、戦が続くと困るな」

 

商人が、荷車の縄を締めながら言った。

 

「道が塞がれれば、ここまで来られなくなる」

 

「そのときは、取引を止める」

 

セイランが答えた。

 

「……あっさり言うなあ」

 

「無理に続ける必要はない」

 

商人は、少しだけ苦笑した。

 

「まあ、お前さんたちらしい」

 

私は、その会話を聞きながら考えた。

 

(……確かに)

 

白淵族は、交易をしている。

 

でも、交易がなければ生きていけないわけではない。

 

必要なものを手に入れるための手段の一つ。

 

だからこそ、危険を冒してまで続けるつもりはないのだろう。

 

◇◇◇

 

取引が終わると、今度は塩や鉄の道具を背に積んだ。

 

(……帰りも荷物いっぱい)

 

私は、少しだけため息をついた。

 

「スイ、頼むぞ」

 

セイランが、私の首筋を軽く叩く。

 

(……任せてください)

 

私は、ゆっくりと立ち上がった。

 

そのとき。

 

商人が、ふと思い出したように言った。

 

「そうだ。しばらくは、ここへ来られんかもしれん」

 

セイランが振り返る。

 

「なぜだ」

 

「平地の道が、落ち着かなくてな。戦が終わっても、しばらくは人が動く」

 

「……そうか」

 

「次に来るときは、前もって知らせを出す」

 

「分かった」

 

それで、話は終わった。

 

◇◇◇

 

帰り道。

 

私は、南の湿地をゆっくりと進んでいた。

 

背中には、塩と鉄の道具。

 

隣には、同じように荷物を運ぶ闘蛇。

 

少し前を、ハクが歩いている。

 

「なあ、セイラン」

 

「何だ」

 

「平地って、そんなに戦ばっかりしてるのかな」

 

「さあな」

 

「大変だなあ」

 

「……ああ」

 

ハクは、それ以上何も言わなかった。

 

私も、特に考えなかった。

 

(……戦が終わったなら、少しは静かになるのかな)

 

そうだといい。

 

南の道で騒ぎが起きると、私たちの仕事も減ってしまう。

 

(……せっかく運送業者になったのに)

 

私は、少しだけ鼻を鳴らした。

 

◇◇◇

 

集落へ戻ると、レンが迎えてくれた。

 

「おかえり!」

 

(……ただいま!)

 

私は、嬉しくなって尻尾を揺らした。

 

「おい、荷物が落ちる!」

 

(……あ)

 

慌てて止める。

 

レンが、声を上げて笑った。

 

「スイ、相変わらずだなあ」

 

(……すみませんね)

 

私は、少しだけ鼻を鳴らした。

 

◇◇◇

 

荷物を下ろし終えると、レンが魚を持ってきてくれた。

 

しかも、いつもより大きい。

 

(……素晴らしい)

 

私は、満足して魚を受け取った。

 

ハクが、隣で笑っている。

 

「今日もよく働いたな、スイ!」

 

(……ええ、働きましたとも)

 

私は、少しだけ胸を張った。

 

山の外では、大きな戦が終わったらしい。

 

その戦で、偉い将が死んだという。

 

でも、私にはその人の名前も分からない。

 

白淵族の人たちも、気にしていない。

 

それよりも、今日の交易が無事に終わったこと。

 

必要な塩と道具が手に入ったこと。

 

そして、私が大きな魚を食べられたこと。

 

(……最後が一番大事ですね)

 

私は、満足して目を閉じた。

 

今日も、無事に仕事が終わった。

 

闘蛇運送、営業再開。

 

(……明日も頑張りますか)

 

私は、そんなことを考えながら、ゆっくりと川へ戻った。

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