上条先輩の右腕がカットされて、ジョインしたらしい。
「……なんで死なないんですか?」
「え、なんでいきなり罵倒されたの俺?」
腕を切断なんてされたら大概の人間はショック死すると思うのだ。
大怪我をしたとインデックスから連絡を受けて見舞いに来てみれば、意外と元気そうである。
右腕のゴツいギブスも数日経てば外れるらしい。
学園都市の医療技術は大したものだと今更ながら思った。
「で、今回も無事に人助けを完遂したと。先輩のヒーローっぷりには驚かされてばかりですね」
「俺が正義の味方って? 今回も前も、相手は根っからの悪党ってわけじゃなかった。たまたま成り行きで戦うしかなかっただけだよ」
だろうと思っていた。
「わかってますよ。上条先輩はたまたま巻き込まれただけの一般高校生だってことはね」
その場に居合わせた。
今回はステイルからの協力要請があったというけれど、上条先輩がトラブルにわざわざ首を突っ込んだわけではない。
活躍だけ見れば大したヒーローだが、その実情が男子高校生の必死だったことくらいは聞かなくてもわかる。
多分、それで人を救えるところが上条先輩の特質なんだろう。
まあ、上条先輩がどういう人間なのかはさておいてだ。
「そういえば上条先輩」
「なんだ?」
「夏休みの課題って終わりました?」
「……」
黙り込む上条先輩。
うっすら汗もかいている。
いや、なんとも忙しい日々を過ごしている上条先輩を心配しての発言だったのだが。
「忘れてたーーー!!」
なんとも、この先輩は格好がつかないとつくづく思うのだ。
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夜の街を歩く。
左手で頭を抱える哀れな上条先輩を見捨てた俺は、夕飯の買い物を済ませて家路についていた。
部活帰りであろう体操着の同年代たち。
仕事帰りのサラリーマン。
買い物帰りの主婦。
通りには学園都市のいつもの夜の風景が広がっている。
そう、いつも通りの。
「成り行き、ね」
成り行きで自分の腕をなくしかけた先輩。
俺と同じようにこの街で暮らしているはずなのに、先輩の近くだけ世界観が違うなと思う。
命の危機と向き合う機会なんてそうはないはずだが、上条先輩は短期間で2度死にかけた。
いや、実際は一度死んでいる。
過去の喪失。
記憶喪失すら生温いといわんばかりに上条先輩へ降り注いだ記憶破壊。
それに続くように今回は右腕の切断?
まともじゃない。
どう生きたらそんな事態に見舞われるのか、俺には理解できそうもない。
それが上条先輩のいう「不幸」なのか?
俺なら、誰かがそうなるように仕組んでいることを疑うけれど。
きっと上条先輩はそんなことをしないのだろう。
それが上条当麻の強さなのかもしれない。
そんなことを考えていると、ガッと右側から胴体に衝撃が走る。
「なんだ……?」
右側に座り込む少女の姿があった。
ギャル、というやつだろうか?
青いロングヘアにピンクのメッシュが入っている。
服装はややゆったりとしたシルエットの長袖ブラウスと黒いハイウエストショートパンツ。
彼女が俺にぶつかってきたらしい。
背後には暗い路地が見えるが、あそこから出てきたのだろう。
「ごめんなさい」
少女は自分の顔を手で覆うとよろよろとおぼつかない足取りで歩き始める。
モデルみたいにすらっとした体系だと思ったが、よく見て見るとそれは間違いだった。
あれはやつれているといった方が正しいだろう。
肌も薄紫じみていてとても健康体とは思えない。
「なあ」
無意識だった。
医学の知識があるわけではない。
精々が一般中学生並みの知識しか持ち合わせない自分が、彼女をどうやって助けようというのか。
そんなことを考える間に勝手に口が動いた。
「……なに?」
「大丈夫か? 体調悪そうだけど」
「……じゃあ、あなたが家まで送ってくれるの?」
「俺でよければ」
その答えは予想外だったのか、彼女はビクッと体を震わせると少し黙る。
顔を覆っている指の隙間から彼女の瞳が見えた。
蒼い瞳だった。
初めて、人の目を見て綺麗だと感想を抱いた。
「……そうね。じゃあ、お言葉に甘えようかしら」
少女は頑なに覆っていた手を下す。
やっと顔が見えた。
しかし、その顔に見覚えはない。
てっきりなにか悪さでもしたとか、ちょっとした有名人なのかとも思ったのだが。
俺が世情に疎すぎるだけかもしれないけれど。
「ねえ、マスク持ってる?」
「ああ」
背負っていたリュックの小さなポケットから常備しているマスクの束を取り出し、その一つを差し出した。
「ありがと」
少女はマスクをつけるとゆっくりと歩き出す。
「家は第七学区か?」
「ええ。ちょっと郊外だけど、大丈夫?」
「問題ない。なんて呼べばいい?」
少女は俺の手をとって歩き出した。
「
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夜の道を歩く。
先ほどまで血色の悪かったエイダはすっかり回復したようで、足取りも軽いものになっていた。
「すごいギラついてるわね。あれってゲームセンターってやつ?」
今も第七学区最大のアミューズメントパーク「セブンプラネット」を興味津々といった様子で指差している。
セブンプラネットは3階建ての建物で、1階にUFOキャッチャーとガチャガチャ。
2階には筐体のゲーム機が列をなして置いてあり、3階は階層全体が体験型のアトラクション。
学校、部活帰りの学生を吸い込むブラックホールの代名詞のような場所だった。
佐天に誘われて行ったことがあるが、財布の紐が緩くなる場所なので常連にはなっていない。
「寄ってみるか?」
「いいの?」
目を輝かせるエイダに先を急げと言うのは憚られた。
「学生の帰り道は寄り道とセットって相場が決まってるんだよ」
「へえ……かっこいいじゃん」
「褒めてもなにも出ないぞ」
「ケチ」
セブンプラネットに入ったエイダが最初に向かったのは、ショートバッグほどの大きさのぬいぐるみが入ったUFOキャッチャーだった。
狐を模したぬいぐるみはちょっとだけ愛くるしい。
「この子に決めた」
「それはいいが、お金はあんの?」
「……」
黙り込むエイダを見て察した俺は、UFOキャッチャーに100円玉を5回ほど投入する。
「いいの?」
「ここで「さあ帰ろう」とか言いだす奴は鬼畜だろ……500円だけだぞ」
「十分ね。期待して待ってなさい」
エイダの操作で動くアームがゆっくりとぬいぐるみに近づいて……
「ん?」
いかない。
なぜかエイダはぬいぐるみから少し離れた場所でアームを下した。
降下するアームはぬいぐるみには掠りもしなかったが、ぬいぐるみについていたタグに器用に引っかかった。
「ほー、うまいもんだな」
「こういうの得意なの。あ、店員さん。ここのぬいぐるみ追加で」
エイダは追加されたぬいぐるみも同じ要領であっという間に取ってしまった。
「ねえ、500円は好きに使っていいのよね?」
「ああ。持ち出しも可」
「やった」
エイダは残りの300円をボタンを押して取り出す。
「上にはゲーム機があるんでしょ? そっちにも行ってみましょうか」
エイダについて2階へと上がる。
2階のゲーム筐体は最新式のVRからレトロなホッケーの対戦ゲームまで幅広い。
今もシューティングゲームやメダルゲームに勤しむ学生や大人の姿があった。
「ボルト。あれで勝負しない?」
エイダが指を刺したのは最近流行っている対戦型格闘ゲームの筐体だった。
古くから続くシリーズの最新作で、eスポーツの競技としても注目されている。
「ほお、アレで俺に挑むと?」
「あら、自信ありって感じね」
佐天を初見でフルボッコにした思い入れのゲームだ。
それからもランキング上位に乗るくらいにはちょくちょくプレイしている。
よりにもよってこのゲームを選ぶとは。
まあ、手加減くらいはしてやるか───なんて考えていた俺が馬鹿だった。
「エイダ! お前、このゲーム触るの初めてなんだよな!?」
「ええ。そうよ」
強すぎ。
なんで初見でそんな簡単にコンボを決められるんだよ。
格ゲーのコマンドって慣れないと結構難しいんだぞ?
「ほら、ガードがお留守よ?」
ぐわーと声を上げて俺の操作キャラが哀れにも崩れ落ちる。
ああ、佐天ってこんな気持ちだったんだな。
今度ジュースでも奢ろう。
「中々おもしろいゲームだったわ」
「そうかい」
「50点。爽快とかけているんでしょうけど、ちょっと親父くさいわ」
「やかましいわ」
「フフフ、冗談よ……最後はあれにしましょうか」
エイダが指を指したのはプリクラだった。
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「中々楽しめたわ」
500円でセブンプラネットをここまで楽しめる人間が未だかつていただろうか。
「ボルト、ありがとう」
プリクラでとった写真を楽しそうに眺めながら、エイダは嬉しそうに呟いた。
その時だった。
「エイダ」
急に背後から声がかかった。
振り向くと同年代と思われる少年が佇んでいる。
赤い髪に季節外れのロングコートを身に着けた少年だった。
エイダのほうを向いてみると苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
知り合いは知り合いでも、会いたくない類の人物らしい。
「コード……」
「ダメじゃないか、エイダ。勝手に家を抜け出しちゃ。父さんたちが探していたよ」
「あそこは私の家なんかじゃない。ただのモルモットのケージよ」
「我儘を言っちゃいけない。君の居場所はあそこにしかないんだから」
コードと呼ばれた少年は貼り付けたような不気味な笑顔を浮かべながら歩み寄ってくる。
エイダは迫るコードから逃げるように後退った。
俺は無意識に2人の間に立った。
「……君は誰だ?」
コードはたった今気づいたようで、俺に視線を向ける。
俺が2人の間に挟まらなければ意識すらしていなかったのかもしれない。
先ほどエイダに向けていた熱の籠った目から一転して冷えた目へと変わる。
「ボルト! 今すぐ逃げて!」
エイダが尋常ではない様子で叫ぶ。
まるで、俺に死の危険が迫っているように。
「邪魔だね。君は」
コードの姿が一瞬で目の前に現れた。
「!?」
「彼女に近づかないでもらえるかな」
メキメキという音と共にコードの右腕が巨大な爬虫類のそれに変化する。
音を置き去りにして振るわれる一撃。
「ぐ!?」
辛うじて両腕を差し込むことに成功したが、威力を殺しきれるわけもない。
俺は吹っ飛ばされてビルの壁面に叩きつけられた。
「ボルト!?」
駆け寄るエイダをコードが制止する。
「エイダ。あんな奴は放っておいてさっさと帰ろう。今なら父さんも許してくれる」
「……あんたって本当に一方通行ね。そういうところが昔から嫌いだって何度も言ってるでしょう!!」
「ああ、見てて痛々しい」
「「!?」」
あと一歩能力が遅れていたら潰れたトマトのような奇怪なオブジェになる所だった。
俺は立ち上がり、服についた汚れを払う。
「エイダ」
「な、なに?」
「そいつは敵ってことでいいんだな?」
「……ええ。敵よ! それ以外の何でもないわ!」
それが聞けて安心する。
とりあえず、エイダの知り合いをぶん殴る罪悪感を背負う必要はないってことだな。
「おい、コード」
「……気安く名前で呼ばないでもらえるかな」
どの口が。
先に手を出したのはお前だろうに。
「荒事は得意そうだな。でも、俺もちょっと心得はあるぞ」
「へえ……見せてもらおうかな」
「勿論!」
踏み込んで一気に加速する。
振り上げた右拳がガードを固めたコードへと突き刺さった。
「──なるほど。強い」
コードは地面をその鋭く尖った爪で切り裂き、その爪痕に手を突っ込んだ。
「ボルト! 下よ!」
エイダの言葉に反応して宙に飛び上がる。
するといつの間にかつけられていた爪痕からコードの腕がぬるりと出てきた。
どういうことだ?
てっきり肉体を変化する能力者かと思ったが、明らかにこれは能力だ。
察するにあの爪痕同士を空間を超えて繋ぎ合わせる能力なのだろうが、まさか木山と同じ
「そいつは改造人間よ! 能力は空間を繋ぎ合わせる力だけ!」
「なんだって?」
改造人間?
なるほど、あの身体能力と肉体の変化はそれか。
……いや待て、改造人間?
改造人間って言ったか?
この学園都市でありそうでなかった部類のやつが、目の前にいるのか。
これはエイダもただ者ではなさそうだな。
「よそ見をしている場合かい?」
爪痕を通り抜けてコードが接近する。
逃げ場のない空中でコードの爪が振るわれた。
「よそ見じゃない。これは余裕ってやつだ」
「!?」
右手が光る。
現れたのはあの白い光。
螺旋丸を作った後にわかったことだが、この白い光は俺の意思で形を変える。
俺は白い光を束ねてそのまま撃ち出した。
空中には爪痕を付けられないだろ。
できるならとっくにやってるだろうからな。
光は迸る稲妻のような速さで突き出されていたコードの右腕を貫通する。
技の名前は、
「
「ぐああああ!?」
俺は追い打ちに落下するコードの顔面目掛けて蹴りを繰り出した。
ガッと肉を打ち付ける感触が伝わってくる。
……気分が悪い。
「が、あ……」
地面に叩きつけられたコードは痙攣して動けないでいる。
大方、脳震盪でも起こしているのだろう。
「エイダ」
「説明はあと! 今は早く───」
「わかってる。でも、落ち着いた場所で話してもらうぞ」
「……ええ」
俺たちは通報を受けた
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
辿り着いたのは人気のない公園だった。
ベンチに腰掛けたエイダは真剣な顔で俺を見ている。
「私は……ある研究施設から脱走してきたの。いわゆる実験体ってやつね」
「じゃあ、エイダも改造人間なのか?」
そう尋ねるとエイダは少し迷う素振りをしてから首を振る。
「私はコードのような戦闘用の改造はされてないわ。ただ……」
「ただ?」
「……一つ、聞いてもいいかしら」
「何だよ、急に改まって」
エイダは俺の目を見つめてから、
「あなた、私に恋してる?」
などと言ってきた。
「してない」
「本当に?」
「だからしてないって。しつこいぞ」
「……そう、そうなのね」
勝手に納得しないでくれ。
意味が解らない。
この質問になんの意味があるんだ?
「私の能力は
「暴走?」
「そうよ。私の能力の真価は把握した情報に手を加えることができることらしいわ。それを引き出すために研究者はあるものを使った。体晶っていう危険なブツをね」
体晶。
ここでその名前を聞くことになるとは思わなかった。
能力を暴走させる薬物。
木山の教え子たちを昏睡状態にさせた危険なもの。
「効果はすぐに現れたわ……研究者たちが同士討ちを始めたのよ。私を取り合ってね」
「……それは、さっきの質問と関係がありそうだな」
「ええ。私は周囲の人間の脳波を書き換えてしまうようになった。無意識にね。私を視界に収めた人間は、私の虜になる」
「それは難儀な暴走の仕方だな」
「ええ……本当に、面倒くさい」
周りの人間が自分を好きになる。
言葉だけで言えば理想の能力の一つかもしれないが、実際は悲惨だろう。
見ず知らずの人間から好意を無条件に向けられたところで気持ちが悪いだけだ。
それも会う人間全員がそんな様子だったらうんざりもするだろう。
そう思ったところで、一つ疑問に思ったことがあった。
「……なんで俺には効かないんだ?」
エイダの話の通りなら俺もエイダに恋をするはずだ。
しかし、実際はそんなことはない。
こうして向かい合って話している今も、エイダに対する感情が恋愛に傾く様子はないのだ。
「私の改竄能力はAIM拡散力場を媒介にしているから、あなたにはそれを無効化する力があるんじゃないのかしら?」
「ああ……心当たりはある」
右掌の紋章。
異能を吸い取るこの力がエイダの能力を退けているのか。
「……質問していいか?」
「なにかしら?」
「どうして逃げたんだ?」
「……嫌だったからよ。モルモットとしての生活が。研究施設の混乱に乗じて脱走できたのは幸運だった」
まあ、それはそうだろう。
誰だってまともな人間ならば実験動物扱いなんてごめんだからな。
よし、と心を決めた俺は座り込んだままのエイダに向き合う。
「これからどうする気だ?」
「
「協力してほしいと」
エイダは黙り込む。
言い出しづらい理由はなんとなく察しがついていた。
ようは、これ以上俺を巻き込めないとかそんな風に思っているのだろう。
とんだ勘違いもいいところだ。
「伝手はある。どうにかしてやるよ」
「で、でもこれ以上は……」
「俺がお前を助けたいんだ。どうするかは俺の勝手だ」
「……ありが───」
瞬間、背筋を悪寒が奔った。
風を切り裂いて何かが飛んでくる。
俺はベンチに座っていたエイダを抱えて跳んだ。
先ほどまで俺が立っていた場所に何かが音を立てて刺さる。
街灯の光を反射して銀色に光るそれが、攻撃であることは目に見えて明らかだった。
「エーイダちゃん。どこに行く気かな~?」
声は空から降りてきた少女のものだった。
胸元を開け放った白いYシャツにスカート。
そして蝙蝠のような銀色の羽根。
「君を回収すると私好みのモノをもらえるらしいんだよね。だから大人しく捕まってくれるかな? 大人しくしてくれないと───」
ぬるりと人影が複数現れる。
人間ではない。
銀色に光る体は液体金属のそれか?
「彼氏ちゃん、死んじゃうかもよ?」
叩きつけられたのは殺意。
翼の少女は敵だ、間違いなく。
俺はエイダを抱え、
「じゃあなバーカ」
迅雷閃を街灯目掛けて叩きつけた。
バキンという音と共に視界が暗闇に包まれる。
「ちょ、逃走一択!? ド素人って話じゃないの!?」
戸惑う女を尻目に俺はエイダを抱えながら夜の闇に紛れる。
コンクリートジャングルの一本を強化された身体能力で駆け上がり、あっという間に屋上へと辿り着いた。
「さて、どうするか……」
「……私を置いて逃げないの? あれは暗部の連中。この街の闇を使って、研究者どもが私を連れ戻そうとしてる。あなたが離れるのなら───」
「それはなしだ。俺が気に食わない」
「気に食わないって……たった、それだけのために?」
それ以外の理由などあるものか。
ここでエイダを見捨てたら、俺は一生心の底から笑えない。
「ああ、そうだよ」
たったそれだけのために、俺は戦うことを決めた。