ゼンゼロ×仮面ライダーカブト 作:もこもこ
Mrs.GREENAPPLE の Soranji
を聞いてて、ふと作ってみました。
凍てつくような暗闇の中で、青年はずっと一つの顔を思い出そうとしていた。
それは、11年前のあの日に喪われた、温かく美しい人の笑顔。
極限の加速(クロックアップ)の中を孤独に走り続けた時間は、彼の感情を氷のように固め、日常の些細な記憶を少しずつ削り取っていった。
それでも、彼は決して忘れまいとした。
自分がなぜ戦うのか。なぜ、この呪われた時間を一人で逆走し続けるのか。
胸の奥底にしまい込んだ「守りたかった人」の記憶を、まるで暗闇の中で呪文を諳(そら)んじるように、何度も、何度も心に刻みつけていた。
『――玄(シェン)がいる。賢い妹なら、みんなの未来を託せるから。だから、私が……』
青溟剣の呪いに侵され、視覚を、聴覚を、そして記憶を失いながら、特異点の底へ落ちていった儀降(イーシャン)の後ろ姿。
それが、青年のすべてだった。
絶望の淵に立たされても、彼の中にわずかに残った「希望」という名の灯火だけは、どれほどの吹雪に晒されても決して消えることはなかった。
「……まだ、消えていない。俺の往く道の先に、必ず光はある」
その祈りにも似た呟きが、やがて時空を超え、プロキシの兄妹――アキラとリンという「現在(いま)を信じてくれる者たち」
と繋がり、ついに運命の扉をこじ開けたのだ。
新エリー都、衛非地区『適当観』。
秋の涼やかな風が吹き抜ける中庭には、木漏れ日が優しく降り注いでいた。
縁側には、黒いジャケットの青年と、十三代宗主・儀玄(イーシェン)、そして前宗主の儀降が並んで腰を下ろしている。
「今日は随分と静かだな。門下生たちはどうしたのだ?」
儀玄がチャーシューまんを食べていると儀降がふわりと微笑んだ。
『今日は街のお祭りの手伝いに行ってもらいました。たまには、こうして三人で静かにお茶を飲む時間も良いでしょう?』
儀降が淹れた温かい緑茶の香りが、縁側に漂う。
青年は湯呑みを手に取り、その温もりをじっと掌で感じていた。
「……儀降さん、あの時……」
ふと、青年が静かな声で口を開いた。視線は湯呑みの水面に落ちたままだ。
「青溟剣を抜いて、感覚も記憶も消えかけていた時。……暗闇の中で、怖くなかったのか?」
その問いに、儀玄がハッとして息を呑んだが、儀降は少しだけ遠くを見るような、穏やかな目をした。
『……怖かったですよ。何も見えず、何も聞こえなくなり、自分が誰なのかすらも指の間から零れ落ちていくような感覚。圧倒的な虚無でした』
儀降の静かな声が、木漏れ日の中に溶けていく。
『でも……完全に心が消え去る直前に、私の中に「一つだけ」残ったものがありました』
「残ったもの?」
『ええ。……儀玄の、泣いている顔です』
儀降は隣に座る儀玄の頭を、愛おしそうに優しく撫でた。
儀玄は少し照れたように肩を竦めたが、その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
『私が消えてしまったら、あの子が泣く。あの笑顔が曇ってしまう。その思いだけが、最後の最後まで私の魂にしがみついて離れませんでした。……何も見えない暗闇の中で、私はただ、愛する人たちの顔を心の中で何度も反芻し、忘れないように必死に諳んじていたのです。……いつかまた、会えると信じて』
その言葉に、青年は胸の奥がギュッと締め付けられるのを感じた。
自分が11年間、暗闇の孤独の中で彼女の姿を諳んじ続けていたように。
彼女もまた、死の淵の暗闇の中で、大切な者の記憶を諳んじて命を繋ぎ止めていたのだ。
『そこに、あなたが来てくれた。私の肩を抱き寄せ、あの途方もなく温かい黄金の光(タキオン)を流し込んでくれた。……あの光の温もりを、私は一生忘れません。あなたが、私の記憶を、明日を生きる意味を繋ぎ直してくれたのですから』
儀降は青年に向かって、深く、美しい微笑みを向けた。
それは、絶望を乗り越え、誰かを信じ抜いた者だけが持つ、この上なく尊い光だった。
「……大した姉様だぞ」
儀玄が目元を袖で拭いながら、鼻を鳴らして言った。
「だが、あの時お前を信じて光を降らせたこの小僧も、相当に大したものだ。……お前が一人で抱え込んでいた記憶の灯火は、無駄にはならなかったのだな」
「……俺は」
青年は言葉に詰まり、顔を逸らして大きく息を吸い込んだ。
「俺は……ただ、お前たちに生きていてほしかっただけだ。……あのまま、目の前で誰の記憶からも消えていくような理不尽を、俺が許せなかっただけだ」
不器用で、ぶっきらぼうな青年の言葉。
だが、そこに込められた深く重い「愛」と「願い」を、姉妹は誰よりも理解していた。
『ええ。私たちは生きています。こうして、あなたの淹れるコーヒーの話を聞いて、儀玄と笑い合って……当たり前の明日を、心から信じられる』
儀降がそっと青年の手に自分の手を重ねた。
『だから、あなたも信じてください。あなたが戦って繋いだこの未来は、どこまでも温かくて、美しいということを』
青年は重ねられた手の温もりを感じながら、ゆっくりと顔を上げた。
青く澄み渡った空。吹き抜ける風の音。
それはかつて、彼がすべてを賭けてでも取り戻したかった「当たり前の世界」の証明だった。
「……ああ。そうだな」
青年は小さく、だが確かな笑みを浮かべた。
彼の心の中でずっと凍りついていた「過去への執着」は、今、完全に解け去った。
代わりに胸を満たしているのは、「未来」を共に歩んでいくための希望だ。
暗闇の中で必死に諳んじ続けた記憶は、決して悲しい呪いなどではなく。
いつかまた、愛する人たちと笑い合うための道標だったのだ。
六分街へ帰る青年の背中を、夕陽が優しく照らし出している。
まだ世界に絶望が潜んでいたとしても、彼らはもう恐れない。
誰かを信じ、明日を信じるその胸の灯火が消えない限り、天の道はどこまでも光り輝いているのだから。