あれから、しばらくの時が流れた。
地下第百層を攻略し、レイたちがSAOの世界から解放されてからも、仲間たちの交流は続いていた。
アスナ、キリト、リズベット、シリカ、クライン、エギル、ユイ、リーファ。
そして、新たにシノンも加わり、今ではレイを含めた10人で行動することも多くなっていた。
そんな彼らは、今でも時折集まっては、他愛のない話で盛り上がっていた。
◇
ある日のこと。
シリカはピナと一緒に遊びながら、楽しそうに笑っていた。ユイとシノンもその様子を眺めながら、穏やかな時間を過ごしている。
一方、クラインとエギルは少し離れた場所で話をしていた。
「しかし、こうして集まってても暇だな~。何か面白いことでも起きねえかな」
クラインが退屈そうに呟くと、エギルが呆れたように返す。
「おいおい、贅沢を言うな。暇なのは平和な証拠だろ」
「そりゃそうだけどよ~。こうも何もないと、逆に落ち着かねえんだよな」
「まったく、お前らしいな」
そんな2人のやり取りを聞きながら、リーファが小さく笑った。
「ふふっ。そういえば、お兄ちゃんたちは何してるのかな?」
そう言うと、リーファはキリトとリズの様子を見に行くことにした。
◇
アインクラッド、第二十二層
森と湖に囲まれた場所に建つ、静かなログハウス。
そこは、キリトとリズが一緒に暮らしている家だった。
「見よ! 我が美しい肉体を!」
家の中から、キリトの妙に自信満々な声が響く。
「きゃー! やっぱり見ちゃうー!」
続いて聞こえてきたのは、リズの楽しそうな声だった。
そのログハウスの外では、リーファが無言で立ち尽くしていた。
「……お兄ちゃん」
今日も2人は平和である。
◇
そのログハウスから少し離れた場所にも、もう一軒のログハウスが建っていた。
レイとアスナ、2人のための家だ。
かつてレイが所有していたログハウスとは別に、2人で暮らすために購入したものだった。
木々のざわめき。
湖から吹く、穏やかな風。
そして、家の中から聞こえてくる楽しげな声。
「ふふっ、レイ、それはずるいよ」
「……何がだ?」
「だって、私が作った料理を食べて、何も言わずにおかわりするんだもん」
「……美味いからな」
「……っ!」
アスナの顔が、みるみる赤くなった。
「も、もう……! そういうことを急に言わないでよ……!」
「……事実だろう」
「そ、そうだけど……!」
レイは、いつもの無表情で食事を続けている。
けれど、アスナには分かっていた。
彼がこうして自分の料理を食べ、同じ家で一緒に過ごしてくれること。
それが、どれほど幸せなことなのか。
かつては、隣にいることさえできなかった。
想いを伝えても、拒まれた。
そして一度は、目の前で彼を失った。
それでも今、レイはここにいる。
自分の隣で、当たり前のように一緒に食事をしている。
そんな何気ない光景が、アスナにとっては何よりも幸せだった。
「……レイ」
「……何だ?」
「大好き」
「…………」
レイの手が止まった。
アスナは、少しだけ悪戯っぽく笑う。
「……何か言ってくれないの?」
「……分かってるだろ」
「うん。でも、聞きたいな」
「……面倒な奴だな」
そう言いながらも、レイはアスナの頭にそっと手を置いた。
そして、静かに口を開く。
「……俺も好きだ、アスナ」
「……っ!」
アスナの顔が、さらに赤くなる。
「も、もう……! レイ……!」
「……何だ?」
「……何でもない!」
アスナは顔を隠すように、レイの胸へと寄りかかった。
レイは何も言わず、その身体を受け止める。
2人の間に、穏やかな時間が流れていった。
今日も2人は、相変わらずラブラブだった。
――その時。
コン、コン。
玄関の扉がノックされた。
「……ん?」
アスナが顔を上げる。
「誰だろう? みんな、今日は来る予定じゃなかったよね?」
「……ああ」
レイは席を立った。
「……俺が出る」
アスナも後ろからついていく。
そして、2人で玄関の扉を開けた。
その瞬間――。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「ダンディー、我輩来ちゃった♡」
聞き覚えのありすぎる声だった。
「…………」
「…………」
2人は無言になった。
そこに立っていたのは――。
太陽のような黄金の顔。
黒いサングラス。
そして、その下には人間のような身体があった。
しかも、仕立ての良い貴族服を纏っている。
黄金の顔に、妙に立派な人間の身体。
その姿は、以前の巨大な太陽神とはまるで違っていた。
だが、間違えようがなかった。
「久しぶりだな、我が友よ!」
ダンディーが、満面の笑みで両腕を広げた。
「今日も我が肉体は美しい! そして、この貴族服も実にダンディーだぜ~!」
「…………」
レイは何も言わなかった。
アスナも、何も言わなかった。
2人はただ、目の前の存在を見つめていた。
そして――。
バタンッ!
無言のまま、扉を閉めた。
「おいおいおい! 何故閉めるのだ、我が友よ!?」
扉の向こうから、ダンディーの声が響く。
「久しぶりの再会だぞ! もっと喜んでくれてもいいではないか!」
「…………」
レイは、ゆっくりと鍵を掛けた。
アスナも、扉から一歩離れる。
2人の間に、沈黙が落ちた。
やがて、アスナがぽつりと呟いた。
「……レイ」
「……何だ」
「……今の、見間違いじゃないよね?」
「……ああ」
「……そっか」
「…………」
「…………」
2人は、同時に深いため息をついた。
その時。
コン、コン、コン!
再び、扉がノックされた。
「我が友よ~! 開けてくれ~! 今日は特別に、ダンディーな再会の宴を用意してきたのだ!」
「……帰れ」
レイが、扉越しに短く告げた。
「何だと!? 聞こえんなぁ~!」
「……帰れ」
「フハハハハ! 照れなくてもいいのだぞ、我が友よ!」
「……アスナ」
「……うん」
2人は顔を見合わせた。
そして、同時に頷く。
「「無視しよう」」
2人は玄関から離れ、リビングへと戻っていった。
外では、相変わらずダンディーの声が響いている。
「ダンディー! ダンディー! 今日もダンディーだぜ~!」
「我が友よ~! 永遠の友よ~!」
「……うるさい」
レイが呟いた。
アスナは苦笑しながら、彼の腕に自分の腕を絡めた。
「……でも、何だか少し安心したかも」
「……何がだ?」
「だって、あのダンディーだもん。きっと、これからもずっと変わらないんだろうね」
「…………」
レイは、しばらく黙っていた。
それから、心底面倒そうに呟く。
「……俺の平穏は、いつになったら訪れるんだ」
アスナは、くすくすと笑った。
「……ずっと来ないかもしれないね」
「……最悪だぜ~」
「あ、うつってる」
「……呪いはまだ続くのか」
そう言いながらも、レイはアスナの手を握った。
アスナも、その手を握り返す。
2人の家には、再び穏やかな時間が戻ってきた。
――扉の外から響く、騒がしい声を除けば。
「ダンディィィィィィィィィィッ!!」
「永遠の友よ~!!」
「……黙れ」
レイの低い声が、家の中に響いた。
こうして、レイとアスナの幸せな日常は続いていく。
愛する人と過ごす、穏やかな日々。
大切な仲間たちとの、かけがえのない時間。
そして――。
どこまでもしつこく、どこまでも騒がしい、太陽のような悪夢。
どうやら、レイとアスナの悪夢は、まだまだ終わりそうにない。
完