妹様になりたい狂人の呪術廻戦転生記   作:火烏

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第二話 可能性

 ――フランドール・スカーレットになれるのかもしれない。

 

 その考えは、一度浮かんでしまうと、なかなか頭から離れなかった。

 

 私は自分の指を見つめた。

 

 小さな指だ。

 

 前世の私が持っていた手とは、形も大きさも違う。けれど、今の私にとってはこちらの方が馴染み深い。生まれてから今日まで、この身体で生活してきたのだから、当然だろう。

 

 前世の記憶が戻ったからといって、それまでの私が消えてしまったわけではない。

 

 両親のことも、これまで過ごしてきた時間も、覚えている。前世の記憶は、それらを塗り潰すのではなく、その上に重なっていた。

 

 私は私だ。

 

 ただ、以前よりもずっと多くのことを知っている。

 

 そして、知っていることの中には、どうしても忘れられない存在があった。

 

 フランドール・スカーレット。

 

 前世の私は、彼女が好きだった。

 

 幼く愛らしい姿も、どこか人形を思わせる雰囲気も、背中から伸びる奇妙な翼も。無邪気さと残酷さが同居するようなところも、底知れない力を持ちながら、どこか危うく見えるところも。

 

 好きなところを挙げていけば、いくらでも言葉が出てくる。

 

 公式作品で描かれた彼女だけではない。二次創作で見た彼女の姿にも、何度も心を奪われた。

 

 彼女について考えることは、私にとって楽しいことだった。

 

 それは今も変わらない。

 

 変わったのは、その気持ちの先に、新しい願いが生まれたことだ。

 

 ――フランドールになりたい。

 

 前世では、そんなことを現実の目標として考えたことはなかった。

 

 好きなキャラクターになりたい、という気持ち自体は、想像するだけなら難しくない。けれど、実際に別の存在になる方法など、普通はない。

 

 だから、私は彼女を好きなままでいた。

 

 その距離が、今になって変わったのだ。

 

 この世界が、私の知っている『呪術廻戦』の世界なのだとしたら。

 

 人間の身体や魂に干渉する術式が存在していても、おかしくはない。

 

 そして、私自身も、何かを変える力を持っている。

 

 ならば。

 

「……なれるのかな」

 

 小さく呟いた声は、誰に聞かせるものでもなかった。

 

 答えは分からない。

 

 そもそも、今の私が持っている力についてさえ、ほとんど何も知らないのだ。

 

 できることがあるのは分かる。

 

 しかし、それがどこまで可能なのかは分からない。

 

 フランドールになるためには、何が必要なのか。

 

 姿を変えればいいのか。

 

 身体の構造まで変える必要があるのか。

 

 彼女と同じ能力を持つことはできるのか。

 

 そもそも、どこまで変われば、私はフランドールになれたと言えるのだろう。

 

 考え始めると、疑問はいくらでも増えていった。

 

 けれど、今ここで答えを出す必要はない。

 

 まずは、自分に何ができるのかを確かめればいい。

 

 私は、改めて自分の指に意識を向けた。

 

 指先から第一関節、第二関節へ。

 

 目で見える形を、ゆっくりと追っていく。

 

 普通なら、指はこの形をしている。

 

 骨があり、関節があり、その周りを肉や皮膚が覆っている。指を曲げようと思えば、筋肉や腱が働き、関節が動く。

 

 けれど、先ほど自分の身体に起きた変化は、それとは違っていた。

 

 指を動かそうとしたわけではない。

 

 ただ、変えたいと思った。

 

 その瞬間、自分の中にある何かへ意識が触れた。

 

 目で見えるものではない。

 

 手で触れられるものでもない。

 

 それでも、確かにそこにあると感じられるもの。

 

 私自身を、私自身として成り立たせている何か。

 

 その輪郭に、意識が触れる。

 

 ほんの少しだけ、形を変える。

 

 その後で、指先が歪んだ。

 

「……!」

 

 思わず、息を呑む。

 

 指の先端が、わずかに伸びていた。

 

 皮膚が引き延ばされたように見える。けれど、無理に引っ張られたときの痛みはない。

 

 そもそも、私は指を引っ張っていない。

 

 自分の中にある何かを変えた。

 

 それに応じて、指が変わった。

 

 そうとしか思えなかった。

 

 私は目を離さず、もう一度試した。

 

 先ほどと同じように、自分の中に意識を向ける。

 

 指そのものを押したり、引いたりするのではない。

 

 その形を決めている、もっと根本にあるものを探る。

 

 感覚をつかみかけたところで、少しだけ形を変える。

 

 指先が伸びた。

 

 今度は、先ほどよりも狙ったとおりだった。

 

 戻す。

 

 元の形を思い浮かべ、輪郭を戻す。

 

 指先が、ゆっくりと元の形に戻っていった。

 

 できた。

 

 思わず、頬が緩む。

 

 たったこれだけのことなのに、嬉しかった。

 

 自分の身体が、自分の意識に従って変化した。

 

 しかも、普通に身体を動かすのとは違う方法で。

 

 私は何度か、指を伸ばしては戻すことを繰り返した。

 

 成功するたびに、変化させるときの感覚が少しずつ分かってくる。

 

 何も考えずに変えようとするよりも、変化させたい場所をよく見て、そこに意識を向けた方がやりやすい。

 

 ただし、見ているだけで変化するわけではない。

 

 意識の向け方が曖昧だと、思いどおりに形が変わらなかった。

 

 逆に、変えたい形を細かく考えすぎても、うまくいかない。

 

 指先を伸ばす。

 

 そこまではできる。

 

 けれど、伸ばした先端を細くし、関節の位置を変え、皮膚の輪郭まで整えようとすると、途端に難しくなった。

 

 意図した形がまとまらず、指全体が歪む。

 

 慌てて元の形に戻す。

 

 どうやら、何でも自由に変えられるわけではないらしい。

 

 少なくとも、今の私には。

 

 私は失敗した指を見つめながら、さっきの感覚を思い返した。

 

 変化させようとしたとき、私は指の骨や筋肉を、一つずつ動かそうとしたわけではなかった。

 

 そもそも、骨や筋肉を直接操作しているという感覚自体がなかった。

 

 もっと曖昧で、それでいて、自分の身体を変えるための根本に近い何か。

 

 それを変えた結果として、指が変わった。

 

 では、その何かとは何なのだろう。

 

 私は、前世の記憶を探った。

 

 呪術廻戦。

 

 私が知っている物語の中に、肉体を変形させる術式が存在していた。

 

 無為転変。

 

 真人という呪詛師が使う、魂の形を変える術式だ。

 

 魂の形を変えれば、それに従って肉体も変化する。

 

 少なくとも、私の知っている物語では、そういう能力だった。

 

 もちろん、今の私の力が無為転変そのものだと決まったわけではない。

 

 前世の記憶にある知識と、今ここで起きている現象が、どこまで一致しているのかは分からない。

 

 けれど、もし似た仕組みを持っているのなら。

 

 私が変化させているのは、肉体ではなく、魂なのかもしれない。

 

 そう考えると、先ほどの感覚にも説明がつく。

 

 自分の中にある何かに意識を向け、それを変える。

 

 その結果として、肉体が変化する。

 

 もし、私の考えていることが正しいのなら、肉体の形を決めているのは、肉体そのものではないのかもしれない。

 

 私が変えている何かに、肉体が追従している。

 

 それが魂なのだとしたら、今の現象にも説明がつく。

 

 ただし、これは仮説だ。

 

 私は魂を目で見たわけではないし、今の感覚が本当に魂を捉えているのかどうかも分からない。

 

 以前、奇妙な現象を目にしたときには、霞のようなものが見えた。

 

 あれと、今感じているものは同じなのだろうか。

 

 それとも、別のものなのだろうか。

 

 今のところ、答えは出ない。

 

 あのときは、目の前の現象を理解するより先に、何かが起きてしまった。

 

 けれど、今回は違う。

 

 自分の身体を対象にして、意識を向け、変化を起こし、その結果を確かめられる。

 

 少なくとも、同じことを何度か試すことはできる。

 

 ならば、そこを出発点にして調べていけばいい。

 

 私は、もう一度指先を見つめた。

 

 今度は、ただ伸ばすのではなく、先端だけを細くしようと考える。

 

 意識を向ける。

 

 変えたい形を思い描く。

 

 けれど、うまくいかない。

 

 指先が少し伸びたあと、輪郭が崩れた。

 

 私はすぐに元の形へ戻す。

 

 もう一度。

 

 今度は、変える範囲を狭くする。

 

 指全体ではなく、先端だけ。

 

 その部分の形を意識し、ほんの少しだけ変える。

 

 今度は、わずかながら形を保てた。

 

 完全に思いどおりではない。

 

 けれど、先ほどよりは確実に狙った形に近かった。

 

 私はその変化をじっと観察した。

 

 変えたい場所を絞ると、少しだけ制御しやすくなる。

 

 少なくとも、今の実験ではそうだった。

 

 これが本当に操作する範囲の問題なのか、それとも意識の向け方が変わったからなのかは分からない。

 

 確かめるには、条件を変えて何度か試す必要があるだろう。

 

 そう考えると、やるべきことは案外はっきりしていた。

 

 変化させる場所を変える。

 

 変形の大きさを変える。

 

 意識の向け方を変える。

 

 それぞれの結果を比べる。

 

 まだ幼い私に、難しい研究ができるとは思わない。

 

 けれど、試して、観察して、違いを確かめるくらいならできる。

 

 そして、今の私には、それを続ける理由があった。

 

 フランドールになりたい。

 

 その願いを叶える方法は、まだ見つかっていない。

 

 けれど、自分の力で身体を変えられるのなら、何かにつながる可能性はある。

 

 姿を変えることだけで、願いが叶うとは思っていない。

 

 フランドールの翼は、ただ背中に何かを生やせば再現できるものなのだろうか。

 

 彼女の能力は、どのような仕組みで成り立っているのだろう。

 

 彼女の身体を構成するものは、私と同じなのだろうか。

 

 分からないことばかりだ。

 

 だからこそ、知る必要がある。

 

「……面白い」

 

 思わず、声が漏れた。

 

 誰かに褒められたわけでもない。

 

 何か大きな成果を得たわけでもない。

 

 ただ、自分の力で、自分の身体を少しだけ変えられた。

 

 それだけのことが、こんなにも楽しい。

 

 私は、変化した指を元に戻した。

 

 そして、もう一度、最初から試す。

 

 今度は、先ほどとは違う形を思い描いた。

 

 うまくいくとは限らない。

 

 けれど、失敗したところで、何が分からなかったのかを考えればいい。

 

 繰り返していけば、いつかは分かることも増えるだろう。

 

 私は自分の指を見つめ続けた。

 

 フランドール・スカーレットになるために。

 

 まずは、自分の力を知るところから始めよう。

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