本来ならば彼女に並び立つ強者など中々現れない筈だった。
しかし、何の因果か同じ地平に立てるだけの力量があるオレは異様に気に入られて、命を賭けた死闘ばかりをおねだりされる。
「また睦み合いましょうね、ダーリン❤︎(また殺し合いましょうね、ライバル君)」
オレの胃袋は死んだ。
許嫁のニア・リストンが強すぎる。
寸鉄すら帯びない徒手空拳のみで完全武装した騎士を殴り飛ばし、踊るようなステップを刻みながら魔物としか形容出来ない怪生物の首を捻じ切るなど朝飯前。
動きの全てに理が宿り、2倍3倍の体格差など些細な問題だと喧伝するように、立ち憚る全ての強者を薙ぎ倒す姿は鬼神の如く。
恐らく、全ての武術家が目指すべき頂点にして完成形が彼女なのだろう。
もし神が実在するならば、手さえ届けば縊り殺せてしまうのではと、真剣に考えてしまうくらいには隔絶した実力を持つ。
…そんな彼女が本質的に目覚めた瞬間を、オレだけが知っているとはいったい何の因果だろう。
当時の彼女は重い肺の病に罹って生死を彷徨うような昏睡状態に陥っていたのだが、貴族の両親が藁にも縋る思いで家が傾くほどの大金で謎の魔法使いに治療を頼んだ結果、一命を取り留めるだけでなく、ゆっくりとだが快復に向かうという奇跡が起こっていた。
既に親同士が取り決めた許嫁の関係だったオレは、リストン家に招かれてお見舞いへと向かい……彼女の自室で変わり果てた姿を直視してしまった。
色素が抜け落ちた真っ白な髪の毛は確かに気になるが、1番の問題なのはそこではない。
周囲の人間は誰も気が付いていないようだが、彼女が漂わせているのは真の強者のみが持ち得るという圧倒的な“氣”。
途方も無いほど長い年月を掛け、狂人レベルの厳しい研鑽と経験を積んで尚、一握りの天才だけしか辿り着けない領域の覇気と言い換えてもいい。
つい最近まで蝶々が飛んでくるだけでも怯えていた少女がこんな事になるなんて誰が予想出来ただろうか? こんなの天地がひっくり返るレベルの奇跡が起きるか、この時代では無いどこかの武術家がたまたまニア・リストンという少女に乗り移っていなければ、到達出来る強さじゃない。
ーーーだからこそ、オレは対応を間違えてしまった。
戸惑いながら久しぶりに彼女と言葉を交わそうとした瞬間。
唐突すぎる反応に、彼女のメイドであるリノキスが何事かと疑問を抱き、それでも護衛対象を守るために身構える中。当の本人…表向きは儚げな幼女を演じていたであろうニアが車椅子に座りながらニコリと…いや、ニヤリと笑った。
「そうか、分かるのか。…分かる程度にはやれる手合いなんだな?」
まるで先細りしていた老兵が活路を見出したような口調で幼女が喋る。
そして一拍だけ間を置いて、実像さえ伴うような殺気だけの蹴りが飛んできた。
もちろん、車椅子に座る彼女は微動だにしていない。だが、これからお前を殺すと言わんばかりの暴威の気当たりが、まるで本物のように首の頸椎を狙っている。
回避は…不可能。モーションそのものは大ぶりに感じるが、腰から振り抜いてしなりが効いている分、幾らでも軌道を変えながら攻撃を当ててくるだろう。
ならば防御。腕を上げてガードを固めれば…あぁ、クソ!こいつ、もう次の攻撃に備えてやがる。半端に受けたら、そのまま硬直を狩られてゲームオーバーだ。
こうなれば、取れる選択肢は迎撃のみ。殺気を当てられただけで本気になってしまう己の未熟さを悔いながらも、防衛本能に従う身体は
「ッ!」
全身のバネを使ったであろう上段蹴りを肘を捻りながら受け切ると、ニアの顔が驚愕に包まれる。
この受け技の骨子は螺旋と回転。相手の攻撃を勢いごと絡め取り、一切逆らう事なく己の流れに組み込みながら、体外へと捌く。
震脚めいた重心移動で深く腰を落とし、殺気の蹴りを腕から胴体、下半身から足へと流してやる。
相手も巻き込んだこの動きならば、安易な追撃はしてこないはず。
…まぁ、実際は何の攻撃も加えられていないのでもしもの話なのだが、それでも迎撃の捌きは確かに実行されている。そのせいで屋敷が一瞬だけ地震のように揺れ、用意されていた茶器がテーブルの上でぴょんと跳ねた。
本当に蹴りを喰らっていたら床が抜けたんじゃないだろうか?
「……素晴らしい」
そんなオレの杞憂とは裏腹に、ニアは心底面白いめのを見たとばかりに破顔していた。
ただでさえ、絶世の美少女と謳われていた彼女はまるで一日千秋の想いで待ち望んだ恋人との逢瀬のように、うっとりと頬を赤らめ、熱に浮かされたような妖艶な表情でコチラを凝視してくる。時と場所を考慮せず感想を抱くなら、将来は間違いなく傾国の美女に育つのを確信させるほど色香に満ちた笑みだ。
「咄嗟の判断を迷った点はマイナスだが、それ以上に私の氣当てを完全に防ぐとは思いもしなかった…!只者では無いのはこの屋敷に来た時点で分かっていたが…何だその技術は! 知らない、知らないぞ! 力の流し方にコツがあるのか?単純に方向をズラすのでなく、ひと工夫、一捻りしているのか? いやいや、それだけじゃないな! …あぁ、この私が知らない武技がまだあったとは、正に僥倖だ…ッ!」
「お、落ち着いてくださいお嬢様!?」
一見すれば錯乱したように見えるニア。
だが、今の動作だけでオレの技を朧げながらでも把握しているとかマジで何者なんだ。
闘病中に何があったのかは不明だが、以前のような許嫁の貴族令嬢として接するのはもう無理だろう。オレの中では幼女の皮を被った恐ろしい武術の仙人にしか見えない。
今更ながら唐突な修羅場を超えた安心感と、起こしていけない虎の尻尾を踏み抜いたような錯覚を覚えて、滝のような冷や汗が背中から吹き出す。
その後、震脚の影響で何事かと心配するリストン家の面々や使用人達が競うように自室へ押し寄せてきたが、まさか4歳同士の子供がバチバチの殺し合いめいた応酬を繰り広げたなど誰も予想出来ず、唯一の目撃者であるリノキスもニアに口を閉ざすよう厳命されていたので、真相そのものは分からずじまい。
それどころか、あからさまに上機嫌なニアがオレに甘えてくる様子を見て妙な勘ぐりをされて茶化される始末。勘弁してくれ…。
幸い、そんなゴタゴタのお陰で早々に帰りの時間になったので、いっその事この屋敷で過ごしてほしいと駄々を捏ねる彼女を置いてサッサとトンズラするつもりだったのだが…どうやらニア・リストンからは簡単に逃げられないようだ。
こっそりと馬車に乗り込む前に、お別れの挨拶と銘打って完璧に待ち伏せをされていた。
「またの機会を心よりお待ち申し上げておりますわ。……許嫁様❤︎」
周囲の人間は微笑ましい光景だと見守っているが、コチラは蛇に睨まれたカエル同然。唯一、メイドのリノキスだけが嫉妬というか殺意すら漲らせた熱視線を向けてくるが、そんなものは何の威嚇にもなりはしない。
そして遠く無い未来…それこそ彼女が満足に身体が動かせるほど体調が回復すれば、間違いなく実戦での立ち会いを望むだろう。それまでにオレが今以上の力を付けなければ、叩いても壊れないオモチャ扱いされて弄ばれる可能性が非常に高い。
直感だが、今のこの子は一度でも興に乗ると、ある程度まで鬱憤を発散しないと意図的に止まらずに暴走するタイプの武人と見た。
だからオレは這々の体で帰宅した後、己を徹底的に鍛え上げる事にした。
貴族階級で上から4番目に位置するリストン家に並ぶ当家ならば、多少のワガママ扱いで最高品質のトレーニング器具や練習相手を用立てる事も難しくない。…むしろ、こういった好条件を整えねば、
理由は分からないが、せっかく転生っぽい状況になったのだ。彼女に殺されないよう努力するついでに、前世の心残りを完遂してもバチは当たらない筈。
そうでなければ、このオレ…リョウ・キサラギが、この世界に生まれ変わった意味が無いのだから。
ーーー今、巷を騒がせるであろう話題の歴史書、凶乱令嬢ニア・リストンに登場するライバルという人物は本当に存在したのか?
それについて著者であるカール・シルヴァー氏に直接インタビューする機会に恵まれました。
ーーーそれでは始めまして。今回は発刊前の忙しい時期にお時間を頂き、誠にありがとうございます。
いえ、こちらこそ没落貴族の手慰みとして書いた本なんかを取り上げて貰えるだけでも大変ありがたいですから。
ーーー恐縮です。最初にお聞きしたいのは、“あの“ニア・リストンに、不輩出のライバルが居たという説があるのは存じ上げていのですが、この本では確定事項のように書かれています。どういった根拠を元にしているのでしょう。
そうですね。まず、彼女の人外じみた強さそのものが眉唾物として扱われる近年。同格と称される彼の存在はあまりにも信憑性が低いと無視されてばかりでした。
ただでさえ、5歳の段階で裏社会の組織を物理的に潰してしまうような才女の前に、都合良くライバルとなる存在が現れるなど創作話にしても、都合が良すぎると解釈されたからです。
しかし、幸いな事に我がシルヴァー家はマジックビジョンの繋がりから長年に渡ってリストン家と懇意にしていた歴史があり、古い蔵に様々な物証が保管されていました。これらは門外不出まではいきませんが、先祖の私的な内容が多分に含まれている為、世に出回っていない貴重な資料が数多く残されていたと言い換えても差し支えなかったのです。
その中に、ニア・リストン自身が書き記したとされる手記や親しい者達による手紙が断片的に残され、ライバル関係にあった彼の実在を確信させるのに大変役立ちました。
ーーーなるほど、根拠となる資料の提示を渋っておられた理由はそのようなご事情があったのですね。
はい。ただ惜しむべくは、それらがあってもライバルの名前が意図的に名前が伏せられていたのは他の資料類と同様で、ここまでくると何かしらの深い事情があったのでは無いかと疑問を抱き、自分なりの考察や調査を挟んで筆を取るに至りました。
ーーー実に興味深いお話です。そして、伝説の大女優として今も持て囃されるニア・リストン氏のもう一つの側面、超級の武術家であるという説を当然のものとしてお考えなのですね。
……はい。そこについては今回の本とは本筋がズレるので割愛させて頂きますが、まずお伝えしたいのは肝心のライバルが一部の通説とは異なり、かなりの戦闘狂であった点です。
何せ、ニア・リストンが肺の病で倒れた後、車椅子に座っているだけの彼女に対して、殺気混じりの拳を突き出したとの証言があるほどなんです。
ーーーそれは…その、かなり過激と言いますか、自分の記憶ではライバルとされる人物は“あの方“であると思っていましたので、随分と印象が異なるように感じてしまいますね。
ですが、発言者したのは高弟の一人、リーノの近縁者とされるリノキス・ファンクによるもので信憑性は高いと思われます。手記にはライバルがこの時の時点で手が付けられないほど凶暴かつ独りよがりのワガママ野郎、お嬢様を誑かす…何かしらの比喩でしょうが、随分と細かくこき下ろしていました。
ーーーそこまで行くと、確かにあの方とは大違いですね。
えぇ。もしその場に彼が居たとすれば、その身を盾にしてでも、彼女を守ろうとしたと思うのは私も同感です。
しかし実際問題、身体は鍛えていてもそれなりの力しか持つ必要がなかった貴族の彼では、畜生を極めたライバルと戦っても悲惨な結果しか残せなかったでしょう。
一部の界隈では、ニア・リストンとライバルの熾烈な戦いをある種のメタファーとして捉え、精神的なNTR展開と称するものがいるほどですが、圧倒的な力の差の前では無力なものです。
やはり、ニア・リストンの興味を惹けるのは力。暴力的な力のみ…!
ーーーえぇ、と。そうですね。少々、過激な部分がまろび出ていますが、結局のところは著書で何を伝えたかったのでしょう。
それはもちろん決まっています。悪逆非道なライバルの真の姿を世間に知らしめ、不利益を被ったであろうニア・リストン様の名誉を更に高めるのです! そう、そのために私は実家との縁が切れるのも構わず、資料をを強奪して………。
ーーーはい。ちょっと良くないハッスルをしているようなので、ここで一旦、休憩を挟んでからインタビューを再開したいと思います。第二回以降もご期待下さい。
(╹◡╹)続かない