二十世紀末の世界最大の戦闘は熾烈を極めた。

ナチス第三帝国の敗残兵『ミレニアム』は完全消滅し、ローマの熱狂的再制服失敗によるイスカリオテ機関の大打撃を受けた。そして最強のアンデッド、『アーカード』は一つを除く342万4867の命を殺し尽くす為に三十年もの間眠りについた。

しかし、吸血鬼はまだ存在した。一世紀もの間に殺し尽くそうとしても、まるで害虫の様に際限無く増えて行く。しかも二十一世紀となった今、全てが変わった。吸血鬼は更に知能を駆使し、巧妙に身を隠しては生き血をすすり、グールを作り出す。

特に、女の吸血鬼、『ドラキュリーナ』は殊更厄介になった。『インフィニット・ストラトス』、通称『IS』の所為で。

しかしISを使うドラキュリ—ナ用の最強兵器に対抗する者が奇妙な事にこの世界にも生まれ出ずる。

その名は、織斑一夏。

吸血鬼を狩る吸血鬼にして、ISを操る世界でたった一人の男である。

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00:Fall of Man, Rise of Demon

一人の少年が男に担がれていた。やせ細ったその体のどこに人一人を抱えて走る気力があるのか、周りの景色がぼやけて見える。

 

担がれている彼の傷は見るに堪えない物で、爪を剥がされ、五寸釘が二の腕や太腿を深々と貫き、手足の指や耳など、ノコギリで切られたかの様なギザギザの肉片を残していた。流れ出した致死量以上の血は生乾きのペンキの様にべたつき始める。だがそれでも少年は奇跡的にまだ生きていた。意識は朦朧として周りの景色はピントがズレたかの様に酷く不明瞭で、音も同様に時折聞こえてはフェードアウトを繰り返す。

 

生きたい。

 

最早声に出す気力さえも残っていなかった少年だが、口はその言葉を発音しようと形作っていた。何度もそれを念仏の様に繰り返した。繰り返さなければ本当に死んでしまう。二度と動かなくなってしまう。何度も、何度も、何度も。だが体温の低下は止まらない。

 

生きたい。生きたい。どんな形でも良いから。生きたい。どんなに無様だろうと・・・・俺は生きたい。

 

「ほう。これはまた・・・・・・はなたれ小僧程度がこれ程までに。面白い。お前程の矮小な存在が諦めを拒絶し、人道を踏破する権利人に成り上がるとはな。」

 

低いトーンの男の声が聞こえた。頭を上げて声の主の顔を確認する事もままならないが、巨大な血だまり等気にも止めずに余裕綽々で近くまで歩み寄る一足の黒い革靴と踝まで届く赤いコートが視界に入った。

 

「やはり人間と言う物は実に素晴らしい。」

 

「何だ・・・・お前は・・・・!?」

 

明らかに焦燥している男の声は震えていた。彼の目に映るのは、『悪魔』、只その一言に尽きた。赤黒いペンキと内臓をそこかしこにぶちまけた通路をまるで散歩でもするかの様に近付いて来る。それも大きな笑みを浮かべ、爛々と目を輝かせながら。いたぶり甲斐のある魂を見つけた腹ぺこの悪魔の様だった。

 

「殺し屋だ。」

 

男は担いでいた少年の首に腕を回した。

 

「く、来るな!コイツの・・・・コイツの首ぃへし折るぞ!」

 

「小僧。お前、童貞か?」

 

いよいよ五感が機能しなくなり始めて来たが、僅かに赤いコートの男が口を開いて何かを言っている事は読み取れた。少年は小さく、しかししっかりと頷いた。

 

「そうか。よろしい。」

 

赤いコートの内側から、男は銃を引き抜いた。だがそれは銃と呼ぶには余りにも巨大過ぎる代物だった。重量も反動も並の人間ではまともに構える事すらままならないその重火器の銃口を少年の首に手を回していた男に向け、引き金を引いた。爆音と共に銃身から銃弾が飛び出し、少年と男の左胸を易々と貫いた。

 

「マ、マスター!何やってるんですか!死んじゃってますよ!?」

 

男の影の中から金髪で赤い瞳を持った若い女が姿を現し、少年を抱き上げた。胸には拳一つが難なく開通する程の大穴が開いている。

 

「まだ死んではいないさ。セラス、この小僧を噛め。」

 

「え?」

 

「私は気が遠くなる年月を生き、人間と言う物を見て来た。が、不死王(ノーライフ・キング)となる前も後も、人道を踏破する権利人となった痩せっぽちのガキを私は見た事が無い。行く末を見たくなったのだ。まあ、一時の戯れと思えば良い。言いたい事は分かるな?急げよ?でなければこの小僧は本当に只の肉袋になる。」

 

「は、はい!」

 

ぐったりした少年のシャツを開き、うなじを露わにした。

 

「ごめんね・・・・」

 

そう呟き、セラスと呼ばれた女は少年の首筋に牙を突き立てた。

 

今度こそ少年の意識は電源が入ったままでコンセントを抜かれたテレビ画面の様にぷつりと途絶えた。

 

 

 

 

 

 

目が覚めた時には、少年は病室のベッドで横たわっており、赤いコートの男がサングラス越しに凶悪な肉食獣の様な表情で自分の顔をを覗き込んでおり、少年は驚きと恐怖のあまり思わず大声を上げて彼から離れた。だがその拍子に寝ていたベッドから転げ落ち、背中を強かに打ち付ける

 

「あたたたた・・・・・」

 

「小僧、どうだ?死んでドラキュラの道を歩み始めた気分は?」

 

「え?」

 

少年は自分の体を見て驚いた。間違い無く死んでしまう様な傷を幾つも受けた筈なのに、傷跡すら残っていない。欠けていた指などもしっかり生えており、潰された片目も見える様になっている。

 

「ドラ・・・・・キュラ?ドラキュラって、あの、吸血鬼の・・・・ですか?」

 

吸い込まれそうな男の赤い目から目を離す事が出来ず、少年は立ち上がりながらそう訪ねた。

 

「そう、吸血鬼『ドラキュラ』。またの名をhominus nocturnae (夜の人間)。闇に紛れて蝙蝠となり、ある時は霧となり、人間の生き血をすする不死王(ノーライフ・キング)だ。本来お前はあの場で死ぬ所だったが夜を選んだ事でお前は生き返った。」

 

「え、え?え?」

 

赤いコートの男は小さく溜め息をついた。

 

「鈍い奴だ。これで歯を見てみろ。」

 

「歯を・・・?」

 

男が投げて寄越した手鏡で歯を剥き出すと、本来人間にある筈が無い牙が見えた。

 

「き、牙ぁ!?じゃあ、貴方が俺を・・・・?」

 

噛んだのかと聞こうとしたが、赤いコートの男は首を横に振った。

 

「違う。」

 

「君を噛んだのは私だよ。君は確か、イチカ・オリムラだよね?私はセラス・ヴィクトリア。で、こちらが私のマスターのアーカード。それとマスター、毎回思うんですけどそうやって人を脅かすのも大概にして下さい。ただでさえ外見が怖いんですから。」

 

「いや何、昔のお前を思い出したらつい、な。」

 

意地悪そうに笑うアーカードは立ち上がり、輸血パックに歯で穴を空けるとストローを突き刺し、喉を鳴らしてそれを飲み始めた。

 

「うぇぇ・・・・・」

 

少年———一夏はその様子を見て顔を背けた。どこの世界に好き好んで血を飲みたがる変人がいるのだろうか?だがこれで少年は確信した。否、確信せざるを得なかった。彼らは頭がおかしい訳でも、悪戯をしている訳では無い。この二人も、そして自分も、本当に吸血鬼なのだと。

 

「大丈夫だよ。その内君も慣れるから。私も最初は血を飲む事に抵抗があったからね。」

 

セラスと名乗ったその女性はにっこりと一夏に微笑みかけた。その笑顔に魅せられ、思わずほうけてしまったが、直ぐに居住まいを正して深々と頭を下げた。

 

「あの、ありがとうございました。お陰で助かりました。」

 

その言葉を聞いた瞬間セラスの表情は曇り、申し訳無さそうに俯いた。

 

「お礼を言われる様な事はしてないよ。一度吸血鬼になったら、もう二度と元には戻れないんだから。日向を歩く事はもう出来ない。」

 

「例えそうだとしても、俺は生きてます。セラスさんのお陰で、俺は今こうして生きてます。生きていればどうにでもなると思ってるので。」

 

一夏の言葉に、アーカードは笑いながら拍手を始めた。

 

「素晴らしい。実に素晴らしい。見上げた気の持ち様だ。まだ婦警と呼んでいた時のセラスにお前の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい位だ。」

 

「マスター・・・・!」

 

不機嫌そうに頬を膨らませるセラスを見て、一夏は不覚にもそれが可愛いと思ってしまった。だがセラスは何かを察知したのか窓を開け放ち、黒い影の様な左腕を翼に変化させて飛び出した。

 

「どうやらお前への客が来た様だな。我々と連絡を取りたければ、枕の下にあるメモ帳を見ろ。ご丁寧にセラスが我々の連絡手段と吸血鬼としての注意事項を書き留めておいた。ありがたく思うんだな。では、私もこれにて失礼する。テーブル脇の引き出しの中に輸血パックがもう一つ入っている。飲める内に飲んでおけ。でなければ力が弱まるぞ。」

 

アーカードは立ち上がって帽子を被り直すと、壁をすり抜けて姿を消した。それと同時に病室のドアが凄まじい勢いで開けられ、一人の女性が息せき切って飛び込んで来た。

 

「一夏!無事か?大丈夫か?!」

 

「大丈夫だよ。ほら、ご覧の通り。」

 

腕をぐるぐると回して全快していると言うアピールをした。牙を見せない様に笑いかけると、その女性は一夏にしっかりと抱きついた。その瞬間、一夏の中で何かが弾けた。香しい匂いが鼻腔をつく。血だ。白い肌の下に流れる処女の血だ。今ここで彼女の首筋に牙を突き立て、喉を鳴らして血を飲んだらどれだけ腹が膨れるだろうか。彼女の首筋に噛み付こうと牙を露わにしたが直ぐにやめた。姉の血を飲んだら、彼女も自分と同じ吸血鬼になってしまう。牙を引っ込め、口を閉じた。

 

駄目だ駄目だ。それだけは絶対駄目だ。姉が部屋を出た後、一夏は直ぐに引き出しの中にある輸血パックを取り出し、袋を破って中身を飲んだ。絹の様な喉越しに酔いしれ、最後の一滴まで飲み干した。飲み終えたその瞬間から、彼の中で何かが鎌首を擡げた。

 

最早使役されるだけの吸血鬼ではなくなり、本当の意味での吸血鬼一族の一人になった。自分の意志で血液を食らい、自分の意志で夜を闊歩する真の不死王(ノーライフ・キング)となったのだ。

 

自分の中から力が湧き出て来るのを感じ、一夏は満足そうに笑った。

 

不死王(ノーライフ・キング)、ね。良いんじゃないか。最高だ。」

 

 

 

 

 

それからと言うもの、一夏は夜な夜な姉の目を盗んではメモ帳を携え外に出かけた。

 

『ヴァンパイアの弱点は以下の通りである。

 

ニンニク

日光、紫外線

銀、その他の祝福された武器

首を落とされる

心臓を破壊される

流水(川や海、etc)

 

なお最初の五つは命のストックが大量にあれば無きに等しくなる。

 

人の血を完全に吸い切れば、記憶も全て自分の物となり、その者の命を己の物としてストックする事が出来る。つまり、一度殺されても既に五人の命を吸っていればストックを一つ消費して生き返る事が出来る。

 

ヴァンパイアの利点・能力

 

血液摂取による体力回復及び命のストックの増量(摂取した相手が非処女、非童貞であった場合はグールとして操れる)

常人を凌駕する体力と膂力

鋭敏化された五感

催眠術

肉体の自己再生

肉体の変化

使い魔の召喚(現在出来るのはマスターのみ)』

 

「なるほどね。確かに夜の空気の方が断然美味い。」

 

最初こそは変化した自分の体に戸惑いを隠せなかったが、今や満月をバックに笑える程に馴れてしまった。ビルの屋上から屋上へと飛び移り、夜の街を駆け抜ける。耳で心地良く風が唸り声を上げる。残念ながらまだ人から血液を摂取した事は無い為、能力の殆どはまだ使えない。だが力は格段に上がっているのは感じられる。そんな時、ポケットの携帯が鳴った。液晶に映し出された名前はセラスの物だった。

 

「マ、マスター?!」

 

『あ、イチカ君?後、マスターじゃなくてセラスで良いよ?それでどう、その後の調子は?』

 

「大丈夫です。メモ帳、ありがとうございます。本当に役に立ってます。」

 

自分でも気付いていないが声のトーンが弾んでいた。

 

『ちゃんと飲んでる?』

 

何を、とは言わずもがなである。

 

「はい。病院からの輸血パックだけですけど。飲むのと飲まないのとでは全然違います。日向でも半日位は動けますから。」

 

『そう、良かった。』

 

「あ、でも、シャワーを浴びれないのは痛いですね。あれも一応『流水』ですし。風呂なら平気なんですけど。」

 

『あははは・・・・確かにね。シャワー程度なら大丈夫だと思うんだけどなあ。それはそうと、電話した本当の理由はね、君にバイトと言うか、仕事を頼みたいんだ。』

 

「仕事?どんなですか?」

 

『吸血鬼狩り。手帳の最初の数ページにヘルシング機関の簡単な説明はしたでしょ?そこが私の職場。インテグラ様曰く、化け物を駆逐する化け物の吹き溜まり。吸血鬼も段々と私達のやり方を理解し始めてるから探すだけでも一苦労なの。それに移動手段が発達してからどんどん世界中に広がってるし。私とマスターだけじゃとてもじゃないけど対処が追っ付かないんだ。だから頼まれてくれるかなと思って。あ、勿論、給料もちゃんと出るからね?』

 

「吸血鬼狩り、ですか・・・・」

 

『私達と違って、人を見境無く襲って殺す。大多数の奴らがそんな物なんだよ。』

 

「・・・・・少し、考えさせてくれませんか?吸血鬼になったて事実に馴れるのにそこまで時間は掛からなかったですけど、それは・・・・」

 

『小僧、何を躊躇っている?』

 

向こう側でセラスの手からアーカードが携帯をもぎ取ったのだろうか、バックグラウンドでセラスが抗議の声を上げているのが聞こえる。

 

『吸血鬼は化け物だぞ?そしてグールは奴らの操り人形だ。グールが人を襲えば、ソイツもまたグールとなる。一人が二人、二人が四人、四人が八人と、鼠算式に増えて行くのだ。加えて、お前がいる国ではキリスト教徒はいても法儀礼をする為の設備など揃ってはいまい?お前の姉もいつ奴らの餌食になるか分かった物ではないぞ?』

 

アーカードの言葉に一夏は携帯を強く握り締めた。ミシミシと軋み始める。

 

「姉ちゃんはそんな簡単に倒される様な人じゃない。」

 

『ならばお前は吸血鬼を甘く見過ぎだ。霧にも蝙蝠にも姿を変える事が出来なくとも、撃たれた傷の回復が出来なくとも、奴らは人間を凌駕する力を持っている。幾らお前の姉が『世界最強』と謳われていようと、それはあくまで人間の範疇で最強と呼ばれているに過ぎない。ノスフェラトゥーが相手になれば、埃を払うよりも造作無くお前の姉は塵芥となる。」

 

癪に障るが彼の言う通りだ。グール程度なら何とか出来るかもしれないが、吸血鬼が相手ならば確かに勝ち目は無い。

 

「・・・・・分かった。良いよ。やりましょうよ、吸血鬼狩り。」

 

『よろしい。では一週間後にこれから言う場所に向かえ。仕事の道具を用意しておく。』

 

「イエッサー。」

 

電話を切ると、アーカードはデスクの上に置いてある三つの箱に目をやり、それを開いた。

 

「マスター、どう言うつもりですか!?考える時間ぐらいは・・・」

 

「与えた所でどうなると言うのだ。最早日向を歩く事が出来ない我々(ヴァンパイア)に考える必要は無い。我々は夜を、夜のみを歩く者だ。受け入れるのならば、最後まで受け入れてもらうまでだ。以前のお前の様な半端者のままでいられるのはゴメンだ。」

 

「う・・・・所でマスターその箱なんですか?」

 

「小僧の仕事道具だ。使わせるのは勿体無い気がするがな。対化け物(フリークス)用トップブレイク式リボルバー、『ガルム』。全長二十九センチ、重量十五キロ。専用弾はウィンチェスター大聖堂の銀十字を溶かした.600口径弾。そして対化け物(フリークス)用散弾銃『ゼルクセス』。弾は十三ミリのスラッグと10粒ショットの二種。法儀礼済みの大型銃剣付きだ。我々の使う物と同じく、食らって平気な化け物(フリークス)はいない。」

 


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