東方紫幻郷   作:ジャオーン

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二十八.幽香と一輪の向日葵 弐

悠陽という少女はある日、突然に私の目の前に現れた。

それは、私がとある花畑を拠点として初めて自身の居を構えた頃だった。

 

その日は、先日に吹き荒れた台風が嘘のように快晴の日。

私はただ呆然と私が愛した花畑の前で佇んでいた。

そこには、確かに無数の向日葵があったのだ。

天に向けて咲き誇るような美しい花畑であった――その台風が訪れる時までは。

 

私は誰よりも花々を愛する妖怪。なればこそ、自分の愛する花達を守るためならあらゆる力を行使してみせた。

けれど、それでもなお当時の私には世界が起こす膨大な力に対抗するだけの能力はまだ無かった。

だからこそ――私の目の前には、無残にも花が散り、茎が折れ、横たえる向日葵を守ることができなかったのだ。

 

故にただ呆然と――悔恨と自身の力不足を嘆きながら、息絶えた向日葵達を見つめていたその時に――。

 

「んに。だいじょーぶ。この子達はまだ生きてるよ」

 

唐突に私のすぐ横からそんな声が響いた。

思わずに隣を振り返れば、そこに居たのは一人の少女であった。

肩よりも少し長い黒い髪に、太陽を反射して輝いて見える黒い瞳。

そして、向日葵のように明るい笑みを浮かべて私の隣に立つ少女。

 

私は妖怪である。そしてこの花畑はその妖怪である私が住まうということで、人間たちはまず近寄りはしなった。

だからこそ、何の怯えもなく笑みを浮かべたままに私の隣に立つ少女は何者であるのかと思い、ただ驚きで見つめるけれど、そんなこちらの思惑など気にもしないように、少女は朽ち果てた向日葵たちに目を向ける。

 

「んふふー。大丈夫だよ。この子達はまだ生きてるから、だからほら――」

――みんなも早く起きて。

 

そう呟きながら、少女は向日葵たちに声をかけながらに一度だけ手を振った。

ただそれだけの所作。大業な儀式すら行わぬ、余りに簡素なその動作のみをもって――。

 

――花が散り、茎が折れ、地に倒れ伏したその向日葵たちの全てが、一瞬の間に満開の花を咲き誇らせ、黄金の花畑が此処に顕現する。

 

「……嘘」

 

思わず……ただ呆然と言葉が漏れる。

ありえない……などと言う話ではない。

彼女が行った出来事は時間逆行などというものですらない。隣で見ていたからこそ分かる。

この少女はその生命を向日葵たちに与えたのだ。

それはまさに生の創造。死への反逆。

妖怪どころか、神すらも容易くは御越えない神技。

 

それを余りにもたやすく成した少女に、思わず呆然と目線を向けると、少女の方もこちらを見つめながらに先ほどまでと同じ笑みを浮かべながらに話しかけてきた。

 

「これは私の力だよ。分かりやすく言うと命を分け与えるって感じ……かな?」

 

命を分け与える――。分け与える?

それこそ、まさに神の所業ではないのだろうか。

さらにそれを容易く行うこの少女は――。

 

「貴方は……何ものなの……?」

「私はただの人間よ。この近くの村に住まうただの人間。ただそれだけよ」

 

そう言いながら微笑む少女。

だけど――どこに命を分け与えるただの人間が居るものかと。

そう問いかけたかったのに。こちらの思惑など気にもしないかのように、少女は再び咲き誇る向日葵のそばま踊るようにかけていくと、楽しそうに笑い声をあげる。

 

「ねね! そんなことよりも此処は貴方の花畑なのでしょう? 前から遊びに来たかったの! すっごい綺麗だよね」

「え……えぇ」

 

本当に何者……この子。

仮にも私は妖怪だというのに。そんなことを露ほども気にせず、まさにそこに咲き誇る向日葵と同じような笑みお浮かべながら楽しそうに踊るこの子は……本当に。

そんな私の考えすらも楽しそうに笑うかのように、自由奔放な少女をただ呆然と見つめていると、今度はこちらへ駆け寄って来たかと思えば、少女はそのまま私に抱きついてきた。

 

「ちょっ!」

「んふふー。良い香り。それに暖かい」

 

思わず抗議の声を上げるが、そんなことすらも少女は気にもかけずにただ私を抱きしめてきた。

人間に……というよりも他の妖怪との諍い以外にまともに他者と触れたことすら無い私も、けれど少女は思いっきり抱きしめてくる。

何とか引き離そうとするが、けれど少女はそれに反してより強く私を抱きしめてくる。

そして――先ほどからずっとこちらの考えなど気にもしないかのように振る舞う少女に対して、何故か私は強く出られなかったのである。

 

「ねね。私は神楽悠陽。貴方の名前を教えて?」

「……幽香。風見幽香よ」

 

本当に……何故私はこの少女の言いなりになっているのだろう……と心の底から思うけれど。

それでも、この自由奔放な少女を止められないのだから。

だから、そう。

これはきっとあれよ。先ほど私の向日葵たちをこの子は助けてくれたのだから。

だからこれはそのお礼。この少女の好きにさせているのは、そのお礼にすぎないのだと。

私は私に向けて……言い聞かせる。

 

「んふふー。幽香ちゃんだね。ねね。幽香ちゃん、私の名前を呼んで。悠陽って呼んで」

「……どうしてよ」

「良いからー。ね。私の名前を呼んで」

「………………悠陽」

「んふふー。これで私達は友達だね。これからよろしくね! 幽香ちゃん」

「……は?」

「名前をお互いに呼んだら友達になるんだよ! だから私達は今日から友達なの」

 

そう言いながらけらけらと笑う悠陽。

本当にこの子が何を考えているのが分からないくて……。

それでも楽しそうに笑いながら、私を抱きしめてくるこの少女の笑顔を見ていると思わず頭が痛くなってくる……。

 

「あのね……。私は妖怪なのよ。分かっているの?」

「関係ないよ。妖怪とか人間とか私には関係ない。幽香ちゃんは幽香ちゃんで、私は私なの」

「……貴方ね。私が人喰い妖怪なら、今この場で貴方を喰らうかもしれないのよ?」

 

そう伝えながら私は未だ私の体に抱きついている悠陽に向けて妖気を被せる。

私は、人を喰らう妖怪ではないけれど。

それでも、私が妖怪である以上は人と必要以上の馴れ合いをすべきではない。

例えこの少女が強大な力を持っていようとも……いえ、それだけの力を持って居るからこそ。

この子は妖怪とは、決して馴れ合うべきではない。

そう思い、脅しを込めて妖気を解放したのだけれど――。

悠陽が――このまさに自由奔放な少女が行った次の出来事を私は生涯忘れないだろう。

 

私の腕の中にいた少女は、唐突に背伸びをしたかと思えば――。

纏う妖気など気にもかけずに――私の唇に口付けしてきたのだ。

 

「……んぅ」

「~~~~~~~~~~っ」

 

…………は?

意味が……本当に意味が分からない。

というか……なぜ。

私はいきなり口付けをされてるの?

いえ……本当に。しかも少女に。人間の少女に。

私の初めての口付けは――出会って間もない少女など……笑い話にもなりはしない。

 

「ちょっ! ちょっと! 貴方は何を考えているの!?」

「……んに? 口付けは親愛の証だって村長さんが言ってたよ?」

「……それは間違ってるわよ。本当に……色々な意味で。というより私は貴方を喰らう妖怪かもしれないと言ったでしょ?」

 

もはや妖気を纏う気にもなれず、この何を考えているのか本当に分からない少女に向けて、問いかける。

そんな私に向けて、にぱっと悠陽は笑いながら答えてくる。

 

「んふふー。私は幽香ちゃんになら食べられても良いよー? でも幽香ちゃんは、きっとそんな事はしないよ」

「……どうしてそう思うのよ」

「だってこの向日葵たちを見つめているときの幽香ちゃんの表情は本当に優しげだったんだもの。だから私は、そんな幽香ちゃんと友達になりたいって思ったの」

 

そうして悠陽はもう一度、強く私を抱きしめてくる。

その瞬間に……私は思った。

私はもはやこの少女から逃れられないのではないのだろうかと――。

 

「それじゃあ今日は日も暮れてきたから村に帰るね。明日また来るね!」

「……もう来なくても良いわよ」

「んふふー。明日も明後日も。それからもずっと此処にくるよ。だって私と幽香ちゃんは友達だものね!」

 

そうしてもう一度口付けをしようとしてくる悠陽を、今度は何とか押し込むと、少しだけ不満そうな顔をした後に私から離れると、彼女は村の方へと走っていった。

 

 

 

これが、私と悠陽という少女の初めての邂逅であった。

まさに自由奔放という言葉が似つかわしい少女に振りまわれてばかりいたような気がする。

いえ……彼女に振り回されるのは、出会った時だけでなくそれから先もずっとであったかもしれない。

とにかく、何時だって楽しそうな笑みを浮かべながらに、そこにある向日葵たちと同じような表情を浮かべる彼女を――何故か私は拒絶すぐことができなくて。

気が付けば、私のそばには何時だって彼女が居るようになっていのだった。

 

「幽香ちゃーん。遊びに来たよー」

「……今日は一人でゆっくりしたかったのだけれど」

「んふふー。なら二人でゆっくりしましょ」

「……なら急に抱きついたりしないでくれるかしら? 暑いのだけれど」

「いーやー。だって幽香ちゃん良い香りがするんだもの」

「……もう」

 

日々がこんな調子であった。

彼女が足繁く私のところへ通ってきたかと思えば、唐突に抱きついてきたり、一緒に花々に水をやったりと、とにかく私のそばに居続けた。

そして、何時だって彼女は楽しそうに笑っているのだった。

楽しく自由に――そう彼女はとにかく自由であったのだ。

自由奔放に、思うが儘に生きる。そしてそんなあり方がとにかく彼女には合っていたのだった。

そして私は……そんな彼女にこそ魅かれていったのだと思う。

 

 

悠陽と出会ってから約一年ほどが過ぎたころ。

一年という単位は妖怪からすれば一瞬の事であるけれど、人間である彼女からすればそれなりに長い時間のはずである。

人が成長するには十分な時間であるはずのなに、悠陽は僅かにでも落着きを見せるかと思ったが――実際にはその逆。

彼女の自由さにはさらなる磨きが掛かったのだ。

 

 

それはある日の夕刻。何時の間にか、私の家で夕食まで悠陽が共にするようになった頃の出来事。

いつものように、夕食を終え食後のお茶を楽しんでいた時だ。

彼女は唐突に口を開いたかと思えば――。

 

 

「ねぇ幽香ちゃん」

「何かしら?」

「私ね――赤ちゃんが欲しい!」

 

ブッ――。

私は飲んでいたお茶を全て吹き出してしまった。

彼女の奔放さは本当に良く知るところではあるけれど、それでも彼女はこちらが想像もしえないことを簡単に口にするのだから。

 

「貴方ね……自分が何を言ってるのか分かっているのかしら?」

 

きっと分かっていないのだろう。

なにせ口付けを友人通しを親愛の証だって信じて疑わなかった子だ。

だからきっと今回も――。

 

「分かってるよ! 私ね、幽香ちゃんとの赤ちゃんが欲しい!」

 

ほら……やっぱり分かって居なかった。

というかそんなキラキラした顔でこちらを見ないでよ。

この子は私に何を期待してるのかしら……。

 

「あのね、私と貴方で子供を造るには人と妖怪という種族の壁よりも遥かに大きな壁があるでしょう?」

 

まさに子供に言い聞かせるように悠陽に話していく。

けれど彼女は良く分かっていないように、首をコテンと傾けるのみである。

 

「そうなの?」

「そうなの。良い? 私も貴方も女同士なのよ。生憎と女同士では子供を造ることはできないの」

「んに? 好きな同士で一緒に居ると赤ちゃんって出来るんじゃないの?」

「残念ながら女同士だと無理なのよ」

「そっか……。そうなんだ」

 

私の言葉に悠陽は僅かに落ち込んだような顔をした。

その表情に……悪いことを言ってしまったかとついそう思った……けれど。

いや……そもそも女同士で赤ちゃんとか言い出す悠陽が悪いのであって。

それに応えられないからと言って、私が悪い要素は何も無いはずである。

 

というか、なぜ悠陽が少し落ち込んだけで私が動揺せねばならないのか。

意味が分からない。本当に意味が分からないけれど。

とにかく悠陽の暗い表情など少しも見たくなかったからから――。

私は思わず言ってしまったのだ。

 

「どうしても赤ちゃんが欲しいというのなら、神様にでもお願いしてみたら」

 

男にでもお願いしてみたら――とは絶対に言わないけれど。

悠陽は美少女だ。女の私から見ても、見間違うことのない可愛さをもっている。

そんな悠陽が赤ちゃんが欲しいなどと言ってみれば?

人喰い妖怪の前に無防備で飛び込むようなものである。

 

だからこそ、私はせめての慰め……というよりも誤魔化しのようにそう言ったのだけれど。

 

「そっか。神様にお願いすれば良いんだ。分かったよ幽香ちゃん。ありがとう!」

 

悠陽はそう言って、再び楽しそうに笑ったのだった。

その時は悠陽の笑顔が見れたから良かったのだけれど――。

私がその言葉を後悔することになるのはそれから三ヶ月後の事であった。

 

 

 

 

 

 

それから数日を境にして――悠陽は唐突に私の家に来なくなったのだ。

それまではどれだけ言おうとも、絶対に私の所に来ていた彼女がパタリと来なくなった。

何時だって私のそばにいた悠陽がまさに一瞬たりとも顔を見せなくなったのだ。

 

彼女に何かが起きたのか――。

いや――確実に何かがあったのだろう。

 

私は居ても立ってもいられないほどに、心配したけれど。

しかし妖怪である私が村に行っても良いのだろうか。

ただでさえ彼女はずっと妖怪である私のところに通っていたのだ。

そんな彼女のところに、私の方から行ってしまえばあるいは彼女は村に居られなくなってしまうかもしれない。

 

いや……あるいはそれこそが原因かもしれない。

妖怪の所に通い詰める少女を説得して、村に留めているのかもしれない。

ならばあるいは、その方が悠陽の為になるかもしれない。

そもそも妖怪である私の所にずっと居た方がおかしかったのだから。

だから、このまま悠陽が来ない方がそれこそが彼女の為かもしれない。

 

あぁ……でも、もしも何かの悪巧みに彼女が巻き込まれていたとしたら。

あの子が私の助けを求めているかもしれない。

だったら助けてに行った方が……。

 

何てそんなことを考え続けて――。

一度だけ……。一度だけ村の方へ様子を見に行こう。

そう思った、まさにその日の午後であった。

 

「幽香ちゃん! お久しぶり!!」

 

初めてあった日のように、まさに唐突に悠陽は再び現れたのだった。

嘗てと変わらずに、向日葵のような笑みを浮かべながらに。

私はそんな彼女を見たその瞬間に、思わず急いで駆け寄るとそのまま抱きしめてしまった。

彼女の無事を確かめるように。彼女の存在を感じるように。

 

「んに。幽香ちゃん、ちょっと痛いよ」

「あぁ……ごめんなさい。でも貴方が急に来なくなったものだから」

「ん。ごめんね幽香ちゃん。もっと早く来たかったけれど、赤ちゃんが出来たらちょっと体調を崩しちゃって、出歩けるようになるまで時間が掛かっちゃった」

「そう……。体調を崩したのなら仕方……が……な…………い。赤ちゃん?」

 

聞き間違いだろうか。いや。確かに聞き間違いだろう。

まさか……そんな。

うん……。

まさか……。悠陽に限ってそんな事が……。

思わず呆然と彼女を見つめるけれど、悠陽はけらけらと笑しながらに何でもないかのように答えてくる。

 

「にしし。そうだよ。私ね赤ちゃんが出来たの!」

 

嬉しそうにそう言ったのだった。赤ちゃんと……聞き間違いがないように。

私は――その瞬間において、自分が前に彼女へ言ったことを完全に忘れていた。

 

だからこそ……そう。

赤ちゃんが出来たと言われれば――つまりそういうことだと思ったのだ。

悠陽は女の子である。間違いなく。

そして赤ちゃんができるようなことをする為には――?

 

つまりそういうことである。この子を。この可愛らしいこの少女を。

この透き通るような白い肌を。

その全てに触れた男が居たということである。

 

そう考えたその瞬間に、私の中を吹き荒れたこの感情を何と言い表せば良いのだろうか。

 

「………………ねぇ悠陽?」

「なに幽香ちゃん? ……幽香ちゃん? 何だか少し顔が怖いよ?」

「そんな事はどうでも良いのよ。それよりも――貴方に手を出した馬鹿男は何処にいるのかしら?」

 

陽悠は美少女である。そんな悠陽が赤ちゃんが欲しいなどと言えば、手を出してくる男などいくらでもいるだろう。

だがそんなことはもはや関係ない。

もしも男の方からこの純粋無垢な少女である悠陽に手を出したと言うのなら、そんな極悪人に生きる価値など存在しえない。私がこの手でぶち殺してくれる。

もしも悠陽の方から求めたとしても、それでもこの子に手を出した時点で揺るぎようもないほどに罪である。この私が抹殺してやる。

 

あぁ……十七分割すらも生温い。生きてきたことの全てを後悔させてやる。

閻魔に送る事すらもさせてやらない。

死すらも救いとなる至極の煉獄を持って、この私の手を持って断罪してくれる。

 

そう思い、辺り一面に妖気を撒き散らすけれど、陽悠はそんな私を見てただ不思議そうな顔をするのであった。

 

「んに? 男? 違うよー。私に赤ちゃんを贈ってくれたのは女の神様だったよ?」

 

そして、そんなことをのたまうのであった。

 

「……神様? 何を言ってるの?」

「幽香ちゃんが教えてくれじゃない。赤ちゃんが欲しければ神様にお願いしなさいって」

 

あぁ……言った。言ったけれど。

それはあくまでも慰めのつもりで。

まさか本当に神様にお願いしたというの?

そして、それを神が叶えたと?

 

あぁ……。そういえば、それが当たり前のように出来てしまうのが陽悠という少女であったということを。

私は今さらながらに思い知るのであった。

私の適当な言葉でまさかそうなるなんて……誰が思うと言うのだろうか。

 

「あのねあのね。それで神様にお願いしてみたの。赤ちゃん下さいって」

 

私がいくら動揺しようとも、悠陽の言葉は続く。

もはやその言葉の始まりだけで、眩暈を覚えそうになる私の事など気にもしないかのように。

 

「そしたらね、七人ぐらいの凄そうな人たちがパッて現れてね」

 

パッて何?

というか七人って何?

なんでそんな簡単に神が表れるというの。まだ一人か二人の木端神が気紛れを起こしたぐらいなら分かるというものだけれど。いえ……それも十分におかしなことではあるのだけれどね。

 

「それでね、しばらくの間その人たちが誰が赤ちゃんを与えるかって言い争ってたんだけどね」

 

神が人に子を与える為に言い争う?

あぁ……。本当に頭が痛くなってきた。

もうこのままこの子の口を閉ざせて、何も聞かなかったことにしたい。

 

だって、これだけも十分に頭が痛いというのに……きっとこれからもっとトンデモナイ話が飛び出てきそうな予感がするから。

 

「それで結局はそのまま言い争って。でも中々決まらなかったんだけど、そうしたら突然にぶわって凄い光が出たかと思ったの。そうしたら光が消えた後にはさっきまで居た人達がみんな消えて、その後に太陽みたいに明るく輝いている綺麗なお姉さんと月みたいに静かに輝いて綺麗なお姉さんの二人が現れたの」

 

聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。

私の本能が告げている。

何というか……本当にそれ以上は聞きたくない。

嫌な予感どころではなく……それはもはや確信に近い。

 

「それでねその後はしばくら二人で話し合っていたんだけど、最後は月みたいなお姉さんの方が溜息をついた後に一回だけ私の頭を撫でてくれて消えていったの。だからね最後まで残ってくれた太陽みたいなお姉さんが、私にね赤ちゃんを贈ってくれたんだよー」

 

あああぁぁぁぁぁ。

悠陽は何でもないことの様に、けらけらと笑いながら言っているがこの子は自分が何を言っているのか分かっているのだろうか。

あぁ……いや。

まだ何かの間違いの可能性もあるのだか。

だから……そう。

 

「ねぇ……悠陽。その神様の名前を聞いているかしら?」

「んに? えっとね、確かアマ………」

「もう良い。もう良いわ大丈夫。それ以上言わなくても大丈夫だから」

「幽香ちゃん? どうかしたの?」

 

どうもしてない。私はどうもしてない。

むしろどうもしていないのは、貴方の方だろうと心の底から言いたい。

冗談ではない。

太陽神から子を授かる?

挙句に月の化神とどちらが子を授けるか言い争いをさせるですって?

 

本当に……この子は何者なの……。

神楽という名を私は知らない。

だけど……あるいは私が知らないだけどこの子は……。

 

その時に私の中にある感情もまた……何と言い表せばよかったのだろうか。

だからこそ――私は思わず陽悠に問いかえる。

 

「ねぇ……。貴方は何者なの?」

 

思わず……声が震えていたかもしれない私の問いに――。

陽悠は、一度だけそのお腹に手を当てた後に――ぎゅっと私を抱きしめてきた。

そうして、私のすぐそばで私を見つめてくるその瞳は、今までに見たことが無いほどに大人びていた。

 

「私は私だよ。私は悠陽。ただの悠陽だよ。神楽という血を引く神楽悠陽なの。だからね――。私という存在は陽悠という私でしかないの。太陽のお姉さんも言ってたよ。私達の一族は嘗てから、人も妖も神とも子を為してきたって。でもね――。私達は決して他には染まらない。その血を神楽というのなら、神楽は神楽にしかなり得ないということだけど……」

 

その語り方は、今までずっと子供らしい言葉使いしかしてこなかった陽悠からは、信じられないほどに落ち着いた口調であった。

そしてどこまでも清んでいながらに、けれど今までに感じたこともないほどの熱も帯びているようでもありながら、陽悠は私のすぐそまで顔を寄せながらに言葉を重ねていく。

私はそんな彼女を、ただ抱きしめながらに呆然と見つめているだけだった。

いえ――あるいはただ魅了され続けていたというべきかもしれない。

 

「でもね、神楽すらも私達を縛ることはできないの。だって私は私だから。私は悠陽。ただの悠陽なの」

「……悠陽。貴方は――」

 

自分でも何を聞こうとして口を開いたのかは分からない。

けれど……何かを聞こうとして悠陽の名前を呼んだが、その前に彼女がさらに言葉を重ねた。

 

「私には不思議な力以外には何もないの。神様がね言ってくれたの。私が望むのならどのよう事でも叶えてあげるって。でもね……私はそれは断ったの。だってそれを望めばきっと私は私でなくなるから。赤ちゃんを贈ってくれた事には沢山沢山ありがとうってお礼を言ったけれど、でもどうか私が私として生きさせて欲しいってお願いしたら、それで良いって笑ってくれたの」

 

あぁ……そうだ。それこそが確かに悠陽だろう。

自由に楽しく。何者に縛られぬように生きる悠陽だからこそこれほどまでに輝やいて見えるのだから。

 

「それこそが私らしいって神様も言ってくれて、それで神様たちも決して私達が望まなければ手を貸さないって。

自由に何物にも縛られずに、楽も苦も生も死も受けれてただ望むがままに人として生きるがいい、それこそが神楽という一族の最もの魅力であり、私達もそこに魅かれるのだからって」

 

えぇ確かに。私も確かに貴方のそういうところに魅かれているのだから。

そしてそんな悠陽が今も私の腕の中に居ると言うことが――どうしようもないほどに愛おしく感じてしまい。

 

「だらか――ね。幽香ちゃん私と一緒にこの子を守って? 世界で一番大好きで一番信頼してる幽香ちゃんが傍にいてくれれば、きっと此処は神様が居る場所よりも安心できる場所だから」

 

そう言って、今まで変わらずに私が大好きな笑みを浮かべながらに見つめてくる少女に対して――。

私は――今度は私の方からその柔らかい唇にゆっくりと口付けを行ったのだった。

そんな私の行動に、けれど陽悠も静かにそれを受け入れてくれる。

それから、互いにゆっくりと唇を離すと私ははっきりと彼女に告げる。

 

「任せなさい。私は――世界で最強の妖怪よ。例え相手が世界であろうとも貴方達を守りきってみせるわ」

「んふふ! そうだね。幽香ちゃんは誰にも負けないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

此処に一つの誓いが交わる。

そしてその誓いの先にあるモノは――。

花畑から東に向かう山の頂上に見え隠れし始める、黒き雨雲。

暴虐の力より湧き出る暗雲が向かう先。

世に平穏があるように、またその逆も然り。

 

誓いの言葉が試される時はすぐそこに――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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