鎮守府の敷地内の外れに位置する、程よく広い庭のような空間。
建物を壁に潮風も緩やかで、直射日光を程よく遮ってくれる背の高い木々の間からは海を一望できる穴場とも言えるロケーションの場所に二人の少女はいた。
一人は集めた枯れ葉から小さく立ち昇る煙の元をにこにこと眺め、一人は枯れ葉に包まれた手の平より一回り大きい銀紙の塊を静かに棒で転がしている。
「よし、後は暫く待つだけだな」
「ふふっ、お冬さん。お疲れ様です」
そっと枯れ葉のそばに棒を置いた綺麗な銀髪を靡かせる少女、冬月の言葉に、彼女の姉であるこれまた日の光に映える輝きを見せる銀髪を煌めかせる少女、涼月が慈愛の瞳でもって応えている。
今日は提督の休みの日。従って例に漏れず非番となった二人は、穴場とも言えるこの場所で秋の味覚の一つである焼き芋を楽しもうとしているところであった。もちろん許可は取ってある。万が一の対策としての水や砂の準備も万端だ。
真面目な気質な二人は提督の迷惑になる事が無いよう、事前にちゃんと打ち合わせまでしているのだ。流石は真面目艦娘筆頭秋月の妹たちである。
「それにしてもわざわざ野外で焼き芋とは、涼は本当に芋が好きだな」
「お芋はふかしても良し、焼いても良し、ケーキにも使える万能食材ですから。かぼちゃも持ってくれば良かったですね」
「焼きかぼちゃ、か。それも良いが、それだともう焼き芋ではない何かになってしまうな」
「うふふっ、それもそうですね。今回は焼き芋を楽しみましょう」
そのまま二人して柔らかな潮風と広大な海をなんとはなしに眺める。鎮守府の仲間と過ごす騒がしい時間も勿論好きだが、こうして少人数で静かに過ごすのも心が癒されるものだ。
あまりに心地良くて眠ってしまいそう、と涼月がそんな事を思っていると、ふいに隣の冬月が立ち上がった。
「お冬さん、どうかしましたか?」
「……提督だ」
「え?」
冬月の視線の先をなぞって向けた先に見えるは一人の男性の姿。今日は休日なので軍服ではないがあの背格好は間違いなく提督だ。二人ともあまり表立って感情を露にするタイプではないので目立たないが、あの秋月や照月の妹なだけあって、内に秘める彼への想いは正直計り知れない。
「どうやら釣りに出た帰りのようだな」
「そういえば提督は釣りが趣味だって青葉新聞に載っていましたね」
「涼……あれを定期購読してるのか」
「過激な記事も多いけれど、提督の情報もたくさん載せてくれるから。お冬さんもどう?」
「ふむ、検討しよう」
そんな事を言いながらも、二人は提督から視線を外さない。提督が釣りに出かける場合結構な確率で誰かが引っ付いている事が多いが、今回は珍しく一人だったようで、持っている物は背に掛けたリュックと釣り具、そして大きめのクーラーボックスだけだ。
冬月は一人考える。提督は今日休みなのだから、この後も約束が無ければ時間は空いている事だろう。その約束も協定で厳しく設定されている筈なので無い可能性の方が高い。そして現在は朝も結構早いので、まだ鎮守府は閑散としている。
「提督を誘うチャンスだ」
「お、お冬さん!! でも万が一断られでもしたら、お冬さんの心が」
「涼、心配してくれるのは有り難いが、両手がグイグイと私の背を押しているぞ」
「あら?」
冬月は知っている。いつもはとても優しく頭も良いこの姉が、提督が絡むと少々ポンなコツになる事も。もちろん本人には言わないが。冬月はそんなところもを含めてこの姉が大好きなのだから問題ない。
「行ってくる」
「お、お冬さん、ご武運を!」
姉のほわっとした声援を背に、冬月は傾斜のある緑の斜面を滑り降りていく。そのまま提督のもとに駆け寄っていく冬月。
「……むむ」
その様子を祈るような恰好で見つめる涼月。当然ここからでは二人の会話など聞こえない。提督が離れそうになると思わず目を瞑ったり、逆に冬月に向き直ると喜色満面な笑顔になったりと中々に忙しい。彼女はクールに見えて意外に喜怒哀楽がはっきりしていたりする。それが提督絡みとなるとなおの事。
「……まあ!」
幾多の攻防の末、勝利した冬月が獲物――もとい提督を連れて傍の軽斜面を進んでくる。腕はすっかりと提督の左腕に組まれ、もう逃がさないぞという冬月の強い意志が勝利宣言に見えて、涼月は心底嬉しそうに胸の前でぱちぱちと拍手を送った。いや別に決して提督を捕って食うわけではないが、傍目から見ればどう見ても獲物を持ち帰る仲間を拍手で出迎える狩猟民族である。
「無事、捕獲してきた」
「お冬さんは流石です」
見事な戦果に、お互いの手を上げてパンと重ね合わせる冬月と涼月。その後ろから眉間に見事な皺を寄せる野生の熊が現れた。否、提督である。そんな彼は涼月を視界に入れて、若干ながらその表情を弛緩させた。
「涼月、おはよう」
「はい、おはようございます、提督。そしていらっしゃいませ」
「ああ、冬月に焼き芋パーティーをしているからと誘われたのだが、本当に私が来て良かったのか?」
「勿論です! 日頃の疲れを癒していただくために精一杯おもてなしさせていただきますねっ!」
「と言っても芋しかないがな」
少し前の提督であれば、なおも遠慮していた事だろう。だが彼も幾多の試練――主に艦娘の暴走――を乗り越えてゆっくりとだが成長しているのだ。戦国時代の軍師が作戦会議中に見せるが如き眉間の皺をすっかり弛緩させて、彼特有の穏やかな瞳でもって二人を見やる。
「なら、少しだけお邪魔させてもらおう」
「はあっ! お冬さん!」
「ああ、涼! 我々の勝利だっ!」
まるで艦隊大決戦を勝利したかの如き抱擁を交わす二人だが、実際は穏やかな熊を一体捕獲しただけ――もとい提督を焼き芋に誘って受け入れてもらえただけである。これでも昔と比べれば相当付き合いの良くなった提督なのだが、まだまだ水準には程遠いので引き続き彼には尊い犠牲になってもらう必要がある。
「しかし焼き芋か……ちょうど良い、これも捌くか」
荷物を置いて焼き芋の枯れ葉を確認した提督は、もう少し完成に時間が掛かる事を察したのか、おもむろにクーラーボックスを開けてそんな事を言った。
「それはなんだ、提督……おお!」
「凄いですね! 大漁、というやつでしょうか!」
「今日は潮目が良かったみたいでな」
クーラーボックスの中には大小さまざまな魚がぎっしりと詰まっていた。魚は血抜きもされて、敷き詰められた氷でしっかりと冷やされているようで処理もしっかりとされている。
普段海に出ている割には、あまりそのままの魚というものを直接目にしたことが無い涼月と冬月は物珍しいのか瞳を輝かせて魚を眺めている。
いつもならこのまま鳳翔の所で捌かせてもらったり、夜のメニューにその日限りで出してもらったり、飲兵衛組の酒のアテになったりするのだが、その中でも小ぶりな数匹の魚を取り出して自前のまな板の上に置く提督。気分によっては釣った魚を船上で捌いたりもするので、彼はいつも釣りに出掛ける時は簡易的な調理器具一式を持ち歩いていた。
「すまないが、これを鳳翔のところに頼む」
「おけまるすいさん」
残ったクーラーボックスに入った魚は妖精さんが抱えて飛んでいく。そして何故か焼き芋のそばにはバーベキュー用のコンロと網がちゃっかりと常備されていた。その傍にお行儀よく妖精さんが専用の椅子に腰かけて待機している。
「釣ったばかりで新鮮だから、シンプルに刺身と塩焼きで行くか」
調理法が決まったら後はお手の物、慣れた手つきで鱗を取り内臓をはずし、素早く三枚におろす提督。その様子を感心した様子で冬月が、心底愛おしそうな瞳で涼月が眺めている。
「流石は提督だな。見事な包丁さばきだ」
「魚を捌くのは慣れているからな、練習すれば誰でもこれくらいはできるようになる」
「提督、私もお手伝い致します!」
普段料理をする涼月としてはアピールのチャンスと感じたのか、提督に密着する勢いでもう一匹の魚の下処理を申し出る。そんな幸せオーラを立ち上らせる姉を満足そうに眺める冬月という、提督を中心にふわふわした幸せ空間が見事に出来あがっていた。
「涼月は包丁を使うのも上手だな」
「そ、そうですか?」
提督に勝るとも劣らない手つきで下処理を済ませる涼月に、提督が飾り気のない賞賛の言葉を掛ける。
それに対して褒められた当の本人を飛び越えて、何故か見てるだけの冬月が胸を張っていた。
「涼の作る料理は絶品だからな。特にかぼちゃ羊羹は何度食べても飽きの来ない素晴らしい逸品だ。提督も機会を見つけて是非食べさせてもらうと良い」
「ほう、それはとても興味深いな」
「っ! でしたら今度、お昼休憩にでもお持ちしますね!」
「ああ、ありがとう。楽しみにしている」
「っ、はい!」
そのまま提督が捌いた魚は刺身に、涼月が下処理した魚は網の上で焼かれる事となった。皮目に垂らされた醤油が焼ける香ばしい香りと、魚本来の適度な脂が垂れる様子に何処からともなくごくりと喉が鳴る。
「焼き芋もそろそろいいな」
冬月の言葉に合わせて、並べられた皿の上に焼き芋が置かれる。アルミホイルを剥がして中を割ると、サツマイモ特有の豊潤な甘い香りが溢れるように零れだした。
「それじゃあ乾杯するか」
「提督、お茶ですが」
「ああ、ありがとう」
それぞれが麦茶の入った紙コップを掲げて、軽く一言。
『乾杯っ!』
そのままそれぞれが思い思いに箸を伸ばしては食事を堪能する。
「このお魚のお刺身、淡白ですけど歯ごたえがあってとても美味しいですね」
「焼き魚もほどよく脂がのっていて、醤油にも塩にも合うな。美味い」
「この時期のサツマイモは甘味が凝縮されていて、サイズもしっかりしているから食べ応えがある。他にもいろんな料理に使えそうだ」
各々が手に取った料理を手放しに誉めている。そうこうしているうちに妖精さんが仲間を呼んだこともあって、それなりにあった料理は綺麗に無くなった。
そのまま汚れた食器類を用意していた水で洗い、ゴミや枯れ葉を片付ける。最終的に出たごみ袋やコンロ等は妖精さんが率先して鎮守府に持って行ってくれたおかげで、残ったのは穏やかな風が吹く丁度良い空間と三人だけ。
一休みしようか、と丁度日陰部分になった建物を背に提督を中心として三人で腰掛ける。
「提督、貴重な休みの時間を割いて、今日は付き合っていただいて本当にありがとうございます」
「いや、こちらこそとても良い気分転換になった。ありがとう涼月、冬月」
「提督はいつも忙しい身。こうして我々が慰安の役目を果たせるならそれは本望というもの」
流れる潮風が三人の髪をさらさらと優しく靡かせては消えていく。
「次に釣りに行かれる際は、私もご一緒してみたいです」
「そんな事でよければ、いつでも付き合おう」
「ふふっ、約束ですよ。ああ、でもこれじゃあ協定違反になっちゃいますね」
「なに、バレなければ問題ない。それにいざという時は提督が助けてくれるだろう」
「良く分からんが、後ろめたい事をしている訳でもない。任せたまえ」
「それでこそ私の提督だ」
そんな冬月の言葉を最後に、三人は暫く無言で身体を包み込む穏やかな気候に身を預けた。
暫くして、提督は自身の両肩に僅かな重みが掛かるのを実感する。同時に両隣から聞こえてくる均一的な穏やかな寝息。
「……動けなくなったな」
今立ち上がると間違いなく彼女たちを起こしてしまう。ちらりと両隣を確認すると、片や幸せそうに。片や穏やかな表情で二人とも静かな寝息を立てている。
きっと夜遅くまで準備して、朝早くから気合を入れて楽しもうとしたのだろう。
「君たちには本当にいつも苦労を掛けているな」
提督は彼女たちが起きてしまわない様に、静かに彼女たちの綺麗な銀色の髪を優しく撫でる。
「せめて今ぐらいは、この二人に平穏な時を」
そんな提督の小さな祈りのような呟きは潮風に吹かれて、遠く海の果てへと運ばれていった。
そのまま提督は二人が自然に起きるまで、静かに寄せては返す海を眺めるのだった。
ちなみにどこから撮られていたのか、提督と密着して幸せそうに眠る二人の写真は忘年会の暴露写真大会に出されて大いに物議を醸した事を記しておく
その時の涼月と冬月はあまりの恥ずかしさに耳まで真っ赤にして床に引いていた座布団に頭まで潜り込んで全身を隠そうとしていたことはもはや言うまでもないかもしれない。
そんな二人の隣では思考の渦に沈む秋月と追及を止めない照月、真顔で眺める初月の姿が確認されていたとかなんとか。