東方物部録   作:COM7M

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どもお久しぶりです。
早速遅れた理由ですが単純にモチベーションのダウンですね。今回の話が内容描写共に書くのがめちゃくちゃ難しく、書くのを面倒くさがっていたらこうなりました。
というのも今回で一気にここまでの話の裏話というか真実的なものを明かす回でして。

おそらく二~三話前から読み直してもらったほうがいいかもしれません。




事の真実

「時間を作って頂き感謝します、叔父上」

 

「それは構いませんが、あなたの方から持ち掛けて来るとなるとどうにも怖い」

 

遣いによって開けられた扉を抜け、叔父上に一礼をする私に、派手な装飾のついた椅子に座りながら彼は肩を竦めた。長年彼の挙動を見て来たが、彼の言葉の真意は私でも判別がしにくい…。もっとも、言葉の真意と彼を口車に乗せられるかどうかは別だ。

とりあえず適当に笑みを作り、固い雰囲気を壊すように緊張感の無い普段通りの声色で話した。

 

「いえ、そんな。ただ少し叔父上には報告したいことがあって今日は参りました」

 

再び軽く頭を下げ、上がった目が叔父上のそれと合うともう一度笑みを浮かべる。しかし今度の笑みは作り笑いでは無く、純粋に“お願い”する時の笑みだ。上げられた私の顔を見た刹那、叔父上の首元が一瞬だが動いた。薄暗い部屋でのほんの一瞬の出来事だったが、人によっては心境が表情以上に首に出る時がある。前々からそれを知っていたので首元を注意深く見ていたが、今日は首元以外にも右手を僅かにそわそわさせていることに気づいた。叔父上はなるべく自らの内を悟られない様に常に冷静な態度を取っており、右手の動きは勿論唾を飲み込む行為だって普段は滅多に見せない。やはり叔父上は少なからず私を警戒している、恐れていると言った方がよいのかもしれない。

 

「報告、ですか」

 

「ええ…。まずは叔父上の命じた通り、物部は蘇我に降伏し、その領地の半分を譲る事を約束しました」

 

布都への命を、何ゆえ私が自らの手柄の様に語ったのかと疑問を抱いたのだろう。叔父上は下唇を少しだけ噛み、そわそわしている右手がまた少し大きくなった。だが私と布都の関係を知っている叔父上はすぐに合点が言ったようだ。なるほど、と柔らかい笑みを浮かべた。

 

「あなたも布都さんと一緒に同行したのですね」

 

「はい。布都一人では難しいと判断したので勝手ながら」

 

「いや、物部の降伏が何よりの優先でしたので構いませんよ」

 

本当は一日で話が付き、翌日は布都と楽しんでいたのだがそれをわざわざ報告する必要は無いだろう。二度目の布都の抱き心地を思い出し軽く妄想の世界に入りかかっていたので、一度心の中で咳払いをして切り替える。

 

「ですが物部もただで頷いた訳ではありません。私が彼等を説得する時に一つの教えを与え、それに対し彼等は一つの条件を提示してきました」

 

「教えと条件?」

 

今までの話の流れからするなら本来並ぶ言葉は“提案”と“条件”の二つだろう。だが私が物部の説得に使用したのは提案では無く、新たな教え。叔父上の傍にいる一人の男は、私が言葉の選択を誤ったと思ったのか表情が動くことは無かったが、叔父上の眉はピクリと動いた。やはり叔父上の挙動が昔より分かりやすくなっている。おそらく可能な限り自然体でいようと思っているのが緊張を生み、逆効果となっているのだろう。

 

「ええ。まず教えですが、これはいつぞや叔父上にも話したかもしれませんが、私は本格的に神道と仏教を混ぜた神仏習合を進めたいと思っております」

 

「なっ。いや、確かに前に一度その話を聞いた事はありますが、それは蘇我と物部の両者の関係が硬直していた時の策として考えていたものだったはず」

 

元々神仏習合の考えは、今から十数年経ってもなお蘇我と物部の関係が変わらない時に、両者の関係を良好なものとし世を収める策として考えていたものだ。未来(その頃の私)なら今より更に発言力も強まっているだろうし、物部の頭領は布都になっているだろうから、決して楽では無いだろうが徐々にだが確実に広まると思っていた。

それを蘇我が優勢になった今に使ったのは、やはり今後を考えた場合有効的と判断した為だ。

 

「その通りです。当時の私の言葉に嘘偽りはありませんが、そもそも物部が蘇我へ敵対心を向けているのは他ならぬ自らの思想を守るため。まだ余力が残っている彼等に対し、土地という目に見えるものと、神道という内なるもの二つを奪う(要求する)のは不可能と言ってよいでしょう」

 

「しかしそれでは仏の教えが世に広まるものか…」

 

「確実に広まりますよ、仏の教えは。叔父上は神と仏を信仰する者の違いを考えたことがありますか?」

 

「仏に救いを望むかそうでないか、神の豊穣や祟りを信ずるかそうでないか。こうではないのでしょうか?」

 

流石叔父上、露骨に神道を貶そうとしない辺りに他の者との違いを見せている。しかし今は叔父上に感心している時では無い。ここからの言葉は決して実証がある訳では無く、でまかせが入っている部分も多い。そんな言葉で相手を信じ込ませるにはさも当たり前のように堂々と、噛まず急がずに丁寧に話す必要がある。

 

「はい。間違っておりません。仏を信ずる者も神を信ずる者も皆、そのような思想があって神仏を敬っているのでしょう。ですがその彼等も気づかないある傾向があるのですよ」

 

「傾向とは?」

 

「あくまで必ずでは無いのですが、仏を信仰する者は若者が多く、神を信仰する者は古老が多い。若者は新たな信仰に救いを求める一方、古くから神々を敬っている古老は神々を疎かにできない。結果、子供は仏を信じたい一方親がそれを許さない状況も中にはあるようです」

 

「ふむ。なるほど確かに、どこかで似たような話を耳にした事があるな」

 

おそらくそれは布都から叔父上の元に流れたのだろう。私もこの話は布都から聞いた話なのだ。相手が神を信仰しようが仏を信仰しようが、別け隔てなく接する事ができる布都だからこそ得られた話なのだろう。生まれながら両親は勿論、身内から仏の教えばかり聞かされていた私、そして叔父上には考えたことも無い話である。

 

「若者と古老の立場が逆であるならともかく、若者の心が仏にあるのなら、時が経てば必ず仏教は世に広まるでしょう。それに加え、私達のような都に近い者はこれからより多くの寺院が立つかもしれませんが、地方(在郷)に住む者達は物部も多くを知らない神を祀っている話も聞きます。その様な者達の事を考えた場合、神道を弾圧する行為は面倒な争い事を増やすだけです。神と仏のどちらも敬うべきだという考えは、叔父上にとっても悪い考えではないと思います」

 

実際叔父上の本心は知らないが、少なくとも人前で神道及び信者を根絶やしにしようとは口が裂けても言えない。戦の火種が無くなる事を押しているこの話、これに対する反論は決して容易くないだろう。

 

「…私もよい案とは思いますが、そう簡単に両者を混ぜる事はできるのですか? やるとしても具体的な方法が無くては」

 

叔父上は一瞬言葉を詰まらせたのか、出だしの声が不安定だった。確かに政治的立場からすれば神仏習合は理に適っているが、そう簡単に受け入れられない事は紛れもない事実である。一度固められた思想は一年や二年で変わるものでは無い。物部の会合の時は布都の言葉が火種となり、私の言葉が燃え上がったので上手く彼等をまとめることができたが、この国全員の思想を一斉にあのように纏められるのは不可能だ。

だからこそ答えは簡単なのだ。

 

「そこまで難しい話ではありませんよ。今日明日で思想をころりと変えようと思っている訳では無く、まずは両者の関係性を良くし、ゆっくりと徐々に混ぜていくのです。時には新たな話を生み出しながらゆっくりと」

 

一見丁寧な返答に聞こえる私の言葉だが、つまるところ神仏習合をすぐに広めるのは無理だから時間を下さいと言っているものだ。それでも私は決して遜ることなく、自らの言葉に過ちは一切ないと信じ語る。それが相手の心を掴む単純でもっとも有効的なものだからだ。

もし私が誰かに愛を囁く時「あ~、私はあの~、あなたのことをえ~、愛しています」と言っても相手も興ざめだろう。叔父上を説得するのも女を口説くのも根本的な部分は同じだ。一切ぶれない心と言葉を、時には無理やりにでも作り、相手を説得する。

 

「しかし…」

 

「安心して下さい。叔父上がわざわざ参拝に行く必要などは必要ありませんし、仏教は今よりも多く広まる。そうなれば隋との交易もしやすいでしょう」

 

叔父上の息を吸う音が大きくなり、少しだが彼の体が後ろに逸れた。あれやこれやと仏教について語っているが、元をたどれば蘇我が仏教を広めようとしたきっかけは、隋との交易を円滑なものにするため。叔父上がどれだけ仏を敬い、仏の教えを大事にしようとも、隋との交易がやりたいという欲は大なり小なりある。

私の読みは当たっていたのか叔父上は黙りこくる。頭で考える叔父上だからこそ、利点の多い私の話に難癖をつけにくい。

さて、余り叔父上に考える余裕を与えるのも厄介だと判断し、すぐに話題を切り替える。

 

「思った以上に長話になりすっかり忘れていましたが、物部が出した条件についてもお話ししますね」

 

「あぁ、そうでしたね…」

 

「物部が出した条件ですが、物部が差し出す土地の半分は布都のものとする。これを飲まなければ交渉は決裂だと」

 

「なんだと!? そんな馬鹿な条件があるかッ!」

 

これに反応したのは叔父上では無く、叔父上の傍で静かに座っていた男だった。彼は荒々しく声を上げて私に鋭い視線を送ったが、すぐに我に返ったのか部屋全体に響き渡る声で謝罪を示した。私がその気になれば、私に暴言を吐いたという名目で、彼の首を刎ねるとまではいかないがある程度の罰を与える事はできる。しかし彼は叔父上のお気に入りで、下手に彼に突っ掛れば自然と叔父上との関係も悪くなるので、彼を罰するつもりはない。叔父上もまた、自らの心境を代弁してくれた彼を咎める気は無いようだ。

 

「物部は、どのような理由でその条件を提示したのですか?」

 

「守屋が治めていた土地の相続ですが、守屋の一家がいなくなった今、それを相続すべきは守屋の一番近い親戚である布都であり、そもそもの所有権は我々にはない。もっとも、実際に守屋がそこまでの土地を持っていた訳もなく、これはあくまで表面上のものです。実際は可能な限り叔父上、あなたの元に力を収束させない為に違いない。やはり蘇我の頭領であるあなたにはどうしても敵意が向けられており、可能な限り反抗しておきたいと言った意図が見えました」

 

相続に関する話はともかく、完全な私欲に塗れた話は無視できなかったようだ。叔父上もずっと昔から分かっていた事だろうが、改めて物部から敵意を向けられていると言われ、顔をしかめている。特にそれが土地の所有権が掛かったものなのなら尚更癇に障るだろう。

 

「ですが叔父上、布都は他でもないあなたの妻だ。布都の力量や、彼女が戦を好まないことはあなたもよく知っておられるはず。これで物部が付くのなら安いものと思います」

 

……。

…しまった。ここで私は深く考えもせず思いつく言葉を口から出していた事に気づいた。つい話を急ぎ過ぎてしまい、叔父上に答えを強要してしまったのだ。

今の言い方ではまず間違いなく…

 

「…私の妻? とんでもない。布都さんは実質あなたの妻でしょう?」

 

やはりそう返されるでしょうねぇ…。あ~も~、話の流れが私の方にあったから調子に乗ってしまった。一回盛り上がれば否が応でも一直線に進もうとする私の悪い癖だ。

内心頭を抱えて悶えながらも、表面はあくまで冷静を保ったままを維持する。私が叔父上を観察しているように、叔父上もまた私の挙動を根深く観察しているかもしれないのでそこも意識しておくが、こうやって意識すればするほど逆に表にでるものだ。きっと今私が動揺している事はバレバレだろう。

 

「確かに、布都の心は私にあります、それは否定しません。叔父上からすれば布都の元へ土地が渡る事は、私の元へ土地が渡る事と同義なのかもしれません」

 

「しれない? 実際そうではないのですか? あの方はあなたの為なら何だってしそうですが」

 

くぅ…。ここに来て常日頃の布都の愛が響いてくる。布都なら私が叔父上に対して戦を仕掛けると言ったら、はいの一言で戦を始めそうで恐ろしい。いや、それでも布都が私を愛してくれる事はこれ以上ないくらい嬉しいから一切の不満は無いが。

仕方ない、やりたくなかったがここは守りを捨てて攻めるしかない。守れば最後、余計な疑心感を生ませてしまう事になるので、私がこの場で捨てるべきは盾一択。

 

「否定はしません。布都は土地を寄越せと言ったら喜んで私に土地を差し出し、得た土地を私の為に使えと言えば使うでしょう。あの子はそういう子だ。しかし叔父上、私は叔父上との関係を複雑なものにする気は毛頭ありません。もしあなたを排除することで私に理があるのなら私の選択肢は一つしかない。だが私にとっても、この国にとってもあなたを倒す利点は全く無い。そして何より、私にはあなたの愛娘の屠自古がいる」

 

「……」

 

「私が怪しいと言うのなら物部が差し出した土地全てをあなたのものにしても構いません。もっとも、それで物部がどう動くかは私の知った事ではありませんし、そこで布都がどう動くかは私にも分かりませんが」

 

叔父上の傍にいる男の視線を感じるが、私の視線は叔父上の瞳から一切ずれない。今まで私は友好的な瞳で叔父上と接してきたが、今は叔父上を明確な殺意を向けて睨みつけている。私は今後も互いに協力し合う事はあっても、叔父上の元につく気は無い事を、そしてもし私の邪魔をするのならこの国の頂点に立った者であろうと容赦はしないという私の意志を再認識してもらう。

一切視線を逸らさず、揺らさず、眼力だけで叔父上を殺す気持ちで彼を睨みつける。少なからず私を疑っている叔父上に対し、この眼差しが吉と出るか凶と出るかは賽の目次第だが、例え賽の目が私に悪い結果になろうとも、そうなれば賽を壊すだけ。それに叔父上が私の性格をよく理解している事を考慮すると、吉の目の方が多い。自分と同じく、私が理によって動く人間であると叔父上は知っている。

 

「……ハァ、あなたには負けましたよ。私が少なからず疑っていた事も悟られていたようですね」

 

叔父上が溜息を吐いて緊張をほぐすと、それに続くように私もホッと息を吐く。

 

「ええ、まあそれはお互い様です。では土地は布都に与えるという事でよいですね?」

 

「構いませんよ。あなたの仰る通り、布都さんが戦を好む人間で無い事はよく分かっていますし、彼女ほどの才を持つ者に渡る方が民にとってもよいでしょう。ですが、これ以上物部が何か言ってきた場合は――」

 

「その時は私自ら兵を牽きますよ、布都を連れて。勝った暁には叔父上に残った土地を献上することも約束いたしましょう」

 

 

 

 

彼…彼女は小さく一礼をすると、ではと小さく言って背を向けて去って行った。彼女の足音が完全に聞こえなくなった時に私の傍にいた男が口を開いた。足音が聞こえなくなったとはいえ、彼女の耳がどれほどの良さか分からない為かその声は小さかった。

 

「どう、されましょう?」

 

「どうもこうも無い。従う他なかろう」

 

「従う?」

 

ドンと肘掛けを怒りに任せ叩いた。感情の暴走は冷静な判断力を損なう、それは分かっているが今この怒りをぶつけるのはこの方法の他無かった。

私の元に入るはずだった土地の半分を物部布都に与える? そんなことをよくもまあ私に面と向かって言えたものだ。いくら彼女が今回の戦の功績者であり、所有権を持っていると言っても、たった一人で土地の半分を貰うのは異様だ。そもそも物部が件の会合でそのような条件を出してきたのかも怪しい所だ。だが私が物部から酷く嫌われているのは確かであり、彼女の発言を正式な場で疑うことは避けたい。

 

「だが土地の半分…。いや、それよりも神仏習合を勝手に進めるとは。どうするべきか…。いや、何にしても彼女の存在が強過ぎる」

 

「暗殺という手もありますが」

 

「論外だ。心を見通す眼力を持つ彼女にそんな手が通用するとは思ない。仮に覚られず襲撃したところで、物部布都を相手にできる手練れはいない」

 

物部布都よりも強い人間自体は何人か心当たりがあり、会おうと思えば呼び出せばすぐに会える。だがあそこまで強い者のほとんどは、大妖怪や神や仏の遣いと言った人知を超えた存在と多く接している所為か、人の世に興味を持たない。仮に大金をはたいて依頼したところで、変わり者同士彼女と意気投合して反旗を翻してくる可能性も十分にある。

 

「それにこちらが兵を上げれば彼女は物部の残党を掻き集めて対抗できる。だが物部からすれば彼女の後ろには我等蘇我がいる。彼女は事実上、物部を手中に収めながらも蘇我としての力を持っている」

 

「ではどうすれば?」

 

「彼女の存在は確かに危険だが、けしてこちらに敵意がある訳では無い。これは間違いない。あちらが敵意を見せない限り、こちらから仕掛ける理由も利点も無いのもまた事実。何もしない、これが得策だ。それに…」

 

「それに?」

 

「逆に言えば彼女の立ち位置は非常に不安定で狭いものだ。並みの人間なら立っていられないほどのね」

 

 

 

 

何とか山場を乗り越えることに成功した私は、ふぅ…と一息を吐いて自室の扉を開けた。誰もいない静かな部屋に入ると、羽織ものを乱雑に床に投げ、部屋の奥に置かれた座椅子に腰かけた。

 

「ククッ、フフッ…」

 

「あらん。ずいぶんご機嫌ですわね、豊聡耳様」

 

肩肘を付いたままチラリと視線を動かすと、色々と私の計画を狂わせた原因の青髪の仙人が壁に穴を空けて入って来ていた。彼女の処遇は色々考えていたのだが、今の私は彼女を罰する気分では無かった。

 

「青娥か。お前にはいくつか思うところがあるが、私は今機嫌がいい」

 

「さっきの馬子さんとの話し合いですか? でもあれ、そんな上手くいったようには見えませんでしたわ」

 

「時折変な音が入ると思ったがやはりお前だったか」

 

青娥は気配を消す術を使っているのか、いつも神出鬼没に現れる。だが青娥が現れる前には必ず、上手く言えないが音に違和感が生じる。その違和感をよりハッキリと感じ取れるようになれば、こいつの登場に一々驚く必要も無くなるのだが、まだその域まで達してない。

 

「全ては上手くいったよ。これで物部の土地の半分が布都のものとなり、世には徐々に神仏習合の教えが広がる。そして叔父上も我が手中に落ちた。それが分からない辺り、お前もまだまだだな」

 

すると青娥は明らかにムッとした表情になり、わざとらしい甘い声を作った。こういう仕草を見る度、青娥の本質はある意味嘘が下手なのだと思う。自分の本心を隠さずに気軽に打ち明けられるのが青娥の本質。それだけ聞けば立派に聞こえるが、それはあくまで本質の話であって、青娥の口から出る言葉には偽りが多く存在する。

 

「なら教えてくれませんか? あなた様の思惑を」

 

ニッコリと、彼女の内を知らない男ならたちまち見惚れるだろう笑顔をして彼女は首を傾げた。

 

「思惑と言ったらまるで私が悪い事を考えている様じゃないか。それに見返りも無しに口の軽い女に真実を告げたくはないな」

 

「まあ、豊聡耳様ったら。私の体が欲しいならそんな回りくどい事しなくとも、いつでも相手に――」

 

「生憎私は口も尻も軽い女には興味が無くてね」

 

青娥が美人であることは私も理解はしているが、彼女の性格とその笑っていない目が治らない限り私が彼女を抱きたいと思うことはないだろう。もっとも、その二つが治ったところで、わざわざそんな面倒な事を進んでもしないが。

 

「うう…ひ、酷いッ。そんな言い方あんまりです!」

 

「ウソ泣きをするならもう少し演技に磨きをつけなさい。条件はそうだな…、最近より一層道教というものに興味が出た。道教の書物をありったけ貰おうか」

 

「えぇ~。既にかなりの数お譲りしたじゃないですかぁ」

 

ぷんぷんと声に出し不満げに頬を膨らませる。どうしてこう布都が頬を膨らませるのと青娥が頬を膨らませるのでは、こんなにも抱く感情が違うのだろうか。方や愛しさを抱き、方や殺意と呆れが生まれる。とりあえずいい年した、それも腹が真っ黒な女がやって許される仕草ではない。口に出せば青娥を怒らせてしまうかもしれないので言わないが、その代わり下手に付き合うつもりは無いと無視をする。

 

「お前がくれたものも面白かったが、どれもこれも表面的な事しか書いていない。私はもっと本質的なものを読みたいのだ。仙人になったお前なら、当然持っているだろう? 青娥」

 

「…えぇ、確かに持っていますわ、もっと道教の深い部分の書かれたものを。それが読みたいと言うことはつまり、仙人になりたいということで?」

 

仙人、か。確かにそれも悪くないかもしれない。青娥のように自由気ままにふらりふらりと世界を旅するのも楽しそうだ。だが私にはこの日の本をより良い国にする責任があるので、今すぐ世界を旅しようとはこれっぽっちも思わないが。

少し私自身が仙人になりたいのかどうか考えてみたが、答えは自分自身分からなかった。

 

「さあ? だが自らをより高めるという道教の考えは非常に私好みだ。少なくとも仏教よりはずっとな。それに知識の拡大は発想力の糧となり、ものの見方が広くなる。それでは駄目か?」

 

「大丈夫ですわ。むしろその考えはとても仙人向き、ますます豊聡耳様を仙人にしたくなりましたわ。交渉成立です。ですので」

 

まるで子犬が餌を強請る様に、キラキラと瞳を輝かせて私の口から出る真実を期待していた。私はやれやれと溜息を吐くと、少し目つきを鋭くして青娥を真っ直ぐ見つめる。

 

「分かっている。だが、一つ言っておくがこの話は他言無用だ。既にお前は一度私を裏切っているのだ。二度目はないと思え」

 

「あら。確かに私は屠自古ちゃんを守屋に渡し、物部様に家が襲われている事を教えましたが、そうするなとは一言も申されませんでしたよ」

 

「余計な事はするなと言った筈だ。私が命じた通りに進めろと」

 

「ですからそうしたではありませんか。私はちゃんと守屋をけしかけて、物部様の両親と屠自古ちゃんのお母様を殺させた。結果物部は瞬く間に兵を上げ、それを蘇我がやっつけた。見事な手腕なこと」

 

青娥の口から放たれたのは、償いきれない私の罪。その言葉にどれほどの重みが乗っていると知りながら、煽る様に上辺だけの敬語で告げる。

私はギリッと唇を噛み締め、強く握った拳を肘掛けにドンと叩きつけると、明らかな敵意を青娥に向けた。

 

「ッ! その過程でお前が面倒な事を起こしたから布都も屠自古も深く傷ついた! 屠自古が人質とならなければ、すぐに集まった物部に守屋が反逆した事を告げ、内部分裂まで持って行き、被害も最小限にできたのだ!」

 

「あらあら、ご自分の事は棚に上げて私に説教ですか? いいですね、私そういう説教は大好きですの」

 

この女狐がッ…。未だ衰えてない、この毘沙門天の力の宿った七星剣なら、例え仙人であろうとこいつを殺せるか?

いや、駄目だ。布都が布都御魂剣を持った守屋に勝ったのと同様、いくら強い武器があっても私では青娥を殺すことはできない。私にとってこの七星剣はあくまで威厳を示す為の道具であって、私自身この剣を振ったのは指で数えられる程度だ。それに布都の話では、青娥は布都を遥かに凌ぐ力を持っていると感じたらしい。もし青娥がその気になれば、柄に手を置く前に私の首を刎ねる事ができる。実際の青娥の力は未知数だが、検証する訳にもいかない。

私が自らに下した結論は、この程度の挑発で感情的にならず適当にいなす。これだった。

 

「……」

 

「ひょっとして怒っちゃいました?」

 

「…いいだろう。まずは物部の土地の半分を布都に与えた理由だが、それは単純に布都が力を付けることは私自らの力が増えるのと同義だからだ」

 

青娥は無視されちゃいましたと、肩をすくめて大きな溜息を吐く。

 

「それに加え、布都により自由に統治させたかった。あの子の治める土地は必ず後に発展していく。それにはまず布都により広く自由な土地を渡したかったのだ」

 

「随分と信頼しているのですね。両親を殺した割に」

 

「ッ! 私が最も信頼しているのが布都…だ。他の誰でもない。確かに私は布都を愛せる立場にないのかもしれない。だが疫病が蔓延したこの国を前に進める為、布都の両親の死は必要だった。

青娥、これ以上私を煽るのなら私はお前に対し、金輪際怒りを覚える事はなくなるだろう。それを肝に銘じておけ」

 

「それは嫌ですね。ふふっ、承知しました」

 

これ以上その件に触れられたら堪忍袋の緒が切れ、剣に手が行きそうだったので、私は青娥に脅しをかけた。先程の言葉の意は、今一度私を煽った時私の中での青娥の価値を、人を煽ってばかり楽しむ低能でつまらない存在にするということだ。

目立ちたがり屋の青娥にとって、私が青娥へ興味を無くす事は下手な侮辱の言葉よりも辛い。それが分かった上で私は脅しの言葉に“殺す”とは使わなかった。

 

「話を続けるぞ。次に神仏習合だが、これも叔父上に話した通り。下手に神道を捨てろ、土地を寄越せと言っても彼等が頷くはずはないだろう。神仏習合は物部に手っ取り早く降伏させる為の駒だ」

 

もっとも、実際の会合で物部の者達を思い出す限り、神仏習合は最後の一押しにしかならず、実際はあの戦での布都の活躍があってこその交渉だった。その点は守屋が布都御魂剣を盗んだのが功を奏したのだが、それは不謹慎か。

 

「駒、と言いましたか。流石です。では何故馬子に事後報告といった形で今日報告されたのですか? 物部との会合の前に豊聡耳様も馬子と会う機会はあったでしょうに」

 

「青娥、我ながら神仏習合とは面白い案とは思わないか? おそらく仏教が広まった隋で、神仏習合を言ってもまず間違いなく受け入れられないだろう。しかし経典の無い神道の広まった日の本で神仏習合を言えば結果は変わる」

 

「おや、まるで結果を知っているような口ぶりですわね」

 

「結果は知らないさ。だがまず間違いなくこの教えは広まる。いや、広めてみせる。私の名と共に」

 

私の口ぶりで青娥は察したのか、なるほどと珍しく真面目な表情で小さく頷いた。どうやら先程の脅しが聞いたのか私を煽る気配は無さそうだ。

 

「神仏習合は力を蓄えた状態の物部との交渉だけでは無く、名声を得、民の信頼を勝ち取る為でもある」

 

「正解だ。そしてそれを広めたのは他の誰でもない、この私、豊聡耳神子でなくてはならない。事前に叔父上に話せば利用されると思ったからな。あえて神仏習合を実際のものとする事を言わなかったんだ。それに加え、物部の陣営には今すぐに受け入れる必要は無いから、話を広めるように伝えてある。蘇我に明け渡す土地の半分を材料にしてね」

 

「なっ!? ではあの物部様に渡る土地の半分は?」

 

「そう。あの土地は物部から見れば、これ以上蘇我に力を収束させない為の最後の悪足掻き。その対価が噂話を広めるだけとなれば喜んで引き受けるだろう。一方蘇我、正確に言えば叔父上から見ればあの土地は物部を降伏させる為の致し方ない出費。物部が一丸となってやってくれば叔父上とて唯ではすまない。納得いかない部分はあるが、布都は名目上叔父上の妻だ。名目上は自分に不利益が無い以上呑むのが道理と取る」

 

「結果豊聡耳様は物部が明け渡す土地の半分と、名声の二つを手に入れた、と。なんともまあ…。しかし一つ疑問に思うのですが、何故そこまで名声や信頼を得る必要があるのですか? 別に何もしなくとも、豊聡耳様の噂は世に少なからず広まっておりますよ」

 

「後々の行う政策を考えても名が売れているのは利点だが、目先の事を考えると名声があれば徴兵が容易になるからか」

 

「徴兵…ということは馬子に裏切られた場合ですか?」

 

「ああ。叔父上が私を裏切った場合、いくらか私の元に付いてくれる者もいるだろうが、それでも蘇我の多くが敵に回るだろう。そうなった時、私の味方は物部と付いてきた者達だけとなる。正直それでも私と布都だけで勝てる自信はあるが、叔父上は油断ならない。蘇我に対抗する兵を集める為にも名が広まった方がいいんだ。人は正義の元で戦いたいものだろう?」

 

肩肘を付きながら小さく笑うと、何がおかしかったのか青娥は一見すればとても愛らしい、だが性根の腐りきった笑みで返してくる。

 

「とても正義を名乗る人の顔ではありませんよ?」

 

「ならお前の抱く、正義を名乗る奴の顔が間違っているのさ。自分が正義だと奴はどこかしら人として欠陥している。私のような、上に立つ者は特にな。

もっとも、これはただの備えであって、実際のところ私と叔父上は互いに互いの秘密を握っている。お前も知ってのとおりだ」

 

「布都さんのご両親暗殺の一見ですわね」

 

ああ、と小さく頷く。

元々布都のご両親を暗殺する計画は数年前から考えていた。無論何度も他に手はないかと考え直したが…いや、言い訳はよそう。

いくら皇子とはいえ、今よりも幼い私一人でその計画を進めるのは不可能だったので、私は叔父上に計画の旨を伝えると、物部を大きく揺らせるこの案に叔父上は賛同し、先日遂にその案は幕を閉じた。

流れとしてはこうだ。

疫病が流行り、再び険悪となった蘇我と物部。そこで私達はわざと父上(大王)が、廃仏派の“蘇我が他国の神を国に迎えた為に疫病が広まった”という根も葉もない噂を信じたことにした。それが廃仏行為に対する天命だった。そして守屋を筆頭とする行為が過激化する中で、一人の少女が動き出すこともまた予想していた。布都である。布都は私の予想通り、叔父上と夫婦になるという案で蘇我と物部の仲を改善しようとした。事の流れを知っている叔父上は表面上物部との仲を改善しようとし、尾興殿は愛娘の為にと蘇我との仲を改善しようとしてくれた。結果一時は燃え上がっていた過激派筆頭の守屋は腑に落ちぬままの状態になり、そこで青娥の出番だ。

青娥が守屋をけしかけ、それに応じた守屋が布都のご両親を殺し、その罪を蘇我に擦り付ける。そして守屋が物部一族を引き連れたところで、布都が物部の軍勢の前で真実を語り内部分裂を図る。こういった流れだったのだが、実際のところ守屋もそう簡単に首を縦には振らず時間を食われ、また青娥の悪戯のせいで屠自古が人質になってしまい、そう全てが上手くは進まなかった。が、結果は数年前から予想していた通りのものだ。

 

叔父上が女として布都に手を出さないのは、この計画を発案した見返りとして、布都に手を出さないことを誓ってもらったからだ。

 

「ん~、おおよそ理解はしました。でも最後に一つ、一番気になるのはどうしてわざわざ屠自古ちゃんのお母さまを殺させる必要があったんですか?」

 

「簡単さ。愛する妻を亡くした男の表情は読みやすいだろう? 叔父上が手中に収まったと言ったのはこれさ。想像以上に効き目はあったようだ」

 

「……」

 

あまり聞かれてほしくない質問にわざわざ返してやったというのに、青娥はぽかんとした表情で私を見つめるだけだった。らしからぬ彼女に、どうした、と声をかけるとふふっと微笑みながら青娥は言った。

 

「いくら私でも、表情一つの為に肉親を殺そうとは考えもしませんわ」

 

「ならそれだけ私がおかしいってことだ。さて、もういいだろう。見返りの品は今後定期的に持って来い」

 

「ずいぶんあっさりしてますこと。でもそっちの方が豊聡耳様らしいですわね。それでは」

 

青娥はぺこりと頭を下げると、髪に刺した髪飾りを使って壁を空け出て行った。青娥が空けていった穴からは、気味の悪い薄ぼんやりした月が、穴が閉じるまでの僅かな間部屋を照らしていた。

 

 




一話で一気に謎を明かす典型的素人。

一応事前にプロットは組んでたりはするんですが多分色々と穴だらけですね。
そもそもこんなに長くなる予定もなかったとはいえ、今になってもっと馬子を掘り下げておけばよかったと後悔。原作キャラ以外の扱いが総じて雑。
歴史の勉強大事(しない)


神子様の外道っぷりはまあこんな感じでいいかな~くらいですね。生前は屠自古以外の新霊廟組はかなり色々やっちゃってるイメージです。布都ちゃんに関しては公式設定の時点でとんでもないですし。


更新遅れた挙句、話・描写共にこれですいません。とりあえず評価とかあんまり気にしないようにしてのんびりやっていきます。
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