英雄になりたいと少年は思った   作:DICEK

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ベル・クラネルの決死行③

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背嚢からバナナを一房取り出し皮を剥く。ナイフで適当に刻んでジョッキの中へ。マッシャーで軽く潰してから牛乳をドバドバ投入。そこに砂糖をこれでもかと入れてから粉末にしたアーモンドを入れて蓋をして思い切り振る。

 

 冒険者ほど身体の消耗を如何に回復するかに心血を注ぐ職業は他にない。レベルに合わせてあるいは種族に合わせてこれまで個人で団体で様々な研究がなされてきた。緊急時はポーションなどで誤魔化すのも手であるが、先々のことまで考えると身体には良くないというのが冒険者たちの通説である。

 

 先立つものがない駆け出しの頃ならばまだしも、ある程度余裕が出てくると大体の冒険者が意識するのが『身体が資本』という基本原則だ。

 

 そんな冒険者たちの中でも獣人、特に狼人や猫人など俊敏さを売りにする種族は代謝が早く食べた物を血肉に変えやすいと知られている。瞬間的に馬力を出すための進化の結果と言われるがそんな彼らが即時の栄養補給に用いるのがこの手のドリンクである。

 

 見ているだけで胸やけしそうなそれをアレンは一気に飲み干す。別に甘いものもこれそのものも特別好きな訳ではない。必要だから口にするのだ。ポーションを始め他にも色々試してみたがこの手の自然物由来ものでそれなりに腹に溜まるものがアレンにはしっくりきた。全ての材料が安価でオラリオでは入手しやすく『戦いの野』からダンジョンに降りるまでの間に確実に手に入るもので構成されているのも良い。

 

 ふー、と一息ついた彼は首を鳴らしながら周囲を見回す。話をするなら別の場所へ、とアイシャが取っていた宿に場所を移した。それほど広くない部屋の中にはアイシャとベル、千草がいる。

 

 入口付近にアイシャが立ち、ベッドとの間にアレン。ベッドにはベルと千草が並んで腰かけている。荷物を置いて休むためだけに借りた部屋には仕入れた薬草を満載にした荷物とベッドぐらいしかない。座る場所はベッドしかないのだ。それが当然とベルは千草にベッドを勧めたのだが貴方が立つなら私も立つと言ってきかなかったため、妥協案として二人で座ることになったのだ。

 

「我が女神はダンジョンの中を観察する術がある。それでお前の窮地を知った女神から神命を受けた俺が走ってきたって訳だな。俺はベルなら大丈夫だろうと進言はしたんだが念のためだと」

 

 やっぱり大丈夫だったな、とジョッキを風呂敷に包んで背嚢に戻したアレンは軽く身繕いをした後背嚢を背負い直す。説明するとは言っていたが簡潔にも程があった。明らかにもう出ていく様子のアレンにベルが声をあげた。

 

「……もう帰っちゃうんですか?」

「お前の様子を見て来いって言われただけだからな。用事は済んだ。俺も別に暇じゃない」

「そうですか……」

 

 しょぼんとした様子のベルに千草が居心地悪そうに身じろぎとわざとらしい咳払いをした。さもありなんとアイシャはしみじみ思う。童顔の少年がこんな顔をしていれば女ならば庇護欲をそそられてしかるべきだろう。間近で見てしまった千草には大層目に毒であったことは想像に難くない。

 

 ベルの行動に問題があるとすれば男性が男性相手にしているということだ。同性相手というのはオラリオでもそれなりに聞く話ではあるが、性に奔放なアマゾネスでもプレイとしてアリかナシかで意見が綺麗に分かれるほど間にある溝は深い。ちなみにアイシャ自身は消極的なアリである。非生産的な行為ではあるが、快楽目的ならば異性も同性もないし生物でも無生物でも関係ない。気分次第でやりたいようにやれば良いのだ。

 

 とは言え、快楽を享受するということそのものに精神的な価値を見出すタイプであると話がややこしくなる。アマゾネスで意見が分かれるのも主にそれが理由だ。

 

 飲食店街で大体週三くらいの頻度で『白兎』と『女神の戦車』は目撃されるらしいが、娼婦時代の同僚からの目撃情報では『白兎』の方がそろそろヤバいというのだ。『豊穣の女主人』亭の運命のエルフよりも同じ主人を戴く『九魔姫』や『千の妖精』よりも同性で違うファミリアである『女神の戦車』がゴールに一番近い所にいるという。

 

 娼婦というのは往々にして話を盛る生き物だ。客の金でしこたま飲んだ後の話でもあったので話十分の一くらいのつもりで聞いていたのだが、実際のベルの顔を見てみるとサミアの話は概ね正しかったのだと理解できた。

 

 庇護欲をそそるを通り越して劣情に火をつける顔だ。ノンケに間違いを起こさせる顔だ。これで冒険者にしては細身の人間の少年というのだから、破壊力は凄まじい。女神たちは元より、男色の神々も放ってはおかないだろう。ロキの眷属でなければ、フレイヤが懸想しているという話が広まっていなければ、ベルの立場は相当に危うくなっていたはずだ。

 

 アイシャはベルを眺めて思う。

 

 短期間とは言え既にレベルは4になった。オラリオの冒険者全体でみても上澄みも上澄みだ。

 

 冒険者は例外なく神の恩恵を受けて強くなる。その身体には神の恩恵の影響を受けて変化する訳だが、高位の冒険者となるほどその影響が強くなっていく。老化が遅くなる、というのが対外的には最も顕著な例であり小人というさほど長命ではない種族であるフィンが年齢の割に若々しいのは有名な話だ。

 

 持って生まれた種族の、あるいは個人の才能を極限にまで強くするとも言われている。故にその強さは内から湧き出たものであり、外からやってきたものではない。同じ主神から同じ種族の子供が恩恵を受けても、大なり小なり差が出るのはそのためだ。

 

 小人が人間くらいに大きくなったりはしないし、アマゾネスは男の子を生まない。アレン・フローメルが長身を得ることは神の力をもってしても無理だったのだ。

 

 そこに立ってベル・クラネルという人間を俯瞰して見てみると、色々と不思議な面が見えてくる。フィンが若々しいというのは翻って強い時代が長くなるということでもある。能力の鈍化が遅くなると言い換えることもできるが、それは年齢的には本来肉体の強度が下降線に入っているはずのフィンの場合だ。

 

 ベルの場合は人間の子供でまだ16歳である。冒険者になり訓練も真面目にこなしよく食べもしている。成長期の人間が冒険者になり日々よく食べ良く動いているのに、肉体的な変化の兆候が驚くほどに見えない。ボディタッチをすれば解るが確かに筋肉はついている。腕も足も胴体も冒険者らしくなってきてはいるのだが、全体的なシルエットにはほとんど変化がない。

 

 本人は言われても喜ぶまいが悪い意味で着やせをするタイプなのだ。一言で言えばベル・クラネルという冒険者は現状、普通に佇んでいると強そうに見えない。

 

 それなのにベルという個人の存在感は増している。少女と見紛うほどではないにしてもそれなりに整った童顔に、レベル4の冒険者という存在感が全力で乗っかっているのだ。これで思わせぶりな態度の一つもすれば、いくらでも貢ぐという金持ち女はいくらでもいるだろう。

 

 そんな振る舞いを彼は平然とアレンに行っている。流石に相手を選んで行っている……と思えれば良かったのだが、娼婦の感性でベルを見るに女相手にはカッコつけたがりの少年が、生まれて初めて純粋に気を引きたいと思った人間が、たまたま男性であるアレンだったというだけのように思える。

 

 本人同士にその気はない。周囲をやきもきさせるだけの自然災害のようなものだが、神でさえ気まぐれを起こすこの世で、地上の子供の気が変わらない道理はない。身体と心を通わせるならば異性である方がずっと良いと心の底から信じているアイシャは、ならば自分が彼の気を引くまでと最近は自然に浮かべられるようになった穏やかな笑みを浮かべた。

 

「私は女神フレイヤのことをよく存じ上げませんが」

 

 と前置きをしてアイシャはアレンを見た。

 

「用事が済んだと思って帰還したらもう一度と神命が下されるということはありませんか? それでは二度手間では?」

 

 アレンが目を怒らせてアイシャを見る。ベルに対して向けていた強面なりに穏やかな表情はなりを潜め、怒りと苛立ちに満ちた表情を浮かべている。大多数の人間が思い浮かべるアレン・フローメルというのはこの顔だ。次いで仏頂面。ベルが多く見ているのはレア中のレアなのだ。

 

 常であればここで文句の十や二十が出てきたのだろう。アイシャは既に足を洗ったつもりでいるが、多くの者からすると娼婦と元娼婦というのは区別されるものではない。アレンのようなタイプは忌避する職業である。罵詈雑言くらいは覚悟していたのだが、アレンの開いた口から文句が出てくることはなかった。不機嫌そうな唸り声を漏らした後、大きく息を吐く。

 

 ちらと後ろを見るとアイシャの言葉に賛同したらしいベルがそうですよ! と力強く頷いている。ぴんと立っていたアレンの猫耳がへにゃりと下がるのを見たアイシャは思わず吹き出しそうになるのを誤魔化すのに多大な精神力を要した。

 

 ベルとてフレイヤについて熟知している訳ではないが、眷属としての主神に対する見解を言うのであればアイシャの言うことはかなりありそうなこと思っていた。

 

 神命に間違いなどあるはずがなく疑うことなどあってはならないが、それはそれとして彼ら彼女らは非常に享楽的な部分があるので、わざと言葉を足りなくすることはある。眷属に求められるのは言葉としての神命を遵守しつつも、その裏にある神々の真意を読むことだ。

 

 アレンが受けたフレイヤの神命は要約すれば『ベルの様子を確認してこい』である訳だが、それを言葉そのままに受け取るのはダメですよとアイシャさんは遠まわしに言ってますよ僕も同じ意見ですとベルは無言で主張している。

 

 無論のことアレンだって神々の性質は理解している。女神フレイヤは愛情深い女神であるが愛の形も神それぞれだ。子供に目をかけ構いたがる女神ではあるが、至れり尽くせりというのでは断じてない。そこまでいくとフレイヤにとっては過剰なのだ。

 

 アレンの読みで言うのであれば、フレイヤの神命は額面通りに受け取って問題ない。自分はいわばベルの安全に対する保険のようなもので、フレイヤ本神もベルならば今回の難事も一人で乗り越えられると半ば確信していた風である。むしろここでベルを構い倒すようなことがあればそれを理由に『やっぱり兎さんのことが大好きなのね』と小一時間からかわれることは想像に難くない。

 

 アイシャの言葉を突っぱねるのは簡単だが、神命を受けてここにいる以上今のアレンはフレイヤ・ファミリアの代表である。ベルを仲介として二つのファミリアは共同歩調を取ると宣言したばかりだ。フレイヤの神命に含まれる存在で、同盟相手の女神ロキの眷属であるベルが留まれという趣旨の言葉を言っている。

 

 これを無視すれば角が立つ――と、無意識に理論武装をしたアレンは不承不承という体で予定を修正することにした。

 

「ここに来る途中にそっちの女と似たような恰好した連中を先導した『千の妖精』を見た」

「レフィは無事でしたか?」

「ぴんぴんしてたよ。リヴィラに走る俺を見て奇声を挙げてたが」

「……元気なら良かったです」

 

 ベルにはレフィーヤが奇声をあげた理由が解らなかったが、皆が無事であるなら良かったと深く考えないことにした。

 

「その連中を地上に戻したら引き返してくる算段だろう。俺が下に行ったのを覚えていればまっすぐここまで来るはずだ。それまで俺はここにいる。お前は自分のパーティメンバーと地上に帰れ」

 

 荷物を背負ったアレンは今度こそ部屋を出て行く。リヴィラを離れないならば引き留める理由もない。一緒にいて何ならお話でもしたいというのがベルの本音だったが流石にそこまで望むのは贅沢だろうと口にはしなかった。

 

「では私も外にいます。二人は身体を休めるように。レフィーヤさんがどんなに急いでもリヴィラにつくまでに一日はかかると思いますから、降って湧いた休暇とでも思ってください」

 

 逆にアレンと異なりベルを構い倒す理由があったアイシャだったが、こちらは流石に状況が悪いと判断して身を引いた。調達の目標はほとんど達成できているがまだ荷物には余裕がある。最後の一仕事でもしようとドアに手をかけ、振り返った。

 

「私の口は固いですよ」

 

 主に千草を方を見て微笑むと、アイシャは部屋を出て行った。どういう意味だろうと首を傾げるベルに、アイシャの意図を正確に悟った千草はベッドの上にベルと並んで座っているという今の状況が急に恥ずかしくなってきた。

 

 慌てて距離を取ろう……としても身体は動かない。少なからず自分の心がベルと近くにいることを望んでいることに、千草は驚き半分納得半分でいた。

 

「お茶を淹れます」

 

 アイシャの計らいで身繕いは既に済んでいる。清潔な衣類に身を包んだまま部屋の隅を見るとボロボロのままのベルと自分の装備が積んであるのが見えた。着れたものではなくなってしまった衣類は処分する他はないが、装備は早めにメンテナンスしないといけない。

 

 血や泥は早めに落としておかないと腐食や悪臭の原因になる。装備を固定するベルトの摩耗は命に関わることだ。何より汚れた状態を是としているといずれそれが普通になり身繕いをおろそかにするようになる。

 

 冒険者は身綺麗にしない傾向が強いが、主神であるタケミカヅチの方針で千草たちは身なりには気を付けるように教育されていた。金がなくても時間さえかければ、身体の清潔を保つというのは実のところそんなに難しいことではないのである。

 

「一緒に、メンテナンスでもしますか」

 

 お茶を淹れながらも落ち着かない様子の千草を見てベルが苦笑を浮かべた。意味が取れないことが続いたが、千草の態度は非常に解りやすかった。声音に溢れる喜色に千草は赤面する。返事をしなければと雑念を抱えたままお茶の用意を済ませ、最初にベルにしたのは無言でお茶を突き出すことだった。

 

「いただきます」

 

 ベルが椀を受け取り口をつける段になってようやく出てきた声は『どうぞ……』という蚊の鳴くような声だった。何故だろう。簡単な言葉のやりとりさえ上手くいかない。

 

 ベルの横に腰掛け、千草も椀に口をつけた。

 

 静かな時間が過ぎていく。ベルも無言。千草も無言。何か話さなければ……と思っていた千草だったが、穏やかな沈黙に居心地の良さを感じていた。ベルをちらと横目に見れば彼も非常に穏やかな表情でお茶を楽しんでいた。

 

「何故、私を助けてくれたんですか?」

 

 その穏やかな時間が、聞かなければと思って先送りにしていた疑問を口にさせた。椀を抱えたままベルを見る。赤い瞳が自分をしっかりと見返していた。

 

「私のことを知った時には私が生きている保証はなかったはずです。レフィーヤさんもおそらく反対したと思います。それでも、何故私を助けに来てくれたんですか?」

「そうしたい、と思ったからです」

 

「僕は物語の英雄みたいな人間になりたいと思ってオラリオに来ました。その思いは今も変わってません。それどころか強くなっています」

 

「あの時、千草さんを助けられるのは僕しかいませんでした。物語の英雄ならきっと助けます。それに何より、僕が助けたいと思いました。できるか、とか今から間に合うか、とかではなく助けたかったんです」

 

「危ないことをしたって、皆には怒られると思いますけど後悔はしてません。現に千草さんを助けることができましたから」

 

 単純な真っ当な理屈だ。

 

 しかし、それを実行できるのは彼が強いからだ。

 

 見捨てて行ってと言ったのは自分だ。桜花とて苦渋の決断だったろう。皆で死ぬか一人で死ぬかの決断をリーダーであるというだけで桜花にさせてしまったのは、パーティメンバーとして千草の落ち度である。

 

 判断をした桜花を、置いて行った仲間たちを全く恨んではいない。自分の死に皆を巻きこむのは千草とて本意ではない。神ならぬ地上の子供の身ではどうにもならないことだったのだ。

 

 それでも、ベルは助けに来てくれた。死ぬはずだった自分の命を救ってくれた。それでどれだけ心が救われたか、彼はきっと理解していないのだろう。やりたいからやった。やるべきだからそうした。ベル・クラベルは己の善性に従って行動し、自分の夢に近づいて行っている。

 

 その助けになることができたら。千草は自分の中でその思いが大きくなっていることを自覚した。今ならそれが言えるかも。勢いに任せてそれを口にしようとした、その時。

 

 

 空間そのものが揺れた。

 

 

 

 次いで、聞く者の魂を揺さぶるような咆哮が響く。そんじょそこらの怪物ではありえない。存在してはいけないものが現れたと生命の本能に強く訴えかけるような気配が辺りに満ちていく。

 

 弾かれたように、窓に飛びついて外を見る。何が出てきたのかは解らない位置が悪い。空に黒い大きなヒビが入っているのが見えた。巨大な何かが、この地にやってこようとしている。

 

「……階層ボス?」

「ここ、リヴィラですよ?」

 

 千草の疑問はベルにとっても同じだったが、今ボスが近くにいるということに変わりはない。当然のように装備に飛びつくベルに、千草は飛びついた。

 

「お手伝いします」

 

 止めるべきだという理性の声を押しのけて、千草の身体は動いた。

 

 大抵のファミリアでは装備の装着解除のレクチャーを行う。どういう様式のものを使うのであれ緊急事態は起こるものだ。いざそういう時に着けられない外せないでは救える命も救えないし助かる命も助からない。

 

 ベルの装備は東風の装備で統一されるタケミカヅチ・ファミリアの千草には馴染みのないものだったが、装着の手順は理解していた。手順の通りに差し出された防具をベルが身に着けていく。最後に剣帯を腰に巻いた。左右に小太刀を一本ずつ、背中に魔剣を一本。

 

 下は部屋着の上に防具一式土と血で汚れていたが、千草の目にはベルは光り輝いて見えた。

 

「待ってください」

 

 いってきます、とそのまま部屋を出て行こうとしたベルを呼び止める。荷物の中から火打ち石を取り出した千草はベルの背後に回ると息を整える。

 

「ご武運、右肩あがりとなりますように!」

 

 ベルの右肩に向けて強く、火打石を二度鳴らす。火花が散り、カチカチと二人だけの部屋に音が響いた。火花と音は邪気を払い幸運を呼び寄せる。千草の故郷で昔、母が出がけの父にやっていたものだ。

 

 千草は居住まいを正すと丁寧に三つ指をついて頭を下げた。

 

「お帰りをお待ちしております、ベル様。いってらっしゃいませ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空間のヒビを一望できる場所に行くと、そこには既にアレンがいた。槍を背中に呑気にストレッチなどしている。離れた場所にはアイシャもいた。こちらは武器は鞘に納めたまま、飲み物片手に観戦気分だ。ベルが到着したのに気づいて笑みを浮かべてひらひらと手を振ってくる。何が出てきたとしてもレベル6のアレンがいるなら、一人でも対処できるだろう。高速で動く彼の場合、実力で劣る冒険者が一緒にいるのはむしろ足手まといだ。

 

「やっぱり来たな……」

 

 槍を地面に突き立て振り返ったアレンはあきれ顔だ。しかし、どこか嬉しそうにも見える。ぴんと立った耳とそわそわと揺れる尻尾は、彼が上機嫌であることを表していた。

 

「怪我治ったばっかりなんだから寝とけよ。あれくらいなら俺一人でも十分だ」

「その、僕に任せていただけませんでしょうか」

「任せろと来たか。大きく出たもんだ。一応、理由を聞いてやる」

「できれば皆には内緒にしてほしいんですが……」

 

 言って、ベルはアレンに顔を寄せた。間違っても近くにいるアイシャには聞こえないようにひっそりと囁く。

 

「助けたばっかりの女の子に大見得切って勢いで出てきちゃったんです。少しは活躍しないとかっこ悪くて帰れないというか……」

「……いいじゃねえか。お前も冒険者の何たるかが解ってきたみたいだな」

 

 からからとアレンは笑う。

 

「冒険者は冒険するなとかぬかす奴は大勢いるが、伊達と酔狂に命を張るのが冒険者ってもんだ。ケツは俺が持ってやる。一暴れしてこい」

「ありがとうございます!」

 

 差し出されたアレンの拳に自分の拳をあわせ、ヒビの正面に駆けだす。ベルの到着を待っていたように、ヒビの中から真っ黒な巨人が現れた。階層ボス。何故今ここにという疑問。解明しなければならないことは沢山あるが、まずは目の前のことだ。予定外のことが続いたが流石にこれで一区切りだろう。

 

 冒険とアレンは言ったが、背中に彼がいることより安心なことは然う然うない。気息を整え二刀を抜く。

 

女神ロキの眷属(ロキ・ファミリア)、レベル4、『白兎』、ベル・クラネル」

 

 蒼い小太刀と紅い小太刀。送り出してくれた女の子。後ろでは尊敬すべき先輩たちが自分を見ている。

 

 目の前には強敵がいる。剛腕一振りで身体が粉々になるかも。死の危険はある。死の恐怖ももちろんある。

 

 だがそれ以上に、ベルの身体を支配していたのは高揚だった。伊達と酔狂に命を張っているという事実が、英雄になりたいという夢という名の欲がベルを突き動かしていた。

 

 さあ、かっこつけるには最高の場面だ。

 

 気は身体に満ちている。大きく息を吸ったベルは、二刀を構え大音声を挙げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「推して、参るっ!!」

 

 

 

 

 

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