喰霊-廻-   作:しなー

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第10話 -開戦-

最初の報告は、午前 6 時 12 分に入った。

 

栃木県北部、旧街道沿いの小社にて、封印石の破損を確認。

 

続く報告が、午前 6 時 55 分。

 

現地エージェントが封印の復旧を目論むも、失敗。

 

さらに同午前6時55分、カテゴリーB相当の怨霊の反応が霊力分布図に確認されたため、現地エージェントには撤退を指示。

 

現在付近の霊力分布が一斉に急上昇。現地監視機材が一部沈黙しているのを確認している。

 

「……朝から元気すぎるだろ」

 

一口コーヒーを含み、思わずそう呟いた。慌てて飛び出してきたので、髪もセットしていないし歯も磨いてないし顔も洗ってないしで、対策室の給湯室で諸々整えてから顔を出す。

 

環境省の会議室に入ると、既に二階堂さんが端末を三台並べている。昨日夜遅くに分かれたばかりだというのに、もう全員集合か。この人たちも大概寝てないよなぁと思いながら、机の上にあった資料を俺もめくる。

 

神宮寺室長はお偉方と電話中。岩端さんはジャケットを羽織りながら、現地地図に赤ペンで線を引いていた。

 

「黄泉から聞いてた通りだな。本当にこの日付に事を起こすとは……」

 

更にコーヒーを一口。いつもと違いインスタントのくすマズコーヒーではあるが、カフェインを強引に取り込むべく飲むのを断行する。

 

「寝癖がついていますよ。少しだらしないのでは?」

 

「げ、冥さん」

 

「げ、じゃありません。朝が早くとも身だしなみぐらいはキチンとされては?」

 

やべ、と思いながらも貴女が完璧すぎるだけですよと軽く返すと、ジト目をしながら俺の眼の前に資料を置いて来る冥さん。もうできたのか。……黄泉とかに厳しいだけあって、この人やっぱり優秀だよな。

 

「相変わらず仕事が早い。若いのに優秀ですよね冥さんって」

 

「……前々から思っていたのですが、貴方の時折出る年上目線の発言は何なのですか?」

 

貴方こそ高校生でしょう、と少し困惑ともイライラとも取れる顔をしながら聞いてくる冥さん。俺、実はトータル年齢だともうすぐ40歳なんですよとは流石に言えないが、トータルの歳なら対策室でも俺が一番上だ。

 

とは言え俺は前世で社会人をやっていたわけでは無い。ので社会人歴で言うと俺よりも大分年上の方々が多いため、仕事に関する経験値は俺よりも彼らのほうが圧倒的に多いから、俺よりも全然皆さんのほうが仕事の段取りとかは上手いんだけどね。

 

「あらら。これは予想が当たっちゃいましたか」

 

「我々が少し前にあれを確認したのが偶然なのか、先方が仕組んだことなのかはわかりませんが、とにかく滝夜叉姫の遺物は無くなっているとのことでした」

 

渡された資料に目を見やる。先日冥さんから提供された画像や、その後のエージェント達が報告で上げてくれた資料とは異なって、滝夜叉姫の墓が掘り起こされて中にあったはずの古ぼけた遺物が無くなっている。

 

「私が見た限り、あの遺物は間違いなく死んでいました。現在封印されている他の遺物とは異なり、工夫すれば利用ができるどうこうといったレベルではありませんでした」

 

エージェントからも同様の報告が上がってきている。完全に霊力も呪力も失われていて、完全に死んでいるとの評価をくだされていた。

 

「滝夜叉姫じゃなくてそこらの野良犬の骨が入っていると言われても信じるレベルの遺物だったらしいですね」

 

「私も同意見です。……殺生石というものは、あれをも復活させてしまうのですか?」

 

「正直俺にはなんとも。テストしたこともないですしね。……まぁただ、あの馬鹿が活用してるってことはできるんでしょうね。……この報告は室長達にも?」

 

「既に」

 

というより貴方が最後です、と付け加える冥さん。あれ?俺が頼んだ依頼だったのに俺への報告が最後なんだ、と思ってちらっと見ると、それが何か?と言いたげな目線を返してくる冥さん。

 

そしてその光景をキラキラとした目で見てくる神楽。

 

「ツーカーだね!」

 

「言葉が古いなぁ。……神楽も朝からお疲れ様。コーヒー追加入れるけど飲むか?」

 

「飲む!砂糖たっぷりでよろしくね」

 

「あいよ。冥さんも入りますか?」

 

「いただきます。ただ インスタントは遠慮したいですね」

 

「注文が細かいなぁ二人とも」

 

インスタントで済ませようと思ってたのに……。トコトコとコーヒーメーカーに歩く俺。

 

コーヒーメーカーでコーヒーを作りながら、俺は心の中で諸々をシミュレーションする。

 

―――なんとなくだけど、今回が最後な気がする。

 

爆心地が徐々に東京に近づいてきている。この流れだと今夜にも、東京で大規模な霊的な災害が発生するだろう。

 

その示唆なのかわからないが、東京は大雪だ。雪なんてほぼほぼ降らないこの東京という大都市で、今夜には10cm近い雪が降り積もる予定であり、街が死ぬことは避け得ないだろう。

 

流石に天候まで操れるとは思えないが、事を起こすならタイミングとしてはバッチリだ。晴れていれば満月が綺麗な夜だったろうに。

 

「でも東京で事が起こったらだと防衛省とかの動きがめんどくさくなりそうだなぁ……」

 

「目立つ現場のときは出てくるからなあの連中。地方の時は殆ど出てこないくせに、アピールしやすい文脈だと出張ってきやがる。俺等も何度今まで手柄を横取りされたことか」

 

入れたコーヒーを岩端さんにも配りながら、今回の一つの懸念事項を述べる俺。

 

特戦四課を皆さん覚えているだろうか。喰霊-零-の一話目で全員退場した、一種のカマセ的な方々である。もしかすると黄泉に惨殺された雑魚集団と思われていらっしゃる方々もいるかも知れない。

 

だが実のところあの人達も精鋭部隊であり、流石に神楽とか俺には敵わないだろうが、一般のエージェントよりは大分力が上の方々である(というより環境省も、神楽とか黄泉がおかしいだけではあるのだが)。

 

そしてあの部隊は環境省の活躍を面白く思わない上の方々が政治的思惑で作った部隊でもある。省庁間の縦割りのせいで彼らが出張ってくるとやりにくく、しかも東京だとバッティングする可能性がめちゃくちゃ高い。

 

侮るわけではないが三途河にやられて俺等の手間になる前にさっさと撤退してくれればありがたいのだが……とか思ってしまうが、上の方々は頭がポンコツなので恐らく今回も邪魔にはなるだろう。

 

まぁそこら辺の面倒なのは岩端さんとか桜庭さんに投げるとして、俺の目下の課題は首都圏に現れているカテゴリーBにどう対応するかである。

 

「荒れそうだな」

 

「荒れますね」

 

端末に表示されている霊力分布図を睨む。東京西部から都心にかけて、点々と赤い反応が浮かび上がっていた。一つ一つはカテゴリー B か、強めの C。対策室が本気を出せば処理できる。神楽や冥さん、岩端さん達を適切に配置すれば、壊滅的な被害は防げるだろう。

 

だが、問題はこの天候と数だ。

 

まずは道路が死ぬ。

 

東京で雪が十センチ降るというのは、それだけで交通インフラに対するテロみたいなものだ。電車は止まるし、道路も速度が出せない上に皆事故るから詰まるし、今回はそこに霊的災害が乗ってくる。

 

そして数である。

 

「……全部潰すのは無理ですね」

 

「ああ」

 

今どんどん発生している霊力分布図の異常から察するに、かなりの数の怨霊が登場することが予想される。そしてそれは今東京郊外で起こっているが、東京でも発生することはまず間違いない。そうなるとまずは東京の対応が優先になるから、郊外にエージェントを回す余裕がなくなる。つまり見捨てることになる。

 

この世界は 2008 年あたりの日本なので、まだ現代みたいに皆が皆スマホで動画を撮ってネットに上げる時代ではない。ないのだが、携帯電話は普通に普及しているし、テレビ局も新聞社も元気だ。雪の東京で怪物が出ました、なんて絵面は目立つから最優先で対応しなきゃならない。

 

ということは防衛省も出てくるし、政治家もしゃしゃり出てくるし、上の方々の顔色を窺う面倒な人達も増える。

 

東北などには応援要請は送っているが、そういうゴタゴタに巻き込まれたくない上に、地方の退魔師は俺達以上にリソースが少ないのだ。とてもじゃないが助けてくれる感じではない。

 

最悪である。

 

「防衛省とかの対応は大人に任せます。俺がやると角が立つので」

 

「もう十分立ってるだろ。何回お前のせいで防衛省とやり合うことになったと思ってる。意図的に荒らしに行ったこともあったろお前」

 

「まだ若輩者ですからそういうの疎くて」

 

「可愛くないガキのクセしてよく言うぜ。室長と計画した向こうに対する嫌がらせだったこともこっちは知ってんだぞ?」

 

防衛省にちょっとムカついたから手柄を奪ったことがあるだけなのに、ひどい言われようである。結構あの時は普通にガチのガキの精神で行動したのだが。

 

「黄泉は?」

 

岩端さんの問いに、会議室の空気が少しだけ止まった。

 

俺は二階堂さんを見る。二階堂さんは端末を叩き、少しだけ眉を寄せた。

 

「本日より復帰するとのことです。遊撃部隊として動くと」

 

「遊撃ですね、了解」

 

思わず苦笑する。

 

黄泉から聞いていた通りの日付に三途河が動いた。しかも滝夜叉姫の遺物が消え、東京で雪が降り、首都圏にカテゴリー B が散っている。こんな状況で黄泉が家でおとなしくお茶でも飲んでいるわけがない。

 

というか、止めたところで「分かったわ」と言って電話を切り、その五分後には現場にいるタイプである。

 

黄泉は基本的に理性的で、こちらの話も聞いてくれる。だが、自分が行くべきだと判断した時の行動力は神楽より厄介だ。神楽もそうだが、うちの女性陣は俺等如きではとても止められない。

 

「俺も冥さんと遊撃で動きます」

 

「バイクで大丈夫なのか?流石に二輪だと雪はきついだろ」

 

「家にある四駆の二人乗りのバギー持ってきたんで大丈夫です。いつも程速度と小回りは利かないですが、この雪の中でも縦横無尽に走り回れますね」

 

バイクでの雪道は流石に地獄への片道切符すぎるが、車だと予想される渋滞には確実に巻き込まれる。……と、いうのもシチュエーションを予期して買っておいた四駆バギーがようやく活きる時が来た。

 

「頼もしいですが、可愛げはありませんね」

 

「ホントですね二階堂さん。こいつはもうちょっと可愛げがあったほうが良い」

 

「相変わらず酷い言い草だなアンタら」

 

コーヒーを淹れてもらっておきながら失礼な物言いをしてくる二階堂と岩端さんに俺はジト目を送る。

 

それを紀さんやカズさんが笑い、その様子に冥さんがこっそり笑う。嵐の前の静けさではあるが、まだ対策室は平和である。

 

「二階堂さん!私と剣ちゃんはどこですか?」

 

「土宮神楽は岩端晃司たちと一緒にカテゴリーCが大量発生している場所―――最前線に当たることになります。また、付近に大型の反応があった際には、貴女に優先的に対応してもらいます」

 

「剣輔も含めて、俺達遊撃よりも前線に立つ感じになる。責任重大だから頑張れよ」

 

「はい!」

 

「うす」

 

そう神楽と剣輔が返してくる。剣輔も大型の案件は慣れてきたのか、餓者髑髏の時よりも更に一皮向けた感覚がある。

 

その後も俺達の間で短い応答がいくつか続く。こういうときの対処は室長と二階堂が腐るほどシミュレーションはしてきているらしい。後は臨機応変に出たとこ勝負にはなるが、破られてはいけない要所への対応などは、かなり淀みのない回答が返ってきて非常に安心する。

 

「みんな、少し良いかしら。政府からの方針が出たわ」

 

お偉方との電話を終えて戻ってきた神宮寺菖蒲に、会議室の視線が集まる。

 

相手は恐らく官邸か、少なくともそこに近いどこかだったのだろう。

 

「表向きは大雪に伴う広域警戒を行い、その裏で警察は主要道路の封鎖準備、消防は避難所の開設準備、防衛省はあの部隊を独自で配置するとのことよ。霊災反応が確認された地点については環境省主導で即時処理を行うけど、目立つ行動は避けるようにですって。人員は東京を中心に人員を配備して、特に凛ちゃんや黄泉ちゃんは名指しで東京の対応命令が出てるわ」

 

シンっとなる室内。

 

カズさんに至ってはまたかよ、とばりに顔を手で覆っている。というか呟いてすらいる。

 

「……"東京近隣の大事なところ以外は見捨てるよ"って方針以外はなんも決まってないってことですよね」

 

「そうとも言えるわね」

 

いや、そうとしか言えないと突っ込む俺。つまりは臨機応変にやってくれということだ。でも具体的にこれをやれとは言ってないから責任は取らないよ―とそういうことである。

 

「昼のうちに潰せるものは潰す。夜までに封鎖線と避難導線を作る。本命が出たら、その時点で総力戦って感じ。悲しいけど、待機して出たとこ勝負ね」

 

やれやれと頭を振る室長。……ふざけた対応に頭が痛くなるが、いつものことだし東京だけ一旦守れば良いと考えれば、良心をおいておくなら楽ではある。

 

それに。

 

何となくだが、俺の出番は明確に決まっている。

 

そんな気がするから。

 

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