“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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愚者の暴君 XXⅣ

 

 MAR付属病院の一室、あてがわれた病室で凪沙は窓辺に立ってぼんやりと外を眺めていた。

 

 視線の先には夕暮れに照らされるMARの研究棟、その一角は災害にでも見舞われたのかように激しく損壊していた。

 

 自分が倒れて此処に運び込まれ治療を受けている間、外では何かが起きていた。目を覚ましてすぐに様子を見にきた深森は落雷からボヤ騒ぎが起きただけと言っていたが、流石の凪沙も現場の有り様を見てその誤魔化しを受け入れるほど鈍くはない。

 

 きっとまた無茶をしたんだろうなと、根拠も何もなく凪沙は心配を募らせる。その直後、病室の扉が遠慮がちにノックされた。

 

 どうぞ、と答えれば静かに扉が開かれ、片手に手提げを持った古城が病室に足を踏み入れた。

 

 古城は窓辺に立つ凪沙を見て驚き、次いで安堵したように表情を緩めた。てっきりまだベッドから起き上がれない状態だと思っていたのだが、自力で立って歩けるまで回復している様子に安心したのだ。

 

「もう起き上がっても大丈夫なんだな、凪沙」

 

「うん、平気だよ。深森ちゃんからも、明日には退院できるよって言ってもらえたからね」

 

「そうか、よかった。だったら、こんなに着替えはいらなかったな」

 

 凪沙の着替えが詰まった手提げををベッド横のサイドチェストに置いて、改めて凪沙と向かい合う。凪沙を見つめる視線には決然とした覚悟の光が宿っていた。

 

「凪沙──いや、凪沙ちゃん。話があるんだ」

 

「……うん」

 

 小さく頷いて凪沙は窓の外から古城に向き直る。凪沙もまた、いつかこの日が訪れることを覚悟していた。

 

 病室で向き合う二人の兄妹。僅かな沈黙ののち、古城が口を開いた。

 

「凪沙ちゃんにずっと隠していたことがあったんだ。俺は……俺は、暁古城じゃない、“まがいもの”なんだ」

 

 古城の──“まがいもの”の告白を凪沙は静かに受け止める。驚きの反応はない。何故なら凪沙はずっと前から、それこそ最初から知っていたからだ。

 

 優麻が短い時間のやり取りで古城を“まがいもの”と見抜けたのだ。血の繋がった家族である凪沙が見抜けないはずがない。

 

「ずっと、君を騙していた。何度も嘘を吐いて、君の優しさに甘えて、今日まで兄として振る舞ってきた。最低な、人間だ」

 

 到底許されることではない、と古城は自責の念から震えるほどに拳を握り締める。そして、深々と凪沙に対して頭を下げた。

 

「今までごめん。謝って許されるようなことじゃないのは、分かってる。それでも、謝らせてほしい」

 

「…………」

 

 声を震わせながら謝る“まがいもの”を、凪沙は真剣な面持ちで見詰める。その瞳に“まがいもの”を責め立てるような色はない。

 

 頭を下げ続ける“まがいもの”に凪沙が徐に歩み寄る。そして、震えるほどに握り締められた拳を、優しく解くように手に取った。

 

「頭を上げて、お兄ちゃん。謝らないといけないのは、お兄ちゃんだけじゃないよ。凪沙も、分かってた上で騙されてたんだもん」

 

 凪沙に促され“まがいもの”は恐る恐る顔を上げる。目の前には表情に申し訳なさを滲ませた凪沙がいた。

 

「あなたの優しさに甘えて、ずっと辛い思いをさせてしまった。お兄ちゃん一人に背負わせたくないって凪沙の我儘で、()()のことも黙ってた。そのせいで、余計に辛い思いをさせちゃった……本当に、ごめんね」

 

「あぁ……やっぱり、覚えてたんだな」

 

「うん……全部は覚えてないけど、約束のことくらいはなんとか。古城君とアヴローラがいるおかげかな」

 

 胸に手を当てて凪沙は自身の内側に繋ぎ止められた二人の魂を感じ取る。“まがいもの”に次いで記憶搾取の影響を受けるはずだった凪沙は、しかし“まがいもの”ほど記憶を奪われることはなかった。故に“まがいもの”と交わした約束も朧げながらに覚えていたのだ。

 

「黙ってて、ごめんなさい……」

 

「いいんだ。“宴”直後の俺はヴェルディアナのことで周りの意見なんて聞ける状況じゃなかったから、凪沙ちゃんは悪くない」

 

 記憶搾取の影響で守るべき約束を忘れ、罷り間違って()()()()()()()()()()()()()()()()()などと思い違い、病的なまでの自己犠牲に走り続けた。そんな精神的状況で、記憶もないままに約束の話をされようものなら、まず間違いなく“まがいもの”は全てを一人で背負い込んで凪沙たちを救おうと先走っただろう。

 

 凪沙の判断は間違っていなかった。そう言っても、凪沙はふるふると首を振って気を落としてしまう。普段の明るい天真爛漫な凪沙からは掛け離れた様相だ。

 

 “まがいもの”がいくら気にしなくていいと言っても、優しい凪沙は気に病んでしまうだろう。天真爛漫な凪沙の笑顔が曇り続けることは“まがいもの”の本意ではない。

 

 どうするべきか、やや迷った末に“まがいもの”は話を切り出した。

 

「なら、お願いがある。もしも、凪沙ちゃんさえよければ、今後も君の兄として側に居させてくれないか?」

 

 “焔光の宴”の時点で既にもう一人の兄として認めてくれていたが、改めて“まがいもの”は凪沙に願った。これからは互いに騙し合う偽りの兄妹関係ではなく、本物の兄妹として付き合っていきたいと。

 

 “まがいもの”の願いに凪沙は滲みかけた涙を拭い、勿論とばかりに頷きを返す。

 

「うん、むしろ凪沙の方からお願いしたいくらい。これからも、凪沙のお兄ちゃんで居てくれますか?」

 

「勿論だ。凪沙ちゃんが寂しい思いをしないよう、全力でお兄ちゃんを遂行するよ」

 

 暗い空気を蹴飛ばすように“まがいもの”は笑いながら胸を叩いて見せる。その仕草と冗談めいた発言に凪沙はやっと笑顔を零した。

 

 以前までの偽りで塗り固められた偽物ではない、本物の兄妹として認め合った“まがいもの”と凪沙。長く続いたまがいものの関係は漸く終わりを迎え、二人はやっと本物の兄妹として歩み始めた。

 

 

 ▼

 

 

 彩海学園高等部の屋上。転落防止用のフェンスを背凭れに、古城は澄み切った青空を見上げていた。

 

 時刻は昼休み。普段であればお昼を食べるために生徒たちで賑わう場所だが、不思議なことに古城以外に人影は見当たらない。それは偶然ではなく、意図的に人払いの結界が張られているからだ。

 

 屋上に続く扉がゆっくりと開き、結界を展開した張本人である雪菜が姿を現す。古城に改まって話があるからと呼び出され、それに応じた形である。

 

 雪菜はフェンスに凭れ掛かる古城を認めるとやや慌てた様子で側に駆け寄った。

 

「すみません、お待たせしました」

 

「いや、むしろ手間かけさせたな。二人きりで話したいだなんて無理言って」

 

「そこは気にしてないですけど……先輩、分かってます?」

 

「ん? 何の話だ?」

 

「……いいえ、何でもありません」

 

 首を傾げる古城の反応に雪菜は溜め息を吐き、拗ねたように唇を尖らせてそっぽを向く。学校の屋上に呼び出して話をするというシチュエーションの意味をまるで理解していない古城に、呆れて物も言えなかったのだ。

 

 ちなみに雪菜は転校してから今日までに何度か屋上で告白を受けていたりする。わざわざ口にしたりはしないが。

 

 ご機嫌斜めな様子の雪菜に疑問符を浮かべながらも、古城は本題である話を切り出す。

 

「浅葱と煌坂から“焔光の宴”の話はもう聞いたか?」

 

「はい、一通りは伺いました。その……大丈夫ですか、先輩?」

 

「大丈夫だよ、姫柊。心配ない。記憶を取り戻したおかげで、凪沙とちゃんと向き合えて、本当に成すべきことも思い出せたからな」

 

 不安そうな雪菜に古城は気負いなく微笑みを返す。前までの自己犠牲に塗れた壊れかけの笑い方ではない、心の底から溢れ出た優しい笑顔だった。

 

 “まがいもの”となってからの記憶を全て取り戻した古城の精神状態は、波朧院フェスタの時に現れた大人古城のそれに近い。自責と後悔の念で自身を責め苛むこともなく、喪失に対する極端な恐怖心も乗り越えられている。

 

 そして明確な目標を思い出したことで、今の古城は俯くことなく未来を見据えていた。

 

「俺はこれから、約束を果たすために色々と手を回す。凪沙たちを救うために、裏で暗躍することもあると思う」

 

 今までは辻褄合わせや失敗した時の恐怖から原作知識を中途半端にしか使い熟せていなかった。だが記憶を取り戻し、未来知識のことを雪菜に明かした古城にもはや恐れるものはなにもない。

 

 凪沙たちを救うために古城は躊躇うことなくその知識を活用し、第四真祖としての立場も利用して突き進む。既に覚悟は決まっていた。

 

「ただ、どうにも俺は独り善がりの馬鹿兄貴らしくてな。ちょっと油断すると、すぐに一人で抱え込んで世界を敵に回したりするらしい」

 

 戯けながら言うが、実際に獅子王機関と真祖たちに喧嘩を売った前科があるので全く笑えない。現に雪菜は微かに表情を固くして話の続きを待っている。

 

「俺も気を付けはするけど、それでも自分じゃ止まれない時があるかもしれない」

 

 実際、“宴”の時は凪沙と古城、アヴローラが止めなければ“まがいもの”は最悪の悲劇へと突き進んでいた。止めてくれた人たちがいたから、今の“まがいもの”が此処にいるのだ。

 

「だから、また俺が一人で暴走しそうなその時は、殺してでも止めてくれないか?」

 

 古城からの随分と物騒な頼みに雪菜は面食らったように硬直する。しかしすぐに気を取り直すと、呆れ混じりの微笑みを零した。

 

「本当に先輩は、仕方のない人ですね……分かりました。わたしが責任持って、先輩が暴走しないように側で監視します」

 

「悪いな、よろしく頼むよ」

 

「気にしないでください。わたしは先輩の監視役ですから。先輩が道を違えた時は、わたしも命懸けで止めます。これまでも、これからも──ずっと」

 

 すっと距離を詰めて雪菜は上目遣いで古城を見上げる。その瞳に宿った悪戯っぽい光にドギマギし、古城は反射的に身を引こうとした。だが背中をフェンスに預けていたがために逃げられない。

 

 常の大人びた態度とは違う慌てた様子の古城に雪菜は口元に手を当てて笑みを零す。雪菜の愉しげな様子に、古城も照れを隠しながら笑顔を見せた。

 

 太平洋に浮かぶ常夏の人工島。雲一つない澄んだ青空の下で、少年少女は屈託なく笑い合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




此れにて“まがいもの”の第四真祖は一区切りとさせて頂きます。
元々愚者までを目標としていたので、以降のプロットがもうないというのと、此処から原作知識フル活用して暗躍するモードになってしまうのでどうかなという感じで……場面場面では浮かんでも続くか自信がないので区切ります。

最後にこの場を借りて、拙作を読んでくださった皆様、感想をくださった皆様、誤字修正をしてくださった皆様、長らくお付き合いいただき本当にありがとうございました!
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