【完結】吸血鬼さんは友達が欲しい   作:河蛸

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エピローグ
∞.「吸血鬼さんは友達が欲しかった」


 ヘカーティア・ラピスラズリは月、地球、異界の地獄を司る三相の女神である。それぞれ独立した肉体を持つが、統率を担う本体は地獄の底で鎮座しており、彼女は一個人でありながら三つの世界を同時に支配している摩訶不思議な状態にある。

 

 ナハトへ恐怖を安定して供給させつつ活動できるようにする為には、この『肉体を本体と分離させながらも同一として存在させる』方法こそ最も効率の良い打開策ではないかと、映姫からヘカーティアの情報を得た紫と永琳は考えた。かつて永琳がナハトの『型』を幻想郷に適合させ恐怖の供給経路を成立させたように、地獄の一界と適合させたナハトの本体を深淵に置き、別の肉体を遠隔操作させる事で、中身の削減によるリスクを失くそうという計画である。

 

 八雲紫、八意永琳、四季映姫・ヤマザナドゥの認証と推薦状を受けたヘカーティアはこの計画を環境形成の一環として承諾し、ナハトへ同一人物でありながら全く別個体となる肉体を製造した。これを介する事で、事実上ナハトは無限の生命力を手に入れる事が可能となったのである。

 加えて、これが予想以上の結果を生む事となった。肉体はナハトが自ら別け隔てて生んだ分身でも分霊でもなく、ヘカーティアの人智を超えた力が創造したオーダーメイドである。例えるなら電脳世界のアバターのようなものだ。ナハトの意識が地獄の底から肉体を操作してはいるのだが、それはナハトであってナハトではない。別人でありながら同一人物という矛盾の中に置かれており、それ故か、瘴気が仮初の肉体にまで伝播せず、なんともあっさりながら、ナハトは魔性との離別を果たす事に成功したのである。

 

 しかしそれだけでは解決できない問題点が残っていた。

 それは、ナハトの不気味さを増長させていた原因の一つ。妖怪の常識から視た、性別と性格の完全乖離である。

 

 魔性で恐怖を自動搾取してしまう性質のためか、まるで天敵のいない島で育った鳥が警戒心を失くしてしまった様に穏やか過ぎる気性を持つナハトだが、外見は妖怪の常識から考えて、鬼神の如く荒々しく傲慢であるハズの男だった。

 加えて、彼はあまりに歳を重ね過ぎてしまっている。それなのに、相応の傲りも豪傑さも欠片も無いと来た。この異常さ、歪さが、魔性の強烈な恐怖誘因と相まって尋常ならざる嫌悪をばら撒いていたのは事実である。星熊勇儀や伊吹萃香が気味悪がったのが良い例だろう。

 

 ナハトはこれまで異端なる魔性によって第一印象を破壊され、結果多くの勘違いを生み続けてきた。そしてヘカーティアの助力により魔性と別離を果たしたとしても、瘴気を失ったナハトは傍から見れば、精神異常の領域に入り込むほど穏やかで人畜無害なおじさんである。

 人が他人のイメージを決めるのは第一印象が大半を占める。それは妖怪であっても例外ではなく、実力主義に加え年齢=強大さの風習が根付く妖怪界隈において、このステータスは無視できない悪性だった。少なくとも信用を得るのは難しい。平穏を望むナハトにとって、余計な波紋を生みかねないこの要素は取り除くべき障害と言えるだろう。

 

 けれど今になって性格を直すなんて不可能だ。彼はあまりに永い時を生き過ぎた。存在の根底にまで染みつき離れなくなった地の性分を叩き直すには、一度死んで輪廻転生を果たした方がよっぽど早い時間を要求される事になる。それに凶暴になった所で誰のメリットにもなりはしない。

 

 ならば、どうやってこの問題を解決すればよいのだろうか?

 答えは実に、単純明快だった。

 

 

 

 暗い、暗い、地の底よりも深い闇の世界があった。

 足を滑らせれば体中に傷を刻まれるだろう、ゴツゴツとした岩の大地が広がっている。所々より溢れる溶岩はただのマグマではなく、死者の怨念を焼き焦がす灼熱だ。

 ここは罪障を抱えた魂が堕ちる場所。苦痛と清算、救済と回帰を望める贖罪の世界。

 地獄と呼ばれるこの空間は、人々が絶える事なき畏怖を捧げる闇の領域だった。

 

 果ての無い暗黒空間の先に、一際目立つ巨大な建造物が見える。

 ヒビ割れ煤けた白い柱が一帯を囲むように陳列し、中央には崩れかけの階段が続いている。先に広がるのは純黒の石で作られたタイルの床で、まるで黒曜石で出来た海のよう。

 

 おどろおどろしい神殿の最奥には、ポツンと玉座が佇んでいた。

 

「吸血鬼さーん! ご主人様から文を預かってきたよーっ!」

 

 暗澹に包まれる建物の中を、一条の灯火が蝶々のように舞い踊る。それは見た者を狂気へ誘う松明の光彩だった。

 明かりの持ち主は妖精だ。紫の生地をベースに水玉模様があしらわれたピエロの様な帽子を被り、半身を青地の星マーク、対する半身を赤白のストライプで埋め尽くされた星条旗のような服装の少女である。名をクラウンピースという。

 ヘカーティア・ラピスラズリに仕えているらしいその妖精は、道中でよれてしまったのだろう便箋をヒラヒラと振りながら玉座の下へと駆け寄った。

 

 玉座では一人の男が死人の様に眠っている。新たにこの地獄を任され、恐怖の源泉としての役目を担った異端の吸血鬼だ。

 クラウンピースは瞳を閉じたままの男の顔を覗き込み、腕を組んで悩ましそうにうーんと唸る。

 

「あれー? もう休暇に入ったんだっけ? おかしいなぁ、まだお休みには早いはず――あっ」

 

 しまったと言わんばかりにクラウンピースは顔を蒼褪め、

 

「い、いっけね。そう言えばあたい、仕事忘れて三日くらい遊んでたんだっけ……つまりつまり、これは遅刻って事よね。ご、ご主人様に怒られる? 怒られちゃう……?」

 

 あわあわと慌てだすクラウンピース。しかしふとした拍子に我へと返り、じいっとナハトを眺めると。

 

「……吸血鬼さん寝てるし、あたいが遅れて来たって分かんないよね。よし、よし。あたいはちゃんと仕事したんだ。ご主人様も大事な手紙とは言わなかったから、うん、完璧な作戦ね!」

 

 肘置きに鎮座するナハトの手をそっと持ち上げ、便箋を恐る恐る差し込んでいく。無事に挟まった事を確認したクラウンピースは、意気揚々と神殿を後にした。

 

「…………急を要するものじゃなし、だな」

 

 片目だけ開き、差し込まれた手紙の中身を確認するナハト。無問題と判断したのだろう。直ぐに瞼を閉じて、意識を再び地獄の底からシャットアウトした。

 

 

「おっねえっさま――――ッ!!」

「ふぎゅっ」

 

 コメディドラマを彷彿させる豪快な音と共にドアが開けられたかと思えば、フランドールがミサイルの如くかっ飛んできて、七曜の魔法使いと優雅なひと時を楽しんでいたレミリアを巻き込み、雪だるまのように床の上を転がり回った。

 漸く勢いが止んだところで、全く怯む様子を見せない悪魔の妹は白い便箋をレミリアの顔へ叩きつける様に差し出すと、

 

「みてみて! 招待状きたよお姉様! おじさまからの招待状! おじさま帰って来たんだよ! ねぇねぇ見て見てねぇねぇねぇ!」

「――あんっ、たはっ、さぁっ! 少しは慎みを覚えなさいってあれほど言ってるでしょうが~~~~っ!?」

「ふみぇみぇみぇみぇ!? ごめんなさああああああいっ!?」

 

 馬乗りの妹をひっくり返し、頬を両手でつまむと餅のようにこねくり回すレミリア。

 無事にお仕置きを終えたところで、くすくすと微笑ましそうに静観していたパチュリーが言った。

 

「ナハトが帰って来たって本当なの? フラン」

「そう! そうなのよパチュリー!」

 

 瞬時に持ち直したフランドールは、勢いよく立ち上がるとテーブルまで歩み寄ってパチュリーへ手紙を手渡した。

『おいっ、先に私に見せなさいよ!』と背後から文句が聞こえてくるが、パチュリーはもくもくと中身を読んで。

 

「ふーん……今晩博麗神社で宴会ね。直接顔を出しに来ないって事は、彼、色んな所を回ってるのかしら。大所帯になりそうね」

「パチュリーも行くでしょ!?」

「パス」 

「なんでぇっ!?」

「だって外出たら髪痛むし。それにナハトは暫く紅魔館に滞在するはずでしょう? わざわざ宴会に行かなくても、そのうち会えるから問題ないわ」

「むぅ~~。ドライなんだから、もー!」

「じゃあ、こうしましょうか」

 

 揉める二人の間へ入り込み、レミリアは得意げな笑みと共にパチュリーに向かって人差し指を立てると、折衷案を繰り出した。

 

「宴会の間、紅魔館を閉鎖するわ。何人たりともこの館には立ち入り禁止。勿論、地下図書館もね」

「ちょっ、レミィっ」

「当主権限よ、文句ある? ……というのは、まぁ冗談として。たまには羽を伸ばしなさいな。あの異変からまだ一日も休んでいないのでしょう?」

 

 それはレミリアなりの、不器用な優しさだったのだろう。

 事実、パチュリーはスカーレット卿の手によって引き起こされた妖精の決起を鎮圧するために、美鈴と共にずっと戦い続けていたのである。喘息持ちの為に長時間の詠唱は体に障るにも関わらず、ほぼ倒れる寸前まで、彼女は紅魔館の守護とレミリアたちへの魔力バックアップを続けていた。

 だというのに、貧弱なのか丈夫なのか、パチュリーは今日までろくに休みも取らず、いつもの研究へ没頭する毎日を送っていた。曰く、遅れた分を取り戻したいとのことだが、努力も過ぎれば毒である。どうにかして癒してやれないものかとレミリアは密かに悩んでいたのだった。

 

 じとっとした目をレミリアへ向けながら、パチュリーは言った。

 

「外の世界じゃ、無理やり宴会に引きずり出すのはご法度らしいわよ」

「それは宴会が嫌いな者にだけ当て嵌まるのよ。パチェ、クールぶってるけど好きでしょ? こういうの」

「……悔しいけど、否定できないわ」

「決まりね。さ、閉鎖の支度をしましょうか。咲夜と美鈴に言ってくるから、あなたも小悪魔に伝えてきなさい」

「やったぁパチュリーありがとう! 一緒に楽しもうねっ!!」

「ええ―――って、ちょ、待ちなさいフランドール私は吸血鬼より脆弱な肉体なんだからレミィと違って思い切りハグされると骨格系に重大な損傷をんむきゅああ――――っ!!?」

 

 

「地上で宴会……ですか」

「結論から言いますと、そういう事です」

 

 幻想郷の地の底にある繁華の街、旧都の中央に建つ地霊殿。

 その建物の主、古明地さとりの自室にて。楽園の閻魔四季映姫とさとりは、互いに向かい合いながら紅茶を嗜んでいた。

 

「いや、あの、お誘いは大変うれしく思ってますよ? でもほら、地底と地上の間には不可侵条約があるじゃあないですか。今回の件で多少親交が芽生えちゃったとはいえ、ねぇ? 覚妖怪が地上に出るのはまずいでしょ」

「いいえ、そんな事はありません。この宴会は此度の異変の功労者を労う祝宴でもあるのです。地上だろうが地底だろうが、労働に見合った対価を払うのが世の条理。なにも怖気ずく事はありません」

「で、でもなぁー。でもなぁー……」

 

 歯切れが悪そうにしどろもどろとするさとり。恐らく面倒臭いか、引き籠っていたいが為の躊躇なのだろう。嘘や生半可な言い訳が通用しない映姫に対してさとりがはっきりモノを言わないのは、きっとそういう事なのだ。

 そんな彼女の焦りを吹き飛ばすように、ばーんとドアが開かれると、

 

「さーとりぃーっ! 聞いたぜ聞いたぜ、地上で宴会があるんだろう? しかも今回は閻魔様のお墨付きで地上も地底も無礼講ときた! 私も行っていいかいっ、て、げぇっ!? ヤマザナドゥ!?」

「顔を合わせるなり開口一番『げぇっ』とは何ですか、星熊勇儀。……しかしご安心を。今の私はオフですので、ヤマザナドゥではなくただの四季映姫に過ぎません」

「あ、なんだい休暇中(オフ)か。先に言ってくれよう、説教タイム突入かと思ったじゃんかー」

「そのオフの時間を貴女の言う説教に費やしても、私は一向に構わないのですよ? 思い返せばいつもそうして過ごしてる気さえしますが」

「はーい、大人しくしてマース。……と、ほらほら隠れてないで出て来な。映姫もいるし丁度いいじゃないか。なーに、心配しなくても大丈夫だって」

 

 背に隠れていた少女の後を押すように、勇儀はそっと押し出した。

 すると、さとりの妹、古明地こいしが弱々しく姿を見せて。

 もじもじ指を捏ねながら、映姫とさとりを行ったり来たりと目を泳がせれば。

 

「あ、あのっ」

 

 ちょっと大きく出過ぎてしまった声に口を噤む。一呼吸を置いてから、再び少女は声を張った。

 

「閻魔様。私も、宴会に行っていいですか……?」

 

 吐き出されたのは、古明地こいしの懺悔にも似た言葉だった。

 こいしは今回の異変を鎮めようと活躍した者たちのサイドに立っていない。騙されていたとはいえ、むしろ異変を起こした張本人だと言っていい。最後に助太刀したものの、それで帳消しになったなどと、こいしは欠片も思えていないのである。

 だから、ナハトが異変の関係者へ招待状を送ったと聞いた時も、自分だけは行けないかもしれない――むしろ行く資格なんて無いに違いないと、マイナスな観測に囚われていた。

 けれど少女は踏み出そうと決意した。うじうじと心の殻に引き籠っていたら何も変わらないと、あの夜の異変で知ったから。怖がっているだけでは駄目なんだと、フランドールというかけがえのない友達が教えてくれたのだから。

 

 だからこいしは映姫に訪ねた。小さな一歩ではあるけれど、自分も輪の中に入っても良いのだろうかと。地上の者たちへも、改めて償う機会をくれないかと願いを込めて。

 

「古明地こいし」

「は、はいっ」

「あの異変を終えてから、貴女は旧都の復興に助力しましたか? 負傷した者たちへの手助けを担いましたか? 迷惑をかけた者たちへ、精一杯の償いを示しましたか?」

「そ……それは」

「ああ、それなら心配いらねぇさ。こいつはよく働いてるよ。もしかすると私より頑張ってるかもしれんくらいだ。あれから毎日毎日、ずーっとな。この星熊勇儀が保証する。こいしは誰がどう見ても、きちんとケジメをつけられてるよ」

「……貴女に聞いたのではないのですがね。まぁ良いでしょう。鬼の言葉が誰よりも信を置ける事に変わりはない」

 

 古明地こいし、と映姫は再び呼び直して。

 

「例え誑かされた身だとしても、犯してしまった罪は罪です。その事実は未来永劫変わる事など決してない。……しかし、罪とは贖罪をもって免ぜられるもの。貴女が真摯に己の罪と向き合い、それを雪ごうと努力を重ねたのならば、十分評価するに値します」

「!」

「それでも不安を煽られると言うのなら、四季映姫・ヤマザナドゥの銘のもと、判決を貴女に下しましょう。――古明地こいし、貴女は白です。自信をもって精進なさい」

「あ、ありがとうございます!」

 

 ぺこりと頭を下げて、こいしは感極まったようにさとりを見た。

 異変の日からずっと身を粉にしていた妹を知っているさとりには、それはどうしようもなく吉報として映った事だろう。

 ああ、畜生――と、さとりは内心微笑んだ。

 こんな顔をされたんじゃあ、自分一人で籠っている訳にはいかないと、心を揺り動かされたのだ。

 

「……分かった分かった。私も行ってあげるから、そんな眼でこっちを見ないの」

「っ、お姉ちゃん!」

「っと。まったく甘えん坊なんだから。ほら、離れなさい。髪や衣装がぐしゃぐしゃになるでしょう」

「んむー!」

「ははは、姉妹仲が良いのはよい事だ。んじゃあ映姫、地上に連れてく奴を厳選するからさ、後で確認頼めるかい?」

「いいでしょう。ああついでに、地底の住民へ一つ約束を伝えてください。宴会への参加は自由とするが、何があっても地上で暴れ出すような真似はしないと」

「うぐっ」

「拒否権はありません。反故にすれば相応の罰が設けられると知りなさい」

「きょ、今日はオフじゃなかったのかよ映姫ぃーっ!!」

「オフですが、サービス残業をしないとは言ってないでしょう。私はいつ如何なる時であれ、己の役目を果たすのみですから」

 

 

「よう霊夢、遊びに来てやったぞー……って、なんだこりゃ? 宴会でも始める気なのか?」

 

 箒に腰かけ空を飛び、揚々と神社へ降り立った魔理沙は、ごちゃごちゃと物が並んだ博麗神社を見て開口一番にこう言った。

 対する霊夢は割烹着に身を包み、三角巾を頭に被って道具の整理を行っている。博麗の巫女は魔理沙を見つけると、口元の布を外して手招きをしながら声を張った。

 

「良い所に来たわね、こっち来て手伝いなさーい!」

「うげー……、魔理沙さんの今日の運勢は最悪らしいなこりゃ。なんともまぁ、バッドタイミングで来ちまったもんだぜ」

 

 げんなりしながら渋々付き合う魔理沙。箒を引き摺りながら駆け寄って、魔理沙は何事かと霊夢へ訪ねると、

 

「紫から神社を貸し切らせろって連絡が来たのよ。なんでもあの黒い吸血鬼が帰ってくるから、遅めの異変解決祝いをするんだってさ」

「吸血鬼……あ、あー、ナハトか!」

 

 魔理沙はナハトの手によって、霊夢に対する捏造された憎悪を失った。しかし事件の記憶まで全て消えたわけではなく、むしろ殆ど覚えていると言っていい。

 初めは調子を取り戻せなかった魔理沙だが、霊夢とアリスの支えもあってか、今では完全復活を果たすに至った。今日だって縦横無尽に飛び回り、魔法の研究に必要な資材を集めていた程だ。

 

「あいつどこ行ってたんだ? この前誤解して虐めまくったこと謝ろうとしたんだけど、全然見つからなくてさ……」

「知らないわよそんなの。それよりほら、ちゃっちゃと動く! 人数多いから準備大変なの!」

「珍しいな、お前が面倒くさらず張り切るなんて。しかも妖怪に占拠されるってのに……いや、それはいつもの事だったか」

「ハッ倒すわよ馬鹿。――単純に貰うもの貰ったのもあるし、お酒も食べ物もぜーんぶ妖怪持ちだからね。今回の私は準備するだけで良いんだから、そりゃもう腕によりをかけて支度するってもんよ」

 

 目に見えてうきうきとする霊夢。この少女、巫女でありながら己の感情に忠実なので、何かよほど良いものを貰ったに違いないと魔理沙は容易に推測した。

 それが何なのかは後々調べるとして、魔理沙は帽子と箒を邪魔にならないところへ置くと霊夢の手伝いに取り掛かろうとして、

 

『よ、妖夢さんちょっと、危ないですって! それ引き抜いたら全部崩れ落ちちゃいますよ!?』

『で、でもでも、もう引くとこまで引いちゃったから後戻りできないっていうかひぎゃああああああああああああああああっ!?』

『妖夢さーん!?』

 

 どがらしゃーん、と派手な倒壊音と悲鳴が母屋の横の倉庫から轟く。どうやら東風谷早苗と魂魄妖夢も手伝いに来ていたらしい。

 あの音、相当派手に崩れたな。魔理沙はその後始末を手伝わされる未来を前に瞳から光を失った。

 

「霊夢ー、師匠に言われて手伝いに来てあげたわよー……て、どうしたの二人とも。顔青くして固まっちゃって」

「あら鈴仙。良い所に来たわね、早速だけど働いてもらうわ。あんたの職場は今からあの倉庫よ。キビキビ働きなさい」

「…………入り口からもくもく埃が噴き出てるあの倉庫? 明らかにヤバそうな匂いがプンプンするですけど。というかこの波長、もしかしなくても誰か生き埋めになってない……?」

『誰か! 誰か―! 妖夢さんがガラクタの海に沈んでしまいましたーっ!』

「ほらやっぱり面倒な事になってる! 初っ端から重労働の気配しか漂ってこないじゃんやだー!」

「諦めろ優曇華。ここに来ちまったが最後、私たちの負けは確定なんだよ」

「肩に手を置きながら悟った眼でこっち見ないで貰えますか!?」

 

 

 若草が茂り、春告精が飛びまわっては活気をもたらす芽吹きの季節。桃の花弁が落花繽紛(らっかひんぷん)に踊り狂い、月夜の下を御伽噺のように彩る光景は、人も妖怪も問わず魅了される原風景だ。

 そんな幻想郷で最も美しい桜並木を一望できると噂の博麗神社に彼女たちは集っていた。異変を解決せんと戦った者。巻き込まれた者。運良く難を逃れた者と様々で。そこには地底も地上も隔てなく、広い境内の中でどんちゃん騒ぎの唄が響き渡っている。

 

 喧騒の一角で、敷物と弁当を広げ、酒がふんだんに拵えられた領域から輝夜と萃香が顔を出した。彼女たちは手を振りながら、長い階段を上ってきた人物を迎え入れる。

 

「あっ、ナハトだ。おーい、こっちこっちー!」

「主役の癖に遅いぞ吸血鬼ー! 待ちくたびれて三升空にしちゃったじゃんかよー!」

「すまない、遅くなってしまった」

「几帳面そうなあなたにしては珍しいわね。仕事が長引いたりしたの?」

「はは。四方八方に声を掛けていたんだが、()()のせいで色々と手間取ってね」

 

 あー、と。紫はナハトの姿を見ながら納得を示し、容易に想像できるシチュエーションを脳内で過らせながらクスクスと微笑んだ。

 主賓も揃ったし、始めましょ! と輝夜が酒瓶をとり、意気揚々にお猪口へ清酒を注いでいく。永琳も手伝いを買って出て、ナハトの器へ酒を注ぎだした。

 手渡す時、永琳がまじまじと観察するようにナハトへ目をやって、

 

「なんだか、その姿のあなたを『ナハト』と呼ぶのは奇妙な気持ちね」

「え? ……あーそっか! 永琳、()()ナハトを見るの初めてなんだっけ」

 

 ――永琳と紫がヘカーティアにかけあった最後の要求がこれだった。

 

 性別と性格の乖離が異端として映り、性格を修正する事が不可能ならば、性別を変えてしまえばいい。たったそれだけながら実現困難な問題を解決する事が、残された課題だったのだ。

 つまるところ。今のナハトは外殻だけで言うならば、ヘカーティアのモデリングによってれっきとした少女へ変貌を遂げているのである。例えるなら幻想郷専用のアバターだ。幻想郷の空気に少しでも馴染みやすく、少しでも異物感が削減されるようにと考え抜かれた末、行きついた答えの一つがこれだった。

 

「そうそう、私にとっては初めましてになるのですよ。しかし、うーん、やっぱり長生きはしてみるものね、こんな不思議な結末を迎える事になるだなんて」

「私たちが計画して通したことだけど、改めて見ると凄い光景よねぇ。ある意味幻想郷らしいと言えるのかしら? ほんと、何が起こるか分からないものだわ」

 

 この四年間ですっかり親睦を深めたらしい紫と永琳は、数々の思い出に浸りながら笑いあった。

 反して、濡れ鴉という表現がそのまま受肉を果たした様な姿の吸血鬼は、困ったようにはにかみながら、

 

「個人的には性別など有って無い様なものだから頓着する事など無いのだが……他人には、元の私と大分かけ離れているから物珍しく映るのだろうね。声も高いし、背も随分と縮んでしまった。となれば、ここはやはり口調も合わせるべきなのかな?」

「いーよそのままで。幻想郷での見た目はそれでも地獄にあるオリジナルは男なんだから、女口調のお前さんを想像すると鳥肌が出ちまう。それに、爺さんとも紳士ともつかない穏やかな口調は今のお前さんにとって数少ないナハト要素なんだから、そいつまで取っ払っちまったら別人になっちまうだろう?」

「うむ、確かにそう思う」

「まぁまぁ、その内慣れていくわよ。時間はたっぷりあるんだからさ」

 

 じゃあ、早速だけど器をもって! と輝夜が元気よく音頭を放つ。

 応じて、月へ届ける様に皆の猪口が掲げられた。

 

「――――」

 

 騒がしい空気と、賑やかな景色。

 いつもはただ遠くから眺めるだけだったこの景色が、今となっては傍にある。こんなにも簡単に手が届く。

 感慨深いナニカが、込み上がってくるのを感じた。

 

 ここまで辿り着くのに長いようで短かったと、夢見た光景を前に吸血鬼は想いを馳せる。大変な事もあったけれど、それまでの全てが黄金の様に美しく、尊ぶべきもののようにさえ感じられた。

 しかし淡い感傷は、一旦脇へ置いておこう。

 追憶なんて後でも出来る。宴の時は愉快痛快に飲んで歌って、過去の全てを洗い流して、刹那の時間を楽しむべきだ。

 

 だから今は、ただただひたすら元気良く。この一声を刻もうか。

 

 

「乾杯っ!」

 

 

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