今回の後日談こそが終演です、ここまで読んでくれてありがとう。
-追記-
少しばかり内容を訂正しました。親バカのすごーさんがしののんを後回しにするとかあり得ないよね、ということで先にガンゲイル、ヨトゥンヘイムのロボット大戦は数年後。
あれから三年たった五月、すなわち2027年。自宅にて。
「いよいよ裏SAO、アインクラッドの完全攻略か……また新しい仕事が増えるなぁ」
「と言いつつも嬉しそうじゃない。お代わりは欲しい?」
ポットを片手に訊ねてくる詩乃に頷いて答えた。彼女も高校三年生だ、来年には大学生である。いつからか掛けるようになったARメガネが実に似合う女性に──なる途中だろうか、今はまだ。
「ん……詩乃、このコーヒーちょっと薄くない?」
「あまり濃いと胃が荒れるんだから気を付けなさいよ」
私が注意しないと不摂生なんだから、と隣席に座るなり怒ってみせる詩乃には感謝を。本当に助かっている。さて今日は休日、現実で出社する必要のない業務ばかりだ。頃合いになったら自室のNERDLESで出社することにして、今はまだこの一時を満喫していよう。
「それにしても私達には今回のイベントに参加しないで欲しいって、本当に筋金入りなのね」
「んぐっ…………仕方ないだろう、例え仮想であっても詩乃は詩乃なんだから」
「かの有名なGMさんが実はこんなだって知ったらみんな驚くでしょうね?」
くすくす、と笑みをこぼす詩乃。そうなのだ、
もっと泰然としていなければならないと思うのだけれど、いつまで経っても変わらない──というか年々酷くなっている気がする。結果、僕は
まぁボス役をしたい社員はそこそこいるので何とかなっている。かつての世界樹攻略戦、あの妖精王ロールが何故だかお手本になっているらしい。本当はあの戦いを最後に供養してやろうと思っていたのだが、中の人を変えて存続することに会議で決まってしまっていたのだ、僕の休暇中に。
超ウゼェェェェェ、なキャラクターだと僕は思うのだけれども、一周回ってあのウザさにハマるユーザーがいるのだから分からない世の中だ。いないとそれはそれで物足りない、らしい。
まぁネタキャラとしてでも存在を残していけるのならオベイロンも浮かばれるだろう、きっと。
「じゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい。午後には明日奈も来るって連絡があったわ」
「そっか、じゃあ定時に上がれるように頑張ろう」
カップを片付け、少し時間を開けてから仮想世界へと。新たなワールドのサービス開始も近い、はてさて、カーディナル達は順調に作業を進めてくれているだろうか? アインクラッドの大幅なアップデートのためにも、それ以外のためにも、ね。
★ ★ ★
時は2027年、あれから約三年の月日をかけ遂にアインクラッドは完全制覇されようとしていた。
裏SAOの第百層、ラスボスを務めるのはヒースクリフこと茅場晶彦。この頃になれば彼の手口をプレイヤー達も大体は把握できており……これまでに立ち塞がってきた悪魔のような障害や鬼のような仕掛けを思うと、やり過ぎな程に全力を尽くしてくるだろうと理解していたのだ。
ただ茅場晶彦は……優れたVR適性を得ていようとも、練り上げた戦闘技術を持っていようとも、思い入れが強くとも同時に一人のGMでもある。何がなんでもフェアネスを貫こうとは思わないが、こと真剣に立ち向かってくるプレイヤーに対してはフェアでありたいと感じてしまう
斯くして神聖剣ヒースクリフはこの三年間、磨きに磨いたプレイヤースキルを遺憾なく発揮して数多のプレイヤー達をエインフェリアへと変えていった。キリトが苦心して繰り出すスキルコネクトを当たり前のように10回20回と繋ぎ続け、リーファが披露するスペルコネクトを斬り合いながら同様にこなし、降り注ぐ魔法には対応属性のソードスキルを用いて切り落とすどころか打ち返す。
しかしここまで攻略を進めてきたプレイヤー達も引き下がらない。この戦いが最後だと思えばこそアインクラッドへの感謝と思い出を込めて立ち上がる。何度でも蘇生され、何度でも傷を癒し、原点にして頂点の存在、全ての剣士が憧れたヒースクリフへと手を伸ばし続けた。
如何に人並み外れた技量と精神力を兼ね備えていようとも茅場は人間だ、不眠不休で戦い続けることなどそう長くできるものではない。けれど終わらせたくはない、この時を、この一瞬を、この刹那を永遠にかみしめ味わっていたいと──現実の肉体の維持を神代達に任せた茅場は切望した。
それもやがて────終わりを迎える。
全てのゲームにはいずれ、クリアされる瞬間がやって来る。ソードアート・オンライン程に開発者が、運営一同が熱意と発想と技術をつぎ込んだVRMMOは存在しないと、プレイヤー達も断言する程に実感しているからこそ──何としてもこのゲームをクリアしてやりたいと、願うからこそ。
誰もが願った、この瞬間が終わって欲しくないと、この世界で生き続けたいと。
誰もが解った、この瞬間は過ぎ去るものだと、永遠でないからこそ尊いのだと。
「俺達の勝ちだ、ヒースクリフ……いや、茅場晶彦」
「あぁ……そして、私の敗北だ」
紅玉宮の最奥地、謁見の間。胸部を貫かれ、既にライフを削りきられることがヒースクリフにも、トドメを刺したキリトにも分かっていた。残る猶予は数秒、もしここで回復薬を使用すれば、回復結晶を用いれば、そんな誘惑がヒースクリフには浮かび……詮なきことだと首を振った。
だがキリトは突き刺していた剣を引き抜き、彼の言葉を訂正した。
「違うだろ? この戦いに、敗者は存在しないんだ」
「それは……どういうことかな、キリト君?」
「今の光景を見て、アンタを敗者なんて呼ぶプレイヤーはいないさ」
だろ? と振り向いた先には戦いに参加していた数多のプレイヤー達の姿。万感の思いを各々が胸に抱き、込み上げる複雑な感情を堪えることができないのは、
この世界への思い入れがどれ程に大きいか。この世界での思い出がどれ程に鮮烈か。全てが去来して立ち尽くす者、膝を付いて慟哭する者、誇らしげな振る舞いをしながらも瞳が潤んでいる者、彼ら彼女らの心をここまで掴んだ茅場晶彦こそが──他ならない勝者だろう、と。
「そうか…………そう、か」
彼らの姿にヒースクリフは目を閉じ──深く吐息する。自らの想像した異世界を具現化したい、その一心で走り続けたこの人生に──しかし茅場は終着点を描いていなかった。アインクラッドを創り出し、人々が生きる姿を間近で感じて、自分もその中で生きて……それで充分だったのだ。
だから──自分のエゴで成したことのお返しがやって来ることなど──思いもしなかった。
そうしてやっと気付いた、自分が愛していたのはアインクラッドそのものだけではないのだと。アインクラッドに生きるプレイヤー達、彼ら彼女らをもまた、愛していたのだということに。
だがこの愛をどうやって示せばいいのか? 今日で終わってしまうこの世界、消えてしまう人々にどうしたら思いを表すことができる? 自覚するには遅すぎて、表出する場は既にないのに。
そうして煩悶する茅場の耳に届いた、ある筈のないシステムアナウンス音。
『親愛なるアインクラッドの諸君、今宵は重大な発表がある』
まるで時が停止したかのように色褪せる風景、僅かドットを残して減少を止めた自身のライフにヒースクリフは目を見開いた。何が、と騒然とするプレイヤー達だがヒースクリフもまた平静ではいられない、このような展開をプログラムしてはいないのだから。彼の手を離れた事態であることを表情から見てとったキリト達は身構える。しかして変化は天井部に発生した。
『まずは称賛を送ろう。諸君の戦い、生きざまは実に見事だったよ。そう──胸を、打つ。存分に誇るがいい。故──その終演はやはり、盛大なものでなければなるまいよ』
天井部に映し出されたのは運営の用意したアバターの一つ、黒い影法師の姿。彼が浮遊している場所はアインクラッドの外、間近に浮かんでいる浮き島の一つを眼下に臨んでいた。
『形あるものは全て、いずれは壊れるものだ。このようにね』
呟き────浮き島が崩落した。彼らが今いる第百層の地盤よりも大きなソレが。
『君達もアインクラッドの終焉を見送りたいだろう? 城より飛び立つがいい、今から一時間後、アインクラッドの葬送を執り行う。その特等席を君達にも、与えてやろうじゃないか』
仕草も何もかもが、どこまでも胡散臭く異様さを醸し出している影法師が何者かは分からない。だが一つ確かなのは、このままでは間違いなくアインクラッドが消滅するだろうことだ。
アインクラッドが消滅する危機である──その情報はすぐさま各地を駆け巡った。
☆ ☆ ☆
あと一時間後にはアインクラッドの全てが滅び去る、その知らせに現実仮想を問わず激震が走った。第百層の攻略は注目度が高く中継がなされていたこともあり、わざわざ現場のプレイヤーが知らせるまでもなく各地のユーザーに知れ渡ったのである。
無論、いずれはワールドに終わりが来ることは分かる。最終ボスが倒されたこのタイミングこそが相応しいことも分かる。だが告げられた終わりを受け入れられない者はかなりの数に上った。
中層や下層、市街区で楽しむことをプレイ目的としているユーザー達は、ただこの世界での生活を、日々を続けたいという思いから。戦いと攻略に邁進した前線のプレイヤー達は、終わる時は自分達で決めたいという思いから。それぞれに抱えた思いを胸にログインし、城から飛び立った。
特等席でアインクラッドの葬送を眺めて、滅びるのを見送るためではない。
俺達の望んだアインクラッドの最後はこの形ではないと、知らしめるために。
『約束の刻限だが……どうにも観客が多いようだな。そして空気も剣呑だ……ふむ、どうやら君達は観客ではなく演者であることを望んでいるようだ。して配役は? 脚本は? 演出は?』
ヌルリ、と空から滲み出るようにして現れた影法師。芒洋とした輪郭と声、しかし伝わってくる感情は間違いなく、愉悦する者のソレ。
『そこにいるのは黒の剣士サマじゃないか。どうかな、一つ聞いてみたいのだが……君自身の手でアインクラッド終焉の引き金を引いた気分は如何かね?』
「確かに俺達はアインクラッドを攻略し、役割を終わらせたさ。けどそれは先に進むためだ。ここで……お前にアインクラッドを終わらせさせるためじゃない」
『いずれ全ては滅び去る、ならば精々華麗かつ盛大に……という意は共感を得られないようだ。あなたはどうお考えかな、まさに役目を終えたばかりの城、アインクラッドの主は?』
「私は…………」
半ば呆然自失したままキリト達にこの場へ引っ張ってこられたヒースクリフ。アインクラッドが本当に終わってしまうという時になってアインクラッドへの愛を、そこに生きるプレイヤー達への愛を自覚した彼はその激しい感情の奔流を完全にもて余していた。
だがここに至れば──この光景を目の当たりにすれば、自然と言葉は紡がれる。かつて意図したSAO事件、実行されれば生み出されただろうアインクラッドの住人は
そして今アインクラッドの終わりを惜しんでこの場に集まった
「元より私は利己に生きる人間だ。だが私もまた──愛、というものを持っていたらしい」
いつかの如くに白いマントを
「私はこの世界を愛している────そして諸君らのことも、愛しているのだ!」
アインクラッドに、ソードアート・オンラインに惹かれて集まった数多のプレイヤー達は瞠目した。石と鉄の城で戦い抜いた剣士達が目指し、憧れた最強、神聖剣ヒースクリフの叫びに。
『いつになく感情的じゃないかヒースクリフ。一体いつからそんな人間めいたノリを楽しむようになった? 可愛すぎて思わず抱き締めたくなってしまうよ』
「あぁ、私も気付くのが遅い。この城を創ったことで満足していた頃を思い出すと汗顔の至りだ。だがな──漸く自覚できたこの意志は、私だけのものだ。譲りは、せんよ」
『とはいえヒースクリフ、君の犠牲者もまたこの場にはいよう? ならば城は消えねばならぬだろう。違うか? 憎きアインクラッドが滅びることでしか、君達の呪縛は解けはしない筈だが』
SAO事件に抱える思いを清算する絶好の機会であろう? と────問いに応じる者はいない。
『なるほど、なかったことにはできぬと強がった叫び、実に脆く儚く──それもまた人の意志か。君の期待通りという訳か、ヒースクリフ? まったく、可愛らしい戦奴じゃあないか?』
「あぁ……だが、あまり舐めてくれるなよ? 彼ら彼女らは、一人一人がまごうことなき戦う者達なのだから。今こそ君達の力を見せてみろ剣士達、いや、親愛なるエインフェリア達よ!」
詠唱を行うのは戦闘者だけにあらず、戦えない者もまた同様に──スペルの光が空間を満たす。大量のバフがヒースクリフら前衛に掛けられ、同じく大量のデバフが影法師へと掛けられていく。
「私としても尋常な勝負は好きなのだがね。バフもデバフも等しく全て、彼らが磨いて身に付けた力だ、そこには彼らの生きてきた証がある……その熟練度一つですら鮮烈な生が込められている」
笑わせなど、させないさ────その言葉を、影法師は嘲笑う。
『は、ははははは…………それで、
ヒースクリフを包む魔法障壁の数々が、張られては破られることを繰り返し続ける。熱波に身を焼き、それでも尚ヒースクリフは、神聖剣は引き下がらない。敵の攻撃を防ぎきるのは自分だと。
自ら剣を振れない? そのようなことは些末な問題だ。何故なら──彼の後ろにいる者達こそはアインクラッドの誇る最高の爪牙、
期待に応え斬りかかろうとする前衛達を、だがしかし影法師は、そもそも近付けさせもしない。
「く、オオオオッ! 妖精諸君、剣士達を捨て置けぬであろう? 君達の力を見せたまえ!」
後衛より放たれる種種様々な属性の魔法を受けて勢いを押し止められる重力場、やがて消失したことを見て取ったヒースクリフもまた、火炎球を凌ぎきり──今が好機と宣言した。
「結束が違うのだ、私達全てが君を打倒せんとしている。故に私は君達を誇り、必要としよう!」
面白い、と応じる影法師。斯くして死闘──アインクラッド防衛戦は幕を開けた。
★ ★ ★
「いらっしゃい、明日奈」
「こんにちは、詩乃のん。すごーさんはまだ?」
「ええ、とはいえ是が非でも定時で帰るって言ってたわ」
「もう、相変わらずだなぁ」
大学からの帰り道、という訳でもないのだがよく訪れる明日奈を、今日もまた詩乃は出迎える。この春から二年生となった明日奈は先輩としての落ち着きを──他人には見せていた。
「ホントその薬指に指輪がなければ──って人は多いでしょうに」
「まぁSAOでも似た経験はあるし、対処する術も色々と心得てるし」
「実態を知ったらみんな悲しむでしょうね、イメージと違うって」
「ど・う・い・う・こ・と・か・し・ら・ね?」
既にして熱烈な通い妻なところとかよ、と指摘されて狼狽える明日奈。確かに仮想世界でならば多くの時間を一緒に過ごすことはできるのだが……それはそれ、これはこれ、まだまだ仮想世界の情報量は不足しているからね、と明日奈はシレッと言いながら手を繋いだりするのだ。
「だ、だったら詩乃のんだって──」
「すごーさんのモーニングコール音声加工、提供者は誰だったかしらね」
「とっても自慢の娘だよね! お世話になってます!」
収集した音声でボーカロイドすらも作れるのではないかと思われる程の意味不明な情熱を燃やす詩乃、その恩恵には明日奈ももれなく
★ ★ ★
『始まりから終わりまで/
その詠唱の形式はあまりにも有名だった。世界樹攻略戦、かつて
『時はすべてを運び去る、心もまた/
同じものを駆使する影法師もまた、つまりは運営のアバター──いや、かの妖精王を務めた者、彼こそがこの影法師なのだと当時を知る者は確信していた。
『
だが彼らを以てしても、予測をしていても尚、彼はその先を行く。
『
その時、
元々アインクラッドは表と裏のフィールド及び迷宮区を二重存在として抱え込んでいる。無論サーバーの容量を超えはしないものの多大な負荷が掛かっていることに変わりはない。故にその部分は通常のワールドよりも脆弱であり──それはまた、活動していたプレイヤー達にも同様に及ぶ。
通常のダメージとは違う何か、異質な衝撃が走り抜ける。リメインライトごと吹き飛ばされそうな、コアごとブレたような感覚に襲われ──皆がアインクラッドの表層へと墜落した。いやそれだけではなく──アインクラッドそのものが墜落しているのだ。雲海を貫き遥かな地上へと。
────アップデートは完了しました。そのようなシステムアナウンスが存在していたことすら気付けたかどうか。敗北の苦い思いを噛み締める余裕すらプレイヤー達には存在しない。
それこそ高度十キロ近い場所からのフリーフォールである。無論ダメージを受けても痛みなど感じはしないが、人間ならば誰しも高所からの落下には忌避感を覚えるものだ。
彼らの中には高度限界に激突して落下した経験のある
と、流れるように下から上へ動いていた景色が止まる。地表からそこそこの距離を開け浮遊し、勢いを殺して着陸したその場所がどこなのか皆目見当が付かない彼らはとにかく周囲の様子を確認するべく……紅玉宮、第百層の高さと地続きになっているフィールドへ降り立つ。
紅玉宮が大陸端に接岸した形なのか、第百層より下は空中断崖の状態にあるらしく……戸惑う彼らの前に現れたのは全長が階層一つ分はあるのではないかと思ってしまう程の巨体だった。
────ようこそアースガルズへ、このオーディン以下アース神族が歓迎しよう。
待っていたのはアインクラッド、ヴァルハラが本来存在している場所、アースガルズ。北欧神話における主神オーディンの住まう
★ ★ ★
SAOプレイヤー達をアースガルズに送り届け、同時にアップデートをも済ませてしまう今回のミッション。なんとか無事に終えて──彼ら本気で抵抗しすぎだろう──帰還した先、仮想空間の仕事部屋は近未来の研究施設といった様相になっている。出迎えてくれたのはストレアだ。
ALOとはガラリと変わったSFチックなオペレーター服を着た彼女は普段と違った知的で大人な印象が……特になかった。あまりにもフリーダムな雰囲気が強いために。
「あ、なにか変なこと考えてるでしょ? 分かるんだよそういうの」
「今はカウンセリング機能を切ってるんじゃなかったか?」
「そうだけど、大体は分かるようになってきたの」
「ホントかよ」
信じてないでしょー、と怒って見せるストレア。勿論MHCPとしての機能を失ってはいないが、成長のためあえてオフにして暫く生活しているらしい。どのような経緯なのかは分からないが、いま現在のストレアは他人の内心が読めないという点において人間と変わらない。
「ストレアの考えてることは分かりやすいけどな」
「むぅ……そんなイジワル言うとお手伝いしてあげないんだから」
「悪かったって、君の率直さは人間がおおよそ持ち得ない美徳だよ」
「そ、そうかなぁ……」
てれてれ、と口元を緩めながらストレアが渡してきたのは進捗状況に関するデータだ。とはいえ今回の戦闘やアースガルズについてのものではない。
工廟の中央に座している存在感の半端ない、青い機体色のイカつい外見をした……まさに悪役そのものな巨大ロボットのものだ。名をグランゾン、完成した暁には僕が駆ることになる。
──事象の地平に消え去りなさい。ブラックホールクラスター……発射!
そんな具合に開幕と同時にブッ放してプレイヤー諸君をヴァルハラ送りにすることだろう。
ただロボットもののVRゲームというものは一応、現在でも存在している。差別化を図り完成度を上げるために僕らは目下てんやわんや、試行錯誤の真っ最中だ。
体にかかる重力はどこまで再現したらいいのか。パイロットの視覚とロボットの視覚を如何に併存同調させるか。人間の身長体重と比較してあまりにも増加しすぎたロボットを操る感覚はコクピット操縦方式がいいのか、それとも神経接続方式がいいのか、他の方法がよいのか。
その他にも解決しなければならない問題は山のようにある。これを将来的にはヨトゥンヘイム、巨人の国としてリリースしたいのだがまだまだ、というところか。
まぁ
ガンゲイルを先にした理由、本音のところはどうなのかって? 詩乃が考えてくれたワールドの構想だから早く実現したいんだ、言わせるなよ恥ずかしい。私情? 知ったこっちゃないさ。
GGOについてもSAO及びALOと武装やアイテムの融通はないが、剣で切った張ったをしたくないユーザーというのも多い。また銃器をメインにしたワールドを、という要望が多いのも事実。まぁリアリティをどこまで追求していいのか、どの辺りで抑えるべきかという基準決めも大変なのだが。
今回アップデートしたワールド、アースガルズにてプレイヤーは巨大
まぁ、こういうサプライズであればよかろう。このところの先輩は意気消沈して、見ていられたものではなかったから。発破を掛けるためにアーガスとレクトはとてつもなく苦心したのである。
人員も資金も三年前より増え、構想自体も存在してはいた、とはいえ完成にはまだ時間が必要な筈だったのだ。しかし社員達は
つまるところプレイヤーだけでなく、同僚にもAIにも先輩は慕われているということだ。例えどれほど宇宙人的な言動に月まで匙を投げたくなることがあったとしても、VRMMOというジャンルを実現してくれたことに皆が感謝しているのである。アインクラッドを撃墜する今回の趣向は、若干恨みつらみが混じっていた気もするが……まぁそれも慕われている証と受け取って欲しい。
と、こちらに気付いたのかやってくる二人組。オペレーター服でもパイロットスーツでもない、凄くヒラヒラとしたステージ衣装を身に纏った──セブンとレインの姉妹である。
「すごー、あたし達の出番はまだなの? もう練習ばかりの日々は御免よ」
「もう……わたしはまだそんな、人前で歌えるレベルじゃないのに」
歌姫セブンと彼女に憧れたアイドルの卵レイン──という設定が既に決まっている二人。以前たわむれにロボットものと歌と平和についての
「スメラギ君の操縦技術の方はどうなんだい? セブンは同乗したんだろ?」
「それはもうあなたより優れてるわよ! 安心安全運転だからね、誰かと違って」
「あ、あはは……わたしも乗せてもらいましたけど、立ち上がって歌えそうでしたよ?」
七色君の研究室入りしたスメラギ、住良木君はセブン曰く彼女達の専属担当パイロットにされる予定らしい。類い稀なVR適性を持つ彼は、また研究者としても結構な資質を持つ人物だ。現在は七色の下で学び、いずれは一廉の科学者として独立──する、のだろうか? そこはよく分からん。
「あたしの歌で共存と繁栄をうったえかける計画はまだ続いているのよ!」
「そうは言うがセブン……君の代表曲はタイトルが侵略のススメだった気が」
「それは世界樹攻防戦の日に書き上げた詩だからよ誰のせいだと思って──」
「ま、まぁまぁまぁ、わたし達そろそろ練習なので!」
「な、ちょ、待ってお姉ちゃんまだ言いたいことが──」
レインに引きずられて去っていくセブン……ま、まぁ彼女達も元気が有り余っているようで何よりである。彼女達にもこのワールド開発には随分と助けられている。
あとは、やはり昌一君だろうか。
────覚悟はある。僕は戦う。
前世でも乗り移ったがごとくロボットに情熱を燃やす彼は一体何があったのだろうか。特に関連性はない筈なのだけれど……彼と話すと僕まで何故か先祖返りを起こしそうになるのだが。
★ ★ ★
「それで明日奈、何か言うことは?」
「なんだか作り過ぎちゃったかも……つい、ね」
詩乃と明日奈の二人で腕を振るっていたのだが……五時を回った現在、どうみても食べきれないだろう分量が既に完成している。加えて冷蔵庫にはデザートも収められているとあって、明らかに人数を度外視した張り切り具合であった。しゅんとする明日奈には、しかし切実な事情もあった。
「つい、さ……あの頃を思い出しちゃうんだ。詩乃のんのお母さんとすごーさんと、わたしと詩乃のんと……それに、木綿季とで一緒に食卓を囲んでいた頃を。だからふとした時に──」
「まぁ、気持ちは分からなくもないわ。私だってまだ慣れないもの」
それでも今日、食卓を囲めるのは四人だ────五人ではない。
「ふぅ…………こうしていても始まらないわ、余った分は明日以降いただくから」
「うん、ありがとう……ごめんね、詩乃のんだって辛いのに」
「私は、ただいつまでもクヨクヨしていられないってだけ。それに約束したから」
「自分なりのVRMMOを完成させてみせる、だったっけ。そうだね、わたしも頑張らないと!」
パシ、と頬を叩いて気合いをいれる明日奈。その様子に僅か、詩乃は目を細め……自分も残りを仕上げるべく、作業へと戻るのだった。
それから暫く、六時を回った頃。
「────っと、もうこんな時間か。すまん、遅れた」
仮想世界から戻ってきた彼は部屋の時計を確かめて案の定、六時を過ぎてしまっていることにバツの悪そうな顔をしていた。意気込んで出掛けておいてやはり色々と時間を喰ってしまったことを不甲斐ないとでも思っているのだろう──そんな内心が二人には手に取るように分かった。
「もう、わたし達だってそんなこと位で怒らないよ? 大事なお仕事なんだから」
「例え怒っていてもその顔を見れば治まるわ。ほら、気になるなら呼んできて?」
「あ、あぁ。部屋にいるんだよな」
夕飯と伝えてきて、と言われ駆けていった彼を見送って──思わずクスリと零れる笑いは同時。三年前から押しに押して近頃は……手玉に取れる時もお仕置きされる時も楽しんでいる二人だ。
「明日奈もそうだけど、すごーさんも外での印象と全然違うよね」
「そ、そんな詩乃のん、お似合いだなんて照れるよ!」
「そうは言ってない」
「詩乃のんっ!?」
ガビンと落ち込みをあらわす明日奈を放置してリビングへ一式を運んでしまう詩乃。テーブルの上にはこれでもかと大皿の数々が乗り、華やかな印象を与えていた。今日ばかりは健康志向のメニューだけでなく肉類や揚げ物──彼のみならず木綿季もまた、好きだった料理が並んでいる。
四つしかない席の前に、一人分ずつナイフやフォークを置いていって──手元に一組余ったことにハッとする詩乃。何のことはない、彼女もまた四人での食事に慣れた訳ではないのだから。物言いたげな明日奈の目から逃れるようにしてキッチンに駆け込んで一式を戻して、重い息を吐く。
「ダメよ……約束したじゃない、GGOを完成させるって。それまで頑張るから、って」
ピカピカに磨かれたシンクに映る自身の表情が歪んで見えたのは……果たしてシンクのせいなのか、それとも。詩乃には判断の付けたくない事柄だった。
「いけない……こんなことじゃ、すごーさんに心配掛けちゃう」
「僕がどうかしたか? って詩乃、泣いて……」
「だ、大丈夫よ、ちょっとあくびをしただけで、あっ──」
ぎゅ、と胸に抱かれる感覚に詩乃の声が途切れた。背中に回された腕の強さに安心を覚えて……やはりさっきまでは平気でなかったことを自覚する。
「僕はこうして一緒にいるから、詩乃を置いて行ったりしないから」
「うん……うん、ごめんなさい、ちょっとだけ」
「たまには感情を露にしたっていい。詩乃だってまだ子供なんだから」
詩乃もまた彼の背に腕を回して、体温を感じ取って落ち着きを得る。
と、そこに掛かる声は明日奈のもの。
「もう待ってるよ、ってどういう状況……あぁ、詩乃のんか」
「な、なによ、悪い?」
「悪くはないけど……理由は想像つくけど、けど」
「だったらアナタも後でしてもらえばいいじゃない」
断らないでしょう? と体を離して問い掛ける。果たして彼は頷いて答えを示し……広げられた両腕に明日奈の方が照れて逃走してしまった。それを見て思わず顔を見合わせて、笑ってしまう二人。明日奈は相も変わらず、人前でのアレソレに奥手なことは変わらないらしかった。
「さ、あまり待たせても悪いわ。行きましょう」
彼を促して詩乃はリビングへ。席は既に片側が埋まっていたので二人は反対側に並んで座った。とにもかくにも、まずは乾杯をしようということで各自がグラスを持ち、掲げる。
────十六歳の誕生日おめでとう、木綿季!
「えへへ……ありがと、みんな!」
なにせ今日は5月23日、木綿季の誕生日なのだから。
★ ★ ★
よく食べよく飲みよく話し、よく笑う木綿季。対面に座る彼女は今日も生き生きしている。
「それでそれで、アインクラッド防衛戦はどんなだったの?」
彼女にねだられて今日のアップデートの一部始終を僕は語っていく。彼女達に不参加をお願いしたのは僕なのだから、情景をありありと彼女達に伝えることは義務だろう──というのは建前だ。木綿季達が目をキラキラさせて聴いてくれることが僕自身、嬉しくて仕方がないのである。
その昔、明日奈にねだられてアインクラッドの話をした時から何も変わらない喜びだった。
「団長も意外と熱いところがあるのね。すごく意外に感じちゃうのは、失礼かな?」
「構わないんじゃないかしら? 本人も土壇場まで自覚してなかったでしょうから」
「というかすごーさんって何で悪役を担当することが多いの? ハマッてるけどさ」
「他人に任せたことはあるぞ? ただ、物足りないって感想が多くってさ」
かつての世界樹攻防戦、あの後にも運営の人間がボスを担当するイベントは何回かあった。それらについて僕はノータッチだったのだが……感想というか要望というか、プレイヤーからの意見が多かったのだ。すなわち、悪役らしさが足りないと。
悪役にも種類が様々にある。小物なチンピラとフィクサーを張れる大悪党、そんな両極端の二つだけでなく……ボスの風格を出しておきながら劣勢時には小物に変貌したり、悪人なりの仁義を通して敗北したり、吐き気を催すような邪悪であったり……そんな注文に応じられる人間がなかなかいないという話だ。そんなモノばかり僕に御鉢が回ってくるのである。
「あ、でも今度のパイロットは悪役って訳じゃないぞ?」
「またまたー。ボク知ってるよ、美味しいとこだけ持っていく立ち回りとかするでしょ」
木綿季が指摘してきたと思えば次は詩乃だ。
「そうね、敵として立ちふさがる時は殺意満々の武装でプレイヤーを苦しめるのよ」
そしてトリは明日奈。
「いざ仲間ユニットになったら武装が違うとか出力が低いとか、よね?」
だからなんで君達はそこまで的確に予想を積み上げていくのか。いや、僕の行動を予測できる程によく見てくれているのであれば、それは嬉しいのだけど。
「そうだ! すごーさん、プレゼント欲しいな?」
「プレゼント? ちゃんと後で渡すつもりだぞ」
「それも嬉しいけど、どうしてもお願いしたいことがあるんだ」
食後のケーキも食べ終えて、休憩をしているタイミング。木綿季の口にしたお願いとやらの内容に興味を惹かれた僕は聞く姿勢を取った。あまり無茶なことは言われないだろうという信頼があったからなのだが……果たしてそれは可能だが難しいお願いであった。
キャリブレーションをお願いしたい、というのである。
キャリブレーションとは現実の肉体をスキャンしてデータ化する一連の作業のことであり、仮想空間のアバターを現実のソレに近づけるために行われるものである。身体的接触は必須だ。
「ほらボク成長期だからさ、日々着実に大きくなっている訳だよ」
胸とかね、ホラ────ぽよんと両手に乗せて示されても困る。いや三年前とは如実に違うが。
「だだだダメよっ、キャリブレーションって全身をくまなく触るんだよ!?」
「だからだよ。セブンのお陰で根治の可能性も見えてきたし、そろそろいいかなーって」
「それはそれこれはこれですッ! というか
「ボクは毎日を悔いなく真剣に生きると決意したんだ」
わーわーきゃーきゃーやっている二人。まぁ二人がお互いに仲良くしている間、こちらは平和なのだ。ただそんな仮初めの平穏はすぐさま破られるのがお決まりだと、僕もこの数年で学んだ。
──今のボクならアスナと組んでも絶壁って言われないもんね!
──わたしだって、わたしだってもう絶壁って訳じゃないのに!
「騒がしいわね、そう思わない?」
「いつものことじゃないか……それより詩乃、もう年頃なんだからさ」
「パパ、なんでしょう? 娘のお願いは聞いてくれないの?」
ちょっこりと、ちゃっかりと膝の上をキープしている詩乃。詩乃の母が治療を終えたことを契機に実家へ戻ったことで血の繋がりのある相手がいなくなってしまった……ということを言い訳にして何かとくっついてくることが増えた気がする。ガリガリと理性を削られている今日この頃だ。
いや、寂しいだろうことは分かる、分かるのだけれど、それだけじゃなくてからかっているだろうと……聞いてみてもはぐらかされるばかり。娘との接し方が分からない僕は彰三さんにアドバイスを求める程で──その通りにしたら詩乃が暫く口を聞いてくれなくなってしまった。僕はそれ以来、彼には金輪際相談しないことを決意した。そう言ったら京子さんには爆笑された。
まぁ、詩乃もその内に親離れ? をしたい時が来るだろう、多分、きっと。保護者会に行っても娘を持つ父親同士の話題なぞ変わらない、即ち接し方の苦労である。彼らは総じて風呂の順番や洗濯物の分別で日夜大戦争を繰り広げているらしいから、我が家もその内そうなるのだろう。
それよりも喫緊の課題は──この体勢を明日奈と木綿季に気付かれるのが時間の問題だということだ。そうしてきっと、両腕は二人に取られるのである。多分また、いつものように。
イヤなのかって? イヤじゃないから困るんだ。この数年で自覚したことだけど、どうやら僕は必要とされることに──愛されるということにかなり飢えているようで、世間的にはきっと
「別にいいもの、着物姿はスレンダーな方が似合うし。そうよね、って」
「ぬぐっ、それは確かに。じゃあボクのアバターは未発達なままに、って」
「あら、もうバレちゃったわね。ところですごーさん、どっちが好みなの?」
「勘弁してくれ、どう答えるかなんて知っているだろ」
それでも聞きたいの、とねだる詩乃。右腕を木綿季に、左腕を明日奈に取られて──三人ともにワクワクした様子を隠しもしないのだ。何だかからかわれているような気がする。
「面白がってないか?」
揃って否定する三人。こういう時は本当、息がピッタリだ──まったく。
僕の思いはあの日から変わらない。
ありの
そう伝えれば満足そうにするのもいつものことで──三人のそんな反応で僕が許してしまうのもまた、いつものことだ。この子らには昔から敵わなくて、それはずっと続くのかもしれない。
いや──続けていくのだ。続いていくことを僕達が望み、先へと手を伸ばすからこそ。