※一発ネタ。続きが書けなかったけどやらざるを得なかったんだ。
静寂。
精神を研ぎ澄ます。自分の持つ全てのリソースを両手に込め、来るべき時をただひたすら待つ。
気分は明鏡止水。ひたすらに変化が起きるまで全ての雑念を廃し、愚直なまでに待つ。
どれ程の時間が経っただろうか。ぴくり、と空気が変わるのを確かに感じた。
「………」
まだだ。ここで慌てては全てが水泡と化す。
もう少し、もう少しだけ、早まる気持ちを排除し待つ。
ぴくり、ぴくり。気配が徐々に大きくなっていく。
水面に影が落ちる。ただならぬ威圧感を既に撒き散らす巨大な影。
紛れもなく奴だ。
「………」
まだ早い。こいつを確実に仕留めるには、ここで動いてはいけない。
もう少し、あと数瞬だけ……
ここだ!
『ギギィィィィ!!』
「あっ」
その時だった。響いたのは静寂を無惨に破壊する獣の叫び。
その叫びに腕がぶれた。それが決定打となってしまった。
「あ…あぁぁぁぁ!?」
消えていく影と威圧感。その無情な事実に釣竿を放り投げ岸にすがり付く。
「待って!ま、まだ戦ってすらも…あぁぁぁぁ…」
手を伸ばすも届くわけもなく、ピチョンという水音と共に完全に気配が消え去る。
奴と戦うための道具の選抜に一時間。調達に一週間。最適なポイントに目を付けるのに30分。釣糸を垂らし、ひたすら待ち続けて一時間半。
この地底湖のような湖に潜む、この階層のヌシが去り行く事実を受け止められないでいた。
ところがどっこいこれは現実、頬をつねるも痛みは感じる。あぁ悲しきかな、時間をかけ手にした最大のチャンスを掴むことなく取りのがしたらしい。
呆然と立ちすくむ。背後には、付近にポップして近寄ってきたらしい憎き邪魔者。
「ふ、フフフフフフ」
我ながら女子にあるまじき顔に歪むのを自覚しながら武器を手に取り、ゆっくりと背後を振り向く。
背後にいたのは、大きな蟹のようなモンスター。こいつだ。このモンスターが我が神聖な戦いを邪魔したのだ。
そんな空気読めない愚か者の末路はひとつ。
「その身をもって償え!」
『ギギィ!?』
有罪(ギルティ)。かつてないほどの怒りを込め、その赤い甲殻を叩き潰した。
突如デスゲームと化した「ソードアート・オンライン」
100階層ある中で、現在プレイヤーが侵入出来る最高層である第61階層。
そのエリアで、仮にも最前線のエネミーである蟹を修羅の如く一掃する少女の影。
戦場に出るには幼く見える少女は「釣りの最前線」を自称するプレイヤーである。
「釣りスキル」というものがある。
これは釣りに必要な技能全般の成功率が上がるというものだ。
この世界において、スキルは重要な役目を持つ。例えば現実で料理の得意な子が料理スキルなしで味噌汁を作ったとしても、何故か不味いダークマターが出来上がる。毎朝作って欲しいどころか、恋人に逃げられる始末だ。
だが、スキルがあれば良いのかと言われればそうではない。
ターゲットに対する情報収集、敵地視察、TPOに合った道具選択、激戦に耐えうる頑強な釣竿、相手に合わせた餌やルアー。
つまり何が言いたいかというと、お金がかかる。
私はこれでもフロアボス攻略に何度か参加している程度の腕前は持っている。ボス攻略において、人が一人いるかいないかでは難易度がガラリと変わるものだ。
「…ということで、ここで値切りに応じてくれれば次のボス攻略が少しばかり楽になるということですよ。8万コル」
「弱いな。15万コル」
「ほら、次の相手は厄介らしいじゃん?ボス攻略の難易度と防具一式の値下げ、どっちが良いかは目に見えてるでしょ?9万コル」
「そこまで値下げを要求するほど貧乏なのは、お前さんが釣りに財産突っ込んでるからだろ。14万5000コル」
「ぐぬぬ…いいじゃんこれくらい!10万コル!」
「自業自得だ、14万2000コル」
「むー…12万コル!これで勝負!」
「ダメだ、これ以上は下げん」
「うがー!もうそれで良いよ!」
「毎度ありだな」
ニヤリと笑う褐色大男の店主、プレイヤーネーム「エギル」を睨み付ける。慣れないことはするものじゃないと実感できる大敗北であった。
私は「釣りの最前線」を自称している。例外こそあるが、階層が上がるにつれて釣りの難易度も上昇していく。そして、デスゲームにも関わらず最前線の迷宮区で釣りをするなんて酔狂なことしてるのは、私ともう一人くらいだ。
つまり、最前線で通用するような高レアリティの釣具は需要がない。儲からないなら必然と作り手が減る。作り手が減ると値段も上がる。そんなわけで、私の財布はひもじいのだ。
「うぅ、諭吉がひとーり、諭吉がふたーり…」
「やめろとは言わんが、別に釣りをするだけなら下層でもいいんじゃないか?少なくとも最前線で必要な高額装備分は浮くぞ」
「だーめ、それじゃ意味ないの」
確かに下層にも良い釣りポイントはあった。でも、そこだけでは満足できないのだ。
「私の夢は、このアインクラッドの釣りを遊び尽くすこと!まだ見ぬ釣りスポットを探し求めるには、強くなることも必要なの」
「相変わらずの熱意だな」
「当然!感心するならあと1万コルくらい値下げてよ」
「それとこれとは話が別だな」
「むー」
カウンターにうつ伏せて愚痴る。明らかに営業妨害だが、店主が何も言ってこないので問題なし。
こんな懐の大きい所は私的に高評価だ。
「そうだ、最近新しく作製された高性能ルアーが入荷したんだが…」
「買った!」
訂正。どうやら金づるになるから何も言わなかったらしい。
この後滅茶苦茶むしりとられた。あの店主め、覚えてろ。
所変わって圏外。今回の目的は、この階層で釣れる小物をコンプリートすることだ。
餌は同じ階層で現れる「ケープボア」等のモンスターの肉を集めて作った小ぶりの肉団子。肉団子による餌釣りは相手を選ばない万能さが売りだ。
竿は小物相手に有利な「クイックロッドⅢ」にした。今回は大物を狙わないため、無理に高価なレア釣竿を使う必要はない。
念のため言っておくが、私の釣り知識はゲームに限られている。実は現実で釣りをしたことはないため、現実ではどんな釣り方法が有効かなんて知らない。
このゲーム内でのみ通用する方法だ。どうせまだ現実には戻れないし問題ないのだが。
「…ここに決めた」
少しばかり広目のため池のような場所に出た。周囲を見渡すが、敵の気配はない。前のように不意打ちを受けないためにも、気を配りながら準備をする。
「……よし」
準備完了、釣糸を垂らす。
ピクン。なんと数秒で反応あり。
「来た!そぉい!」
手応えを感じて即引き上げる。これがクイックロッドの利点。魚が餌を見つけて食い付くまでの速度が群を抜いているのだ。
大物には耐えられないものの、小物相手には絶大な効果を発揮する。
ケープキラーフィッシュ
レアリティ ☆☆
22.4cm
この層は地底洞窟を思わせるビジュアルである。故に、深海魚っぽいのがつれるようだ。
このケープキラーフィッシュは、目が小さく口が大きい。名前的にも恐らく肉食だろう。
……え?ヌシ?ハハハハハ、何も知らないな。別に心が折れたとか、そんなんじゃないんだから!
「さぁ次…せいやぁっ!」
またすぐに釣れた。またケープキラーフィッシュだ。
何だろう、こいつピラニアみたいに集団で生活する肉食小魚な立ち位置だろうか?
「もう少し釣って様子見ようっと」
しばらく釣ったがケープキラーフィッシュしか釣れなかったので、場所を変えることにした。このまま釣り続けるのも良いけど、今回は多くの種類を釣ることだからだ。
「……あ、ここは」
広い地底湖を思わせる湖。かつてヌシと戦う寸前に邪魔された場所だ。うっ、頭が…
正直トラウマになりかけている。だが、こんな奥深くまでふらりと来てしまったのは、何かの運命な気がする。
周囲を見渡すが、敵が現れる気配はない。
「ふ、フフフフ…そう、そういうこと」
分かった。どうやら運命も私たちを戦わせたいらしい。
そうと決まれば早速装備を替える。
竿は大物にも耐えうる頑丈な「ダイヤモンドロッド」を使用する。なんと各部が硬質なダイヤ製であるこの竿、ずば抜けて頑丈な代わりにとにかく重い。だがSTRを上げている私には問題ない。
餌は前に用意したのが残っていたので、それを使う。別の階層で釣り上げた「目出タイ」という、デメキンとタイを合わせたような魚だ。タイなだけあって大きく、こいつを食べるとしたら、かなりの大物…完全にヌシ狙いだ。
「すぅ…よし!」
深呼吸し、大きく振りかぶる。目指すはヌシへのリベンジ。
ポチャンと響いた水音と共に、神経が研ぎ澄まされていく。
前に劣らない静寂。高揚を抑えた嵐の前の静けさ。
前と違ったのは、奴が現れるのが早かったことだろう。
「……!」
釣糸を垂らして約20分、予想より早く奴の気配がした。
釣竿にも断続的な重量がかかる。だが、これは探りあい。いわば前哨戦、ここでは先に動いた方が負ける。
端から見れば一分にも満たない駆け引き。私にとっては数時間はかかってるのではと思えるくらい、集中していた。
ただ一瞬の来るべき時を待つ。研ぎ澄まされた集中りは、その一瞬を見逃さなかった。
「…ヒット!」
恐らく考えうるベストタイミングで竿を引く。「Critikal」の表記を見るに、ベストな結果だったようだ。
だが、まだ終わりではない。むしろこれからが本番。他と比べて一際強い引きに、口がニヤリとつり上がるのを自覚した。
「いいじゃん、これでこそヌシ!盛り上がってきた!」
ダイヤ製の竿がギシギシと音をならしながらしなる。ダイヤをしならせるとは恐ろしい。こんなでも折れない限りもとの形状に戻るのだから、恐らく形状記憶合金的な特殊なダイヤなのだろう。
しばらく激しい戦いを繰り広げていると、水面に巨大な影が浮かび上がってきた。ウナギを思わせる長い影が見える。
ここだ!
「今だ!『パワースイング』ぅ!」
竿に光が灯り、大きくしなりながら糸が急激に巻き上げられる。
釣り専用スキル『パワースイング』。無茶な引き上げをしながらも釣り針を強く食い込ませ獲物を逃がさない、もはやソードでもないソードスキルである。
一気に攻勢に出た事で大きく抵抗されるが、一瞬遅い。両足を力一杯踏みしめ、体全体を使って引っ張り上げる。
「そりゃあぁぁぁぁ!!」
ザバァァァン!
巨大な白く長細い魚が水滴を撒き散らしながら釣り上がる。
現実ではあり得ないサイズ。間違いなくヌシであった。
ケープドラゴンフィッシュ
レアリティ ☆☆☆☆☆☆
サイズ 測定不能
ビターンと地鳴りを起こしながらヌシが地面に落下する。
まるでリュウグウノツカイを思い起こさせる、もはや魚とも分からないモンスターじみた姿。
その姿をしばし呆然と眺め、沸々と沸き上がる現実味に気分が高揚し、爆発した。
「ぃやったぁぁぁぁぁ!!」
○月△日
61階層のヌシ、激戦の果てに討ち取ったり。
デスゲームとなったソードアート・オンラインで、鼻唄を歌いながら釣竿を肩に担ぎ、ご機嫌で歩く少女。
彼女は知らない。遠からず、運命が大きく変わる出来事が待ち受けていることに。
それでも少女はきっと、釣竿を持って歩くことを止めないであろう。
―これは剣ではなく、釣竿で描く物語―
※続きません
原作キャラごとの設定集
・キリト
意外と低階層からの付き合い。ソロだと受けられないクエストで困っていたところ、同タイミングで困っていた主人公と共闘し、それ以降仲良くなった。
たまに釣りの護衛を頼まれては連れ回されるが、レベリングにもなるため、まんざらでもない。度重なる布教により、少しだけ釣りをたしなんでいる模様。
ゲーマー同士で気が合い、好感度こそ高いものの、二人の性格ゆえか恋愛関係に発展する可能性は低い。主人公が無事に生き残れば、きっとALOでもハーレム入りをしてくれることだろう。
・アスナ
閃光さんまじかっけー。同じ女性の攻略組として密かに憧れている。でも最近キリトと話していると睨まれるのは何故?
・クライン
キリト繋がりで知り合った。(意外と)頼れるおっさん1号。主人公を「嬢ちゃん」と呼び、軽口を叩きあう漫才コンビ。
キリトと同じく布教され釣りが趣味になった。
・エギル
高レベルの釣具を取り扱ってくれる数少ない商人。頼れるおっさん2号。
彼には多くの資金をもぎ取られている。とはいえ、その使い道は知っているため恨まれてはいない。
キリトと同じく彼の店を逃げ場にされている。
・ヒースクリフ
釣りの最前線の一人であり、頼れるおっさん3号。なにやってんですか団長さん。
たまに釣り場で主人公と遭遇しては共に釣りをする。小柄な少女と鎧騎士が並び立って釣りをする光景は実にシュール。
主人公が困っていたら協力を惜しまず、妙に好感度が高い。主人公に何かを期待している節がある。
・茅場明彦
釣りシステム作成に張り切りすぎて、99階層にラスボスまで作ったは良いものの、そこまで遊んでくれる人がおらず絶望。カワイソス。
そんな中、最前線で釣りをしている主人公を発見。彼女を「最後の希望」とし、よくわからない期待を寄せている。